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勇者の従者は秘密のアサシン   作者: SHO-DA
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単独行

 セウルギンさん。ルーン魔術の使い手で、灰色の髪の超イケメン。コルンさんとは昔馴染みらしく、二人とも王国出身だ。コルンさんとの息がピッタリで、見た目もお似合いなのがうやらましい。悔しい・・・イケメンは卑怯である。

 しかし、セウルギンさんと言えば、やはりそのイケメンぶりを台なしにする迷語録だろう。

あんなのいつ考えてるんだろって聞いたけど、けっこう自然に出るんだって・・・頭はいいんだと思うけど・・・なんか、イケメンも頭の良さもこの人の場合無駄遣いって気がする。

 とは言え、魔術師っていろいろたいへんらしい。精霊使いは、加護をくれた精霊が精霊回路を刻んでくれるけど、魔術師は自分で、または師匠に当たる人が刻むらしく、その手間とか苦痛とか相当なものらしい。そんな様子を全く見せないこの人は、意外にすごい人かも知れない・・・「ヒットは見かけじゃ打てません。」・・・あ、そ。


第10章 単独行


 翌朝。かなり早い時間から、ミュシファさんが兵舎に来た。お迎え?

「おいおいパシリ。これは相当にお安くないんじゃねえか?」

「ついに思春期克服か!」

「あんな子と、どこで知り合ったやら。」

 さすがに笑顔を作るには、つら過ぎる。それでも笑う。さすがに第二の天性だ。

「いやあ。俺もどうしたらいいですかねえ、先輩方?あまりなつかれたら仕事のほうが・・・。」

「バカか!余裕か!とっととやること済ませて来い!」

「・・・。」

 返す言葉も浮かばねえ。

「おはようミュシファさん・・・俺の言いたいことってわかるよね?」

「あ・・・その・・・こんなに早くに来てごめんなさい・・・でも・・・」

 まあ、彼女の一存ではないだろうし、ミュシファさんに言うのは八つ当たり的に弱い者いじめをしてるみたいだから、俺はそのあとの言葉を飲み込んだ。所詮、勇者隊も組織だ。割を食うのは下っ端だ。組織・・・影守だって・・・。おっと、俺はその考えを封じた。

「歩きながら話そう・・・時間はもらったし・・・今日の服も似合うね。」

「ひっ・・・え・・・ありが・・・と。」

 だからこれくらいで恥ずかしがるなって。こっちは半分くらい条件反射で言ってるんだから・・・。似合ってるってのは嘘じゃないけど。

 

 で、今日は朝からやることが多く、いつもより早く『彼女ら』を起こしてほしい、という難易度の高い依頼だった・・・そんなに追い詰めてどうする、全く。特別手当が欲しいくらいだが、しかし通常給が高いから、そこまででも・・・いや、あの生命削って戦姫様を起こす危険度と、精霊界訪問というワールドクエストを達成しながら全く経験値が上がらない報われなさを考えると・・・。しかも、あの羞恥な展開・・・17歳の男子にはハードル高すぎやしませんかねえ、先輩?

「うるさい!朝は戦場よ、覚悟を決めなさい!」

 誰だよ、この話題になると出てくる、別キャラ・・・。


 コンコンコン、トントントン、ドンドンドン、ガンガンガン!

「戦姫様、従者パルシウス、入ります!」

 ノックはするけど、応答を待ってはいられない。覚悟は、まあできた。

で・・・昨日見た光景だ。何かデジャブった・・・パンツの色くらい変えろよ。そういや赤いのが妙に多かったな。ま、でもコイツは俺が羞恥心さえ克服できればまだ、何とか・・・。そう思ったわりにはやはりいろいろ苦労したが。

「よおっ、パシ公。おはようさん。」

 よおじゃねえよ。何回俺が死にかけたと思ってるんだ、まったく。ま、そんなことは微塵も感じさせず

「おはようございます。戦姫様。」

 と、にこやかに返せる俺はけっこうエライかもな。着替えを手伝い、座らせて髪を・・・ブラシを取った手が止まる。

「どした?お前のブラッシング、好きだぜ。遠慮なしでやってくれよ。」

「・・・それは恐縮です。」

 俺は、昨夜この手でアイネイアの髪を撫で・・・殺した。そんな俺の手で・・・。

「おめえ・・・どうかしたのか?」

「いえ。すみません。ちょっと寝不足でして。」 

 ち。我ながら・・・情けない。切り替えて優しく戦姫様の髪を撫でる。紅金の髪は見た目固そうだが触れるととても柔らかい。本人とは大違いだ。

「・・・昔、兄貴にもこうしてもらってな。」

 ぶっ・・・それ、俺!何か記憶がよみがえってきた。

「あ、兄君がいらっしゃるんですね。」

「・・・昔、な。・・・かっこよくて優しくて、すげえ兄貴だった・・・。」

「それはそれは。」

 返事に困る・・・誰だよ、それは。

「4歳くらいの癖に10歳のバカ兄貴をぶっ飛ばしたりしてな。強かったんだぜ。」

「それはそれは。」

 ・・・族長の実の息子か。あいつはエンを泣かせやがった。

「でも・・・なんか、ある日急に家から出されちまって・・・。」

「・・・・・・。」

 もう相槌すら打てねえ。

「・・・俺もなんかあったら、族長の家から出されるのかなって・・・考えちまった。」

 全く、あの家は、小さい子どもに不安を与えやがって・・・俺の「妹」に。

「ご安心ください。戦姫様は大丈夫ですよ。ご立派にお務めを・・・ゴウンフォルド家のお役に立っていらっしゃるではありませんか。」

「・・・らしくねえことを言っちまったな。すまねえ、気を遣わせちまった。」

 妙に気弱気なコイツを見ていると、なんか、俺もらしくなくなっちまう。

「いえいえ。当然のことを言ったまでで・・・戦姫様・・・1分ほど目をつぶってもらえますか?」

「ああ。これでいいか。」

 素直だな、お前も。もっと疑えよ、人を・・・。

「どうぞ。もういいですよ。」

「・・・て、てめえ!何しやがった!」

「はっはっは・とてもよくお似合いですよ・・・ソディア様。」

「お、俺・・・俺がなんてことに・・・。」

 やってやった。部屋にあるこんな飾りをつかって、戦姫様の髪に似合いそうな白金の花の髪飾りをつけ、それに合うようにあちこちに髪留めをつけてやった。外見ならかわいい美少女の出来上がりである。鏡を見て動揺している戦姫様に、俺は名前で呼びかけた。さすがに「戦姫様」って今は呼びたくなかった。

 逆上したソディア様の拳や蹴りが嵐のように飛び交ったが、取り乱した女の子である。当たらなければどうということはない!・・・ってどっかで聞いたな。


 まだドアの前でオロオロしているソディア様を放置して、勇者様の部屋に向かう。

 コンコンコン、トントントンッ、ドンドンドォン、ガァンガァンガァンッ!!

「勇者様、従者パルシウス、入ります!」

 ガチャッ!いざ、ワールドクエストへ・・・?勢いよく飛び込んだものの、あれ、精霊たち、何か俺を避けてない?

「鉄だぁ・・・鉄臭いぞぉ」

「またこいつだ・・・もう飽きた」

なんかゴチャゴチャ聞こえる。暗くなった部屋に炎がポツリ。しばらくその状態で・・・炎も消え、暗闇も去った。え?もう終わり?・・・ラッキー!!ここの『仕事』についてから純粋にうれしかったのは、これが初めてかもな。

 で、あとは本命の・・・今日は起きてくれないのか。とりあえず勇者様、毛布は着てるし、

近寄って・・・ふう。寝顔も可愛いよな、こっちは。ヘアバンド、寝てるとき忘れずにつけてるのか。カチューシャにティアラ、ヘアバンド・・・こいつは凝ってるな。妹と違って。つい髪に触れてしまう。最近、俺、髪フェチ?ただ・・・ソディと話して思い出しちまった・・・。

 もともと、俺が子どもの髪を撫でるのは、こいつらを撫でるためだったんだな。村の妹や弟・・・パーラとフォグルシスのためだと思ってたし、それはそれで間違いじゃないけど、その前もあったわけか。

 触れる度に七色に移り変わる美しい光の滝・・・絹のような手触り・・・安らかな寝顔。

 勇者様・・・か。こんな無邪気な女の子を勇者として奉って、俺達人族は・・・。もちろん、こいつは強い。何度か見た本気の斬撃は思い出すだけでゾッとする。でも、まだ16歳で、食いしん坊で・・・昔は、泣き虫だったはずだ。

 小さい頃の記憶は、中途半端だ。きっかけがなければ思い出すことも難しい。封じられた影響なんだろう・・・。

 エンに触れていた手が、止まる。アイネイアの最後に触れた手だ。この手で触れていいものではない。その罪悪感からか、ソディにはつい、あんなことをしてしまったが。

 勇者エンノなら、あの娘を救えたのだろうか?あの娘に、『死』以外の救いがあることを示すことができたのだろうか・・・。そして、俺がやっていることを知ったら、こいつは俺をどうするのか?こいつになら、俺は殺されてもいいんだがな。

「ん・・・んん?」

 エン・・・勇者様が目を覚ました。俺を見た勇者様が、今日も優しく微笑んでくれた。

「・・・はい。おはようございます。勇者様。」

 この後は、例によって大変だったが・・・俺は近いうちに出血多量で死ぬかもしれない。それでも昨日よりは随分早く終わった。

 ドアを開ける。

「お・・・エン姉。一緒に行こうぜ。」

 顔を赤くしたソディア様がまだ部屋の前にいた。一人で食堂に行くのが恥ずかしいらしい・・・意外に似合ってるんだがな。勇者様もソディア様の髪をナデナデして、何か褒めているらしい。ソディア様も少し安心して二人で並んで歩いて行った・・・とてもほほえましい。仲良きことはってヤツ。

 さて・・・お隣はどうしよう。手伝いに行くべきなんだろうか?護姫様・・・一番朝は大変らしい。あんなに普段はしっかりしているんだが、ただ昔のシル姉もあんな感じだった。が・・・いまの護姫様・・・あんなに育ったシル姉・・・いかん、想像しただけで鼻血が。

 ミュシファ先輩・・・すみません。お手伝いできません。よこしまな俺を許してください。


 朝食前、妙に大人しいソディア・・・戦姫様と、それにどう反応するべきか困惑する野郎二人。セウルギンさん、「触らぬ紙に折り目なし」って・・・ホント、なんも無さそう。キーシルドさん、そんなに聖句を唱えなくても不吉なことは起こらないと思いますよ。

 遅れてやってきた、普段通りの護姫様と、昨日同様に疲弊しきったミュシファ先輩・・・。

「二人とも、今日は随分と早いのだな。従者パルシウスの努力がしのばれるな。」

 ・・・その気遣いはミュシファ先輩に向けてあげて。彼女、もう生気が感じられない。

「・・・パシリ・・・ズルしたでしょ。こんなに早く終わるなんて・・・」

 どういうズルをすれば、そんなことできるんだろね?ズルじゃないはず。


 さて、朝食の後片付けも終わり、俺は一度街の様子を見て回った。運送ギルドの者が二人死んだのは、少し探ればわかる程度に広がっていて、逆にこのニュースのおかげで本当に探りたいことが聞きにくくなっていた。ち・・・。で、宿屋に戻り、ミュシファさんと確認する。

「・・・あ・・・と・・・あの・・・アイネイアという捕虜のことで・・・コルンさんたちが城館に行って彼女に尋問しようとしたんだけど・・・その・・・引き渡したのはこっちなのに、無言で追い返されたって・・・あたし、事情を調べてもわかんなくて、パシリ、なにか知らないかって・・・連絡あって。」

 なるほど・・・城主との連携もイマイチか。戦場の勇将もけち臭っていうか、事の根幹がわかってない。それは城で預かった情報源を殺されたんだから大変だけど、隠蔽するのはダメすぎる。殺した本人が言うべきじゃないが。俺は少し迷った。話すべき・・・かな。

「・・・アイネイアは、死んだ。地下牢で暗殺されたって聞いています。」

「ウソッ?城館の地下牢で暗殺なんて!・・・そんな・・・ちょっと待ってて。今コルンさんに・・・。」

 ここから?ああ・・・『隊章』ってヤツか。スマホみたいだな・・・なんじゃそりゃ?

とは言え、コルンさんは外出中で、距離があるせいか、一心不乱にすごい集中している。魔力もけっこう消費しそうだ・・・しかし、そんなこと、台所でやるか?・・・他に人気はないが。

 

 まだ昼前・・・今は仲間たちの半数以上が不在・・・俺は、堂々と宿から出かける。疲れは取れた・・・ひょっとしてチャンスなのか?そう思ったんだ。逆に昨夜のうちに行かなかったことを悔やんだ・・・どうかしている。いや、それは今もだ。『仕事』でもないのに。

 聞き出した場所まで、急いで半日程度。衛兵の馬は出払って借りられないが、まあいい。森への斥候に使うって言ってたな、今さらだがやらないよりマシ。手ごわい敵ほど予定を早めて、あるだけの戦力で攻めてくるだろうし。そうなると、俺も自由には・・・。『仕事』以外の時間は、最後になるかも。

 結局、俺はミュシファさんを置いて一人で向かうことにした・・・滅空が潜む隠れ家へ。


 アイネイアから聞いた滅空の隠れ家は、南西のエルドネス氏族の自治領内にあった。もともと西方に勢力を持っていたエルドネス氏族は、西のボーグの森をオーガに侵食され落ち目だが・・・関係あるか?あるかもな。なにしろ、今の俺は単なる職業柄以上に人間不信だし。

 そもそもエルフ族と親しい関係にあったエルドネス氏族なのに、そのエルフ族がゴウンフォルド氏族の勇者エンノ様に先代世界樹の芯核の刀を託したのが、面白くないらしい。そんなこともあって、族長連合の中でも両氏族の関係は微妙だ・・・。

 ・・・俺は、なぜ、ミュシファさんに滅空の隠れ家を言わなかったのだろう。きっと、言えば、アイネイアから聞いたことを言わなきゃいけない。そしたら、俺が殺したことがばれるかもしれない・・・コルンさんなら、そのくらいは疑う。それは俺が信用できるできないとは別次元で彼女は、そういう人なんだと思う。それに、何よりも俺が決着をつけたいんだ。

 俺がアーザイル師を殺した。それが、シンとアイネイアの運命を狂わせた。その責任から逃げるわけじゃないが、二人をいいように操った滅空と言う司祭は許せない。

 勇者様・・・あの滅空が勇者様について語ったことを思い出し、腹が立った。あんな勇者様・・・。今思えば、辛そうだった・・・あの時は気が付かなかったけど、勇者様は、あの時辛そうだった。アイネイアを切り伏せ、シンも斬ろうとし、アイネイアに無理やり眠らせ・・・今なら辛そうだってわかる。俺が、アイネイアを暗殺した時と、同じ気持ちだったのかもしれない。できればしたくないけど、それしかないって。だから?今俺は一人で行くのか?・・・自分の気持ちなんかわからない。俺の心がわかるのは、リュイだけだ。俺にだってわかるもんか。でも、きっとそうだと思った。

 

 太陽は厚い雲に覆われ、本日は曇天日和だった。ふん。どうせ真昼間からの単独行。慣れてるさ。エムズ川を越えて、エルドネス自治領に侵入する。手形ないけどな。南西のややさびれた集落に入ると、大きな石づくりの建物が目についた。多少古びているがまだまだ頑丈だ・・・ここで石づくり?目立つなあ・・・悪事なら 人の迷惑顧みず 人のいる場で 堂々とせよ・・・なんてどっかで聞いたかな。滅空ってやつ、ふてぶてしそうだし、ここで正解かな。

 暗灰色のフード&マント。持ち合わせの『仕事』用アイテムに薬。愛用のイアードダガー。アーマーはなし。人目を避けて、一通り準備する。今日あたりは拳銃が恋しいけど、頭の中の撃鉄は落ちなかった。


 高位の「検知妨害」と「魔力検知」。高価な使い捨てスクロールだが、珍しく使う。正直、対聖職者はあまり経験がない。なにしろ、族長連合ではさほど宗教関係者をマークする必要がないせいか、任務としてやることがなかった。加えて、高位の聖職者はガードが固い上に、暗殺に成功しても後で「神託」で犯人を告げられたり、最悪「蘇生」させられてしまう。低位の聖職者なら、わざわざリスクを冒して暗殺する必要がない。

 そもそもホルゴスや族長連合を守るのに、聖職者と対立する理由がなかった。今までは。

今回は『仕事』じゃないし・・・アサシン失格だ。


 大きな石づくりの屋敷。もとは集落の長の屋敷だろうか?今はさびれているようだが人の気配を感じる。石の塀を越え、潜入する。人はちらほらと歩いているが、一瞬で十分だし、まだ夕刻で警戒も緩い。「魔力検知」のおかげで怪しい警戒魔術は回避できたし、「検知妨害」で「結界」や「敵検知」も大丈夫のはず。とは言え、いつもの手順は欠かさない。自分の敵意を捨てる。そもそも侵入と考えない。そんな精神状態に持っていけば、まず安全・・・。音は魔術なしでも全く立てない。姿を見せるドジはしない。侵入経路は、推測できた・・・ふん。着いた。奥の一室にいる白い聖衣の聖職者・・・ヤツだ。が、音もなく近寄る俺に、奴はゆっくりと振り向いた。その瞳が俺見る・・・と同時に、俺の肢体が、まるで鉛になったくらい重く感じた。魔術・・・反応も気配もなかったのに!

「『聖域』だ・・・ここまで来るとは、厄介な方のようだが、わたしには天仏のご加護がある。同じ宗派の者以外は、必ず気づく。加えて、手足の自由もなくなる。」

 あと5mまで来たのにな。が、動けない訳じゃない。ためらわず一気に距離を詰める。逆手に持ったイアードダガーを胸に・・・ち、かすっただけか。滅空は間一髪で後ろに飛びのき、聖衣一枚を切られただけで逃げ切った。どうやら、ただの司祭ではない・・・わかってたつもりだったが。ち。驚くヤツの顔・・・?頭の奥がちくっとする。

「この空間で、その動きとは!何者か!・・・出あえ!曲者だ!」

 ・・・しくじったかな。10人ほどの僧兵が現れた。両手持ちの鉄棍にチェインメイル。

 ダガーで相手は、ちとつらい・・・何より『明るく』て『乱戦』は、職業柄得意じゃない。「室内戦」は本望なんだが・・・何より体が重い。

 が、それでも俺は負ける気はない。滅空を見逃す気もない。俺を甘く見たバカは、間合いを詰め、首筋にダガーを立てて、処分した。即死だ。

「・・・できる。うかつに近づくな・・・まず逃げ道を塞げ!捕まえて背後を吐かせろ!」

 冷静だな。もっとも逃げる気がしない俺にとっては戦力を分散してくれてありがとうだ。アサシンとしては失格なんだが、でも俺は今『仕事』で来てるんじゃない。私情だ。ホルゴスのため?人族のため?知るか!

 鉄棍が眼前に迫り、風圧がフードを飛ばす。が、その合間に間合いを詰め、心臓にダガー・・・刺突武器に弱いチェインメイルは、俺のイアードダガーを防げなかった。二人目っと。

「・・・キミは、勇者の一行にいた、あの少年か。アーチャーではなくこちらが本職かね?」

「ああ、あっちは趣味だ。こっちは特技かな?・・・本業は観光案内。冥途の案内も得意だよ。」

 僧兵は、俺の包囲を固めに入る。滅空がその分厚い壁の後ろから俺に話しかけてきた。

「少年よ、キミのことは気がかりだったのだ。瞳の奥に隠された暗闇・・・キミの苦しみは勇者には払えない。勇者エンノは何も語らず、何も理解せず、何も救わない。ただ殺すだけだ。」

 滅空の声は妙に俺の心に届く・・・なんか使ってやがるな、人のことは言えないが。でも。 

アイネイアを斬り伏せるしかなかった勇者様。シンを殺そうとした勇者様・・・。その姿が浮かぶ。しかし、俺は自分に言い聞かせる。それは、きっと、アイネイアを殺した俺と同じで・・・。きっとつらかったはずで・・・。

「・・・お前は、あの二人を救ったつもりなのか?シンとアイネイアを救うと言って利用しただけじゃないのか?あんな実験をさせて・・・お前を逃がしたシンは死体も残らなかったぞ。」

 そしてアイネイアは俺が殺したんだ。

「死体など、所詮は元入れ物。大切なのは魂。私は、あの二人が、生きる目的も術も失っていたので、それを与えてやったまで。正しく復讐する相手とその手段を。生きるしかばねの様だった少年と少女が、再び魂を暗く輝かせて、復讐に挑み倒れた。実に素晴らしかった。」

 何か、俺の背中に冷たい何かが走った。

「あの二人は、復讐を求めた。だから、それを差し上げた。キミは何を望む・・・。その苦しみから逃れることではないかね?」

 頭にしみいる甘美な声。胸を圧迫するような深紫のまなざし・・・。

「勇者のそばにありながら、なぜそうも暗い闇をその目に宿しているのですか?勇者に救ってもらえないからでしょう?勇者エンノはなにも語らない。何も理解しない。何も救わない。目の前の敵を滅ぼすだけの時代遅れの決戦兵器。このままでは、キミは、キミの苦しみは、救われません。」

 いけない・・・こいつの声は、俺の心を侵食する。聞いちゃ、いけない・・・でも

この苦しさは・・・わかってもらえるんだろうか?

勇 者様には決して言えない、この無能な「兄」で、密偵で、人殺しの、この俺の苦しみを。

「キミの苦しみを救えるのは、勇者ではない・・・我が第六天の主が、キミの苦しみを、悲しみをきっと癒し、救い、忘れさせてくれるだろう。少年よ、我らなら、キミを救うことはたやすいのだ。わが主は、どんなに愚かで罪深いものも救ってくださる。」

 自分でも意外なほど動揺している。思っていたより、ここ数日の出来事が響いていている。人を殺して、報われなくて、そんな俺を救ってくれる?それは勇者ではなくて・・・。

 でも、その時、アイネイアの最後の言葉が、表情が思い出された。

 彼女は、こいつらに救われたのか?あの穏やかな表情は、滅空のおかげじゃない。滅空がよこした復讐は生きる目的になったかもしれないけど、彼女にとっては生き地獄だった。その彼女が、最後に笑顔で世を去ったのはなぜだ?決して滅空のおかげじゃない。

 死が救いじゃないけれど、彼女は俺に騙されたふりをすることで、自分で自分を救ったんじゃないのか。俺に自分の罪を話したことで少しでも償ったんじゃないのか。あの子は罪を侵したけれど、もう赦されるんじゃないのか。あんなに謝って、あんなに苦しんで、あんなきれいな死に顔で・・・。だから彼女が救われたのは、彼女の行いによってのはずだ。

 俺はアイネイアの死を忘れない。こんなにつらいけど忘れない。

 彼女を殺した俺は赦されなくていい。救われたくなんてない。でも忘れるなんて絶対しない。

 それを・・・一方的に癒す?救う?忘れさせる!?・・・。違う・・・違う・・・違うぞ!

「俺の心は俺のものだ。俺の苦しみも俺のものだ!神にも仏にも勝手に奪わせたりしない!だから貴様らに俺は救えない!いや、俺は、誰にも、勇者様にだって救ってもらわなくていい。ただ、時々、誰か愚痴を聞いてくれて・・・。」

 甘やかして、抱きしめてくれれば・・・もう会えないあの子がしてくれたみたいに。それくらいで十分だ。救ってくれなくていい。

「それは、思い上がりだ、少年!それはただの慰めだ。ごまかしだ。救いでもなく幸福でもない。人は天仏の救いと加護なくして幸せになれぬ。それを他の何かが、人や勇者如きが代わりに行うことは許されぬ!」

「貴様が、勇者様を語るな。貴様に勇者エンノの何がわかる!人の、俺の心すらわからないお前が!笑っちゃうぜ、滅空。お前はえせ救世主野郎だ!」

 それを聞いた滅空は、眉をしかめ、そして、ふっと小さく笑った。

「存外な頑固者だな。勇者の近くに、いいオモチャが見つかったと言うのに・・・。残念だな、少年。だが、勇者エンノは何も語らず理解せず、故に人は救えぬ。それが真実なのだ。」

 そう言って、厳かに俺に死を告げようとしたのだろう。透明な数珠を振りかざし、

「愚かな少年よ。そんなキミにも救いを与えよう。死と言う救いをな!・・・燐!豹!刀!邪!壊!塵!烈!罪!全!!」

 高位のプリーストが行う「死の宣告」・・・対象に死を告げることで、対象は下手すりゃ即死、良くても半死半生のあげく悪運に見舞われ、相当に死にやすくなってしまう・・・の詠唱に入ったようだ。生きてるうちに引導を渡すってことらしい。冗談じゃない。死んじまう・・・いや、死は覚悟してここに来た。それでも、こいつに、この場面で殺されると、何か、言い負けたような気になってしまう。いや、俺が負けるのも仕方ない。でも勇者エンノが負けるような・・・それは絶対許せない。

 これは、ここでだけは死ねないな。初志不貫徹・・・いや、臨機応変で。そして俺が重い体をなんとかして遁走術に入ろうとした瞬間。

 轟音とともに分厚い石の天井が崩れ落ち、きれいな虹色の輝きが降臨した。

「・・・!」

 右手に長大な光の精霊槍を持ち、左手に優美な先代世界樹の芯核の刀・・・銀のティアラに飾られた虹色の髪は半ば逆立ち、全身がその輝きに包まれていた。そして、その虹色の瞳が俺をにらんでいる。そのオソロシイのナンノって!一瞬で背筋が震えあがった。こんな思いは・・・初めてかもしれない。さっきまでの異常に重い苦しさが、吹き飛んだ。

「すみません!勇者様!」

 俺はなぜか反射的に謝ってしまった。勇者様は俺をギロリと不機嫌そうに一瞥し、そのまま滅空に向かっていった。

 あっけにとられる俺・・・戦場で命取りだ。実際、僧兵たちの方が俺より早く立ち直って、鉄棍を俺にふるった・・・実は俺は無警戒で、本当はここで死んでたかもしれない。 

「バカですか、あなたは。」

 いつの間にか、俺の前に白く美しい幻獣がいた。そいつは俺に近づいた僧兵をいきなり3人くらい吹っ飛ばした。で、頭の中に響くこいつの思念・・・。

「え?・・・お、お前・・・。」

 こいつは勇者様の召喚獣のユニコーン・・・。村跡に行く時とか、他の馬たちと一緒に俺が世話しようとしたら、プイって感じで遠ざかっていったヤツ・・・勇者様がここに現れたのは、ユニコーンの「転移」か!でも、なんでここが?

「はぁ・・・仮にも我が主の従者。主のご意志であるならと思い仕方なくこうして、守ってさしあげたのに・・・このいくさばで、ボ~ッと突っ立って・・・死にたいのなら、主の見えないところで死んでいただけませんか。もし死にたくないのならば、わたしから一馬身以上離れませんように。」

「わりい。俺、今ちょっとコミュ障気味で・・・てか展開急で、何がなんだか・・・どうして勇者様がここにいらっしゃるのか・・・。」

 あ?あそこに隠れてるのはミュシファさん?え?俺、あの子につけられた?ウソ?

「ええ、そうです。あのスカウトの娘が珍しくいい仕事をしました。まぁ、それもあなたの薫陶あってのことと聞き及んでおります。」

 そう言いながら、また一人踏みつけていた。容赦ねえな、こいつ。

「クントー・・・俺、なんかしたっけ?」

「あなたが、野外での追跡術をお教えしていたのを見ておりましたが?」

 ああ・・・って、あの基本だけで、コツをつかんだのか?意外に素質はあるんじゃ・・・ってそれにしても尾行にも追跡にも気づかない俺は、やはりどうかしていたんだろう。

 そんな、ユニコーンとの会話をしているうちに、勇者様に追い詰められた滅空は、転移アイテムを使って逃亡した。残った僧兵も、ユニコーンが蹴飛ばし、踏みつけ、吹っ飛ばした。

 ち。滅空に逃げられたか・・・。一段落すると、勇者様が俺の方にゆっくりと近づいてくる・・・あれ?ユニコーンさん、何で逃げ出すんですか?・・・ドン!芯核の刀が床に突き立てられる・・・え?にらまれてる?勇者様・・・さっきの謝罪じゃ足りませんか、てか、何で俺怒られてるんですか、ねえ?そこに座れ的な身振り・・・正座しろって?

 その後は、絵的にはプンスカ状態で、耳的には優しい罵倒だったけど。さっきから何の身振りだろ、あれ。・・・あ!

 何か大きなものを振り回す動き・・・「戦姫様?」

 ぶっすらして盾構えるのは・・・「護姫様。」

 で眼鏡かけてる・・・「コルンさん!」

 何か浮かんだ的なリアクション・・・「セウルギンさん。」

 堂々としたと思ったら急に泣き出す・・・「キーシルドさん。」

 おどおどアワアワ・・・「ミュシファさん。」

 ・・・うまい。みんなの物まねが異常にうまい。で、俺を指さし?で、自分を指さし、更に両腕で大きな大きな輪を作った。

「物まねとても上手ですね。ええと、隊のみんなと、俺?・・・で勇者様で、輪?・・・みんなの輪に俺もいる?」

 得意げにウンウンの勇者様。そして、今度は膝をついてかがみこみ、俺の手を取った。

「俺と・・・勇者様・・・仲間なんですか・・・。」

 ウンウン。笑顔でうなずく勇者様。で、さっきの追い詰められた俺の真似する。で、今度はプンプン怒る。

「仲間なのに・・・勝手に危ないことするなって・・・心配するからやめろって・・・怒るぞって・・・そう言ってるんですか?・・・勇者様・・・。」

 ウンウン。今度は頭をナデナデされた。『よくできました、いい子いい子』なんだろう・・・。

「はぁ・・・主の身振りをああも容易く理解できるとは、得難い従者かもしれませんが・・・。」

 なんかユニコーンのため息が聞こえた気がする。でも、それも従者として認めてもらえたような気がした。勇者様に『仲間』として心配されたことがうれしかった。もっとも身振り手ぶり付きのお説教はまだ続いたけど。


 その後、しばらくしてセウルギンさんが転移魔法でコルンさんを連れてやってきた。俺は、しばらく罰ともご褒美ともいいがたい境遇で、コルンさんに放置され、セウルギンさんが生き残った僧兵に必要な処置を施した後、ようやく一時解放された。セウルギンさん・・・妙に深刻な様子だったけど、何かあったかな?

「パシリくん、続きは、この後。宿屋でね。」

 続くのかよ、コルンさん・・・。さすがにゲンナリした。

「あ、あの・・・パシリ・・・跡つけるようなことして・・・その・・・ごめん・・・。」

 首に巻いたスカーフをいじりながらモジモジするミュシファさん・・・謝ることじゃない。キミの立場としては当然のこと。

「しかし、ミュシファさんに後をつけられたなんて。キミ、ストーカーの素質があるよ。」

「ストーカー?」

 字義通りなら追跡者だが、この場合つきまといの意味で、通じなかったか・・・字義?

「えっと・・・パシリの様子が、変で、どうしても気になって・・・。」

 いい勘してる。それもいいスカウトの条件だよ。そう言って褒めたのだが。

「スカウト・・・そっちじゃないのに・・・バカ・・・。」

 何で『弟子』を褒めたのに、バカって言われてるんだ、俺?思春期め。言動が意味不明だ。


 その日の夜である。『黄金の大山塊亭』の離れ、『黄金の峰』。勇者様はまだちょっとプンスカしてた。まあ、最初の怖さがかわいさに変わってるから、多少は機嫌もよくなったのかな。戦闘中の銀のティアラを赤い花のついたカチューシャにかえている。どっちも似合うけど、凛々しさがかわいさに変わったって感じだ。一方、護姫様に戦姫様。二人とも置いていかれた感があるらしく、その矛先が俺に向くのは理不尽だ、自然災害だと思う。はっきり八つ当たりとは怖くて言えないけど。

「・・・従者パシリウス。事情を話してもらいたい。」

「何だよパシ公、てめえ一人で楽しいこと独り占めする気だったのか?」

 とか、もうさんざん。

 結局俺は、以前から西からの難民が増えていて、一方でエルドネス氏族領からの難民が妙に少ないこと気になっていて、そこに、怪しい僧侶の話を聞いた・・・。

 で、確証がないのでまず自分だけで行こうと・・・。

「へぇ~・・・そしたら『たまたま』大当たりだった、と。へえ~?」

 ここで笑顔のコルンさんは怖い。だが、細かい情報源を言っていないだけで、ウソではない・・・はず。俺も負けずに笑顔。

「すみません・・・でも、確証をつかむのが優先かと思いまして・・・ドジ踏んで向こうに見つかっちゃいましたけど。いやぁ、ミュシファさんが俺をつけて来てくれて、助かりましたよぉ。あらためてありがとう。ミュシファさん。」

 と、さりげなくミュシファさんにふる。ミュシファさんは赤くなってもじもじし始めた。

「あ・・・あたしは、その、前にパシリから教わったことを試しただけで・・・。」

「ま、ミの字にしては、よくやったじゃねえか。」

 ライオンの女王様が、上機嫌になったようだ。以前、ミュシファさんを責めていたのは彼女なりにはっぱをかけていたのだろう。ま、これで俺への追及が・・・あれ?

 ドン。そこに立ちふさがる勇者様。有無を言わせず、俺に右手を差し出した・・・え?

「あ、勇者様。一気に核心に迫りましたか。さすがです。そもそもそこが問題でしたね。」

 なにコルンさん意味わかんない・・・あ?わかっちまった。

「さっさと、正式に仲間になれ、と。」

 ウンウンの勇者様・・・かわいすぎるけど。

 俺が独行や暴走しないために、しっかり手綱をつけ、なにかあっても位置や状態を把握しておきたい・・・わかるけど。でも・・・俺は密偵で。信じちゃだめだ。

「やっぱり、さっしが早いね、パシリくん。そういう子、お姉さん好きよ。」

 コルンさん、ホント年上できれいなのに、妙にかわいい・・・。でも絶対なんか裏ありそう。

「ま、そうだな。従士になってくれると助かる。」

 いや、そんな簡単に言わないでよ、護姫様。あなたも不用心過ぎ。もっと後見役らしくして。

「パシ公。ここは、聞きわけてくんねぇか?わがまま言わないでよぉ」

 わがままはあなたですよぉ、戦姫様。

「逃散墓死・・・逃げたら死にます、何てね。」

 墓は立つんですね、セウルギンさん・・・?俺の墓碑銘が気になりますが。

「・・・パルシウス殿。」

 そんなに期待込めて見ないでください、キーシルドさん・・・。でも

「あのすみません・・・勇者様、みなさん、どうして俺なんか、そこまで信じて・・・買ってくれるんですか。」

「・・・」

 全員が顔を見合わせている。言えないのかよ?何か魂胆でもあるのかな?まさか影守に気づいて俺から情報を取ろうとか・・・。そんな人は・・・コルンさんくらいか。

 護姫様と勇者様と戦姫様が、一斉に顔を見合わせて、俺を見つめて、同じように首を右に傾けた・・・さすが姉妹。なんかでも、今、デジャブった・・・昔あったのかな、こんなこと。まさか、俺が元「兄弟」だったって気づいてる!?・・・そういうわけではないようだ。

 続いてコルンさんを見てしまう。俺が見ていることに気づいたコルンさんが答えた。

「防諜・・・わかるかしら?」

スパイ対策。ドキッとする。

「さすがに、ここの宿屋は、そういう対策も万全に近いんだけど・・・でも、こちらの手の内が読まれてる・・・どこかからか、漏れてるかもしれないの。」

 ま、コルンさんならそう思うだろう・・・あの『処理』のタイミングは、ひどかった。密偵の立場を・・・いや、今はそんなことを考えるのも危険だ・・・切り替える。

「それと俺の『従士』って、どういう・・・」

「つまり、この離れには隊員以外入れないようにしたいの。入ってもわかるっていうか、そんな風に。ね。」

 セキュリティ対策ってことか。しかし、その隊員の人選に問題があるって思うんだけど。密偵を隊員にしても、なあ・・・。どうも引っかかる。

「・・・俺を入隊させる理由にはなってませんよ。そもそも俺が信用できるかって話で。」

「信用できないものを、誘わぬ。」

 いや、誘ってるから!信用しちゃいけないから!

「おめえがいると、いろいろ便利なんだよ。」

 ま、雑用っていうか、使いっパシリは得意だが。

 しかし、みんな人を信じすぎだ。そりゃ、デリウエリさんは、ちゃんと隊に入って仕事しろって言ってるし、アルデウス様のお役にも立てるんだろうけど。組織のためにはなるんだろうけど。

「あの・・・えっと・・・あたし、あたし、できれば・・・パシリに、もっと教えてほしいの。」

 キミはそれ以前にそのコミュ障をなんとかしようよ。急に思春期は終わらないだろうけど・・・。

 自分でも、今の『任務』からすれば正式に入隊した方がいいのはわかっているが・・・何でこんなにためらうのだろう。

 ずい!再び目の前にキレイな右手の甲。指も爪もきれい・・・いや、そこじゃない。

「あのですね、勇者様。」

「ん!」

 三度差し出される右手。問答無用、とその目が言っている。あ~、こいつ普段大人しくて泣き虫のくせに一度言い出したらソディよりワガママだったな。結局三姉妹は全員素はわがままかよ。

「放っとけの顔も三度まで・・・そろそろ観念しませんか?」

セウルギンさんがそう言い、キーシルドさんが肩をポンポンと叩く。ああ、男女比の問題か。そんなに仲間が欲しいのか・・・。この場合、仲間と書いてイケニエと読む。


 勇者隊の必要と『仕事』の都合。どちらも一致しているのに、なぜ俺はこんなにためらうのか。あいかわらず自分の心はわからない。リュイは『本当の仲間』になれって言ってたけど、

 それは、ただ正式入隊することではあるまい。

 結局俺は臨時隊員のままで、仮の『隊章』を刻んでもらうということで押し通し、みんなもとりあえず今はそれで納得してもらった。

「ち。おめえも無駄に頑固でワガママだな。」

 あなたには言われたくないです。

「ぶう。」

 勇者様、そんな不満そうに口をとがらせないで・・・本当に子どもみたいなんだから。後でおやつ作ってあげますから。


 その後、コルンさんが、陣法術を使って、勇者様の右拳に刻まれている・・・普段は見えない・・・紋章を、俺に分霊させることになった。もっとも『仮』だから、機能限定版で、戦闘時の連携強化と、所在通知、緊急信号発信くらいらしいし、しばらくすれば消えるとのことだ。

 勇者の印を、隊の印章として、刻む儀式。俺の受章は儀式の一環として隊のみんなが見守る中で行われ、俺は「パルシウスは勇者に忠誠を誓います。」という誓句を言わされた。俺はその戦士にしては柔らかい手をとり、二度目のキスをしたのだ。

 勇者様は少し不機嫌なままだったけど。


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