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勇者の従者は秘密のアサシン   作者: SHO-DA
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 30年ほど前にホルゴスを築いたのは、王国の大軍師と言われるガーザイル・ボゥマンだ。彼は若くして帝国との戦いに駆り出され、脆弱な魔術義勇兵と装甲馬車を組み合わせた「箱入り娘」・・・ワゴン戦術の新機軸・・・を編み出すなど、多くの戦功があった。さらに古代魔法の一派である軍魔法を、陣法としてよみがえらせたことでも有名だ。

 その彼だが「旗」を使った陣法を世に出すことは、ほとんどしなかったと言われる。

「あんなもの「戦術」とか「陣法」などと呼べるものではない。」そう言っていたそうだ。


第14章 旗


 そして、俺と勇者様は・・・うん?なんですか?含みがありそうなその視線。戦士隊が

「新入り・・・挨拶くらいはして行け。」って。

 あ。そういうこと。で、西のバービカンの城壁で全員集合。勇者様を支援する戦士隊は、全員が仮の隊章を持っていて、信頼厚い精鋭ぞろい。実際武器を取っての戦いで、俺なんかが敵う相手じゃない。ところが、その彼らも、護姫様戦姫様すら差し置いて、新参者で、経歴不明・・・いや、知ったらもっとやばいって、いろいろ・・・の従者一人が勇者様に随行するのが納得がいかないんだろう。俺だって立場が逆ならそう思う。で、まあ、ねたまれてるんだろうし。

 みんなの前に一人立つ。さすがに護姫様も勇者様も見ている場面だ。いや、見守ってくれてる。それで充分うれしい。コルンさん、手ぇ振ってるし。ミュシファさん、何で泣きそうなの?

 で、戦士隊も見る。ついでに爺さんも見る。歓迎されてるっていう気はしない。

「改めまして。戦士隊の先輩方にはお初にお目にかかります。勇者エンノ様の従者パルシウスです・・・此度は勇者様に随行させていただくという、光栄極まりない大任をお受けいたしました・・・でも、必ずやり遂げてみせます。きっと勇者様を皆さまのもとにお返しいたします。ですから、俺が随行することをお認めくだされば幸いです。」

 俺は真剣にそう思ったし、だから頭を下げた。・・・が、

「俺たちは別に異を唱えようってんじゃない。」

「ああ。勇者様が選び、護姫様、戦姫様がお認めになったのなら口を挟めるわけがない。」

「ただ・・・お前、何ができるんだ?」

 何ができる?

「戦姫様や護姫様を差し置いて、随行するからには何かあるんだろう・・・何ができるんだ?」

「それがわからないで、ただやる気だけのヤツに納得するわけにはいかない。そういうことだ。」

 何か・・・俺は…何もできない。武器は才がない。槍も剣も衛兵としてはまあまあだけど、それじゃここにいる誰にも及ばない。弓だって中途半端で、乱戦は苦手・・・紙装甲・・・。

「・・・すまぬ。口出しはしたくないが・・・なぁ、コルン師。」

「そうですね。この子、基準が偏ってますから・・・。」

「おいおい、陣法師さん。この手のことは本人に言わせるべきじゃないのか。それともそれもできないのかよ、そいつ。」

「あの。コルンさん、俺、大丈夫ですから・・・」

「パシリくんは黙ってて!」

 ピシャリっと言われた・・・でもなぁ。俺が何もできないとしてもみんなに何とか、せめて俺の覚悟だけは伝えないと・・・。でも

「いや、誠にすまぬ。お前らの方に道理があるのだが・・・なにしろこいつはバカでな。」

 ・・・バカ?その評価はあんまりじゃね?

「そうですね・・・こと自己分析力が致命的というか・・・。」

「自信が絶対零度というか・・・。」

「武芸の基準が基本的にずれているというか・・・。」

 なんで二人で俺の罵倒を延々とリレーしてるんだ。ディスリレー?

「そうだな・・・アーシェン。イルデオス。お前ら、弓が自慢だったな・・・。」

「はあ。」「もちろん。」

「飛んできた矢をつかんで、それを相手に撃ち返すことは出来るか?」

「何ですか。そんな曲芸、聞いたこともありませんよ。」

「ふむ・・・我はパルシウスからその技を習って、できるようになったぞ。」

 ざわざわ・・・って。それはすぐに覚えたあなたがすごいんであって・・・。

「100m先の跳ね橋の縄を弓で切ることができるかしら・・・5本打って4本を切ったりとか?」

「そんなこと、できたら城攻めの苦労はいりませんよ。」

「この子は、それをやっておいて自分の弓はホントにへたくそでまだまだで・・・って本気で反省するのよ。」

 ガヤガヤ・・・だってそうじゃないですか・・・もう恥ずかしいです。俺の欠点ばかり。

「ウェヒジュウス・・・お前は格闘なら隊で一番強かったな。」

 大柄な男が立った。ホントに屈強そうだ。

「違います・・・軍で一番です。」

「そうか・・・なら、ソディアと格闘技を競ってみるか?我でもよいが。」

「・・・ご冗談を。六腕熊を相手にした方がマシです。」

「ふむ・・・こいつはソディと戦って、何度も打ち倒してるぞ。」

 どよめきが大きくなっていく。そりゃ、格闘はまあ。でも戦場じゃそんなに使わないし。

 で、戦士の一人が立った。隊長格らしい。

「お二人の言いたいことはわかってきましたが、しかし弓も格闘もそれほど乱戦では使えません。」

 その通りなんですよぉ・・・まさにそこが問題で・・・。

「そうね・・・ただ、この子これだけできるけど、それでも自分はダメだって使えないっていうのよ・・・基準がおかしいの。」

 なんかひでえ言われようですよ、コルンさん。

「で、そういうバカが、だ。必ずやり遂げる、そう申しておるのだ。その意味がわかるか?」

 ・・・だからそれってなんのフォローですか、シル姉。それでも、みんなちょっと考えたり相談したりするようになってきて・・・。

「・・・あ、忘れてた。大事なこと・・・この子、足がとっても速いの。きっと勇者様と同じくらい。」

 え?みんなが止まってる。そりゃ、村跡で足の速さは見せちゃったけど・・・それって?

「本当ですかい・・・勇者様?こいつって、勇者様と一緒に走れるんですかい?」

隊の一人が慌てて直接勇者様に聞いている・・・で、勇者様もウンウンってうなずいている。

しばらく戦士隊で何やら話していたが。

「了解です。それだけ走れるんなら、それこそ足手まといにはならんでしょう。」

 隊長格がそう言ったことで、戦士隊のみんなも納得してくれた。確かに今回は騎乗もできずの敵陣突入・・・ユニコーンにはさんざんいじめられた・・・足は速いほうがいいかも。でも、なんかなあ?

こうして、俺の随行は戦士隊にも認めてもらった・・・けど。

「なんだ、従者パルシウス・・・その不満そうな顔は!」

「だって護姫様、俺なんにもやってないのに。護姫様やコルンさん、最後は勇者様にまで

守ってもらったみたいで・・・。」

「何言ってるの。だいたい、あなたがせめて人並の半分くらいでも自己評価ができていればこんなことにならないのよ?」

「・・・そんなに俺ってダメなんですか?」

「そこ!そこがもう違うの!ずれてるの!」

 ・・・わけわかんねえ。


 月は、まだ満月まで一月ほどあって、それでもけっこう膨らんできた。星も負けずと輝いていて・・・そんな夜だ。装備品の用意も終わり、勇者様と俺の出発が近づいたころ、護姫様が言った。

「エン・・・少し借りるぞ。」

 首をかしげた勇者様を放置して、護姫様は俺を強引に連れ出した。

「え?あの・・・護姫様?」

 護姫様は、楼門の一角で、誰もいないことを確認して。

「まず、これを持っていけ。さんざんヨロイが薄いとかこぼしておったからな。」

 これ?藤革甲の全身ヨロイ?エンノ様とおそろい?いや、こんな高性能で高価なもの。

「我が着古したものだ。大きさはあうであろう。」

 ・・・そりゃ、シル姉のほうがちょっと大きいくらいで、そんなに変わんないけどさぁ。姉さんのお古を着てる弟・・・まんま。笑っちゃうよ。でも。

「じゃ、ありがたくいただきます、シル姉・・・本題は?」

 シル姉は、少しためらい、そして、あらためて

「・・・ユシウス。お前に伝えることがあるのだ。」

 そう俺に語りかけてきたんだ。これが本題だった。その内容は・・・。

 ゴウンフォルド家は、全ての精霊の加護を求める。だからその族章の六芒星の頂点は、物質を司る地水火風の四大精霊と、精神を司る光と闇の精霊を象徴している・・・。

「しかし・・・実は、最も新たな精霊が存在する・・・表向きは、未だ認知されてはおらぬが。」

「シル姉・・・?俺、精霊の話はあんまり詳しくないんだけど・・・?」

「黙って聞け・・・お前にもかかわりがある話だ・・・・大いなる精霊ワルドガルド・・・聞いたことはないか?」

 俺は思わずムスっとしてうなずいた。

「お前の族章・・・封印が破れていた。使ったはずだ。」

 ち・・・肝心なことはしっかり気づいてやがる。こんなところは相変わらずだ。

「・・・村跡で、ソディとやりあったな。あとエルジュウエスの屋敷でも。」

 ・・・あの時俺はアサシンで・・・あいつを殺すところで・・・。

「別にそのことを咎めているわけではない・・・ただ、ワルドガルドの力を宿す時、人の髪は黒く変わる・・・ワルドガルドが闇の精霊の眷属と言われる所以だ。」

 この世界では、精霊はその加護の証としてその者に精霊回路を刻む。例えばそれは、エンの角や虹色の髪と眼に、ソディの紅金の髪に、加護が強いほど外見に表れやすい。そして・・・それで俺は黒い髪になるってわけか。ちなみに髪をそったりしても効果は変わらない。

「が・・・ただワルドガルドは闇に近いものの・・・その本性は別にある。」

「・・・それが、まだ認知されてないってこと?」

 シル姉は、ふっと笑った。

「認知しないのは、常に大人の事情だ・・・子どもの頃のお前には関係あるまいが。」

 俺?子どもの頃?

「我は、いい子だったから、そのようなことはせぬが」

 嘘つき。大人に隠れて、俺をいろいろ巻き込んだくせに・・・。

「なにか?」

「イイエ。ナンニモ。」

 何でみんな、こんなに鋭いんだろ・・・俺ってやっぱ駄々洩れ?

「・・・いい子の我と違い、お前は随分とやらかしてくれた。特にエンとソディを守るためとはいえ、族章の力で岩竜を退治したのは・・・それでお前は恐れられ、力と記憶を封じられた。」

・・・なんだそりゃ?それこそ記憶が全くない。

「お前は・・・前世の記憶を引きずり、更にそれがワルドガルドと殊の外相性がいいらしい・・・お前が呼び出す鉄の塊は、おそらくお前の前世の記憶から作られている。」

「・・・鉄の塊・・・じゃワルドガルドって・・・」

「闇の精霊の眷属、ワルドガルド・・・その本性は鋼鉄の王。鋼の精霊だ。」

「ちょっと待った!?・・・精霊って自然界にあるものの象徴なんじゃなかったっけ?」

「一般にはそうだ・・・ただ、この現象界の上位にある精霊界も、現象界の影響を受けることはある・・・。例えば、火の精霊だ。火の精霊は、自然界ではそれほど多くない。かつては極めて限られた場所にしか存在せず、地水風の三大精霊に劣る力とされていた。それを人族とドワーフ族が加護を得て世界中に、現象界に広げていった。だからこそ火の精霊は四大精霊の一角を占め、上位精霊となったのだ。火の精霊はもっとも新しく上位精霊と認知され、つまりは精霊も人の行いの影響を受け、時に変化し時に生まれる。」

「じゃあ・・・鋼の精霊って?」

「鋼・・・本来の鉄とは、どこにある?」

「そ、そりゃ、地の底っていうか、石の塊っていうか・・・。」

「そうだ。本来『地』に潜み隠れていたもの。それを人の技によって、『風』を送った『火』で溶かし、『水』で冷やす。人の行いによって四大精霊全ての力を融け合わせて、鉄は鋼になる。その過程で誕生したモノが、今、最も新しい精霊として、世に現れつつある。」

「ええっと・・・一応、理屈はわかったけど・・・。」

 何で今この話を?

「・・・言ったであろう。我はいい子だから使わぬが。」

 そう言いながら、掲げたシル姉の左の拳には、俺と寸分たがわぬ印が刻まれ、輝いていた・・・。

「世界にただ二人の眷属だ。どうせ封印が破れ一族でもなくなったお前だ。ユシウス。いかに忌まれる力でも、使うべき時はためらうな・・・エンと力を合わせよ。エンの、勇者の道を切り開け!」

 その、シル姉の檄は、とても力強くて、俺の心を震わせたんだ。俺はシル姉の左手をつかんだ。そして、俺の族章もシル姉に共鳴して同じ輝きを放ったんだ。世界にただ二人の眷属・・・。

「シル姉・・・あ?でもさ、族章で精霊を呼び出すときに、エンにばれちまうよ。」

 そう。真名を唱えることが精霊を呼び出す条件じゃなかったっけ?『ユシウス』ってモロばれじゃん。

「・・・そう・・・だな・・・うむ・・・そ、それくらい、自分で何とかせよ。男であろう!」

 きったねえ。さんざん振っておいて最後は丸投げかよ・・・でも、ありがとう、シル姉。


「お話し、終わりましたでしょうか?」

 暗闇からコルンさんが、勇者様をお連れして現れた。なんか幽玄って感じで。

「うむ・・・大事な時に、こいつを預かった。すまぬ。」

 勇者様?そんなに腕つかまなくても・・・うれしいけど。

「いいえ。大切なお時間だったのでしょうから。ただ、もう一つ、やるべきことがございます。」

 コルンさん?妙にシンミリしてるけど?

「勇者様、パシリくん・・・これが終われば、この戦役でのわたしの役割は終わり。」

 何言ってるんですか?戦いは明日ですよ?

「・・・明日には、もうたいしてやることはないわ。こんな門楼一つ二つ。護姫様と戦姫様を支える部隊がいれば充分持ちこたえる。城内の工作も、手はずは済んだ・・・。セウルギンさんは今大忙しで、あちこちにルーンを刻んで呪符しまくってるけど。きっと北の門楼もキーシルド師が聖別やら、なにやらで大忙しね・・・戦姫様、今頃どうしてらっしゃるかしら?」

 ・・・戦姫様がどうしてるかは、面白そうな想像だが、隊長のファザリウスさんが気の毒になるから想像しない。

「勇者様、護姫様・・・二年前、戦姫様をお加えしたご三方にお誓いいたしました。明日、それが果たされます。お待たせいたしました。」

「二年か・・・そうなるか。あの時、勇者を目指しながら、勇者の存在意義を、今の時代での在り方を模索し悩んでいた我らに、お主は道を示してくれた・・・感謝する。」

 シル姉・・・護姫様と勇者様はそろってコルンさんに頭を下げた。

「気がはようございます。感謝は、明日、その誓いが実現してからお受けいたします・・・そして、勇者エンノ様とその従者パルシウス・・・あなた方にわたしの魂をお預けします。」

 コルンさんは、勇者様と俺の右拳を両手で一回ずつ握りしめた。握られた時、刻まれた隊章がまたドクンって脈動した。俺は両手の拳・・・左拳にシル姉、右拳にコルンさん・・・二人からとても重いものを、でもすごくあったかいものを確かに受け取った。

「後は・・・パシリくん。あなたに託す・・・わたしたちの勇者を。わたしの戦いを。そして・・・見せてちょうだい。時代遅れの決戦兵器、そう言われた勇者がこの時代に復活する、時代の針が巻き戻る、その瞬間を。」


 いよいよ出発だ。俺たちは護姫様とコルンさんに見送られ・・・ん?ミュシファさん?どうしたの?最後の最後で・・・俺たちもう出るよ?

 ミュシファさんは勇者様の両手を握り「御武運をお祈りします」って言ったけど、俺の前に来てからは何も言わないで突っ立ってた・・・だから思春期症候群のコミュ障は・・・。ま、俺が大人にならなくちゃな。大人だけど。

「じゃ、ミュシファさん。行ってくるよ。ミュシファさんはいつも通り頑張って。きっとできるからね。」

 そう言って俺が行こうとした瞬間、ミュシファさんは俺に急に近づいて・・・チュって、右のほっぺたに。

「え?あれ・・・え?え?」

 頭ン中、真っ白・・・俺がコミュ障だ。

「てへへ・・・行ってらっしゃい!パシリ。」

 赤くなったミュシファさんはそう言って、走り去ってしまった。

 ・・・え?え?・・・。

 ポカ。困ってる俺は、勇者様に殴られた後、強引に腕をつかまれ・・・そして、堀の中に、水中に引きずりこまれた。ええ?どういうこと?

遠くで「青春ねえ」とか誰かさんが言ってたのが聞こえた気がした。


 城郭都市ホルゴスを囲む堀は、南を流れるエムズ川につながっている。今は水門も空いたままで、勇者様と俺は、水中を通り、川の下流に西進。そして、敵の後背に回り込む。その間、勇者様は『水中呼吸』と『水中移動』をかけっぱなしで、途中途中浮上しては魔力回復薬を飲む・・・。

 精霊の加護も無限じゃない・・・いや、きっとお一人ならこんな苦労してないはず。俺だ。俺の分は・・・精霊の加護とは無縁の俺の分は、しっかり魔力を消費してしまうんだ・・・。それを、もう何時間も。笑顔のままの勇者様。でも俺のこと、重いって感じてないかな?

 ポカ。・・・すみません。くだらないことでした。わかっていました。俺は今、必要とされてここにいるはずで、だから今、勇者様が俺に術を施すのは、必要なことで、それを気にかけるのは、むしろ俺が間違ってるわけで・・・。

 俺は、俺をにらんだ勇者様を見つめ返した。水中で言葉は伝わらないないけど・・・術を使ってもらえば別だろうけど、どうせ一方通行だし・・・だから、笑ってうなずいて見せた。それでわかってくれた。

 ・・・しかし、そんなに俺の気持ちって周りにばれてるんだろうか?これでも密偵だったんだよ?感情や思考を隠すのは訓練済みで得意だったんだよ?最近、顔に液晶画面の顔文字でも出てるのかね?・・・何その謎の言葉?


 かなりの高速で水中を移動した俺たちは、朝には目的の場所辺りにたどり着いた。朝から太陽がやたらと強く明るく照らしていて、こんな日に戦争するのが場違いな気がしてしまった。

 で、勇者様が先に岸に上がって、続いて俺が・・・あ、手を貸してくださる?では、ありがたく・・・そう俺が勇者様の手をつかもうとして、見ちまった。微かにだが、勇者様が俺に差し出した右手が、微かにだけど震えていた。俺がそれを見つけたことに、勇者様はお気づきになって、とっさに手を引っ込めようとしたんだ。

 俺は、その手をつかんだ。離さなかった。考えてみれば当たり前じゃないか。いくら勇者だからって16歳の女の子なんだぜ。これから敵陣に行くんだ。みんなの期待を、人間族の命運をこの小さな体に背負って・・。平気なふりに騙されてた俺がバカだ。

 だから俺はその手を離せなかった。困った勇者様は、でも、そのまま俺を引き上げた。

「勇者様・・・。」

 俺は岸に上がり、ちょっとだけ勇者様に近寄った。勇者様は固い表情で俺を見つめている。

「大丈夫です・・・非力で非才な俺ですが、あなたとともに行きます。どこまでもお伴します。だから、そんなに・・・その・・・緊張しないでください。」

 緊張。そう言われて勇者様は眼をパチパチさせて、くすっとお笑いになった。もちろん緊張じゃないし、俺がそう思ってないこともわかってらっしゃる。だけど俺に気づかれたくない、その思いは大切にしたい。隠さない方がうれしいけど。でも乗り越える。ここは乗り越える。

 不安も恐怖も、みんな、乗り越える。あなたは勇者だから。そして俺が支えてみせる。

「俺は勇者様と違って実はすごい怖いんですけど・・・でも大丈夫です。勇者様がいてくだされば怖くないです。だから、必ずお守りします。お支えします。信じてください、あなたの従者の誓いを。」

 嫌がられないかな。そう思いながら、更にそっと近づく。勇者様の背中に左手を回す。その背中はもう震えていなかった。

「だから、俺に力をお貸しください・・・勇者エンノ・・・無敵の勇者様の・・・『勇気』を!」

 俺は右手の籠手を外し勇者様の右手を求める。勇者様も俺の手を握り返してくれた。しっかりと。かなり近い距離で、勇者様と目が合う・・・彼女が微笑む。握りあった右手を眼前にかざし、そして俺は唱える。陣法師コルン師が、俺に託した大魔術を!

「それは人の誓いの証、それは人の絆の証、そしてそれは・・・我ら人の勇気の証!ここに在れ!勇者エンノの旗よ!在って、人々にその勇気を示せ!」

 ドックン!二人の隊章が脈打って強く大きく輝きだす。きっと敵陣も気づくだろうくらい。でも平気だ。これから、こっちから出向いてやるんだから・・・だから、見やがれ!敵よ!見てくれ!みんな!

 その時、みんなとつながった。みんなが、隊のみんなの隊章から、ここに、俺の隊章に届けられた。俺を含めて、7人の想い。

 そして、勇者様から、俺に大きく重く熱いものが伝わる。それが、俺の拳を通して天に伸びていく。いくか!どこまでいくか!もっとだ!もっと高く!

 

「・・・勇気、ですか?」

「そうよ・・・人の種族としての特性。他の種族と違う、他の種族に屈しない、他の種族に劣らない・・・それが『勇気』。」

 あの時、この作戦の根幹、勇者戦ってことを聞いた俺に、コルンさんはこう答えた。

「他の種族も、それ、持ってません?」

「持ってるわよ。ただ・・・持ってることと特性としてあるってことは違うの。」

 例えばオーガ族の特性は「力」「巨体」。凶眼族なんかはこれに「知力」もあったりするけど

それは付属的なもの。エルフ族は「精霊魔術」「知性」「敏捷」「森」。個人差はあるけど、種族としての特性はこんなところ。ゴブリン族は「適応力」「繁殖力」「闇」、オーク族は「雑食」「生命力」「繁殖力」、トロール族は「力」「巨体」「知性」「闇」。

「だいたい肉体的な特徴が多いですね。」

「ええ。パシリくんは、人の特性って何だと思う?」

「え?・・・肉体的には大したことないし・・・一般的に、やっぱり「知性」と・・・「技術」?あと『適応力』とか。」

「そんなところよね・・・じゃ、何で30年前、亜人たち他種族が人間を打ち破ったのかしら?」

「えっと・・・人間側の内部対立と技術流出って聞いた気がします。」

「つまり、『知性』はあるつもりでも、戦争しながら仲間で争うおバカさん。『技術』は高いけど真似されたり盗まれたら終わり・・・魔術や攻城兵器まで流出するとそうなるのよ。向こうだって必死だし。つまり『知性』も『技術』もそれだけじゃ足りないの。」

「わかる気がしますけど・・・じゃ、何で・・・勇気って何ですか?」

「勇気・・・つまり冷静さを保った挑戦の心・・・みたいな?何も考えないで挑戦するんじゃない、でも挑戦しないと前に進めない・・・だからいろいろ考えて、失敗して、それでもあきらめず前に進む、どんなに勝算が少なくても、一つ一つ積み重ねて、そして必ずやり遂げる、意志の強さ。・・・そんな感じかな。そして、それは、他の人にも伝わるの。正しく在れ、強く在れ、賢く在れ、優しく在れ。でもその根源は前進すること、挑戦すること。それが勇気よ!勇気のない「知力」は打算、勇気のない「技術」は模倣に過ぎない。それは停滞を生むだけ。」

「じゃあ・・・勇者戦の根幹とは・・・」

「そう。勇者様の勇気を人族みんなに伝えること。人族みんなが、あきらめないこと。正しく前に進めるようになること・・・。そうすれば、みんなが自分のやるべきことを見つけて、意志を強く持って、ちゃんと判断して・・・それができれば大概のことは何とでもなるのよ。」

 じゃあ、ホルゴスの人が勇気を持てれば、一人一人きちんと判断できて、あきらめずに戦い続ければ・・・。

「食糧がなくなる前に、包囲を崩す、なんて不可能でも何でもないわ。逆にそれができないと、勝手に諦めて、わが身かわいさで裏切ったり、怯えて何もしないままだったりで負けちゃうわね。もともとは肉体的に弱い人族が、巨大な敵と目の前で戦う勇者から受け取っていた勇気、いつしか戦いが大きくなって魔術や技術が発達して忘れてしまった勇気、それをこれから新しい時代に合わせて、みんなに見える形で示せれば・・・。それが勇者戦の根幹。」

 みんなの前で勇気を見せる?新しい・・・形?

「こんな土壇場で相変わらず仲間内でチマチマやってるんじゃ持たないわ、この種族。ここ数百年、人族は一時の隆盛に気を取られて、いつの間にか、発展が停滞し、多種族を見下し、互いに争うようになっていった。勇気ある挑戦が見下され、目先の利益と安全がもてはやされるようになっていた。それで、力が衰え、他種族が逆に力を伸ばした。・・・別に人が他の種族に勝っているとは思わないけど、でも、もう一度、自分たちの在り方を見つめなおして、立て直してほしい。いつかは他の種族との共存だってできるかもしれない・・・これがわたしの挑戦ね。」

 とても大きな挑戦だ。実はこの人も勇者じゃないか?

「ありがとう・・・でも、わたし頭でっかちだから、こズルく立ち回ることに慣れすぎちゃって・・・だから、勇者エンノはわたしの勇者!わたしに勇気をくれた人よ。」

 勇者にあこがれるコルンさん。年上の癖にとってもかわいい・・・でも。

「それはダメです。勇者エンノは俺の勇者です。そこだけは譲れません!」

そう、そこは譲れない。コルンさんであっても。

「・・・独占欲の強い子は嫌われるわよ。それに、あの子はもうすぐ、みんなの勇者になる。そして、パシリくん。あなたが勇者の勇気をみんなに伝えるの!勇者があなたに託した信頼が、あなたが勇者に応える忠誠が、きっとその勇気を高く大きく見せつけるわ。『旗』となって。」


 勇者様が・・・あのとき俺を救ってくれた、あのとき俺を赦してくれた勇者様の信頼がどれだけ大きいか!それにお応えしたいと思う、俺の想いがどれだけ強いのか!見せてくれ!『旗』よ!そして、仲間から預かった想いを受け取ってくれ!

 ・・・一心に思いを込めて、勇者様の手を握ったまま、どれだけの時間がたったかわからない。でもようやく、手ごたえがあった。

 俺はいつしかつぶっていた目を開けて、『それ』を見上げた。

 

 そして「旗」は在った。

 それは途方もなく巨大で、

 限りなく高く天にそびえ、

 気高く美しく在った。

 風にたなびく旗の印は、勇者エンノの象徴、虹の輪・・・。


 その時、遠くから歓声が聞こえた。みんなが勇者を呼んでいる。讃えている。その声がここまで響いている・・・。やった。コルンさん、きっとこれでいいんですよね。これで、みんな、この絶望的な戦況でも戦い続けられますよね。

 ポカ。感激して茫然としてた俺の頭を、背伸びして軽く叩いた勇者エンノが、今度はニッコリと微笑みかける。そして、俺の・・・さっきミュシファさんがしてくれたのとは逆の、左頬にそっとキスしてくれた。ちょうど、やけどの跡がちょっと残ってるところ。へへへ。もう死んでもいいや。

 ポカッ。いて。今度は強くたたかれた。調子づくなってことですか?

 はいはい、わかってますよ。これからが本番でしたね。

 旗は、その巨大さをまるで感じさせず、右手一本で十分に持つことができた。と言っても左に持つモンはないけど。

 うなずく俺を横目に、勇者エンノは前を向いた。そして、その後は振り向きもせず走りだした。その背中は、俺が必ずついてくるって、何があっても追ってくるって、そう語ってた。もちろん、俺は追いかける。 ここが例え地獄の底でも、今の俺の天国だから。


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