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勇者の従者は秘密のアサシン   作者: SHO-DA
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運命が交差する日

 琥珀の角笛亭のセラルちゃんは、確か俺より年下のはずだ。それなのに俺を「パシ坊ぉ」と呼んで年下扱いする。俺の童顔のせいだろう。それでも衛兵仲間と飲みに行ったときなんかは、俺の隣に来て話し相手になってくれる。考えてみれば、俺がここで仕事以外に話しできる女の子なんて、セラルちゃんだけだ。年上や年下とは話せるんだけどなあ。だからセラルちゃんは、俺の中ではランキング一位だ。二位以下不在のランキングだけど。

 もっとも彼女にとって俺はせいぜい3人目の「キープくん」らしい。

 

第2章 運命が分岐する日


 翌朝。宿屋の朝は忙しい。俺はいつものように下っ端として働いていた。

 ところが、早々にデリウエリさんに呼び出されて、挙句にフロントの奥の間・・・デリウエリさんの『仕事部屋』に連れていかれた。

「パシリさん・・・朝からだけど・・・昨夜の一件。面白いことがわかったのよ。」

 そう言ってデリウエリさんが話し出したのは、今、このホルゴスに勇者様がご滞在なさっている、と言うことだった・・・勇者様。ウワサでは知っている。おそらく数百年ぶりに現れたと言われる、勇者様が、この国の事実上の支配者ゴウンフォルド族から誕生した、と言うことを。ハッキリ言って、うれしい話である。

 人族が今の苦境に立たされてもう30年近い。ギリギリこのホルゴスで踏み留まっているが戦況が明るいわけではない。街の人は相変わらず普通に暮らしているけど、西の森からの難民が異常に増えている。加えて、守ることはできても、失った国土の回復はまだまだ・・・。一部では「残り少ない人類史」があと何ページになるかっていう悪趣味な賭けも始まるくらい。

 でも、かつて、人族に勝利をもたらした勇者様が出現し、またみんなを救ってくれるなら・・・俺がやってる『仕事』にだって意味があった。悪い奴らを、ホルゴスに害をなす連中を『処理』

することも、きっと勇者様が来るまでの時間を稼ぐことになったんなら。

「で、パシリさん、あなた。よく昨夜、無事で帰ってきたわね。さすがね。」

 はあ?何を言ってるんだ。デリウエリさんらしくない・・・?はい?まさか!

「そう。昨夜あなたが遭遇したのは、勇者様ご一行。それと一戦交えて無事撤退・・・たいしたものよ。」

「そりゃ、どうも・・・いや、マジで死ぬかと思いましたよ。デリウエリさん。」

「うん。それで、あなたにお願い事なんだけど・・・。」

 お願い事?いくらきれいな上司だって、だまされるもんか。組織の指示でしょうに。

「そうとも言うけど、それが何か?」

 いえ、なんにも。

 ホルゴスの城主からの依頼・・・これも指示だって・・・である。勇者一行の動向をつかめ、だってさ。城主って、ゴウンフォルド一族の宿将ギルシウス様だ・・・それが勇者を探る?一族の主筋で人族の希望を?・・・こんな時は、なんか、もうこの種族ダメだなって本気で思う。仲間内の争いってうか、足の引っ張り合いが多すぎる。

「それで、今日から勇者様ご一行が、お忍びでうちの宿屋にお泊りになるの。」

 当然か。この『黄金の大山塊亭』は、まさにそういう宿屋なのだ。表向きは。

「ご一行、人手不足なので、臨時に従僕を雇いたいって。」

「・・・ま、まさか?デリウエリさん!いや、それはちょっと待って。ばれたら死ぬって。」

「パシリさん・・・命令よ。」

 結局はただの命令じゃないか。身バレしたら即死の。特にあのちっこいヤツ、すげえ狂暴だったし。だが『組織』でもこの宿屋でも、下っ端の俺に拒否権はない。ち。


 ホルゴスの大通りは結構道幅が広い。それでも正午近くになると、馬車や旅人、街の住人が集まり狭く感じるほどだ。

 族長連合唯一の石造りの城郭都市だけあって、最前線とは言ってもかなりの賑わいである。

 俺なんて12歳の時に初めてホルゴスに来たときは、人の多さに気分が悪くなったくらいだ。王国や帝国ではこれより大きい都市がざらにあるとは聞いているが、これ以上の人込みなんて、想像もつかない。

 王国なら学術ギルド、帝国なら天界主教会が街の主要部にあるが、ここでは精霊を祀る社がある。俺も、朝一番でお祈りはしてきた。俺の場合は、まあ、義理みたいなもんだが、街の住人の多くは精霊の加護を受けているから、みんな熱心に祈っていた。

 街を歩くのはけっこう好きだ。意外かもしれないが、俺は『仕事』以外では、いい人であることにしている。『仕事』だって、この街を守ることで、人には言えないけど意味はあるって思ってる。そう教わった。それに、街を歩き、知り合いを増やすことは、結構役に立つ。人脈、情報、対人スキルの訓練・・・いろいろ。嫌いじゃないってのが一番だけどな。

 

 さて、待ち合わせ場所で、指定された相手を見つける。白い羽のついた帽子にマント・・・。

 そこには・・・とてもきれいな女性がいた。二十歳過ぎくらいの、ホントにきれいな。一瞬あっけにとられたが、すぐに気を取り直し、相手に様子をさりげなくうかがう。

「そこのきれいなお姉さんっ!俺は宿屋の使いでぇ~す!」

「え?あなたが?」

 声は低めだが、語感に丸みがあって、耳に気持ちいい。ちょっと丸顔で、驚いたのか目がぱっちりしている。栗色の髪は背中までありそうなくらい長いけど、よく手入れされている。

「はぁい。黄金の大山塊亭の者でぇす。」

 あまりの俺の軽い・・・チャラいとも言われる・・・言動に少々お姉さんもやや硬かった表情を緩めた。

「そう。じゃ、よろしく。私、コルンというの。」

「あ、どうもご丁寧に。かわいいお名前ですね・・・俺はパルシウス。みんな下っ端パシリって呼びます。」

 くすっ。こぼれ出した笑顔に、こっちもつられてにやけてしまう。もっとも俺はいつもそんな顔だ、とはここでの知り合いの弁である。まあ、パシリってのは、意味的にも使いっパシリというか、三下っぽいというか、笑われて当然であるが。

「ところでパルシウスくん。この辺りで、武具や防具、薬などをそろえられるお店はない?」

「パシリでいいですよ。コルンさん。いい店があります。ご案内させてください。」

「お願いね。」

 勇者様ご一行は、宿屋に入る前にいろいろすることがあるので、案何人をよこしてくれという依頼だった。で、案内も従僕も俺に押し付けられた・・・ていうか、公平言えば適任か。ち。

「じゃ、知り合いのお店にご案内します・・・・俺こう見えて従兵もしてまして、そっち方面も顔が利くんですよ。」

「え、衛兵さんでしたか。」

「見かけによらないでしょ。戦時動員の下っ端ですけどね。」

表情が、図星と告げている。驚くと幼く見える。

「これ兵票です。」

 って、なんとなく鉄の感触が気に入って、いつも首にさげてる兵票を見せる。

 細身で男にしては小柄な方。顔は童顔。あの時のやけどもほとんど残っていない。表情はいつもにやけている。でもそのほうがいろいろ疑われにくい。ま、訓練の成果なんだけどね。


 丁度一年前の夏。ホルゴスにたどりついた俺は、村の惨状を役人に報告した。俺は一人だけ生きのびて、村人がオーガと刺し違えたことにして。そして、ここで暮らすことにした。どうせ行くところなんてない。どこでも同じ。しばらくは誰とも会いたくなくて、宿屋にこもりっきりだった。

 それから十日くらいして、オーガの一団がホルゴスを襲ってきた。堅固なホルゴスはその襲撃に耐えきったが、正直それほど余裕があったわけでもなかった。俺は、自主的に城壁の防御を手伝った。ここまで、あんな風にしちゃいけない、そう思ったからだ。

 そこで、俺の・・・笑っちゃうが・・・弓の腕が認められた。親父には全然認められたことのない俺の弓だが、城壁から敵に射かけるには充分過ぎるほどで、そのまま衛兵にスカウトされたのだ。しかも弓兵アーチャーではなく狙撃弓兵スナイパーとして。

 しばらくして、別な事情で宿屋で働くことになったけど、衛兵仲間関係や、その時世話になった人たちには顔が利く。ホルゴスは城郭都市なので、人口の割りには兵数が多いがそれでも足りない。そこで、定期的に訓練を受け、平時は他の仕事をして戦時に動員される安い兵隊として、従兵という制度がある。それでも人口約2万人に対し、兵数4千人は微妙だ。


 道中、知人に声を掛けられ、冷やかされたりしながら、目的地に着いた。

「釣り合わねえ」「すぐ振られる」「セラルちゃんにちくっててやる」などなどうんざりしたが。

「すみません。コルンさん。みんな気安く声かけてきやがって、ご迷惑だったでしょう?」

 なにしろ見慣れぬ美人と一緒である。コルンさんも最初は驚いていたが、最後は呆れていた。

「パシリくん。随分みなさんに好かれてるね。」

好かれて、というのはかなりムリして言っている。過大表現だ。JAROに訴えられる・・・JAROってなんじゃろ?

 あの日以来、たまにこんなことがある。きっと前世の記憶なのだろう。もっとも、前世のことは何もほぼ覚えちゃいない。

「なめられてるんですよ。あいつらに。何しろここにきて一年足らずの新参者でして。」

「それも意外。てっきりこの街の人だって思ってた。すごく馴染んでる感じね。」

 そんな話をしてるうちに、目的地に着いた。看板には「萬」の文字とハリネズミの絵。

 あんまり小ぎれいじゃないし、大きくもない。コルンさんの顔が、また少しだけ不審そうだ。

「まあ、見た目より、中身。・・・やっ。マレツエリノの姐さん。」

 俺はさっさと店に入って、姐さんと呼ぶには少々の抵抗を覚える年配の女性にあいさつした。様子を見て、コルンさんも店に入ってきた。恐る恐る、という印象は微かにある。

「パシリかい。・・・マレツェでいいってのに。で、何だい?」

 白髪交じりの、それでも昔は超のつく美女だったそうだ。今は品のいい笑顔を浮かべてくれている。言葉遣いはそれについていってないが。

「このコルンさんに、いろいろ用立ててほしいんだ。いろいろ面倒だけど頼むよ。姐さん。」

「ふう~ん・・・ま、いいさ。」

 ここ「萬」は、簡単に言えば問屋で、小売りじゃない。一般の人に直接売ったりはしない。

ただ、まあ、衛兵隊の隊長が、マレチェの姐さんの弟だったりする。マレチェ姐さんは、俺がわざわざここに一見さんを連れてきたってことで事情ありってことは察してくれた。さすがだ。

 コルンさんは少々ためらいながら、必要な物品をマレチェ姐さんに告げていく。

「・・・ロングソード10ロードソード5ナイツシールド6、矢600、・・・ポーションとスクロールは・・・在庫を見せてもらっても?」

 マレチェ姐さんは一瞬俺を見た。俺は両手でお願いのポーズ。

「じゃ、付いておいで。パシリ、店番してな。」

「はいはぁい。」

 かつて知ったる他人のお店だ。大人しく店番する。

 ここは問屋なので店先にはほとんど商品はない。で、店の裏にある倉庫に商品は置いている。その種類も質も、数もかなりのものだ。実際、街の衛兵隊もここにお世話になっているし、実は冒険者ギルドにも卸している。で、あちこちに警戒用のアイテムがあるのは秘密だ。

 俺が欠伸を噛み殺しながら店番をして一時間ほどたっただろうか。

「お待たせ。ありがとう。パシリくん。」

 コルンさんは明るい笑顔だ。マレチェの姐さんも不景気ではない。上々の商売ができた、そういうことだ。買った商品はかなりあり「後日みんなで受け取りに来ます」とコルンさんは姐さんに言った。支払いは金貨数枚を含む現金で払って、コルンさんと俺は「萬」を去った。

 で俺たちは、大通りに戻り、他に行くところはないかなどと話していたら、二人の行く手を遮る影が・・・。

「あれえ、コルンさん!?」

 か細げな声の方を見ると、不安そうにこちらを見ている小柄な少女がいた。

 ちく。胸が痛む。その子は少しだけ、妹に似ていた。どこが、といわれると、年恰好くらいしか浮かばないが。ああ、ポニテにしてる赤い髪も似てる。色は違うけど。

 このくらいの年恰好の子は、男女ともに正直苦手だ。誰も気づいちゃいまいが。

「あなた、まだ仕事終わってないの。まったく・・・。ああ、こちらはパシリくん。宿屋の使いの。さっきまで買い物先の案内をしてもらってたの。」

 おっと、いつに間にか、コルンさんと少女の状況確認が始まっていた。ようやく俺は少女に注意を・・・現実的な・・・向けることにした。

 妙に気弱な雰囲気だ。叱られてコルンさんにオロオロと謝っているが、その様子がもういじめられ要素満載だ。コルンさんと同じようなマント。その下に見えるチラチラ見えるソフトレザーアーマー・・・。おっと、ようやくこっちを向いてくれたか。

「あ、パシリです。何かお困りなら俺に手伝わせてください。お嬢さん。」

 にこやかにあいさつする俺に、その子も「あ、こいつチャラい」と思ったようだ。少し目がジト~ってなって、ちょっとひいた。それでも「お嬢さん」という呼びかけは多少効いたらしい。その言葉の後は硬かった表情が少し和らいだ。

「え、お嬢さん?あの、あたし、そんなんじゃないよ・・・ミュシファ。そう呼んで。」

「ミュシファさん。いいお名前ですね。かわいらしい響きがお嬢さんにぴったりです。」

 褒められ慣れていないのだろう。ミュシファさんは顔を赤くしてうつむいてしまった。見かねたのか、コルンさんが多少わざとらしく突っ込んできた。

「パシリくん、調子いいなぁ。わたしにも似たようなこと言ってたでしょう。」

「いやあ、魅力的な女性は褒めるのが、このパシリの義務ですから。」

「どんな義務だか。ミュシファ、油断しちゃだめよ・・・この子、そういうの慣れてないから勘弁してあげて、パシリくん。」

 いいのか、お世辞に慣れてないなんて。いや、お世辞抜きでかわいい顔立ちとは思うけど。

「は~いはい。コルンさん。ミュシファさん。では、次はどこにご案内をしましょうか?・・・え?道に迷った!?」

 宿屋に行こうとして迷った・・・正直、俺は絶句した。『黄金の大山塊亭』は有名だし、場所も城内の中心部で、分かり易い。おまけに目立つ。そこを探せない?幼児か?

 つい、目が険しくなりそうだったが・・・思春期には冷たいと言う自覚がある・・・なんとかつくろって、笑顔になる。

「ではこのままご案内します、お嬢さん方。」

 再び歩きながら、しかも今度は美女に加えて美少女を連れている。やっかみの視線が痛い。

「世の中物騒だぞ、そんなきれいどころ二人も連れて、さらわれるなよ!」

 なんて声もあったけど、俺は、のんびりと二人に声をかけた。

「ここは城郭都市で、今は物騒で、けっこう殺気立ってる奴らもいるんですけど、お二人は無事にお連れします。タイタニック号に乗ったつもりでご安心ください。」

「・・・タイタニック?何それ?」

 ・・・何だっけ。何かでっかい泥船?

 キョトンとしたコルンさんとミュシファさんは二人ともかわいかったが。


「これは・・・ご立派なお宿ねえ。」

 目を大きく開いたコルンさんに、口を大きく開いたミュシファさん。

 俺が働いてる『黄金の大山塊亭』は、豪族や高級役人がよく使うかなり格の高い宿だ・・・で、当然、口も固い。事情が在りそうで金がある旅人もよく使う。で、ここに泊まる客は、盗賊ギルドとか、情報系の組織がチェックしようとする。それも、まあそっちも手配しておこう。

「あら、パシリさん。お帰りなさい。」

「デリウエリさぁん。きれいなお客さん、お二人さんご案内っ!」

 フロントの受付デリウエリさん。ロングな淡い金髪で耳が少しだけとんがってるハーフエルフの超美人さん。今日も緑色を基調にした制服が、細身の肢体によく似合っている。微笑みを絶やさない大人な女性だが、今目が呆れているのは俺には隠せない。

「お客さんがきれいだからって、変なとこに連れてったりしてないでしょうね?」

 俺にしか気づかれないであろう諦め顔は、きっとコルンさんとミュシファさんには優しい微笑みにしか見えないであろう。

「フロントさん?私、コルンです。この人、気が利いて顔も広くて、楽しかったですよ。」

「それはそれは。ありがとうございます。何しろいつもチャラチャラしてて心配でして。」

 そりゃ、どんなフォローだ、デリウエリさん?むしろ不安をあおってるんじゃないか?

 宿屋との細かい打ち合わせはコルンさんとミュシファさんに引き継いで、無事終わった。二人は安心した顔をしている。特に迷子になってたミュシファさんは。

「あのう、パシリさん、ホントにホントに、ありがと。」

「うん、たすかったよ。パシリくん。で、ちょっと一緒に来て。」

 コルンさんは俺に微笑みかけながら、借りたばかりの部屋に向かった。


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