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第六章


 俺達は、四人で夏を過ごした。

冬音が怪我してるから、以前ほどアグレッシブに活動はできないが、ある程度は動けるようになってるし、それに室内でゲームしたりとかな。

そして、今日から九月が訪れる。いつもなら昨日まで予備校、今日から学校だったので夏が終わったと言いう感じがしたが、今年の夏は昨日と変わらない生活が続いていて、まだまだ暑いこともあり、俺的にはまだまだ夏が続いている。 

 本来なら全員とっくに寿命を過ぎているので、もう助かるものかと思っていたが、高橋曰く治療薬には延命薬よりも高い延命効果があるので、まだまだ油断できないらしい。だが経過は悪くないとのこと。

 ちなみに病院は、この夏人員集めに四苦八苦していたんだそうな。

今日は四人、また高橋に呼び出されている。場所は前と同じ、第一棟の診療室。不吉だ。

「春風。あんたが開けなさいよ」

前にもこんなこと言われたな。

まあ今回はそこまで緊張感ないので、俺は平然と先陣きって部屋の扉を開けた。

「来たか。こっちから順に、新鳥、蒼葉、和泉、鈴代の順で座ってくれ」

なぜか席が指定されていた。椅子は小さな丸テーブルを囲むように設置されていて、各席の前にコーヒーや紅茶が置かれていた。

もしかして、俺達の好みどおりに用意してくれていたのだろうか。意外とマメだな。

俺は着席して、コーヒーに口を付ける。甘い。おいしい。

「で、なんだ話って」

「また悪いことじゃないよね」

秋空が不安そうに聞く。

「ああ、いい知らせだ。安心しろ」

いい知らせ……?

「実はな。お前ら全員、助かる事になった」

一瞬、その意味を理解できなかった。

「どういうことだ」

「薬の大量生産に意外と早く成功したらしくてな。数日で届く。これでお前ら全員、助かる」

 俺たちは、ようやく本当に未来を手に入れることができたんだ。

 飛び上がりそうな喜び。だが手放しで喜ぶのは少し早い気もするが……。

「ってことは、わたし達の選択。薬をわけるのは正しかったってこと?」

「そういうことだ。塀の中の元院長のクソジジイには、一番に報告してやった。ちゃんと直接面会をしてな。あの時のジジイの面といったら。ビデオカメラを持ち込みたかったくらいだ」

元院長に自慢げに語る高橋の姿が、ありありと想像できた。きっと院長は歯を食いしばりつつ悔しがっていて、それを見た高橋は嬉しそうに嗤っていたんだろう。

「よかったね。冬音ちゃん!」

「はいっ!」

あれ以降、秋空と冬音はずっと仲むつまじい。傍目には百合に見えてしまうので、騙されないように注意しないといけない。

そして俺が喜びきれない理由、それは―ー。

「なつみん、しょんぼりしてないで。助かるんだから。もっと喜ぼうよ」

「……え? うん。そうね」

最近、夏海の調子が悪くなっていることだ。

なんというか、元気がない。

この中では一番俺が夏海を見ていたから気づけたんだと思う。


 

数日後。

その日は雨が降っていた。もうすぐけっこう大きな台風が来るらしい。九月だからそう珍しいことでもあるまい。

俺達は第一棟に向かう車に乗せてもらって秋空と冬音に会いに行った。

「おはよう、はるか! 今日もかっこいいね」

そう言って今日も順調に俺の腕にしがみついて偽者の胸を押し付けてくる秋空。

なんか、もう慣れた。

「もう百回くらい言った気もするが。その風貌だけどお前はノンケだろ」

「違うよ。冬音ちゃんは、なんというか……、別腹?」 

よく分からないが、そういうことらしい。

「おはようございます、皆さん」

 現れる冬音。俺たちの状況を見て表情が一変する。

「春風さん! まさかまた秋空さんを誑かしてたんですか? ひどいです。わたしNRTへの耐性ないのに!」

「だから違うと何度言えば……!」 

もうこんなことやってても無駄なので、話を進める事にしよう。

「で、今日はどうするんだ? 雨が降ってるが」

「まあ今日は室内でいいんじゃない?」

「じゃあわたしの部屋ならテレビゲームあるから、それでいいよね」

テレビゲームか。何年ぶりだろう。たまにはこういうのもよさそうだ。

というわけで俺達は、秋空の部屋に向かった。

「まずやるのは、このゲームだよ」

秋空は、自慢げにソフトを見せてきた。バトルロワイヤル式の格闘ゲーム。みんなやったことくらいはあるんじゃないだろうか。一番の特徴はこれを作った会社のいろんな人気ゲームのキャラが一同に会し戦うということだろう。

キャラを選んで、バトル開始。

「ちょっと、秋空。そのマキシマムトマト私のだったのに!」

「ふふふ。奪った者の勝ちだよ」

一戦目は、秋空の圧勝。

「ひどいよ。はるかとなつみんの連携なんて!」

「一時的に手を組むのはありに決まってるだろ」

しかし秋空に気を取られていたせいで、秋空を倒した瞬間俺も夏海も冬音によって一網打尽にされてしまう。

次の三回戦。突然秋空が。

「今回はるかがビリだったら、可愛いコスプレを披露してくれます」

その瞬間、冬音の目が光る。夏海もなんかにやけていた。

「ちょっと待て。何勝手に決めてるんだ!」

「よーい、スタート!」

「おいっ!」

これまで手を抜いていたんじゃないかと思うほど、三人はやたら強かった。

しかも三対一。勝てるはずもなく。

 お前ら! かわいい電気ネズミを大人キャラ三人でリンチするなんて鬼畜かよ!

一体全部で何連敗しただろう。よく覚えてないほど色々着させられた。

その後もパーティゲームとかもやった。もう晩までずっとゲーム漬けだな。

まあいいじゃないか。こんな日があっても。



夕方になると雨が止んでいたので、俺と夏海は歩きで帰ることにした。

道は雨上がりの夕焼けに染まっている。嵐の前の静けさってやつだろう。

「大分陽が落ちるのも早くなってきたわね」

夏海が言う。

「そうだな」

もう八月が終わっている。秋の訪れは近い。四人で越えることができないと思っていた夏が終わり、さらに俺達はついにあとの人生の存在を保証されるに至った。

「あんたが私達を激励してくれたからね」

確かにそれもある。それだけじゃない。みんなで頑張ってこの結果を手に入れた。だが。

「やっぱ。根本的には、お前のお陰だろ」

夏海がいなかったら、俺が希望を持てなかった。

「ありがとうな。夏海」

返事は無かった。

俺は最初照れているのだろうかと思ったが、何かおかしい。

振り返る。

夏海は、ゆっくりとバランスを崩していき。

「夏海?」

バタリと、地面に倒れた。

「おい! 夏海!」

呼びかけても、返事はない。

また発作か何かか? 寄りにも寄ってこんなときに!

ここからなら第一棟の方が近い。俺は携帯を取り出して、第一棟に電話する。

『どうしましたか。新鳥さん』

電話に出たのは、受付のおばさんだった。

「夏海が倒れたんです。すぐに来てください!」



 夜になると、いよいよ台風が近づいてきたようで、雨が降り、風が吹き始めていた。

俺達が集中治療室の前で座っていると、高橋が出てきた。

「高橋。夏海はどうなったんだ?」

高橋は苦そうな顔で。

「心配していた通りだ。蒼葉はお前らと同じ治療薬とは別に、心臓の薬も打っている。そっちの副作用で治療薬の効果が弱まっていたらしい。お陰で末期の一歩手前といったところか」

「そんなこと、なんで」

「分かっていた。最初の、お前らに話す前の段階ですでに知っていたことだ」

「じゃあ、どうして言ってくれなかったんだよ!」

そうすれば、ちゃんとそれを踏まえて分配ができたのに。

「蒼葉が言わないで欲しいと言ったんだ。これ以上自分が足を引っ張りたくないらしい」

何が足を引っ張るだ。夏海はそれ以上のことをしてくれているというのに。

「でも、明日に十分な治療薬があれば問題ないんだろ?」

高橋は、明日届くと言っていたっけ。

「ああ。確かに、明日なら十分回復可能だろう。ただ、ひとつ問題がある」

「問題?」

「天気だ」

俺はまた、運命を呪いたい。

そうだ。けっこう大きい台風が来てる。田舎で舗装されていないところも多いから、いろいろ道に問題が起きたりするらしい。運が悪ければ間に合わない。

なんで、今日なんだ。

なぜだ。世界はこうも俺達を潰したいのか。

「とにかく、明日まで待て。話はそれからだ」

とりあえず俺達は、秋空の部屋にいくことにした。

また一転。俺達の間に暗い空気が蔓延する。

窓の外を見ると、大粒の雨が窓に打ち付けていた。

「これからけっこう降るみたいだね」

パソコンをいじりながら秋空が言う。

土砂崩れなんかで道が塞がれなかったらいいが。

「ま、祈るしかないよ。少しでも明るく行こうよ」

秋空の鼓舞で、少しだけ雰囲気が元に戻った。

だがみんな表面上取り繕っているだけなんだろうな。

結局一睡もできず、朝。

雨風は激しくなる一方だった。朝食を食べて、下に降りる。

何故か医者達はあわただしそうだった。まさか、夏海に何かあったんだろうか。

その時、俺の前を高橋が通る。

「何かあったのか?」

「オレが恐れてたことが、現実になっちまったらしい」

それって、まさか――。

高橋と一緒に、病院の正面玄関から出る。

雨に打たれながら、高橋は向こうの方を指差す。

「あの丘の上の方にある、白いワゴン車が見えるか?」

「なんとか。あれがどうした」

「あれが、薬を運ぶ車だ」

そして、そこに至るまでの道に視線を向けて、気づく。

「あっ……!」

「気づいたか」

大変だ。いたるところに土砂がかぶさってたり、道路ごと陥没したりしていた。

これじゃあ。あの車が来られない。

となると、夏海は……!

「どうするんだよ! この状況!」

高橋に当たってもどうしようもないことは分かってる。

それでも、俺は言わずにはいられなかった。

道の復旧なんて待ってたら、夏海は間違いなく助からない!

「電話も通じないような緊急事態だからな。いざとなればヘリで輸送になるだろう。ただ準備にも時間がかかるし、ここまで風がきついとなるとヘリも飛ばせない。何とか目のタイミングを捉えられれば、まだ望みはあるが……」

「ここを台風の目が通る可能性はどれくらいだ。その間に、持ってこれるのか」

高橋は答えない。

「答えろよ! おい!」

「手は、尽くす。この台風が収まるまであいつを生きさせる」

それができる確率が、どれだけあるというんだ。

最後の最後でこうなるなんてこれまでの努力はどうなるんだ。

みんなで生き残りたかった。

だが俺は、それ以上に、夏海と生き残りたかったんだ! あいつと離れたくなかったんだ!

その時、俺の脳内に浮かぶある打開策。

これならなんとかなるか? いや、それはいくらなんでも無謀すぎる。

もちろん躊躇いはあった、しかし、すぐ結論は出た。

これしか、ない。ここで俺が何もしなければ、きっと俺は自分を一生許せない。

前までの俺と同じ、ただのクズに逆戻りだ。

もう、迷わない。未来は、俺が自分で掴み取る!

「行ってくる」

 俺は、一歩前に出る。

「何をいっている」

「俺が、あの車まで行って、取ってくる」

「無茶だ。土砂崩れまで起ってるんだぞ!」

「それでも、これしかないんだよ!」

「はるか。わたしも連れて行って!」

 秋空が叫ぶ。

「駄目だ。お前を巻き込みたくはない。お前には、冬音がいるだろ。冬音を守るためには、手段を選ばなかったんだろ。俺も夏海のためなら、なんだってやってみせる!」

 そう言って、振り切るように俺は駆け出した。

 秋空は、院長と戦う時は本当によくやってくれた。

 それに対して俺はどうだ。俺が活躍した場面なんて、ほとんどない。せいぜいコスプレで祭り男達の士気を上げたくらいだ。

 だから、今回は俺が行きたいんだ!

 さあ、行こうか。最後の戦いへ!

 まずは病院の前の坂を駆け下りる。降りきったあたりでいきなり道が土砂にふさがれていた。ここは横の坂のところを通れば問題なさそうだ。

 坂に向かって一歩踏み出す。大丈夫。土は動きそうにない。

そしてもう一歩踏み出したその時、足元の石が崩れた。

「あっ!」

 バランスを崩して、倒れていく。

 まずい……っ!

 そう思った瞬間腕を掴まれる。引っ張られる体。

「よかった。やっぱりわたしが来てて」

「秋空!」

 秋空が俺を助けてくれたようだった。

「心配だから追いかけてきたんだよ」

 そうか。お陰で助かった。いきなり終わるところだった。

「かなりあっさり崩れるところも多いから、通れそうに見えても行っちゃだめだよ。こっちから迂回しよ。近道だよ」

 秋空の後を着いていく。

 そうか。木が多い所の方が崩れにくいよな。

 秋空のあとを着いて行くと、あっさりとワゴンに近づけた。

 あとはこの森を抜けるだけ。ワゴンはちゃんと止まっている。

 崖っぷちの細い道を走る。雨で地面がドロドロしていて、非常に歩きにくい。粘土層には足を取られそうになる。もう少し、というところで秋空が不意によろめく。

「秋空!」

 俺の手は届かず、秋空は斜面を転がり落ちてしまう。

 秋空の体は下の樹にぶつかって止まった。

「秋空。今行くからな!」

 どうやって助ける? 少し車には遠回りになるが、下から目的地に向かえば……。

「来ないで!」

 秋空はきっぱりと言う。

「わたしなんかにかまわないで。早く車の所に行ってよ!」

「でも……」

「わたしなら大丈夫。わたしがこんなことで死ぬように見える?」 

 それを聞いて、俺の腹も決まった。

「後で必ず助けにくるからな!」

 そう言って、俺は車の所を目指す事にした。

 枝にこすられ傷まみれになりながら、ようやく森を抜ける。

「……っ!」

 俺はそこの後継を見て、絶望する。

 そこには車なんか一台も、止まってなかった。

 そうか。考えてみれば当然だ。

 こんな台風で道も崩れたとなれば、向こうだって帰るに決まってるじゃないか。

 なんで気づかなかったんだろう。

 いや。俺たちが森に入る前はまだあここに停まっていたんだ。そんなに遠くには行ってないはずだ。土手の下を覗いてみると、下りのヘアピンカーブが続く下の方に、例のワゴン車が走っていた。

 これなら、まだ、間に合う!

 俺は躊躇することなくガードレールを飛び越えて、ほとんど直角の土手を滑り降りる。凸凹したものが腰に強く当たって痛い。

 でもこんな痛み、どうでもいい!

 さらにガードレールを飛び越えて、大分距離を詰める。

 カーブが終わり、直進道路。

 ワゴン車の向かう先は、想像がつく。

 高速道路。

 例の備長炭イメージキャラの看板が建った高速道路の入り口がある。入られたら、もう終わりだ。打つ手はない。なんとしても、それまでに追いつかなければならない。

「おい! そこの車! 止まってくれ!」

 俺の叫びは、雨の音にかき消されて、届かない。

 だが、勝算はある。

田舎の少ない信号機が、そこにはある。そこで運よく赤なら、十分追いつける。

 しかし、その信号を見て、俺は絶望する。


 信号の表示が、消えていた。


 これだけ暴風雨に見舞われてたんだ。そういうこともあるだろう。

 いい加減息が苦しくなってきた。片腹が痛い。

 それでも車は無慈悲に俺との距離を広げていく。

 まずい。もう走るのがつらい。むしろよくここまでもったと思う。

 どこか。近くに自転車でもないだろうか。

 そして見回すと、そこに雨ざらしの原付があることに気づく。

 さらによく見ると、キーが刺さったままになっていた。

 回すと、問題なくエンジンはつく。これは、奇跡か?

 掴んだ一片の希望。俺はバイクにまたがる。ノーヘル、窃盗、無免許だがそんなこと言っているだけの余裕はない。

 雨の中だから、車も大してスピードが出ていない。全力で走らせれば、追いつけるかも知れない。

 俺はグリップを捻って、バイクを発信させる。

 出せる限りのスピードを出したお陰で、大分近づける。

 この調子なら、いける!

 その油断が、致命的だった。

 雨で滑りやすくなっていた道で、バランスを崩し、運転経験もない俺は、あっさりこけてしまう。

 俺からはなれて横転しつつ滑っていくバイク。俺はアスファルトで頭を打つ。

 頬と額から血が流れているのが、見なくても分かる。

 なぜだ。なぜ、こんなに上げては落とされるんだ。

 立ち上がるが、頭の激痛のせいでよろめいて、またこけてしまう。

 車は視界の悪い今、ほとんど見えなくなっている。

 終わった。何もかも。

 そう思うと、雨の冷たさが体に降りかかる。

 冷たい。寒い。痛い。心の芯まで冷えてくる。

 いっそ、このまま死んでしまおうか。

 なんだったんだろう。俺の人生。大切な人一人助けることすら、できなかった。

 でも最期にいい夢を見れてよかったじゃないか。倒れこむと、顔に当たる。アスファルトが冷たい。意識が薄れてくる。

 眠い。

このまま、死んでしまうのだろうか。こうしていれば、死は訪れるのだろうか。

 俺達が恐れていた死は、こんなにも身近で、別に大した事じゃなかったんだな。

 勘違いしてた。

もう、いいよな。俺たち、やれるだけのことはやったんじゃないか。

 もう、疲れた。

 すうっと意識が遠のいていく。



 ………………いや。

 …………まだだ。

 ……まだ、俺は幸せな日々を見ていない。

 人生の絶望も、死の恐怖も味あわない、そんな日をまだ見ていないんだ!

 だから、俺はまだ死ぬわけには行かない!

 まだ立ち上がれる!

 まだ戦える!

 俺は絶対に諦めない!

 その時、交差点の向こう側から、紺色のボックスカーが走ってくるのが見える。

 閃く、最後の手段。それを実行することに、もう俺は躊躇しなかった。 

 ボックスカーの前に手を広げて、立つ。俺の前で車が止まる。

「何してるんですか! 新鳥くん!」

 車の窓から顔を出してきたのは、細い薄幸な雰囲気をまとう青年だった。

「すみません。ちょっと助けてください。降りてください」

 俺が懇願するように言うと、青年は納得いかなさそうな顔をしながらも、車から降りて着てくれた。

「……ごめんなさい」

「え?」 

 青年が返す前に、俺はその鳩尾に全力でパンチをぶちこんだ。

 声も出さずに崩れる青年。俺はボックスカーの運転席に座る。

 よかった。オートマだ。これなら俺でも運転できる。

 車を発進させる。これならバイクと違って横転はしない。

 しかし、まだ終わりではなかった。 目の前の大きな畑を迂回する形で半円状の道があり、その向こう側に高速道路の入り口があるんだが、ワゴンはすでに、その円周を三分の二以上回ってしまっていた。全速力なら、追いつけないこともないんだろうが。俺の運転のテクニックじゃ、この天気の中、そんなスピードじゃとても走れない。

 だが。

 まだ、やれる!

 半円カーブが近づくが、俺はスピードを落とすことなく、逆に加速する。

 そう。この勢いで、畑を直進するんだ!

 畑に入ったところで、まずガクンと車が揺れる。そのあともずっとガタガタと、振動し続けていた。

 これなら、追いつける!

 畑を飛び出したところでまた大きく揺れた。さらに急ブレーキをかけて、ハンドルで激しく頭を打ちつける。 

 右側にある高速道路の入り口を塞ぐ形で俺は車を停めた。左側では、ワゴンが止まっていた。

 ついに、ワゴンを止めることに成功した。

 でも、まだやることがある。あの運転手を病院に行かせないといけない。

 俺は血まみれの感覚が無くなって来た手で、扉を開けて車から降りる。

 向こうの運転手も、降りて来ていた。

「君! 大丈夫か!」

 俺は最後の力を振り絞り、声を発する。

「病院に、戻ってください。薬が、必要な人がいるんです」

 それを言いきった瞬間。俺の意識は深く、沈んで行った。

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