何かが弾けた日
“ねぇ、明日はお昼ご飯、一緒に食べれない。ごめんね。クラスの人と、食べる約束しちゃったんだ。”
空が晴れやかに澄み渡った朝。
叶楽から送られてきたメッセージを目にしたとき、私は雷に打たれたみたいな衝撃を受けた。暫くの間、世界の全てが活動を停止したような気がした。
なんで。どうして。
そんなこと、私がどれだけ考えたってわからない。叶楽の考えを、この一文から読み取ることなんて出来ない。
退屈な一日のうちの一つの楽しみだったのに。
叶楽と登下校を共にすること。叶楽と二人でお昼ご飯を食べること。
これだけが、私の毎日を彩る唯一のものだったのに。そこからお昼を一緒に過ごすことが消えたら、私、どうすれば良いの?
どうしよう、なんで?私なにか、怒らせるようなこと、した?
でも、まだ毎日がそうと決まった訳じゃない。今日この日、だけかもしれない。きっと、そうだ。そう思おう。
そうじゃなきゃ、私の何かが壊れてしまいそうだから。
再び世界が動き出したのを感じたとき、そこからは、いつも通りの始まりだった。
支度をして家を出て、時間通りにバス停に着けば、叶楽の乗ったバスが来て、窓越しに手を振って。叶楽の笑顔も、いつも通り。そしてお喋りをして学校に着いて、お互い別々の教室に向かう。
本当に、いつもと変わらなかった。お昼までは。
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声が聞こえた気がした。叶楽の、無邪気に笑うその声が。
自分の机でお弁当を広げ、一人でご飯を食べようとしていた私は、どうしても気になって教室を出てしまった。
次の瞬間、私は後悔した。あぁ、出なきゃ良かった、見なきゃ良かった……って。
そこで、私が見たのは。
楽しそうに笑う叶楽だった。そして、隣を歩いていたのは、そんな叶楽を見て愛おしそうに微笑む、私の知らない人。
私を貫いたのは、朝感じた衝撃よりも強い衝撃。
……クラスの人じゃ、ない。
でもすぐに思い至った。もしかして、文芸部の人ではないか、と。
いいや。そんなことはどうでも良い。そう、どうでも良いのだ。
最も、私が信じられなかったのは、叶楽とその知らない人が、腕を組んで歩いていたこと。私もしたことがなかったことを、二人がしていたこと。
なんで?知らなかった。
どうして?知らない。
いつから?わからない。
グルグルグルグル頭の中で色んな考えが渦巻いた。答えは無く意味も無い、無駄な思考。
そんな素振り、少しも見せなかった。いつも隣で見てた筈なのに、何も気付かなかった。あの小さな胸には秘められた恋心があって、それが他の誰かに向いていたということに。
ややあって、メラメラと燃え上がる激しい嫉妬の心が顔を出した。あぁ、嫉妬って、本当に炎がゆらゆらと激しく揺らめく感じなんだな、と、どこか冷静な頭で考えた。
あぁ、なんてバカだったんだ。一人で舞い上がって、一人でドキドキして。
嫉妬?そんなもの、何の意味もない。あの笑顔は、あの視線は、あの子にしか向けられない。いくら嫉妬したところで、叶楽の心はこっちには向かない。
激しく燃え上がる気持ちとは裏腹な、冷静な思考。
相反する理性と知性は、確かに一つの人間の体に存在するのだとはっきりと感じた。そして、理性とは、知性で抑えなければならないものなのだ、と。
もしも私に、この静かな知性がなければ、どうなっていたかわからない。
でも、確かに感じた。
……自分の中で、何かが弾ける音を。
───何かが、壊れた音を。
そうして、これだけは理解した。もう二度と、お昼ご飯を二人で食べることはないということを。もう二度と、色鮮やかな毎日が訪れることはない、ということを……───。