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魔剣鍛冶の剣  作者: 霜月昴
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動き出すものたち


 厳しかったけどその厳しさの裏に私への思いやりを感じさせてくれたお父様。優しくて包容力がありながらも私の成長を見守ってくれていたお母様。

 そんな二人が惨い光景とともに殺され私はギロウの手下に気を失わされている間に奴隷にされていた。最初は戸惑いと悲しみで一杯だったがその内心の奥から湧き上がってくる憎しみが私を支えるようになった。

 そして拳闘奴隷の反乱を行い魔剣をつくってもらいにミツルのところにやってきた。最初はごく平凡な男の人だと思った。どんなことをしてでも剣を作ってもらう。たとえ力づくの説得になったとしても、そう思ってきたのだけど気を失った私の傷の手当てをして食事をくれた彼に拳を向けるきにはなれなかった。復讐者と言えど恩を仇では返せない。

 それに一目巨人サイクロプスとの戦いで気絶して介抱された後に出されたパンは美味しかった。食べ物でつられたのだとしたら自分は何とも単純な女だと思う。しかし彼にはなぜか拳を向けたいと思わなかった。だから待つことにした。彼が魔剣を作ってくれるまで。そして自分の過去の話をすることで彼の魔剣を作るモチベーションを上げてもらおうと思ったが効果は無くあえなく玉砕。私は魔剣作りは別の魔剣鍛冶師に頼むことにした。村に出た時に魔剣鍛冶がこのあたりにいないか情報を収集してみた。しかしそんな情報はまったくなくあっという間に手詰まりになってしまった。

 これといった打開策もなく私は日々やって来る日常を過ごしていた。

 「ミツルさん、食事の後はお皿はここに集めてくださいと言ったじゃないですか。食器を洗うのも一苦労なんですから食べた後で食器を持ってくるくらいしてください」

 「分かった分かった。今度はするよ」

 「そう言って昨日もしなかったじゃないですか」

 「ミネさんは記憶力が良いな」

 そんな何気ない会話をしている自分が不思議に思えることがあった。自分は復讐を誓い憎しみを糧に生きてきたのにどうしてここで何事も無かったかのように生活が出来るのだろう、と。

 復讐心は平凡な日常の中でかき消されてしまったのだろうか。そう思った時に私の脳裏に鉄拳の師であるヒューリネの言葉が思い起こされた。

 師であるヒューリネは私が復讐の道に歩むことに反対していた。

 ラッカスの奴隷解放を手伝ったのは奴隷たちを解放して自由にするためだ。復讐の道を開くためではない。

 そう言って師は復讐の道を進もうとする私を諌めた。しかし鉄拳の師として尊敬はしているが復讐者である私にはそんな師のの言葉が耳障りだった。

 「あなたも愛する人が出来るでしょう。その時に今の憎しみを抱えたままそんな人と出会ってしまったら後悔することになるわ」

 そう言って自分の未来を決めるける師に反発をしたこともあった。しかし私は今、そんな師の言葉通りの状況になっていることに気付いていた。

 (私は、ミツルと過ごしていればこの復讐を忘れられるのかしら。本当は

無かったことに何て出来ないし忘れることもできないはずなのに)

 そんな葛藤を抱えつつも心が穏やかで満たされて行く感覚を感じ、復讐心は平凡な日常の中で忘れ去られてしまう。

 そう思いかけた頃だった。ある日、私とミツルは外で薪を割っていた。私が薪を立てて彼が斧を振って薪を割る。それを繰り返しているとふと彼は斧を振るうのを止めた。私は彼を見上げると彼は何かを見ていた。視線を先を追うとそこには私の見知った顔の男性が近づいてきた。茶髪に緑の瞳をした痩躯の男。

 「久しぶりだねミツル」

 私をここへ導いた男、ギラ。彼の来訪が私の平穏を破ることになった。 


 ※


 平穏を破るかのようにその男はやってきた。

 「久しぶりだねミツル」

 「お前は」

 「ハハハ、久々に兄弟子にあったのだからそんなに嫌な顔をするものではないぞ」

 緑の瞳は以前と変わらず何もかも見通しているかのようだった。

 「何の用だ、ギラ」

 ギラがミツルのところにやってきた。

 「いつもの定期報告だ。それとそちらのお嬢さんに用があってきたのさ」

 そう言ってミネを指差すギラ。

 ギラを家に上げミネがお茶を入れて出す。ミツルはギラと対面で椅子に座っている。

 「どうぞ」

 「あ、これはどうも」

 「ミネさん、こんなやつに茶なんて出さなくていいぞ」

 「え?でもギラさんはミツルさんの兄弟子なんでしょう」

 「兄弟子なだけで特別親しいわけじゃない」

 「そうなの?たまに話に出てくるからそうなのかと思って」

 そんな光景を見ていたギラは出されたお茶を飲みながら呟く。

 「何だか新婚夫婦みたいだね」

 「え!そ、そんな、違いますよ!!」

 「あははは、新鮮な反応だな」

 「ミネさん、ギラの軽口に乗らなくて良い。こいつがからかって来るのはいつものことだ」

 「はー、ミツルは冷たいな。最初は今の彼女みたいに良い反応をしていたのに」

 「それより用件を言え。ミネさんに用があるとはどう言う事だ」

 「ああ、それはね。グイロード村の領主が兵を集めて怪しげなことをしているんだ。国も警戒しているんだけどこっち方面まで手を出す余裕がなくてね。暗殺するの手伝ってもらえないか?」

 飲みに誘うような軽いノリでギラが言うとミネは表情を変えギラを見ている。

 それでグイロード村の領主と言うのがミネの仇のことだとミツルは思い出す。

 「あいつを知っているんですか、ギラさん」

 「グイロード村の領主のギロウ。自分の領地に闘技場を作り拳闘奴隷で見世物を行い自己の領地の収入を増やしていた。国は収入の多い領地から税金を取る。ギロウは多額の納税を行っていたため不審に思う者はおらず国も彼を優遇していた。しかしそんな彼が国家転覆を目論んでいると言う報告が入ってきた。それによると闘技場の収益で私設軍隊を作っているのだ。その規模を考えれば国としても無視できないレベルになっていた。そこで国は秘密裏に彼を暗殺することにしたのさ」

 よく回る舌で饒舌に話すギラ。それを聞いたミネは拳を握る。

 「さて改めて聞くけどこの依頼を受けてくれるかい?」

 「仇は必ず討ちます」

 即答するミネにギラは満足気な笑みを浮かべる。

 「では話は決まりだ。今から出立しては夜が来てしまうので明日の朝一に出発する。それまでに準備をしててくれ」

 「分かりました」

 ミネはそう言って自分の部屋へ篭った。

 それをみてミツルはギラに問いかける。

 「ギラ、どうして俺の元に彼女を寄越した」

 「彼女が魔剣を持てば暗殺の確率が上がると思ってね。けれどその様子じゃあ魔剣はつくってないみたいだね」

 「お前の紹介だと言うから勘ぐっていただけだ。まさか国家転覆の危機だったとはな」

 重大な事件に関わっていたため魔剣を打っていればよかったとミツルは反省した。

 「変に意地を張らずに素直に魔剣を打っていれば良かったな」

 それはギラの日ごろの行いに問題があるからだといいかけたが、ミツルには別に聞きたいことがあったのでその事を聞くことにした。

 「それよりもまだ裏があるんじゃなか」

 「裏?」

 ミツルは声を潜め話す。

 「暗殺の確率が上がると言ってたな。つまり最初から彼女をギロウの暗殺者として使うつもりだったんだろう。いつから目をつけていた?」

 「奴隷になってからだ」

 声を潜めギラは隠すことも無く話した。

 ギロウ暗殺のためにギロウに恨みを持つものの素性をギラは調べていた。いくつかある中で候補に上がったものは十数人。そしてその中からコンタクトを取れかつ復讐に協力してくれそうな人材が数人。ミネはその数人の一人だった。ミネが拳闘奴隷として買い取られ鉄拳を学んでいた頃にギラは彼女に目をつけた。部下に命じて拳闘奴隷の反乱が成功するように仕向けたのだ。

 「ミネを買ったのはボグド村の領主・ラッカスはギロウと同じ拳闘奴隷で収入を得る領主仲間だった。裏で色々黒いこともやっていた。ギロウの私設軍隊の援助もラッカスは行っていた。もっともラッカスは国家転覆なんて大げさなことはしたくなかったのだがな」

 「じゃあどうしてギロウに協力していたんだ」

 「ラッカスの奴隷の使い道は何だと思う?」

 「何だ?」

 「性奴隷だ」

 「・・・」

 「相当好色な男なんだよ。貴族も奴隷も気に入ったら必ず手にいれる。そして一通り楽しめばゴミ箱行きだ。そんな彼が次に目をつけたのは大物貴族だった。誰だと思う?」

 ギラは大国の秘密警察のような役にいることをミツルは知っている。飄々とした人物だがかなりのやり手で魔剣鍛冶の修行も秘密警察の修行のその一環だったそうだ。鍛冶の腕もそこそこのものだったが師曰く「可も無く不可も無く」といったところだ。そんな彼が言う大物貴族ならば。

 「まさか、王族?」

 「そうだ。最近結婚されたマクレス第一王子。その正室であるレイリィーナ皇太子妃だ。事の発端は皇太子妃にちょっかいを出す輩を調べている途中で不可解な金の流れがあってそれを追っていたらギロウの件が発覚したんだ。そしてラッカスを潰しかつギロウに憎しみを抱いている彼女が最適者だったのさ」

 「相変らず人遣いが上手いな」

 「何だ怒っているのか?復讐を目的とした彼女を利用しているのが気に食わないんだろう。同じ復讐者だから共感する部分があるわけか?」

 見透かしたように言うギラにミツルは視線を逸らす。ギラの言う事は当たっていた。一方で彼女の復讐が果たせるかもしれないことを期待している自分がいることにも気付いていた。

 「しかし彼女が魔剣を持たないとなるとちょっと暗殺の可能性が難しいな」

 「暗殺計画はどんなものだ」

 「それは国家秘密事項だ。協力者にしか話せないな」

 そこでミツルは腹黒い兄弟子のもう一つの目的を悟った。それはミツルに暗殺の手伝いをさせることだ。協力者とはそういう意味だ。そしてそれを決断させるだけの情報を持ってギラがやってきたことをミツルは知る事になる。

 「話は変るが定期連絡の件だが、もうじき「やつ」が来るぞ」

 その一言でミツルの表情が変る。

 「しばらく羽を休めるためにそこに滞在するはずだ」

 「どれくらいだ?」

 「それは分からない。ただ移動する一ヶ月前には斥候を出すだろうからそれで一ヵ月前の期限がきたと判断すればいい。俺の言った通りここに引っ越してきて正解だっただろう」

 「ああ、まったくだ」

 「それで暗殺の件はどうする?」

 「試し切りには丁度いい。俺も同行しよう」

 「ああ、助かるよ。持つべきものは兄弟子思いの弟分だな」

 そう言って腹黒く微笑むギラに内心で舌打ちしつつも、ミツルは目的の時が迫っていることに妙な高揚感を覚えていた。


 ※


 翌朝。三人はギロウのいる領地に向けて出立した。ギロウは私設軍隊を自分の領地ではなくそこから離れた辺境の場所に移動させていた。

 「ラッカスのところで拳闘奴隷の反乱があったときにあいつは気付いたのさ。自分の野望が大国にばれているってな。そこで証拠隠滅のために私設軍隊を辺境へと移動させた。大国から遠ざかれば監視の目も届き辛い。もっともそう言った場合に俺たちのような輩がいるんだがね」

 そう言ってギラは道中で色々と話をする。

 緊張感のない旅の始まりだった。

 「ここはミッツェル湖と言って地下で海と繋がっているんだ。だから海にいるような生き物がいたりする」

 「本当だ、見たことのない魚です」

 説明をするギラとそれを聞くミネ。最初は復讐を遂げようと緊張した面持ちだったが今からそんなに気を張っていてはこれから目的を果たすまで持たないためギラは気を紛らわすために色々と話しかけていたようで、今では緊張感は解け旅を楽しんでいる様子だ。

 そんな兄弟子を見てミツルはミネの事はギラに任せておけばよいとミツルは思った。しかしそう思いつつもミツルのなかに靄のような感情が掛かっていた。

 そんな一行がしばらく進むとそこに一目巨人サイクロプスが横たわっていた。

 「死んでいるようだね」

 ギラが二人を制止して近づいて様子を見る。

 「外傷は無い。おそらくは何らかの術によって魔力を奪われたのだろう、魔力切れの症状がある」

 そうしてギラは立ち上がる。

 「とりあえず先に進もう。すまないがミツルは先行して様子を見てきてくれないか」

 「分かった」

 短く返事をしてミツルは先行して走っていった。

 「一体誰が何の為にあんなことを?」

 疑問符を浮かべるミネにギラは話しかける。

 「さてね、色々と推測することは出来るが今は推測の域を出ない。それに俺たちの目的はギロウの暗殺だ。それ以外のことには関わる必要はないだろう」

 「ええ、そう、ですね」

 自分を納得させるようにミネは頷く。

 「ところで君に聞きたいことがあったんだ」

 「私に?」

 「君の鉄拳の先生はヒューリネだろう。彼女は元気にしていたかい?」

 「先生の事を知っているのですか?あ、もしかして先生が言ってた上司の人って言うのは」

 「俺の事だよ」

 「そうだったんですか!そうですか、あなたがヒューリネ先生の・・・」

 そう言ってミネは改めてギラの事を観察する。脳天からつま先まで観察されギラはやや居心地が悪そうだった。

 「えっと、君とヒューリネが最後に会ったのはだいぶ前のことだったのかな?」

 「あ、すいません無遠慮に見てしまって。はい、そうですね。先生と最後に話したのは奴隷解放の反乱が終わって自由の身になったときのことでした。とても活発的で素敵な女性でしたよ」

 「ああ、元気そうにしているなら何よりだ。俺たちは秘密裏に動くことが多いので滅多に会うことが無いからね」

 ミネは拳闘奴隷になって闘技場の兵士から半年間で鉄拳の使い方を教えられた。しかしそれは初歩的なもので先生と呼べる人ではなかった。ミネにとって鉄拳の先生とは自分たち奴隷を解放戦争に導いてくれた女性鉄拳使いのヒューリネの事だ。

 そんな共通の知人の話をしているとミツルが戻ってきた。他に怪しい気配はないというのでそのまま一行は目的地に向かった。


 ※


 穏やかな田園風景が広がり人々が地に足をつけて汗を流して生活を営んでいる。そんな村に私たちは着いた。ここニュゲム村は豊富な川の水で農業を営むものが多い村だ。それゆえに面積は他の村よりもやや広い。そんなニュゲム村の空き家に私とミツルは連れてこられた。

 「俺はここでギロウの村に潜入している斥候と会うことにしている。そいつから色々と情報を聞いてくるからその間はここで一泊してくれ」

 そう言ってギラさんは私とミツルが今日泊まる空き家を指差した。

 「勝手に空き家なんて使っていいのか」

 「空き家と言っても我々の管理する隠れ家の一つだ。だから気兼ねなく休んでいろ。どうせ明日からはまた歩きっぱなしの毎日になるかなら」

 そういうことならそうさせてもらおう、とミツルは答え私とミツルはここに一泊することになった。私の意見などまったく聞いてない二人に少し憤ったがミツルと二人っきりになることに気付いて私の心臓は早鐘を打ち始めた。そして空き家の中に入るとさらに緊張が高まった。そこは10畳ほどの広さの部屋に台所とトイレと風呂が設置されているだけだったからだ。つまり人間が寝る部屋は一つしかなく、私とミツルは同じ部屋で寝ることになるのだ。

 (待って、ここで二人で一晩過ごすのよね)

 ミツルの家には幾つかの部屋があり私とミツルは別々の部屋で寝ていた。またミツルは鍛冶場に篭ることがあった。なのでこの状況はミツルの家で一つ屋根の下で暮らしていた頃とは異なっているのだと痛感した。

 そしてなぜかこのタイミングでギラさんがミツルの家にやってきたときの言葉を思い出す


 「何だか新婚夫婦みたいだね」


 どうしてこのタイミングでそんなことを思い出してしまったのか、私は心臓の鼓動が激しさを増すのを感じていた。

 「ミネさん」

 「は、はいい!!」

 「大丈夫か、先ほどから少し顔が紅いが、旅の疲れが出たんじゃ」

 「だ、大丈夫です。久々に屋根のあるところで寝られるなって思ったら嬉しくて」

 「そうか、そう言う事なら良いんだが。俺はちょっと外を見てくる」

 「はい。では私は家の中を見ます」

 そうして私たちは別々に行動した。

 「ミネさん、か」

 ふと彼の私を呼ぶ呼び方に不満を覚えた。

 「お互いに会ってからそこそこ時間も経つんだから、もうちょっと親しい感じで呼んでくれても良いんだけど」

 そう言って親しい感じで自分を呼ぶミツルを想像してみる。


 「大丈夫か、怪我は無いか?ミネ」


 予想外の破壊力に私は顔を覆ってその場にしゃがんだ。  

 「はっ!こんな妄想している場合じゃなかった!」

 私は本来の目的を思い出し家の中を色々と探索してみる。台所には調理器具一式があり長い間使われていないと言うわけではなかった。どうやらギラさんたちの隠れ家として定期的に利用されているようだ。

 続いてお風呂に向かう。やや手狭いだが脱衣所と浴槽が分かれており安心な作りだと思った。そうして家の中を見終わったころにミツルが家に入って来た。

 「外に食糧庫があってそこにある保存食を使えばまともな食事が出来ると思う」

 「分かったわ。じゃあ私は食材を見てくるからミツル、さんは火をおこす準備をお願い」

 「あ?ああ、分かった」

 そうしてミツルは火をおこす準備に取り掛かった。ミネは一人食料庫に向かいため息をついた。

 「急に名前で呼び合うなんて無理よね」

 そう言って食材を吟味し始めながらミネはミツルについて考えた。自分はミツルのことをどう思っているのか。好きなのか嫌いなのか?好きだとしたらどうしたいのか?そして  

 「ありえないわね」

 そこでミネの思考は打ち切られた。食材を選んで帰るとミツルが火を炊いて待っていた。

 「この食材を使いましょう。何を作ると思います」

 「そうだな」

 そうして悩むミツルと話す自分をミネは不思議に思った。復讐を決意した自分が日常を営んでいるような錯覚。

 かつて鉄拳の師であるヒューリネから言われた言葉が思い浮かんだ。

 「愛する人と復讐、どちらか選ぶとしたらあなたはどっちを選ぶの?」

 そう問われてミネは「復讐だ」と答えた。

 そして今、意中の人が出来た今でも同じ答えだ。考えても不毛なことだから、自分には復讐しかなく色恋にうつつを抜かしている暇はない。そう自分に言い聞かせるように思考を打ち切ったのだ。 


 ※


 布団は数人分用意されていた。もともと数人が寝泊りが出きる隠れ家だったのだろう、ミツルとミネはそれぞれ布団を敷いて電気を消した。

 「おやすみなさい」

 「おやすみ」

 そう言って二人は寝ることにした。布団に入ったミネは食事の時に思い浮かんだことを考えていた。師であるヒューリネから言われた事、愛する人と復讐、どちらか選ぶという選択。

 そう問われて自分は復讐と答えた。たとえ意中の人が出来た今であっても。

 (意中の人、意中の人ってどういうこと!!)

 ミネは何気なく浮かんだその単語が気になっていた。

 (意中の人とは、心の中でひそかに思いさだめている人、恋しく思っている異性、ってそんな意味を問いかけているんじゃないの!どうして意中の人って単語がでて来てあの人の顔が浮かぶの!!)

 ミネはふと気付いた自分の気持ちに動揺してなかなか眠れないかった。

 (何か食べたら少しは気が紛れるかしら)

 そう思って振り返ってミツルの方を見てみる。寝ている様子だったのでミツルを起こさないように静かに起きて外へと出て行く。

食糧庫に入り乾物を見つけて口にする。咀嚼している過程で思考が落ち着いてきた。

 (そもそも私が仮にミツルさんのことを好きなんだとしてもミツルさんが私をどう思っているか分からない。万が一に両想いであったとしても報われない恋だわ、だって)

 お互いに復讐するべき相手がいるから。

 (だから何も迷うことなんてない。私にはその道しかないから)

 そんなことを考えていると食糧庫の入り口から音がした。

 (敵!まさか尾行されていた!)

 ミネは口に含んでいた食べ物を飲み込み戦闘態勢に入る。

 (狭い室内では不利)

 ミネは気付いてない振りをして食料庫から出ようとした。そして食料庫をでた瞬間延びてきた腕が視界に入りそれをかわして同時に鉄拳を放つ。しかし敵はその拳を上手く体を捻って回避しミネの腕を掴む。

 (たとえ掴まれても拳が一つあれば接近戦で鉄拳が負けることなどありえない!)

 そうして拳を繰り出すミネだったが敵は膝を突き出しミネの手首を打って鉄拳の軌道を変える。そしてミネは自分の体が浮いたことにきづきその直後背中に痛みが走る。

 (膝で攻撃の軌道を変えられて投げられた!不覚!!)

 そう思った瞬間月明かりが敵の顔を照らし出した。

 「大丈夫か、ミネさん」

 「え?ミ、ミツルさん!!」

 敵だと思っていた人物がミツルだったのでミネは驚愕する。

 「どうして?」

 「それはこっちの台詞だ。外に出たから小腹でもすいて食料庫に向かったんだと思ったけど、帰りが遅いので心配して様子を見に来てみたらいきなり奇襲をかけられるし」

 「ご、ごめんなさい!敵が来たのかと思ってつい!!」

 「急に鉄拳を放ってくるから手首を打たざるを得なかったんだけど、怪我はないか?」

 「は、はい!こんなときのために手首も鍛えてますから!!」

 そう言ってミネはこの状況の危うさに気付いた。投げられ地面に横たわる自分の姿がまるでミツルから迫られているみたいでミネの心臓が早鐘を打つ。

 「ごめん。強く投げてしまったから背中を打っただろう」

 「だ、大丈夫です!受身はとりましたから!!」

 言葉とは裏腹に組み伏せられているこの状況をミネはしばらく続けば良いと思ってしまった。

 (ああ、もう、どうしちゃったのよ私!!)

 それからミネは寝付けず小腹が好いて食料庫に来たことを話してミツルに納得してもらって家の中に入っていった。

 

 ※


 一晩が過ぎ朝早くギラがやってきて開口一番

 「出発するぞ!目を覚ませ!」

 そう言って二人を起こし出発させる。色々あった二人はやや睡眠不足だったがギラは構わず二人を連れて目的地へと向かった。

 やがてギロウの私設軍隊が遠目で見える距離まで来たところでギラは休憩をするように指示をだした。

 「この距離ではまだ目的とする人物の顔は見れない。だがそんなときにはこれだ」

 そう言ってギラが取り出したのは望遠鏡だった。

 「これは魔力を込めると遠目の魔法がかかり遠くを見れると言う魔法道具だ。まずはこの距離で標的となる相手の顔を見ることだ」

 そう言ってギラはまず自分が魔法道具を使い。

 「あいつだな。ほらこれで見てみろ。部隊の端に指揮を取っている人間が三人みえるはずだ」

 そう言ってギラから魔法道具を渡されたミネは望遠鏡をのぞく。望遠鏡を使わなければ集まった人間たちが棒がたくさん立っているようにしか見えない状態だったのがその望遠鏡を使うと表情までよく見えるようになった。

 「見えるか」

 「はい、白髪の老人と年若い男性とそれよりも少し年上な感じの男性」

 「その年上な感じの男性がギロウ。今回の標的だ」

 「あれがギロウ」

 そう言って望遠鏡をのぞくミネを見てミツルは背中の剣の柄に手をかける。ギラは人の機微に敏感で気の利くミツルの兄弟子だ。師匠の下で修行をしていたころは女性から言い寄られたりもしていたことをミツルも知っている。そんなギラがミネの隣にいる。それだけでミツルは不安を煽られ剣を抜いた。

 「あいつが、私の仇。あいつがお父さまとお母さまを!!」

 「え?ちょ、ミネちゃん!!」

 望遠鏡を投げ捨て動揺するギラの横を駆け抜けミネは真っ直ぐギロウのいる方角に向けて駆け出して行った。それを予測していたミツルはミネの前に立ちはだかる。

 「どけええ!!」

 鉄拳がミツルに向かって牙をむく。一方ミツルは魔剣を振るう。

 「怒王焦滅剣」

 肉厚で幅広の魔剣がミネの拳と激突して火花を散らせる。火属性を宿した魔剣から炎が迸りミネを一瞬怯ませるがそれでも彼女は止まらなかった。

 「どいて!あなたには関係ない!!」

 「確かに関係はない。だがここで突っ込めば返り討ちにあうだけだ。復讐を果たしたいなら冷静になれ」

 「冷静になんて、なれるわけないでしょおおお!!」

 そのミネの言葉を聞いてミツルは「確かにその通りだ」と内心で独白した。ミネは一歩下がり距離を取りそして

 「いち!」

 鉄拳を繰り出してきた。ミツルのわき腹に目掛けて振るわれた拳をミツルは剣の柄で受け流す。

 「に!!」

 続いて側のわき腹に二発目が放たれる。それを剣の刃で斬りつけ拳の軌道を逸らす。それぞれの剣と拳が弾かれ火花が散る。だが間髪いれずミネは三発目を放つ。

 「さん!!!」

 最後はミツルの顎を向けて放たれたアッパーだ。それをミツルは頭上に掲げた剣を振り下ろす。

 「怒王焦滅剣・激突炎焼斬」

 魔剣の刃がミネの拳に触れた瞬間爆発がおきミネは吹き飛ばされる。しかし後方に吹き飛ばされたミネは空中で体勢を整え地面に着地して再びミツルに殴りかかる。その表情からは炎ごときでは怯まない様子だ。ミツルも剣で切りかかり迎え撃つ。拳と剣では間合いが違う。間合いの遠いミネが不利だった。しかいミネはミツルが振り下ろしてきた剣を回転してかわすと同時に

 「鉄拳・攻之弐式!!」

 裏拳でミツルの頭部を打ってきた。回避と攻撃を行なう攻防一体の技だ。しかしミツルの手には二本目の剣が抜かれておりその刀身でミネの鉄拳を受けていた。

 「私の鉄拳が防がれた!!!」

 「塵王砂門剣・明暗広狭斬」

 砂がミネの目を打ち視界を奪う。いわゆる目潰しだ。ただしただの目潰しではない。砂で視界を覆い術者の任意のタイミングで視界を取り戻したり遮ったりできる。

 「目潰しなんて卑怯よ!!」

 「冷静になれ。ここで突撃して復讐するチャンスを無駄にするつもりか」

 「仇がそこにいるのよ!待ってなんかいられないわ!あなたに何が分かるって言うの!!」

 「最初に仇にあったとき俺も同じような行動を取った」

 ミツルの言葉にミネ反応する。

 「魔剣を一本作って挑んだが冷静に考えれば一本で勝てる相手ではなかった」

 「・・・」

 「だから最初の戦いのとき命からがら逃げ帰った」

 ミツルの話にミネは耳を傾けていた。

 「そして魔剣をさらに作った」

 「それが背中に背負っている六本の魔剣の事なの」

 「そうだ。復讐を果たすには、時には冷静にならなければならない。感情に任せて突っ走れば必ず手痛い目にあう」

 そこでミネは拳を下ろす。

 「分かったわ」

 塵王砂門剣・明暗広狭斬は効果時間があり2~3分で砂が消えてしまう。また途中で技を解除してしまえば効果時間は関係なくそこで消えてしまう。しかしミネのまとう空気が変ったことを察したミツルはその視界を戻す。

 「急に暴れてすいません」

 「俺には謝らなくてもいい」

 「はい。ありがとうございます」

 そう言ってミネはギラの方を向いて「すいませんでした」と頭を下げた。ギラも「気にしてないから。でも次はこう言う事は控えてね」と釘を刺した。


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