誰にも送られない手紙
私のことを好きな貴女へ
えっと……なんか、好意を向けられている気がする……。そうだよね、夢乃。
何にも言われないけど、こんな私だけど、それでも気付いてる。……ある時、気付いちゃった。私を見つめるその視線が、ただの親友に向けるそれではないことに。こっそり、カメラやスマホで私の写真を撮っていることも。私のスケジュールを把握しているのも、私のことを好きだから。
……でも、ごめんね。私が好きなのは別の人なの。同じ文芸部の、柿木葩月なの。……ごめんね。
私のために、色んなことしてくれてるのも知ってる。テスト勉強、頭の悪い私のために一所懸命やってくれて、教えてくれるってこと。隠し撮り、してるのも知ってる。でも、どんなに夢乃が私のことを好きでも、例えばそれを告白したとしても、私は葩月のことが好き。他の何よりも、他の誰よりも。
貴女のことを、愛しい気持ちで、激しい恋心を持って見ることは出来ない。貴女のことは、永遠に友達としてしか好きになれない。だって、それらの気持ちは葩月に向いているから。
……だから。
だからね、夢乃。一緒に登下校の道を歩いたり、勉強教えてくれたり。お昼ご飯を二人で屋上で食べるのも、せめてもの償いなの。こんなに好きでいてくれるのに、その気持ちに答えられないことへの償い。
いつまで気付かれないように出来るかはわからない。
今は私のことを気遣って、お昼休みにしかクラスに来なかったり、文芸部の活動に介入したりしないけど、けどそのうち、気付くときが来る気がするんだ。
……なぜなら、この間葩月に好きって言っちゃったから。友達としてじゃなくて、恋愛の、っていうことも伝えた。そしたら葩月が、私もだよって言ったから。
……私と葩月は、その日、……。……その日、初めて口づけを交わした。やわらかくて、温かい唇に、そっとこのキラキラした気持ちをのせるように。恥ずかしくて、でもぽかぽして、ずっとずっとこの幸せが続けば良い、このまま時間が止まれば良い、って思った。
よく漫画や小説でみる、世界が輝いて見えるっていうのは、本当だった。
……もう、この世界には私と葩月しかいないんだって思えた。その時、貴女のことは、微塵も思い出さなかった。
私はもう、葩月がいなくては生きていけないから。葩月だけが私の全てだから。
……ごめんね、夢乃。自分勝手で償うことしか出来ない私で。何故、そして何時、私のことを好きになったのかは知らないけれど、夢乃のことは、好きだから。親友として。だから、ちゃんと幸せになって欲しい。私なんかで、苦しい気持ちにならないで欲しい。
どうか、お互いでお互いを幸せにできる、永遠に寄り添っていける人に、出逢って。
叶楽
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「ふぅ……」
書けた。一通の手紙を書き終わった私は、椅子の背もたれに背を預けた。きっとこの手紙は、自分の机の奥の奥に仕舞ってそれっきりになるだろう。誰に見せることも、誰の手に渡ることも、無い。
それでも、書きたかった。何となく、書いた方が良いのかなって思った。
……ごめん、ごめんね夢乃。本当に。
「辛いなぁ……」
もう家の中は静まりかえっていて、起きているのは私しかいなかった。
ピロン。
静かな部屋で、手紙を書き終わって力を抜いていた私はとても驚いた。携帯の通知音だ。跳ねた心臓の音を聴きながら、携帯に手を伸ばし、画面を見る。
……あ、メッセだ。……葩月からだ!!!えへへ、嬉しい。
“明日、一緒にお昼ご飯、食べない?”
メッセージには、一文、いつも通りの素っ気ない文面でそんなことが書かれていた。まさか葩月から、誘ってくれるなんて。ドキドキした。頭が良くて、ちょっとクールな彼女から、そういうことを言ってくれるのはあまり無いから。いつも私から甘えちゃうから。
顔が熱いなぁ、なんて感じながら、私はスイスイと指を滑らす。
“うんっ、良いよ、嬉しい!(*´∇`*)”
ほかほかとした気持ちで布団に潜り込む。
そしてふと思った。
あれ、夢乃への償いは?お昼ご飯、一緒に食べるのは、夢乃へのせめてもの償いだったのに。
でも。
私は、葩月がすき。だいすき。葩月と一緒にいたい。ずっとずっと、この先、おばあちゃんになっても。
私はもう一度、携帯に手を伸ばし、今度は夢乃とのトーク画面を開いて文を打った。
“ねぇ、明日はお昼ご飯、一緒に食べれない。ごめんね。クラスの人と、食べる約束しちゃったんだ”
私は少しの嘘を混ぜた。クラスの人とだったらきっと、夢乃も納得してくれると思って。
明日、バスに乗ったとき、夢乃はどんな顔をしているのだろう。少しだけ、顔を合わせるのが怖いな、なんて考えながら、私は瞼を閉じた。