勇者の従者は秘密のアサシン 序章
妹のパーラは、昔は素直でかわいかった。弟のフォグルシスは今も素直なのにな。
妹はいつからか生意気になって、随分俺に口答えするようになっちまった。
親父には、今も素直で、教わったことはすぐに身につけるくせに。
それでも、どんなに生意気になっても、俺のかわいい妹だ。素直な弟と同じくらいかわいい。
そんな自慢の妹と弟だ。明日は、こいつらを初めて街に連れて行く予定だ。
その夜、俺の村はオーガの群れに襲われて、全滅した。俺は16歳だった。
序章 ある村の一夜
亜人との戦いに人類が破れて、30年ほど。
俺の村は、族長連合が治める領土の、丁度境界近くにあった。とは言っても近くには・・・歩いて二日ほどの近くだが・・・頑強な城郭都市ホルゴスがあるため、その日までは、みんなも安全な村、そう思っていた。とは言え、大きくはない村の周りは空堀に柵、土塀で囲まれ、門には矢倉もあり、普通の村よりははるかに備えてもいたのだが。200人足らずの村人は、バーグの森林の恵みを受け、豊かではないにしろ、穏やかに暮していた。
俺の父は腕のいい猟師だった。
俺は、猟師の仕事を手伝いながら、なかなか弓の腕が上達しない残念な弟子だった。
弓以外の部分では、例えば獲物の痕跡を見つけて追跡したり、革や骨を加工したりと、本筋でない所は妙なくらい得意だった。亡くなった母さんの代わりに食事を作ったり、縫物をするのは苦手じゃなかった。小さい頃の弟や妹の世話も、我ながらよくやっていたと思う。
弓を使わない狩りなら、特に罠をつくり仕掛けるのは、かなりうまかった。
「お前が猟師として生計を立てるなら、罠使いの方だな。」
ある時、親父は残念そうに、残念な弟子である俺に語った。
猟師と言っても大別すれば、弓使いと罠使いがあって、評価されたり感謝されるのは弓使いの方だ。場合によっては盗賊や魔物と戦ったりするわけだし、大物・・・トロフィーってやつだ・・・を狙って仕留めるのは断然弓使いだ。トロフィーを仕留めると、当然有名になるし、金にもなる。親父は銀狼、四尾狐、岩食虎、それに金角鹿を仕留め、大物狩で有名だ。
一方、罠使いは、安定して標準的な得物を取るのには向いているが、トロフィーなんて、狙えない。だから、あまり、評価も感謝もされない。親父としては、俺を弓使いにしたいとは思って鍛えたが、結局俺にはその才能が、特に弓の才能がない。
親父は近隣でも一、二を争う…俺の中では断然一番の・・・弓使いで、弓術がすごかった。「遠射」「強弓」「狙撃」「空弓」・・・いろんな術が使えた。特に「空弓」は、矢をつがえず、「気」だけを飛ばして仕留める難しい技だ。
なぜか、そんなまっとうな弓術は、俺には身につかなかった。
言い訳を一つだけ言わせてもらえば、俺が左利きということが、原因の一つかもしれない。
左利きは、正直言ってここでは不便だ。ほとんどの道具や設備は右利き用につくられるし、道具を使う技術も右利きが前提になって教えられる。親父は、当然俺の左利きを矯正しようとしたし、俺もかなりのことは右手でできるようになった。だが肝心の弓は、どうしても弓勢が弱すぎて、やはり左で引かなきゃいけない。結局親父は俺の構えを直そうとするたびに、自分で弓を逆手に持ち替えてああだこうだやって、最後には首をひねり
「どこか違うんだが、うまく言えん。俺が構えるから、お前は自分で見て直せ。」
そう言って、最後は俺に丸投げするのだ。これが大きくなった弟や妹に教える時は、手取り足取り、加えて細かい動きまで全部直させるのだから、それを見る度に俺は落ち込んだものだ。
そんなこともあったが、公平に見ても、四つ年下の、双子の弟や妹の方が、よほど弓の才能があって、普通に俺より弓勢が強く、正確だった。きっとあいつらは、親父の後を継いで、いい猟師に、弓使いなっただろう、生きていれば。
その妹は、生きながらオーガに食われた。
弟は妹を助けようとして、オーガに殴られ、死んで、その後食われた。
親父は、村の外に変な気配がすると言って、出かけ帰ってこなかった。
明日はみんなで街に行こう・・・そんな約束は、どこかにいった。
食われる妹の悲鳴を聞きながら、弟が殴り殺されるのを見ながら、何もできない自分を呪っていた俺に、別なオーガが迫ってきた。身長は2m以上あるだろうか。俺たちの小さい家では、奴らの頭は上体をかがめていても、その角が天井につきそうだった。
腰に布を巻いただけの、野蛮な亜人。その太い右腕には、さらに太い棍棒が握られていた。血走った目が震える俺を見つけ、そいつはうれしそうに笑った。
カチッ。その時、頭の中でそんな音がした。
ああ、ハンマー(撃鉄)を起こす音だ。
その時、俺の周りは夜より暗い闇に包まれた。俺の左手だけが輝いて、手の甲には見たことのない、複雑な模様が浮かび上がった。その模様が、ゴウンフォルドの族章・・・車輪の中に六芒星、さらにその中央に晴眼を組み合わせた・・・だと知ったのは後のことだ。
そして・・・俺の口が、俺の意志に寄らず、俺の知らない言葉をつむいでいく・・・。
「大いなる精霊ワルドガルドよ。その御名のもと、我に力を示したまえ。エン・ゲイル・アズ・ゴウンフォルド・・・武具召喚!我が名はユシウス。我が武具よ。我が元へ来たれ!」
左手の輝きが大きく広がり、俺の闇から洩れ出して、オーガらの目をくらませた。そして、その輝きは、いつしか縮まって小さな結晶となった。輝きが消えた後、俺の左手には・・・銀色に輝く武器が、一丁の拳銃が残されていた。
スミス&ウエッソン モデル500。
こうつぶやいた時、俺の意識は切り替わっていた。
ここからの俺は、まるで別人のように、妹の声も、弟の姿も何も気にならなくなった。頭の中には、家のつくり、標的三体の情報、そして左手の拳銃のデータが浮かんできた。
しかし、やめてくれ。この場面でこの化け物ハンドガンはない。こいつはハンドキャノンだ。
そんな苦笑が自分の口元に浮かんだのがわかった。武器の選択ミスなんて初めてだ。
市販された拳銃では、史上最強の50口径マグナム弾を使用する。その威力は『汚いハリー』愛用44マグナムの約3倍。「射手の健康は保証できない。」という注意書きは余りに有名だ。個人的には『バイオハザードⅣ』で使われたモデル460のほうが貫通力が高くて好みだが、シリンダーの堅牢さのために、どちらも弾数が5発だけ。
ファンタジー世界で、この近代兵器が、魔法的に召喚されるってどういう理屈だ?苦笑が冷笑に代わる。
今の俺の体で、こんなハンドキャノン扱えるか?そう思いながらも、左手で構え・・・幸い、こいつは左手利き用にシリンダーラッチがちゃんと右側についていた・・・親指で撃鉄を起こす。ダブルアクションなので、撃鉄を起こさなくても、引き金だけで発射するのだが、命中率が下がる。反動がバカでかい銃なので、念のため、起こしておいたのだ。
そのくせ安定した両手射撃をしないのは、マズルフラッシュによる閃光やガスによる火傷がイヤなので、顔から少しでも離す、という意味合いがある。
こいつは長銃身の10.5インチ、ハンターモデル。この距離なら、大丈夫だろう。
随分ながながと考えたように感じたが、実際のその時では、0.1秒もかかっちゃいない。
あっけにとられたオーガに、まず一発。十分に備えていた俺だが、手の中でまるで爆発のような衝撃。覚悟していたが反動に耐えきれず俺は後ろに飛ばされた。やはり体重不足だった。弾は狙った腹部からは外れ、それでも、運よく胸の中央部に命中した。
その閃光は俺の狭い家を一瞬赤々と照らした。
その炎は俺の顔を軽く焼いた。
その轟音は、きっと村中に響いただろう。
だめだ。二発目以降はやけど覚悟で両手で撃とう。両手で二等辺三角形をつくり、右手をしっかりと添える。
しかし、リボルバーのハンドガンでは、構造上どうしてもシリンダー・・・回転弾倉・・・と銃本体のフレームにすきまができる。発射の際にはどうしても音と光煙がもれる。ましてや50口径のマグナム弾。その増量された火薬では、音も光煙もばかでかい。
いろいろ撃った後の影響を考えながらも、俺は、即座に態勢を立て直し、正面にいたオーガが崩れ落ちるのを確認する。さすがに北米最強のグリズリーですら余裕で殺せる凶悪銃だ。・・・ていうか、これはオーバーキルだ。鎧の着てないオーガなんて.357マグナム弾のコルトパイソンで充分だろう。『街の狩人』愛用の。
そんなふざけた感想がまたも浮かんだ。
続いて、今度は狙った場所・・・俺を見る妹の眉間・・・に命中し、その頭部を粉々にした。12歳になった、愛らしい妹の顔は、もうこの世に存在しなくなった。最後に俺を見て浮かべた表情は、笑顔だったのか?
更に、その下半身を腹に納めたオーガには二連射。頭と腹に命中し上半身を吹っ飛ばした。
残った一発は、食いかけの弟の死体からようやく離れて、こっちにのこのこやってきたオーガに。弟の死に顔を、俺は見なかった。
弾はカラになったが、頭の奥がチクッとうずいて、俺は自然に「リロド。」と唱えていた。
すると、右手にバカでかいホローポイントの.500S&Wマグナム弾が5発現れた。俺は体格のわりに大きな掌に感謝しながら、シリンダーラッチを押してシリンダーをスイングアウトさせた。これも俺用なのか、銃の右側にシリンダーが出てきた。ちゃんと左利き対応が行き届いていて、これが文明さ、と思った。使用済みの空薬莢を落とし、新しい弾を装填する。でかい銃のわりにはリボルバーなのでグリップが小さめで握りやすい。おかげで何とか撃てる。
「しかし、5発でこの痺れ・・・10発撃ったらマジで後遺症だ。」
実際一発撃つごとに、『手の中で爆発』ってのは本当だ。実は左手がかなり痛い。
それでも多分俺はこいつを使ったことがある。今の自分じゃない自分が。
その後、俺は村を襲った計18体のオーガを撃ち殺した。それは、殺した、というより、処理した、という感覚だった。おそらく前世の俺は、職業的な殺人者なのだろう。冷笑と苦笑を交互に浮かべながら、それでも心中は冷静で冷酷で冷徹だった。ただ、この標的を処理する。五感は、敵を探るセンサーになり、頭は敵の位置を予想しながら効率のいいルートを考え、手足はそれを実行するためにのみ動いた。夜目は昔より効いたし体もよく動いた。
すべてのオーガを動かない物体に変えると、モデル500は小さな輝きを残して消えた。
左手に赤い腫れ、ひじと肩に熱と、痺れと、痛みを残したまま。
そのまま村の外れに立ち尽くしていた俺は、夜明けとともに、昨夜出かけた親父が残骸になっているのを見つけた。その時の俺は、いつもの俺だったはずだが、なにかがマヒしていた。
その後、町長、薬師、鋳物師、村人の家を一軒一軒・・・全部の家を周り、村人全員の死を確認した。
その夜、俺が、俺一人が生き延びたのは、あの時、思い出してしまったからだ。
一年に一日だけ、満月になる日。聖月の輝週、7の日。それは、一年に一度だけ異世界からの召喚ができる日。ここ族長連合ではこの数十年、毎年この日に召喚を試みていた。
亜人との戦いに追い詰められた連合が、戦いの助けになる人材を増やすために。
召喚そのものが失敗することが多い。だから、17年前、赤ん坊の姿で召喚された俺は、一族に歓迎された。
召喚された者は、前世の力を残し、その強い力をこの世で発揮することを期待されている。
俺が召喚された前年、俺、翌年、更に次の年。この4年間で4回召喚に成功し、俺以外の3人には、「才能」が認められた。4回続けて召喚に成功することさえ、この時だけだった。
が、俺は、この世界に必要とされている「才能」がなかった。戦闘術、精霊術、魔術・・・そんな力がない。俺以外の3人には見事な「才能」があったのに。
今も昔も、俺には肝心なところが欠けているらしい。
だから、5歳になる前に、召喚した族長が役立たずの俺を諦めて、里子に出した。
族長は、精神を司る精霊に呼び掛け、俺の記憶を術で封じていた。
が、俺を支配していた術が、あの時消えた。撃鉄の音とともに。
親父は、当然、妹も弟も、本当の家族じゃない。
だが、そんなことを今更思い出しても、なんの気休めにもならなかった。俺は吐いて泣いて叫んで、倒れて・・・家族の残骸を一つ一つ拾い集めて、墓を作った。
幸いここしばらく雨は降っていない。俺は必要なものを探した後、村に火を放った。火葬のつもりである。あの次の日、俺は一晩中一人で炎を見つめていた。そして村は灰になった。
だから、俺の村は、もうない。
俺は、ホルゴスに向かって・・・それから一年がたった。
あれが狂った俺の夢でなかったことは、左頬に残ったやけどが教えてくれる。