勇者の復活
時代遅れの決戦兵器。勇者をそう呼ぶ者がいる。身分が上の者ほど多いらしい。
現代の人族の戦いは守城戦が中心だ。肉体的に虚弱で、数も多いとは言えない人族がつくりだした城郭都市が、決戦兵器と言われれる所以だ。
戦略上の要地に要塞を築き、敵が攻めてきたら、訓練された兵士と強固な防衛設備で組織的にひたすら守る。そして、敵が攻囲に疲弊したところで、援軍として編成された装甲騎兵が急襲する。これがここ数十年の人族の必勝パターンだった。敵味方の魔術や攻撃側の攻城兵器の発達も、未だ主力たりえないのだ。
だから、もう勇者の出番はない。そう言われていた。
しかし、どんな頑強な要塞があっても、守るだけで最終的な勝利はなく、危険を恐れて次第に内向きになってきた人族は、ますます追い詰められていった。
そんな時だからこそ、危険を知りつつそれを恐れない強い意志が必要になってくる。それが勇気。勇者の復活は、勇気の復活。時代遅れと言われた勇者の勇気が、時代を巻き戻して、復活した。みんなに見える形で。それは、人族の巻き返しの始まりだ。
第15章 勇者の復活
『旗』を掲げる力をもらったとき、遠くにいる隊のみんなの様子が一瞬見えた。
コルンさんは、泣いていた。あんなにきれいな人が、冷静な人が、人目をはばからずに。
「ありがとう、エンノ様。ありがとう、パシリくん。みんな、ありがとう・・・。あの子たちの、わたしたちの『旗』は、みんなの『勇気』は、こんなにも、途方なく大きい。これできっと時代は巻き戻る。勇者の復活とともに、人族に勇気がよみがえる。・・・人族は巻き返すわ!」
その大きさは、予想していた五割増しくらいだって。へへ。
でも昨夜のあれ、やっぱし嘘でしたね。何がもう仕事はない、ですか。門楼の一角に地図を表示してるけど何ですか、そのシミュレーションゲームのような盤面は。ほぼリアルタイムで戦況が変わっていく・・・。
ふんふん。さっきまで包囲戦を気取ってた敵軍が、先鋒隊が蹴散らされた挙句、城方のさっきの歓声に引きずられて攻め寄せて来たって?それは短期決戦ねらいのこっちには都合がいい・・・後方に一隊が向かって来たけど、せいぜい頑張りますよ。こっちも。でも、敵は前衛と後衛で動きが二分された。スキが大きくなりました。前衛は西と北のバービカンにかかりっきり、後衛は勇者様の速さに全くついてこられない、遊兵がほとんど。
昨夜の打ち合わせだと、戦いの火ぶたは、西門と北門のバービカン。そこで、思いっきり派手に暴れて敵の前衛を引きずり出すこと。続いて、勇者様と俺が密かに川から上陸し、旗を掲げて走りだすこと。敵が前のめりになっていれば、その分本陣までの道は空く、そして、勇者様の足の速さは尋常ではなく、敵は対応できないはず・・・。そして更に味方を増やす。旗を見た人が、勇気を取り戻せば、戦う意志と力を持てば・・・。そのために勇者隊みんなが頑張っている。今のところはうまくいってますね、コルンさんの思惑通り。
セウルギンさん、あなたが刻んだルーンの呪符で、門楼内の防御力が凶悪です・・・。オーガ軍の精鋭、巨大弓兵の、アーバレスト以上の弓勢を弾いてますよ。
あ、いいんですか城壁に上がって。危なく・・・防御魔法?いろいろ弾いてます。イケメンはここでも似合います。
何か呪文唱えてます?あの眼前の巨大な光は何ですか?いつぞやのシンの魔攻槍より大きいです・・・『魔光砲!』。なんかすごい勢いで敵の攻城兵器・・・オーガ軍虎の子の攻城塔を吹っ飛ばしましたね。
「フッ。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすのに全力を尽くす、と言いますからね。」
尽くしません!そんなことやってたら、ライオンは種族的にとっくに絶滅してますよ。
・・・護姫様?何やってるんですか、あなたは!わざわざ堀の外に突っ立ってて!
「我が名はシルディア!この西門を通りたくば、我を打ち倒していくがよい!」
頭痛い・・・地味なふりして結構目立つチャンスを逃がさないね、シル姉。あんた持病のシャクじゃないのかよ。いいけど。あああ。オーガ巨大弓兵の一斉射撃くらってる。
「矢払い!」
右手に持った戟で全部落としてるし。で、何で武器を弓に・・・バカでかい。でも次の矢が。
「矢止め」
パシっと右手でつかみ、
「矢返し」
ぶうううんって強弓がうなり、びゅうううって矢が飛ぶ。あ、弓隊の隊長の額に刺さった。てか、弓勢で首がちぎれた・・・あんな強い矢をつかんで倍返しかよ・・・才能あるヤツってほんとずるいよなあ・・・。もうこの人一人で砦なんじゃない。ワンマンフォートレス・・・。
護姫様が何かやる度に西側の城壁から大歓声があがる。いつの間にか、バービカンの戦士隊
以外からも援護射撃が飛んでくる・・・。みんな味方に付いてくれた。勝手に占拠した俺たちだけど、みんなわかってくれた。
一方、北門。
・・・期待を裏切らないねぇお前さんは。戦姫様は予想どおりのワンマンアーミー。城外の敵に単騎で突撃を敢行している。
「命が惜しくない奴はかかってこい!俺は戦姫ソディアだ!討ち取ったら、一番の手柄になるぜぇ。」
自分で『戦姫』言っちゃう?あの獰猛さにかわいさが隠れてしまったけど、どうせオーガやオークじゃ気づくまい。
で、紅く輝く大剣をふるえば、敵陣は薙ぎ払われる。戦姫様は戦馬を駆り突入する。しかし大柄なオーガ族相手に、あのひときわ小柄な体で蹂躙ってなんなの、この非常識さ!それでもあいつはわかってる。基本的に北のバービカンの射程距離から離れない。そこから離れるのは、敵将を見つけ刈り取る一瞬だけ。だから、無茶してるようで無理してしない。剣の才能だけじゃない。戦の勘がずば抜けてる。北門のファザリウス隊長もピッタリのタイミングで援護射撃の指示を・・・ファザリウスさん!・・・なんで左目の回り、黒くなってるんですか!?・・・いえ、俺は何も見てません!
北門の城壁からも大きな声が上がる。すごい士気の高まりだ。
「戦姫様カッコイイ!」とか「そいつもやっちまえ!」とか「すげえぞちっこいのぉ!」とか。
「ちっこい言うなぁ!」
あ、聞こえてるし。あの声の人、死んだかな?
キーシルドさんは、北門の門楼の一角で、一心に祈りをささげている。本来異教徒の族長連合の民に、天界主教の加護は薄い。それでもキーシルドという術者の、神への信仰心の強さと人への愛情の深さが加護を高める・・・これは後で聞いた話だ。
天界主教会では、異教徒に加護を授けることを快く思わない勢力が強い。だから、以前はキーシルドさんも、隊の仲間に力を振るうことをためらうことがあったり、術を使っても効力が弱かったり、そんなことがあったそうだ。でも今は
「同じ人族です。人を愛し守護するべき拙僧らは、まず相手を敬い、助けねばなりません。教えを押し付けるより、まず助け合いましょう。」
そう言って、いろんな人を助け、加護を授けるようになった。だから、族長連合の民でも天界主教に興味を持つものが出て来たんだそうだ。
そして、今、彼の加護を受けたこの空間では、楼門内の者に『幸運』『防壁』「回復」の効果が与えられている。それで、ただの衛兵のみんながいつも以上の力を出している。
でも、実は、この時のバービカンでの『聖別』や『加護』の使用は、本国の教会で後日問題になり、彼は処罰されることになった。
でもキーシルドさんは、意外に平気な顔をしていた。そして
「そんなことは覚悟の上です。ですが、拙僧が彼らを救うことに神がお力を示してくださった。それこそが拙僧の求める答えだったのです。」
そう、笑って言ってた。このお人よしを、俺は誇りに思っている。
「勇者様の旗があがったぁ!」
「ゴウンフォルド氏族の勇者エンノ様が、敵陣に向かってるぞ!すごい勢いだぁ!」
城内のあちこちで声が上がる。
「護姫様の隊が西の、戦姫様の隊が北の軍勢を押し返してる!」
戦況を城内の兵や民に伝えて、勇気づけているのはミュシファさんだ。それを聞いた兵らは彼女らの勇姿を見ようと、城壁に上がり、時に歓声を上げ、時に援護を始める。民らも外出禁止で不安の中、その歓声を聞き窓を開ける。そして近隣の者同士で励まし合うのだ。
「だから、みんな、声を上げて。それが勇者様に届くから。きっと勇者様たちに、戦っている人たちに届くから。みんなの力になるから。それがあたし達の戦いだから!」
コミュ障とは思えねえその懸命な訴えは、兵たちや民衆に広がり伝わって、いよいよ城館の城主にも届いた。内城とも言われる城館の門が開き・・・城主が率いる装甲騎兵が西門へ向かっていった。民衆が、手を振り声を上げて、その軍を見送る。
「コルンさん、ご城主様が出陣しました。」
「意外に早かったわね・・・よくやったわ。あなたの働きよ。」
「とんでもありません。あたしなんか全然だめで。これは勇者様とパシリくんの、あの旗のおかげです。」
「・・・変に謙虚なところが、似てきたわね。」
「え?・・・それって・・・あの・・・誰にですか?」
「わかってるくせに。」
赤くなったミュシファさんはかわいかったな・・・でも、誰に似てきたんだろ?
陣法師コルンが、伝説の大軍師から授けられた、たった一つだけの古代秘術。「効き目はお前の仲間次第」とうそぶかれ、それでもその力の意味を懸命に模索し続けた彼女が、ようやく今完成させたのだ。
コルンさんが施し、勇者様と俺が作り上げた『勇者の旗』。それは見るものに勇気と力を与えてくれる。実は俺たち隊員はこれが上がってから一向に疲労していない。胸の奥から闘志が沸き起こり、それでいて状況が理解しやすくなっている。そして、体力も魔力も徐々に回復していく・・・。それは隊員以外の者にも、弱いながら効果がある。
ついにその威力は街の住民にも届き始め、城主をも動かしたんだ・・・。
『勇者の旗』は、それを見る者に勇気を与え、その行いを導く力と判断力を与える。
これが、新しい時代の勇者戦。『旗』を介在することで、時代の針を巻き戻した、真の勇者の復活だった。そして、それは勇気を取り戻した人族の逆襲の始まりでもある。
でもね。そろそろこっちは大変で、余裕がなくなってきたんだ。なにしろ、この旗、目立つ目立つ。で、それがすげえ勢いで接近するもんだから、敵も次々迎撃部隊を出してきた。
ただ、本気を出した勇者様の俊足ぶりは俺の予想を裏切るもので、この俺がついて行くのが精いっぱい。言っとくけど、俺、短距離なら馬より早いよ。もっともその速さで大概の敵は振り切れるし、弓兵なんか目標についてこられない。確かにこの勇者様の速さなら、下手な攻撃力や防御力よりも、振り切るだけで大幅に相手にする敵が減る。
しかし、ついに正面に、敵の迎撃部隊が待ち構えている。オーガの黒爪族約500体。接近戦になればあの大きな爪が厄介だ。ところが、勇者様は少しも速度を落とさず、両の手をそのまま左右の天にかざして、歌い出す。いや、精霊語の詠唱だってわかるんだけさぁ、すげえきれいなんだから。
すると、目の前が・・・赤い。イヤ紅い・・・これって戦姫様の時のアレ?・・・いや、もっと紅くなって、すぐ前の勇者様が見えないくらいの濃密な紅の闇。そして、紅の闇が紅の光に変わった。視界がようやく戻ってきた。
で、勇者様。その左右にいらっしゃるのは何ですか?召喚したってことはわかりますよ?
『私の左側にいるのが炎の上位精霊イフリート、右も炎の上位精霊でフェニックスよ。』
『炎の上位精霊を同時に二体召喚して使役するって、ホント勇者様ってチートですねぇ。』
イフリートは巨大な火炎魔人、フェニックスはまさに火の鳥・・・。気がつけば、俺のヨロイが二体の発する熱で煙をあげ始めた。しかし知らないふりをする。ここは我慢。
『従者パシリ。チートってなぁに?』
『いやぁ、実は俺もよくわかんないんですよ。多分ズルいとかそんな感じ。』
『ふぅ~ん?パシリ、あなたってやっぱり面白いね。』
そう言いながら・・・言ってないけど・・・え?何?今俺、勇者様と会話してた?
『隊章を通しての念話よ・・・今頃気づいた?私もあまり使わないんだけど。』
『俺は初めてです・・・。』
『どうしたの?急に念が固くなったけど?』
『なんか・・・その・・・俺、勇者様と会話してるって思うと、急に緊張してきちゃって。』
「・・・かわいいね。パシリ。緊張、か、さっきはアリガト。」
『なんのことか、全くわかりません。』
実際に、勇者様と会話らしいことをしたのはこれが初めてで・・・いつもはボディーランゲージの解読だったから・・・緊張くらいする。ここが敵陣だったからこれくらいで済んだのかもしれない。
ちなみにこの会話中、勇者様は一度も振り返らず速度も落とさなかった。どんなお顔で俺と話してたのか、見られなかったのが残念だ。
『第一陣に突入よ!イフリートは炎の渦を!フェニックスは炎の道を!パシリには炎の加護!』
『勇者様、俺なんかに加護は不要です。』
『ダメ。私たちの着てる藤革甲ヨロイは本来火に弱いんだから、あなた焼けちゃう。』
『それは・・・さすがにご勘弁。』
言ってるうちにイフリートが敵陣で踊りまくり、フェニックスが敵陣を切り裂いた・・・コンガリと。もう俺たちを遮るものは・・・焼けたお肉の悪臭くらい?
『変なこと考えないで。お肉食べられなくなっちゃう。』
へへ。何か、かわいい。顔は見えないけどプンプンって感じで、やっぱりいつもの勇者様だ。
しかし、全速力で疾走しながら・・・しかも馬以上の速度で・・・広域破壊魔術を使い放題なんて、なんて恐ろしいんでしょ。敵が防御陣形で密集しているから余計に怖い。
その勢いで第二陣オーガ弓兵と魔術兵の混合部隊200もあっさりコンガリ。足止めにもならなかったね。しかし・・・さすがの勇者様も上位精霊二体の同時使役が続き、疲労が見える。旗の効果があるから少し休めばすぐ戻るんだろうけど。とりあえず俺のポーチから魔力回復薬を出して勇者様に渡す。残り少ないな・・・。しかもこの世界では、短時間でのポーションの連続接種は回復量を落としていく。効き目が薄くなるってことだ。
『・・・従者パシリ。わかってるでしょ。』
そうです。時間は俺たちの敵です。きっと後衛の部隊がドンドン集まってきます。だからその前に本陣に突入し、敵将を討つ。わかってるんですけど。
『私の心配は、終わってからゆっくりしてよ。』
心配するな、じゃない。終わってからして、か・・・。微妙に甘えてもらった気がして、ちょっとうれしかった。
『んじゃ、終わったら、ドーナツ揚げますか。』
『パシリ。いつも食べ物でツルのはどうかと思うの。私も子どもじゃないし。』
何か言い返したいけど、子どもみたいだし。ここは俺が大人になって。大人だし。
「じゃ、なんかわがまま聞きます。何でも言ってください。」
「言ったね。すごいわがまま考えておく。楽しみ。」
第三陣。オーガ黒爪族の軽歩兵600と投石兵100の混成部隊。実は俺は、オーガの投石兵が結構怖い。人に倍する筋力で、その巨体から投げてくる石の威力は下手なカタパルト並みで、しかもオーガ弓兵よりはよほど命中率が高い。ほら来た。この距離で至近弾・・・砕けた石の破片が俺の頬に傷をつける・・・ち。昨夜ミュシファさんにキスしてもらったところじゃん。畜生!・・・傷はすぐふさがったけど。
おそらくここを突破すれば本陣が見える。勇者様は前しか見ない。俺は勇者様の背中しか見ない。だけどおそらく俺たちの周囲には敵兵がいる。俺たちの速さについてこられないだけで、いなくなったわけじゃない。ここで時間をかければ接近される。
『ここはもう一度炎を使って・・・おそらくその後はしばらく打ち止め。乱戦になるけど、気をつけて。』
至近弾が次々と落ちてくる。弓兵より発射速度も早い。かなり至近弾の音も大きい。
『ご安心を。除けて避けて逃げるのは得意です。』
『それ、心強いって言えない。安心はするけど。』
三度イフリートが踊り、フェニックスが突っ切り・・・そして二体とも消えた。勇者様は。右手に光の精霊槍を、左手に先代世界樹の芯核の刀をかざし、遮る敵を葬っていく。
時々俺に向かってくるのもいたけど、あっさりと身をかわせば、後は俺たちについてこられない。
そして、ついに第三陣を突破した。向こうに本陣が見える。あと一息。一気に駆け抜けた。
しかし、本陣の前には、重装甲のオーガ兵1000が待ち構えていた。そして・・・。
ここで勇者様は初めて足を止めた。そして無言で正面をにらみつけている。俺はその隣に並んで話しかけた。
「勇者様。なにかあるんですね?」
しばらく無言だったが、勇者様が答えてくれた。
『精霊封陣・・・現象界と精霊界のつながりを発つ封印。ここから先には、精霊の力が及ばない・・・。この辺りの精霊は殺され追い払われて、ここから先に入れない・・・。』
急にそんなものを作れるわけはないだろう。おそらくは、陣をはってすぐ。万一の、勇者隊の急襲を警戒して・・・。
「滅空、ですか?」
『うん。きっとそう。』
ホント人族の敵だな。あの野郎・・・。ここから本陣まで500mもない。俺たちならたどりつくことは出来る。しかし精霊の力なしで、オーガ相手の乱戦で、いくら旗の効果があったとしても突破できるか?突破しても、その後無傷の滅空やオーガの大将を討てるのか?もちろん、最後にはそうする覚悟はある。勇者様は間違いなくそうするし、俺はそれを追いかけ御守りするだけ。ただ・・・今は俺も勇者様もまだ冷静だ。何か手はないかを考えて・・・なるほど、封印の外からなら、やれるか、こっから・・・でも・・・。ち。シル姉・・・。
「ユシウス。いかに忌まれる力でも、使うべき時はためらうな・・・エンと力を合わせよ。エンの、勇者の道を切り開け!」
わかったよ、シル姉。今がその時ならためらわねえ。せっかくもらった勇気だしな。
俺は右手に旗を持ったまま勇者様の前に立った。
『パシリ?』
隊章を通して伝わる、勇者様の念。不思議そうだ。
「勇者様・・・これから俺がすることは・・・秘密ですよ。」
かわいく首をかしげる勇者様・・・本当にかわいい。俺がこれからすることを見ても・・・変わらないでいてほしい。
「勇者様、左手をお貸しください。」
内容を話さない俺に疑問もあるだろうに、迷わず俺に左手を・・・素手を預けてくれる勇者様。俺も籠手は外している。
さっきの、旗の時とは左右反対の姿勢になる。つまり、俺の左手が勇者様の左手を取り、互いの眼前に掲げる・・・大丈夫。未練はない。あるけど。
「俺の勇者エンノ様。あなたの従者パルシウスにお力をお貸しください。」
間髪いれずに応える勇者様。
『私の従者パルシウス。あなたの主エンノが力を預けます。』
この念を感じられただけで本望だ・・・それを失うかもしれない恐怖を振り払う。
俺は、記憶のある中では初めて自分の意志で族章を目覚めさせる詠唱を行う。左手に魔力と念を込めると闇が俺を包む。そして、闇の中で、俺と勇者様の、二つのゴウンフォルドの族章が輝きだす。その眼前に俺の族章が輝くのを見て、驚く勇者様・・・妹エンノの顔。
「偉大なる・・・鋼鉄の王。暗黒の眷属にして鋼の精霊、ワルドガルドよ。」
おそらくエンノも聞いたことのない精霊の召喚。それでもエンノ・・・勇者様の信頼は微塵も揺るがない。俺に勇者様を通って巨大な精霊の力が集まってくる。
「その御名のもと、我に力を示したまえ。エン・ゲイル・アズ・ゴウンフォルド・・・武具召喚!我が名は・・・ユシウス。我が武具よ。我が元へ来たれ!」
ユシウス。そう聞いた時、勇者様は・・・エンノは目を大きく開いた。それから、俺は眼をそむけた。そして天をにらむ。
武具。俺が今から呼び出すのは、武具何てもんじゃない。おそらく俺がイメージできる、最も大きな、鉄の塊。この世に在ってはならないものだ。
しかし、勇者様の力をお借りできる今なら、きっと召喚できる。
そして、俺の遥か上空に暗闇が出現した。
暗闇は大きくなり、そしてそこから巨大なものが通ってきた。あの暗闇は門だ。
出て来たものは・・・。とてつもなく大きい鋼鉄の船。
全 長263m。
全 幅38.9m。
排水量64000t。
兵 装45口径46cm3連装砲塔3基。
60口径15.5cm3連装砲塔2基。
40口径12.7mm連装高角砲12基。
25mm3連装機銃52基。
25mm単装機銃6基。
13mm連装機銃2基。
その細長く赤茶けた艦底が頭上にある。あの赤茶けた色って、俺の普段の髪の色に似てたん
だな。いろんな資料で再現された巨大な戦艦。それが天空で太陽の光を跳ね返し、地上にその
巨影を落とす。
俺の魔力はあっという間になくなりそうだ。勇者様とはキャパが違いすぎる。
俺は、その、この世に在ってはならないものに、この空に浮かぶはずのないものに、一度だ
けの命令をくだした。
「鋼の王の使いよ!全砲門開け!勇者のために道を開け!」
主砲1基の重さが2000tっていう、ふざけた艦が大きく左舷に傾く。各砲塔が勇者と俺を遮るものに狙いを定める。
そして、全ての砲が火を噴いた。
いかなる落雷よりも大きな轟音が世界を震わせる。
着弾した地面は陥没し、生命の痕跡すら残さない。
土煙と血煙が高く舞い上がり、俺達の視界を塞ぐ。
きっとこれも地獄の光景だ。俺がつくった地獄だ。
クラッ。俺の魔力はもう尽きた。頭上の鉄塊が悠々と門に吸い込まれ、暗闇に消えていく姿を俺は見届けることができなかった。ただ倒れる前に、渾身の力で右手の柄の石突を地面に突きさしたことだけは覚えている。この旗は絶対倒さない・・・。そう繰り返しつぶやき、俺はついに意識を失った。
目覚めると、眼前にポーション・・・魔力回復薬の容器が、俺の顔から遠ざかる・・・。
その向こうに・・・勇者様の心配げなお顔があった。
『従者パシリ。大丈夫?』
隊章を通して勇者様の念が・・・!思わず自分の右手を見る。在った。『勇者の旗』は、その柄の石突を 地面に深く突き立てられ、俺の右手に握られたまま高々とそびえたままだった。
よかった。勇気の源だ。これを倒してしまったら死んでも償えない・・・今でもそうだけど。
『・・・自分の心配はしないの?あなたは?』
『すみません。勇者様の歩みを止めてしまって・・・ご心配までお掛けして。』
ポカ。上から軽く頭を叩かれた。
『・・・どうせこの有様じゃ、敵もすぐには立て直せないわ。たかだか一分程度の足止め、欠伸にもならない。』
『はあ。』
敵陣の方を見ようと、倒れてる体を起こそうと・・・脂汗がダラダラと流れ出す。状況がようやくわかっちまった。
『気づいた?・・・もしもパシリが倒れたら、膝に頭を乗せて休ませてやれってコルン師が。』
うおおおおっ!コルンさん、グッジョブ!元気100倍!勇気無限大!
『あと、ポーションを飲ませる時は口移しがいいんだけど、これは刺激が強過ぎるから様子を見てだっ て・・・何でポーションの効果が口移しだと変わるの?』
うわわわわっ?あの人、勇者様にどこまで仕込んでるんだよぉ!それは死ねる。うれ死ぬ!
慌てて起き上がろうとする俺を、勇者様は止めた。そして・・・
『従者パルシウス・・・さっきの力と・・・名前のことを聞きたいの。聞いていい?』
俺は一瞬迷って・・・。少しゆっくり答えた。
『すみません。今はお話しできません・・・勝利の後に。勇者様の勝利の後にお話しします。』
勇者様が、俺の秘密の一部を知って・・・それで今の俺との、このつながりが少しでも揺らぐ・・・俺はそれが怖かった。こんなに信じてもらっているのに。きっと、元『兄』の自分が姉妹たちと比べて、何にもできない普通の、ホントはアサシンなんかやってた悪いヤツだ何て知られることが情けないんだと思う。
でも、勇者様がお望みになれば、お話しする。でもそれはせめて、この戦いをやり遂げた後であってほしい。
ポカ。そんな俺の気持ちが伝わったのだろう。勇者様はもう一度俺の頭をかわいくたたいて
『従者パシリはわかりやすい性格なのに、秘密が多いね。いい。今は見逃してあげる。』
『ありがとうございます・・・でも俺ってそんなにわかりやすいですかね?』
勇者様は俺をマジマジと見てつぶやいた。
『自覚ないんだ・・・。』
すげえ不安。俺、ホントに駄々洩れだったみたい。
起き上がり、敵陣をにらむ。一瞬の艦砲射撃は、正面の地形をいくつものクレーターに変えていた。近くにいた1000体ほどのオーガ装甲歩兵はほぼ消滅しており、奥の本陣も露出していた。
『おかげで精霊封陣も吹き飛んだ。もう大丈夫。』
『はい。ではお供します。』
俺と勇者様が走りだすと、進路の地面が土の精霊たちによって整地されていく。風の精霊が追い風となって俺たちを後押しする。水の精霊たちが俺たちの周りで、まだ残る余熱から守ってくれる。火の精霊たちが前方で俺たちを導いてくれる。
四大精霊が、互いに相克とならない距離を保ちながらも、勇者様・・・行者のために力を尽くす。
そして、その頭上に『勇者の旗』がたなびいて、もはや敵の後衛は近づこうとはしなかった。
さっきまで止まっていた歓声が、再び一層大きく響く。みんなの声が、みんなの信頼がここまで届く。勇者の勇気が届いたから。俺たちの勇気を受け取ったから。
こんなに広い戦場で、ここにいるのは二人だけだけど、みんなとつながっている。『勇者の旗』がつなげてくれる。
走りながら、俺は小さく「武具召喚」を唱える。乱戦で、勇者様の支援も必要だろう。拳銃一丁くらいならかわいもんさ。勇者様はきっとお気づきになっていたけど何もおっしゃらなかった。
さて、ハンドガンのチョイスはうまくいくかな。
オーガ兵相手なら、大口径は必須、ただし乱戦。S&WM500なんてもうコリゴリだ・・・そもそも乱戦なら弾数が欲しい・・・オートマティックがいいな。
『パシリ。本陣よ。重装甲オーガ兵・・・あの鉾が目障りね。』
そういって先代世界樹の芯核の刀を振るい、前線の兵たちを薙ぎ飛ばす勇者様。斬り逃した敵兵は、伸縮自在の光の精霊槍で突き刺す。
ほんの時々打ち漏らしたり勇者様の死角から入ってきそうなオーガは、俺が足止めするつもり・・・あ、頭吹っ飛ばしちゃった。さすが45口径ACP。兜に当たらなきゃオーガ相手でも足止め以上にはなる。輝きの消えた俺の左手に大きなピストル。
SPS MODEL DC CUSTUM
スペインのSPS社がつくった、コンバットシューティングに特化した大口径ピストルだ。45口径と言うとどうしてもガバメントクローンってイメージがあるけど、こいつは外観の特徴が強い。直線的で平面的とすら言える外装に加え、銃身の先のガスポートも目立つ。スライドの上の付くリフレクター・オプティカル・サイト(光学照準器)がまた目立つ。しかし弾数13発はこの局面では魅力だ。
しかし、事情あってとは言え、右手が使えないし、しかもまだ疾走中。45口径のスナップショットではちょっと怪しくなっちまう。しかたない。シングルショットよりはダブルで堅実にいくか・・・。
ちなみに訓練されたFBI捜査官は20m先の標的をスナップショットで打ち抜くそうだ。前世の俺はもっとできたと思うけど。で、だいたい標的は2秒で8m移動するのが一般的・・・拳銃を使った戦闘は通常は2~3mで発生するが、今回は野外の戦闘中・・・。今は敵の位置が脳内で把握できる分、もっと余裕はある。
ダンダンッ!ダンダンッ!ダンダンッ!
乱戦だから打ち損じは許されない。絶対勇者様には近づけない。でも勇者の戦闘の邪魔はしない。だから標的は勇者様の視界の外からくるヤツに絞る。引き金は二度ひく・・・。絶対確実に止める!こんな野外の乱戦、しかも護衛なんて初めてで、多少戸惑ったが、慣れて来た。
戦闘のイメージが次第に固まるに従い、勇者様との連携も自然にうまくいくようになる。
『従者パシリ・・・左の、脇からくるヤツ、みんな任せていい?』
『はいはぁい!お任せあれ!』
『軽い返事!でも任せた。』
たった二人の地獄の戦場。でもここが俺の居場所で天国だ。なんだってできるさ。
『クィリロッド』
上級の弾倉交換魔術らしい。手首を返すと自動的に排莢も給弾も終わる。まるで、ガンゲーだ。自分でもその時にならないと呪文がわからないってのが怖いけど、もっと便利な呪文、きっとあるんだろうな。でも魔力はごそっと減った。
ダンダンッ!ダンダンッ!
勇者様が、その小さな体で、また一陣を薙ぎ飛ばし
ダンダンッ!ダンダン!
その間、俺は左右から近づくオーガ重装甲兵を撃ち、
ダンダンッ!ダンダン!
勇者様が、右手の光の精霊槍を前方に投射すると・・・
ダン!『クィリロッド』ダンダンッ!
敵の本陣はついに完全に、その備えを突破され・・・
そして勇者様はついにたどり着いた。目の前には数人の僧兵と、更に屈強なオーガの一団。
「勇者エンノ・・・よくぞ、ここまで来た・・・。」
白い聖衣に水晶の数珠を構える滅空!
「人族の女勇者・・・食ってやる・・・食ってやる!」
赤く妖しく輝く目を持つ、オーガ凶眼族の族将!
俺は、右手の旗を、大きく二度、三度と回転させた。敵将に接敵した、の合図だ。
少しの間の後、遠くから。ひときわ大きな歓声が聞こえる。ホルゴスの街の兵も人も、今がその時だと知ったのだ。だから、その思いを届けてくれる。それがまた勇者様の勇気に、力になる。そして、それが旗を通して、またみんなに返っていく。この流れが、新しい勇者戦。勇者を軸とし、旗を介在することで、人族に勇気をよみがえらせる。
眼の前の僧兵たちが、オーガたちがたじろぐ。彼らにはわからないのだ。ただ一人の勇者がどうしてここまで来られたのか。人族がなぜこれほど大きな声を出すのか。そして今何が起こっているのか。
しかし、それすらあざ笑い、あの男は勇者様の前に立った。
「まさか、ただ一人でここまで来るとは、その蛮勇、もはや人族の範疇には収まらぬ・・・。しかし、それゆえ、貴様は敵も味方すらも理解できまい。そして、貴様は、何も理解しないまま、ただ己に逆らうがゆえにその敵を滅ぼすのだ。なんという暴虐!それこそが人族の犯した過ちと言うことにまだ気づかぬのか!」
滅空は勇者様を糾弾する。勇者様は、かすかにたじろいだ。こいつの言には一片の真実が含まれている。そして、実はそれが勇者様の悩みをついている。
子どもの頃から、勇者様・・・エンは自分が人と違う姿であることで傷つけられていた。髪の色、目の色だって、事情を知っている大人たちからすればすべての精霊の加護の証なんて御大層なものだけど、何も知らない子どもや里人からすれば、「見たこともない変な色」だったし、なによりもあの「角」だ。ひどい時には亜人の仲間扱いされて、そうとうひどいことをされた。だから、昔のこいつは、人に理解されずに一方的にバカにされ攻撃され続けた。滅空の言う「理解しないまま敵を滅ぼす」とかって言われたら感情的になって当たり前だ。自分がむしろ人族の同族にそうされてきたのだから・・・。でも、そんなこいつが勇者様になったんだ。人族を守る勇者様に。俺はそこにとてつもない何かを感じたんだ・・・今はうまく言えないけど。
滅空はそんなことは知らないだろう。しかし、ヤツも何かを感じた。勇者様と、人々のおくる歓声に。だから、奴は勇者様の勢いを止めるために糾弾している。
「されば、人族は滅びるべきなのだ。その罪を滅びによって償い、その後にこそ救われるべきなのだ・・・なぜ過ちを認めない?なぜ滅びを受け入れない?それこそが罪を償い、救われる道・・・我が第六天の天主が必ず、人族を、全ての種族を救おうと言うのに!」
ち。こいつ、勇者様が人族の言葉を話さないからっていい気になりやがって。俺は僭越ながらヤツの口を封じてやろうと・・・もちろん永遠に・・・前に出ようとした。
その時、風が止んだ。いや、風は止んでいなかったが、音が止まったのか。精霊たちが全ての音を止めて、そして、彼らが愛する一人の少女の、精霊語に変換される前の、小さな小さなつぶやきを、全ての者に届けた。
その声はあまりに小さくて、それゆえに全ての者がこの時だけは動きを止めて微かな声を聞きとることに専念せざるを得なかった。
それは、精霊が送る『静かなる声』。
『あの時、あの人が私に言った。今は負けるかもしれないけれど、戦わなければ前に進めない。今日はできないことだけど、明日になればできるかもしれない。だから諦めない限り、正しく前進する限り、きっと願いはかなうはず・・・って。そう言ってあの人は自分より倍以上大きい人と戦った。それはわたしを守るため。あの日わたしがもらった言葉は、いつか私の心になって、今の私を支えている。』
勇者様?勇者様が、滅空に・・・いや、人族に、オーガ族に、この場にいる者に全てに伝えてる・・・エン?
『争いは起こってしまった。かつての人族の過ちは償わなければならないかもしれない。でも、かつてのあやまちを理由に今の人族を滅ぼす真理はない。そして、この数年間であなた方が侵した行為も償われるべき。だからといって、オーガ族の滅亡を私は望まない。あの日、あの人が私を守ったように、今の私は人族を守る。でも、それは相手を滅ぼすためじゃない。あなたたちが許してくれるなら、互いの過去を償って、ともに生きていきたい。でも、それは、今あなた方がしているようになんの交渉もなく、一方的に攻めてくるなら不可能なこと・・・。滅空が言うような、理解しないまま滅ぼす、という行為はあなた方が今していること。今の人族じゃない。・・・理解できないと言うなら、理解する時間を!償えと言うなら、償う機会を!でもそれは一方的に要求されることじゃない。滅ぼされるわけにはいかない。だから、話し合いましょう。オーガの凶眼族の長。今からでも。』
・・・もちろん、これはかなわぬ提案。戦場で、敵の本陣まで突っ切って今更の和平交渉。理想論過ぎて現実離れしてるなんて、たくさん言われた。でも、いつか来るかもしれない和解の日のために手を差し伸べ続けること、これが俺の勇者様の変わらぬ姿勢で、この後、敵に味方にどれだけバカにされようと、勇者様は決して曲げなかった。へへへ。俺はそんな勇者様が大好きだ。
そして・・・。
『何をバカな!ここまで来たからといって、いい気になるな!』
『さえずる鳥は食ってしまえ!』
当然のように決裂した。侮蔑にとともに。ただ、俺は思う。これは『明日』のために蒔いた種だって・・・。
風が鳴った。世界はその音を取り戻し、勇者様と俺は、再び敵との戦いを始める。
「勇者様、人の・・・僧兵たちは俺が引き受けます。勇者は、真の敵を倒してください!」
そう、敵の命令系統で、滅空とオーガの族長、どちらが上かは関係ない、オーガの軍を掌握しているのは、オーガだということ。亜人同盟軍の中で言えば、滅空の方が上っぽいけど、この戦役を終わらせるのは、オーガが軍を退けなければならないってこと。
だからそれは勇者様にお任せして、俺は前座に徹する。
『従者パシリ。無理しないで。』
『ハッハッハ。僧兵ごとき、ご心配なく。』
実は相当に無理はする。しないと死ぬ。死なないために死ぬ気で戦う。俺は僧兵たちにDC CUSTUMを向けた。
「従者風情が思いあがるな!」
「僧正様、お下がりを!」
チェインメイルを着込んだ僧兵たちが鉄棍をふりかざし、俺の前に立ちふさがる。
敵はざっと十人。が・・・
ダンダンッ!カァンカン!
45口径ACP弾が着弾の前にはじかれた。ち。魔術による物理『防御』だ。
ここまで固いとはな・・・おっと、鉄棍が次々とふるわれる・・・ひょいとかわす。足払いで転がしてやる。こちとら、戦姫様のお相手で、避けて除けて逃げるのはさらにうまくなった身だ。一度鉄棍の嵐を抜けて距離を取る。
『リアームド!』
一度精霊回路が稼働して、武具を呼び出した後は、略式詠唱で次の武具が具現化するらしい・・・もっとはやく情報来ねえかな、直前じゃなくて。
DC CUSTUMが消え、S&W M460が再び現れる。こいつは銃身が14インチバレルのやつだから、だいたい2.5kg。DCカスタムの倍だ。・・・重いっちゃ重いが、剣よりマシ。・・・魔力は減ったな。更にごそっと。でも左から来たやつに一発。
スガワアアアアン!
銃身の先端のカスポートからでっけえ火・・・は、いいや。でかい反動とともに僧兵が頭を打ちぬかれて倒れる。基本は腹を狙いたいのだが、なにしろ魔法の世界の僧兵相手だ。勘単に『治癒』されないよう一撃で殺す・・・かすっただけでマッハ2超の衝撃波で死んでくれるかもしれないけど・・・ま、念のため。
一人倒れると、敵も警戒し、かえって俺が楽になった。世界最速の拳銃弾に、乱戦じゃ無駄に長い14インチバレルの貫通力は、僧兵らのヨロイと『防御』魔法すら紙装甲だ。
例によって、5発で5人。
「クィリロッド」
手首を返して、弾丸交換・・・また魔力が減ったな。
「聖気弾!」
おっと、中距離から僧兵の攻撃魔術だ。左手を眼前にかざして拝むような手つきで声を放つと、でっけえ空気の塊みたいなのが腹にぶち当たった。遠当ての術みたい。いてえ。が、くらいながらも撃っちまった。そいつは倒れたが、態勢が悪いのについ撃ったため、反動でひどいことになった。が、そのおかげで、変な方向で転がる俺は、「聖気弾」の包囲から逃れることができた。痛いけど・・・。ゲロでそう・・・。
でも藤革甲のおかげか、大けがはしていない。僧兵が再び構えて「聖気弾」を放つまでに2連射。で、あと二人。
ち。無意識で対象から外していたんだろう・・・尼さんだ。しかも一人は若い・・・。でも・・・ここで弱みを見せちゃだめだ。もし俺が女子どもとは戦えないなんてことがばれたら、次はそれをつかれる。だいたい俺はアイネイアを殺した。今さら戦場で向かってくる敵が女で子どもだからって遠慮するのはおかしいだろ!そう自分に言い聞かせた。
向かってくる尼兵の鉄棍を避ける除ける逃げる。で、転がす。幼さの残った尼兵は最初から鉄棍棒を蹴飛ばす。そのすきに・・・
滅空に狙いもつけず振り向き様に1発!
「どうした・・・。敵が女に変わった途端、動きが鈍くなったぞ。」
ち。見抜かれたか。大きく位置を変えていやがったので照準の修正が間に合わなかった。こいつは人の弱みを見つけるのがうますぎる・・・悪魔みたいだな。
「少女を勇者と崇め、のこのこ戦場についてきておいて、敵兵が女、子どもでは討てないだと。とんだ茶番だ。その偽善ぶり、反吐が出る!」
「困ったな、全く同感だ。でも、できねえもんはできねえんだよ!」
善悪じゃなくて、体が拒否している。そんな俺に、態勢を直した尼兵二人が再び攻めて来た。
せめてもの救いは、僧兵と比べればやや攻め手が緩いってくらいで、それでも本陣にいるだけあって充分に使い手ではある。
てこずっている俺を楽しそうに眺める滅空・・・腹立つわぁ!俺は尼兵の振りかざした鉄棍に銃弾を放った。その衝撃で鉄棍はおれ、尼兵も着弾の衝撃で崩れ落ちた。幼い方は鉄棍をかいくぐって後ろに回り、左腕で首を絞めて落とした・・・。ふうっ・・・。
「クィリロッド」
ほんとはゆっくり弾丸交換したかったが、何しろ旗持ちの身。右手が使えないので、またも魔力を消費して、手首を返して弾丸を交換する。で、うずくまってた尼兵は『仕事』道具の眠らせる薬をかがせる・・・まさか使うとは思わなかったけど・・・20過ぎのキレイどころだ・・・。
「随分の手のかけようだ。少年。そんなに弱点をみせていいのかな?」
「克服できる弱点は見せてもいいのさ。余裕、と言ってくれ。捕虜をとる、ってのもあるし。」
・・・強がりでもはったりでもこの際言わないよりまし。
「つくづく惜しいよ、少年。キミを救ってあげられないことが。今からでも遅くないぞ。」
数珠を構え、腰を低くする滅空。ち。近くで見るとホントに似てやがる。
「俺はこう見えても一途でね。勇者様ルート一筋なのさ。」
途中まで別ルートだったけど。「一筋」は盛り過ぎか?
「あの語れぬ勇者のどこがそんなにキミを引き付けるのかね!」
無言で聖気弾かよ。ち。胸に一発食っちまった・・超いてえ!
「勇気は言葉じゃ伝えらない。行動で示すのみ!それができるからのエンノ様だ!てめえのような口だけ救世主とは違うんだよ!!」
スガワアアアアン!
M460の一撃は、しかし数珠をふるって不可視の障壁を強めた滅空に届かなかった。うっそお!?
「・・・なかなかの威力だが、音ばかりで効果なしでは、口だけはキミの方ではないかね。」
聖気弾が連射されている。また腹に、顔面にも!・・・意識が遠のく。倒れるわけにはいかない。右手の旗を倒しちゃいけない!ガリッ。口の中をかみちぎって意識を保った。ぺっつ。血を吐き出す・・・鉄臭え・・・精霊みたいな感想が浮かぶ。
スガワアアアアン!スガワアアアアン!
移動しつつ、こっちも連射。肩もひじも手もいてえ。
連射のおかげか、一弾は障壁を潜り抜けてヤツのわき腹をかすり白い聖衣に傷をつけた。ち。態勢が悪かったか。それでもその衝撃波にたじろぐ滅空。出血くらいはしたか。白い聖衣の一部が赤くなる。
あの聖気弾・・・他の僧兵とは速度も威力も段違い。しかも略式どころか術名すら言わない完全な無詠唱だからタイミングがつかめない。正直、このまま聖気弾の連射が続くと苦しかった。旗のおかげでちょっとは回復はしているけど・・・。が、
「よくも私に傷をつけた!この愚か者の分際で!・・・死ね!・・・燐!豹!刀!邪!壊!塵!烈!罪!全!!」
『死の宣告』!抵抗できなければ終わりだ。しかし・・・逆にチャンスでもある。俺は指輪の魔力を発動させ、魔術抵抗を高める。そして、空にそびえる『勇者の旗』を見つめた・・・
大丈夫。即死じゃなけりゃ、半死半生でも次の一手で逆転してみせる。だから・・・。
「滅空!貴様には負けられない!アイネイアのためにも・・・セウルギンさんのためにも!」
「パルシウスくん・・・ワタシの兄を頼みます・・・ワタシは今回兄とは会えずじまいですが、キミが一番兄に会えそうだ。」
宿屋で、最後に話した時のセウルギンさん・・・その深い紫色の瞳は、滅空と同じ色だった。
「頼むって・・・どうすればいいんですか?俺はやつを赦せないです!」
アイネイアを、シンを救ったとうそぶきながら、結局奴は二人の運命をもてあそび、楽しんでいた。俺は俺を赦せないけど、ヤツを見逃すつもりもない・・・でも、弟のあなたは?
「弟のワタシがやらなければならないことを、頼むのは申し訳ないのですが・・・キミが思うままに。それはきっとワタシの想いと、ほぼ同じです。」
「ほぼ」・・・そうだよな。全く同じじゃない。でも、きっと「ほぼ」同じ・・・。俺が全部打ち明けに行った時のシル姉のほうが同じかもしれない・・・が!
「バカな兄貴を持って迷惑してるセウルギンさんの気持ちを考えやがれ!」
・・・俺が言う?言っちゃう?・・・三姉妹に顔向けできないこの俺が。エンにもソディにも、何も話せない、この情けない俺が!言っちゃったけど。
滅空の眉が跳ね上がり、眉間が深い溝をつくる。それでも術式の詠唱に乱れはない。
「オン・ヤマラジャ・ウグラビリャ・アガッシャ・ソワカ!・・・ヤーマよ!この者に死の宣告を!」
きたっ!滅空の声が何十にも重なり、響き渡り、俺の脳を、心を侵していった。
そして、俺は俺の頭の中で記憶を再現された。とぎれとぎれの幼児時代。親父の弟子として過ごした少年時代・・・なにより、この一年のアサシンとしての記憶が執拗によみがえった・・・。アイザール師を殺した、アイネイアを殺した・・・。何十人も暗殺して、さっきだってあんなものを呼び出して何百人も・・・はっきり言う。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい!死にたいよぉ!!死なせてくれよぉ!!!
・・・でも空に虹の旗が見えた。エン・・・エンが赦してくれた・・・。エン。俺の勇者様。
多分俺は血の涙を、いや、全身から血を噴き出していた。そして心の中に絶望の想い。でも、
「勇者様が、勇者様がくれたこの命!お返しするその日まで・・・誰が死ぬかぁ!」
真っ赤になった俺の視界。でも、生きている。耐えきった!そして
「リアームド!」
M460を手放し、俺は最後に残った力で滅空に突撃する・・・普段の半分もでない速度。それでも術の後のこの一瞬に賭けていた。旗は決して離さず、それはむしろ俺に力をくれる。
ヤツも大きな術の後で、動いてるけど鈍い。それ以上に術に耐えた俺が自分に向かってくるのが信じられないようだ。
「来い!ワルサーカンプ!」
これしかない。いやあるかもしれないけど、今一発でヤツの防御魔法をぶち抜くのに最適な武器はきっとこいつだって俺の頭ン中が言っている。オーバーキル?万歳だ!
左手の輝きが収まり、俺は願った武具が召喚できたことを知った。
ワルサー・カンプ・ピストル。
名前にピストルってついてるけど、もともとは信号弾の発射拳銃。第二次大戦中、ドイツ陸軍の兵がこれの銃口に小型手りゅう弾をつけるようになった。で、後日正規にワルサー社が改良してライフリングを刻み、zの刻印をつけ別名ゼットピストルになった。後半はさらに改良され、この成形炸薬弾も利用できるようになった・・・平たく言えば、汎用のグレネードランチャーである。拳銃サイズの。全長245mm。口径26.6mm。重さは1450g。M460よりはるかに軽い・・・弾一発だけだけどな。銃口の先っぽからつきでた成形炸薬弾は中距離でも50mmの装甲も打ち抜ける。しかしモンロー/ハイマン効果って、装甲材でない魔力の防御壁にどれだけ効くんだろ・・・要は高圧によって発生する超高速噴流による障壁の突破だから効くような気がする・・・ってなんかすげえわけわかんねえし頭いてえ。
・・・勝負は一発。俺の魔力はもう危険区域である。こんなもん一発ごとに魔力消費して弾丸交換できるか!
狙いを定め、引き金を引く!至近距離だ。これは外さない!
発射した砲弾は見事命中!したのだが・・・当たった場所の空気が燃えてる?何で?魔力の障壁って、何で?滅空がその高温に驚き両手で防いだ結果、両手が焼け落ちた。しかし奴は悲鳴一つ上げなかった。そして焼け焦げた顔面を俺にさらした。
「ちいいっ・・・この屈辱は、今度、貴様の勇者をいたぶることで晴らしてやる!」
くもごった声で、俺に怒りの声を投げかけた滅空だが・・・なんだとぉ!
ぷち。戦闘中で半分切れてる状況で、こいつ、俺の炎に液体水素を放り込みやがった。
隠し持っている投げナイフを放り、頭に命中させて、とどめをさす。が、
「まだ物足りねえ・・・ていうか、これで死ぬって気がしねえ。」
更に接近してダガーを抜いたが、案の定、こいつ、生きてやがった。いつのまにか焼け落ちた両手が再生を始め、頭に刺さった二本のナイフを引き抜きやがった。
そして、驚きを隠して更に接近する俺に
「『防御』が破られ、二、三回は死ぬような目に遭ったぞ。少年よ。覚えておけ。次はお前の勇者の番だ!・・・『聖門帰還』!」
後で聞いた。『聖門帰還』は高位プリーストの神聖魔術で、死んでも転送することができる究極の転移魔法らしい。その代わり、回数制限やら本人の能力低下などのペナルティが大きいし、転移するのは自分の所属する本寺とか・・・死んでも?ずる過ぎねえ?チートだろ、
滅空の足元に大きな転送門・・・ヤツの聖印やら何やらがずらっと並んだ魔法円的なものが浮かび上がり、そして、奴は地に吸い込まれるようにして消えた。
逃がしちまった・・・セウルギンさん、ゴメン。つい旗にもたれかかってしまう。それでも
俺は崩れ落ちそうな膝に力を入れなおして、勇者様の姿を探した。勇者様は少し離れた場所で俺を見つめていた。凛々しい笑みを浮かべて。
たかだか十人ちょっとの敵にボロボロの俺とは違い、勇者様はとっくに30体ほどのオーガ近衛兵を蹴散らし、オーガ凶眼族の族将を討ち取って、俺の戦いを見守ってくれていたようだ・・・無傷だし。こっちもチートだ。
『私の従者ッ!』
でも・・・チートでもなんでも、勇者様が俺を呼んでくれた。「私の従者」って。こんなにうれしいことはない。こんな、人に呼んでもらって誇らしく感じたことはない!
『私の従者パルシウス!旗を掲げて!もっと大きく!もっと高く!』
それは勇者の勝利を伝える合図。俺は『勇者の旗』を大きく、大きく振り回し、そして、空中に思いっきり放り投げた。
旗は高く、高く天に昇り、そして、大きな虹に変わった。
それを見た人々は、勇者の、そして人族の勝利を知った。
遠くで勇者を讃える歓声が、大きくそして繰り返し響く。
生き残ったオーガ兵は撤退を始め我さきへと逃げ出した。
よろめいた俺は、勇者様に支えていただいて泣き出して。
『私の従者は泣き虫。かわいいから許す。』って聞いて。
本当に太陽がまぶしくて、空が青くて、雲が白くて・・・
こうしてホルゴス戦役は、ひとまずの終結を迎えたのだ。




