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毎日元気なキス泥棒

作者: 原田かこ

このふわふわにありつけない不運な存在は

見渡せば身近にたくさんあります

ふわふわを与えることができそうな人が増えることを祈ります

 朝、暗いうちに貴方は目を覚ます。私は待っていました、とばかりに貴方前を呼ぶ。けれど、エアコンの電源を押し、素っ気なくトイレに行って、ヤカンをコンロにかける。夏でも冬でも裸足のまま歩き回る。ようやく振り返ってくれたので、嬉しくて膝にとび乗る。頭部を大きな手で撫でてくれる。この時間が好き。力任せに自分の体を押し付ける。見上げる貴方を見て最近切に望むことがある。とってもキスがしたい。ついもぞもぞ動いてしまう。脳天に鼻をつけて私の匂いを確かめている。つい目を細めて手に力を込める。ぽんと離され貴方は既に日常生活。今日もタイミングを逃がしたみたい。忙しく動き回っているので、邪魔しないように窓辺に座って昇る朝日を眺めたりしているけれど、お互いに目があう一瞬がある。何でも喜んでしまうのは単純なお馬鹿さんのようなので、あえてふいっと視線を先に外す。

 その内に食事を私の前に並べてくれる。自分は出勤の前にかっこんで食べるのに、先にご飯だよって用意してくれるの。私はいっぺんに食べきることができない。半分程口をつけておいしいよってお礼を言うの。大きなビニールの袋を片手にドアに向かう。出勤の時間だ。貴方の影が窓の外を横切る。ビニール袋を置く姿を見たい一心で細い窓から顔を覗かせる。

行ってしまった。留守番は任せてね。うつらうつら眠りながら帰りを待つから。


 真っ暗で、寒いなって感じるのはひとりぼっちのためと思う。私は耳がいい。足音の区別を間違えたことない。待ちかねた足音を聞きつけて玄関の前に佇む。ああ。満面の笑顔。ただいまって抱いてくれる。部屋が一気に暖かくなり、ソファーの上でリラックスしていると美味しそうな食事が食卓に。貴方は後ろを向いている。ここはひとついただきます。私の手はかなり器用。音も立てずに簡単にひとつお味見する。こら、この泥棒め。…手は早いが、食べることが遅いのでばれて、お尻を叩かれた。痛くないけど、いじけて食べかけをそのままにソファーの隅で小さくなって上目遣いに貴方の様子を伺う。

 お前はね、俺と同じ食事では寿命が縮む。盗み食いダメだよ。

 叱られている。心配してくれている。なんか嬉しい。不用心している時は盗もうと心に決めた。そんな悪戯心を知らないから、お前は可愛いとソファーの真ん中に私を連れ戻す。一緒に暮らし始めて、3か月しか経過していないということが信じがたい順調で良好な生活。毎日が楽しい。貴方が私を可愛いというならそれしかない取り柄を濁らせないように努力するよ。だから私に飽きないでね。


 寒い翌朝、今朝も私は貴方の膝の上であるのをよい事に思いきり首を伸ばして伸ばし舌で唇をペロリと舐め上げた。これで仲良しと浮かれた気分はつかの間、鼻先を手で押されてやめろと引きはがされた。ちょっと。ひどいじゃない。もう放り出されてしまい気持ちが萎む。出された食事に釣られて私の機嫌はすぐ良い方向に回復した。そして、いつもの通りに残される。つまらないけれど我慢をするの。貴方は絶対に帰ってくるから。もしかしたら、帰ってこないことがあるかも知れない。それは、事故に遭遇したとか、私の元に戻れない不可抗力にあたった時だと言える自信はある。貴方がいなければ、綺麗な水や食事にありつけないから餓えて苦しんで死ぬでしょう。最後の鼓動の一打ちまで心配しながら朽ち果てる。だから、どんなに遅くても元気に帰ってきて。

 寒い季節の気配が隣まで迫っていた夜に動くことが辛くて公園の植え込みに身を隠して丸くなっていたところ、獣医に診察を頼みここに連れてきてくれた貴方は私の世界のすべてになった。怖くて怖くて爪を立てたこともあったけれど、私を嫌いにならないでいてくれた。部屋の隅で毛を逆立てていると、俺は猫を飼おうと譲渡会に行ったけれど、男の一人暮らしにはできないと断られた。でも、いつも、見かけていたお前が動かなくなっているのを見つけて、こいつがいたから他の猫と縁が繋がらなかったのだなって閃いた。一人で暮らすしがない野郎だが今日から家族な、このようなことを説明していたと記憶する。手術、注射、嫌なことを受けなければいけなかったけれど、どうってことはない。今が楽しいから。私が先にさようならをする日が来ても平気。だって持ちきれないほどの貴方と過ごした時間を抱えて出発するから。家族って限りなく普通のことで、排他できないもの。


 ずっと一緒がいいねーー。


人の手が必要な存在がたくさんあります

その手が多いと嬉しいです

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