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勇者の従者は秘密のアサシン   作者: SHO-DA
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やさしいアサシン

 キミにはもう一度会って話をしたかった。でも俺が君たちの運命を狂わせたことを話す勇気はない・・・。キミが望み、俺が認め、組織が命じたキミの最後を、俺は・・・ずっと後悔しながら、それでも忘れることはできないだろう。だけど・・・。

 

第9章 やさしいアサシン


 真夜中にホルゴスに戻り、早速デリウエリさんに報告しようとした。でも

「娘のお礼をしたい・・・主がそう申しています。奥の間へ。」

 アルデウス様が直接俺に話がある、ということだった。

 俺はいつもの部屋に行き・・・と言ってもこの部屋の様子も毎回記憶に残らない・・・勇者の一行に加わったことや、俺の村跡で起こった出来事を報告した。

「・・・勇者エンノの一行ですね。彼女らも眼が高いと言うべきか、よくぞキミを雇ってくれたというべきか・・・。」

 アルデウス様は少しお考えをまとめようとしておられたようだ。そのわずかの沈黙の後

「勇者の従者、ぜひ勤め上げてくださいパルシウスくん・・・ただし、その動向に目を光らせるのを怠ってはなりません。」

 正式に命がくだった。しかし、ふと確認をしたくなった。

「僭越ながら、アルデウス様。影守としては、勇者様の支援をする、と考えてよろしいのでしょうか?」

 そうおれが問いかけると、アルデウス様は、不思議そうに俺を見た。

「・・・なぜそう思うのです?勇者と言っても今の時代、さほど影響力はありません。この時代に、取り残された存在。何も知らない民衆は期待しあこがれる。それを利用することは大切ですが、組織にとらわれず動く勇者は、時に組織の、ホルゴスの害になるかもしれません。だからこそ、キミがその動きを見定めるのです。お願いしますよ。」

 ・・・害になると思えば「処理」する。そういうことだ。もちろん、それは、いつもの俺の『仕事』だ。


 やっと寝る・・・。俺は訓練のおかげで、眠るべき時は眠れる。自分のごちゃごちゃしたものは眠りとともにどっかに押し込んでいるらしい。いつか底が抜けるんじゃないかってのが最近のちょっとした不安だ。

 で、翌朝。今日から従者としての生活が始まる。とは言え、若い娘が多く、そっちは従士で先輩のミュシファさんの担当で、俺はいい年の男二人担当、そう思っていた。

「パシリ、そっちじゃないの。こっち。」

 ミュシファさん・・・何か妙に強気・・・ちがうな。殺気立ってるな。離れの『黄金の峰』に入ったとたん、腕をがっしりとつかまれてグイグイ引っ張られる・・・キャラ変わってねえか?

「朝は戦場よ、パシリ。覚悟して。」

 ・・・誰だよ。変わりすぎこの人。どこの鬼軍曹だか、目がもう吊り上がってるよ。で、連れていかれたのが、戦姫様のお部屋の前。

「あのさ、まさか俺に戦姫様の朝の身支度をしろ、と?」

「そうよ。大丈夫。三人の中じゃ、一番しっかりしてるから。朝は。」

 ・・・まるでイメージ湧かねえ。どんな展開だ?いや、待て、そこじゃない。

「あのさあ・・・戦姫様ってあれでも15歳の娘さんで、男の俺が身支度とか・・・ダメだろ?」

「それも大丈夫。あの人たち、それは気にしないから。」

 ・・・気にしろよ。年頃だろ。全く。族長たち、どういう育て方をしやがった?

「とにかくゴチャゴチャ言ってないで。あたしは一番大変な護姫様のお部屋に行くから。もしも、あたしより先に戦姫様の身支度が終わったら、勇者様もお願い。いいわね!」

 そう言い切ったミュシファさんは、護姫様のお部屋に行き、ドンドンドン。ガシャ。

「ミュシファ、入ります!」

 ・・・それ、ノックの意味あんのか?ま、言うまい。女同士だし。先輩だし。問題はこっちだ。一応17歳の男子の俺が15歳の乙女・・・ぷっ笑っちまう・・・を起こして身支度を整えると言うこの事態だ。上流階級ならともかく・・・あ、上流階級か。意外にも。

 カギは空けてはもらった。まあ、一番マシらしいし・・・これじゃ終わんないし。コンコンコン。

「戦姫様・・・戦姫様・・従者のパルシウスです・・・戦姫様・・・」

 コンコンコン・・・トントントン・・・ドンドンドン!・・・ガンガンガン!!・・・気配がしねえ。やむなし。入ったら無礼討ちとか、着替え中で「きゃあ」とか、ねえよな?

「戦姫様・・・従者パルシウス、お部屋に入らせていただきます!」

 入った・・・。で、恐る恐る大きな寝台・・・4人は寝られそう・・を見る。どっと疲れる。確かに今は夏である。確かに暑いが、年頃の娘が・・・いろいろ小さいとはいえ・・・この寝姿はいただけない。半裸で大の字・・・掛け布団も毛布も部屋の片隅だ。まあ、らしいと言えばらしいのだが・・・で『これ』を起こすの?赤いパンツ一丁の娘さんを?小さいとはいえ、まあ、ふくらみは皆無ではない。寝顔だけ見ていれば、美少女である。見ているだけで、罪悪感とか、男の発作とか、やばいんですけど・・・。で、部屋の隅に飛ばされた毛布を取ってきて、上からそっとかける。ふう。これで正視できる。こいつ、何かニヤニヤ笑いながら寝てやがる。いい夢見てやがるんだろうな。

「戦姫様・・・戦姫様・・・」

 と呼びかけること十回以上だが効果なし・・・ここは、殺気を感じれば起きるとかのパターンか?・・・それは俺が死ぬだろう。で、近寄って穏便に肩を揺する・・・こいつの肩、細いな、どっからあんなバカ力が出るんだろ・・・で、数回目。ぶうん!寝返りを打ちつつの裏拳が飛んできた。その勢いは、直撃すれば骨折では済まないだろうというレベル。

「ミュシファさん、今までよく生きてたな。」

 初めてあの子に心から感心する。で、めげずに揺する。また、裏拳。次は蹴り。・・・。死ぬってば。それでも四度目にして

「あ・・・あ~あ・・・お、パシ公か。おっす。」

 と言いながら半身を起こして両手を上にあげて体を伸ばす・・・毛布がずり落ちる。隠せよ。見えちまう。

「どうした?目を背けて・・・あ、パシ公、さては見たことねえだろ?」

「年上の男をからかうと、ロクな目に遭いませんよ。戦姫様。」

 言ってみただけである。誰がこいつにそんな目を合わせられるっていうんだ。ムリだって。

「はいよ・・・じゃ、替えのパンツ出してくれ。」

「・・・はぁい。」

 突っ込んだら、何かに負けそうである。俺はこの後、なるべく平然と戦姫様にお着換えを用意し、脱ぎ捨てたものを洗濯物用のカゴにいれる。それでも、目の前で、しかも正面を向いたままパンツを脱がれた日には、まだ薄い茂みが見えて、マジ心臓がやばかった。つい慌てて後ろを向く。やべっ鼻血・・・俺も若いな・・・。

「やっぱ、見たことねえのか?」

 2歳の俺がおむつも変えてやったし、4歳の頃は一緒に川で水浴びしたけどさぁ。

「戦姫様・・・お願いですから、そういうのはやめてください・・・。」

 我ながら気弱な声が出た。正直、泣きたい。

「ち・・・お前、これくらいじゃエン姉やシル姉の世話なんて務まらねえぞ?」

 は?タンクトップとか、シャツとかを出していた手が止まる。

「エン姉は寝る時はパンツ履かねえし、俺みたいに自分で着替えとかしねえし・・・。」

 ・・・マジ?・・・ダメだ。一瞬何かを想像してしまいそうな自分を振り払う。

「シル姉に至っては・・・やばすぎて言えねえし。」

 ・・・ミュシファさん、まだ生きてるかなぁ?

「ああ・・・パシ公。エン姉が無防備だからって、ユニコーンに乗れなくなるようなことをしでかしたらどうなるか、わかるよなぁ?」

 ぶっ!人族の決戦兵器にそんな真似はしません!それは人類史に残ってはいけない黒歴史である。どうせ残り少ない人類史だとしても。

「もっとも・・・それ以前に、あの部屋に入って、何分持つやら・・・。」

 そう言いながら戦姫様はかわいそうな生き物を見る目で俺を見ていた。

俺はそんな戦姫様に、次々と着替えをわたし、最後はブラシで髪を整えることまでした。

「お・・・お前、なかなか器用だな・・・ブラッシング、うまいじゃねえか。」

 野生動物でも肉食獣でもブラッシングは嫌いじゃないらしい。まあ髪なんだけど・・・こういうとこは、やっぱり女の子かな?

 最後は戦姫様を部屋から追い出して、脱ぎ散らかした服の片付けや寝具を整える。この辺は慣れてる。

 で、散々不安をあおられた勇者様のお部屋に向かう・・・護姫様・・・まだなのか?ち。


 はあ。覚悟を決める。実は会いにくい。昨日、アイネイアを斬った勇者様に、俺は非難めいた声を上げてしまった。あれ以来、ろくに顔を合わせていない・・・。

 コンドンドオン!一回ごとに大きくなるノック。ささやかな俺の気持ちである。が、反応はない。

「勇者様・・・従者パルシウス、お部屋に入らせていただきます!」

 ガチャ・・・。見た。俺の中でいろいろ吹っ飛んだ。すぐにドアを閉める。見たものを理解しようと努力する・・・。ムリ。

 カオスだ。部屋中に、何か小さい炎とか、水滴とか、動く石とか・・・風の音も聞こえたな。で明るくなったり暗くなったり・・・なんか、こう・・・原初の世界、みたいな。・・・精霊界?

 精霊の加護がない俺が、呪文も何もなしで精霊らしいのが見えるんだから、そうかもしれない・・・熟睡してる勇者様・・・行者エンノの周りは、精霊界につながってる?いやいや・・・そんな世界的な神秘現象がこんなに身近にあっていいのか?いや、ない。

 気を取り直して、ドアを開ける・・・やはりカオスだ。ここに入って、あの中心で熟睡している勇者様を起こす?それは世界的なクエスト、ワールドクエストってやつだろう?なんで一介の宿屋の一室でそんな大冒険をしなきゃなんないんだ?

 ミュシファさん・・・くじけそうになった俺は隣室に思わず助けを求めたくなった。が、向こうは向こうで孤立無援・・・いや、「これ」を今まで一人でやっていたのか。あの子、すごいな。彼女がやっていたことと比べれば、このワールドクエストくらい大したことはないはずだ。

「従者パルシウス、行きまぁす!」

 俺は三度目の正直とばかり部屋に飛び込んだ。

 中に入る・・・その後、主観時間にして2日間、精霊たちは俺で散々遊んでくれた。3日目の朝、ようやく精霊たちは俺で遊ぶのに飽きて「なんかこいつ鉄臭い」とか言って、消えた。どっと疲れた。

 もう真っ白な灰になった俺だったが、さわやかに目覚めて起き上がった勇者様が、俺を見て笑いかけてくださった。俺が勝手に抱いていた気まずさなんて、勇者様は全く感じさせなかった。ところが、勇者様の毛布がずり落ちた瞬間、俺は鼻血を噴き出して倒れた。

 戦姫様が言ったのは本当だ。ヘアバンド以外、何にも身につけてない。年齢相応のふくらみとその先っぽ、かわいいおへそ、その少し下の淡い飾り・・・。その衝撃に意識を失いかけた俺だが・・・マジ天界見えた・・・精霊界の次に天界に行ったらすごいクエストになっていただろう。ワールドクエストを越えた、超次元クエストみたいな。神話級か?生還したらだが。

 それでも何とか現世に踏みとどまって起き上がる俺を、慌てた勇者様が近寄って・・・

「ストップ!てか・・・そこで、止まって勇者様・・・。今は寄らないで・・・」

 なんか悲しそうな顔をする勇者様だったが、こっちだって、あの姿の勇者様に近寄られ、触れられでもしたら、正常な男子として少々自信がない。「ユニコーンに乗れなくなる」こと・・・ダメだって。殺されるくらいじゃすまないって。まずは、毛布を渡して、体を隠してもらう。

「そこで首をかしげない!ちゃんと体に巻いて!」

 この人、俺が何にてんぱってるのか、全くわかっちゃいない。誰か人の世の常識と言うものを教えてやってほしい。精霊たち、この人を愛しすぎだ。全く。族長たち、ちゃんと躾しろ!

 で、ようやく呼吸を整えた俺だがこの後、勇者様に下着を着けさせるという・・・リュイとの羞恥な遊びがかわいく思えるほどの・・・試練を達成し、精魂使い果たした。

 その後の、「今日のお召し物」は、何とか意地で乗り切った。で、最後に椅子に座らせて、鏡の前で髪をブラッシングしようとしたら、勇者様は急に俺を止めて、自分でするって。あ、できるんならぜひ自分でやって。とは言え、生まれてから一度も鋏を入れたことのない虹色の髪を一人で手入れするのは大変そうで・・・つい手伝おうとしてしまう。ブラシをもって後ろ髪に手を当てる。勇者様は慌てて前髪のヘアバンドを抑えたが、「大変そうですから後ろだけお手伝いします」って、何とかブラッシングの許可を求めた。しばらく不安げな勇者様だったが、俺の慣れた手つきに安心したようだ。うまく終わり、後はご本人にまかせる。俺は勇者様が前髪を整えている間、服やら部屋やらの片づけを終えた。勇者様は、自分でやっていながら、自分の髪のセットに不満だったらしいが、それでも納得して、何とか部屋から連れ出した。

 バタ。隣の部屋のドアもほぼ同時に開いた。

「おお、従者パルシウス、ご苦労だったな。エン、お前も今日は早かったな。従者を困らせたりしてはいないだろうな。」

 などと、いつも通りの護姫様だったが、この状態になるまでどれだけ大変だったのか、後ろのミュシファさんを見れば想像がついた・・・。

「あ・・・パシリ・・・早かったねぇ・・・へへへ・・・ははは・・・。」

 さっきまでの殺気立ったと言えるほどのエネルギーは欠片もなく消耗しつくした彼女の姿に、

俺はただ涙した。

 朝食も大変だった。献立そのものは焼き立てのパンにチーズやハムにポタージュ、果物というちょっと豪華だがありきたりなものである。しかし、みんな食う食う・・・。しかもお姫様方、あまり上品じゃない。上流階級?・・・ただ寝相悪くて羞恥心がないだけだろ。

「お茶のお代わりはいかがですか?」

 以前も従僕をしていたこともあり・・・もちろん『仕事』で・・・そういうスキルも一通りのことは習得している。まあ宿屋のパシリ仕事の方が気が楽ではあるが。

「うむ・・・なかなかいい手際だ。従者パルシウス。」

「拙僧にもお願いいたします・・・お茶には目がありませんで・・・。」

 給仕も、なかなか大変だったが、あの「朝」の身支度よりは格段にマシ。朝食が一段落すると、俺とミュシファさんは後片付けに入る。

「・・・ミュシファさん、あれを毎朝一人でやってたの?」

 とか皿を洗いながらシンミリと聞いてしまった。でも、勇者様の精霊界クエストはミュシファさんはもっと長くて、主観時間で5日くらいだって・・・。

「だからあたし、毎朝みんなの6倍は年とってるんじゃないかって不安で・・・」

 サモアリナン。もっとも精霊界では時間の流れが止まってるとも言われるから気にするなとは護姫様の弁らしい。で、俺が二日で精霊に飽きられたって言ったら

「うそっ!ずる過ぎ・・・もう、これからは勇者様と戦姫様はパシリの担当よ、絶対よ!」

 って命令された・・・俺がもっと大人ならある意味ご褒美かもしんないけどなあ・・・。


 広間のみんなのところに戻ると、あ!

「勇者様!それは午後のおやつです、食べちゃいけません!」

 ・・・手遅れだった。本当にこの人、見かけによらず食べてばかり。趣味はつまみ食いで特技は大食い。いや、マジで。

「これも、いつもエンの周りにいる精霊が力を行使しているせいかもしれぬが・・・なあ?」

 自分でも本気で言ってない様子の護姫様。要はいつも無意識に周りの精霊にエネルギーを分けているんじゃないかってこと?・・・単に食い意地がはってるだけなんじゃ?

「仕方ねえよ、パシ公。おめえがおやつは何とかしろ。」

 逆らいたかったが、命の危機を感じてうなずいた。他のみんなもおやつは欲しそうだったし。

ち。アサシンに何させるんだ、この人たちは・・・。一服盛ってやろうか、全く。

「ところで、従者パルシウス。頼みがある。」

 ・・・せめて、おやつのメニューは一任させてもらいますよ!・・・じゃなくて?

「昨日の、あの弓術『矢止め』『矢返し』だが・・・あれを我に教えてくれまいか?」

「はい?」

「いや、我もいつかは単騎で城攻めくらいはしてみたいのだが、あの弓術は見事だ。我も・・・」

「待った待った。」

 つい素で反応してしまったが。俺の弓術如きを武芸百般の護姫様に・・・?

「護姫様は・・・弓術も『才』をお持ちなんですよね?」

「うむ。ただあまり修練をしたことがない・・・。」

 ・・・何か言いにくそうだ。事情があるんだろう。

「でも、ヨロイも厚いし・・・おそらく魔法的に防御もしてますよね?必要ないんじゃ?」

「確かにそうだが・・・しかし戦場ではいかなる局面があるかわからぬ。魔術の使えぬこの身としては、射程の長い弓も必要な場面があるかもしれぬ。・・・頼む!」

 正直いろいろ複雑だ。俺如きが人に、しかも『弓』を教える?親父が聞いたら、草葉の陰で笑い死ぬだろう・・・もう死んでるけど。 

「・・・天下の護姫様ともあろうお方が、俺なんかに頭下げないでください。」

 はあ、ホント。何やってるんだろ、俺。


 結局、庭で俺がヘロヘロ矢を撃って、護姫様がつかめるようになるまで1時間。そこからそれを素早くつがえて打ち返すまで更に2時間。でそれが一応『使える』レベルになるまで、2時間。追加指導で1時間・・・。

「『才能』あるヤツって、卑怯だよな・・・世の中不公平だ・・・。」

 つくづく実感したね。昼食をはさんで、たった6時間で護姫様は『矢止め』『矢返し』を5秒で打ち返せるまでになった。まだ午後の3時前だった。

「へえ?シル姉、もうできるようになったんだ?」

 戦姫様と勇者様が様子を見に来ていた。勇者様は護姫様の返し矢が的を射抜いたのと見て拍手していた。

「ああ、従者パルシウスの指導のおかげだ。今までのどの師匠より分かり易い。」

 ・・・うれしくねえ。ちなみに俺の経験上、ここじゃ『才能』がある人は感覚的にスキルを習得するせいか、人に教えるのはうまくない人も多い。感覚がピッタリだと、親父と妹や弟のようにすげえ上達することもあるが、感覚的にあわないと・・・特に俺みたいに左利きだったりすると・・・全く伝わらないことがある。その点、才能がない俺なんかは、試行錯誤の繰り返しで、その無駄な経験が役に立つんだろう。もっとも教わる側の才能が桁違いってことが大きいが。

 このぶんじゃ、真面目に弓術の修行を始めた日には、護姫様は親父に匹敵する弓師になるんじゃないだろうか・・・。すんごく面白くない。顔には出さないがな。

「護姫様、お見事です。後はご自分で精進してください。すぐに俺なんかより早くなりますよ。」

 お世辞じゃねえのが、また腹ただしい。おっと。笑顔っと。

「いや、本当に感謝するぞ。しかしまだまだパルシウスのようにはいかんが。」

 すぐ抜かれるって。マジで。

「お疲れだな。パシ公・・・で、そろそろなんだが。」

 勇者様も何かもの言いたげ・・・指をくわえている・・・あ!

「はいはい、今から準備します。しばらくお待ちください。」

 もぐもぐタイムかよ・・・。ホント・・・俺、何やってるんだろ。お世話係の域を相当超えてるぞ。契約違反と言いたいところだが、密偵の身じゃ、言えないよなあ。

 さて、おやつ・・・昼飯の後、小麦粉を卵やら牛乳で練って、捏ねて、わっかつくって、寝かせておいた。で、それを油で揚げて、砂糖・・・油も砂糖も高級品・・・まぶしてッと。手抜きドーナツだ。サクサク感はもう一つだが、ま、充分でしょ。ベーキングパウダーとかバニラエッセンスとか、知らない単語が頭に浮かぶが、気にしない。とりあえずありあわせの材料で、手を抜く。が、まあ、族長連合では油で揚げた甘い菓子は珍しいから、俺の手持ちの中では好評なレシピだ。いももちとかでもよかったんだけど、ま、目新しさでごまかそうっていう姑息な手だ。

「勇者様!まだです・・・もう少し冷まして、油を落としてから!やけどしますよ。」

 つまみ食い常習犯を一喝しておいたが

「なんかいい匂いだな・・・早くしろよ。」

「・・・これ?揚げてるの?この辺りじゃあまりないお菓子ね?」

「お茶に合うおやつがいいのですが・・・。」

 みんなが俺を急き立てる・・・。もとはと言えば朝からつまみ食いした誰かさんが悪いのだが、隊内カースト底辺の俺が言えるわけもない。その割に今、頂点を叱った気もするが。

「パシリ・・・お菓子も作れるんだ・・・。」

「ああ、ミュシファさん。簡単なのだけだよ。今度教えよっか?」

「え・・・あの・・・えと・・・うん。」

 何か微妙な表情でうなずいたミュシファ先輩だ・・・昨日もあんな顔してたな?なんかあるのかな・・・ま、どうせ思春期のなんかだろ。気にしないッと。


「うめえ!」

「これは!なんとしたことだ!?」

「おいしいわ。わっかのせいで中までしっかりむらなく揚がってる・・・。」

「これはお茶にあいますな。」

「お菓子食って涙が出そう、とはよく言ったものです。」

「もぐもぐもぐ・・・。」

「パ・・・パシリの癖に・・・。」

 ん?何か最後にネガティブなコメントがあったっぽいけど、まあみんな喜んでるからよかった。好評すぎて、明日もなんか作れって話になった・・・ち。あんまり図に乗ってると『ハッシュパピー』食らわせるぞ・・・実弾の方で。


 さて、お茶をいただきながら、俺とミュシファさんを入れて、作戦会議になった。コルンさんが午前中から今までかけて、情報をまとめ、いくつか方針を立てていた。今日は大人しいと思ってたら、しっかりやることはやってる・・・さすがだ。

「まず、今は、相当危機的な状況。」

 ホルゴスの備蓄用食料のかなりが密かに運び出され、しかも例の一件で処分されてしまった。

敵にわたらなかったのが不幸中の幸いだが・・・。

「だから、現時点の備蓄食料がどれだけあるか、確認する。」

 籠城もできない城郭都市なんて、維持すら不可能だろう。

「そして、どういう経路で食料が輸送されたか、調査する。」

 先日、死んでしまった、てか俺が『処理』したんだが、運送ギルドのエルジュウエスがかかわっていた可能性は高い。その周辺の人物を探る。既に怪しいのを3人ほど挙げているのは恐ろしい手並みだ。で、それ以外に怪しいのは・・・商業ギルド方面も見直す。廻船ギルドは現時点では保留。あとは城主との協力関係の強化。そして・・・

「敵の首謀者・・・とまではいかないにしても、この地域の中心になって策謀していると思われるプリースト・・・覇迦威聖教僧正の滅空・・・こいつの潜伏場所を聞き出さなくては・・・」

 聞き出す・・・それは、

「そう。あの子から。あの様子じゃ、普通に聞いても無理だから、魔術的な尋問で。それもあって、まずは準備ができるまで城館の地下牢に預けてるんだけど。」

 この時、魔術を使うメンバーは一斉に渋い顔をした。きっとあの少女に無理やり魔法を使って尋問をすることに抵抗を感じたのだろう。しかし

「城内の術士じゃ、力量的に不安だしこっちの準備が出来次第、尋問に行くわ・・・セウルギンさん、キーシルド師、いつなら可能かしら?」

 本当なら、村跡ですぐに尋問したかったが、彼女が瀕死だったのと、こっちの術者が消耗していたことから、一日待ったわけである。ちなみに彼女以外の連中は大したことは聞き出せなかった。それでもいくつかの内通のルートはわかった。もちろん俺はそれも報告済みだ。

 魔術的な尋問の手順は、ルーン魔術により、術を行使する場に『魔術結界』をつくり、外部の敵からの魔法的な侵入を防ぎ、かつ味方の魔術の効果を高める。次いで精霊魔術により、『精神の精霊』を操り、対象の抵抗力をそぐ。さらに神聖魔術による『真実検知』と『告解』により、真実を強制的に語らせる・・・。

 この中で一番時間がかかるのが『魔術結界』だろう。セウルギンさんの準備が大変ということだ。とは言え、本人は平然としているが。今ルーンを刻んだ呪符物をいくつか作っている最中ということだ。一方勇者様は精霊を使役するのはほぼ問題がない。で、神聖魔術のほうは

「『告解』は難しい魔術なのです。対象が強く抵抗すれば・・・」

 最悪死んでしまうこともあるそうで、そうならないために精霊魔術で抵抗力を弱らせたいのだが、絶対ではない。何より、あの少女アイネイアの意志は極めて強かった・・・。それゆえの万全な体勢づくり、という訳だ。

「もっとも、今一番知りたいのは、敵がいつ攻めてくるか、なんだけどね。」

 ・・・そう。もし、ホルゴスの食料がほぼ失われた状態だとして、敵がなりふり構わず軍を急遽派遣したら・・・。いかに守りの固い城郭都市でも、陥落必至である。今すぐ、近隣の都市や集落、主都にも連絡して食料をかき集めなくては・・・。今は夏。あと2~3か月もすれば、農地からの収穫もある。この辺りは温暖で、農業地域の東部では二期作や二毛作は当たりまえだ。もう少し東部の加発が進めば、この国はもっと豊かになるのだろう。でも今は亜人戦争後に奪われた北方領と、近年侵略されている西方の穴を埋めるので精いっぱいだ。

「護姫様。どうかしら。城主様と話していただけるでしょうか?」

「今朝出した使いだが、城主のギルシウス殿は、まず現状の把握をしてから会いたいと言う返答でな・・・わからなくもないが、己の失態で食料がないことを認めたくないのだろう。先に犯人捜しをしたいらしい・・・何より先に対策を立てるべきなのだが・・・。」

「城主ギルシウス様はゴウンフォルド家の宿将ともいえるお方・・・それでも護姫様にはまだ」お会いにならない、と。」

「まあ、主筋とは言っても所詮よそ者の養子。そう思っている者もいることだ。ヤツがどうかは知らぬが。」

 ち。あの一族は、人を勝手に転生させておいて、便利使いだけかよ。全く。

「現状を把握してから、ですか。ふふ。現状の把握ができていれば、こんなことで手をこまねていれば、ホルゴスは愚か、族長連合、ひいては我々人族が滅亡するということがわからないはずはないのですがね・・・。」

 ぞっとする口調でコルンさんがつぶやいた。

 ここホルゴスが、30年近くにわたり、オーガ族の東進をかろうじて防いでいた。だから。人間は30年前の亜人戦争の損害を回復し始めた。ここから立てなおすことも可能だ。しかし、ここを抜かれたら?技術的に遅れている族長連合にとって、近代的な城郭都市はホルゴスだけだ。それ以外の都市の防御力はたかが知れている・・・数年にして、この国は亜人の軍勢に席巻されるだろう。そうなれば大陸中央部の王国や、北部の帝国も、長くはもたない。長くても十数年後は人類は滅ぶ・・・おそらく亜人の奴隷、食用動物、そんな種族になる・・・。

 ほんと。人間同士で、いろいろつまらない意地はって、何やってるんだか。

「いつもいつも人間の敵は人間だ!」

 シンの、あの時の叫びが思い出された。

 結局、会議の方針としては、勇者様・護姫様が城主に面会することを優先する。面会でき次第、主都や周辺、場合によっては王国にも食料の支援を求める。もちろん都市としての戦闘態勢に入り、敵の動きを探る。これは主に護姫様の担当だ。次いで、アイネイアの尋問。これは明日行う。それだけは城側にも約束させてある。更に城内の敵勢力の探索と退治。これには滅空の捜索も含まれる。で俺とミュシファさんはこっちの方。主担当としては運送ギルドがミュシラさんで商業ギルドが俺。まあ、主担当と言ってもそんなに厳密じゃない。できるだけ手伝ってやろう。コルンさんもそう期待しているようだし。


 会議の後、俺は早速情報集めに出かけようとして・・・フロントで呼び止められた。

「パシリさん、『急ぎ』で・・・奥の間に。」

 デリウエリさんから符丁による指示だ。

 俺に呼び出しができるのは、アルデウス様だけだ。ただ、いつからか、符丁が二種類になった。「娘のこと」で呼ばれるときは、けっこうゆっくりといろいろな話をしたうえで、任務の件になる。「急ぎ」と言う時は・・・。

「パルシウス。随分急な動きがあったが、報告してくれ。」

「はい・・・。」

 俺は、勇者隊に随行して村跡にあった砦を攻略した件の再報告を求められ、次いでその後の隊の方針を伝える。伝えながら、アルデウス様の姿を見、声を聞く。もっともここからいなくなれば強力な認識阻害や感覚鈍麻などのせいで、お顔もすぐに忘れてしまうのだが。

「そのエルジュウエスの補佐役の二人を早急に『処理』だ。・・・加えて、そのアイネイアという娘は生きているのだな・・・。パルシウス。その娘も、勇者隊に尋問される前に『処理』しなければならない。」

「え?・・・いえ。はい。了解いたしました。アルデウス様。」

 一日で3件の『処理』・・・しかも、あの娘を・・・。それほどホルゴスにとって重要なことなのか。だが・・・勇者の方針をつかんですぐに処理・・・情報源が疑われかねない・・・。

「うまくいったなら報告は無用だ。」


 「急ぎ」の符丁の時は、アルデウス様は、用件だけ伝え、それで終わる。『仕事』の報告も無用という。確かに、このホルゴスの影守として、諜報戦やらを一手に引き受ける頭領だ。お忙しいに違いない。逆に言えば、普段俺なんかとゆっくり話してくれることがありがたいと思う。


 補佐役二人の『処理』は、どちらも迅速に済ませた。後の調査は組織が勝手にやるはずだ。

 しかし・・・俺は暗かった。あのアイネイアという少女を『処理』する。ただのアサシンの俺だ。言われたら『仕事』としてやるだけなのだが、できれば殺したくなかった。時々こういう任務がある。普段押し殺している何かが、表に出そうになる。そのたびに、苦しい。リュイの世話になるのは、だいたいそんな時だった。もう・・・会えない。しかも、これは勇者様やみんなにとって痛手になる。勇者様たちと影守に何か利害の対立があるのだろうか?一緒に情報を共有して立ち向かえないのか?これほどの危機なのに、人間族同士、まだこんな足の引っ張り合いを・・・。

 ダメだ。そんなことを考えては。アルデウス様が俺に命じたのだ。深い理由が、事情があった上でのご判断に違いないのだ。それに下っ端の俺が異を唱えることは許されない・・・。


 幸いかどうか。アイネイアは目覚める度に自害を試みるので、魔術で寝かせたまま城の地下牢に移送されていた。昨日、アイネイアに眠りの呪文をかける勇者様・・・無表情だったな。朝のドタバタで忘れていた勇者様への疑問が頭をもたげる。

 もう暗い。俺の時間が限られている。俺は城へ向かった。

 城主ギルシウス・オン・ゴウンフォルドは、ゴウンフォルド族の一族である。族長からの信頼が厚く、戦場での勇将と名高いが、城主としては、よく言って人並と言うのがこれまでの俺の評価だ。このホルゴスの重要性をどこまで理解しているのか、特に都市を治めるという部分では、もて余し気味・・・商業ギルドのレイシィア女史がそうおっしゃっていたな。商業や物流を理解していない、とか。近代的な城郭都市の運用は、まだ族長連合では難しいのかもな。

 それでも影守としては協力をしなければならない。もっとも今回のように、勝手に城内に忍び込んで勝手に『仕事』することも初めてじゃない。むしろ研究済みで経験済みな分、俺にとっては潜入は楽だった・・・。

 

 俺は牢獄の中のアイネイアに『薬』をかがせる。眠ったまま『処理』するのがアルデウス様の意志かもしれないが、そこは厳密に指示がなかった・・・というか、おそらく俺はこの少女と話をしたかったのだと思う。なぜ、あんなことになったのか、俺はあの事件の衝撃から立ち直っていなかったのだ。情けないことに。

「ん・・・!?」

 アイネイアが目を覚ました。とは言え、四肢はつながれて動けず、口には自害防止の猿轡をはめたままだ。

「アイネイアだな・・・話を聞きたい・・・もしも聞かせてくれたら・・・殺してあげる。」

 そう。俺はこの娘を死なせたくはない。しかし、殺す命令を受けた今、最もこの娘が望むことをかなえてやりたいと思った。しかし、それは、『死ぬ』こと。シンのもとへ行くこと。俺ならきっとそう願う。だから、ふつうなら「話せば助ける」ということの真逆を告げる。そして、アイネイアはうれしそうにそれを受け入れた。一筋の涙とともに。

「あなた・・・アサシンね・・・。約束は守ってね。」

「必ず守る・・・訊きたいことがある。急ぐ。」

 俺は、この壊れてしまいそうなほど華奢な少女が、なぜ、あんなたくらみにくみすることになったか聞いた。

 アイネイアは、俺が殺したアイザール師・・・ホルゴス屈指の魔術師だった・・・の娘だった。貴族である両親を幼くしてなくしたシンを、その才能を見込んだアイザール師が引き取ってからは、シンと仲良く、姉弟のように過ごしていた。が、アイザール師も突然殺された。その後、滅空がこの二人を助けたという。滅空は、ホルゴスを守っているという輩が、アイザール師に協力を拒まれたのでその腹いせで殺したのだ、と告げた。

 その後、憎悪にかられたシンは、滅空に従い「復讐のため、愚かな人間に鉄槌を下すため」

に自ら進んで魔力疽の実験に参加するようになった。

 アイネイアは、シンを止めようとしながらも、彼女自身父を失った無念を捨てきれず、次第にシンに、滅空に協力するようになっていった・・・。

「でも、わかっていた。わたしたちがいくら憎くても、無関係な人を巻き込んで、こんなことしちゃいけないことが・・・でも、他に何をすればよかったの?他に?家族を失って、生きる術も目的もなく・・・復讐しかなかったの・・・間違ってるってわかったけど、他になかったの・・・。」

 これは、俺だ。俺の苦しみだ。俺の悲しみだ。俺の後悔だ・・・でも仕方ないじゃないか!他に、あの時の俺に何ができたんだ?今の俺に何ができるんだ?

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・でも・・・。そうするしか・・・。」

 アイネイアは、幾度も謝罪を繰り返し、俺はそれに応える言葉を持たなかった・・・。

聞きたいことは聞いた・・・でも、こんなこと聞きたくなかった。聞いたのは俺なのに。

「ねえ、アサシンさん。わたしを殺して。お願い。シン様の所にいかせて・・・。」

 俺は・・・その願いをかなえるしかなかった。震える声を押し殺し、彼女にこう告げた。

「約束は・・・守る。・・・目をつぶって。」

「・・・うん。」

 驚くほど素直に、アイネイアはうなずいた。美しく繊細な顔。華奢な体。こんな娘が勇者様に立ちふさがり、あの剣戟に耐えたのだ・・・。そして、こんな娘を、俺は・・・。

 俺は、用意した『薬』を使い、彼女の意識を弛緩させた。そして優しく語り掛けながら、そっと髪に触れ・・・ほんの少しずつ少しずつ強くしながら大切に撫でる。アイネイアの呼吸がゆっくり、ゆっくりと鎮まっていく・・・。ぞして、催眠状態にはいったことを確認する。

「アイナ・・・アイナ・・・聞こえるかい。」

 変声術を使い、あの日聞いたシンの声を出した。

「・・・シン様!・・・あぁ、シン様の声が聞こえる・・・。」

「アイナ。やっと見つけた。ぼくのところへ来てくれよ。一緒にいたいんだ、アイナと。」

 もしも、俺が死ぬときにはこんな声が聞きたい、こんなことを言ってほしい。そういうことを懸命に想像して、アイネイアに投げかけた。

「うれしい・・・うれしい・・・シン様の所へ行ける・・・行けるのね・・・」

「ああ、もうすぐだ・・・アイナ・・・ほら、捕まえた!」

 俺はそう言って、彼女の心臓をイアードダガーで突き、すぐに抜いた。一瞬で心臓を止めた。おそらく痛みはないはずだ。

「あ、シンさ・・・ま・・・。」

 アイネイアの首がかくん、とうなだれ、力を失った。が、その最後に彼女のくちびるが、微かに動いて・・・俺には、こう読めたのだ。

「やさしいね、アサシンさん。」と。

俺の催眠に気づいたはずなのに、アイネイアの顔は、満足げに微笑んでいた。

 

俺は、やさしくなんて、ない。俺が、お前の父さんを殺した。お前たちの運命を狂わせた。俺が、お前を、殺した。

俺に優しいなんて言うな!

無性にやりきれなかった。

 俺は何かに追われるかのように、地下牢から、城から逃げ出した。


 城を抜けた俺は、しばらく一人で、歩き回った。フードをしたままだから、誰にも呼び止められず、ただやみくもに歩いた。いきたいところは一つだけあったが、そこは行ってはいけない場所だった。この街に俺の居場所はない。いや、もう一つだけ残っているが「うまくいったら報告は無用」と言われていた。今は来るなってことだ。

 

 かなり歩いたが、結局俺は、一人、元の宿舎に戻った。そろそろここも引き払わないといけないが、まだ出ないままだった。


 夜になって、ミュシファさんが宿舎の俺を訪ねて来た。俺は、無理やり感情を制御して『仕事』モードに入る・・・。よくあることだ。そう。いつものことなんだ。そう言い聞かせる。

「パシリ・・・あの子、だれだ?かわいいじゃないか。」

「なんか、守ってやりたい的な、はかなげな雰囲気・・・お前、世話好きだからその路線か?」

「知らないのかぁ、あの年頃、パシリ、意外に冷たいんだよ。趣味じゃないんだね。」

 ち・・・いろいろとうっとおしい。でも怪しまれちゃ、ダメだ。笑顔。笑顔。

「イヤだなあ、そんなじゃないですよ・・・・フロウディアスさん、何で俺があの年頃苦手なんて?。」

「だって、お前かなり親切なのに、あの年頃相手には男も女も自分から声もかけねえし。」

「そういや、そうかもな。」

 けっこう俺って駄々洩れ。スキだらけなんだな。

「まあ、あの子は、先日、こっちに来たばかりの難民の子らしくて・・・」

 適当に言っておく。宿舎の玄関にミュシファさんがいた。

「あ・・・あの、その・・・パシリ。」

 以前指示した通り、町娘っぽい身なりだった。まあ合格。つい採点してしまう。しかし、この時間帯は減点。しかも、この無駄な指示代名詞、何とかならないかな。このコミュ障。

「こんばんは。ミュシファさん・・・かわいい女の子が一人で出歩くには危ない時間ですよ。」

できるだけ、いつもの俺の通りに話しかける・・・そこで真っ赤になるな。これくらいで。しかも気にしてほしいのは、時間帯の方だ。

「かわい・・・って、そうじゃなくて・・・あの、みんながパシリに来てほしいって。」

「・・・ミュシファさんを通しての報告じゃなくて?」

「ウン・・・来て。」


 黄金の大山塊亭・・・もう、何か職場に来るのもつらくなってきた。アルデウス様に会えるわけでもなく、この精神状態で、ミュシファさんや勇者様たちに仲間のふりをしなきゃならない。ブルーな気分でフロントを通り過ぎ・・・

「あ、パシリさん・・・主が『お嬢様のことでご相談がある』と申しておりまして・・・。」

「え?・・・そんな、一日に二度も?」

「はい?・・・大丈夫ですか?パシリさん・・・。」

 この「大丈夫」はどういう意味なんだろう。首をかしげながら、ミュシファさんに先に行ってと伝え、俺は『奥の間』に向かった。


「パルシウスくん・・・娘のことは?」

「あ!・・・はい。聞きました。結婚する、と。」

「そうです。正直、早いとは思うのですが・・・」

 そんなこんなで、俺はアルデウス様の「父親」の愚痴を聞かされた。あれ?この結婚って

父と娘、どっちが乗り気なんだ?

 聞きたいけど、込み入ったことを聞くのは、アルデウス様の寛大さに甘えてしまうことなので我慢する。親しくさせていただいているように見えるが、俺は所詮アサシンでしかない。図に乗ってはいけない。

「いや、キミには本当に娘が世話になりました。わたしも娘のことを相談することができて、今まで本当にありがとう。」

 こんな話を聞いていると、本当にリュイが結婚するんだって、今さらながらに実感してきた。

「ただ・・・パルシウスくん。一度だけ聞いておきたい。キミはこれでいいのですか?」

 正直何を聞かれたのか、分からなかった。だから、つい怪訝な顔を向けてしまった。

「・・・いいえ。何でもありません。では、今日はこれで。」

「え・・・あの!」

 つい口に出してしまって、自分でも驚いた。

「・・・パルシウスくん?今のことで何か?」

 今のことが何かはわからなかったが、俺は今日ずっと頭の中から離れないことがあって、どうしても聞きたくなった。それは一介のアサシンが組織の頭領に対して聞いてはいけないとわかっていたが、聞かずにはいられなかった。頭がギリギリと痛む。組織の『制約』に背く代償は、この激痛・・・。

「あの・・・。」

 ち。コミュ障かよ。俺も。が、実際、声を出すのがとても苦しいほど『制約』は強い、

「あ・・・ぐ・・・運送ギルドの二人と・・・アイネイアの『処理』を終えました・・・ですが、今さらですが、なぜ、あの娘を・・・っくっつ・・・処理する必要があったのでしょうか?それに、その父親のアイザール師・・・く。それほどホルゴスの害となった人物だったのでしょうか・・・くぐふ・・・。すみません。・・・はあはあ・・・聞いてはならないことを聞いてしまいました。ですが、よろしければお教えいただけないでしょうか。」

 俺は叱責、或いは処罰すら覚悟しながら、這いつくばって懇願した。息は乱れたままだ。アルデウス様の声が聞こえたのは、しばらくたったからだ。

「パルシウスくん?何の話をしているのです?」

 

「・・・パシリくん?ちゃんと話聞いてくれてる?」

「す、すみません、コルンさん・・・残念ですが・・・でもしばらくは、このままご協力させてください。」

 「黄金の峰」で、俺を待っていたのは、勇者隊への正式入隊の誘いだった。村跡の砦攻略の時の、物資の手配、交渉、近辺の地理、案内人としての技量が、まあ評価された。弓がどうのとか言っていたが、別にお世辞には興味はない。ドーナツも関係ないだろう。で、正式に『従士』として雇いたい、給料は増額、装備品支給、そして、『隊章』の刻印など、いろいろ説明は聞いた。

 正直言うと、さっきの一件から頭がやや冷えた今、評価されたことはうれしいし、勇者隊のみんなは、気が合う人が多い。だが、今はムリだし、いつか裏切るかもしれない人とこれ以上仲良くなるのは・・・いや、密偵としては仲良くなるべきなのだが、そうではなく・・・。

 要は、俺自身の覚悟が決まっていないのだ。更に『隊章』だ。隊の仲間との通信、連携、陣法ほか様々な支援の恩恵はありがたいが、自分の所在や状態もコルンさんに把握されるようだ。

「手袋はいてれば、ばれないから、ヘンなとこ行ってもばれないわよ~。男どもは時々そうしてるし。」

 セウルギンさんは「亀はミミちゃん、少女はメアリー・・・いつどこで何を知られたか・・・」とか言ってるし、キーシルドさんは強面と態度で「心外」をアピールしているけど。

「従者パルシウス・・・急な話でためらうのはわかるが・・・ホルゴスの様子を探るには、協力が必要なのだ。正式に『従士』になってくれればありがたい。」

 護姫様が説得している・・・。しかし・・。一瞬その後ろにいる勇者様を見てしまう。

勇者様・・・あの時、無言で、いや、伝わらないのだから仕方ないけど、やったことは間違いじゃないけど・・・直接アイネイアを殺した俺が、何を、勇者様の行いに何を考えてるんだ。でも、アイネイアやシンに、考え直すように説得するそぶりは見えなかった・・・。

「勇者エンノ、人の言葉を話せぬお前が、人の世に何を語れるというのか!人をどう導くと言うのか?シン殿の絶望をいかにして救う?救えねば殺すだけか?」

 滅空の言葉が、ふと頭をよぎった。一瞬、勇者様と目があった。そして、今度は俺の方から目をそらした。俺ができるのは暗殺だけ。でも勇者様は殺す以外にできることはなかったのか?

「すみません・・・まだ俺・・・それに、今、やんなきゃいけないことがあるんで。」

 俺はそこで席を辞そうとした。勇者様は、うつむいた。

「パシ公・・・気が変わったらいつでも来いや。それにまあ従者は続けるんだろ・・・またな。」

 戦姫様が声をかけてくれた。俺は頭を下げる。

「今日は、ここで失礼します。また明日まいります。過分な評価をいただいたのにすみません。」

 ミュシファさんは、その間ずっと俺を見ていたが、結局一言も話さなかった。何を考えているのやら。


 あの後、アルデウス様はデリウエリさんを呼び出した。そして、その後、俺に告げたんだ。

「組織の裏切者が判明しました・・・緊急で『処分』を・・・お願いします。パルシウスくん。」

 俺は裏切りの詳細は聞かされていない。が、アルデウス様の名をかたって組織を壟断していた者がいる・・・影武者の一人だそうだ。ひょっとしたら、俺が時々納得のいかない仕事をしていたのも・・・まさかアイネイアも・・・。「黄金の峰」をでた俺は「仕事」の準備を始める。

 殺す。必ず殺す。

 そして2時間後、ヤツの情報から隠れ家を割り出し、俺は忍び込んだ。俺の探索力、潜入力・・・全てを駆使し・・・今『処理』を終えた。過去、最速かもしれなかった。護衛の奴らがいたが、気づいてもいまい。死んだその男の顔を見たが、見覚えもない。影武者、ね。

 俺は、早速デリウエリさんに報告し、その足で宿舎に戻った。後は、組織に任せる。一日に4件もの『処理』。こんなことは初めてだし、このうち何件が本当の『仕事』だったのか。誰も俺に教えてはくれなかった。そして、このうち何件が、人族のためになったんだろうか?

もってはいけない疑問が浮かんだ。

 俺は、いつまでこんなことをしていればいいんだろう、あと何人殺せばいいんだろう?

 アイネイア・・・そっちで本物のシンと会えたかい?俺も、そっちに行けば、会いたい人たちに会えるのかな?こっちじゃ、会いたい奴に会えないんだ・・・。

 眠れない。またひどくなっている。こんな時用の『薬』使おうかな?使ったことねえけど。

 結局薬は使わなかった。訓練のおかげで、俺はいつでも眠れるはずだし、俺の心は一晩でリセットできる。いつものことだ。そう言い聞かせる。


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