一角、ニ角、三角 (後編)
ミネとメリアンがテントの近くまで帰ってくるとその周辺が騒がしいことに気付いた。そしてミツルが一人で剣を振り回し、一角純獣と二角穢獣を相手に戦っていた。
「流王波紋剣!!」
魔剣を抜き一角純獣と二角穢獣を相手に戦うミツルだったが数が多いため捌ききれず手に持っていた魔剣を弾かれてしまう。
魔剣は遠くの地面に突き刺さる。
「「ミツル!!」」
ミツルの危機にミネとメリアンは加勢に入る。一角純獣と二角穢獣を払いのけミツルと合流する。
「一体何があったの!」
ミネの問いかけにミツルも困惑した様子で答える。
「分からない。急に二角穢獣が襲い掛かってきてそれにつられて一角純獣も襲い掛かってきたんだ」
「恐らく群れにやってきた侵入者と思われたのでしょう。もっと群れから距離を取っておくべきでした。何にせよここで決着をつけるしかないみたいですね」
メリアンの言葉にミツルもミネも頷き覚悟を決める。ミネは拳を構えて前に出る。
「私が先頭を切ります」
「私は後方から魔法で援護します。ミツルは指示をお願い!」
「分かった。震王雷吼剣」
そう言ってミツルは背中から魔剣を抜く。
「まずはこいつらを蹴散らす。と言っても一時的に動けなくすればいいだけだ。深追いはするな」
「はい」
「分かったわ」
ミツルの指示にミネとメリアンが頷く。
その間にも二角穢獣が数匹襲い掛かってくる。ミネは軽快なステップで二角穢獣の間合いに入り攻撃を潜り抜け急所に鉄拳を打ちこむ。鉄拳を打ち込まれた二角穢獣は気を失ったように倒れる。二匹、三匹、四匹。鉄拳で倒れる二角穢獣が増えていく。
そこへ一角純獣が角を輝かせる。輝きは光りとなり二角穢獣を覆う。すると二角穢獣は無傷であったかのように立ち上がる。
「これが一角純獣の回復魔法か。何て威力だ」
「これ以上復活されるとまずいわ。ファイヤー・ウォール!」
メリアンの放った炎の渦が一角純獣を目掛けて襲い掛かる。そして炎の壁となって一角純獣の群れと二角穢獣の群れを分断する。
「今ですミツル!」
「震王雷吼剣・飛電万千斬!」
複数の電撃が飛び一角純獣と二角穢獣に触れて感電した一角純獣・二角穢獣はその場に倒れる。
「今の内だ包囲網を抜けるぞ」
ミツルたちはモンスターの群れの包囲網を抜け出し駆け抜ける。三人は群れから少し離れたところにある場所に強力な魔力を二つ感じ取っていた。
そこへ向かっていくと群れのリーダーらしきモンスター二匹と対峙する。
他より一回り大きな一角純獣と二角穢獣がミツルたちを凝視していた。
「オマエ達ガ、ワザワイカ」
「二角穢獣が喋った!」
「我々ハ、長ク生キタ一角純獣ト二角穢獣。人語ヲ理解スルノハ容易イ」
「一角純獣も喋るのか。これが長年生きたモンスターか、他とは格が違うと言う事か」
「我々ハ世界ノ理ヲ守ル義務ガアル。ヨッテ、ワザワイトナル者ヲ滅スル」
「俺たちが災いだと!お前たちが集まることが災いの予兆なんだろう。だったらお前たちの方が災いだ!」
「魔剣ヲ扱ウ者ガ我ラを貶メヨウトハ、笑止!!」
二角穢獣の咆哮でミツルたちは身動きを封じられる。
「貴様ノ復讐ガ更ナルワザワイヲ呼ブ。復讐ハ諦メロ」
「何だと、お前たちに指図される覚えはない!俺の復讐の邪魔をすると言うなら殺す!!」
ミツルは魔剣を構えて殺気立つ。
「愚カ者メ!」
一角純獣の一言でミツルは突撃する。二角穢獣が合わせるようにミツルに向かって走り出す。衝突する角と魔剣。それはまるで鍔迫り合いのようだった。
後方で一角純獣が角を輝かせる。二角穢獣に補助魔法を掛けようとしているのだろう。
「させません!ファイア・ボール」
無数の火の玉が一角純獣を襲う。一角純獣はそれを回避するために跳び詠唱を妨害される。そして跳んで着地したところにミネが待ち構えており鉄拳を放つ。
「攻之壱式!」
急所を捉えた正拳突き。だがそれを一角純獣は軽やかなステップで回避する。
(かわされた!人間とは違う動き、動物の動きには慣れていないから動きを捉え辛い!!)
近距離ではミネ、遠距離ではメリアンが一角純獣を抑えている間にミツルと二角穢獣の間で火花が散る。
「貴様ガモンスターヲ倒ス度ニ、ワザワイハ大キクナル」
「黙れ!俺は復讐を止めない!たとえ本当に俺が災いを呼んでいるのだとしてもそんな事は関係ない、俺は必ずやつを討つ!!」
「愚カ者メ!」
角で剣を弾いて二角穢獣は大きく後方に跳躍する。一足で数メートルも距離を取ったその脚力にミツルは舌を巻いた。しかし次の瞬間悪寒が走る。二角穢獣の両角に膨大な魔力が満ちる。
(あれはヤバイ!まともに喰らったら!!)
そう思った瞬間ミツルは後方にいるミネを意識する。
(俺が避ければミネたちに当たる!)
ミツルは震王雷吼剣を収め二本の魔剣を抜く。
「塵王砂門剣!!怒王焦滅剣!!」
「消エ去レ、ワザワイノ種ヨ」
二角穢獣の両角から凶々しい色をした光線が放たれる。
「怒王焦滅剣・炎奔弧月斬!!塵王砂門剣・砂丘天蓋斬」
炎が弧状になって大地を割りながら走り光線と衝突しその威力を削ぐ。その後、舞い上がった砂を集めて作った砂の盾でミツルは凶々しい光線を防ぐ。
だが光線は砂の盾を徐々に削っていく。
(威力を削いでこの破壊力か!)
そして砂の盾は砕かれミツルは攻撃をまともに受けてしまう。
「「ミツル!!」」
地面に倒れたミツルにミネとメリアンが駆け寄る。
「う・・」
「良かった息はある」
ミツルが一時的に気絶していることを察した二人は安堵する。だが地面に突き刺さった魔剣は二本、その内一本を手に取ったのはミネの方だった。
「よくもミツルを!許さない!怒王焦滅剣!」
炎が荒れ狂い一角純獣と二角穢獣に襲い掛かる。一角純獣と二角穢獣の角は強力な魔力を秘めている。力の向きが正か負かの違いがあるだけで強力な力を持っていることに変りはなく、それは詰まるところ魔剣と鍔迫り合いが出来ると言う事だ。ミネの魔剣を受けながら一角純獣と二角穢獣はミネと戦っている。
「怒王焦滅剣・円舞焦土斬!!」
ミツルを攻撃した二角穢獣に切りかかるミネ。炎を迸しらせて敵の逃げ道を包囲し行動を制限する技で二角穢獣の行動を制限する。そして二角穢獣の間合いに深く入り魔剣を振るう。
「怒王焦滅剣・激突炎焼斬」
魔剣の刃が二角穢獣に触れた瞬間爆発がおき二角穢獣は吹き飛ぶ。
「小癪ナ」
二角穢獣はすぐに体勢を立て直して距離を取りその両角に魔力が集中させる。ミネは危険を感じて二角穢獣に切りかかるが、真横から一角純獣が魔力光線を放ちミネの足を止めさせる。その隙に二角穢獣の両角から魔力光線が放たれる。
凶々しい魔力光線はミネに向かって牙をむく。ミネはミツルの魔剣の防御を貫通したその攻撃をまともに喰らうのは危険だと判断した。
「怒王焦滅剣・炎渦昇天斬」
炎の渦が発生し魔力光線は炎と共に軌道を変えられ上空へと打ち上げられる。
上空で爆発が起こりその隙にミネは二角穢獣との間合いを詰めるために走っていた。真横から一角純獣が魔力光線を放ちミネの追撃を防ごうとしたとき、ミネは魔剣の技を繰り出す。
「怒王焦滅剣・炎煙羅光斬」
炎が燃え煙が立ち上らせて敵の視界から身を隠す技でミネは姿を消す。だが二角穢獣は上空に移っていた影を見逃さなかった。
「ソコダ!」
魔力光線を放ち影に直撃する。影は地面に落ちその姿を晒す。
「コレハ魔剣ダト!」
上空に現れた影は魔剣だった。ミネは魔剣を放り投げ囮に使ったのだ。魔剣使いが魔剣を手放すことを考慮していなかった二角穢獣は意表をつかれ次の瞬間ミネの「本領」を知ることになる。
「攻之壱式・連」
二角穢獣の左側の体と角からほぼ同時に衝撃が走る。
「ッグウ!!」
二角穢獣は吹き飛び地面に倒れ一角純獣がその前に立ち二角穢獣を守るように構える。
ミネは拳を構えたまま動かない。そして空中に光るものが地面に突き刺さった。
それは二角穢獣の角だった。
「我ガ角ヲ折ルトハ、見事ダ鉄拳使イ」
二角穢獣は起き上がり一角純獣と並ぶ。風がざわめき突風が吹いた。
「何?!」
突風に飛ばされないように身構えるミネ。突風はほんの一瞬のことだった。突風が過ぎた後で一角純獣と二角穢獣から敵意が消えていた。
「ドウヤラ、ワザワイノ元ハアノ男ダケノヨウデスネ」
一角純獣の言葉に二角穢獣は頷く。
「ソノヨウダ。コノ娘ガワザワイヲ避ケルト言ウナラ、我ガチカラヲ貸スノモ吝カデハナイ」
「何を言っているの!災いを持ってきているのはあなた達なんでしょう!一角純獣と二角穢獣が会合するのは災いが起こる前兆なんでしょう!だったらあなた達が災いをもたらしているんじゃない!!」
「ソレハ違ウ。我々ガ会合スルノハ災イヲ察知シテ回避スル為ダ」
「災いを回避する為?」
「ソウダ。我々ニハ災イヲ察知スルコトガ出来ル。ソノ災イトハ魔剣ノ男ダ」
「ミツルさんが災い!そんなわけ」
「ソノ魔剣使イハ、大イナルワザワイノ引キ金トナル。ソノ男ノ行動ガワザワイトナルノダ」
「そんな事は」
「復讐者ハ、ワザワイヲ、モタラス」
その言葉でミネは絶句する。復讐の道がどれほど過酷で血なまぐさい道かを知っているからだ。
「ダガ、別ノ道ガ生マレタヨウダ。ユエニ娘、オ前ニ我ガ角ヲ託ソウ」
そう言うと霧が立ち込めてきた。一角純獣と二角穢獣が姿が薄れていく。
「待って!ミツルが災いをもたらすってどう言う事!どうすればいいの!」
「ソノ男ト供ニイル男ニ気ヲツケロ」
そう言って霧が晴れ一角純獣と二角穢獣は姿を消していった。
「一体、どういう!!」
どう言う事か、そう呟きかけたミネだったが周囲が炎に包まれていることを察知した。
「魔剣が!」
投げ捨てた魔剣が炎を放ち続けていたのだ。
(私が投げ捨てたから魔剣が炎を発したままだったなんて!)
ミネは自分のミスと思い魔剣に近づきその柄を握る。
「炎が、止まらない!!あ、ああああ!!!」
魔剣を制御しようとしたミネだったが逆に炎に包まれてしまった。
※
意識を取り戻したミツルは信じられない光景を目にした。
それは怒王焦滅剣の炎が荒れ狂いその中にミネがいることだった。
「ミネ!!」
大声で話しかけるミツルだがミネは炎に包まれて聞えないでいた。
「一体なぜ!ミネがどうして!!」
動揺するミツルにメリアンが状況を説明する。
「魔剣を使ってミネが一角純獣と二角穢獣を相手に戦っていたんだけど、上手く二匹を退けた後に魔剣が暴走してミネを取り込んだの」
「何だと!」
(このままではミネは炎に包まれて焼かれてしまう。この炎を鎮めなければ!)
メリアンのお陰で状況を飲み込み冷静さを取り戻したミツルは背中から流王波紋剣を抜こうとするが先ほどの戦闘で遠方に落としていたのを思い出す。
(魔剣はどこに!あった!)
飛ばされた流王波紋剣を見つけたミツルだったが炎に遮られ手にとれない状態となっていた。
(どうすれば!火を消すには水か、氷・・・!!)
そこでミツルの記憶がフラッシュバックする。
氷魔法を使えず友を死なせてしまったことを。
(また、また同じ思いをするのか、俺はまた何も出来ずに見ているしかないのか)
そう思った瞬間背中の魔剣が声を上げた気がした。
無王虚空剣。
ミツルが最初に作った魔剣。ルインに来て背負っていた魔剣。属性もなくある状況以外ではただの剣でしかない通常の大きさの両手剣。
しかしミツルの念が最も純粋に宿った魔剣。魔剣の中で最も自分に近い分身とも言える魔剣。ミツルはそう思っていた。
その魔剣が語りかけている気がした。
『馬鹿やろう!早く氷魔法でミネを救え。このままあの時の二の舞にするつもりか!』
ミツルは両手をかざし魔力を練る。並みの氷魔法では怒王焦滅剣の炎を鎮めれない。上級かそれ以上の氷魔法でなければならない。
ミツルは深呼吸をして詠唱を始める。
「氷の精霊たるフラウ・・・」
ミツルの胸が締め付けられ呼吸が止まりそうになる。
「・・・冥府の呼気を彼の地へ誘え・・・」
ミツルはゆっくりと確実に魔力を練るがその間にも呼吸は苦しくなる。
「・・・生けるものの生命を奪い不可侵なる領域を築け・・・」
脳裏に繰り返されるのは、心の傷の記憶。
助けたくても助けれなかった友。
不甲斐ない自分自身。
直視できない過去。
ミツルはそれらすべてを振り切り
(過去なんて関係ない!現在やらなければならない!絶対にミネを助ける!!)
息苦しさを振り切りミツルは氷魔法を放つ。
「・・・凍てつく荒野に無情の棺を立てよ アブソリュート・アイスコフィン!!」
周囲の熱を奪い発生した大量の氷が炎を包みこむ。氷は熱を奪い続け肥大化していき怒王焦滅剣の炎を凍結させる。術者の魔力が続く限り氷は周囲から熱を奪い続け肥大化していく氷の大魔法だ。
しかしミツルはほどなくして倒れてしまう。無呼吸状態が続き息苦しさが限界に来たからだ。そんな状態であってもミツルはミネのことを気に掛けていた。
「ミ、ネ」
そうして氷漬けになったミネを見ると氷が鋭利な刃物で斬られ氷が崩れ中にいたミネが落ちる。そのミネを抱きとめる顔に見覚えがあった。ギラの部下の女魔術師だ。そしてもう一人ミツルの隣に立つ女性の姿があった。ケンカの時にメリアンの隣にいた長髪と美脚を持つ女性だった。
「よく頑張りましたね。後は私たちに任せてください」
そうしてギラの部下たちが救助に駆けつけてくれたのだと察し、二人は一命を取り止めた。
※
ギラの手紙はミツルとミネを囮にすれば一角純獣と二角穢獣を同時に追い払えると言う内容だった。そしてその戦いの末にミツルとミネは命の危険にさらされる、そこを助けて欲しい。要約するとそう言った内容だった。
ギラはミツルとミネを先に旅立たせ後から追いかけてきたのだ。そして群れのリーダーである一角純獣と二角穢獣を同時に倒した後で残った一角純獣と二角穢獣の群れにミツルたちが襲われると予感したギラはその時に助けに入るつもりだった。だが予感は逆転して群れが先にミツルたちを襲撃していまう形となった。最も魔剣が暴走したことでギラたちの行動は無駄にはならなかったわけだ。
手当てを受け回復したミツルとミネはバイラーガの屋敷に来ていた。屋敷にはギラもいて今回の報酬を受け取っていた。
「約束通り二角穢獣の角は君たちが持って帰ってくれ。そしてこれが報酬だ」
そうして金貨の詰まった袋をミツルは受け取った。
「それにしても加勢に来るなら最初から自分たちで討伐すれば良いじゃないか?」
「二角穢獣討伐には魔剣の力が必要だった。そう言う事だ」
そっけなく答えるギラにミツルはそれ以上追及しない事にした。
「一角純獣と二角穢獣には頭を悩ませていたところだ。それを解決してくれた事は助かった。ギラに代わって礼を言う。もし何か困ったことがあれば言ってくれ。手伝えることなら手伝おう」
商業都市ルインの警備総隊長であるバイラーガと繋がりが出来たのでミツルは良しとした。これはなかなか出来ないコネクションだからだ。
それからミツルはバイラーガの屋敷を出た。ギラはまだバイラーガに用があると言うのでミツルとミネは先に帰ることになった。
屋敷を出るとメリアンが立っていた。
「あ、二人ともお疲れ様」
そういって近寄ってくるメリアン。前回は供に屋敷に入ったのでもう一度付いていこうとしたところをギラから止められたメリアンは屋敷の外で待っていたのだ。
「ギラさん、私だけ仲間外れにするなんて酷いです」
「一応警備隊長の屋敷だからな、機密事項とかそういう話も多いから遠慮して欲しかったのかもな」
ギラをフォローするミツル。
そこで口を尖らせていたメリアンは真顔に戻る。
「それでは私もここで別れます」
「え?」
ミネはメリアンの意外な一言に戸惑う。
「ここでお世話になっている家があるのでそこに帰らないと」
「そう、せっかく仲良くなれたのに」
「また会えますよ。そういえばミツルに渡すものがありました」
メリアンはミツルに一枚の紙切れを渡す。
「これは」
「兄の墓の場所を書いた地図です。遺骨はないけどそこに作ろうと言う事になって少し前に完成しました。合間があったら来て下さい。兄も喜びますから」
「ああ、必ず行くよ」
そう言ってミツルは紙を大事そうに仕舞った。
メリアンと分かれてミネはミツルと歩いていた。聞き辛いがどうしても気になった事を聞いてみた。
「メリアンのお兄さんって亡くなったの?」
「ああ、そうだ」
「遺体はないって言ってたけど」
「モンスターに、襲われてな。それで遺体は見つかったけどそれは遺体と呼べるほどの状態ですらなかったんだ」
「そう、だったんだ」
メリアンの大切な人とはどんな人なのか聞く事が出来なかったミネだったがそれは兄の事ではないだろうか、根拠のないミネの勘がそう告げていたがそのことにはそれ以上触れずにミツルと共に帰って行った。