虹の輪
「虹って、七色に見えますよね?何か意味あるのかな・・・」
「勇者様の髪とか瞳の色が虹の色に見えるってことかしら?パシリくん?」
「そうです。赤く見えたり、青く見えたり・・・同時に七色になったり・・・不思議です。」
「従者パルシウス。虹の色は、空気の状態、光の当たり方、見る人の意識、いろんなもので変わる・・・だが、どんな色に見えても、同じ光だ。一つの光。」
「同じ光・・・。」
「俺たちが勇者と仲間7人。ちょうどいい数だって言いたいのかい?パシ公?」
「・・・意味がある。そう思いたいんです。偶然で勇者様と7人って、もったいない。」
「勇者様にある様々な多面性。それを私たちが一面ずつ表している・・・何て設定にしようかしら。これも天意って解釈して。」
その時、勇者様は胸をはってエッヘンしたのだ。俺の手製の梅ジャムを口につけたまま。
「・・・どっかの八犬伝に『食』の玉ってないですよねぇ。」
第13章 虹の輪
それから俺は勇者様の許可をいただいて、その後見役護姫様の所に行った。俺を見て顔をゆがめた護姫様だったが、部屋に入れてくれた。そして・・・俺はすべてのことを護姫様・・・シル姉に打ち明けた。
里子として行った村では狩人の息子として育てられ、妹と弟がいたこと。
でも一番覚えたかった弓が、結局親父どころか妹たちにすら及ばなかったこと。
一年前、村が襲われて、親父も妹も弟も・・・妹の頭は俺が吹っ飛ばして・・・。
族章が光って、拳銃が出てきて、前世はきっと殺し屋で・・・。村を焼いて。
そして、アルデウス様とリュイに会って。
密偵になって、アサシンになって、何十人も殺して。
密偵として隊に入って・・・隊の動向は全部俺が漏らして・・・。
アイネイアも・・・俺が殺して・・・。
さっきまで、みんなを殺す任務で・・・。
「ゴメン・・・ゴメンよ。シル姉。俺は・・・人殺しで・・・コルンさんが気づいてくれなかったらみんなも殺すところで・・・でも苦しくて・・・それでもエンが、こんな俺を赦してくれるって・・・信じてくれるって・・・だから、俺。エンのために、シル姉たちのために死んでもいいんだ。もしシル姉が許してくれたら・・・今度こそ本当に仲間にしてほしい・・・。」
シル姉は無表情に俺に話を聞いていた。これはムリかな。そう思ったし、仕方ないって思う。どこの世界に、さっきまでみんなを殺そうとしてました、何てヤツを受け入れる人がいるもんか・・・エンがいたけど。
「お前・・・その話はエンにはしたのか?」
乾いたシル姉、いや、護姫様の声がする。
「いいえ。話そうとしたら、耳塞いじゃって、こっち行けって。」
急に護姫様がぐったりした・・・あれ?
「なら、我が言うことはない。バカ者め!昨日のうちに言わんか!これだけだ。」
あの・・・それは?
「お前、エンにも兄ということは内緒のままか。事情は我だけが知ってるのか。全く。」
「ええと、護姫様?」
護姫様は俺をポカリと殴った。
「二人だけの時は、その名で呼ぶな・・・ユシウス。二人だけの秘密・・・そうだな。」
でも、コルンさんやキーシルドさんは?
「一部は話すかもしれんが、後はあの者らが聞きたいと言わなければ言わぬ・・・お前は我の弟だ。その罪を見逃すことは出来ずとも、償いを認め、赦すことは出来る。もう迷うな。ここがお前の居場所だ。」
もう迷うな・・・俺はシル姉と同時に、もう一人の女の子にも言われたような気がした。
「・・・はい。もう迷いません。ここが俺の死に場所です。」
ポカリ・・・今のは痛かった。
「だから、バカだと言うのだ!死んで償いになるものか!生き恥をさらして償え!」
・・・それは、まあ、できる限り努力しますよ。でも、その時は迷わない。
セリフの後半は言わないでおこう。
「努力で済ませるな!」
またポカリ。前半もダメですか!
そして、夕方。全員いる場で、俺の処遇についての話し合いになった・・・はずだった。
微かにむっとしている護姫様が、勇者様を軽くにらんでいる?勇者様は、てへ、ペロって・・・。何このやりとり?そのやりとりに察するものがあったのか、戦姫様が口火を切る。
「・・・さっきのパシ公・・・何があったんだよぉ?」
「うむ。その件だが。」
護姫様がコルンさんを見る。話し合いの前に二人だけで話してた。
「はい。その件はわたしから・・・ま、いろいろあって、嫌がってたパシリくんも、勇者様の真摯な説得に感激して、今から正式に入隊することになりましたぁ!」
・・・なに、この微妙な空気。それで説明終わり?あんた、シル姉と何話してたの?
みんな無言だ。当然だ・・・いや、ぱちぱちぱち?勇者様がニッコリ笑顔で拍手してる。
あれ、キーシルドさんも続いて拍手?え?え?
「ち。出来レースかよ。」
そう言いながら戦姫様も手をたたき出した。投げ槍だけど・・・あんたら、だからもっと人を疑うっていうか、簡単に信用するなっていうか・・・俺が言うことじゃないけどさぁ。
「原因馬謖・・・なるほど。」
責任は人に押し付けて知らないふりってこと?いいのか?隊の知性を代表するべき魔術師が、真実の追及も責任の所在もあいまいにして、笑顔でぱちぱちって。
「えっと?・・・あの・・・んじゃ。」
つられて拍手するなよ、スカウトだろ。自分の目と耳を信用しろよ。
で、コルンさん、護姫様も拍手・・・。
「では、従者パルシウス。お前は、我らの仲間だ。」
護姫様が重々しく宣言した。俺を見ている。俺も、もう一度、一人一人を見つめる。
冷静で公正な女騎士。でも本当は情に厚くて妹想い。実は弟もいる。
獰猛なライオンの女王。でも時々かわいさが見えてきた、いいヤツだ。
巨漢の聖職者。その心は・・・人を信じすぎるお人よし。うれしいけど。
イケメン魔術師。その貴重な資源を無駄遣いさせる迷語は時々わからない。
ドジでのろまなスカウト。面倒くさい思春期だけど一生懸命頑張ってる。偉いって思う。
眼鏡の似合う陣法師。いつもは冷静なくせに・・・あの時俺のために泣いてくれた。
そして、俺の勇者様・・・あなたの信頼に応えて見せます・・・必ず。必ず!
一人一人、俺と目が合うたびにみんな、うなずいたりしてくれて。
だから、俺は思わず立ち上がってしまった。
「俺は従者パルシウス。この忠誠は勇者とともに、その友情は仲間とともに!」
こんなハズイセリフ、柄じゃない。でも、この時はどうしても言いたかったんだ。みんなに。
・・・で後日、このセリフ、からかわれた。戦姫様とか、コルンさんとかに。ちぇ。はいはい、わかってます。どうせ俺はチャラくて使いベリしない隊の下っ端でみんなの潤滑油ですよ。潤滑油と書いて、オモチャって読む。ふん、だ。
コルンさんの軍配が踊ってるようだ。いや、本人も舞うがごとく。でも、最初に唱えた九字真言の後は、もう訳が分からなくて・・・何言ってるんだろ?
「ノウボウタリツタボリツパラボリツシャンキンメイシャンキンメイタラサンダンオンエワンビソワカ・・・」
でもコルンさんが一節唱える度に、勇者様の右の拳の輝きが増していくようだ。そして、輝きの一部が軍配の導きによって、俺の右拳にゆっくりと飛び移る・・・。
ドクン・・・前の仮の隊章なんかとは全然違う・・・熱くて重いものが宿った。
「・・・はぁ。」
終わった、と感じると、部屋中から一斉にため息が吐き出された。けっこうみんなも緊張してたみたい。平気なのは勇者様くらい・・・大物だ。
その勇者様が微笑んで、右手を掲げ、光る拳を俺に向けると、俺の右拳も光りだした・・・で、みんなも同じように拳を向けると・・・同じ紋章が、同じ輝きが、同じ脈動が、そこにあった。
勇者隊の隊章。それは勇者エンノの旗印。輪になって輝く虹の紋章だ。ここにいるのは、同じ虹の隊章を持つ、俺の仲間たちだ。へへ。
そんな俺を正面で勇者エンノ様、その左右に戦姫ソディア様に護姫シルディア様が並んで見ていて・・・。ふっと頭をなんかよぎった。
「・・・ひょっとして俺、ロデムですか!?」
ご主人様に従う・・大怪鳥に巨人兵・・・コンピューターもいるぞ。眼鏡の。
「・・・なに言ってやがるんでぇ?」
みんなに変な顔された。でも、なんかこの隊の俺の立ち位置がわかった気がする・・・。
「さて、作戦の骨子は前回・・・」
コルンさんが話し始めた時、ざわめきが起こった・・・ここじゃない。ていうか、建物の外から。外は、夕方も過ぎ、夏とは言え暗くなり始めている。俺はみんなに断って、宿のフロントに向かう。宿全体もなにやら落ち着かない。従業員が浮足立ってる感じ。
「デリウエリさん。騒がしい様子ですが、何かありました?」
「・・・お触れがでたの。今、城門を閉めたら、明日からは外出を禁じるって・・・来るのよ。」
デリウエリさんは、俺にしかわからないように伝えてくれたんだ。やるんなら今夜だって。
「今夜。予定通りね・・・セウルギンさん、キーシルド師。用意はできてるかしら?」
そこで、セウルギンさんがさわやかに答えた。
「ワタシは十分に。キーシルド師も『お供えあれば憂いなし』だそうです。」
幸福も安心も金で買えますみたいな?・・・それって、やばいんじゃ?ほら来た!
「・・・この不信心者めぇ!天誅!」
やめてやめて、その金棒、人死にでるから。セウルギンさんもちゃんと謝って・・・。
しかしこの二人も・・・イケメンと偉丈夫。魔術師と聖職者。男同士だけど意外に会話は少ない。しかも相手と場を読まないよな、あのイケメン。こりゃ、男の仲間が欲しいわけだわ。仲間と書いて同類と読む・・・いや、俺は同類じゃないぞ。イケメンにはなりたいけど。
「ふうっ・・・。」
なんか急に疲れたようなコルンさん。気持ちはわかる。ため息が色っぽいけど。でも困ってるのは、他には護姫様くらいで、戦姫様は面白がってニヤニヤしてるし、勇者様は気にせずおやつ食べてる・・・大物だ。
「続けます。」
お、立ち直ったコルンさん。さすが。
「作戦の根幹は・・・勇者戦!数百年ぶりの、勇者様を軸とした、人間の戦いです。」
そう。時代遅れの決戦兵器。これは、その時代を巻き戻す戦い。ただ・・・
「すみません。一応、確認です・・・それは2年前にもうやったのでは?」
北の平原での、オーガ四氏族の一つ、剛腕族との戦いで、数百年ぶりに出現した勇者様を中心とする部隊がその族長を討ち取った戦い。
「あぁ・・・ありゃ、待ち伏せと奇襲だ。軸にはなってねえ。戦場を読み戦機を突いただけだ。」
事も無げに答える戦姫様。でも「だけ」ですか?充分すごいと思うんだけど。
「ええ。でも、それだけでは、この難局は、この後の時代は生き抜けません。」
「だから我らは、人としての戦いを見せねばならぬ。」
人としての戦い?
「他の種族と違う、他の種族に屈しない、他の種族に劣らない、人間としての在り方を。」
何だろ?みんなが、一斉にある方向を見た・・・勇者様を・・・おやつ食べてるけど。
食べながらエッヘンはヤメテ。なんか恥ずかしいから・・・で、何を見せるって?
「勇者様・・・此度は単独で敵本陣を陥落させていただきます。」
え?何言ってるんだ?
「前回のお話で勇者様がお示しになったように、敵陣陥落とホルゴス防衛、二つともやり遂げてこその勇者の戦い。そのため、この状況では隊のほとんどをホルゴスの守りにさかなくてはなりません。」
確かに、前回の話し合いで、敵を破るか、街を守るかの二択を迫られた勇者様はどっちもとった。が、四方を囲まれどこに裏切者がいるかわからない状況で街を守るのが大変なのはよくわかる。でも、
「だからって、勇者様お一人で敵に向かえなんて、何言ってるんですか!」
俺は立ち上がりコルンさんをにらんだ。いくら俺が表返りの新参者で一介の従者だからって、相手が隊の頭脳のコルンさんだからって、こればっかりは譲れない。
「それは蛮勇だ。そんなの作戦でもなんでもない!」
叫ぶ俺を、コルンさんは冷然と見つめる。
「他に手はない・・・でも無策でもないわ。」
どんなに無敵でも大将一人で敵陣に突っ込ませるのが無策でなくてなんなんだ?俺は退かなかった。ゼッタイ退くもんか!にらみ返す俺。
ポカ。え?頭をたたかれた・・・。振り返るといつの間にか勇者様が俺の隣にいた。そして、自分の胸を叩いたんだ・・・。
「任せて・・・任せてって、そう言うんですか・・・勇者様ぁ・・・。」
ウンウン。
「でも・・・でも・・・一人じゃ・・・ダメですよぉ。」
プンプン怒らないでください・・・俺だって心配くらいはしますよ。
「ゴメン・・・単独と言ったのは正確じゃなかったわ。同行者を一人、勇者様に選んでいただく。それが、この戦いの重要なカギ。」
一人・・・たった一人・・・。
それじゃ、俺を選んでなんて言えないじゃないか。
行きたいけど、絶対お守りしたいけど、俺なんか乱戦弱いし、ヨロイ薄いし、魔術も使ねえ。
結局ここでも俺は、やりたいことができず、本当に必要なものが身についてないのか。
畜生・・・せっかく、お側に仕えるって、絶対お守りするって誓ったのに・・・畜生。
「敵陣に切り込むんなら、エン姉、俺の出番だろ!」
戦姫様ぁ・・・その通りですよぉ・・・。
「いや、敵陣まで無傷で届けるなら、我の方が適任だ。」
護姫様ぁ・・・ごもっともです。俺の出番なんか・・・。
ポカ。あれ?まだそこにいらしたんですか?・・・なんです?うつむくな?顔上げろって?
ウンウン・・・。畜生。俺は泣きたいのを我慢して、なんとか顔を上げた。
「わかりました・・・でも・・・でも・・・必ず無事でお帰りください。」
ポカ。また?
「あの・・・何で俺叩かれてるんです?」
ポカポカ。
「何ですか。もう・・・ああ、人を指さしたりしちゃいけません!・・・って・・・え?」
ウンウン。
「え?勇者様・・・俺、ですか?」
ウンウン。
「でも・・・俺。ヨロイ薄いし、ロクに武器も使えないし・・・。いいんですか?」
ウンウン。
「ホントにホントにホントにホントに」
ポカ。しつこいって?・・・ホントに、俺でいいんですね?勇者様。勇者様・・・。しばらく言葉を失った俺は、みんなに見つめられる中、つばを飲み込んで、ようやく自分の思いを口にした。少し震える声で。でも、最後までちゃんと言えた。
「ありがとうございます。勇者様。この従者パルシウス・・・身命を賭して、あなたをお守りいたします・・・どこまでもお供いたします・・・どこまでも。」
ポン。勇者様は、頭を下げた俺の正面にまわり、俺の両肩を叩いた。任された。預けられた。こんな重いものを、俺は・・・信じてもらったんだ。俺は両の拳を握りしめ、こみ上げる何かに耐えた。
「ち・・・パシ公。譲ってやっから、後で一戦付き合え!」
「少々意外・・・でもないか。コルン師。お前、実はあおっていただろう?」
「ふふ。どうでしょうかね。」
「パルシウス殿・・・拙僧らの分まで、勇者様をお頼みしますぞ。うううっ。」
「雨降って血がたまる・・・血の雨が降りますねえ。敵陣に。」
「えっと・・・あの・・・わかんないです。それ。」
夜。俺たちは準備を整え、宿を出る。フロントでこっそり声をかけられる。この人いつ休んでるんだろ?相変わらずだ。
「パシリさん。初仕事、しくじらないでくださいね。」
「はい・・・師匠。必ず街を救ってみせます。」
「あら。いい顔になりましたね・・・そんな顔してたんだ。気づかなかった。お嬢様の勝ちだったんだね。やっぱり。」
あいつのことを思い出すと、まだ胸の奥がちくっとする。でも俺はそれを振り切るように言ったんだ。
「へへへ・・・どうでしょうかね?でも今はすごく心が落ち着いています・・・行ってきます。」
街は、いつになく静かで、きっとみんな戦争が始まるって気づいたんだろう。そんな緊張感が漂う中、俺たちは北門に向かった。隊長のファザリウスさんを見つけて、話をする。
「パシリ?護姫様も?そちらのお方は・・・まさか?」
「はい。ゴウンフォルド族の勇者エンノ様です。今日は隊長にお願いがあってきました。」
俺たちは、隊長に現状を話したんだ。やはり現場には食料のこととか伝わってなかったみたいで、隊長も驚いたけどあっさり信じてくれた。隊長が護姫様と知り合いで、その人柄を知っていたからだろう。で、城内に裏切者がいるらしく、いつ何があるかもわからないことも伝えた。そして、本題。
「ファザリウス。お前の隊で、最も信用できる者だけで、バービカンに立てこもってほしい。」
北門のバービカン。独立した城外門楼。ここを数十人で守ることができれば、北からの敵は防ぐことができるし、最悪の事態が起こって城内の裏切者が中から門を開けようとしても、ここだけ守ってれば敵はやはり入れない。コルンさんが状況不明な中、最も確実かつ少数で街を守る最良の手段として提案したのが、城主に無断でのバービカンの占拠だった。敵味方に、有無を言わせず、ホルゴスを守るために・・・。
「百文は一剣に如かず、ですよ。」
要は実力行使ってこと?セウルギンさん、意味変わってない?ペンは剣よりもじゃあ?
あわただしく城兵が動く。北門は隊長自らが、密かにだけど、俺達の味方になった。正確には城主の命ではなく、ホルゴスの、住民のために戦うことを選んでくれた。もちろん、みんなは細かいことは知らないけど隊長の命令通り、精鋭が集められて、バービカンを最優先で守るということに納得していた。楼門の二階で、巻いた鎖がゆるめられ、内跳ね橋が降りていく。
「パシリ?久しぶりだな・・・お前、今、美人さんたちのいるとこにいるんだって?」
「ヤザレクさん、それ、すごい偏った情報です・・・すみませんご挨拶が遅れて・・・」
本当なら、俺も、ここで、この人たちとここを守っていたはずで・・・俺たちが巻き込んでこの人たちをバービカン・・・最前線に送り込んでしまったわけで・・・それなのに、俺はここからいなくなって・・・。
「パシリ?ひょっとして、お前、自分がここにいなくていいのか、なんて考えてんじゃねえだろうな?」
ぎくっ・・・俺って、やっぱり考え駄々洩れ?フロウディアスさん?
「お前なんかいたって守城戦の役に立つもんか。」
ぷっ。それ言う?言っちゃう?
「ああ。左利きのお前に出る幕なんてねえよ。」
ヤザレクさん、マクドさんまで、そこで笑う?へえへえ、どうせ俺は衛兵としても肝心なことはダメでしたよ・・・。全く・・・でもみんな、お元気で・・・死なないで。
「あの・・・その・・・パシリ?左利きだと、お城で戦うのに不便なの?」
最近勉強熱心なミュシファさん。そういや、前にこの人たちに会ってたな。みんな手を振ってるよ。俺にゃ、振らねえくせに。
「ええと・・・城内の階段は狭い右回りの螺旋階段になってて、攻め手の右手が、こう・・・螺旋の壁に邪魔になって武器が使いにくいんだ。で、守り手は逆だから右手側が広くなってて、自由に武器を使える・・・つまりお互い右利き前提に防衛設備ができてるんだ・・・だから。」
「・・・守り手がパシリみたいな左利きだと・・・壁が邪魔で武器がうまく使えない。そういうこと?」
「そうだ。よくわかったね。わからないことを聞いたのもえらいぞ。」
最近癖になってきた頭ナデナデをすると、ミュシファさんも慣れてきたのか、ちょっと恥ずかしそうにしてたけど、じっとしてた。
遠くで野郎どもがやっかみの声を上げてるけど、聞こえねえ。まあ、いいさ。あんたらにもとびっきりの美少女が援軍に入るんだから・・・嘘じゃないぜ。しかもでっかいオマケ付きだ。
・・・あ、なんか急にシ~ンってなった。そっちに着いたかな。戦姫様とキーシルドさん。
あの二人も相性悪そうだけど、ファザリウスさん、苦労すると思うけど、でも頼りになるから。
くくくっ・・・北門のせまいバービカンが、どんな雰囲気になるのか考えると笑っちゃうけど。
去り際に、勇者様と戦姫様、護姫様が三人で左拳を合わせていた。三人の拳が輝いた。
「我ら三姉妹、生まれし時は違えど、願わくは同じ日、同じ時に死せん!」
桃園の誓いかよって思ったけど、決戦前で、それぞれの役割があって、別々の場所で戦うことになっている。でも、覚悟は一緒・・・思いも一緒。ちょっと、うらやましかった。
「・・・そう言えば、護姫様・・・戦姫様、随分あっさりと主戦場の西門側を譲られましたね。」
そう。敵の主力は一が西門、二が北門と予想される。ちなみに東門は反対方向だし、南門はエムズ川がある。大軍は展開できないという予想である。実際たいした数はこなかった。
で、当然第一激戦区は戦姫様がって思っていたんだけど、かなりあっさり護姫様に譲った。
拍子ぬけ。で、俺たちが今向かってるのは西門。
「・・・まあ、なんだ・・・北門もオーク族が来るし、そう変わらぬのであろう。」
?妙に話しにくそうだな。らしくないぞ護姫様・・・。ゼッタイなんかある。勇者様は・・・あれ?なんか妙にそわそわしてる・・・おやつしまうの?・・・おかしい?
「ふふふ・・・誰にでも苦手はあるものよ。パシリくん。すぐにわかるわ。」
そう言ったコルンさんを、護姫様も勇者様もムスッとして軽くにらんでいた。
「ねえミュシファさん。何か知ってる・・・ミュシファさん?」
「ひ・・・ああ、パシリ。脅かさないで・・・。」
・・・この子も、ただの思春期症候群ではないほどビクビクしてる。変過ぎ。
「姫様ぁ!・・・」
少し先からこっちに呼び掛ける野太い声がする。あれ?お味方ですか?
「う・・・うむ。敵か味方と問われれば、この身の味方で、魂の敵・・・」
「どっちですか!?」
わけわかんねえ。勇者様?なんですか、そのかくれんぼは?ミュシファさん、なに泣いてるの?
近寄って来たのは、60歳ほどの老戦士と20人ほどの戦士隊。
「おお・・・シルディア姫、お久しぶりでございます。・・・エンノ姫も、一段とお美しくなられまして・・・はて?ソディア姫はいずこに?」
ぷっ。いや、俺も頭じゃソディア様がお姫様だってわかってんだけど、でも直接「姫」って言われると、シル姉やエンと比べても格段に破壊力が違うね。
「うむ・・・ソディアは、別動隊の支援として別れておる。」
「そうでございますか・・・爺は寂しゅうございます。ご三方にようやくお会いできると思っておりましたのに・・・ソディア姫もお年頃、さぞかしお美しくご成長されていらっしゃるのでしょうな・・・。」
ぷぷぷっ。だめ・・・こりゃダメだ。ソディも逃げるって。
「ところでエンノ様、その口元についているのは・・・まさかクッキーの食べかすなどではありませんな?」
びくうっッと震える勇者様。
「・・・いいですか?良家の子女たるもの食事時間以外にみだりにモノを食するなどと・・・しかもこのような街中で!まさか未だにつまみ食いなどと言う下賤な習慣を続けておいでではないでしょうな!」
プレートメイルに包んだ筋骨隆々の老人だが、左眼に眼帯・・・残った右目の眼光の鋭いこと、あ。勇者様が逃げ出した・・・ってなんで俺の陰に隠れるの?
「エンノ様・・・聞いておりますかな?」
「爺や。そのくらいにしてはもらえぬか?いささか声も大きいし、夜分でもある。なによりこの後の・・・」
「シルディア様!そもそも長女であるあなた様が、妹姫方の躾を責任もってなされると言い出した手前、族姫たるご三方に修行の旅が許可されたのです。しかるにいつの間にやら下賤のものと旅するばかり。一向に族姫としての品格が身についておりませぬ・・・だいたいあなた様ご自身も騎士然としてふるまわれてばかり。一族姫、一貴婦人としての振る舞いもロクになされぬのですから妹姫に身につくわけもなし・・・・」
貴婦人・・・シル姉の貴婦人姿。これもちょっと笑っちまう。似合いそうだけどな。しかし
「・・・コルンさん。これ、いつまで続くんですか?」
「そ、そうね・・・味方の士気がすんごく下がってるのがわかるわ。」
俺の後ろで勇者様が、俺の傍らでミュシファさんがって?キミ、何も言われてないでしょ。
「ダメなんですぅ・・・そのうちあの矛先があたしにも向けられて・・・ひ~ん・・・。」
・・・まあ護姫様相手にあの攻撃力。ミュシファさんなんか紙装甲だね。
「・・・ですからあれほど爺がお近くに侍り、身に周りのお世話などをすると申しておりますのに、一向に居場所すらお知らせいただけず・・・やっとお会いできるかと思えば、このような時になってようやく・・・」
「う・・・うむ、爺。しかし我らももう三人とも成人した身。いつまでも武人たる爺に身の回りの世話などさせられぬと思えばこそ・・・」
「なんのなんの。このロージン、姫のおむつをしていたころから存じておる身。そのような気遣いはご無用でございます。」
あぁ・・・それ言っちゃう?爺さん。俺たち転生者って子どもの頃から自我あるから、記憶はしっかり持ってるわけで・・・普通の子供なら昔のことは覚えてなくてもこっちは覚えているわけで、かつシル姉みたいに一生懸命普通の子どものふりして子どもらしい失敗を演じていた人にとっては、昔のことを持ち出されたらかえって恥なわけで。「魂の敵」ね。わかるな。
「しかもなんですか?この若い男は?まさかこのようなものをお雇いになったのではありますまいな?こんなどこの馬の骨とも知れぬ者。お年頃のご三方のお側に置いておくわけにはまいりませぬぞ・・・そこの使えぬ娘も、いつまで姫のお情けにすがっておるのだ、恥知らずめ!」
・・・ぷちっ。俺自身のことについては正論だ。今まで誰も言わないほうがおかしい。でも。
「ご老人・・・先ほどから、いささかお言葉が過ぎませぬか。」
ち。やっちまった。
「・・・貴様。無礼であろう。名乗りもせずに。」
ギロッという特殊効果音付きでニラマれたけど、それがどうした。
「俺もあなたから名乗られた覚えがありませんが。」
「なんだとぉ。」
ザワザワ。あ、後ろの戦士団がざわついてる。ふん。知ったことか。
「察するに、ロージンというお名前の、ゴウンフォルド家に仕える名のあるお方で、勇者様、」護姫様、戦姫様の御守りをお役目としておられるお方とは推測いたしますが。」
「それだけわかれば充分であろう。すっこんでおれ、若造!」
「いえいえ。それだけのお方が心得違いをなさっておられるので、つい差し出口を。」
ずずずいっと俺に近寄る老人、いや、ロージンか。俺より10cmは高いし、体の厚みは比べられない。だけど、俺は止まらない。見下ろす視線。だから何だい。
「仕える家の姫様方に向かってのご諫言、あっぱれ忠義者と言いたいところですが、時と場をわきまえぬとは配慮がご不足しておられる。この街中での大音声。どこで誰が聞いているやら。一歩間違えれば、姫様方の評判を落とし心ない噂が世間に広がりかねない大失態。お諫めしたいなら、人前は避けて行うのが道理ではありますまいか!」
にらんでも平気だって、爺さん。あ、勇者様?ミュシファさん?コルンさんまで・・・何で遠ざかるの?まさか、護姫様まで?
「・・・。」
無言で俺をにらむ爺さん・・・血管切れそうだぜ。プッツンってな。ガンつけなら負けないよ。俺は爺さんの殺気を受け流し、涼しい顔でにらみ返す。
「ああ・・・そういえば、申し上げるのが遅れてすみません。俺はパルシウスと申します。勇者エンノ様の従者をしております。」
上品に、にっこり笑って自己紹介してやった。作法に不足はないぜ。訓練済みだ。
「じ、従者!?ではエンノ姫の身の回りのお世話をお前が!」
「はい、イロイロさせていただいております。」
普段なら言えねえよ俺だって。年頃の女の子のお世話してるなんて。でもこの時はつい口が滑ったというか我ながら「若い」っていうか・・・。
「うむ。本当だぞ。あと、ソディの世話もしている。それでちゃんとまだ生きてるぞ。」
そりゃあ、どんなフォローの仕方だ、シル姉?
でも、これで風向きが変わった。なんか「あのお二人の・・・」とか「なんで生きてるんだ」とか、そんな声が戦士団からも聞こえて来た。うらやましいってのもあったけどやっぱ生きてるってほうが多かった気がする。なにしろ無意識の暴力嵐と精霊界探訪である。知ってる人には一目くらいは置かれてもいいかもしれない。クエストは俺、精霊に嫌われてたけど、それは内緒。
爺さんも少し頭が冷えたようだ。
「・・・パルシウスとやら。忠告は感謝する。後日ゆっくり話すことにしよう。」
そう言って行っちまおうとしていた。ただ、爺さんが納得しても俺が収まらなかった。
「お待ちください・・・それよりも、今この場で、あなたが不当に中傷した俺の先輩に謝罪してくれませんか。」
「ひ!パシリ!」
ミュシファさんがあわてているけど、俺は納得いかない。以前のことは知らない。想像はつくけど。でも今、頑張ってるし、だいたい二人のお世話でこんなに俺が感服されるんなら、俺が来るまで三人世話してたミュシファさんの方がよっぽど褒められるべきだ。
そんな俺を見て護姫様とコルンさんは頭を抱え、勇者様は調子に乗ってヤレヤレってポーズ。
ミュシファさん・・・気を失いそう。てか失った。おっと。
「・・・フン。謝罪する気になったとしても、その本人がこれではな・・・そもそもこの娘が今どれほどのことができるようになったか、ワシは知らぬ。」
・・・一応道理、という気もする。確かに中傷か、事実か。それは現在のミュシファさんを見てもらうしかない。
「では、先輩の活躍を見ていただいて、ご納得いただけたら、で構いません。もしもやはり先輩が以前のままでしたら、俺がお詫びとして何でも致します。」
周りで「命知らずめ!」とか「バカ?バカなの?この子?」とか俺を罵る味方の声がする。ち。肝心の本人は意識なしか・・・勇者様は、おお拍手してくれてる。元気出た。
「フン・・・その言、後悔するなよ。」
で、そんな妙な雰囲気のまま西門に着いた。それでもさすがに切り替えて、城門に向かう。誰何の声が飛んできたが、従者の俺が
「ゴウンフォルド家の族姫シルディア様とエンノ様が率いる小隊です。これから敵軍の偵察に向かいます。開門を命じます。」
「勇者エンノ様の・・・」
「これが、命令の手形です。」
偽物だけど。陣法師ってエグイ。ま、本物の見本持ってきたのは俺だけど。
確認が終わると、面倒くさそうな衛兵が命令に従って跳ね橋を降ろし、城門をあける・・・。
ち。あいつとあいつ。確か裏切ってたんじゃないか?やはりここはダメだな・・・。
内跳ね橋を渡る。バービカンの内門が開く。で外門を開けたり、外跳ね橋を下げたりと忙しい間隙をついて
「・・・ここの隊長は・・・お前か。我は急に持病のシャクだ。動けぬようだ。すまないがここで泊まらせてもらうぞ・・・ああ。手狭なようだからお前らは城にもどれ。安心しろ。いかにシャクになっても我がいる限りオーガ如き一歩もここから通さぬよ。」
こうして、西門のバービカン・・・城外門楼は勇者隊の主力が占拠した。もちろん、城兵の方々にはこんな危ない場所じゃなくて、安全な城内に戻っていただいた。力づくで。けが人も出しちゃいないのは、さすが勇者を支援する戦士隊。爺さんもそのあたりはわかってる人だ。
そして、西門のバービカンには、ゴウンフォルド家本家の旗と、護姫シルディアの大楯の旗が翻った。今頃北門には戦姫ソディアの大剣の旗も掲げられているだろう。




