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第五章


 誰かが死んだら、そいつの分まで生きる。自分が死んでも、誰も恨まない。

 それが、新たに付け加えられたルールだった。もう、何も怖くない。

「お前ら、大声でそんな話をするな」

 高橋が俺達の所にやってきた。

えらく疲れきった表情だった。

「鈴代の治療、オレがメインだったからな」

 なんでも高橋は自分からやりたいと懇願したらしい。

 俺の車での会話から、責任は自分にあると考えたのだろうか。

 そうだ。大体こいつがあんなこと言い出さなければ、こんなことには……。

 つい殴りかかりたくなったが、やめておく。ここで争っても何もいいことはない。それにこの決断に至れたのは、こいつのお陰だった。結果的にはよかったと言えるだろう。

「お前らの結論は分かった。よし、いいだろう。オレが責任を持って通してみせる。それを実現するために、クリアしなければならない問題はひとつ。院長の決定を覆すこと。ふたり死ぬまで待つということを決めたのはあいつだ。会議なんざ形式的なものでしかない」

 病院は、二人治したという実績が欲しいらしい。

 なんてことだ、そんなもののために冬音と秋空、もしくは夏海の命が、切り捨てられようとしていたのか。

 だから、高橋はそれに反抗したかったんだそうだ。それで、院長の決定を覆す必要があるってことか。はっきり言って、難しいそうだ。

「全力でお前らを助ける。どうやらこの件が終わったら解雇になる。だからいっそ派手にやらせてもらおうか」

「……どういうことだ?」

「オレが勝手に喋ったことは、どうあってもばれる。というかお前らがでかい声で喋ったせいで、もうアウトだと考えたほうがいい」

「最初から覚悟の上だったの?」

 夏海が問う。

「まあな」

「あの……」

 おずおずと声をかけてきたのは、看護婦の西川さんだった。

「よかったら、わたしも手伝わせてください」

「西川……」

「高橋さんの背中を押したのはわたしです。私にも責任はあります。だから、手伝わせてください。それに、あの院長さん嫌いです。私の胸見てきますし」

 後ろから聞こえる「持ってるんだからそのくらいいいじゃない。恵まれたもの持ってるんだから代償得ないと」「そうだよ。ねたましいよ」という呟きは無視する。

「歓迎する。もちろんお前らもいいよな」

「僕も、いいだろうか」

 声をかけてきたのは、年配の意思だった。

 名前は細川さんと言うらしい。後から知ったんだが、細川さんは唯一の年配の反院長派で、こういう高橋を気に入ってるらしい。

「僕に、もっと権力があればよかったんだが、生憎全然でね。せめてこの位はやらせてもらうよ」

「いえ、十分ですよ!」

 高橋の敬語、違和感あるな。

しかし、そこから先は全く味方が増えることはなかった。

「高橋さんが、多分院長陣営の手回しがあったんだろうと言ってました」

 先を越されたと言うことか。俺があんなでかい声で喋っていたからだろうか。

勢いに任せてなんてことを。ああしないと冬音を説得できなかったから仕方ない面もあるが。まあ後悔していても仕方ない、これからどうするか考えよう。

「高橋さんは、本当に頑張っていました。でも、駄目だったんです」

 せっかく四人で生き残ろうって決めたのに。

「西川さん、ちょっといい?」

 夏海は小声で西川さんに聞く。

「今の、患者以外には医者二人と看護師一人の意見では、すでに決まったことを覆すことはできないってことよね」

「はい、だから高橋さんは頑張ったんですが……」

「じゃあ、そのほかの人を味方につけたら、どう?」

「意味があるとは思えませんけど……」

 そうか、夏海は老人患者とのつながりが深いから、そのへんを味方につけられるのか。

 でも、西川さんの言うとおりその程度で効果があるとは思えない。

 しかも問題はそれだけにとどまらなかった。



 次の朝、夏海は病院受付の事務員と喧嘩していた。

「なんで付き添いが必要なのよ!」

「で、ですから、そういう規則で」

「ちょっとえさやりしてくるだけじゃない!」

「そ、そう言われましても……」

 夏海の気迫に、看護婦の人がたじろいでいた。

 あんなことがあったんだ。外出制限ができて当然だろう。しかしこのままじゃ、水面下で手を回すのも難しくなる。

 夏海は結局妥協して、付き添いを認めた。第一棟と第二棟間の移動について問うと、一日何回か車が行き来しているので、それに乗るように言われた。病院なら本来はこれくらいが当たり前なんだろうが、それにしても困ったことになった。

「ちょっと待って」

 第二棟に向かう車に乗ろうとしたところを夏海に止められる。

「これ、持っていって」

 渡されたのは、抱えるほど大きなダンボールだった。

「なんだこれ」

「とりあえず今は話せない、これをむこうの屋上に持っていって」

 そういえば昨日の帰り、夏海はこの箱を持って帰っていたが。また持って行くのだろうか。なにか考えがあるようだったので、言われたとおり持って行くことにした。他の職員に聞かれたくないという事情もあったのかもしれない。

「やほ、はるか」

エントランスでは、秋空が出迎えてくれた。

「なつみんはいないの? もしかしてわたしに会いたくないなんてことは……」

「いや、それは大丈夫だ」

 俺は夏海が老人達を、味方につけようとしていることを話した。

「へえ。それはいい手だね」

「そうか? 患者とか味方につけて意味あるのか?」

「ここの病院はね。田舎だから地域とのつながりも濃いの。だからけっこう使えると思うよ。それに、私も冬音ちゃんのことお願いしないといけないし」

 ああ、それもやらないといけないんだったな。まあ今考えることではないが。

「そういえば、秋空知ってるのか?」

「何を?」

「俺達、外に出るの禁止になってるぞ」

「え?」

 やっぱり知らなかったらしい。

「まあ、仕方ないよね。昨日あんなことになっちゃたんだもんね」

 昨日の事件を受け、いつかは規制強化が来ると思っていたが、こんなに速攻でやられるるとは予想していなかった。

「そう言えば、ちょっと聞いたんだけど、今日の二時半から緊急会議があるんだって」

「それって、まさか……」

「そう。冬音ちゃん自殺未遂の根本原因が、健吾にあるってばれちゃって、それでみんなで詰問会をするみたい」

 詰問という名の公開処刑か。まずい。ただでさえ苦戦しているから、少しでも巻き返そうと四苦八苦してるというのに、向こうはこちらが体制を立て直す前に終わらせようとしているということか。

 タイムリミットまであと四時間強しかない。

「町内会は、どうにかなるよ。他をどうにかしないと。はるか、他に問題は?」

「どうにかなるって……」

「いいから、なにかない?」

「まあ、そこまで言うなら。第一棟の患者に取り入る必要はないのか?」

「それは……、わたしずっと冬音ちゃんとだけ喋ってたから、あんまり周りと仲良くなってないんだよね」

 まあ患者を味方につけるのは大して効果があるとは思えないので、夏海に余裕があったらやってもらう程度でいいだろう。

「で、その箱何?」

「なんか、夏海が屋上に持って行けって」

「わたし今から屋上行くから、持って行くよ。じゃあはるかは冬音ちゃんのお見舞いに行ってあげて。病室に戻ってるから。わたしは町内会の人に電話してくるね」

 屋上で電話するということか。まあ昨日俺たちはあれだけのことをやらかしてるんだ。軽快されていると見て間違いない。電話スペースだったら確実に盗聴される。

 そこのエレベーターに乗って、秋空は屋上に上がって行った。

 俺は冬音のいる集中治療室に向かう。冬音はベットで本を読んでいたが、俺に気づいて顔を上げる。

「春風さん……」

「よかった。元気そうだな」

「はい、見た目ほどひどくはなかったそうで。少しなら歩いてもいいそうです」

 そりゃよかった。あの時は本当に死んでしまうかと思っていたが。

「それって、やっぱ俺達が欠けちゃいけないから、その程度の怪我で済んだんじゃないか?」

「そんな非科学的な……」

「そうだな。でも俺達四人、春夏秋冬がここに揃う確率に比べたら、お前の幸運なんか大したことない。もう二連続で奇跡がおきてるんだ。最後の十六分の一なんて、大して難しいクジじゃないんじゃないか」

「でも、二回起こったからこそ、次はないとも言えるのではないですか? 三回連続で奇跡が起こる確率は絶望的です」

 こいつ確率というものを履き違えてるな。同説明したものか。

「冬音、コイントスってわかるか?」

「コインの裏表を当てるゲームですよね?

「そうだ。ここで十回コイントスをやったとする。なんと結果は十回連続で表だった。さあ、十一回目、お前はどれに賭ける? ①表、②裏、③適当」

「普通に②じゃないですか? 十一回表が出るのはほぼあり得ません」

 やっぱり間違えたか。

「不正解だ。次のコインを投げた結果に、これまでのコイントスの結果は影響を与えない」

「じゃあ、③……?」

「七十点の解答だな。純粋な数学的には確かに③が正しい」

「①が百点の解答、そういいたいんですか? どうして」

「十回連続で表の確率は千二十四分の一。ほぼあり得ないといって良いだろう。ではなぜこんなことが起こったか。それは偶然というより、表がかなり出やすい、そういうふうにできてるんだと考えたほうがよっぽど自然だ」

「つまり、わたし達も。そういいたいんですか」

「その通り」

 冬音はしばらく黙り込んで何かを思案している様子だったが、やがて顔を上げて。

「まだ少し納得いかない面もありますが、春風さんの言うことを信じてみたくなりました」

 冬音が少しでも希望を持ってくれたなら俺も嬉しい。

「それにしても、秋空さんには驚きました。あんなにもわたしのことを想っていてくれたなんて」

 あいつは冬音のためだったらなんだってやってみせる、殺人さえ辞さないことを昨日思い知らされた。昨日はそのせいで全てが崩壊しかけたが、また味方になった今では大きな力になるだろう。

「それにしてもわたしって、何の役にも立ちませんね」

「そんなことない。お前がいるから、秋空が本気になる。お前がいなかったら、秋空はあそこまで頑張らないだろうさ」

「間接的ですね」

 冬音は苦く笑った。

 人にやる気を出させるって言うのも、重要な能力なんだけどな。

 その後、冬音と別れて開き空のいる屋上に向かう途中、高橋に出会った。

「新鳥、会議の話は聞いてるか?」

「ああ、秋空から聞いた」

「お前らも動いてるらしいな。オレの方にも手札はあるが、正直これだけでは心もとない。あと制限時間は四時間弱だ」

 なんとしても勝たなければならない戦いだ。

「会議まで第一棟と第二棟を結ぶ車は、ないらしい。多分、お前らの動きを封じるためだ」

 まずいな。夏海から箱を受け取ったりしたことで、何か企んでるということがばれたのかもしれない。一番問題なのは、このままでは夏海が来れないということ。せっかく協力者を取り付けても、こっちにこれないんじゃ意味がない。

「オレはまだ準備があるからこれで。じゃあな」

 屋上に行くと、そこでは秋空が携帯をいじっていた。

「どうだった?」

「うん。みんな来てくれるって。でもなつみんと連絡取りにくいね。携帯持ってないから」

「あのさ、さっき高橋が言ってたんだが……」

 俺はさっき高橋から聞いた事を話す。

「それじゃあ、わたし達、もうなつみんと連絡取れないの?」

「そう……、なるな」

 けっこう厄介な話だな。夏海は今から秋空が町内会の人に言ってつれてきてもらえば良いかもしれないが、夏海が第二棟を出る寸前までこちらからの報告や指示はできないことになる。

「そう言えば、夏海の箱はみたのか?」

「ううん、まだ」

 そこに例のダンボールがおいてあった。

「あけてみようか」

「そうだな」

 中には鳥かごと壱枚の紙が入っていた。鳥かごの中では一羽の鳥がえさを食べていた。

 どうやら紙のほうは夏海からの手紙らしい。

『夏海より

 この子に手紙を持たせたら、籠から出して。第二棟屋上の巣に帰るから』

 まさかの伝書鳩だった。

 鳥に手紙を持たせて、巣に返して物を運搬させる。非常に原始的な運搬手段。ここまで原始的なやり方となると、逆に向こうの意表をつけそうだ。

 鳥の様子を眺めていると、さっさと秋空は夏海へのメッセージを書き終えてしまった。

「じゃあお願いね」

 鳩は屋上から飛び立って、第二棟の方に飛び去って行った。

「なんて書いたんだ?」

「ひみつ。あとで分かるよ」

 なんで教えてくれないんだ。

「これで準備完了。なつみんが来るまでわたし達にできることはもうないかな。時間あるし、わたしの部屋いかない?」

 その提案に乗り、俺は秋空の部屋に行って時間を潰すことにした。

秋空の部屋は三階の海側にあった。壁中にアニメのポスターが貼ってありフィギュア設置。棚にはぎっしりと本が。

「このフィギュアの子達はみんな男の娘。わたしの偉大なる先輩だね」

 聞かなかった事にしておいてやる。

「二人っきりになれたね」

「黙れ」

「ねえ。さっきからわたし、胸がどきどきするんだけど、これって、なにかな?」

「調子悪いんじゃないか・」

「うん、でも春風だったら、いいよ?」

「言葉のキャッチボール放棄か」

「わたしははるかの欲望、ぶつけられても、いいよ」

「じゃあこの殴りたいと言う欲望をぶつけていいのな?」

「……やさしくしてね?」

「っていうかお前が好きなの冬音だろうが!」

「えー。でももし冬音ちゃんに出会わなかったら、多分春風が一番だったよ?」

 ありがとう、冬音。お前がいてくれて助かった。

「それに、いざとなったら、男の娘から責める。秋空×はるかっていう線もあるし。っていうかはるかも男の娘になってみた目は百合、でも実質はBLというのも……」

「もう黙ってろ!」



 俺たちはその後地下食堂に行き昼食を食べた。

 あと、一時間。未だに秋空から夏海への手紙の内容も、秋空から町内会の人へのメッセージも、どちらも教えてもらってない。

「なあ、そろそろ教えてくれてもいいんあじゃないか?」

 秋空は「そうだね」といいながら立ち上がる。

「けど、もうじき分かるよ」

 二人で一階のエントランスへ上がる。

 そのとき、病院の中に三人の若い男がはいってきていた。一人はスーツケースを持っている。奇怪なのは、男達の格好。背中に祭、と書かれたハッピに鉢巻。あの祭りのときのと同じだ。

「ちょっと、なんですかあなた達は」

 受付のばあさんが男達に詰めよる。

 すると三人の内一人が前に出て。

「申し訳ございません。ちょっとそこを通りかかったもので、お手洗いを貸していただけないでしょうか」

 恭しく頭を下げる。

「まあ、それなら」

 その瞬間、俺の肩ががっしり掴まれる。

「え……?」

 この状況、なんだかすっごい既視感が。

 一昨日、これにそっくりな状況を体験したことがある気がする。。

「今度はメイドにチャレンジね。ネコミミ付きで。今回もわたしが監修するから!」

「頑なに教えようとしなかった理由はこれかぁぁぁぁぁ!」



「なんでまた、こんな目に……」

 トイレで鏡を見ながらうなだれる。

 今度はメイドだった。もう二度と女装しないと決めていた俺の覚悟は一体なんだったんだろう。

「はるかちゃん可愛いのに、なんでそんなに嫌がるのかな。どうしてキミは自分の男の子としてのあり方にこだわるんだい? まったく、わけがわからないよ」

「はるかちゃん言うな!」

 まさかと思うが、これで会議出ろとか言うんじゃないだろうな。

「会議までには着替えてメイク落とすチャンスあげるから」

 当たり前だ。

「じゃあいこっか。喋っちゃだめだよ」

これがなんの役に立つって言うんだ。

正面入り口から外に出ると、入り口前がごった返している事に気づく。

みんな町内の人のようだった。

「みんな、聞いて!」

 秋空が叫ぶと、全員がこっちを向く。

「今日は来てくれてありがとう! 心から感謝してるね。とりあえずみんなにやる気だしてもらうために、スペシャルゲストをつれてきたよ!」

 おい、まさか。

「祭りの時にも来てくれた、現在隠れファン急増中の、はるかちゃん。本日はメイドのコスで登場だよ!」

 やっぱりそういうことか!

 男達は喚起の様子でわき立つ。

「ほら、笑って笑って」

 俺は固い笑顔を浮かべる。さらに歓声は大きくなる。やばい、逆効果だったか。

「みんな、わたし達に協力してね! 一番活躍した人には、はるかちゃんからのちゅーが待ってるよ! ほんとに予想外の活躍をしてくれた人には、はるかちゃんと一夜を共にする権利をあげちゃいます!」

 何を勝手に決めてやがる!

「けっこう盛り上がってるじゃない。いい感じね」

 その言葉と共に現れたのは……。

「夏海!」

「……春風?」

 怪訝な顔されてしまった。しまった、自分の格好忘れてた。

「まさかあんた、秋空に汚染されてそんな趣味に……」

「違う。これはまた例によって無理やりなんだ」

「まあいいわ。ちゃんと私の仕事はやったから」

 夏海が指差す先にいたのは、太田さんだった。この人一人か?

「あの人が、私の一番連れてきたかった人よ」

「どういうことだ?」

 詳しく効こうとしたが、その前に末永さんと一緒にこちらに来た太田さんが。

「今日は呼んでくれて感謝しとるよ。面白そうなことやっとるじゃないか。ところで、そっちの子は誰じゃ?」

「春風ですよ、あの」

「おお、これはすばらしい。どうじゃ、わしのところでメイドぐわぁっ!」

 俺と夏海のダブルキックが決まり、太田さんのどてっ腹にはいる。

「お前ら……、年よりは大事にせんといかんぞ」

 このじいさんは放っておこう。

「ちょっとあなた達、何してるんですか」

 ここに来て、ようやく受付の人がでてくる。

「こんなところで何集会をやってるんですか。今すぐに立ち寄りなさい」

「そうは行かないわ。私達の治療方針について、院長に直談判しないといけないの」

 夏海は、明確な宣戦布告を叩きつける。

「そう言うことは、まず担当の医師に相談を」

「したわ。ちゃんと高橋の許可ももらってるの」

「それにしても、こんなに大勢連れてくる意味はないでしょう!」

「そっちにはなくても、こっちにはあるの」

「……もう、いいです」

 受付の人は、もう一人の受付に、電話することを指示。

 まずい、警察は。

「もう終わりです。捕まりたくなかったら、さっさと帰ってください」

 そのセリフを待っていたかのように、秋空が。

「そんなの通用しないよ♪ ねえ、徳田さん!」

「おう!」

 応えたのは五十くらいのおっさん。確か祭りのときは末長さんと一緒にいたか。後から知ったが、県警の人らしい。他の患者のつてで来てもらったそうだ。とある情報を対価に。

「一体なんだっていうんですか」

 さっき電話をしていた受付員が、血相を変えて飛び出してくる。

「大変です! 警察はこの件に関しては関与しないと言っています!」

「何ですって!」

 横では秋空と徳田さんが、軽快にハイタッチ。

 まさか警察までどうにかしてしまうとは。

 これは、戦い。手段は選んでいられない。

 昨日の秋空を思い出せ。あいつは、自分の理想のために、他の全てを切り捨てて望んだだろう。なんでもやらないといけないんだ。勝つためには。

「でも、俺がこんな格好する意味あったのか?」

「もちろん! はるかはこの町でわたしと双璧をなすアイドルだからね。わたしみたいな直球の可愛さじゃなくって、ミステリアスな可憐さも併せ持ってるからね。まあいいじゃん、なんでも」

 よくない。が、今は言わないでおこう。

「じゃあ、いくよ。でもね、ここで残念なお知らせ。はるかちゃん体が弱くて、もう病室に戻らないといけないの。ごめんね」

 なるほど。今のうちに着替えろということか。

「じゃあグループAは、なつみんがいってた場所に行ってね。グループBはわたし達に着いて来て」

 俺は先にエレベーターで三階、秋空の部屋へ。籠に入っている自分の服に着替えて、階段でのぼってくる夏海たちに合流する。

 夏海、秋空、徳田さん、太田さん、末永さん、そしてグループBの七人の若者。

「この坊主はだれだ」

 徳田さんが秋空に訊く。秋空が耳打ちすると、明らかに拍子抜けしたような顔をした。

 言ったのか、おい。

 俺達が階段室を出ると、そこには高橋、西川さん、細川さんともうひとり。

「冬音……」

 冬音はパジャマでソファーに座っていた。

「わたしも、仲間ですから。わたしも、戦わせてください」

「激しい運動をしなければおそらく問題ない。いざとなればオレが全責任をとる」

 そして、高橋は、

「そろそろ、始まる」

 俺達は高橋の後ろを歩き、第一棟に隣接して建っている、事務棟に入る。

 そして、会議室というプレートがかかった部屋。ここが、決戦の地だ。

「ちょっと、待っててくれ」

 高橋はそう言い残して、部屋に入っていった。すぐに出てきて。

「新鳥、蒼葉、細川さん、太田さん、末永さん、中へ」

 秋空と冬音と、西川さんと徳田さん、それからグループBはどうするんだろう。

「わたしたちは別ミッションだよ」

 なにかやるらしい。

 じゃあ、やるか。俺は、一度大きく深呼吸して、部屋に入った。

 中は学校の教室二つ分くらいの部屋。長テーブルが四つ、正方形に置かれている。俺達とは反対側のテーブルの中央に、院長のじいさんが座ってた。

 こいつが、俺達の敵だ。

 雰囲気は異様だった。

 空気が重い。特に、両肘をついて、口を組んだ手の後ろに持ってきてる院長なんか、にらまれたら土下座してしまいそうだ。

 駄目だ。気圧されてどうする。こいつは敵なんだ。

「君達、そこに座りたまえ。太田さん、末永さんも、どうぞ」

 院長の指示で、俺達は椅子に座る。

 できるだけの準備はした。あとは、このジジイを倒すだけだ!

「君達、そこに着席したまえ。太田さん、末永さんも、どうぞ」

 院長の指示で、俺達は椅子に座る。

「それでは、本日の会議を始める。だがその前に高橋くん、君は何か言いたいことがあるようだな」

「はい」

 高橋は立ち上がる。

「患者四人の要求、君が代弁したまえ」

「分かりました」

 そうして高橋は語りだす。

「こちらの病院で取り扱っている、急性フィロスタル異常。通称、空色症候群。以下SCS呼びます。この治療薬であるフィロスト32の投与について。この薬は毎日朝晩投与することによって、ほぼ確実な治療効果が確認されていますが、朝晩どちらか片方にした場合、生存率が五割になることが報告されています。本人達希望により、これを実行することの許可を申請します。以上です」

 高橋は頭を下げて着席した。

「ふむ。まさかそうくるとは」

 院長はあごひげをなぞりながら。

「しかし高橋君、彼らはなぜそれを知ることが出来たのだ。君が情報を漏らしたとしか考えられないのだが」

「今はその話ではないでしょう。後で解雇だろうがなんだろうがすればいい。今はこの話を続けさせてもらいますよ」

あの夜、「クビになってもかまわない」そういった時、正直信じてなかった。

 でも、今こうして宣言しているのを見て、こいつは本気なんだと実感させられる。

 そうまでして、自分の信念を貫きたいんだ。

「その件については、この間の会議で話しただろう。不可能だ」

「どうしてですか! 彼らはそれを望んでいるのに!」

「そもそも、五十パーセントと言うのは概算だ。実際の確率は分かったものじゃない。それに高橋君、われわれは世界中にほんの数十人分しかない薬のうち、二人分を握っている。どの国も不足している状態だ。分かるかね。われわれはなんとしても二人の命を救う必要がある。三人以上死亡する可能性がある道を、認めるわけには行かない」

「そんな病院の都合のために、彼らに死ねと」

「……すまないと思っている。だが、これも天命だ」

 あくまでもこいつは病院の都合が優先のようだ。

 なら、俺にも攻撃手段はある。

「ちょっと、いいですか」

 挙手。

「なんだね。君は、確か新鳥春風くんだったか」

「俺達は、この希望が通らなければ、四人とも治療を拒否します。そしたら四人とも死にますよ。あなた達にとって、最悪の結果です」

 決まった。そう思ったが、状況はそんなに甘くはなかった。

「その時は他の国に送るまでだ。本人達が治療拒否となれば、それで我々の役割は終了する」

 そうきたか……。

「それにしても、高橋君から聞いただろう。君はこのまま行けば、ほぼ必ず助かる。それなのになぜ死のリスクを背負おうというのだ」

 そうか。あんたには理解できないんだな。悲しいやつだ。

「俺だって、できるものなら確実に助かりたい。でもそれは仲間を見捨てる道なんです。でもこの道は、全員で助かる可能性のある道です」

「なら君は、友人のために死の可能性を背負えると言うのか」

「はい。そのつもりです」

 ジジイが分かってないようだったので、はっきりと言ってやった。そしたら院長は俺の発言を鼻で笑い飛ばした。

「ああ、言うさ。この十日間は、俺の人生の中で最も重い日々だったんだ。その程度のことはなんでもない」

 だから、守りたいんだ。この場所を。そのためだったら、俺はなんだってやってみせる。

「君は社会と言うものをよく分かっていない。そんなもの、大して役に立ちはしない。トップに立つ人間、いわゆるエリートコースを行く物は、君くらいの年ですでにそのことをわきまえている。私は、君くらいの年で、もうよく分かっていた」

「俺も一応全国八位の高校に在籍していて、そこそこのエリートコースってやつを歩んでるが生憎、あんたの言うことはわからない。いいか、俺達は社会の歯車になるために勉強して、苦労して大人になるわけじゃないんだ。ましてや、社会を牛耳るジジイ共が決めたレールの上を行って、そいつらの後継者になるためでもない。お前らはそうやって、まだ染まっていないやつらには染まることを強要し、それが出来ないやつはクズの烙印を押す。そうやって自分達が作った仕組みを改変させることなく、その思想を残し続ける。ここまであんたらの言うエリート人生を歩んできて、分かったのはそのことだ」

 なぜか俺はタメ口ですらすらとそれを言うことができた。

 そうか。この院長、俺の父親に考えがそっくりなんだ。今こいつが言ったことは、ずっと俺があのクソ親父に言われてきたことに近い。だから、これは今考えた反論ではなく俺がずっと想い続けてきたこと。だからこんなにあっさりと言い切ることができたんだろう。

「君も、いつか分かることになるだろう。それができないなら、ただ堕ちて行くだけだ」

「そうは行くか。俺は自分の信念を貫いたまま、あんたをギャフンと言わせてやる」

「……小僧が」

 院長はぼそりと呟いた。


   ♦  ♦ ♦


 会議が始まった頃を見計らって、わたし達はある場所に向かいます。

 わたしと、秋空さんと、西川さん。向かうのは、院長室。

 夏海さんがさっき、協力してくれるお年寄りを探す時に、手にいれた情報です。高橋さんも感づいていたようですが、夏海さんの情報で確信したようです。

 院長とその周りは、隣町の暴力団に、モルヒネや抗鬱剤を初めとする薬を麻薬として裏で売っている。今から、その証拠を掴みに行くそうです。

「そうすれば、会議の結果に関係なくわたし達の無条件勝利。未来が、開けるんだよ」

 そう、ですよね。この戦いには命がかかっています。負けても確実に助かるのは、春風さんくらいです。だったら、なんでもするべきなんです。たとえそれが、どんなに卑怯なやり方でも。

 今、お医者さんは会議で、突入の絶好のチャンス。高橋さんは、今日事を大きくして、全体会議に持ち込みました。そうして作られた状況です。小さい会議だと参加しなかったお医者さんたちが何人もうろうろしていて、とても侵入なんかできなかったでしょう。今会議に参加していないお医者さんや看護師さんの数は非常に少なく、忙しくてとてもこんなところに来る余裕はありません。

 絶好の、チャンスでした。これまでわたしは、みんなに迷惑かけてばかり。昨日だって、全部わたしのせいなんです。

 もう、こんな思い、したくありません。少しでも、みなさんの役に立ちたいんです。

「少しでも悪くなったら、言うんだよ?」

 わたしははっきりとうなずきました。


   ♦   ♦   ♦


「ええい! わしらの言うことがまだ分からんのか!」

 太田さんが、机をバンッと叩いて立ち上がる。

「いい加減に彼らの言うことを認めんか! 院長君もしつこいぞ」

「太田さん。落ち着いてください」

「君はいつもそうだ。危うくなったら、すぐそう言うな!」

 すると、太田さんの横にいた夏海が。

「私からも言うわ。落ち着いて。一体何のために太田さんを呼んだと思ってるの」

 何か太田さんを呼んだことによる勝算でもあるのだろうか。

 太田さんは、何かを思い出したかのように。

「ああ、そうじゃった。すまん。つい忘れておったわい」

 そして院長に向かって。

「院長君よ。この病院は綺麗じゃの。築数年で最新設備。田舎に立っているのがもったいないくらいじゃ」

「……それは」

 院長はなにかまずいことがあったかのように口ごもる。

「こんな綺麗な病棟は、一体誰のお陰で建ったと思っておるのじゃ?」

「夏海。どういうことだ」

「太田さんはものすごい資産家で、この病院に多額の出資をしてるの」

 なんでまた、こんな田舎の病院に。

「なんでも太田さんの孫は昔私達と同じ病気で死んだらしいの、その子と同じ状況の子供にはいい環境で最期を過ごして欲しいって。私達がこれまで外で遊びまわれたのは太田さんの言葉があったお陰なのよ」

 こんな爺さんが俺達にとってそんなに重要な存在だったとは。

 俺は思い出す。太田さんに、フリスビーを返しに行った時のこと。

『それは、昔ここに入院してた孫の忘れ物でね』

 太田さんの言葉を、思い出す。

 そうか。太田さんの孫は、あれを置いて行ったわけじゃない。

 ここで、死んだんだ。

何年も使われず部屋に置いてあったから、使ってくれる夏海に寄贈したというわけか。

「では、次は町内会の方から」

 次に立ち上がったのは、末永さんのようだった。

「われわれの要求は、もちろん彼らの意見を聞き入れること。それが為されない場合、われわれが行なっている様々な取り計らいを、全て無期限停止させていただきます」

 取り計らいってなんだろうか。税制優遇への協力とかだろうか。どうやらはっきりとは言いたくないことらしい。

 院長は、これには冷静だった。

 だが気をつけろ。ここで普通の対応をしたら、お前は詰む。さあ、言え。自爆の言葉を。

「しかし、町会長。それでは町の医療が衰退しますぞ。それではあなたも困るのではないですか?」

 勝った。

 俺の望んだ通りの答えだ。これで俺達の勝利はほぼ確定する。横をみると、高橋や夏海も喜びを隠せない様子だった。どうやら今の状況を分かっているらしい。

 元来、院長の選択肢はふたつ。俺達の意見を聞き届けるか、ふたりだけの治療をするか。

だが俺の言葉によって、それが変質する。

 四人全員に平等な治療をするか、薬を返してしまうか。

 そこへ、太田さんの攻撃。これによって、リスクを負って四人ともの治療をするか、薬を返してさらに資金提供を失うか。そこで末永さんの追撃にだけ反論してしまったことで、太田さんの言葉はかなり効いたことを自ら言ってしまった。

 つまり、今院長の選択肢は、俺たちの要求を受け入れるか、薬を返してしまい実績を得るチャンスをなくしさらに寄付や町からの援助も失うか、この二つしかない。

「院長!」

 ここぞとばかりに高橋が立ち上がる。そして、勝利の宣言。

「以上のことを考慮して、結論をお願いします!」


  ♦    ♦   ♦


 わたし達は院長室の前に到着します。

 当然鍵がかかっているドア。鍵は院長さんが持っているのでしょう。

「大丈夫。わたしに任せて」

 秋空さんが、ポケットからなにやら針金のようなものを取り出して、鍵穴に入れます。ピッキングできるんですか。さまざまな技能を持っていることは知っていましたが、まさかそんなところまで。

 秋空さんは鍵をしばらくいじっていましたが、やがて。

「あー。無理だね。これは」

「どういうことすか?」

「ディンプルタイプ。鍵の側面が凹凸になっていて、ピッキングできないやつだよ。まあ達人なら分からないけど、少なくともわたしの腕じゃこれは無理。まあそれなら別のやり方で開けるまでだけど」

 すると秋空さんは、鞄からいくつかの工具のようなものを取り出して、組み立てます。

「西川さん、他にディンプルタイプの鍵をつけてる扉はあるの?」

「えっと、わたしはみたことありません」

「そっか。じゃあなおさら怪しいね」

 そしてそれをドアの下にある隙間から部屋の中に入れます。こういう屋内の扉には、バックドラフトを防ぐための隙間が空いています。秋空さんはそれを利用したそうです。

 そして秋空さんは、しばらくガチャガチャやったあと。

「よし。開いたよ。これぞ秘儀、サムターン回し」

 そう言って平然と扉を開けました。

「……わたし、この近所で空き巣が入ったら、多分秋空さんを警察に突き出すと思います」

「そんなこと言ってないで、いくよ!」


    ♦   ♦   ♦


 院長は、高橋の言葉で血相を変える。決まった。もう終わりだ。俺たちの勝ちだ!

 その時、部屋の電話がなる。

 内線か? 何かあったのだろうか。

「どうした」

 院長が受話器をとり、

「――なんだと?」

 目を見開く。

 院長は電話を切って。

「会議は一旦中断する。どうやら私の部屋に侵入する者がいたらしい」

きっとあいつらだ。入った時点で警報がなったのだろうか。

院長は席を立ち、部屋を出ようとする。

「まずいな……」

 横で高橋が苦い顔をしていた。

 なぜだ? 別にかまわないんじゃないか?

「ここで戦況をリセットさせるのはまずい。下手したら、この件を盾に形勢逆転されるぞ」

 俺達だけでここまで追い詰められたんだ。別に向こうは必要なかったんじゃないだろうか。こうなるリスクを考えると。

「そうでもない。向こうにもまだ応じようはある。このまま今日の会議を中止にして、対処されることも考えられる、だから最後の一撃として用意して置きたかったんだが……。はやくあのジジイを止めないと、大変なことになるぞ」

 なら、早くいかないと。

「大丈夫よ。こんな時のために、部屋の外に待機してもらってたのよ」

 そうか。今部屋の外には、血気盛んな祭り男達が待機しているんだ。

「みんな、聞いてくれる?」

 夏海が、部屋の扉を開けて叫ぶ。

「ちょっとまずいことになったの。今すぐさっき走っていった院長を抑えて!」

「「「「「「おうっ!」」」」」」

 活気みなぎる返答。そして聞こえる大きな足音。

 よし、俺達も行こう。

 俺と夏海、高橋を皮切りに、部屋にいた連中がみんな院長室に向かった。

「お前ら動くな!」

 院長室では、院長が奥にある自分の机の前で、冬音を羽交い絞めにしながら首筋にナイフを押し当てていた。

 みんな、院長室に入れずにいる。俺達と高橋、西田さんを含む数人だけが、ドアの辺りに固まっているという状況だった。まずい。冬音は怪我がまだ治ってないのに。

「冬音ちゃん!」

 いまにも駆け出そうとする秋空を、高橋は手で制する。

「まあ待て、和泉。一度オレが交渉してみる」

 そして高橋は、院長の前に散らばっている書類を拾って読み始める。

「貴様! 今すぐそれを置け!」

「ああ置いてやる。ほらよ」

 高橋は、院長に向かって書類を放り投げる。

 紙は空中でバラバラになって、床に落ちた。

「これだけ揃えば十分令状はでるな。そうしたらお前は終わりだ。本日限りの院長さん」

 院長は「ぐぬぬ……」と苦悶の表情を浮かべる。

「さて、今すぐ鈴代を開放してもらおうか」

「貴様分かっているのか。こいつを離せばわしを守るものは無くなる」

「どうやら相当ボケが回ってるようだなクソジジイ。分かってないのはそっちだ。いいか。乱用薬物転売は上手く立ち回って誤魔化せば、大した罪にはならない。運が良ければ辞職だけで済むさ。お前もけっこう金持ってんだ。いい弁護士つけることだってできるだろう。だが人質をとって、あまつさえ傷つけたり殺したり、なんてことになったら、どうなる? そりゃあ痛い目をみるだろうな。お前の年じゃ、生きてる間にシャバに出られるかも怪しい。ここで大サービスだ。今すぐ鈴代を開放すれば、お前がこうして人質を取ったことを、無かったことにしてやる」

「しかし、貴様らが約束を守るとは限らんだろう」

「どうでもいいな。もうオレ達はお前なんかに興味はない。どうなろうが知ったものか。別にいいよな。お前らも」

 俺達はみんなうなずく。それよりもはやく冬音を開放させるほうが大事だ。

 しかし院長は、冬音を離そうとはしない。それどころか、冬音をさらにきつく絞める。

「みなさん。わたしのことはいいんです。さっさとこの人を捕まえてください」

 何を言ってるんだ、冬音は。

「というか、院長さん。わたしがどうしてこんな怪我をしてるのか、忘れてますよね」

「……それは」

「自殺未遂、だったですよね。そんなわたしを人質にとって、意味があるとでも思ってるんですか? みなさん、早くしてください」

「やめてよ冬音ちゃん。そんなこと言わないで!」

 秋空が懇願するように叫ぶ。

「分かったわ、冬音」

 突如夏海がそんなことを言いだした。

「あんたが覚悟してるのなら、私達はそれに乗るわ」

「待てよ、夏海。そんなことしたら冬音が」

「私、思ったのよ。私達は、本当に冬音のことを思って手を出せないの?」

 どういうことだ。

「今どうにかしないと、証拠を消されるかもしれない。それは冬音にとっても、最悪の結末なんじゃないの? そうなれば、きっと冬音は自分に責任を押し付けるわ。私達は冬音を傷つけるかもしれないっていう言い訳で、責任を逃れようとしているだけなんじゃないの?」

 そうか。そうだよな。

 本当に冬音のことを想うなら、冬音の望むことをやるべきだ。

「分かった、俺も賛成だ」

 要は上手く冬音を救出してやればいいんだ。やってみせる。

「わたしも、やる」

 秋空も手を挙げた。

「あの老害は、なんとしてもわたしの手で潰してやりたいから」

 その言葉にこもっていたのは、明らかな憤怒。どうか暴走はしないで欲しいものだ。

「じゃあ行くわよ! 冬音を助けるの!」

 そして三人同時に走り出した。

 まずは夏海が、院長に向かって殴りかかる。

 院長は、冬音を抱えるように夏海に背を向ける。

 夏海の拳は院長の肩に当たり、あまりダメージはなさそうだ。

だが、その選択は致命的だ。

 ぶっ倒れろ!

 俺の飛び蹴りが、院長の側頭部を直撃する。 

 院長は大きくよろめく。

「冬音ちゃん!」

 秋空が叫び、冬音が秋空の伸ばした手を握る。

 そして秋空は、冬音を強く抱き寄せた。

 もうこいつの防壁は何もない。俺達の勝利だ!

「これで、終わりよ!」

 夏海の回し蹴りが院長の鼻にめり込んで、院長はゆっくりと後ろに倒れた。



 その後警察の捜査の結果、院長含め病院の幹部のほとんどが逮捕という大事件に発展した。新院長は細川さん。年寄りで逮捕されなかった、唯一の人である。

 俺達を支持してくれる人が院長に就任したことで、俺達の希望が通ることになった。

 そう、俺たちの未来を運に賭けるという選択。ようやく掴み取った、この結末。

 そして俺達はその日、特別に第一棟屋上の展望台に入らせてもらった。

 田舎のためか、都会で見るよりもはるかに多くの星が見える、満天の空。綺麗な空。

「すごいね。星がいっぱい」

 秋空が呟く。

「綺麗ですね」

 担架で西川さんに運ばれてきた冬音。

「あ、オリオン見つけたわ!」

 俺は、横で空を指差す夏海の姿を見る。

俺達は、この激動の七月末の数日間を乗り切った。

 もう俺達が心配することは、なにもない。遠慮なく、楽しくやらせてもらおう。

 きっとこれからも、俺達はいろんな思い出を積み上げていくんだろう。

 もうすぐ、夏本番の八月がやってくる。

 これまでの人生で一度もなかった、最高だと言い切れる充実した夏が。

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