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第一章


春は、芽生えの季節。

木々は再び葉をつけ、青々と生い茂る。

数多の卵や種子から、新しい命が生まれる。

冬の間地中で眠っていた動物達が、目を覚ます。


全ての始まりとも言える、春。

春がなければ、何も始まらない。






 目覚めると、そこにはいつもと違う光景が広がっていた。

あわてて跳ね起きた俺は、すぐに今自分がいるこの状況を思い出だす。

「はあ……。またやってしまった」

 まったく。もう四日目だぞ。俺もいい加減慣れろよ。そう自分に言い聞かせながら、ベットの周りを見渡す。

 六畳ほどのスペースに置かれた、スイッチで上半身が起き上がるタイプのベット。ベットに入りながら使えるように作られたテーブル。二つの木製の棚やソファー。陽の光が漏れてくる閉まったカーテンにテレビ、電気スタンド。

 そして、枕より少し高い位置にある、『ナースコール』とかかれたボタン。

思い出してしまった。自分の、運命を。

考えただけで狂いそうになる。頭をかきむしりって叫びたくなる。

駄目だ。駄目だ。そんな後ろ向きでどうするんだ。

 掛け布団をのけて、ベットから降りる。スリッパを履いてカーテンを開き、がらりと窓を開けた。

「……涼しい」

 まだ朝だから冷たい海風が、ほんのりとした潮の香りと共に俺をかすめる。どこからかウミネコだかカモメだかの鳴き声と共に微かな波の音が聞こえて、どこまでも広がる海は、太陽の光を反射してきらきらと輝いていた。

俺はジーパンと白い半袖Tシャツというラフな格好に着替える。

 腹減ったなあと思いつつ時計を見ると七時五十分だった。朝食までもうすぐだ。

 八時にセットしておいた枕もとの目覚まし時計のアラームを切って、再び窓枠のところに置こうとした俺の額に、なにか黄色い円盤状のものが直撃する。

 尻餅をついてしまう俺。床に落ちた円盤状のそれは、くわんくわんと回転をして、やがて止まった。

 ジンジンする額を押さえながらそれを手にとってみる。どうやらフリスビーのようだ。

 なんだ。なんでいきなりこんなものが窓から飛び込んでくるんだ。

いったい誰が。いや、犯人は一人しか思いつかないが。

「すみませーん。入っちゃいました」

 窓の外から聞こえる女の声。やっぱりあいつか。

夏海なつみ! お前いつからそこにいたんだよ! あとこれ直撃したんだぞ! 危なっかしい」

 俺が窓からフリスビーを出して見せると、下の芝生の上に立つ同い年の少女、夏海は大して悪びれもせず。

「なんだ。春風はるかだったの。よかったわほかの人じゃなくて」

「お前な。結構痛かったんだぞこれでも」

「ちょうどいいわ。あんたそれ返しておいて。三一二号室の太田さんのだから」

 謝罪の言葉すらなかった。投げ返してやろうと思ったが、夏海は一緒にいた大型犬を引き連れて、すぐにその場を去ってしまった。

 あの犬と遊んでいたらフリスビーが飛んでいってしまったんだろう。なんて不運だ

 挙句フリスビーを返してこいなんて言い出した。まあ同じフロアの近い部屋だし、朝食食ってからならそれくらいやってやってもいいだろう。

 フリスビーを適当に来客用ソファの上に放り投げたそのとき、部屋の扉がノックされた。

「おはよう。新鳥あらとりくん」

「西田さん。おはようございます」

 扉を開けるとそこにいたのは、西田さんという看護婦だった。よく俺たちの世話をしてくれる二〇代後半の人だ。小動物系のルックスと大きな胸だろう。男たちの間ではHカップ超えといううわさもある。男子高校生的にはそれなりのロマンを感じずにはいられないな。

「はい、朝ご飯ね」

「どうも」

 西田さんは患者たちの朝食を乗せたカートを押して隣の部屋へ向かう。俺は自分の部屋を出て、すぐそこにある三階ロビーに向かった。ロビーには沢山机が並んでいて、そこで食事をとることもできる。ここのほうが雰囲気も物理的にも明るいので、俺は基本的にここで食うことにしていた。

 朝食は食パンと目玉焼きに、レタスとトマトのサラダ、それからバナナがついていた。

 俺が食パンの耳をちぎろうとすると、机の向かい側にもトレーが置かれる。

「おはよ、春風」

「おはよう。夏海」

 さっき俺にフリスビーをぶつけてきた少女。それがこの蒼葉夏海あおばなつみだ。

 ロングでツーサイドアップの髪に気の強そうな目。綺麗な顔立ちに大きな目と大きな瞳がアクセント。かなり綺麗な容姿をしてるんだが、相当傍若無人なやつである。こいつともう一人テンション高いやつが仲間内にいて、俺と残りの一人はこいつらに振り回されているという状況だ。

けど、今俺がこうして落ち着いていられるのは、どう考えても夏海のお蔭なんだ。

 絶望に打ちひしがれていた先週の俺。

そんな俺を元気づけてくれた。そばにいてくれた。励ましてくれた。

こいつの笑顔に振り回されているだけでも、少しの間つらいことを忘れていられる。

夏海の病室は二階なのに、わざわざここまで来てくれるのも、俺を心配してくれているのに他ならない。わかってる。その優しさは、夏海が本来持っていたものと、自分と同じ境遇にいる者への同情。その程度のものだってことは。勘違いなんてするもんじゃないってことは。それでも、俺はこいつに何かを感じずにはいられない。果たしてこれが恋愛感情なのかはわからないが、夏海がこうして居てくれるだけで、気分がだいぶ上向くことは間違いない。

でもそれをあっさり認めるのは悔しくて、俺はつい心にもないことを言ってしまう。

「どうしたんだ? 二階にもロビーあるだろ」

 もどかしい。もっとほかの言い方があるだろうに。

「あんたね。せっかく人が心配してやってるのに何よその言い方。どうせあんた私以外一緒に食べる相手もいないんでしょ」

 まるで俺が社交性ないぼっちであるかのような言い方だが、そもそもこの病院は辺境に建っているということもあってほとんど老人しかいないんだ。同年代はこの第二棟では夏海だげだ。常に年寄と一緒に食事っていうのはなかなかつらいものがある。

「そういえば今日はどこ集合なんだ?

「えっと。今日は確か第一棟の方だったわ。十時ね」

 この病院は二つの棟があり、この第二棟から第一棟までは徒歩で一五分ほどかかる。

 主に田舎の弱った老人が通院・入院している病院だが、ある病気に関しては日本で唯一対処ができるところだ。まあその話はおいおい語ることにしよう。

「持ち物は?」

「何も聞いてないわね。手ぶらでいいんじゃない?」

 そうこうしているうちに、男子高校生の胃袋を満たすには足りない朝食を食べ終えて、トレイを返却口に持っていく。

「じゃあ九時半にここのロビー集合で」

 そう言い残して夏海は自分の部屋に戻っていった。俺も準備するか。

 例年だったらクーラーで冷えすぎた部屋で夏期講習を受けている日時。けど今年はこんなにものんびりとした素晴らしい夏だ。素晴らしい。子供の過ごす夏っていうのはこうでないといけない。一七歳にしてようやく初めて体験できた。

あとは、「あれ」さえなければ……。

 部屋に戻り、ソファの上に放置されたフリスビーを見て、そういえば夏海にこれ返してこいと頼まれていたことを思い出す。確か、三一二号室だっけ。

  部屋を出て太田さんの部屋の前まで歩く。防犯上の理由からかネームプレートはかかってないが、これが太田さんの部屋だ。とりあえずノックをする。

「はい」

 しゃがれた声が聞こえる。

「ちょっと夏海からの届け物を」

「おお、入りなさい」

 俺はガラガラと扉を開けて入室する。ベッドに座っているのは七十くらいの老いた爺さん。しかしその瞳は衰えを感じさせないほど強く、確固たる意志伺わせる。

「新鳥くんじゃないか。わざわざすまないね」

「これ、夏海に届けてほしいって言われたんですが」

 テーブルにフリスビーを置こうとする俺を、太田さんが静止する。

「もうそれは夏海ちゃんにあげよう。わしなんかが持っていても仕方あるまい。あの犬たちもよろこぶじゃろう」

 夏海が朝やっていたのは、犬の世話だ。夏海は大の動物好きなので、犬やらなにやらの世話をずっとしている。よく俺も手伝わされている。犬や猫や鳥類なんかだといいんだが、虫の世話も手伝わされるのは本当に勘弁してほしい。

 それにしても、太田さんはなんでこんなもの持ってたんだろうな。自分が使うようにはみえないし。

「それは六年ほど前までここに入院していた孫の忘れ物でね。置いて行ってしまったんだよ」

 退院するときに忘れていったのか。いい加減取りに来てくれないだろうか。お蔭で今も額が痛い。もしそいつが太田さんの見舞いにくる機会があったら文句言ってやろう。

「じゃあ、これ夏海に渡しておきます」

「ああ、頼んだよ」

 会釈の後太田さんの部屋を出た俺の前を、一人の白衣姿の男が通りかかる。

「新鳥じゃないか」

三十歳くらいの若い男の医者だ。名前は高橋健吾。なんでも新米時代からずっと様々な変わった病気に接してきたのだという。

「どうだ。調子は」

「悪くない。みんながいてくれたおかげで」

 高橋はなぜか苗字呼び捨てかつタメ口でいいと、そう入院した直後に俺に最初に言ってきた。

「そうか。それはよかった」

 それだけ言い残して高橋は廊下の向こうへ歩いて行った。

 俺は部屋に戻って日焼け止めクリームを全身に塗りたくる。別に白めの肌を保ちたいとかいう感情はないんだが、田舎の真夏の太陽は本当にえぐい。日焼け止め対策なしでいくと、夜の風呂で絶叫するハメになる。少し白いのが残るぐらい厚く塗るのがポイントだ。

 夏海からもらった白い病死をかぶって、俺は部屋を後にした。

エレベーターに乗って一階へ、まるでホテルノロビーのような明るい洒落たエントランスを歩いていると、後ろから声をかけられる。

「早いわね。関心関心」

 その手に握られているビニール袋には、食パンの耳らしきものがぎっしりと詰められていた。

「どうしたんだそれ」

「厨房のおばちゃんがいらないからって。これもエコね。それよりあんた、なんでそれまだ持ってるの」

 夏海は俺が手に持ってるフリスビーを見ながら言った。

「太田さんが、もういらないからお前に挙げるってさ」

 フリスビーを夏海に向かって放り投げると、夏海はそれをパシッと見事にキャッチした。

「そう? これであの子たちも喜ぶわ。今すぐ一棟に向かっても早すぎるし、あんたも来ない?」

 夏海は手に持った袋を持ち上げる。

「餌やりか?」

「そそ。とりあえず来てみて」

 夏海は俺を引き連れて、エントランスの正面入り口を開ける。

 外は、まさしく夏。まだ朝早いのでそこまで暑くはないが、太陽の光はすでに大地を照らし、あたり一面を白く染めている。うるさい蝉の声が四方から鳴り響いていた。

「こっちよ」

 病院の建物に沿って、夏海はうっそうとした裏手の森の方へ歩いていく。

 日陰に入り、夏海は袋から取り出したパンの耳をひとつ森のほうへと投げた。

「で、どうするんだ」

「まあ見てなさい」

 すると茂みからかさかさと音が聞こえたかと思うと、何かひょっこりと飛び出してきた。

「おいおい」

 狸だった。サイズ的にはもう大人だろうか。

狸は地面に落ちたパンを取ってすぐに森に引っ込んでしまった。

……なんというか、かわいいな。ここの森に平然と狸が住んでいたことには驚きだが。

「あれって順番決まってるのよ。一巡したらまた最初の子が出てくるわ」

 ということらしいので大きさや模様を観察してみたが、どれも同じに見える。

 しばらくして夏海はすべてのパン耳を配り終えた。

「何周したんだ?」

「三周と四匹よ」

 即答だった。ちなみに小出しにする理由は、一連の動作がかわいくてなるべく数多くみていたからだそうだ。気持ちはわかるが、さすがに三十回以上見てると飽きてくる。

「じゃあ行くわよ。第一棟へ!」

 そう叫んで腕を振り回しながら歩き始めた。俺はあわてて後をついていく。

 病院の前から延びるアスファルトの道。第一棟へ行くにはこの峠を越えればいい。

「ねえ、春風」

 俺の横に並んで歩く夏海。

「どう? 個々の暮らしは」

 そんなことを聞いてきたから、俺は自信を持って答えてやった。

「充実してて楽しいよ」

 もうこれ以上はないくらいに。

「そう……」

 夏海は微かに口元を綻ばせた。

 そんな会話をしていると、俺たちが目指す第一棟が見えてきた。

 外観も中身も第一棟とほぼ変わらない六階建ての薄茶色の建物。違いは、第一棟の屋上に巨大な天体望遠鏡が置いてあることくらいだろう。テレビの取材やなにかのイベントのときくらいしか開放しないらしいから、中に入ったことはない。

 いつものメンバーのうち二人が第一棟。そして俺と夏海が第二棟にいる。

 自動ドアをくぐって、冷房が効いた第一棟のエントランスに入る。

「おはよう! はるか! なつみん!」

 エントランスにいた茶髪のショートヘアに短い黒スカート、紺のルーズソックスにブレザーのような服を身に着けているこいつの名前は、和泉秋空いずみ あきら

 見た目はいまどきの美少女といったところだろうか。

「はるか! 会いたかったよ!」

 俺の腕にしがみつく秋空。しかもあろうことか俺の腕に胸を押し付けてきた。

 やわらかい感触が伝わってくるが、だまされてはいけない。偽物だ。

「おい、やめろ」

 それでも秋空は辞めようとはしなかった。

「ちょっと。なにやってるのよ、あんたたち」

「えー。いいじゃん。春風だってほんとは嬉しいくせに」

 そんなわけあるか。この真夏にこれは暑苦しい以外の感想など浮かんでこない。こいつはいつもこんな調子だ。なかなかにしつこい。確かに秋空ほどの綺麗な顔のやつにこんなことされたら、例え偽物の胸でもうれしいものだろう。 

だがこいつにだけは、絶対にそんな感情を持ってはいけないのだ。

「なんでかな。こんな美少女に迫られて何も感じないなんて」

「平然と嘘を吐くな。お前美とかいう以前に少女じゃないだろ!」

 そう、喜んではいけない最大の理由が、これだ。こいつはこんな身なりだが、男だ。

 俺も知った時は本当に驚いた。なにしろ秋空は容姿もさることながら、エロゲヒロインのようなアニメ声を持つ。気づける方がおかしい。

「そんなことして、春風がそっち行っちゃったらどうしてくれるつもりなの!」

「いいじゃん。こっちの世界もいいものだよ。一度でも入ったらもう戻れないんだから」

 なにやら恐ろしいことを言い出した。

「よかったね。女の子同士は最後までできないけど、男の子同士は最後までやれるから」

「なにがどういいのか全く分からないんだが!」

「大丈夫。春風の欲望はわたしが全部受け止めるから」

「だから何が大丈夫なんだ。そういう問題じゃない」

「え? じゃあ春風が受けなの? 知ってる? 男の子は男の子同士で受けなのが一番気持ちいいんだよ? 射精するより前立腺でイくほうがはるかに快感強いんだよ?」

 誰かこいつをなんとかしてくれ。

 しかし唯一の希望である夏海は、顔を赤らめてもじもじとしていた。なにをしている。まさかお前は腐った趣向の持ち主か。しばらく秋空とすったもんだしていると、診察室へと続く廊下のほうから一人の少女が歩いてきた。こっちは本物の女である。

「すみません。遅くなりました」

 低めの身長に高二にしてはやや幼い顔立ち。彼女の名前は鈴風冬音すずかぜふゆね

「あ、冬音ちゃん」

 俺は秋空の意識が一瞬冬音に移ったのを見逃さず、秋空の手を振りほどいた。

「あ! はるかが逃げちゃった!」

 秋空は放っておいて、俺は冬音の姿を見る。

 白のノースリーブワンピースとサンダル。セミロングの髪に麦わら帽子という、テンプレすぎてむしろ今時珍しいレベルの「夏」の格好だ。

「ちょっと着替えに戸惑ってしまって。本当にごめんなさい」

 そんな風に頭を下げられると、なんだかこっちが悪いことをしている気分になってしまう。まだ集合時間にはなってないんだけどな。こいつはかなり控えめな性格で、なにかあるとさほど自分が悪くなくてもすぐ謝るタイプであることが最近分かってきた。

「さて」と夏海が仕切る。

「これで四人そろったことだし、今日はなにするか決めなきゃね!」

 俺たちの奇跡的な共通点。それはもうここまでくれば明らかだろう。

 名前の一文字目


 新鳥「春」風。

 蒼葉「夏」海。

 和泉「秋」空。

 鈴代「冬」音。


 全員名前に季節が入っている。しかも四人とも綺麗に春夏秋冬。

これだけでも十分驚異的な話だが、もう一つ共通点がある。

 俺たちは、ある同じ理由でこの病院にいる。

「なつみんはどっか行きたいことろある?」

「そうね。海とかどう? せっかく海の近いところに来てるのに、私たちまだ一回も海言ってないじゃない」

「いいねー。海。水着に海水浴。ロマンだよ」

「あの……。わたしは水着持ってきてないんですけど……」

「大丈夫よ冬音。誰も持ってないから。まあどこかで売ってるんじゃない?」

 持ってなくて当たり前だ。みんなここに来るときはかなりの絶望の底にいたはず。遊ぶことなんて考えもしなかっただろう。そもそも門限さえ守れば外出していいなんて知らなかったし。

「どこのビーチいくの?」

「せっかくだから白浜!」

「お! なつみんいいセンスしてるねー」

 みんな笑顔でわいわい話し合ってる。だがその笑顔は、一枚はがせばその下には深い絶望と悲しみが詰まっているのだろう。

どうやったって、心の奥底から笑うことなんてできやしない。

 空元気で笑って、一時期つらいことに蓋をしても、あるときふっと思い出すんだ。

 自分の、運命を。

 その運命から逃れる術はない。だから少しでも気を紛らわせようとする。

 変な奴らだが、これはこれでおもしろく、みんなと遊ぶのは本当に楽しい。これまでに体験したことのないような夏の思い出を積み重ね続けている。

 今までで一番充実した時間。

でもその時がくれば、あっという間にすべてを飲み込んで終わらせてしまう。

 リミットは、三か月。いや、それはあくまで俺の話。一人でも欠ければこの日々は壊れてしまうことを考えれば、もうそんなに日はない。もしかしたら、終わるのは明日かもしれない。でも考えるのが怖くて、結論を先延ばしにしている状態だ。

「行くわよ! 海!」

「おー!」

 夏海に呼応するように秋空が叫ぶ。考えるのが怖い。だからこそ、今このときを楽しんでいようと思う。俺はみんなと一緒に腕を振り上げた。

「海か。楽しみだな」

 特に夏海と冬音の水着がわりと楽しみだ。

「はるか。水着楽しみにする相手一人忘れてない?」

 思考を読むな!

「忘れてない。夏海と冬音だろ?」

 言ってから失言だったと気づく。二人の方を見ると、夏海は全く振り返らず出口のほうへと言ってしまっており、冬音は恥ずかしそうに「春風さん……」とつぶやく。

「あるよ! 美少女一人忘れてるよ!」

「いや、いくらお前でも水着は無理があるだろ」

 露出がそんなに多くない服なら、一般的にはかなりかわいい女子二人を上回ることさえある時点でかなり恐ろしいが。だが水着となるとこいつに出る幕はない。

「まあそんなこと言ってられるのも今のうちだね。ふふふ……」

 不敵な笑みを見せる秋空。恐ろしい

「じゃあ、行くわよ!」

 開く自動ドア。俺は夏海に続いて再び炎天下へ。もう一度帽子をかぶりなおす。

 さて、ずっと引っ張り続けるのもなんなので、もう言ってしまおう。


 俺たちの人生は、もうすぐ終わる。


 何かの例えではなく、本当に命を落とすんだ。

 俺の場合、死ぬのは遅くとも三か月後。もう年は越せない。他のやつらはもっと早い。ひとりでも欠けたら、俺たちのこの幸せな日常は、跡形もなく崩壊してしまうだろう。

 それが大体いつなのか、聞いてみる勇気もない。冬音が一番早くて、次が秋空、そして夏海。一体いつまでこんな日常を続けることができるのか。それはわからない。

 俺たちはいつ終わるともしれない日々を送り続けている。

 これは、そんなひと夏の記録。



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