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魔剣鍛冶の剣  作者: 霜月昴
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失ったもの 得たもの


 ギロウの暗殺に成功したミツルたちは続いて古岩人形(オリハルコンゴーレム)と言うモンスターを倒すことになった。苦戦の末に古岩人形(オリハルコンゴーレム)を倒し、瓦礫の山となったギロウの屋敷をギラの部下たちが後始末を行った。

 ギロウの屋敷には多くの奴隷やならず者がいる。ギロウが殺されたと知られればそれらが暴動を起こすだろう。そうならないためにギラを筆頭に対処に当たった。後のギラの報告でそれは上手くいったようでそこにはホーネスとゴダイムの功績も大きかった。通常ならギロウの手下と言う事で何らかの処分を下されても可笑しくはなかったのだが護衛のために雇われた傭兵だったため深い事情を知らず、また古岩人形(オリハルコンゴーレム)の退治に協力したことでギラから処分を軽くする嘆願書が出ていたと言う。

 そんなことがあったことを知らずにミツルとミネはあの後そのまま家に帰ることにした。

 復讐を遂げたミネだったが感慨に浸る暇もなく古岩人形(オリハルコンゴーレム)との戦闘に入った。

 その戦闘が終わった後も緊張感が続く中でギロウの屋敷から離れ、ミツルとミネがギラに見送られるときの事だった。

 「ここまで来れば大丈夫だろう。後は帰るだけだ二人共ご苦労様」

 そう言ってギラが労いの言葉を言う。

 「俺はこの後の処理があるから帰りは二人だけになるが」

 「問題ない」

 ミツルがそう答えギラはミネを見てからミツルに視線を移す。

 「分かった。後処理が終わったら顔を見せるよ。じゃあな」

 ギラはミネに別れを告げずそのままそそくさと去って行った。

 それからミツルとミネは二人で帰路に着いた。


 久方振りのミツルの家まで帰ってきて家の中に入るとミネはそのまま座り込んでしまった。

 ミツルはその様子を冷静に見つめていた。大丈夫か、そう問いかけようとする前にミネは大粒の涙を零し始めた。

 「父さん、母さん、私やったよ。仇を討ったよ」

 誰に言うわけでもなく視点が定まらない瞳で泣きながらそう言った。

 「うう、ううあああああああ!!」

 復讐を遂げその場で緊張の糸が切れても可笑しくなかったミネだったが古岩人形(オリハルコンゴーレム)の登場とギラの迅速な指示でギロウを倒した後も適度な緊張感が続いていた。そのお陰でミツルの家に帰るまで彼女の緊張感は続いていたが家に帰った途端その緊張の糸が切れたのだ。ギラがそそくさと去った理由もミツルは理解していた。

 眼前で涙を流し続けるミネをみてミツルはどうするべきか迷い、ひとまずこのまま泣かせてやろう、そう思って様子を見ていた。

 「やっと、仇をうてたよ。父さん、母さん、みんな」

 そう言って自分の肩を抱きしめて弱々しく座り込むミネをみてミツルは何かをせずにいられなかった。

 ミツルは自然とミネに近寄り同じようにしゃがんで、ミネを背後から抱きしめた。

 「良くやった、長かったな」

 「ミ、ミルツ」

 ミネは振り返り涙目の表情でミツルの顔を見る

 「大丈夫だ、俺はここにいる。お前も、ミネもここにいる。だから心配するな」

 「私、私は!!う、うあああああん!!!」

 ミツルの胸の中でミネは泣いた。


 ※


 落ち着いたミネはミツルにコーヒーを入れてもらいそれを飲んでいた。

 「その、先ほどは醜態をさらして申し訳ありませんでした」

 「気にするな。長年の想いが果たされたんだ。当然の事だ」

 「その、ミツルに抱きしめてもらえて何だか嬉しかったです」

 そういわれてコーヒーを飲んでいたミツルは咳き込む。喉の調子を整えて返事をする。

 「そうか、まあ君の気持ちを落ち着かせるのに役に立ったのなら良かった」

 ミツルはコーヒーを飲むためにカップを口に近づける。

 「ちなみにどさくさに紛れて名前を呼び捨てにしたのは高評価です」

 ミツルはカップを止めコーヒーを飲むのを止めて机に置くことにした。

 「君も俺のことを呼び捨てにしたのだからお互い様ということだ」

 「いえ、責めているわけではありません。むしろこれからも呼び捨てでよいと思ってます」

 「これからも呼び捨てって、ん?これからも」

 首を傾げるミツルにミネは答えた。

 「これから行く場所もないので居候させてもらいますね、ミツル!」

 そういって拳を握って宣言したミネの姿をみてミツルは頭を抱えた。

 そんなミツルを楽しそうな表情でミネが見ているとミネのお腹の虫がなった。赤面するミネは言い訳っぽく言う。

 「復讐が果たせても、お腹は空きますね」

 そう言ったミネをみてミツルはこの共同生活がもう少し続くのだと実感した。

 それからミツルとミネは食事をおえ、ミネが台所で食器を洗う間にミツルは長い間放置されていた家がどこか痛んでないか調べていた。そんな時ふと台所から物音がした。

 「ミネ?」

 不審に思い台所に向かうとミネが倒れていた。

 「ミネ!!」

 倒れた彼女を抱き上げるが腕は力なくぶら下がっており額には汗が滲み呼吸が激しくなっていた。

 「ミネ!しかっりしろ、ミネ!!」

 呼吸が荒いままミネは返答をしない。ミツルはまずベットに寝かせることにした。ミネを抱きかかえてベットまで運ぶ。ひとまず布団をかけてやるが額の汗が酷いのでタオルを取ってきて汗を拭く。

 「はあ、はあ」

 息使いが荒く苦しそうなミネを見てミツルはいても立ってもいられなくなった。

 「医者を呼んでくる。それまで耐えろよ」

 そう言って立ち上がったミツルだったが

 「ず、み・・・ず」

 小言で何かを言うミネの声を聞きミネの方に駆け寄る。

 「どうした」

 「み、みずを」

 「水、喉が渇いたのか!?」

 ミツルの問いかけにミネは息を荒くして答えなかった。ミツルは台所に行ってコップに水を入れてミネの元に持っていく。

 「起きれるか」

 そう言ったものの起きれそうにないミネを見て寝たまま飲ませるしかないと思った。

 「どうすれば」

 焦りで判断力が低下した自分の状況を察したミツルは深呼吸をする。

 「・・・」

 そして台所に行って棚の中にあるストローを持っていく。コップにストローをさしてミネの口元に近づける。

 するとミネはストローをくわえて少しずつ水を飲んだ。そしてストローから口を外し苦しそうな呼吸を続けた。

 「汗が酷いな」

 ミツルはタオルを持ってきてミネの額の汗を拭く。額や頬が熱を持っているのを感じて冷やしたほうが良いと判断した。台所に行き冷凍庫を開けると氷がなくなっていた。

 「しまった!氷を補給しておくのを忘れていた!」

 自分のミスを悔いるミツル。

 だがミツルは水属性の術師だ。水属性の上位属性は氷属性であり通常ならば氷を作り出すのに問題はないはずだった。

 しかしミツルには氷属性の魔法を使えない理由があった。

 ミツルはボールを用意して手を掌をかざし魔力を込める。それで氷が出きすはずだった。

 「うあああ!!!」

 ミツルの手は振るえていた。

 「うう、ううううう」

 脳裏にフラッシュバックする光景。ミツルはその場にうずくまる。

 「クソ、クソ」

 不甲斐ない自分に腹を立てるミツル。

 「俺は、また何も出来ないままなのかっ!!」

 震える声でそう口にしてミツルは自分の腕を自分で殴る。

 「動け、動け、動けよ!!」

 やがて自傷行為は終わりミツルはもう一度氷魔法を扱おうとしたが同じことの繰り返し結局氷を作ることは出来なかった。

 ミツルはミネの部屋に戻った。そこには息苦しく汗をかいたミネの姿があった。

 「ミネ」

 ミツルは悔しさで拳を握る。

 思えば自分はどうしてここまでミネに尽くすのだろうか?そんな疑問がふと思い浮かんだ。これまでなら氷魔法を使おうなど思わなかった。それがミネの苦しげな表情を見ていると何かをせずにはいられなかった。

 それからミツルは水を入れた袋を作ってミネの額に当ててやる。本来は氷が望ましいが水であっても熱を冷ます効果はあったようでミネの表情が少し柔らいだ。そこへ家を打ち付けるような轟音が響き始めた。

 「まさか!!」

 ミツルは窓に近寄り外の景気を見る。外は完全な夜で月明かりが周囲を照らしているはずだった。しかし今は月明かりは一切無く代わりに雨雲で覆われていた。

 「雨!こんなタイミングで!!」

 舌打ちをするミツル。夜に医者を呼びに行くのですら危険なのにこれほどの大雨が降れば医者を呼びに行くことが困難になる。

 (俺一人なら多少の危険は覚悟の上だが医者の先生にこの状態で家まで来てもらうのは無理か)

 小さな村には一人だけ医者の先生がいる。齢70歳にもなる老医だが腕は確かだ。自分の身の危険は覚悟の上だったがこの大雨の中で村で唯一の医者の先生をつれてここまでくる自信はなかった。

 (だがもし大病だった場合時間のロスが命取りになる。ここは無茶を承知で頼むしかないか)

 そう決意してミツルは雨具を用意しに部屋から出ようとするとミネが何かを呟いた。ミツルはミネの元に飛んで行き何を言おうとしているのか聞き取ろうとした。

 「・・・に、いて」

 「何だ?何か欲しいのか?」

 ミツルは耳を近づけミネの小さな声を聞く。

 「ここに、いて」

 小さく聞えた声でミツルは布団の中からミネが自分の手を握っているのを悟る。苦しそうな呼吸のミネを見るのは辛かったがミツルはミネの傍にいることにした。

 汗を拭いたり枕を変えたり水を飲ませてお粥を作ったりしている内に夜は更けていった。


 翌日。いつの間にか寝ていたミツルは朝の鳥のさえずりで目を覚ます。

 「ん、寝てしまったのか」

 ミネが寝るベットに上半身だけを横にしてミツルはいつの間にか寝ていたようだ。

 「ミネ!」

 意識が覚醒してミネを見る。相変わらず息が荒く汗も酷い。脱水症状にならないように水を定期的に飲ませていたがどういう原因か分からなければ対策の立てようが無かった。ミツルは窓から外をみる。昨日の雨が嘘のように快晴だった。

 「医者を連れてくる。ここで待っていろ。必ず帰ってくるか」

 そうしてミネの手を一旦握りミツルはそのまま走って医者を呼びに行った。


 ※

 

 医者を呼んできたミツルは早速ミネの状態を見てもらった。

 「ふむ、なるほどな」

 医者は白髪の男性の老人。刻まれた多くの皺はこれまでの人生の重みを体現している。身長158cmと男性にしては小柄だが医者としての腕は確かなこの老医はホグゾムと言う名だ。外科手術も出来てここに引っ越してきて大怪我をしたミツルはホグゾムのところに世話になったこともあった。

 「ミネはどんな状態なんだ先生」

 「風邪じゃな」

 「風邪?それだけか」

 「そうだ。風邪の基本的な症状じゃな」

 「じゃあ大きな病気ってわけじゃ」

 「大病と言うわけではない」

 「良かった」

 安堵するミツルにホグゾム先生は叱咤する。

 「馬鹿者、風邪だからと言って甘く見るな。対処を間違えば死に至るんじゃぞ」

 それで気持ちを引き締めたミツルは表情を強張らせる。それをみてホグゾム先生は話し始める。

 「まずは水分の補給と食事をさせることじゃ。体力を回復させるのが一番じゃからな」

 「はい」

 「あと汗をかいたままだと体が冷えてよくない。バスタオルで体を拭いてやると良い」

 「え?俺がですか」

 「当たり前じゃ、他に誰がいる何を呆けておる!」

 ミネがこの村に来てだいぶ経ちミネ自身も村まで買い出しに行くこともあったため村人たちはミツルがミネと言う嫁をもらったのだと思っている。二人を夫婦だと思っているがゆえの発言だ。ミツルも面倒だったので細かい事は説明していなかった。なのでそのことには何も言わない事にした。

 「風邪薬を出してやるから今からわしの家に来い。それを飲ませて様子をみれば心配ないじゃろう」

 そういわれてミルツはホグゾム先生を自宅に送り届け風邪薬を貰って帰った。薬は帰るなりミネに飲ませた。

 そして問題が立ちはだかる。

 「非常時だし、仕方ないよな」

 ホグゾム先生に言われた通り体が冷えるので汗を拭くことにした。ミネの服を脱がし上半身だけ拭くことにした。ふと思い出したのは砂岩蛇竜サンドドラゴンとの戦いが終わった時だった。傷だらけのその体を見られてもミネは微動だにしなかった。そんな反応がミネの過酷な人生を表しているように思えた。

 (あの時もそんなに動揺しなかったし、バレてもそこまで大事にはならないだろう。何より非常事態だ)

 そう思ってミツルはミネの服を脱がせ上半身を露にさせた。膨らんだ胸元に女性らしい曲線は通常なら男性を虜にするだろう、しかしその体に刻まれた刀傷がミツルには痛々しく思えた。

 首、肩、腕、胸、腹、背中。一通り拭き終えてミツルはミネに服を着せた。

 (復讐のため人生を捧げてきたんだな)

 ミネに服を着せ水を飲ませたミツルはふと思った。

 「目的としていた復讐が果たされた。それはどんな気分だ?」

 そう呟いたミツルの独白はミネの荒い呼吸に消されてしまった。


 ※

 

 風邪薬は毎食後に一日三回。その回数を重ねるたびにミネは回復し四回目の薬を飲ませる時には意識を取り戻し体調もほとんど元に戻っていた。

 大事を取ってもう少し休んでいるようにミツルはミネに言い、部屋で本を読んでいるとミネが遠慮気味に口を開く。

 「あの、少し聞きたいことがありまして」

 「ん?何だ」

 いつに無く緊張感を漂わせた口調でミネが話し始めた。

 「私の服が、脱がされた形跡があるのですが」

 「!!」

 「もしかして誰かが体を拭いてくれたのですか?」

 「あ、ああ」

 「あの誰が」 

 「お、俺だ。他にいないだろう」

 「そ、そうですよね!」

 そう言ったもののミネは赤面する。そんなミネを見てミツルも赤面してしまう。

 「し、仕方なかったんだ。体を冷やさないようにと体を拭くようにと、医者に言われて」

 「わ、分かっています!分かっていますから無理に弁明しなくても大丈夫です!!」

 そういわれてミツルは沈黙する。先の砂岩蛇竜サンドドラゴンとの戦闘では何事もなかったのに、とミツルは思った。


 ※


 「わ、分かっています!分かっていますから無理に弁明しなくても大丈夫です!!」

 そう言ったものの私の内心は大丈夫ではなかった。

 (全部見られた、恥ずかしい)

 その気持ちで一杯だった。以前、砂岩蛇竜サンドドラゴンと戦った時に服が溶かされて拳闘奴隷時代の傷を晒してしまったことがあった。あの時は特に動揺はしなかった。自分の体型が男性にとってどう映るか理解はしていたがこの傷を見れば誰も寄ってこないだろう、その時はそう思ったからだ。

 しかし私はミツルと一緒にいる間に彼に好意を抱いていることを自覚した。ギロウを見て暴走した時も、ギロウと戦っている時に魔剣を貸してくれた時も、私はミツルに理性を奪われていると自覚していた。

 (あんなものをミツルに見られて恥ずかしい!!)

 そんな羞恥心が私の心を支配していた。ミツルも気を遣っているのか先ほどの動揺は嘘のように普段通りにしていた。そんなミツルを困らせてやりたいと思った。

 (私はこんなに恥ずかしい思いをしているのにミツルは普段通りにしている。少しくらい意地悪してもいいよね)

 そう思って私はミツルに話しかけた。

 「あの、ミツル」

 「何だ?」

 「私の裸どうだった?」

 そう問われてミツルは赤面する。一方問いかけた私自身も赤面してしまい言い訳がましいことを言ってしまう。

 「ほ、ほら、私の体って傷だらけじゃない。へ、変に、思われなかったかなと思って」

 そうしてそんな意地悪をしてやろうとした数秒前の自分を内心で罵った。

 しかしミツルは真顔になり答える。

 「あの傷は拳闘奴隷時代のものか」

 「え、う、うん。武器を持っていた対戦相手が多かったからね。熟練の戦士とかもいたからに必要経費だったの」

 「必要経費?」

 「肉を切らせて骨を断つ。そんな感じかな」

 「そうか」

 そう言って悲壮感を漂わせるミツルをみて私は先ほどの自分をさらに罵る。

 (ミツルが凄く気を遣ってるじゃない!何でこんなことを言い出したのよ!!私のバカバカバカ!!)

 私が内心で自分を罵っているとふと頭に触れるものがあった。

 「あ、ミ、ミツル?」

 ミツルが大きな手で私の頭を撫でてくれているのだ。

 「その傷は必死に生きた証だ。だから何も変じゃない」

 「あ、ありがとう」

 私はもう恥ずかしすぎて死にたくなる一方でこの時間がずっと続けば良いと思った。


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