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勇者の従者は秘密のアサシン   作者: SHO-DA
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従者のスカウト

 コルンさんは、コケティッシュな魅力の女性だ。そう思ってつい頼みを聞いてしまうと、その笑顔の裏にあるたくらみに乗せられることになる。年上なのにかわいいけど、そのかわいさは、油断できない。毒の類だろう。悪女?・・・言い過ぎか。

でも、それはただの毒ではない。敵も味方も殺す非情さと覚悟を持った毒だ。それに耐えられる、強い人だ。それでいて優しい。実はすごい尊敬している。

 でも油断すると、俺はもてあそばれてしまうのだ・・・実は結構わかってて、のっかってるんだけどね。


第3章 従者のスカウト


「パシリくん。あなたを直接、雇いたいの。従僕以外の仕事は、ここでの情報収集と物資の調達・・・あとは、隊の下働き。」

 ・・・今とほとんど変わんねえし。

 いろんな備品や街の噂を集めるのは、ほとんど俺の趣味のうち。下働きは、まんまだ。

「お給料は、週に銀貨15枚でどう?」

 そりゃ好待遇だ。ホントお金あるな。ちなみに今の手当てだと週に銀貨2枚だ。もっとも食費はただで兵舎ずまいだから文句なかったけど。ちなみに一般的な宿代が銀貨1枚で食事つきだから、銀貨1枚は5000円くらい・・・円?ま、いいや。

 金貨1枚は銀貨20枚。銀貨1枚は銅貨20枚。銅貨1枚は銭貨20枚。こんな感じ。

「でも何よりも、地元で事情通のあなたの、土地勘と人脈を買いたい。今急いで知りたいのは二つ。一つは、このホルゴスで・・・怪しい人物を探す。」

 つい俺はコルンさんを左の、ミュシファさんを右の人差し指で指しちゃった。

「違うわよ・・・実は、オーガの凶眼族がここを狙ってるの。で、この街に内通者がいる。」


 この世界じゃ、亜人戦争・・・と人族側が呼んでいる・・・で人族が負けて以来、亜人が急激に勢力を伸ばし、人間を圧迫している。小さい国々のいくつかは滅び、残っている主な国家は北部の帝国、中部の王国、そして南部の、この族長連合くらいだ。その族長連合も30年前と比べるとで領土の半分近くを失った。

 それに対して、人族に敵対する亜人側も、大きく分けると、北にはゴブリン族とオーク族が多く、中部はトロール族、で、ここ南部はオーガ族が比較的多い。

 特にオーガ族が族長連合の当面の敵で、小規模な襲撃なら頻繁にある。部族単位の中規模な侵攻・・・数百・・・なら2,3年ごと、数千にも及ぶ大規模な戦争は5~10年くらいに一度はあるという。でオーガ全11部族の中でも四大部族と言われるのが、黒爪、剛腕、鋭牙、そして凶眼だ。最強だった黒爪族の族長が、2年前に勇者様に戦場で倒され、それ以来凶眼族が力を伸ばしてきた・・・って、盗賊ギルド幹部のサヂェウスさんが教えてくれたっけ。隊長のファザリウスもその戦いで活躍したって聞いてる。

 そして、勇者。数百年ぶりに出現した人族の決戦兵器。伝説じゃなかったんだな。


「いや、いくら何でもオーガに協力する人間なんて、いないんじゃないですかぁ?」

 足の引っ張り合いが日常茶飯事の人族も、さすがにねえ?

 凶眼族は、オーガたちの中では知能が優れている。もちろん上の階級なら人間並みに頭がいいヤツもいるだろうけど、だからって人間側にオーガにつく理由が浮かばない。食われるだけだろう。自分だけは食われないとか?それもねえ。そんなにおいしい条件じゃない気がする。

「わたしもそう思いたいけど・・・無視できない可能性があるの。ホントにいなければそれに越したことはないけど・・・。」

 俺には話せないが、それなりの根拠はある、ということか。

「少なくとも、近いうちに凶眼族が中心になった中規模以上の侵攻があるのは確実。そう覚悟してちょうだい。あと、ゴブリンの異能種が、おそらくシャーマン系が、凶眼族に協力してるという情報もあるの。」

「よく食われないな、そのゴブリン。」

 オーガは雑食だ。腹が減ったら何でも食うし、人間も亜人も大好物のはずだ。ただ、役に立つなら食うのを我慢して使えるのも凶眼族の強みなんだそうだ。

「じゃあ、コルンさんは凶眼族がひょっとしたらゴブリンシャーマンの精霊魔術とかで、ホルゴスの中に内通者を作ったかもしれない、と仰る?」

「そんな単純じゃないとは思うけど、ま、そういう路線だと思ってくれてもいいわ。」

 コルンさんは、少なくても安心できるまでは内通者を探すつもりらしいが・・・いる証明ならともかく、いないということの証明は「悪魔の証明」だ。それは不可能という。

「まあ、調べる分には、了解です。いない、という確証は難しいですが、怪しいヤツがいたら見つける、でいいですよね。それで、もう一つは?」

 お互いの納得したところで次の調査内容だ。

「こちらは、きっと調べればすぐにわかると思うわ。」

 そう言いながら、コルンさんはポーチから地図を出した。ホルゴス周辺の、精密なものだ。さすが陣法師・・・ところどころおかしい気もするが。気になるとこは後で確認しよう。

「族長連合とオーガ族は、バーグの森林を境界として争ってきたわ。ただ、年々連合が東へ、つまり後退しているのが実情だけど。」

 うっ。何だろ、胸の奥が・・・。

「そして、近いうちにこのホルゴスに攻めてくるとして、亜人の群れとは言え、あの図体の大きいオーガの大軍が移動するなら、移動ルートや途中の宿営地、前線の基地、こういったものが必要になってくる。」

 そう言ってコルンさんは、毛筆で地図に仮想ルートを引いた。

「ここ、西方の開拓村へ向かっていた街道。ここだと、途中の村があるから・・・。」

 まだ人がいるなら村を襲って食料に、いなくても宿営地に、そして、一番近い村は・・・。

 俺が吹っ飛ばした妹の顔。食べ残された弟の骨。親父の肉塊。焼いた人肉の臭い・・・。

うえっ。何かがこみ上げてくる。

 俺は慌てて部屋を飛び出した。コルンさんが大声を出していたけど聞こえない。そのまま中庭に走った。奥の茂みに飛び込み、俺は吐いた。何も考えずに吐いた。ただ苦しかった。


 胸が苦しいのは吐いているからだ。胃が痛いのは、もう吐くものが残っちゃいなからだ。

頭がガンガンするのは息ができないからだ。じゃあ、目から涙が出るのはなんでだ?

わかっちゃいるけど、その答えを俺は知っているけど、何か月も忘れようとしていた。


「パシリ・・・またか。」

 幼い声がした。リュイが来た。空色の髪をした、いつも不機嫌な俺の親友。髪と同じ色のワンピース姿のリュイは、その小さな掌に水を汲んできていた。

「飲め。」

 いつもの、子どもらしくない口調。だが、声の奥には今だけ、優しい響きが隠れている。

 んぐ・・・ぐっ・・・ごく。俺は遠慮せずにリュイの手から水を飲んだ。

「はぁ・・・ありがと・・・いつもすまないな。」

「それは言わない約束だ・・・でよかったか?」

そう言いながらリュイは、きれいなハンカチで俺の口の周りについた汚物をふきとってくれた。ふき取った後、ハンカチをしまおうとするリュイに

「それ、洗って返すよ。」

と言って奪い取ろうとしたが、

「お前、前に貸したハンカチ、洗った後、しわを伸ばさなかったろう。しわくちゃだった。」

 そのままポケットにしまっちまった。そしてしゃがみこんで、座り込んだまままだ震えが残っている俺を抱きしめてくれた。

「パシリ・・・大丈夫だ。僕がいる。一人じゃないぞ・・・まあ、後で馬になるから一頭か?」

「・・・ああ。お馬さんごっこだな。だけど、いい加減お馬さんごっこは卒業しろ。もう10歳だろう。」

「ふん。僕の楽しみを奪わないでくれ。お前だけはわかってくれると思っているのに。」

「正直わかんないよ。どんなひねくれ方だ。親父さんに頼めば欲しいものは手に入るだろうに。」

「何言ってるんだ。命の恩人のお前の弱みを握って、言う通りにさせている。こんな楽しいことがあるか。」

「大したお嬢様だ・・・変人だけど。ああ。もう大丈夫だ。」

 リュイとこんなバカな話をしているうちに、震えは収まった。

 リュイは少しずつ俺から離れ、俺が本当に大丈夫そうだと見て取ると、俺の前にしゃがみこんだ。ち。短すぎだ。

「おい、その格好だとパンツ見えるぞ。」

 実際には見えたとしても、子どものパンツである。あいさつみたいなものだ。

「見せてるんだよ。景気づけに。ちゃんと鑑賞しろ・・・おい、そこで隠れてる女!」

 ガサッ。木陰から気まずそうにミュシファさんが出て来た・・・しかし子どもに見つけられるスカウト。不安だ。心配だ。

「こいつは、昔のことを思い出すと時々こうなる。気を遣ってやってくれ。」

 リュイは俺の方を見たまま、振り向きもせずミュシファさんに声をかける。しかし、なんでこいつはこんなに偉そうなんだろうね。格式高いとはいえ宿屋の娘のくせに。

「ああ、大丈夫だ。誰にもあの件をもらしちゃいない。安心して。ミュシファさん。」

 まあ、極秘の話の途中でいきなり席を立てば、見張りに行くのは当然。口封じに暗殺されないだけましであろう。その辺の弁解もするためにミュシファさんに連れられて俺は部屋に戻る。

「リュイ。ロビーで待っててくれ。もうすぐ遊んでやる。」

「いや。今日はもう帰る。明日はお前が僕の家に来い。」

「そりゃ、悪いよ、せっかく来てくれたのに。」

「今日はお前の情けない姿を見たから満足だ・・・忙しそうだからな・・・ふん、僕以外の女の相手か・・・女たらし。モゲロ。」

 そう返しながらも、俺には少し寂しそうに見えた。同じくらいに年頃の友達はいない。まあ、あの性格じゃ、当然だ。見てくれはいいんだから、中身がもう少しマトモなら。残念なヤツだ。


「あの・・・とりあえず、情報を漏らしたりはしてないですよ・・・多分。」

 部屋に戻って開口一番にミュシファさんが言った。コルンさんの怖い顔はそれでも変わらなかったけど。だいたい『多分』はないだろう、ミュシファさん。そこはもっと断言してくれ。

「ええ~っと・・・すんません。あのタイミングで部屋飛び出したんじゃ、信用ゼロですよね・・・ただ、一応、情報提供できます。」

 腕を組んだまま無言で俺をにらみ、それでも話を促すコルンさん。

「地図に載ってないけど、ここ、ホルゴスから歩いて二日の、急げば一日かな。旧道からも街道からも近い、ここに村があったんです。」

 俺は、コルンさんの地図の一点を指した。

「近いわね・・・あった?今はどうなってるの?」

 俺はなるべく普通に、いつもの感じでこう言った。

「一年前にオーガに襲われて、その後、生き残った馬鹿が火を放って・・・もうなぁんにもないんです。」

 コルンさんはなぜか眉をひそめた。ミュシファさんは顔をこわばらせた。あれ、言い方、ぎこちなかったかな。うまく言えてたつもりだけど。

「だからオーガ軍がこのルートを通るなら、広いから宿営地や拠点の一つに使えると思いますよ・・・あと、ここと、ここ。まだ人がいる村が・・・あとここらじゃ、ここも。」

 次々と指をさすと、コルンさんは一つ一つに印をつけていく。

「で、ここは、もっと前にオーガに襲われたって聞いてます。ここは、確か食料不足かなんかで村を捨てたはずです。最近食料不足の村のために街から物資の支援が増えてるって話です」。

「助かるわ。地図を見ただけでこんなに位置の特定ができるなんて。」

 ・・・そう言えば、こっちじゃあんまり地図って見ないよな。昔みたいに軍事機密なんだろう・・・昔?いつの昔だ?

「・・・あとね、パシリくん。衛兵だよね。知らないかな。最近・・・行方不明の人がこの周辺に急増している件の?あと、物資・・・特に食料の移動とか?」

 コルンさんの表情が深刻なものになった。それまでの「怖さ」とは違う。もっと重い感じがする。さて、しかし・・・。

「このホルゴス自身では、行方不明はほぼないと思います・・・三か月前に誘拐事件がありましたが、首謀者一味がなぜかみんな死んで、それでも被害者は救出されて。その後は何も。」

「何、その事件?詳しく教えて。」

 え、あ、ドシヨ。まぁ公式見解でいいなら。そんなたいした情報は衛兵隊もわからないし。

隠れ家は燃えたし、関係者は全滅。そのまま伝える。

「そう。結局肝心なところはわからずじまいなのね。」

「そのようです。後、食料関係かわかりませんが、最近運送ギルドの幹部が死んだって。」

 それを聞いたコルンさんが苦笑した。何となく悪いことをした気になってしまう。

「じゃあ、パシリくん。この街の奴隷市場はどうなっているか教えて。」

 奴隷市場は、公認されているものと、そうでない、つまり非合法のものがある。族長連合では、そもそも王国や帝国ほど奴隷の需要はない。だから公認されている奴隷市場はあるけれど、ホルゴスの市場は大きくはない。が、最近奴隷が増えたとも減ったとも、何かあったとも聞いていない。ちなみに族長連合では公認された市場の奴隷は契約条件が比較的まともで、過重な労働や虐待から法的に保護される。ブラック企業よりマシ・・・ん?ブラック?

 一方非合法の市場は、見つかったら関係者は処罰、奴隷は解放されるが、見つからなければ残念ながら、奴隷は過酷な環境に置かれ、もっても数年で死んでしまう。

 俺が来る何年か前には、ここでも非合法市場の摘発があったと聞いている。それも大したことは知らない。

「ただ、西のバーグの森からの難民はとても増えています・・・その全員がホルゴスまで着いたかは、わかりません。後、西への支援物資が城内から時々運ばれてるそうです。」

「そうか。途中で・・・と言うことね。」

 どうも腑に落ちない。誘拐に奴隷市場?今俺は何を聞かれているんだ?オーガの侵攻と内通者の話じゃ・・・人と食料の謎の移動とオーガ軍の侵攻と内通者!?あれ?

「コ・・・コルンさん。まさか?」

「わかっちゃった?ここで、今、人が大量にいなくなる、その意味するかもしれないことが。」

「しかし・・・そんなことにまで、人間が協力してるっていうんですか!」

「そんなこと?」

 どうやらミュシファさんも知らされていないらしいが、俺はかまっていられなかった。

「そこの条件は、交通の便がいいこと。ホルゴスから近いこと。」

「・・・。」

「それに余り知られていないこと、秘密の関係施設がつくりやすい場所であること・・・。」

 淡々と続くコルンさんの声から、耳をふさぎたくなる。だから、聞きたくないがために、先に結論を言ってしまった。

「じゃあ、ここにオーガのための『食糧庫』がある、ということですか。人間も含めての。」

 俺は地図の一点を。かつて俺が焼き払った村の位置を指さしながら・・・。

 人間が、オーガのために食料となる人間を捉え、飼育している。それも、おそらく俺がかつて暮していた、あの村があった場所で。

 コルンさんは、そう言っているんだ。俺は特別人間に理想を抱いちゃいないし、自分自身高潔な人間じゃない。ハッキリ言えば悪党だ。それでもこの、亜人の侵攻に苦しむ中で、同胞を裏切る人間が、しかも食料として同じ人間を捕まえるということは信じたくなかった。

「ここ最近の、行方不明者の増加、そして非合法奴隷の取引・・・その流れを調べると、そう思えるの。そうでなきゃ、わざわざオーガの侵攻を防ぐ最前線で、こういう流れが増えるとは考えにくい・・・もちろんまだ確証はない。だから、パシリくん。調べるのを手伝って。もしもの時は救出するためにも・・・手遅れにしないために。」

 手遅れ。その意味することが何なのかは、聞くまでもないことだ。

「わかりました。コルンさん。お手伝いします。よろしくお願いします・・・ミュシファさんも、よろしく。」

 コルンさんは、ようやくその表情を緩めて、ミュシファさんは逆になぜか固くなってだが、それぞれ俺と握手してくれた。コルンさんの手は冷たく柔らかく、ミュシファさんの手は熱くて固かった。

 

 で、その後、コルンさんは軽~い感じで、とんでもないことを言い出した。悪い顔だった。

「んじゃ、パシリくん。かための盃がわりに、ミュシファあげる。」

「はい?」

「ええ?」

 何を言い出すんだ?この人は!この子はゲームアプリの特典かよ!

「だって、この子もそろそろ、そういう練習した方がいいし。イ・ロ・ジ・カ・ケ。」

「トートツ過ぎませんか?しかも勇者様のご一行でそんな・・・。」

「だから、よ。勇者の仲間のスカウトが『迷子』なんて、使えないにもほどがあるわ。結局今日の仕事も何もできなかったし・・・せめて役に立ってもらおうって思えば、あとは体で!」

 タンマタンマどんなブラック企業だ。ヤのつく自由業か!よくわかんないけど。

「あ・・・わ・・・わ、わかりました。」

 わかるなよ!震えて言われても、わかったように見えないよ。

「でも・・・あたし、傷物だけど。それでパシリさんがいいんんなら・・・。」

 そう言って、ミュシファさんはうつむいて、服の胸元に手を・・・

 ブチ!

 俺はキレた。思わずミュシファさんの両肩をつかんで力説した。

「傷物ってなんだよ!何があったか知らないけど、もっと自分を大事にしろよ、バカ!!」

 ・・・ミュシファさんが固まった。

  そして・・・。

「キャハハ!キャハハ!キャハハハハハ・・・ゴメンねえ、パシリくん。試すようなことして、ホントにゴメン。ミュシファもゴメンね。ちょっとお灸据えるつもりで。やり過ぎたわ。」

 どうやらこれがコルンさんの、俺への試験だったらしい。ついでにミュシファさんをちょっと叱るっていうオマケ付きの・・・この人、マジ心臓悪い。

「パシリくんの誤解を解くけど、この子、別に処女じゃないってことじゃないから。」

 俺とミュシファさんが落ち着いたところで、コルンさんが話し始めた。

「あ、そうなんだ。」

 素直にほっとした。もちろん彼女が気にしていることが他にあるだけだから、そんなに喜ぶところじゃない。聞くわけにもいかない。ミュシファさんはうつむいて気まずそうに首にまいた白いスカーフをいじっている。

「でも、コルンさん。それでもあんまりです。ミュシファさん、きっと傷ついてます。」

「・・・その辺の反応も大事だったの。」

 何言ってるんだ、ホントに!でも、コルンさんは真剣な顔に戻って俺に言った。

「なんか、パシリくん、この子に時々怖い顔するから、女の子嫌いな人なのかなって?」

 ぎくっ。いや、俺。ノンケですよ。

「同じ隊で働くんだし、その辺ははっきりさせておこうかって。」

 ・・・試し方がひどすぎるけど、俺の思春期年代嫌いに感づいてたか?鋭いな。

「それに、うちの隊は女の子が多いから、誘惑に簡単に負ける子はちょっと問題で、ね。」

 宿屋の部屋割りだと女5人。この二人以外も若い・・・おそらくはミュシファさんくらいの年なのか。  あぁ、あの大剣持ち、それくらいだったな。まさかあれが勇者じゃないよな。

「だから、一応の協力を願いした後で、どこまで信頼できるか試させてもらったんだけど・・・すごいね、満点!ここまで女の子に真剣にお説教できるなんて、年ごまかしてない?」

 ヤバイ。この人、悪い人だ・・・こんなにきれいなのに。残念だ。仲間思いだけど悪人だ。

「ミュシファ、ホント、ゴメン。でも、このパシリくん。信用できると思うから、あなたも頼りにしなさい。いろいろ。」

「・・・あ・・・はい。」

 ミュシファさんは、赤くなってうつむいたままだったが、それでも返事をした。

 なんだかわからないけど、俺はスンゴク疲れた。

「じゃ、改めて。自己紹介が遅くなったわね。私は陣法師のコルン・・・陣法師って知ってる?」

陣法師と言うのは、かなり特殊な職業ではある。ここ数十年で隣国の王国から広がった下級の戦闘支援職だ。戦闘の際の陣形や戦術、仲間の連携などをかなり強力に支援できるスキルが多く、人数に余裕があり、腕のいい連中はいつも探しているらしいが、数が少なすぎるので、なかなか見ない。特にここ族長連合では、レア過ぎる職業だ。

 隊の戦闘指揮は、だいたいが昔ながらのように、知識と知力に優れた賢者や魔術師、熟練した戦士、カリスマのある聖職者が代替しているのが実情だ。だが、陣法師がいるといないでは、隊の戦果や損耗が段違いだそうだ。あと、隊の物資の管理や手配なんかも得意と聞いている。

ちなみに軍師という上級職があり、優秀な軍師は一国の存亡にかかわるとも言われている。亜人戦争が起こる前、帝国による王国侵攻をくじいたのが、今じゃ伝説級の大軍師ガーザイル・ボゥマンだ・・・まだ現役だっけ?この城郭都市の設計者だそうだ。

「へえ・・・族長連合ではほとんど知られてないのに。」

 ちょっとにらまれてます、俺。怪しまれてると言えるかも。

「前に、冒険者ギルドの事務長さんがいろいろ教えてくれて・・・。」

 ニコニコ。警戒されないように笑顔。

「えと・・・あの・・・あたしは・・・スカウトのミュシファ・・・駆け出しだけど。」

駆け出し以前。無駄な指示代名詞。迷子なんて論外。戦力外。よく勇者の一行にいられるな。おっと、ニコニコ。ニコニコ。笑顔は第二の天性だ。

「ええっと、秘密は守りますよぉ。俺、こう見えて口は堅いですっ。」

 その顔がチャラい、と二人の目が言っている。まあ自業自得で自作自演なんだが。

「パシリくんは、ちょっと目端が利きすぎるけど、利かないよりはマシ。あとが人柄だけど。」

「チャラいです、この人。チャラすぎ・・・でも、あのぅ・・・えっと。」

 ミュシファさん、何を言いたいんだろ?思春期症候群でコミュ障まであるのか。シーフもといスカウトのくせに。これじゃ、ホントに情報収集が大変だ。

「まあ、あなたはそう言うわよね。さっきので、流れ的に。」

 流れ的に?・・・何かの符丁かな。なぜジト目?

「で、わたしとしても、パシリくん。あなたを仲間として、今後すべてを打ち明けることにしたわ。そして、ただの従僕じゃなくて、勇者様たちの仲間よ。もっとも一時的な仲間で構わない。このホルゴスにしばらくいる、その間。その後は、あなたが入りたければ正式な仲間にする。そうでなければ、そこでお別れ。ま、最終決定権はわたしにはないんだけど。」

 さて、と。俺の本来の仕事とどうかかわるかな?

「コルンさん。俺はここが好きで、ここで暮らしています。そのためにご協力させてください。」

 俺は、それが一番気になるのだ。俺たちが守るこの街でこの後、何が起こるのか。

 

 が、ここで。このタイミングでかよ。

 く~・・・鳩の泣き声。もちろん鳩さんはこの部屋にいない。

 真っ赤になってお腹を押さえるミュシファさん・・・この子・・・いろいろやらかすなぁ・・・。

 俺は見て見ぬ振りをして、さりげなく提案した。女性の私室でいつまでも長話をするのもなんだし、何より昼飯時も過ぎた。俺は一度ここを辞して、調査を始めることにした。

 そこで俺の契約がまとまったことを知らせに、三人でフロントに向かう。ところが

「それはいいけど、パシリさん。お嬢様のご機嫌最悪です。どう責任取ってくれるんですか?」

 デリウエリさんが、そんなことを言い出した。

「10歳の女の子相手に責任なんて取れるかい。誤解される言い回しはやめてくれよぉ。」

 ふと視線を感じて、隣を向くと、ジトッと俺を見るコルンさんとミュシファさん。

「いや、なんか変な目で見てますけど、違うから。あいつは年齢も性別も超えたマブダチで、やましいことはないから!」

 全くとんでもない誤解だ。というか、デリウエリさんの作為を、いや、悪意を感じる。ち。目をそらしやがった。

「でもねえ、パシリくん。10歳の女の子が親友なんて、それはそれでなんか寂しいわよ。」

 ぐさっ。やっぱり世間的にはそうなのか。いや、わかっちゃいるんだけど。でもあいつとの仲を変える気はない。変な遠慮もしたくない。そういう約束だ。遊び相手ではあるけど、それだけじゃないのだ。そういや、あいつ、今どうしてるかな?


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