急転
護姫様シルディア様は、武芸百般であり、あらゆる武器を使いこなす超達人なのだが、いつも隊の中心として、攻守のバランスを取り冷静に判断している。コルンさんが隊の頭脳なら、護姫様は脊髄みたいなものである。で、自らに課したのは、鉄壁無双。何でもできるけど、妹二人とのバランスを取って、自分は主に盾役を買っている。つまり、そういうことだ。妹たちのために自分を犠牲にしているところがある。
また勇者の後見人でもある。人語を話さない勇者様に代わり、隊の顔役をしている。
正直、子ども時代のシル姉を知っていれば、あのやんちゃでわがままで、弟の俺を巻き込んでくれた姉とは思えないほどだ。ソディとは別の意味で、変わったなぁ、と寂しく思う。 しかし、滅法頼りになるし、仲間の信頼もぶ厚い。
シル姉が、そういう「護姫様」になるために無理してないか、ちょっと心配だ。
第11章 急転
夜も更け、俺は今日から『黄金の峰』の一室に住み込むことになった。衛兵仲間には、後日あいさつに来ますってことで、会わずに逃げて来た。その準備・・・大したことはないけど・・・とデリウエリさんへの『報告』のため、フロントに向かった。で、奥に通された。
「・・・パシリさん、今回の『仕事』・・・やりにくそうね。」
ホンの微かな口調の変化。俺とデリウエリさんにしか通じない、そんな会話。
「別に。どうってことありませんよ・・・何でそう思うんですか?」
「そこでムキになるからよ。」
ち。その辺は、デリウエリさんは俺の『師匠』なだけあって、俺が自覚しない俺の何かに気づいているのだろう。そういうやり取りの間に、さりげなく伝言が渡された・・・珍しい。証拠として残ってしまうようなモノが渡されることはあまりない。上の事情がいろいろ変わったのだろうか?
俺は自分に割り当てられた従僕用の部屋に入り・・・いいんだけど、主が若い娘って事情を誰も考慮しない・・・ホントにいいのか!・・・思い出して伝言を取り出す。
暗号文・・・ざっと解読してみて・・・意味わかんない。いや、わかるんだけど、頭に入らない・・・。平文に書き直し、何度も何度も読み返して、やっと理解した。確かに、いつものように聞いただけじゃ、ピンとこない内容だ。危険覚悟で『伝言』にするわけだ。俺はその内容を頭に納め、後は全て焼却した。
で、結論。もうダメだ。人族はあと数年で終わる。
『ホルゴスの影守』の凋落ぶりは俺の思っていた以上に進んでいた。西門の衛兵に手を回すどころか、隊長に逃げられ、挙句に敵の接近に全く気付かなかったのだ。北門の衛兵隊が中心になった斥候隊が、ようやくオーガ族の大軍を見つけたのが昨日。もう2,3日で来そうな距離だ。
加えて、今まで握りつぶされていた報告によると、北方から、オーク族数千、南方からリザードマンを中心とする獣人族500、エルドネス氏族の一派500ほどが接近しているということである・・・。組織が気づくまで、影武者に散々いいようにやられていたらしい。
また、城主の対応もお粗末だった。コルンさんは、村跡にあった食料の量を倉庫の体積からざっと計算していた。それによると、ホルゴスに本来あるはずの食料・・・人口2万人+兵4000人の半年分・・・その半分があそこにあったことになる。正直、すごい量と思った反面、まだ三か月分残ってるんなら、と思っちまった。ところが現実は「ほぼカラ」。
まず備蓄がそもそも少なかった。ここ数年、備蓄を半年分しているはずが4か月分しか備蓄しなくなっていた。その費用の差額は、領主が軍備を整えるためにまわしたことになっていた・・・衛兵の立場からすればそんな記憶はないが。更に一か月分に近い食料が、西方の村の支援や難民の非常食にまわされていて、これはまだ理解はできたけど。しかし、結局3か月分の食料もほぼない、というのが現実で、領主がこの事態を把握するまで、まる二日もかかったという、嘘くささ。
という訳で、俺はばかばかしさで呆れていた。敵の亜人同盟軍は、オーガ族に加え、オーク族に獣人族連合が参戦し、おまけに人族の切り崩しにも成功している。
一方俺たち人族は・・・という有様。「知性」とやらはどこで使い果たしたやら。完全に『十八番』で負けてるね。
で、悩んだ俺は、コルンさんに報告することにした。『密偵』として組織内の情報を『対象』
に話すのがどうかとは思わなくもなかったが、もうそんな場合じゃないだろうって思ったからだ。
俺は灯りも持たずに暗いままの廊下を進んだ。ちなみにコルンさんは夜更かしする人だからこのくらいの時間でも平気だが、お姫様方や聖職者は怪しい時間だ。
「コルンさん・・・パシリでぇす。今、いいですかぁ?」
「・・・入って。」
ノックの後、ほぼ間を開けずにドアは明けられた。
「いやぁ、すみませんホント。こんな夜分に、しかも女性の部屋に・・・」
「そういう用件なんでしょ。・・・話、始めて。」
コ ルンさんは、きっと覚悟していた。こんな非常識な時間にする話は、とびきり凶報だって。でも、あくまで、いつも通りの顔で、いつも通りの声で俺を促した・・・。
・・・すべてを話し終えて、俺は一息つき、そしてコルンさんの様子をうかがう。
「ひどい話ね・・・やっとオーガ軍を見つけたと思ったら明後日には包囲されそうで、すぐに敵には援軍が来そうで、味方はむしろ敵にまわって、内通者がまだいそうで、食料もなくて、城主はわたしたちに協力する気配もない・・・そういうことね。」
こんな場面で、平然と状況を把握し、普段通りに笑うコルンさん。
「すごいですね。全く慌ててない。まるで前もって知ってたみたいです。コルンさん。」
「ま、最悪の予想は立てていたし、ほぼそれが実現しただけだから・・・パシリくんも落ち着いて、普段通りに見えるわよ?」
「ああ・・・俺のは、状況がピンと来てないってヤツだと思います。」
「そうかしら・・・。」
そうです。てか、むしろ半ばあきらめてるってほうかな。もうダメだろ人間。でも、もう半分は諦めてない。だからコルンさんの部屋にやってきた。中途半端だ。
「ええ・・・ただ、まだできることがあるんなら、お手伝いを。それだけです。」
「・・・心強いわ。この状況でそういうことを言ってもらえるとね・・・一晩ちょうだい、考える。明日になったら、手をうつわ。その時はお願い。」
明日になったら・・・この人は諦めていない。俺みたいに半端じゃなくて完全に。
「はい。この場面で平気でそう言えるコルンさんを・・・。」
なんて言えばいい?俺はなんて言うべきなんだ?なんて言いたいんだ?
「・・・頼もしいって思います・・・」
「・・・そう。ありがとう。」
何か間違えた気がする。いや、間違いじゃないんだけど・・・。
「ま。この街はおじいちゃんがつくった街だから、簡単にはくれてやれないわ。」
「おじいちゃん?・・・そう言えば、あの滅空も『孫』とかって・・・あ?」
「そうよ。王国の軍師ガーザイル・ボゥマン。わたしのおじいちゃん。」
・・・で、伝説の大軍師。まだ生きてるけど。え?おじいちゃん!コルンさんの!?
「もともとはホルゴスが危ないんじゃないかっていうのはおじいちゃんが言い出したことで、あたしはそれを聞いて、族長連合に来たんだけどね・・・何しろ、おじいちゃんが言うには、王国でも帝国でもなく、族長連合が、その城郭都市ホルゴスこそが人族の存亡の要だって。」
そう。『影守』もそう考えて・・・てか、『影守』もボゥマン師が基礎をつくったのか。
「でも、今は昔ほど王国と族長連合の仲もよくなくて、そんな時、王国の軍師がホルゴスに来るわけにもいかなくて・・・。」
「コルンさん・・・じゃ、ボゥマン師の代理で?」
「そんなだいそれたもんじゃないのよ。それにわたしが族長連合に行くって言ったら、おじいちゃん、急に大反対して、大喧嘩よ。」
「・・・伝説の大軍師と大喧嘩ってのも、すごいっていうか・・・。」
「あたしからしたらただのおじいちゃんよ・・・尊敬はしてるけど。」
おじいちゃん。コルンさんはそう言うたびに、ずっと幼い少女のような表情を浮かべる。俺は実のところ、そんな風に家族について話せるコルンさんがうらやましくて・・・でも、祖父について楽しく語るコルンさんを見ているのは、楽しくて。
「じゃ、勇者様たちの仲間になったのも?」
「ううん。それは偶然。二年前、いろいろあって。で、ついでにセウルギンさんも誘ってね。」
偶然・・・でもその無二の偶然が、俺たちにチャンスをくれた。少なくても、俺たちは今、過酷な現実を直視できるようになった、まだ一日手を打つ時間がある、そして、今対策を考えられるかもしれないこの人が、ここにいる。
「そう。偶然。でもね。軍師でも偶然を・・・『天時』を活かすのは極意に近いわ。もう術じゃない・・・おじいちゃんは占星と操星の術で、多少『天時』を制御できるけど。」
できるんだ・・・。
「わたしは、『地利』と『人心』の一部が精いっぱい。『天時』なんてまだまだ・・・それでも、
今できることはまだある、そう思ってる。だから、今この時、この場所で、みんなと戦うの・・・。時代遅れの決戦兵器って言う者もいるけど、勇者様を軸とした勇者戦。人族を守るにはこの復活が一番有効なはず。おじいさまには笑われたけど、必ずもう一度やってみせる。」
コルンさんは笑う。苦笑でも冷笑でもなく、優しい微笑。そうだ。まだできることがある。最悪でも、みんなと戦える。
「パシリくん・・・何かあなたと話していたら調子出て来たわ。悪いけど一つ頼まれてくれる?城主とその側近の動きが不自然過ぎて・・・探ってほしいの。できれば、朝までに・・・。」
「了解しました。コルンさんの頼みとあれば、このパシリ、ご期待に応えて見せます。」
「・・・お願いね。この件は、明日みんなに話すまでナイショよ。」
ヘヘ。今の『ナイショ』、色っぽかったです。これで眼鏡かけてたら俺やばかったですよ。
俺はコルンさんの依頼を聞いて、部屋を去った。コルンさんは地図を広げ腕を組んでいた。
部屋に入る前と、出た時。その間に俺の心情は逆転していた。今、頑張って、そして明日になれば、何かが起こるかも。そんなワクワクする『明日』は・・・一年ぶりかな。明日になれば弓がうまくなって、明日になれば親父が褒めてくれて、明日になればパーラが昔みたいに素直になって、明日になればフォルグリウスと獲物の取り合いをして・・・。あの日奪われた俺の明日が、戻ってきたような気がした。
ただし、引き受けたものの時間がない。だからまずは一番手っ取り早いところで情報を探ってみることにした。
「デリウエリさん・・・どうかな?何か変わったこと知らない?」
って聞いてみたら、デリウエリさんは珍しく俺以外でもわかりそうなくらい表情を変えた。
「・・・パシリさん・・・あなた、危ういわ・・・中にいらっしゃい。」
?珍しい。フロントの奥に通された。ここは、ちょっとマジな場面だ。
「パルシウス。あなた、『対象』に深入りしすぎよ。」
デリウエリさんは、本気で俺に忠告している。
「でも、師匠。今の状況を何とかするには勇者の一行に協力して乗り切るしかないでしょう?ホルゴスが滅んじゃいますよ?『影守』としても・・・」
「それを考えるのはあなたじゃない・・・いい?パルシウス。あなたは『短剣』。その切っ先に過ぎないの。それをふるうのはアルデウス様。」
それは・・・そうです。
「あなたは今日『標的』でもない相手を勝手に暗殺に行って失敗した。」
ち。事実すぎて反論もできねえ。
「『短剣』は勝手に動かない。『短剣』は考えない。ただの道具だから。だから、指示に従って『標的』を『処理』しても、それはあなたが誰かを殺したことにならないの。そう。あなたは何も感じる必要はない・・・でも考える『短剣』は、摩耗し、すり減り、いつか折れる・・・お前は死ぬ。」
それは、師匠から最初に教わったことで。もう一年近くも前で。でも。
「お前・・・折れそうだぞ。」
師匠の青い目が俺を射抜き、背筋に冷たいものが走る。でも、それでも。
「デリウエリ師匠・・・俺、今は、今だけは・・・。これが終わったらきっと戻りますから。必ずただの道具に、短剣の切っ先に戻りますから、今だけは・・・・すみません!」
そう言って、俺はデリウエリ師匠から逃げた。師匠は、俺を追わなかった。
俺は結局、城館に侵入することにした。心の中では、俺に忠告してくれた師匠の言葉が繰り返されている。でも、俺はそれに負けずに言い返していた。「今だけは」「明日になれば」って。
「コルンさん・・・パシリです。」
ドアは無言で開かれる。かなり夜更けだが平然と俺は招かれた。
「・・・血の匂いがするわ・・・ゴメンね。ムリさせたのね。」
ち。ちゃんと回復薬で治療して着替えまでしたのに。
「大丈夫です。ちょっとドジ踏んだだけで。ロクに見られてもいませんし。」
城館に慣れ過ぎて油断した。ま、背中に下手な矢を2本くらっただけだ。初めてだけど。
「それより・・・側近の一人に・・・覇迦威聖教の聖印を持ってるヤツがいるようです・・・見たという者が。」
部屋に侵入して、隠していたのを見つけたのは俺だけどな。それで、『処理』しちゃおうかとも思ったけど、師匠の忠告がなかったらそうしたかもしれないけど、しなかった。そいつを『処理』することがどういう影響を与えるのか・・・いい結果が出ない気がしたんだ。
「なるほどね・・・でも、そうね。それだけでそいつを失脚させたりする理由には薄いかな・・・まあ、身近に大穴の心当たりができて、城主との修復は困難ってことはわかったわ。ありがとう・・・本当にムリさせちゃって・・・。」
「いいえ。この程度しかつかめなくて。すみません。」
「・・・パシリくん。あなた、時々すごいケンキョ過ぎて非常識に見えちゃうわ。」
はい?俺、何言われてるんだろ?
俺は自分の部屋に戻る。後はコルンさんに任せるしかない・・・大したことができなかった。
しかも、こんな簡単なことでケガまでしちまった。ホント情けない。でも・・・あとはコルンさんに、明日に期待しよう。この土壇場で、まだコルンさんが諦めずに戦っている。俺だって、きっとまだできることがある。そして、明日になれば・・・。
そして、明日が来て、朝になった。天気はいい。夏の好天は正直暑いってことだけどな。
枕も部屋も変わったが、俺は気にしないし、一晩寝れば心身回復できる。従僕の部屋から真っすぐ向かう。
「来たわね・・・いい?気を抜いた時は死ぬ時よ。」
出たよ、この別キャラ鬼軍曹。どうせあと一時間かそこらで消耗しつくして消滅するんだけどな。
コンコンコン、トントントン、ドンドンドン、ガンガンガン!
「戦姫様、従者パルシウス、入ります!」
かなり俺も慣れて来たな。女の子の部屋に入るっていう後ろめたさは、減ってきた。
それでも恐る恐る寝台に目をやると、戦姫様は、うつ伏せだった。ち。じゃねえ。ほっ、だろ・・・男の発作ってのはどうしようもない。全く・・・かわいい寝顔しやがって。
で、いつものように、寝ながら繰り出される必殺の攻撃をかわしながら揺り起こす。
「ん・・・あぁ~あ・・・おっすおらソディア。」
って、どこの戦闘民族だ。似合いすぎだろ。でも
「おはようございます。戦姫様。」
って動揺しないで返せる俺って、ちょっとえらいって思う。
で、いつものように着替えを渡しながら、目はちゃんと逸らして・・・。
「うん?・・・ギルシウスのじいさんがシル姉に会わない訳?」
鏡の前で座らせ、髪にブラシをかけながら、つい聞いてしまった。いろいろウワサは聞いたけどどこまでホントかわからないし、どうも妙に感情的に拒絶されている気がして・・・つい手軽なところで聞いてしまった・・・最近お手軽に情報収集しちゃう・・・堕落したな、俺。
「城主のギルシウス様はゴウンフォルド家の宿将と呼ばれるお方・・・それにしては少々・・・」
「主家の族姫に礼を失している・・・てか?」
「ご明察です。」
女王様はブラッシングされてご機嫌なのか、快く知っていることを教えてくれた。
「でも、これはマルヒだぜ。貸し一つな。」
そう言って戦姫様が話してくれたのは、確かに巷のウワサじゃ聞けなかった。意外なところに秘密って転がってるな・・・ま、当事者に一番近い人物だしな。
「・・・コルンに話すのかい?・・・ま、その辺は任す。」
「?・・・いいのですか?」
「ああ・・・うちってさあ、結構仲悪くねえつもりだけど・・・何か、こう・・・伝わらないっていうか・・・」
言いたいことはわかる。実は俺もそう感じてた。戦姫様が同じことを感じていたことが意外だった。
「つまり、隊の中で誰とでも話しやすい、まあ俺みたいな下っ端がいてよかった、と。」
「ん・・・まあ、そんなとこだ。わかってるじゃねえか。」
あなたも。野性の勘?結局隊のバランスとして、中心に10代のお姫様3人いるけど、この中で隊員と積極的に話しできるかと言うと・・・かろうじて護姫様だけど・・・それでも女騎士って感じで話しやすいわけじゃない。それに、何より隊員全員その道の専門家で気軽に言い合ったりするのは相手の立場を考えて遠慮しがちだ。で、新入りのミュシファさんは・・・下手にいじると、いじめになってしまう。結局、下っ端でヘラヘラしてる俺が潤滑油としての価値があるってわけだ。こういう話一つ、直接戦姫様がコルンさんに話すのも難しい。でも俺を介せばうまく伝わる。
「んじゃ、お返しに・・・今日も髪飾りを」
「いやいや、あれは勘弁・・・今日はいいや・・・マジで。な。」
こいつ、なんかわかってくるといいヤツだって思う。リュイとは違う意味であんまり性別とか気にしないで付き合えるっていうか・・・ゴメン。ウソ。女の子です。毎朝思い知ってます。
コンコンコン、トントントンッ、ドンドンドォン、ガァンガァンガァンッ!!
「勇者様、従者パルシウス、入ります!」
・・・よっし!今日もワールドクエスト省略!あれを体験しない人にこのうれしさを分かってもらうのは難しいけど、超うれしい。
でも、あれ?今、目の端っこになんか見えたような・・・気のせい?ま、忘れよッと。
大きな寝台にお行儀よく伏せたままの勇者様を見る。こっちは寝てても大人しい。でも昨日は怖かったな。寝顔はこんなに無邪気なのに・・・俺、悪趣味だ。寝顔を見た罪悪感が押し寄せる。そんなことで罪悪感感じてたら、この後死んじゃいそうだけどな。
勇者は時代遅れの決戦兵器・・・か。コルンさんがそう呼ばれてるて言ってたな。確かに、勇者様が魔物や亜人との戦いに活躍し、時に魔王と呼ばれる存在を倒したのは大昔のこと。その後、人族は魔術や技術を発達させて、勇者様の力なしでも魔物と戦えるようになり、30年前までは亜人などの他種族を支配していた。人族の支配者たちは、自分の言う通りに動く『軍』を強くすることを選び、扱いにくい勇者様や冒険者に頼らなくなっていた。
だから、本物の勇者が現れたのは数百年ぶりかもしれない。でも現在の戦いは、昔と違って規模が大きいし、何より今は人族の決戦兵器は城郭で、得意な戦法は、まず城を守って、援軍の騎馬による反攻突撃。いくら武勇に優れた勇者でも、集団戦でどこまで活躍できるかは難しいって思われている。それでも2年前、不利な戦局を覆したのは、この勇者様たちだった・・・。
勇者エンノ。この無邪気な元「妹」が人族の決戦兵器になるのかな。コルンさん・・・。
勇者様たちとコルンさん、どうやって知り合ったんだろうな。今度聞いてみようかな。この一件が終わって、俺が無事みんなと別れる時に・・・・。
そう思いながら、寝ている勇者様をそっと揺り起こす・・・ナン十回目かで、勇者様がお目覚めになった。昨日のことなんかまったく感じさせない笑顔で。
「はい。勇者様。おはようございます。今日はいい天気ですよ。」
今日はいい日になる。そう思いたかった。その後は、まあ、いつものように大変だったけど。
着替えが終わり、後ろの髪だけでもブラッシングをする。さて、終わったかな・・・?
「勇者様…何かおっしゃりたいことでもおありですか?」
勇者様は俺の服の裾をつかんで、口を少しとがらせている。その勇者様と俺は鏡越しに見つめ合った・・・昨日の件・・・忘れてなかったか。さっきの笑顔でだまされた。
「・・・これは・・・お説教ですか?」
ウンウン・・・うなずかれちまった。
「お説教の理由は・・・昨日の滅空の件はお叱りを受けましたので、別の件ですよねえ?」
ウンウン。
「とすると・・・正式に入隊しないこと、ですか?」
ウンウン。これも正解か。ち。
「でも勇者様・・・俺なんか、まだ仮入隊してまだ、三日目くらいですよ。もっと見定めた方がいいと思いますよ・・・人間、いろいろあるんですから。」
ブンブン。首を振りやがった。大人なんだから、もっと人を見ろっていうか、慎重になれっていうか・・・なんか腹が立つ。なに、こいつ、アサシンなんか信用してるんだよ。全く。
「勇者様・・・俺だっていろいろあるんです。」
そう。俺が勇者様・・・エンの従者でいられるのは今だけ。運よくこの件が終わったら、元のアサシンに戻る。今だって密偵で潜入してるわけだし・・・。
「だから、聞き分けてください・・・ドーナツ作りますから。」
ポカ。椅子から立ち上がり振り向いた勇者様は、背伸びして、俺の頭を軽く叩いた。
勇者様はプイッとして、そのまま部屋を出た・・・俺、何か間違ったかな。あんなに食い意地はってるのに、おやつでツルのはダメなのか・・・16歳、こいつもまだ思春期だったか。
俺は首をかしげながら、部屋を軽く片付け、朝食に向かおうとする。ついため息。
「・・・シウス!?・・・の訳がない。当たり前だが。」
ドキッ!今、どっちで呼んだんだ?シル姉・・・。
「どうした?エンノが珍しく怒ったまま行ってしまったが・・・ケンカでもしたか?」
シル姉・・・いや、護姫様は妹とは別に機嫌よさげだ・・・後ろの屍がかわいそうだけど。
「勇者様とケンカなど恐れ多い。ただ俺が正式に入隊しないことで少々お叱りを受けました。」
慌てた様子を見せず、いつも通り笑顔で対応する俺。
「なるほど・・・。従者パルシウス。それだけ妹は・・・いや、我らがお前を気に入ってると言うことだ。そう思ってはくれまいか?」
「それこそ恐れ多い。こんな俺なんか・・・。どうしてそんなに?」
「どうして、か。気に入ったということに理由をつけるのは難しいし、正確な言にはならぬと思うぞ。」
ち。変なところは昔のままだな。好きなものは好き!で、いいじゃない・・・てか。
「我ら三姉妹は、こう見えてなかなか人には好かれぬし、そう滅多に人を気に入らん。だから、お前が我らを好きにならなくても、我らは気に入ってるぞ。」
豪快に笑う女騎士は、鉄壁無双と謳われる勇者様の後見役で・・・俺の元「姉」。
「そんな。俺だって皆様をお慕いしております・・・ただ、まだ3日かそこらですし、俺も少々事情がありまして・・・。」
事情だけなら入隊したほうがいいってデリウエリさんなら言うだろうな。でも深入りって。
「まあ、無理にとは言えぬ。が、我ら三姉妹のみならず、三師らもお前を気に入っている。それはわかってくれ・・・特に気難しいキーシルド師に人使いの荒いコルン師が重宝しているようだし・・・セウルギン師も迷言を聞かせる相手が増えて楽しそうだ。」
「はぁ・・・。」
何なんだろうね、この高評価?最初が村跡までへの案内クエストだったから、低ハードルで目立ち過ぎた?・・・確かに普段ならやらないことを素で垂れ流してたな・・・。
そんな会話をしているうちに、朝食の場まで着いた・・・先輩、存在感ありませんよ?
「・・・またズルしたでしょ・・・卑怯者。」
だから、どんなズルができるっていうんだよ。全く。
朝食は無事終わり、皆にお茶と茶菓子を出しておいてその間に俺とミュシファさんは片付けに行く。ちなみに戦姫様から聞いた件は、こっそりコルンさんに書き物にして手渡した。もらったコルンさんはふっと笑ってた。勇者様には茶菓子一つ余分につけたけど、にらまれて終わった。ち。手ごわいな。
で、手早く片付け、話し合いに参加する。まずコルンさんが、昨夜俺が伝えた件を皆に話した・・・俺が話すよりよっぽど簡潔で要点をまとめていると思う。で、今はみんな沈黙。
そりゃそうだ。俺だって昨日は、最初わけわかんねえって感じだったし。
「状況はわかった。」
おっ、さすが護姫様。うなずくのはセウルギンさんだけだけどな。
「しかし、ギルシウス殿との協調は必要であろう。もう一度機会が欲しい。」
・・・シルディア様が護姫様と呼ばれる以前。今から3年前の話だ・・・15歳か。成人したシルディア様に求婚した者がいた。ギルシウス様の長子にあたる男だ。
しかしシルディア様はもう決めていらした。妹エンノ様の成人とともに二人で冒険に旅立つことを。結果はエンノ様の成人前のうちに、しかももう一人が強引に参加することになっちまったんだが、それは後の話。
で、この時はその前だったけど、シルディア様はもう決心していた。当時15にして既に武芸を極め国内では無敵の声も高かった。結婚なんて考えられないと断った。しかし、その男は強引に迫って・・・結果として決闘して勝ったらどうのこうのっていう、よくある展開になって、当然負けて、恥をかいた・・・息子の恥を、一族の宿将たる父親が引きずってるなんて考えたくないけど・・・なぁ?そんなに広がった話じゃないし・・・。
でも護姫様だって、会いにくい気持ちがあったろうし、それでも礼を尽くして何度も手紙を送ってるのに、しかもこの局面で会わないって、どうなのよ。ギルシウス様・・・。
「もちろんです。護姫様。」
え?もちろんなの?あんな城主何てスルーしてこっちはこっちの方が・・・。
「ただし、試みるのは、今日の午前中まで。それ以降は時間がありません。」
早ければ明日には西からオーガ軍が押し寄せるだろう。そして数日後には北からオーク軍他・・・。
「敵に包囲される前に、主力が出撃し、敵将を討ち果たせば、こちらの勝ちです。遅れてくる援軍は全て各個に撃破してみせましょう。」
さすが、コルンさん。城主と連携が取れれば十二分に勝てそうだ。
「ですが、包囲されてしまえば、容易に出撃はできず、主力決戦に持ち込むのは困難になります。その場合の手はこれから準備に入りますが・・・」
え?主力決戦でも守城戦でもない勝機があるの?食料なしの城郭都市で?
「・・・そうか。では、これから城館に参る。エンノ、ソディア。同行してくれ。」
三姉妹で、しかも、直接出向く?族姫3人がそこまで下手に出るのか!?
「・・・よいご判断だと思います。ミュシファ、あなたも同行して。」
「は、はいっ。」
ミュシファさんのてんぱった返事が響く。が・・・勇者様?
「ああ・・・パシリくんは従者でして、従士ならぬ身では城館への同行は遠慮するべきでしょう。彼には別にやってもらうこともありますし。」
ち、という舌打ちが聞こえる・・・戦姫様か。いやいや、ご勘弁を。昨日スパイで行ったばかりだし・・・一昨日はアサシンってか。ち。ちくっとする。もういいや、あそこ。ロクなことがない・・・だからニラまないで二人とも。
その視線のやり取りを微笑みながら見つめる護姫様とコルンさん。少々ムッとして見えるのはミュシファ先輩・・・先輩を差し置いて頼りにされてる的に思われたんだろう・・・なんかいろいろ思春期症候群、面倒くさい・・・。
その後、まず三姉妹が正装し、と言っても族姫っていうより戦士としての正装っぽいけど、ミュシファさんと四人で出て行った・・・意外だ、自分で下着もつけられないくせに何で正装はできるんだ?いや、深入りすまい。
で、留守部隊は、コルンさんの指示に従って「もしも」に備えた準備に入った。まあ俺は荷物運びなんだけどな、「萬」で買った品物の。馬車を出して、糧食にポーション、武器を積む。
「パシリ・・・戦争かい?」
マレチェ姐さん?鋭い・・・って、わかるよなあ。
「弟の奴は口を割らねえけど・・・ここ最近の、西からの難民がもう異常に増えてる。周辺の村や集落もあぶねえらしい・・・。」
弟ってのは北門隊長のファザリウスさんだ。
「しかも朝から食料を徴発してる奴らがいるらしく、すげえ値上がりしてる。」
ああ・・・それって・・・。
「うん。・・・らしい。」
マレチェ姐さんは親指を立てた・・・城の者が街の人の食料を徴発・・・。ち。
「あんたらが買った分は約束通りちゃんとある・・・明日になれば危なかったかもしんねえが。」
「姐さん、ありがとう。」
「食料がないのに難民を無計画に受け入れて、しかも都市の食料を徴発・・・城主様も大変ね。」
マレチェ姐さんの話を伝えると、コルンさんは冷たく笑った。この人は、やはり城主を見限っている。ならなんで、護姫様の提案を受け入れたんだろう?
「護姫様・・・立場的におつらいでしょう。だったら最後に試していただいて、悔いのないように、ね。で、さっさと切り替えていただく。そういう予定よ。うまくいったら儲けものだし。」
お、俺の心を読んだ?この人もまさか?
「違うわよ。パシリくん、護姫様の提案をわたしが受け入れた時、意外そうな顔してたから、ね。」
俺って、そんな顔に出てる?いや、これでも密偵でそんな初歩的なミスはしてないはず・・・。
それとも、密偵の意識が薄れて来たんだろうか。なんか、素で反応することが多いような気がする・・・いけない。気を付けよう。師匠が言ってたもんな、深入りしすぎだって。でも、密偵なんてばれたら、みんなの動向を全部伝えて、そのせいで何人も、アイネイアも死んだって知られたら・・・俺が殺したって・・・ダメだ。もっとしっかりしなくちゃ。
「パシリくん。次行くわよ!ぐずぐずしない!」
「あ、はいはぁい!喜んでぇ!」
次はセウルギンさんのために魔法具や魔術印を刻む石材とかいろいろ買った。そして・・・
「パシリくん・・・もと衛兵よね?」
「まだ正式にやめてませんから・・・衛兵です。」
「城内の見取り図つくるから、手伝って。」
本来は軍事機密の類だが、そんな場合じゃない。で、あっという間にすげえ正確で精密な見取り図ができた。城内の仕掛けもバッチリ。陣法師ってすごい。
「まあ外観で八割以上はわかるし、ここに優秀な衛兵がいるからね。」
そりゃ、仕事場ですから。
「で、パシリくん・・・正直なところ、北門の人たちって・・・大丈夫そう?」
「それは、自信があります。ゼッタイ大丈夫。隊長のファザリウスさんは、とてもいい隊長だし・・・。裏切ったりしないし、訓練もしっかりやってます。」
ヤザレクさんも、あんなだけどやることはやってるし、フロウディアスさんだって。
「なるほどね・・・じゃ、西門は?」
あ~・・・。
「・・・なるほどね。」
各種の地図を部屋中に広げて、眺めたり考えたりしてるコルンさんに、俺はお茶とお菓子を持ってきた。目の前に置きながら、質問する。
「コルンさん・・・いいですか?」
「ん?何、パシリくん。」
「・・・城主様が勇者様と協力しないとして、でも自分で判断して出陣しないんでしょうか?」
「いい質問ね。」
コルンさんは一度顔を上げて俺を見た。髪がパサってほつれて、色っぽかった。眼鏡も超絶いい感じ。
「そうしてくれれば、どれだけ楽なのやら・・・。」
「てことは、出陣なし?・・・あ?徴発!」
「そうよ、出陣するんなら、今頃食料の徴発なんてしてないで、もう門から出てるわよ。」
「そうでした・・・。」
「ちょっと遅れたけど、でもよく気づいたわね。」
コルンさんは俺の肩を叩いて褒めてくれたけど・・・いや気づくの遅いって、俺・・・。そもそも俺が聞いた情報だし。
そんなこんなで、でも骨子は昨夜の内にまとめていたらしく、コルンさんは膨大な情報を迷わず精査していく。
そして、午後。雨が降り始めたころ、ちょうど護姫様たちが帰ってきた。
「緊急時により多忙。後日いらしてください・・・とな。」
護姫様は表情を変えなかったが・・きっと無念だろう。ひょっとしたら昔の自分が原因で、勝機が失われ、人間族の危機が深刻になってるかもしれないんだから。
「護姫様・・・仕方がありません。この状況でその程度の判断しかできない味方は、敵より有害です。それがわかっただけでもよかったのです。」
うわぁ、辛辣っていうか、容赦ねえ・・・。
「さすがコルン。よくわかってるじゃねえか。」
で、勇者様はウンウン。みんな容赦ねえ・・・。ま、俺もそう思うんだが。護姫様もやれるだけやったせいか、後は切り替えたらしい。コルンさんの言葉に苦笑したら、さっぱりしたようだった。
「では、勇者様。護姫様。戦姫様・・・よろしいですか?」
コルンさんが呼びかけた時、俺たち全員が悟った。始まるって、




