8人の攻城戦
戦姫ソディア様。口はでかいが態度もでかい・・・体はちっこいのにな。ちみっこともいうか?誤解をされやすいが、そのくせ、ちゃんと言えばわかってくれる・・・こともある。そうでない時がヤンデレだな。顔を赤くしながら拳やら剣やら振り回されてもねえ。こっちは単に生命の危機だっつうの。
しかしその強いのなんのって、まさに無双。先陣切って切り込んで、突破口をこじ開ける、自分よりでかい大剣を、ふるうそのさまは、まさに人外。
火の精霊の加護を受け、「剣術」の大天才。ショートカットを振り乱し、放つは必殺紅炎剣!・・・どこのバトルヒロインだってぇの。
昔はもっと素直で、普通にかわいかったけどな。今じゃかわいさが勇猛さに埋もれてしまっている。お兄さんは残念だよ。
第8章 8人の攻城戦
で、俺たちは正門前に急行したわけだ。
正門前は深い空堀があった。はね橋があり、門の上には矢倉が、塀の上には弓兵が並んでいた。門まで100mくらいかな。
そこに、俺からすれば、ヘロヘロという擬音が聞こえそうな矢が飛んできた。風が強いのを言い訳にしても、お粗末だ。ざっと200くらいだがタイミングが不ぞろいだし弓勢も弱い。訓練不足。へたくそ。何か、すげえ頭に来た。こんなへたくそが弓を撃つなって感じ。やはり今の俺は血の気が多いんだろう。しかも久しぶりにレンジャーとかアーチャーとか、そんな気分にもなってた。
コルンさんが安全のため勇者様に『矢避け』の呪文をとか言ってるのが聞こえたが、正直そんなのいらないと思って、言いに行こうとした。
そこにヘロヘロ矢が飛んできた。俺にはあたらない・・・あ、ミュシファさんに・・・。
「矢止め」
ぱしっ。俺は後ろ向いていたミュシファさんの、かわいいいけど無防備だったおしりに飛んできた矢をつかんだ。
「「「「「え?」」」」」(一人口パク)
みんなの声がハモっていたが、何かあったかな?ま、いいや。で
「矢返し」
と唱えながら、背負っていた短弓・・・衛兵用の量産品・・・を取り出し、弓にその矢をつがえ、弓をひいてそのまま放つ。俺の矢は一直線に撃った射手の額にぐさ。ふん。
「ダメだよ、ミュシファさん。あんな矢でも後ろを向いていたら当たることもあるんだから。」
何があったかわかりませんって顔してるミュシファさんにお説教しながら、俺の心はブルーだった。
なにしろ3秒ちょいもかかっちまった。以前なら3秒切っていたはずだし親父なら1秒もかかっちゃいまい。くそう。
「あ・・・あのね。今パシリくん・・・?」
何があったのか、コルンさんがこっちに来た。だから、あんな矢でも無警戒はダメだよ。
その眼鏡にかすりそうだよ。世界遺産級なんだから。
「矢止め」
ぱしっ。
「「「「「あ!」」」」」(一人・・・以下略)
またみんなの声がハモった。何なんだよ。何かあったの?まさか俺の矢止めが下手すぎて驚いている?・・・だったらトラウマだ。そう思いながらも
「矢返し」
放った。もちろん撃ったヤツの額に命中。でも弓を持った状態で3秒そこそこ・・・練習不足だな、やっぱり・・・。才能はどうしようもないけど。
「あのね、パシリくん」
コルンさん、頭下げて。
「あ・・・うん、パシリくん。弓得意なのね。すごいじゃない。で、ホントは左利きなんだ?珍しいわね。」
すごい?・・・からかってるわけではないようだ。でもなにしろコルンさんだからな。
「まあ左です。弓?・・・こんなの何お役にも立ちませんし何より俺なんか全然です。」
と正直なことを言ったのだが、コルンさんは何言ってるの的な・・・ああ、俺がよくミュシファさんにしてるような目で俺を見ていた。そのミュシファさんも
「あの・・・あ、ありがとう。パシリ。」
と言いながら近寄って来た。
からかってはいないようだ。この子にそんな高度な芸当はできないだろうし。
「・・・ホント。大したことないんだ。さっき森の中で猟師の弟子って言ったけど、親父はすごい猟師で特に弓使いなんだ。俺はいつも親父をがっかりさせてばかりで・・・。」
ち。一年前も。親父が弓さえ持って出ていれば、あんなオーガの群れなんかに・・・。
ミュシファさんは俺の話をちゃんと聞いてくれている・・・言っても大丈夫かな。この話。
「親父は昔、この技を使って、盗賊団の立てこもってた砦を一人で制圧して、すごい有名になって・・・その話を聞いた時に俺もやりたくなって、すげえ練習して、初めて親父のこの技を一日でできるようになったんだ。」
なんかミュシファさん、すごい真剣に聞いてる。うれしい。コルンさんも聞いてくれている。
「それで、俺はいい気になって、親父の所に行って、一日でできるようになったって言ったんだ!なにしろ親父の技はほとんどに近いくらい身につかなかったし、身についたのも何年も練習してやっと身についたものばかり。それでこの時は有頂天になって、やっと俺も弓使いの猟師としてやっていけそうだって思ったんだ・・・。で、その時、親父は、不器用な人なりに一生懸命にほめようとしてくれて・・・『スゴイゾ、パルシウス。オマエモヤレバデキルンダナ・・・』って言ってくれたんだけど。」
「けど?」
不思議そうなミュシファさん。そうだよな。ここで終わっときゃいいだろうが、親父も。
「うん・・・で、その後親父は何とも言えない顔で言いやがったのさ。『でもな、パルシウス。クマは矢を撃ってこないんだぞぉ』って・・・。」
・・・。
何か時間が止まった。伝説の時間魔法?俺、そんなの見たことねえよ・・・いや、ある。これはリュイにこれを話した時と同じ空気だ。
「キャハハ、キャハハ!」
「ぷぷぷぷぷ!」
「がはははははは」
「く・・・く、く、く」
「・・・・・・・」(無言で転げまわっている)
みんな、聞いてたのかよ!しかもみんな笑ってるし。
コルンさんも、ミュシファさんも。戦姫様は大剣振り回しながら大爆笑、こらえようとしてこらえきれてないのが護姫様、勇者様なんて転げまわって。リュイの奴もあの時スカート全開で転げまわっていたな。あいつの頭にはあの時クマさん軍団が一斉にヘロヘロ矢を俺に放つ場面が見えたんだそうだ。
これは、俺の努力が報われなかったって話で、結局この「矢止め」「矢返し」は猟師としては全く使えない技で、俺に身につくのはこんなのだけっていう悲しい話なんだが・・・。みんなには面白いらしい・・・で、とどめはキーシルドさんだった。唯一笑ってないあの人が真面目な顔で言うんだ。
「パルシウス殿、今の話は、どこがおもしろいのですか?」
って・・・俺に聞くなよぉ。俺は面白くないんだからさぁ!
そんなこんなで、結局城門前で無駄に堂々としている俺たちが不気味に見えたのか、ついにはね橋が降りて、城門が開き、敵の一団がやってこようとしていた。
「チャン~ス!」
その時のコルンさんの悪い顔と言ったら・・・アークデーモン級?
「よっしゃあ、俺の出番っことでっいいよな、コルン!」
そん時の戦姫様のうれしそうな顔と言ったら・・・人食いライオンの女王様だな。いつもか。
「どうぞ!行ってらっしゃい!」
「『あれ』は使うな。橋が壊れて通るのが面倒になる。」
見送る側も慣れているようで・・・。
「おっしゃあ、団体様のお相手してくるぜ!・・・『あれ』なし?」
「なしだ。」
「ま、オッケーだ。」
戦姫様は、背中の大剣を抜き放ち、嬉々として100人くらいの敵兵・・・チェインメイルにスピア、ラウンドシールド・・・にものすごい勢いで突撃していった。
「我らは、城にもどらずに逃げるやつがいないか、見ている。もしいたら確保する。いいな。」
「了解しました。」
まず敵の先鋒に、バカでかい火炎弾を飛ぶ。火の精霊魔術なんだけど・・・あんなに大きいのは普通じゃない・・・が三発立て続けで炸裂した。普通はピンポン玉くらいの大きさだけど、あれはバスケットボール並み・・・なんだその例え?おまけに無詠唱だった。それが着弾する度に大爆発・・・すげえ。あっという間に敵の隊形が乱れた。
次にやや離れた位置から横殴りに大剣を払うと、敵の前列が吹っ飛んだ。
更に上段から振り下ろすと、敵の縦列がけちらされた・・・。
これで、もう勝敗は決していた。ひときわ小柄な戦姫様だが、まあ、無敵と言うか無双と言うか、身長より大きな大剣を振り回し、まさに敵を蹂躙していた。
が、その人数が多く、殲滅となると多少の時間はかかりそうかな、と思ったとき護姫様が前に出た。
「従者パルシウス。城に戻らないものは、射抜いてくれ。」
「かしこまりました。」
と俺が答えてるうちに、この人も前に出る・
「拙僧もお手伝いいたします。」
ソーキルドさんはプレートメイルを着て、彼の巨体にあったでかい金棒を持っていた・・・凶悪そうだ。 俺と目があった。
「このメイスですか?拙僧らは神の教えの元、人に慈悲深くあらねばなりません。故に人を傷つける刃物は戒律で禁止されております。」
その戒律、間違ってます!その金棒をあなたが振れば、刃物でなくても人は死にます・・・さすがに言えませんでした・・・きっと痛みを与えず即死させるのがその神様の慈悲なのだろう、そう思うことにした。おそるべし、天界主教!
護姫様は、堅実にロングソードとナイツシールドで・・・あ、あのシールドってただの打撃武器じゃん、破壊面積大きい・・・敵3人一気に吹っ飛んでるし。
結局、護姫様とキーシルドさんが参戦し、ケリはすぐについた。俺は3人くらいの足を射抜いたくらい。
「俺の得物を、横取りすんなぁ!」
「時間がないのだ。」
「そうです。はやく助けに行かねば!」
きっとそうなのだろう。決して自分も戦いたいとか、正義の鉄槌をとか、そんなことじゃないと思う・・・この二人は・・・?
「・・・あの、あの・・・跳ね橋が上がって行きます。」
「まだ、味方は残ってるけど、さすが無法者の砦ね。ま、セオリーかな、じゃ、次は・・・」
二人の声を聞きながら、俺は無言で短弓を構え、矢をつがえた。幸い橋をひいてるのは縄だ。鎖じゃない。ただ俺の腕では・・・。
それでもひょいと撃つ。ぷちっ。幸い一射目で、一本の縄を切れた。
「「「「おおっ。」」」」
すぐ二射目を構える。たまたま一本目が当たっただけで、俺の腕とこの距離、この風じゃ、あと二本は外すかな・・・と考えていたのだが・・・。
風が止んだ?ひょい。放った俺の矢は真っすぐ飛んで・・・ぷちっ。よし!!
「「「「おおおっ!」」」」
みんなが俺にうなづいたり、手を振ったり、サムズアップしたりしてくれた。
ふと見ると、勇者様も俺に手を振ってくれてた。あ!
「勇者様・・・風、止めてくれたんですね!」
勇者様はちょっと横向いて、鳴らせない口笛をフ~フ~と吹いていた。かわいいけど。
「やるじゃん。もうただのスナイパーね。」
コルンさんがそんなことを言って褒めてくれたけど、それは全然違うんだ。
「いや、ホント、俺なんか全然で、当たったのは勇者様が風を止めてくれたからで、だいたいあれが鎖なら俺の弓勢じゃ切れないし、そもそも一射目は完全なまぐれで、ほんとはみんなに冷たい目で見られながら五射目くらいでやっと二本目切れるくらいなんですよ。こんなじゃ恥ずかしくて・・・。」
と、本当のことを言ったんだけど、コルンさんも護姫様も
「この子の弓の基準のおかしくない?・・・どっか拗らせ過ぎてる?」
「うちのアーチャーどもがここにいたら、みな憤死するな。」
とか、なんか不思議なことを言ってた。
城壁に残っていた城兵が再び矢を斉射してきた。勇者様が、自分を指さし?
「ああ、矢避けをかけましょうか、って言ってくださってるのですね。・・・このまま走れば大丈夫です。走りましょう。」
みんな首をかしげながら、でも走りだしてくれた・・・俺の言ったこと、信じてくれたんだ。
走りながら、コルンさんが質問してきた。
「パシリくん、なんで大丈夫ってわかるの?」
「ええっと、普通に訓練された弓兵は長弓を60秒で6射、短弓なら10射できます。ただ、あいつら訓練不足で、さっきから一斉射ごとに14秒くらいかかってます。だから、ほら、まだ何も飛んでこない・・・で、門です。」
「ほほう~、勉強になるわぁ・・・しかも今回はホント楽。」
俺たちは橋を越えて門の前に着いた。コルンさんはここでもう一度言った。
「どうぞ、戦姫様。出番です!」
「おっ、いいのか、ここももらって!」
・・・ホント、うれしそうだな。
「はい、塔の中は魔術なしですから、今のうちに使っちゃいましょう!ここはただの門です。塔門でも櫓門でもない。門さえ破れば大丈夫です。」
なるほど火の精霊の加護で攻撃力の高い戦姫様だが、本日の最終戦は敵も味方も魔術なし。その攻撃力を早めに使って時間の確保にまわすってことか。
「よっしゃあ!」
そう叫び、戦姫様は左手の紋章を輝かせた。
「・・・偉大な炎の王イフリートよ・・・その御名のもと、我に力を示したまえ。エン・ゲイル・アズ・ゴウンフォルド・・・火炎召喚!我が名はソディア。我が紅炎よ。我が元へ来たれ!」
いきなり、大剣が炎をまとった。もともと持ち主の身長を超える規格外の剣だが、炎はそれを更に大きく見せ、空に伸びる。
「みな、我の後ろに。」
護姫様が盾を地につきたて足を踏ん張り、全身で防御姿勢に入る。
勇者様が美しい旋律を奏でると、護姫様の前に光る盾が現れる・・・こりゃ、本格的にやばそうだ。あわてて移動したのは俺と、ミュシファさんだけで、みんなわかってた。
何か、赤い・・・目の前が赤い、いや、紅い・・・。大きく大剣を天に振りかざす戦姫様。
「いくぜ、紅炎剣!」
紅の炎を振り下ろす戦姫様!ごおおおっと唸る轟音と前方でどかあんと響く爆音!
二重の盾の後ろにいる俺たちにも、その高温と衝撃が伝わる。後ろのミュシファさんが「きやっ」と俺にしがみついてきた。が、それでもその大部分は護姫様の盾防御と勇者様の光盾により防がれていた。
光も熱も音も収まったころ、門は完全に吹き飛び・・・どころか、城門の内部にあった防柵も吹っ飛び、城内の通りの地面が真っすぐ・・・おそらく数百メ-トルにわたって焦げて煙を上げていた・・・。
「・・・門の正面に誘拐された人たちを閉じ込める牢獄とかなくて、良かったですね・・・コルンさん・・・。」
俺は一応言ってみたが
「も、もちろん、そんなのないのはわかってたから・・・ホントよ。」
って返ってきた・・・。
「では、拙僧は城門を塞ぎます。皆さんは先に行かれよ。」
キーシルドさんが突然、申し出た。プレートメイルの彼は、護姫様に次ぐ、隊で二番目の重装甲で、一番の巨体の主だ。その防御力は神聖魔術もあってかなりのものだろう。一方攻撃力はそうでもない・・・あの3人に比較すればだろうけどな。比較の対象が悪すぎる。
でも適材であろうことはみんなわかった。俺もミュシファさんも不適格だし。ここから誰も逃がさないのは地味でも重要な任務で、それがわかって引き受けてくれるキーシルドさんは、立派な人だ。
「では、お願いいたします。キーシルド師。」
「頼む。」
と口々に声をかけ、先に行く。
「キーシルドさん、自分から進んでこの任務を引き受けるなんて、さすが、ご立派です。」
と俺は声をかけた。そしたら、キーシルドさんは、うれしそうに俺にこう言ったんだ。
「ありがとうございます。さらわれた人を救うのは、貴殿らにお任せする。お頼みします。」
って。あ、あの時の流れだったんだ、ここで彼がこの役を引き受けたのは・・・本当は自分で救いたかっただろうに、悪党をやっつけたかっただろうに・・・。みんなのために、一歩譲る気持ちで・・・自分のやりたいことを俺に任せて・・・。
「・・・はい・・・任されました・・・。」
今の俺にとって、これしか返す言葉はなかった。だから、信じすぎだ・・・俺なんかを。
内部の防柵をぬけると、まっすぐ大きな通りが続き・・・まだくすぶってたけど・・・奥の塔にまでつながっていそうだ。ただ塔の直前には内堀と跳ね橋があったが。
通りの両脇には、建物が並んでいる。ざっとみて、
「手前は兵舎・・・続いて、柵に囲まれた粗末な小屋にさらわれた人たち、一番奥は物資の倉庫ってところかしら?」
アサシンとしての俺も全く同感である。
「兵舎の規模からざっと城兵は2~300。誘拐された人は・・・ま、あれが満員だとしたら今のところ600人・・・?奥の倉庫が随分大きいわね・・・。」
そう。1000程度の人口には不似合いなほど異様に大きな倉庫が左右に二つ。
「救出は後だ。まずは塔を制圧する。わかっているな?」
俺にクギをさす護姫様。了解です。順番はわかってます。戦姫様が蹴散らした残兵は後回し。逃げようとしたらキーシルドさんが対応してくれる。まずは敵の中核を一気に突く。
「では、行くぞ!」
リーダーの勇者様は、よきにはからえ的な態度なので、後見役っぽい護姫様が仕切り役。指針はコルンさん。切り込み役は戦姫様・・・。で、偵察役はミュシファさん。ま、こんな布陣。で、俺は、案内人・・・もうだいぶ終わった気がするな。先行して偵察くらい手伝おうかな・・・おっと、うっかり何かにつまづいちまった・・・?
これは・・・地面からわずかに頭を出していたそれは・・・焼けた人骨。これは村の・・・あいつら、ろくに整地もしないで!畜生!なんか、ぷちっときれた。最近多い。
「すみません!ちょっと先行してきます。皆さんは普通に来てください!」
俺はそれだけ言って、ダッシュした。自慢だが、足は超速い。もちろん先行して偵察は本当だ。このくらいのスピードでも偵察行動に問題はない・・・だが、少々不自然だったな。反省はしたが、どうもいい言い訳が浮かばなかった。
しかし、俺はどうしても行きたいところが、皆より先に行きたいところがある・・・ホント、ここに来てから、ひょっとしたらあの人たちと一緒に会ってから、どうも密偵らしくない。目立ちすぎ。感情に振り回され過ぎだ。
・・・ん?・・・なんだこの微かな腐敗臭?俺は急ぐ足を強引に止め、屋根に一瞬で飛び上がる。周囲を見回し、臭いの先を探る。奥の大きな倉庫か。木で組んだ通気性のよい作りで、この腐敗は不自然だ。・・・?入り口に気配・・・ゴブリン・・・シャーマンが出て来た。3体。ふっ。ちょうどいい。
俺は音もなく屋根から飛び降り、まず右手のダガーで3体目の肩から心臓を一突き。倒れる体を支え音を立てずに地面に置く。で、そのまま2体目の背中から心臓を一突き。シャーマンの革ヨロイくらい、俺のイアードダガーであっさり貫通できる。ま、慣れたものだ。
刃渡り20㎝ほどのイアードダガー。柄頭がその名の通り耳の形をしている。その間に親指を入れ押しながら振り下ろすことで強い威力が出る短剣だ。無銘だが、値段のわりにはいいものだ。メイルブレイカーほどではないが貫通力が高いし、よく切れる。逆手に持って使う俺にはこの長さがバランス的にもベストだ。
殺す際には左手で口を塞いでうめき声もたてさせない。で、先頭の一体は後ろから殴って気絶させ、薬をかがせる。これで当分はお休み。念のためアイテムっぽいモノは全部外し、ふんじばって猿轡をする。
倉庫に捕虜と死体を放り込み・・・なるほどな・・・。腐敗はここから。確か水の精霊魔術で腐らせる術があった・・・。しかしこの膨大な食料はなんだ!どこからこれほどの・・・。
考えるのは後だ。時間がない。一瞬だけ立ち止まったが、俺は再び目的地に向かい・・・。
そこには大きな丸木の建物が立っていた、中からは悲鳴と金属の音がする。
そして・・・あの夜に聞いた唸り声だ・・・。
ここに、そんなものを立てるな。
ここで、そんなことをするな。
俺の・・・妹が、弟が、親父が眠っていたはずの、この場所で!
カチッ。この頭の中の撃鉄が起きる度に、俺は変わる。
日中にもかかわらず暗闇に包まれる。左手の紋章の輝きとともに「武具召喚!!」
を唱える。
そして、S&W Model460が、左手に現れる。
もう、この手はどうなってもいい。みんな壊してやる。生き物も、そうでない物も。
俺は小屋の戸を蹴り破る。中にいたのは、プレートメイルを着こんだオーガが10体ほど。中には着替え中の奴もいたし、食事中の奴もいた。敵の侵入を受けて準備と腹ごしらえをしているらしい。振り向いた奴らは、まだ事態を把握していない。俺は遠慮なく、46マグナム弾を叩き込んだ。強烈な衝撃と反動が左手を襲うが知ったことか。
M460は、一年前召喚したM500の弟銃といってもいい。M500の50マグナム弾が『史上最大の拳銃弾』なのに対してM460の46マグナム弾は『史上最速の拳銃弾』だ。その初速は秒速700m・・・マッハ2を超え、尖鋭状の弾頭を装弾することで、更に高い貫通力を誇る。プレートメイルを着たオーガ装甲兵とは言え、心臓を打ち抜かれ、ことごとく一発で倒す。五発で五体。
「リロド。」
状況を理解し始めているオーガに、これみよがしに、俺はゆっくりと弾丸を交換する。
一体近寄って来たが・・・。余裕だ。広いとはいえ、巨体の、しかも重装甲のオーガなど、
接近すらさせない。再び五発で五体。片付いたが・・・人の気配がする・・・生きているのか?
俺はマスクを引き上げ、密かに用意していたフード&マントに身を包んでいる。もうドジも踏まない。
声の方に近寄り・・・見た。俺は、泣きわめく『それ』らにダガーでとどめを刺した。
このまま塔に潜入してやる。よくも!
空になった弾丸を交換し、小屋から出る・・・ち。油断したわけじゃないが、ガンナーのくせに今は冷静じゃなかったらしい。会いたくないヤツが、そこにいた。
「また会ったな。てめえ、何もんだ!」
変装しているうえ、認識阻害は作動している。大丈夫のはずだが。
「ここで何をしていた?・・・バカでかい音が聞こえたから急いで来てみれば・・・」
紅金の髪をしたライオンの女王、戦姫が大剣を俺に向ける。俺は身動きしないまま、周りの様子をうかがう。他に気配はない・・・が、脳内の情報画面に、ここに向かう赤い点が示されている・・・この状況じゃ、俺はこいつらの敵、となるらしい。当然か。
戦姫の獰猛な殺気を受け流し、距離をとる。このぶんだと20秒ほどで合流される。無言の俺に、業を煮やした戦姫は、牽制のためか
「答えやがれ!」
と、火炎弾を撃ってきた。直撃ではないが、爆風とかで不都合がありそうだ。俺は火炎弾の核を狙撃する。轟音と光煙を周囲にまき散らし、46マグナム弾は、戦姫の火炎弾を打ち抜き、吹き消した。俺も戦姫もその爆風で足が止まる。が、先に俺が立て直した。
「なんだとぉ!」
予想してなかった戦姫が驚くスキに、白煙幕をだし、俺は遁走した。単独潜入は諦めるか。
「待ちやがれ!黒いの!」
誰が待つか!まともにやりあったら、危ない相手だ。戦姫の死角・・・倉庫の影から裏通りに入り、一息つく。位置情報では・・・みんな合流しそうだ。墓跡に。俺も変装を解こうとして・・・「黒いの?」とつぶやいちまった。暗い灰色のフード&マント・・・黒いかな。
装備品の鏡を見てみる・・・爆風か何かでフードが脱げていた。おや?俺の髪が黒くなっている・・・ガンナー状態の俺の髪が変わるのは初めて知った。しかし地味な変身だ。
どうせなら金髪で逆立ってりゃ『スーパー』アサシンとか、『スーパー』ガンナーとか
デビューできたのによ。そんなことを考えていると、M460が消えた。
「ふう・・・今までじゃ、一番、素に近かったな。良くも悪くも。」
俺は超高速移動で、倉庫を周りこんで、さりげなくみんなの後ろについた。
「ソディ、何があった?」
護姫様が戦姫様に問いただす声が聞こえる。
「前にエルジュウエスんとこでやりあったヤツがいたんで、思わず火炎弾を撃っちまったが・・・撃ち落とされた。あの身のこなしといい・・・やはり、ただもんじゃねえ。」
それはお前だ。人食いライオン・・・あの殺気だけで人は死ねるぞ。
「どんなヤツだ?」
「黒い髪で灰色のマントで・・・なんかよく覚えていねえが、そっちのでかい小屋からでてきたんだ。」
「黒い髪?珍しい・・・。」
戦姫様と護姫様とコルンさんは小屋に入っていった。勇者様とミュシファさんは残った。
「ミュシファさん?何やってるの?」
何やら鼻をクンクンさせていた。
「え・・・いつの間に戻ってたの?・・・えっと、なんか、変わったにおいがするの。煙っぽいっていうか・・・。」
ち。この子、五感・・・嗅覚もいいんだな。風上の俺はさりげなく『犬用』の粉をまいた。
「くしゅん!・・・くしゅん!」
「大丈夫?ミュシファさん?」
そう言いながら、俺は、一滴だけ『薬』をたらしたハンカチで、彼女の顔を拭いてあげた。鼻はちょっと丁寧に。これで当分嗅覚はマヒしているが、自分では気づくまい。
「あ・・・あの・・・ありがと。」
そんなことをやっていると、中に入ったメンバーがゲンナリした顔で出てきた。
「あの黒いの、人間もオーガも見境なしかよ!」
・・・そう思われても仕方ない。俺はそういう男だ。
「・・・まだ、そうとも言い切れませんが・・・?パシリくん、いつから?」
「え、さっきからですけど。ねえ?」
顔を拭いてあげているミュシファさんも
「あ・・・はい。いましたけど?」
と同意してくれた。
「あら?・・・そう。」
コルンさんはそう答え、護姫様は単独行動をした俺を叱った。
「バカ者!従者パルシウス!ここは敵地だ。かつての故郷とは言え、危険なことは許さぬ!」
俺は平謝りに謝って、ついでに俺もさっきの話の男を倉庫辺りで見た、と伝えた。
「倉庫?あの大きな・・・見てくるか?そう寄り道でもない。」
護姫様は、コルンさんに同意を求め彼女もうなずいた。時間にはまだ余裕があるらしい。
「わっ・・・すごいにおいね・・・。」
「おええっ・・・俺、外で見張りやってるわ。」
「何かが腐ったような・・・『腐敗』の魔術か?」
「・・・。」(うなずく。)
「あれ・・・あの、なんか鼻が変。」
「ゴメン、さっき俺が強く拭き過ぎたかな・・・。」
倉庫に入る。結局戦姫とミュシファさんは外で見張りだそうだが。
「ゴブリンシャーマン!一体は生きている・・・まるで証拠を残してくれたみたいね。」
「たまたまではないか?・・・そうでもないか。始末したり拉致する時間は、あの後でもあったか。」
「この腐ったのはなんですか?」
コルンさんは無言のまま、積まれた袋の印を見て眉を顰め、そしてそれを引きちぎった・・・腐った麦が糸をひきながら零れ落ちる。
「やられたわ・・・これはホルゴスから運び出された食料。人だけじゃなく、こんなに食料を・・・今頃ホルゴスの食糧庫はカラかもね。」
「なんだと!では凶眼族が、ホルゴスを兵糧攻めにしようとしているということか?」
それは大変・・・ではすまない。致命傷だろう。食料に備蓄のない都市など、落城必至・・・ちぃぃっ!失態だ。影守としてもここまでやられるとは考えてもいなかった。
「・・・いくら凶眼族が賢いと言っても・・・これはおそらく・・・。」
やはりそうなのか。人間が裏切っているのか。それもかなり本格的に。実際、ここを守っていたのは人族の兵が2~300人。更にオーガやゴブリンもいた。組織的に、計画的に、亜人に協力する人間がいるんだ。
念のために見に行ったもう一つの倉庫も中は腐った食料だった・・・。
「危ないと思って、すぐに処分されてしまったか・・・。取り返される前に。」
「決断の早い敵の様です・・・こうなったら、せめてそいつらだけでも捕まえましょう。」
「ああ。」
会話の間、勇者様は無言のまま腐った食料を見ていた。決して、単にもったいないとかの感じじゃなかった。もっと深く何かを憂えていた。おそらくだけど、自然の恵みをこうも粗末に扱うことへの怒りがあったと思う。なぜなら・・・俺の中の猟師も、そんな風に感じていたからだ。そう思っていると、振り向いた勇者様と目があった。勇者様は俺にうなずき・・・俺もうなずき返した。そのお顔は、悲しみと怒りに彩られていてさえ、とても美しかった。
目の前の塔は、近づくにつれ、大きく高くそびえるような気がした。だが、急ぐ俺たちはその塔に向かうしかなかった。目前の跳ね橋は、先ほどの城門よりもずっと近い。
「パシリくん、できる?」
もちろん俺の弓なんかよりも他にいろんな手立てがあるだろうが、矢で跳ね橋を落とせるんなら手っ取り早いのも事実だ。
「・・・やってみます。」
正直に言えば、今日はいろいろありすぎた。左手もしびれてるし冷静さには程遠い。狙撃弓兵としては失格だ。本来、狙撃とは鈍いくらいでちょうどいい。
だが・・・これは、村の人たちの、俺の家族の無念を晴らすための矢だ。覚悟を決めて放つ・・・。
それでも、一射目は外した。自分の才能の無さと練習不足に腹が立つ。一瞬、皆にも申し訳なくてうつむいてしまった。
・・・トン。だれかに背中を叩かれた・・・勇者様?
勇者様は、俺の正面に来て、俺をにらみつけ、うつむいていた俺に向かってあの美しい旋律で何かを語り掛け・・・そして、跳ね橋をさした。
「勇者様?また、撃てってことですか?」
ウンウンって感じで勇者様が笑った。
「大丈夫よ、パシリくん。時間余裕あるし。」
「寄り道した割には、最初の城門突破が早かったもんな。」
「ああ、5,6本外しても気にするな。」
現金なもので、そう言ってもらったおかげか、この次は立て続けに二本とも命中し、跳ね橋は落ちた。
勇者様が背伸びして、いい子いい子してくれたのは、恥ずかしかった。
「なんだ。結局外したのは一本きりか。チャラチャラしてるくせに侮れねえな。」
「・・・全然だめですよ。俺、ホントに・・・。」
「ハイハイ。弓のことになるとパシリくんはミョ~にケンキョでガンコになるから、この辺にしておきましょう。」
・・・そうじゃないんだけどな。そう思って横に目をやると、ミュシファさんが俺をにらんでいて、ふっと目をそらした。俺、なんか悪いこと・・・したな。気づかれたか?
俺たちは、さっさと跳ね橋を渡り、門を破って、塔の玄関前に向かった。コルンさんがミュシファさんを呼んでいる。・・・そう言えば、さっき存在感なかったな。さすがスカウト?
「ミュシファ、人手も時間がないから、あなた一人で・・・5分以内に塔の四方に護符をはってもらうわ。妨害はないと思うけど、確実じゃないし、塔は思ったより大きい。はる方位や要領はさっき話した通り・・・できる?もし自信がなかったら、パシリくんに手伝ってもらって・・・」
「一人で!・・・あ・・・あの・・・一人でできます。やらしてください!」
ミュシファさんは珍しく言い切った。へえ、あの子、こんな顔をするんだ・・・。やや気弱な部分は残っているが、それでも彼女は覚悟を決めた顔をしていた。
「わかったわ・・・まかせた。」
先に行ったみんなを追おうとしていた俺の前に、ミュシファさんがなぜかやってきて、・・・またさっきみたいに俺を一瞬にらんだ。なんか思いつめた顔をしていた。
「あの?俺、なんかした?」
したけど、ばれている様子ではなかった。だから聞いてみたが・・・。ミュシファさんは何も言わずに、行ってしまった。
だから、思春期症候群は嫌いだ。自分のことだけで、相手がどうなるか、俺が今困ってるのがわかんねえだろ?・・・どうも最近俺も思春期症候群に侵されてるのか、イライラする。
そんな俺たちを見ていたコルンさんが「青春ねえ」とか言ってたのは知らない。
戦姫様、勇者様、俺、コルンさん、護姫様の縦一列で塔に突入する。突入のタイミングは「隊章」とやらを使ってセウルギンさん、ミュシファさんと打ち合わせていた。
陣法師の術の一つで、隊員の手の甲に、ある術式に由った紋章を刻むことで隊員同士の連絡がとれたり、戦場での連携がよくなったりするらしい。連絡については、距離が遠くなるにしたがって莫大な魔力や儀式詠唱が必要になるが、至近距離ならほとんど問題なく隊員同士の連絡ができるそうだ。
正直うらやましい気もしたが・・・俺本来の任務を思い出し、忘れることにした。どうせ俺はいま限りの仮隊員なんだから。
突入したものの、敵は全く出てこなかった。残った戦力を集中しているのだろう。うかつにタワーディフェンスしてくれれば各個撃破できたのに。ち。しぶといな。しかし・・・次の階は、間違いなくいる。
一旦停止して、俺が階段の下から、鏡を使った偵察用具で様子をうかがう。目立ちたくないんだけど・・・ホント。
「コルンさん・・・みんな人間族だ。戦士10名ほど。魔術師とその護衛が一名ずつ・・・妙に小柄だな。女か?で奥に・・・プリースト?人間を裏切る司祭クラスが?どんな宗教だ!」
「プリースト・・・まさか?」
考え込んだコルンさんだが・・・。
「まず我が出る。」
「シル姉?俺じゃ・・・」
「ええ。護姫様にお願いします。まずは橋頭保の確保が優先ですから。」
「ちぇっ。」
「続いて勇者様、戦姫様、パシリくん、わたしの順・・・正面はそのまま護姫様、左に勇者様、右に戦姫様。護姫様の後方に私。パシリくんはわたしの護衛と、弓での援護をお願い。」
どうやら隊章のない俺のためにわざわざ丁寧に話してくれているようだ。とりあえず俺はアーチャーの扱いだ・・・戦力的には微妙だが、状況的にはアサシンよりましだろう・・・ばれるって。乱戦苦手だし。
「敵の第一陣、第二陣はそれぞれ中レベル戦士4人、高レベル戦士1人の5人の横陣。第三陣は高台に魔術師1その護衛1・・・奥に高レベル司祭・・・こいつが頭目でしょう。」
「んじゃ、魔術が封じられてるって気が付かねえうちにまず一撃かますか!」
「うむ、では突入する!」
10m四方ほどの部屋だ。護姫様の突入に合わせ、打ち合わせ通り陣形をつくる。うかつに近づいた戦士の一人は、護姫様に飛ばされた。
「ばかめ、まずは守れといったろうに!」
第一陣の隊長らしい戦士がつぶやいた。その言葉通り、その後はうかつに接近する敵はなくなり、大きなタワーシールドを展開し、それぞれ短槍や剣を構えた。
第二陣は長槍で統一されている。うかつに近よると一陣の盾で防がれ、一陣と二陣から攻撃されるようになっていた。城門の兵士とはレベルも練度も段違いだ。
なかなか堅固だが、精霊魔術を使える勇者様や戦姫様なら蹴散らせた。しかし魔術は転移をさせないため今は封じて・・・間に合ったかな、ミュシファさん。
そんな感じで、陣の展開が終わって、こちらもすぐには仕掛けられず、まずは様子見から入った。
部屋の奥から、桁違いの存在感を感じる・・・真っ白な聖衣をまとった、深紫色の瞳に禿頭の男。そのすさまじく整った顔立ちは、その年齢をあいまいにさせている。
「覇迦威聖教僧正・・・滅空。やはり。」
コルンさんが奥の司祭を見てつぶやく。そのつぶやきは意外に響いた。それに中性的な声が応える。
「・・・ボゥマンの孫。奇遇だな。」
知り合いか。互いの視線が激突し、見えない火花が散った。
「大物よ!みんな、捕まえて!」
その声がきっかけで、前衛同士の衝突が始まった。
戦姫様が敵の前衛に突撃した。一人の戦士の盾をいきなり半壊させたが、向こうも覚悟していたか、盾を失いながらも態勢を整え、剣をふるう。更にその後方の長槍が二本、一斉に戦姫様を襲った。
「ちい。うっとうしいぜ!・・・この槍、何でできてやがる!」
大剣で槍を払いながら一旦離れる。槍の柄が簡単に折れず、当てが外れたようだ。
勇者様は、素早く小剣をふるい、立て続けに二人の敵の剣を飛ばしたが、これも二陣目の長槍に一度動きを止められる。
護姫様は、後ろの俺たちのことを考え、また左右の戦況も考えているせいで、自分からは積極的には出ていない。
しかし、一時的に拮抗しているように見えるが、明らかにこちらが押している。向こうは防戦重視で、反撃は厄介だが単発だ。この状況が続けば、まもなく勇者様か戦姫様が左右を突破するだろう。
そして・・・不本意ながらアーチャーとして自由に敵を狙える俺だ。敵の僧正とやらを一気に戦闘不能にしてやろうと、狙いを定める。
司祭というクラスのわりに、軽装だ。油断したな・・・。いくらダメ弓兵でもこの間合いじゃ外さない。 ひょい、と放った俺の一矢は、しかし三列目の護衛の剣に払われた。
・・・あの護衛・・・あんな華奢なのに。女の子だ・・・きっと年下の。ち。やりにくい。
その隣にいる白い髪の小柄な魔術師・・・弟と同じくらいじゃないか・・・。思春期どもめ。
「アイネイア殿、かたじけない。シン殿、お頼み申す。貴殿の卓越した魔術の力と我が秘術の成果、ここでお見せいただけるか?」
滅空という司祭が、明らかに年下で格下の二人に、不相応なほどにへりくだった言い方をしている。妙に胡散臭いと思う。が、何と言うか、その声には抗いがたい不思議な魅力が満ちていた。シンと呼ばれた少年は顔を紅潮させて
「滅空様・・・あなたに救われた命、あなたに受けた恩義、あなたにかけられた期待に今応えます!」
そう、まだ声変わりもしない声で叫んだ。はっきり言ってそれだけでも、痛々しかった。俺は耳を塞ぎたかった。が、その少年がローブを脱ぎ捨てると・・・
「あああ・・・」
「いたいよお」
「助けてええ」
「お母さん・・・お母さん・・・」
その少年の胸や腹、肩・・・全身のあらゆるところに、人の顔が浮かんでいた。
大人も、子どもも、男も女も・・・その数は十を超えた。一番目立ったのは、その胸の中央にいて、母に助けを求め泣き叫ぶ8歳ほどの男の子だった。先ほどの比ではない、悲愴感と違和感が俺を包んだ。
あの小屋で、オーガのえさになっていたのは、きっとあれになりそこなった人たち。
彼らの味方のはずの前衛の戦士たちですら、その怨嗟の声を聞いてたじろいだ。まして、我々・・・特に勇者様は明らかに動きが止まった。が、その様子を微笑みを浮かべて見ているヤツもいた。
「おおっ、13歳にして、魔術を極めた鬼才シン殿。その全身に移植した魔力疽があれば、魔術を封じたと思っている凡愚どもに鉄槌を下すも容易なこと。」
ち。魔術を封じたことに気づいて、かつその対策ができてるってことか!厄介だ!
しかし防具はない。今なら・・・。でも、子ども・・・弟と同じくらいの・・・。
「確かに、大気中のマナと体内のオドの結びつきは阻まれ、普通なら魔術の行使は不可能。しかし、ぼくの魔力疽はマナの代替としては十分な力を示してくれる・・・使い捨てだけどね。」
勇者様が、大きな声で・・・今まで聞いたことのないような剣幕で叫んだ。その激しさはいつもの音楽的な旋律とは異なる、痛ましい響きを感じさせた。そして、その天にかざした左手に、輝く光の結晶をつかみ一閃、敵の前衛を吹き飛ばした。が、彼女の輝く刀が少年に届く前に、護衛の少女が立ちふさがった。13歳ほどの少年と16歳ほどの少女。そのあまりに華奢な姿に、俺は矢を放てずにいた。
「アイナ、ありがとう・・・くらえ!魔力矢!」
と詠唱なしの一動作で、彼の頭上に20本ほどの魔力矢が出現した。その瞬間、右肩の顔、二十歳過ぎの男の顔、と、右わき腹の30程の女の顔、が絶叫を上げ、こと切れた。
「パシリくん、あれはあの司祭の手、あの子たちに同情しても無駄だし、とても許されないわ。」
コルンさんの声が、妙に遠くから聞こえた。しかし、俺はかろうじてその声に従って少年に速射を試み・・・その二つは傍らの少女に防がれ、一矢は
「きゃっ・・・くっつ。」
・・・少年の盾となった少女の肩に突きささった。少女は正面の勇者様を相手にしながら、へたくそとは言えこの距離の矢を防いだのだ。
そして、魔力の矢の雨が俺たちに注いだ。幸い狙いは定まらず、しかも標的を我々全員に分散していたのだろう、俺を含めて、重症の者はいなかったが、全員が傷ついた。
「シン殿・・・遠慮は無用。アイネイア殿が防いでいるうちに、彼女が傷つく前に奴らを打ち倒さねばなりませぬぞ!」
・・・この滅空とやら。子どもをいい様に操って・・・こいつを先にやれば・・・。
「わかっております、滅空様・・・魔攻槍・・・」
「待て、シンと言う少年にアイネイアとやら。お前たちは人族を裏切るたくらみに加わってるのだぞ!わかっておるのか!今ならまだ許してやれる。手をひけ!」
戦意あふれるはずの戦姫様ですら、城門での攻防から比べると精彩を欠く。勇者様も、一見激しく攻めているようで、気迫ではアイネイアという少女の捨て身の動きには押され気味にすら見える。
そして俺は・・・むだに迷っている。これで、隠しているとはいえ影守一のアサシンなどとは恥ずかしくて言えない。技ではなく、覚悟が、戦意が、殺意が足りないのだ。そして何より冷静さを欠いていた。
護姫様は、その状況を見たのか、少年に呼び掛けた。その答えによっては。我々も覚悟が決まる、という判断なのだろう。が・・・
「人族なんて、滅んじゃえ!僕のパパもママも、何で死んだんだ?助けてくれたアイザール師を何で暗殺したんだ?なにがホルゴスのためだ!何が人族のためだ・・・いつもいつも人間の敵は人間だ!どうせ共食いしかできないなら、僕が滅ぼしてやる!」
・・・アイザール・・・俺はその名の魔術師の名を知っている。その最後も知っている・・・。
「僕には、もうアイナしかいない。どうせ二人きりだ。他の人間なんか、知るもんか!」
その叫びに、アイネイア・・・アイナと呼ばれた少女も涙を浮かべ、そのまま勇者様に切りかかっていった。
おそらく普段であれば、陣法で仲間を完全に掌握できるコルンさんも、この時は術も使えず・・・ち、魔術を封じたのは仕方なかったはずだがこの局面では・・・。
ずざあっ・・・その時、血煙が舞った。
勇者様の、さっきまで形があいまいだった光の結晶が今ははっきりと、力強い輝きを放ちながらもその姿を見せていた。普段は勇者様の体内に根を張り潜んでいるという・・・。
黄金の輝き。優美な曲線。それは勇者様の手にあって、生きているがごとく力強い波動に脈打ち、周囲を圧している。
その刀がアイネイアという少女を切り伏せて・・・。
「勇者様!?」
俺は思わず、非難めいた声を上げてしまった。勇者様は一瞬俺を見て、しかし、また前を向いた。正面には、少年シン。
「貴様あ、よくもアイナをぉ!」
臓腑をえぐるような叫び。彼は頭上の魔攻槍・・・大きな白光の槍を勇者様に向け投じた。同時にシンの体にある魔力疽の半分近くが、あるものは叫び、あるものはうめき、あるものは泣き・・・絶えた。そこまでして放った少年の絶望は、勇者様の刀により雲散霧消した。
その場に崩れ落ちるシン。そして・・・
「なるほど・・・それがエルフ族に託されたという、先代の世界樹の芯核の刀・・・。侮れぬ・・・しかし。勇者エンノ、人の言葉を話せぬお前が、人の世に何を語れるというのか!人をどう導くと言うのか?シン殿の絶望をいかにして救う?救えねば殺すだけか?この世ならぬ精霊の理を示すことができても、貴様にできるのは、敵に怒りをぶつけるだけ。貴様は大義を語ることも勇気を説くことも人の心を救うこともできまい!敵も味方も、貴様の故なき理不尽な暴力に振りまわされるのみ。それで、世が救えるか?・・・所詮、勇者など今の世には不要!」
侮蔑とともに投げかけられた滅空の言葉を歯牙にもかけず、勇者様はシンの細く小さな体を斬殺しよう前に進む。なぜ?その問いは俺にもあった。しかし勇者様は語れない。
「させません・・・シン様ぁ・・・シン様は・・・殺させない・・・」
両断されたはずのアイネイアが、勇者様の足をつかむ。動きが止まる。
「ぼくはアイナとここで・・・滅空様・・・ここは支えられません。お逃げください・・・人間なぞ、愚かな人族など滅ぼしてくださいっ!・・・転送っ!」
「パシリくん!」
コルンさん・・・わかっている。今ならシンを殺れる。でも、あのアイネイアという少女の目前で、殺すのか?今にも死にそうな、あの子の前で・・・そうだ、滅空なら!
迷いに迷った一矢。
結局、いつもの俺だった。肝心な、一番大事な場面はかならず外す。本当にやらなければならないことは、必ずできない。俺の矢は滅空の頬を切り裂くにとどまった。
シンはすべての魔力疽を使いつくし、その絶望の響きの中、「アイナぁ」と言い残して崩れ落ちた。その体は、一瞬で腐敗し黒ずんで・・・床に倒れるとともに塵となった。しかし、最後に唱えた魔術は発動を始めた。滅空の白い聖衣が、輝きに包まれる。奴は矢を放った俺を見た。
「ふん・・・?暗い目をした少年よ。貴様にも我が仏天の救いが必要であろう。その瞳の奥にある苦悩は、第六天の主である我が教主にこそ救いを求めるがよい。では、さらばだ・・・シンか・・・感謝する・・・ハハハ。よく働いてくれた。せいぜいお主も救われるがよい。お主らの復讐は心地良かった。人の世の愚かさを改めて教えてくれたぞ。ハハハハハ・・・ハハハハハハ!」
光がはじけ、高笑いを残し、その怪僧は消えた。
「マナと結びつかないオドのみによる魔術の行使・・・その代償ね。勇者様。その少女を」
コルンさんが言い終わる前に、勇者様は持参していたポーションでアイネイアという少女の治療を始めていた。
「どうする、お主ら?このまま我らと戦い命を落とすか・・・金で雇われた者だけならば、命は助けてもよい。事情は聞かせてもらうが・・・ただし非道な行いをしていないなら、だ。」
第一、二陣の生き残り6人のうち、4人が降伏し、二人は戦姫様と護姫様がそのまま討ち取った。
俺はこの戦いで、何もできなかった。いや、どうするべきかすら、俺はわからなかった。わかっているのは、俺が、あのシンに一年前の自分を重ねていたこと。家族を殺され、その怒りを向ける相手がいれば、迷いなく叩きつけるだけだった。そしてアイネイアのように、守りたいものがあれば自分がどうなっても守り抜きたかったということ。
そして・・・シンを救ったというアイザール師を、暗殺したのは俺だったということ・・・。
つまり、多くの人を犠牲にしたこの一連の事件のきっかけは、俺なんだ。俺の村を汚したのは、俺自身だった。
あの後のことは、あまり覚えてはいない。コルンさんが持参した魔法装置でホルゴスの仲間と連絡を取り合い、誘拐された人たち・・・300人ほど・・・の救出が無事終わった。エムズ川には予定通り廻船ギルドが手配した船が着いていた。生き残った敵・・・アイネイアという少女は眠らせたまま・・・もホルゴスに輸送し、尋問することになった。
俺は、戦闘の後、なぜか真っ先にキーシルドさんのいる城門に向かった。城門付近には逃げ出そうとした城兵が、30人ほど倒されていた。この人も化け物だな、やっぱし。
「キーシルドさん、塔の占拠は終わりました・・・勇者様たちが、今みんなを解放しています・・・。俺、何にもできませんでした・・・。」
うつむいて、そう言った俺に
「パルシウス殿の役目は拙僧らを案内すること。立派に果たされていたではありませぬか。城門の突破もお見事でしたぞ。みな、それぞれの役目を果たしたのです。充分ではありませぬか。」
そうじゃないんだ。キーシルドさん。そんなんじゃないんだ・・・俺がこの事件の・・・。もちろん言えるわけがない・・・リュイ、会って聞いてほしい。でも、会っちゃいけないのか。お前と別れて、たった一日で、俺はもう壊れそうだ。
ただ・・・勇者様は、あの時迷わずアイネイアを斬った。シンも斬ろうとしていた。あれは正義なんだろうか?あの無邪気な勇者様が、あんな子どもたちを躊躇なく・・・。それは正しかったんだろうか。他にやりようはなかったのだろうか?そんな疑念が微かにあった。しかしあの後、勇者様はいつものように何も語らず、ただ塔の窓から外を見ていた。その姿が、妙に俺の心に残った。