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猫に恋をしましたシリーズ

猫に恋をしました

作者: チャミ

 彼女の事を一体何と呼ぶべきか。いや、この場合何と表現すべきか、と言うべきか。

 さながら小動物。

 さながら小さな宝石。

 さながら、小惑星。……これは少し違うな。

 まぁ、ともかく彼女は背の小さい触れるだけで倒れてしまいそうなか弱そうな女の子であった。

 そして、その女の子に出会ったのは高校の入学式。未だに新しい制服を着慣れない新入生が、自分の身なりを気にしたり、同じ中学の子と喋ったり、もう新しい友情を築こうとしているなか俺は見つけた。見つけてしまった。その女の子を。たくさんの生徒の中でその女の子に全ての感覚を奪われた。心臓が今まで感じたことのない鼓動をし始め、一瞬病気かなんて疑ってしまった。そう、俗にいう一目惚れであった。

 その女の子の名前は、猫澤ねこざわりん。もうなんというか、名前からして猫である。猫澤という苗字だけでも驚きなのに、そこに鈴なんて付けたら飼い猫を想像するに決まっている。

 そう猫なのだ。しかし──猫ではなかった。

 彼女とは、運良く同じクラスになりそれはそれは舞い上がったとも。ましてや、席が前となれば俺の命はもって数週間だろう。死なないけどな。

 猫のイメージとしては、クールな感じなのだが。彼女は、それとは違った。それを実感したのは一年生恒例の自己紹介。

 名簿の一番と一番後ろがじゃんけんをし、後ろが負け後ろから自己紹介となった。個人的には、嫌なことは早く済ませてしまいたい派なのでありがたい。

 後ろからする自己紹介に耳だけを傾けながら、何を喋ろうか考えている間に俺の番になった。

 結局何を喋るか決まらず、少し遅れて席を立つ。

 視線が嫌な汗をかかせる。平然を装い爽やかに笑ってみせた。


「えーっと、早見はやみたけるっす。皆仲良くしてくれると嬉しいんで、よろしく」


 軽く頭を下げ席に着く。なんだか、やってしまった感がすごい。緊張で口調が変な風になってしまった。実にまずい。これ、ちょっと「こいつチャラくね」とか絶対思われちゃってるやつだよ、絶対。

 拍手が鳴る中、小さくため息をつく。

 そして、拍手が鳴り止んだ。それが、次の人へバトンタッチだとでも言わんばかりに沈黙が目の前の猫澤鈴に向けられる。

 ゆっくりと、猫澤さんは立ち上がる。この教室にいる全員の視線が注がれた。これが、どれ程嫌なものかは分かる人には分かるだろう。


「…………」


 三十秒程経過した。この沈黙の三十秒は長い。次第に、沈黙がざわめきとなる。

 俺は、あえてうつむいていた顔を上げた。

 肩甲骨辺りまで伸びた艶のある髪が見えた。それは、揺れることなくそこにあった。

 そして、気がついたのだ。ほんの小さく聞こえる震えた呼吸を。か細く、はかなく、もろい。そんな印象を受ける小さな呼吸。そんな呼吸が堪らなく俺には辛かった。


「……ぁ……え、と」


 やっと小さく声が聞こえた。その声は、呼吸と同様に少し震えていた。


「ね、猫澤……り、鈴、です……よろしく、お願いします……です」


 そして、すぐさま席に座った。教室の中は戸惑いながらも拍手の音で満たされた。

 猫澤鈴。彼女は恥ずかしがり屋の女の子だった。






 入学式から約三ヶ月。すでに夏の猛暑が人々を襲っていた。

 そんな中、俺は一人の女の子の前に立っていた。厳密には、一人の女の子に呼び出されていた。俯いていた女の子は、自分の胸の前で力一杯両手を握りしめている。


「あ、あのっ!!」


 突然の声に驚くが、それを外には出さないよう笑顔で応える。


「なにかな?」

「そ、その……わたし、早見君の事が……す、好きです! よければ、付き合ってくれませんか……?」


 頬を赤く染めながら、上目遣いで聞いてる。胸の前で握った手は微かに震えているように思えた。

 正直に言って超かわいい。だが、残念な事に彼女は猫澤さんではない。確か名前は、山本さんだった気がする。あんまり喋ったことはないけど、俺のことを好いてくれたのは素直に嬉しい。しかし、


「ごめん、君の気持ちには応えられない」


 俺は猫澤鈴の事が好きなのだ。だから、付き合えない。そう、答えた。

 山本さんは、静かに目を逸らし俯いた。


「そう、ですか……」


 声が震えていた。きっと泣いているのだろう。好きな想いが叶わなかった感情ほど悲しいものはない。それは、とてもよく分かる。しかし、好きでもない相手と付き合ってもそれはきっと良いものにはならない。だから、素直な想いを彼女に伝えた。付き合えない、と。相手の気持ちが分かっていても伝えるしかなかった。


「ごめんなさい、突然……。今度会った時は、今のこと忘れて接してくれると、嬉しい……かな」

「山本さんが、そういうならそうする」

「ありがと……それじゃ、私は、これで──」


 すぐにきびすを返し走り出す。その背中が見えなくなるまで見つめていた。

 そして、俺一人となった。思わずため息が漏れる。


「なんか、複雑な気持ちだな……これ」


 猫澤さんへの気持ちに嘘はない。しかし、誰かを振るというのはなんというか複雑だ。自分も恋をしているから尚更なおさらに。

 ふと朱色に染まった空を見上げる。

 瞬間、物音が聞こえた。誰かが転けたような。音は、二階の教室から。正確には図書室。窓が開いている。


「あ、あの~……今の見てた?」


 上を見上げ声をかける。そして、その見ていた人にもなんとなく心当たりがあった。


「────猫澤さん」

「……」

「あれ、猫澤さんじゃないの?」

「に、にゃ~あ」

「……」

「…………にゃ────」

「なぜに猫のモノマネ!? 今の状況的に、何も喋らない方がまだやり過ごせる可能性あったよ!? ってか、図書室に猫なんて居ないから!」


 猫のモノマネ。というか、彼女がやった場合完全に猫になってしまう。

 窓から顔が出てきた。口元を抹茶色のハードカバーの本で隠しながらこっそりと。


「ご、ごめんなさい……覗くつもりは、なかったんですけど……」


 出てきたのは猫澤鈴。俺の好きな人だった。


「いや、別に責めてる訳じゃないよ。まぁ、場所も場所だしね」


 山本さんに告白された場所は、図書室の真下の校舎裏。窓を開けていれば、必然的に声が聞こえてくる。そして、それが告白となれば好奇心で見たくはなってしまう。悪いことかもしれないが好奇心というものに勝てるものはそうあるまい。

 猫澤さんは、申し訳なさそうに山本さんが走っていった方向を見つめていた。


「お断りに、なったんですね……」


 唐突にそんなことを聞いてきた。


「え、あ、まぁね。山本さんには、悪いけど」

「山本さん……かわいいのに……。どうして断ったん、ですか?」

「ん、まぁ──」


 俺は、猫澤さんを見上げながら微笑する。


「俺の好きな人は猫澤さんだから」

「……っ」


 半目で睨まれた。


「そういう、冗談は……いいです」

「いや、冗談じゃないんだけど」

「じゃあ……そういうれ言はいいです」

「それ意味同じだからね……」


 と、こんな感じで俺は彼女に告白している。し続けている。いつからと言われれば、最初から。入学式当日。あの自己紹介の当日。昼間までの学校の帰り。

 俺は、すぐに彼女に告白をした。誠心誠意。嘘偽りなく。まっすぐにその気持ちを伝えた。


「猫澤さん!」

「っ!? ひゃ、ひゃい!?」


 驚いたようにこちらを振り返る猫澤さん。明らかに動揺している。かわいいな、こん畜生ちくしょう


「俺、早見健って言います。覚えてるかな。君の後ろなんだけど」

「あ……あの、チャラい人ですか……?」


 くそ、完全に誤解されている!


「いや、全然チャラくないよ」

「自分では……そう言うんです……。そういう人は」

「……君は一体何を経験したんだい?」

「それで、なん、ですか……?」


 怯えたように尋ねてくる。右足を一歩引いていつでも逃げれるような体勢。これは気を付けないと逃げられてしまう。言葉を選ばなければ。


「えっと、猫澤さんに伝えたい事があるんだけど」

「宗教勧誘なら……間に合ってます」

「誰が宗教勧誘だ! そもそも俺のどこにそんな要素を感じたんだい!」

「だって……チャラいから……」

「君の知識、偏りすぎじゃない!? チャラい人に対する偏見だよ、それ!」


 宗教=チャラい。全く繋がりなど感じない。むしろ正反対と言って良い。

 なんだか、猫澤さんに対する印象が変わってきているんだが……。


「じゃあ……何なんですか……?」


 ここで話を戻すのか……。

 俺は、気持ちを切り換えるために咳払いを一つする。呼吸を整え心を落ち着かせる。


「その……なんていうか……」


 心臓の鼓動がうるさい。整えた呼吸がさっそく乱れ始める。心臓が破裂してしまうのでないかと思うほどに鼓動する。喉が一瞬で水分を失う。


「お、俺……」


 猫澤さんを直視できない。だが、それでは告白にならない。俺はこの気持ちを彼女に伝えるのだ。

 顔を上げ猫澤さんの顔を見つめる。彼女は、警戒するように一歩足を引く。


「実は……猫澤さんに一目惚れしました!! だから、付き合ってください!!」


 堂々と告げた。彼女に。我ながらすごいことをしたと思う。俺の性格からしてこんな事をすることはありえなかったはずなのだ。しかし、ありえないなんてことはなかった。

 俺は、彼女に告白をした。高校一年生になってまだ数時間だというのに。恋というのは時に人を狂わせる。よくいったものだ。こんな行為、狂ってなければ出来ない。

 そして、猫澤さん。こんな恋に狂った返答を聞かせてもらいたい。


「…………」


 顔が驚きで染まっている。そして、次第に赤く染まっていった。

 瞬間、キレッキレの動きで踵を返す。そして、脱兎だっとの如くその場から全力で逃げていった。その速度は、もうオリンピックに出られるのではないかと思う速度。見事。その言葉に尽きる。拍手喝采である。

 俺は、告白して逃げられた。俺の人生初の告白は、見事失敗に終わった。こちらは、拍手喝采とはいかなかった。

 そして、現在に至るまで俺は彼女に幾度いくどとなく告白した。もう何回告白したか覚えていない。二桁は確実にいっている。

 その度に、逃げられ、誤魔化され、スルーされ、しまいには冗談だと思われている。

 この気持ちを全く理解してくれない。

 最初は落ち込んだ。軽く泣きかけた。しかし、俺はめげない。ウザいと思われようと、この気持ちは本物なのだから。返事をもらうまでは絶対に告白し続けてやる。もらっても付き合えるまで、告白してやる。

 そうして告白し続け、なんだか猫澤さんとよく話をするようにはなった。相変わらず、告白しようとすると逃げられたりはするのだけれど。普通に話をする分には大丈夫なようだった。


「ねぇ、猫澤さん」

「な、なんですか……」

「これから一緒に帰らない?」

「いや……その……」

「なんかおごるよ」

「私を……物で釣る気ですか……。そんな手には、のりません……」

「アジフライ奢ろうと思ったんだけど」

「行きます!!」


 即答だった。

 すぐに窓から猫澤さんの輝いた顔が引っ込んでいった。こちらに向かってくる準備をしているのだろう。


「っていうか、アジフライで付いてくるのか……」


 猫澤さんの好物アジフライ。もう、なんだか実は猫だったりするのだろうか。化け猫的な。まぁ、あんなにかわいい化け猫ならいくらでも騙されてあげちゃう。アジフライあげまくっちゃう。

 というか、これ、もしかしたらアジフライ一年分で付き合えたりしちゃったりするのかな。

 なんて不純な考えを頭から振り払う。


「さて、玄関で待つか」


 振り返ると人がいた。それは、猫澤さんだった。


「えっ、猫澤さん!?」

「何、してるんですか! 早く行きましょう!!」

「図書室からここまで五分は掛かるはずだけど!?」

「? 何を言ってるんですか……? あれくらいの距離、一分も、いりません、よ?」


 何を言っているのかと聞きたいのはこちらの方だ、猫澤さん。君は、オリンピックに出るべきだ。人類最速になってきなさい。


「ほら、アジフライ──間違えました、早見さん。アジフライを食べましょう!」


 今この子、俺の事アジフライって言ったか? 言ったよね完全に。俺の事アジフライって言ったよね!? どこら辺に間違える要素があったか教えてほしいんだけど。アジフライ好きすぎだろ!!


「ちょっ──」


 手を握られて校門へと走る。

 初めて彼女に触れた瞬間だった。柔らかくて、小さくて、愛らしい猫澤さんの手。もちろん、猫のような肉球はない。なのに柔らかい。他人の手は、こんなにも柔らかいものなのか。そもそも女子と手を繋いだ事すらそんなにないのに、それが好きな人の手となればもう堪らない。

 俺は、嬉しくなって俺の手を引く彼女の背中を見つめる。

 小さい。俺の鳩尾みぞおち辺りの身長しかない。黒髪は肩甲骨の辺りで左右に揺られている。けど、アジフライの為に引く手は、俺を動かすほどに強い。

 背中から握られた手を見つめた。

 俺も、握られた手を少しだけ握り返す。この瞬間を忘れないために。心に少しでも刻むために。


「きゃっ!?」


 猫澤さんが、突然声を上げ握られていた手を離す。


「ど、どうしたの? 猫澤さん」


 自分の手を守るように胸の前に置く。少し、内側に肩を入れその手を隠す。

 本当に何があったのだろう。心配だ。何か変なものでもあったのだろうか。変質者でも現れたか。それとも、ヤンキーか何かか。よし、俺がなんとかしてやる。だから猫澤さん、俺の後ろに隠れてて。


「────へ」

「へ?」

「変態!?」

「だ、誰が?」

「早見さんですよ!」

「えっ俺!? 俺、何もしてないよ!?」

「しました! 重罪です、大罪です! セクハラは立派な犯罪です!!」

「セクハラが犯罪なのは知ってるけど、俺は何もしてないよ!?」


 清廉潔白。全くもって黒い心など持ち合わせてはいない。だというのに、何がセクハラ行為なのだろう。理解不能である。


「理解不能なのは……こ、こっちです!」

「さりげなく心を読まれた!?」

「なんで……なんで、わ、私の手を握っているんですか!?」

「…………え?」

「気が付いたら、わ、私の手が早見さんの手の中に……!」


 いや、いやいや。君が掴んだんだよ、猫澤さん。アジフライに釣られて君が俺の手を掴んで行ったんだよ。むしろこちらが、被害者だ。冤罪も良いところである。


「お、女の敵です!」

「いや、ちょっと待ってよ猫澤さん!」

「触らないでください、近寄らないでください、アジフライ早く買ってください!!」

「人を犯罪者呼ばわりしてアジフライは、買わせる気なのか猫澤さん!?」


 なんというか、支離滅裂、というのがピッタリだ。

 けど、俺は知った。

 こんな一面も彼女にはあるのだと。あの自己紹介の時の、テンパりようは相当だった。しかし、彼女と関わって俺は知った。

 彼女は、とても明るく、とても可愛く、とても楽しい子なのだと。

 そして、そんな彼女が俺はやっぱり好きなのだと。たまらなく好きなのだ。

 彼女は、猫でもなく、恥ずかしがり屋の女の子でもない。

 ただの明るい女の子だった。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 猫澤さんが可愛らしく、癒やされました。 また、名前の可愛らしさも素敵ですね。ネーミングセンスが素晴らしいと思いました。
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