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魔剣鍛冶の剣  作者: 霜月昴
7/19

一角、ニ角、三角 (前編)


 俺たちの住む大陸は大きく別けて南北の地域に分かれる。三つの大国が覇権を争っている北部。多くの村が共存する南部。

 北部の大国とは白城王国・ルシド。

 魔兵王国・ミュクザーク。

 魔道帝国・ドングラー。

 南部にはいくつもの村が集まり群国国家と呼ばれている。

 一つの村は規模や人口から考えると国とは呼べない。そのため村と称して村長は領主と名乗り自分の村を国とは名乗れないでいる。しかし多くの村が集まり国と名乗っているゆえに、群国国家と名乗っているのだ。

 そんな群国国家の村の中でも村以上で国未満の規模の地域である「都市」が存在する。その内の一つが今俺たちがいる商業都市ルインだった。ギロウの治めていたグイロード村から一つ村を隔ててあるその都市が群国国家で一、二を争う規模と人口を誇る。そしてさらに北上すれば大国、白城王国・ルシドがあるため、大国と群国国家の境の村だ。

 そんな環境にあるため商業都市ルインでは治安を維持する警備隊がある。商業都市ルインの警備隊は誰もが恐れる治安の化身だ。彼らに逆らえばそのまま捕らえられて連行され牢の中に入れられる。個人的には絶対に事を構えたくない輩でそれは俺だけが思っていることではないだろう。最も今回商業都市ルインに来たのは厄介ごとを持ってくる兄弟子のギラの依頼があったからだ。ギラの知人に届け物をすると言う依頼。

 どこをどう転んでも商業都市ルインの警備隊と事を構える状況にはならないだろうと踏んでいた。

 「どうしたさっさとその剣を抜いてみろ!」

 ここは商業都市ルインの一番大きな商店街。俺はなぜかそこで警備隊の男と剣で斬り合う事になっていた。少し離れた場所では観客に混じってミネがハラハラした面持ちで状況を見ていた。その隣では

 「ファイトですミツルさん!そんな嫌味な警備兵ミツルさんの魔剣で微塵斬りにしてやってください!」

 そう言って戦いを煽る身長150cmくらいのおかっぱ頭の少女はメリアンと言う俺の知人だ。そしてメリアンの隣にもう一人女性が立っていた。綺麗な長髪の髪にすらりと伸びた美脚を持つ長身の女性。メリアンの知人らしく一緒に声を掛けられたのだが自己紹介をする間もなく眼前の男が絡んできたので名前は知らない。それよりも問題は彼女の発言だ。

 「私も応援してます!警備兵なんて絹糸みたいに細かく切っちゃって!!」

 そうしてメリアンと同じように戦いを煽ってくるわけだ。と言うか絹糸みたいに細かくってどういう喩えだ。しかもなぜか周囲の村人たちも俺を応援している感じだ。

 警備兵の男は周囲の反応に我慢できなくなり剣を掲げて斬りかかって来た。俺はその斬撃をかわす。連続で攻撃を仕掛けてくる警備兵の男に俺はただ回避し続けるしか手段が無かった。

 背中に背負っているのは一本の魔剣。ただしこの魔剣は属性がついておらず通常の戦闘ではただの剣にしかならない。そのためこう言った戦闘で使用できないタイプの魔剣だ。戦闘時は六本の魔剣を背負っている俺だったが、今回の依頼は戦闘を伴わないと思ったので背負っている魔剣もこの一本しかなく残りは荷物の中だった。最も戦闘中ならまだしも普通に街を歩いているのだから剣を何本も背負っていれば目立つ。一本くらいなら旅の剣士として周囲もそこまで注目しないだろうと言うこともあって俺は魔剣を一本だけ背負ったわけだ。また戦闘を伴わない依頼だと思ったので戦闘に向かない魔剣であっても問題ないと思っていたのだが、それが裏目にでるとは思わなかった。

 だが仮に戦闘可能な魔剣であってもやることは一緒だろう。商業都市ルインの警備兵を倒すわけにはいかない。倒せば他の警備兵が威信をかけて俺を倒しに来るだろう。そう言って威厳を保たなければ警備兵としての面子が崩れ警備に支障をきたすからだ。ゆえに俺は回避のみ行い警備兵の男に攻撃を仕掛けないでいた。

 「回避ばかりしやがって俺を馬鹿にしているのか!俺は商業都市ルインの警備兵だぞ!!」

 警備兵の男の実力を測った俺は相当格下だと判断していた。それは剣を振るう太刀筋で判断できるし戦闘前の所作でも判別できた。剣を持っているので素人ではないが、そう言ったレベルだ。ゆえに俺は回避し続けて相手が疲れるのを待った。案の定息が上がってきた男は距離を取る。このまま退いてくれればよいと思ったのだが、男は俺の予想とは真逆の行動をする。

 「商業都市ルインの警備兵の実力を見せてやる!火の精霊たるサラマンダー!大いなる炎の目覚めを感じよ」

 「!!」

 男が詠唱を始めたので俺も周囲の人間もざわめく。

 (まさか!こんな人の多い場所で魔法を放つ気か!それもこの気配は大魔法クラス!正気か!!)

 「水の精霊たるウンディーネ 冷厳にて清水たる水の檻」

 俺は水魔法の詠唱を唱え男の魔法に対抗しようとしたが先に詠唱を始めていた警備兵の男の方が早かった。

 「大地を覆う浄化の炎で 我が目に映るものすべてを塵と化せ!!グランド・エクスプロード!」

 爆炎が迸る。対して遅れて俺も魔法を放つ。

 「清らかなる泉の聖盾を模り 邪まなる災いより守りたまえ!ピュアウォーター・プロテクション!」

 大量の水を広げ水の壁で敵の攻撃を吸収する水魔法。だがすでに炎は道を焼き始めていた、その時

 「マジックミスト・ディシュペル!」

 突然発生した霧が炎と水を覆いあたりは霧に包まれる。すぐに霧は晴れ男の火魔法も俺の水魔法も消えていた。

 (水で魔法を覆い魔力を霧状にして自然に還元する水魔法!一体だれが)

 「あ、兄貴」

 「そこまでだルシドラ」

 どうやら警備兵の男はルシドラと言う名前のようだ。そして兄貴と呼ばれた男もまた警備兵の格好をしていたがその体から放たれる威圧感が男の戦闘経験の多さを物語っていた。

 「けが人がいないか確認しどんな小さなことも後で報告しろ」

 男は背後にいた十数人の部下に命じて部下たちは命令とおりに動く。

 「説教は帰ってからだルシドラ」 

 ルシドラは何か言いたげだったが口答えを許さない兄貴の雰囲気に呑まれ沈黙する。

 「さて、ひとまず名前を聞かせてもらえるか」

 「それは良いけどそちらの警備兵さんがケンカを吹っ掛けてきたんだ。魔法を使ったのもそちらの方がこんな往来で大魔法なんて使うから自己防衛のために使用した」

 「分かっている。君に対して警備兵が罪を問うことは無い。ただ名前だけは報告しなければならないのでね。ご協力いただけるか」

 「構わないがそちらの情報も知らせてもらいたいな」 

 そういって兄貴は自分が名乗ってなかったことに気付いて「失礼」と言ってから自身の名を口にした。

 「私は警備隊総隊長。バイラーガだ」 

 その名前を聞いて俺は聞き覚えの有る名前だと思って懐の手紙を見た。

 (そう言う事か。手間が省けたな)

 「俺の名はミツル。ギラの知人だ。あんたにこの手紙を渡してくれと言う依頼を受けてきた」

 その名を聞いてバイラーガ兄貴は表情を歪める。

 「ギラだと」

 俺はバイラーガ兄貴に手紙を差し出す。しかしバイラーガ兄貴はそれを受け取らず背を向ける。

 「手紙は受け取ろう。ただし街中で受け取るわけにはいかない。私の屋敷まで来てもらおう」

 そう言って俺たちはバイラーガ兄貴についていくことになった。

 

 ※


 ミツルとミネが商業都市ルインの街を歩いているとミツルを呼ぶ声があった。現れたのはおかっぱ頭の少女メリアン。メリアンはミツルの知人でお互いに久方振りの再会に驚いた。そしてメリアンの隣に綺麗な長髪の長身女性が立っていた。メリアンが今お世話になっているところのお嬢さんだと言う。自己紹介をしようとしたところでルシドラがミネに声を掛けてきた。ミネは金髪でスタイルも良いのでナンパされやすいとミツルは思っていたがまさか警備兵から言い寄られるとは思っても見なかった。ルシドラの軽い口調にメリアンも長髪の女性も侮蔑の視線を送ったがルシドラは気付かなかったようだ。ミネも同じように思ったのだろうルシドラの誘いを断ってミツルの元に駆け寄るとルシドラはミツルに難癖をつけてきた。そうしてケンカが始まったわけだ。

 「それが一連の流れです」

 「なるほど」

 ここはバイラーガの屋敷だ。応接室と書かれた扉を開け用意された椅子にミツル、ミネ、メリアンが並んで座っていた。三人と対面するようにバイラーガが座っており先ほどの件で話を聞いていた。

 「弟が迷惑を掛けた。警備兵になって時間が経ってない新米のため教育が行き届いていなかったことを謝罪する」

 そう言って軽く頭を下げるバイラーガ。えらく物分かりがよいので最初からこうしてくれていれば屋敷に来なくてもすんだはず、と思ってから逆であることを察した。

 (そうか、公衆の面前で警備兵が頭を下げると威信に関わるから自分の家に招いたわけか)

 ミツルがそう推測したときドアがノックされる。

 「来客中だ」

 ノックに対してバイラーガは返答するが扉越しに男の声が聞えてくる。

 「火急の伝令が入っています」

 「分かった。すぐに行くから待っていろ」

 「了解しました」

 そうして扉から人の気配が遠ざかっていくのをミツルは察知した。そしてバイラーガは立ち上がる。

 「すまないが少し待っていてくれるか火急の用件だといわれたが手短く済ませてくる。手紙はその時に受け取ろう」

 「はい。問題ありません」

 「ありがとう、では少し失礼するよ」

 そう言ってバイラーガは部屋の外に出て行った。

 残されたミツルとミネとメリアンの間に沈黙が下りる。最初に口を開いたのはメリアンだった。

 「お久しぶりですねミツルさん」

 「まさかこんななところで会うとはな。と言うかなぜここにいるんだ」

 「買出しです。今お世話になって家がありましてそこでいろいろとお手伝いをしているんです。ミツルさんこそどうしてここに?」

 「ギラの依頼でここの主人に用があってな。それよりもだ」

 「え?」

 「さっき魔剣で微塵斬りにとか言ってケンカを煽っていたな」

 「だって、あのルシドラって人は酷い警備兵で有名なんですよ。実力はないのに威張り散らしてばかりで」 

 「実力がないっていうのは分かるが、ケンカを煽るな。あと俺の魔剣のことを言いふらすな」

 「実はこの前、商店街でモンスターを売っている人がいたんですよ」

 「何だと!?」

 商業都市ルインは名前の通り商人が多い街だ。それは地元の商家から流れ者の商人まで様々だ。それゆえに扱っている商品も豊富だ。しかしモンスターまで売られているとはミツルは思いも寄らなかった。

 「一応、営業許可は取っていたらしいです。で、その内の一匹である合成魔獣(キマイラ)が檻を破って逃亡したんです」

 「マジか。一大事じゃないか」

 「はい、その時に対応した警備兵の一人がルシドラなんです」

 「きちんと仕事をしているじゃないか」

 「逆です。他の警備兵に全部任せて自分は物影に隠れていたんです」 

 ミツルは項垂れる。 

 「他の警備兵のお陰で事なきを得ましたがその一件で警備兵仲間もそうでない人たちも全員ルシドラを見下すようになったんです」

 「仕方ないな」

 「はい、ですから誰もミツルさんを責めないと思いますよ」

 「だがそれと君がケンカを煽ったことは別だ」

 「うっ、意外と冷静ですね」

 そんなとりとめもない会話の中でミネが話しかけてきた。

 「あの、ミツルさんこの人は一体」

 そのミネの一言でミツルはメリアンのことを紹介する。メリアンはミツルが魔剣鍛冶の師匠の下で修行していたときの同期の妹だ。ミツルは以前縁があってメリアンと一緒に戦う事になりそれから顔見知りになった。実際に会った回数は少ないが、ミツルがその同期の事を尊敬していたこともあり妹であるメリアンとは気さくに話せるようになっていた。そうした事情を話すとミネは何となく怒った雰囲気で「ミネと言います、よろしく」そう言ってメリアンと握手をした。

 そうしてお互いの自己紹介を終える頃にバイラーガが戻ってきた。

 「失礼したね。それでは手紙を受け取るとしようか」 

 ミツルはギラから預かった手紙を渡しバイラーガはそれを開いて読む。

 (このまま帰れたら良いな)

 そんなことを思ってしまう。

 それを見透かしたのかバイラーガは手紙を折りたたみポケットに仕舞いこむ。

 「彼の手紙は確かに受け取った。時に君たちは一角純獣(ユニコーン)と言うモンスターを見た事はあるか」

 ミツルは首を左右に振る。その後でミネは口を開く。

 「一角純獣(ユニコーン)は一度見たことがあります」

 そう答えたのはミネだった。

 「ほう、どこで見かけたんだい」 

 「闘技場です」

 端的に答えるミネ。バイラーガはなぜミネが闘技場でみかけたのかを問わずに別のことを問いかけた。

 「闘技場と言う事はその一角純獣(ユニコーン)と戦ったのか?」

 「はい」

 「負けたのかい。一角純獣(ユニコーン)は魔力が高く戦闘能力も高いからね」

 「いいえ、勝ちました」

 誇るでもなくただ事実を述べているだけだと言わんばかりにミネは答えた。

 「なるほど、手紙の内容は正しいようだ」

 「どう言う事ですか?」

 ミツルはバイラーガに渡したギラの手紙の内容が気になった。

 「実は一角純獣(ユニコーン)の群れが街中に住み着いていてね。これを追い払ってくれるものを探していた」

 「追い払ってくれるものって、まさか」

 ミツルは嫌な予感を察知した。

 「彼の推薦でなおかつ一角純獣(ユニコーン)討伐の経験もあるならこの役目を任せても良いだろう。報酬は弾むから引き受けてはくれないだろうか。代わりに戦利品は君たちの好きにすると良い」

 そうしてミツルの予感通り兄弟子の厄介ごとに振り回されることになった。


 ※


 一角純獣(ユニコーン)討伐の依頼を受けた私たちは早速、一角純獣(ユニコーン)の群れがいると言う森に向かうことにした。

 私はミツルに話しかける。

 「素直に依頼を受けたね。ギラさんが厄介事を持ってくるなら断るつもりだ、って言ってたのに」

 「相手が警備隊のお偉いさんとなると断るわけにはいかない。ギラにどんな職業の相手か聞いておくべきだった」

 「たぶん上手くはぐらかされたと思うわ」

 私がそう言うとミツルは「同感だ」と言わんばかりに嘆息した。

 「あの~」

 そこで背後から妙な声が聞えたきた。

 「メリアン。お前は関係ないから帰って良いと言ったのに。と言うかどさくさに紛れて色々と話を聞いていたな」

 「まあ興味本位ですね。それに誰も止めなかったので」

 私はいずれかのタイミングで誰かが止めるものだと思っていた。けれどミツルもバイラーガさんも彼女がいるのか当たり前のように話を続けていたことに私は腹を立てていた。彼女も彼女でそこにいるのが当たり前と言う雰囲気を醸し出していたので誰もが自然とそこにいることに違和感を覚えなかったのだろう。

 「メリアンさん、一角純獣(ユニコーン)退治は私たちだけで大丈夫ですからお先に帰ってください。戦闘になると危険ですから」

 「私の身を案じてくれてるんだねありがとう。でもこう見えて優秀な最後衛(シューター)だからね。ミツルの力になれると思うよ」

 私から視線をミツルに移してメリアンさんは話す。その視線移動が腹立たしい。

 「メリアンが良いなら協力してもらおうか。人手は多いほうがいいからな」

 ミツルがそんなことを言って私の機嫌は最高(マックス)に悪くなった。もちろん、そんな雰囲気を出すわけには行かないので私はつとめて平静に対応した。


 ※


 メリアンが協力してくれると言うので俺は内心助かったと思った。

 「こっちよ、二人共」

 そう言ってメリアンが一角純獣(ユニコーン)の群れの下へと案内してくれた。このあたりの地理に疎い俺たちでは群れを探すだけでも時間が掛かっていただろう。その分帰るのが遅くなるところだったのをメリアンの道案内ですぐに一角純獣(ユニコーン)の群れを見つけれた。

 そこまでは良かったのだが。

 「ミネ、まず作戦を立てるとしよう。一角純獣(ユニコーン)相手に鉄拳は通用しそうか」

 「私の鉄拳のことはよく知っているでしょう。そんなこと聞かずとも分かるはずです」

 「あ、ああ。すまない。一角純獣(ユニコーン)相手でも十分に戦えるわけだな」

 「当たり前です」

 そういって何が気に入らないのか彼女は怒気を強めた口調で返答する。いやこれは怒気と言うより拗ねている感じだ。しかし一体どういう心境の変化があったのか俺には理解できないでいた。 

 そこへメリアンが話しかけてくる。

 「今日、一角純獣(ユニコーン)退治を行うつもりですか」

 「ああ、そうだ。何か不都合があるのか」

 「実はこのあたりで一角純獣(ユニコーン)だけでなく二角穢獣(バイコーン)も出現すると言う話を聞いたことありますか?」

 「俺もミネもつい最近ここに来たばかりなんだが」

 「そうですよね、やっぱりご存知ない」

 そんなメリアンの言葉にミネが食いつく。

 「ちょっと待って一角純獣(ユニコーン)だけでなく二角穢獣(バイコーン)も出現するって本当なの」

 「ええ、本当ですよ。今のルインで一番話題になっていることです。珍しいこともあるものだって」

 メリアンはミネから話しかけられ少し驚いた雰囲気を出すがすぐに元に戻り会話を続けた。

 「確かに珍しい事ね。一角純獣(ユニコーン)二角穢獣(バイコーン)は縄張りを共有しないと言う特性を持っているはず」

 「そうなのよ、だから街の人も不気味がっていて、警備兵でも手を出し辛い状況なの」

 「警備兵でも手を出し辛い状況?」

 「昔ね、同じようなことがあったんだって。相当昔で伝説って言われるくらい過去の話なんだけど、一角純獣(ユニコーン)二角穢獣(バイコーン)が同じ縄張りを共有するときは大きな災いの前触れなんですって」

 「なるほどな。そんな曰くつきの群れに手を出せないってことか。じゃあどうしてギラはそんな依頼を俺に持ってきたんだろうな」

 ミツルの疑問にメリアンが答える。

 「魔剣鍛冶なら二角穢獣(バイコーン)の角と聞いてピンと来るはずですよ」

 それを聞いてミツルは目を見開く。そしてギラの意図を読み取った。

 「魔剣か」

 「そう言う事です」

 一角純獣(ユニコーン)二角穢獣(バイコーン)

 一角純獣とは額に角を生やした馬のモンスターだ。その角はあらゆる病を癒し、一角純獣(ユニコーン)は穢れのない心清らかな人間の前に現れ力を貸すと言う。

 一方で二角穢獣(バイコーン)とは二本角を持った一角純獣(ユニコーン)の事だ。外見は白い体毛の一角純獣(ユニコーン)に対してと二角穢獣(バイコーン)は黒い体毛だ。そしてその角には人々の負の念が詰まっており、負の感情を抱くものからその念と命を奪いそれを糧にすると言う。

 純潔を司り人々の穢れ無き純粋な想いを糧に生きるモンスター、一角純獣(ユニコーン)

 不純を司り人々の無念や負の感情を糧に生きるモンスター、二角穢獣(バイコーン)

 この二種族は同種ではあるが相容れない性質の持ち主だ。そして二角穢獣(バイコーン)の角とは魔剣鍛冶が魔剣を作るときの魔石に代わるものとして重宝される。人の負の念を糧に作られる魔剣は魔石よりも多くの負の念を込めている二角穢獣(バイコーン)の角の方がより強い魔剣を作れるからだ。魔剣鍛冶にとっては喉から手が出るほど重宝するアイテムなのだ。

 「曰くつきの一角純獣(ユニコーン)二角穢獣(バイコーン)退治をさせてやるから代わりに二角穢獣(バイコーン)の角を好きにしてよいと言うわけか」

  戦利品は君たちの好きにすると良い。そう言ったバイラーガの言葉が思い浮かんだ。

 「仕方ない、そう言う事なら全力でやるとするか」

 「そうですね、頑張りましょう!」

 俺がそう決意するとメリアンがなぜか張り切ってきた。 

 「言っておくが魔剣を使わせないからな」

 そう言ってミネに忠告する。

 「分かってますよ」

 なぜかミネは上機嫌にそう答えてきた。どうやら機嫌は直ったようだ。続けてメリアンにも言う。

 「メリアンもだ」

 「え~、もう一度使ってみたかったです」

 「「!!」」

 メリアンがそう言うと凄まじい殺気が俺たちを襲った。

 殺気の主はミネだった。また機嫌が悪くなったようだ。俺は一体何がどうなっているのか説明して欲しい気分だ。


 ※


 魔剣とはミツルにとって人生そのものと言える大切なものであることは私も理解していた。それが私の怒りに共鳴して魔剣を使わせてもらうことがあったのは偶然の産物だろう。けれど私は魔剣を使わせてもらったのがミツルに認めてもらったことだと思っている。だからメリアンがミツルと仲良くしていてもその一点で私は勝っているのだと思った。しかし

 「え~、もう一度使ってみたかったです」

 その一言で私は自分の気持ちを抑えきれなくなった。

 (メリアンにも魔剣を貸したことがあるの!私だけだと思っていたのに!そんなに気軽に魔剣を貸すなんて!ミツルの浮気者!!!)

 そんなことを内心で罵倒しながらも私はつとめて平然とミツルを見ていた。

 「と、とりあえず今日は作戦を立てるために群れから離れたところにテントを張るとしよう」

 ミツルは気まずそうにそう指示を出した。


 そう言って私と距離を取ったミツルを見て私はため息を付く。

 (私は何をやっているのだろう。ミツルの力になりたいからこの依頼を受けた時に一緒に行くと言ったのに、ミツルが他の女性と仲良くしているのを見て嫉妬してしまってミツルに当たってしまうなんて) 

 自分の不甲斐なさを反省する。頬を両手で叩いて気合を入れる。

 (もうこの事は引きずらない。私はミツルの力になるって決めたんだから)

 再度そう決意して私はミツルと一緒にテントを張ろうと一歩踏み出すとメリアンさんが近づいてきた。

 「ミツルがテントを張っておくから私とあなたで薪を集めて来てくれって頼まれたんだけど、力仕事には自信ありますか?」

 そうして私とメリアンは二人で薪を探しに行くことになった。


 森には薪になりそうな丁度良い大きさの木はそこそこ落ちていた。それを二人で拾い束ねてから背負って帰る。

 「割と簡単に見つかりましたね」

 「ええ、森で夜を明かすには火は必要だから」

 そこで会話が途切れる。

 ふと後ろから歩いていたメリアンの歩みが止まり私は振り返る。「どうしたの」と問いかける前に彼女が先に口を開いた。

 「ごめんなさい」

 先ほどの快活な表情からは想像できない落胆した雰囲気が彼女から漂ってきた。

 「どうしたの?私が何か気に触ることでもしたかな」

 私は戸惑いそんなことを言ってしまう。

 「ううん、気に触ることをしたのは私の方、分かっていたけどどうしても抑えきれなくてあなたに八つ当たりしてしまった」

 「私に?」

 「ミツルとあなたが親しそうに話しているのを見て羨ましいって思ったの。私もこんな風になりたかったって」

 「あ」

 そこで私は悟った。彼女がミツルに馴れ馴れしく接していたわけを。それはミツルに気が有る振りをして私にヤキモチを焼かせて楽しんでいたのだ。

 「どうして」

 「私には大切な人がいたの。私に居場所をくれた私が世界で一番好きな人。でもその人とはもう会えなくなって、それで楽しそうにしているあなたを見て羨ましいと思ってからかったの。そんな事しちゃいけないって頭では分かっていたのに、ごめんなさい」

 「メリアンさん」

 私はメリアンさんの大切な人とはどんな人なのだろかと思ったが聞く事は出来なかった。そんな思考の間にもメリアンさんは話し続ける。

 「ミツルは友達よ。あと恩人かな」

 「恩人?」

 「ええ、私の大切な人を助けてくれた恩人。だから彼の助けになりたい。でもそれはあくまで恩人だから助けたいの。私の大切な人は一人だけだから」

 そうして彼女は私が安心するように話しているのだと気付く。

 「ギラさんから聞いたことがあるのだけどミツルには復讐する相手がいるんでしょう」

 「ええ」

 「それってどんな人?」

 「分からない。ミツルの復讐の話はしたことがないから」

 「そう。でもどんな人でもミツルの手助けになるなら私は戦う。それが恩返しだから。あなたは?」

 「私も戦います。ミツルは、私にとってミツルは」

 言葉にならない言葉を発しようとして私は沈黙してしまう。それを察したメリアンさんが制する。

 「いいよ、言葉にならないなら無理に言葉にしなくても。想いは伝わったから。理由は違うけどミツルの助けになりたいってことは共通点だね」

 「え、ええ!!そうね」

 「だったらこれからよろしく、ミネ」

 「え?」

 「私の事もメリアンで良いよ」

 私は奴隷になってからこうやって名前で呼び合う友達が少なく今はその仲間とは疎遠になっていることに気付く。復讐を果たしてから私は本当に色々なことに気付いたと思った。

 「うん、よろしくメリアン」

 だからだろうか、彼女の名前を呼んで急に親近感が湧いてきたのは。


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