ミネの追憶
その日はミツルとミネは家に鍵をかけて出かけることにした。目的はミツルの家から少し離れたところにある岩場に向かうことだ。そこの岩場に落ちている石は魔石に適しており、また鉄クズも落ちているため鍛冶の材料になる。ただし岩石人形が出没するので一般人では近づくことも出来ないところだった。
ミツルも何度か訪れていたが岩石人形を相手しながら魔石の材料を探すのには負担が大きいため魔石の材料収集は日帰りだ。しかしミネがいることを計算すれば鉄拳で岩石人形の相手をしている間に材料を集めに集中でき短期間でも成果が大きいとミツルは思った。また集めた材料をリヤカーに乗せて帰る。これもミネが来てくれたから出来ることだった。
そんな中である異変にミツルは気付いた。
「いつもより岩石人形が少ないな」
「そうなの?誰かが倒したんですかね」
「いや岩石人形は岩があれば地力で再生する。外見は岩で出来た人型のモンスターといった感じだがその形は自在だ。極端な話、岩や地面と魔力を無くさない限り岩石人形はいなくならない。つまりこれは他の誰かが岩石人形を倒していることだと思うが」
「一体誰が」
そう言いかけてミツルもミネも異様な気配を放つ存在に気付く。
地面から轟音を立てて現れたには一つ目の蛇だった。
「砂岩蛇竜!!こいつが岩石人形たちを食っていたのか!!」
体長3mにも及ぶ砂色の蛇は砂岩蛇竜。砂や岩を食べて生きる中級モンスターだ。竜種の一種でもあり岩場や砂漠に多く生息する。
「地面を自在に移動するこいつとはこんな場所で戦いたくないな」
「来ますよ!!」
愚痴るミツルを激励するミネ。砂岩蛇竜は二人に向けて牙をむく。ミツルは背中の鞘に納めた魔剣を抜く。その姿にミネは見入っていた。ミツルの元にきて鍛冶の材料集めや手伝いをする中で幾度がミツルが魔剣で戦うところを見ていたからだ。
「流王波紋剣・豪水突貫斬」
そう言ってミツルが剣を突き出すと剣先から水鉄砲のように水が噴出し砂岩蛇竜の体を濡らす。砂岩蛇竜は即座に移動して水から逃れた。
「水を避けた?」
「砂岩蛇竜は乾燥した体表を濡らされることを嫌う。それは濡れた体表では地面を移動することが出来なくなるからだ」
そうしてミツルは再び豪水突貫斬で砂岩蛇竜を攻撃するが、砂岩蛇竜は体を捻って水を回避する。その動きはまさに蛇の如しだ。
「避けられますね。なら!」
ミネが走る。大きく迂回して砂岩蛇竜に気付かれないように真横に回って鉄拳を放つ。ミツルの魔剣から放たれる水のみを警戒していた砂岩蛇竜は突然の衝撃で硬直する。
「流王波紋剣・豪水突貫斬」
ミツルの技が直撃し砂岩蛇竜はその場に倒れる、が砂岩蛇竜は舌を伸ばしてミネに攻撃してくる。
「その舌に触れるな!強酸の猛毒だ!」
ミネは素早く回避して砂岩蛇竜の頭に回りこむ。
「大人しく寝てなさい!!」
鈍い音を立てて鉄拳が砂岩蛇竜の頭部にのめりこみ砂岩蛇竜は完全に沈黙する。
「大丈夫かミネ!」
そう言ってミツルがミネの元に近寄ると。
「ええ、心配ありません」
そう言って上半身を露にしたミネの姿があった。
砂岩蛇竜の強酸の毒をまともに浴びてはいないミネだったが上半身の服が溶かされてるほどは被害が出ていた。
ミツルも健全な男だミネのような整った顔立ちの女性の裸を見れば見惚れてしまうだろう。しかしミツルはミネに見惚れることはなかった。それはミネの上半身についた無数の刀傷を痛々しく思い、そして背中に刻まれた二つの三角形を重ねた奴隷の刻印を見て彼女の過去を垣間見たからだ。
「あ、すいません。変なものをみせてしまって」
「いや、気にするな。それよりも風邪をひいてはいけないからこれを着ろ」
そうしてミツルは自分が羽織っていた上着をミネに着せた。
「ありがとうございます」
裸を見られてもあまり動じないミネだったがミツルの気遣いを素直に嬉しく思った。
※
帰りの道中でミネは砂岩蛇竜との戦闘で見せた剣のことをミツルに聞いてきた。
「あの魔剣は水属性なのね」
「ああ、そうだ」
「あなたは背中の魔剣は属性が別々なの。それを見た時から思ってたけどあなたの魔剣って私でも扱えるかしら?」
そう言って悪戯っぽく微笑むミネ。そこでミツルは以前言った講釈の続きをすることにした。
「俺の魔剣は魔力があれば誰でも扱える。だが最初にいったはずだ。魔剣は魔力切れを起こさせそれは「命を失う方」だと」
それを聞いてミネの表情から笑みは消え真剣な表情になる。
魔法や魔法武器を扱う場合魔力が必要になってくる。人間が持っている魔力は個人差があり多い者もいれば少ない者もいる。そしてその魔力が無くなったとき「最初の」魔力切れが起こる。魔力とは生命エネルギーを糧に練成されるものだ。ゆえにすべての生命エネルギーを使って魔力を練成してしまえばその者の命は尽きて死んでしまう。だから人間の脳と体はそうならないように魔力を練成し生命エネルギーが低下しある一定の量を下回った時に魔力の練成が行なえなくなるようなっている。それは肉体に備わったの一種の防衛本能だ。しかし禁断の魔法や呪われた武器にはその防衛本能を無視して魔力を練成させることを可能にするものもある。
魔剣とはそれの一つだ。
「魔剣を使うものは一定量の魔力を奪われ続ける。そしてその魔力切れは「命を失う方」だ」
一般に魔力切れを「最初の方」と「命を失う方」と分けて使っている。彼女が「命を失う方」と聞いて表情を青ざめたのは当然の反応だ。
「それでも魔剣が欲しいようだな」
「当然です」
自分の話を真摯な表情で聞く彼女の瞳をみてミツルは退く気配は微塵も感じられないことを悟りこの話を続けてもミネを説得できないことを理解した。
「どうしてそこまで魔剣を欲する?」
「復讐のため」
短いその言葉にミツルは共感せざるを得なかった。ミツルにも復讐したい相手、この手で殺したい相手がいるからだ。
「なるほど」
「止めないの?」
「なぜだ?」
「だって復讐するなんて褒められた事ではないことでしょう?」
「復讐なんてやめてしまえと言うやつは、自分の大切な人が殺されれば復讐する者の気持ちがよく分かると思うぜ」
そんなミツルの言葉を聞いてミネは微笑む。
「何が可笑しい」
「ごめんなさい。嬉しくて」
「嬉しい?」
「今まで私が復讐の話をすると誰も良い顔をする人はいなかった。むしろ復讐なんて止めて新しい人生を歩むべきだって説教をする人がほとんどだったから」
表情を暗くして話す彼女だったがまっすぐにミツルを見据える。そんな彼女の表情をミツルは読み取れないでいた。
「あなたには聞いて欲しい。私がなぜ復讐したいと思ったのかを」
ミツルにはやるべきことがあった。それを達成させるにはミネの話など聞いている暇は無かった。しかしそれでもミツルはミネの話を聞きたいと思った。
「帰って飯を食ったら話を聞こう」
そうして二人は帰路に着いた。
※
「私は奴隷でした」
そう言って彼女は話し始めた。
「父はリュキ、母はウミと言います。両親はミルノ村と呼ばれる小さな村の領主で私は領主の娘でした。もっとも領主といってもミルノ村は小さいので村人とはほとんど上下関係はなく共に田畑を耕していました。そんな両親は村人たちから好かれていてそんな両親が私の自慢でした」
そう話すミネの表情は穏やかで慈愛に満ちていた。しかしその表情は暗く豹変する。
「けれどある日、隣村のグイロード村の領主がやってきました。彼は小さな村同士で結束して共に助け合おうと言ってきました。その話に父は乗り幾つかの村で様々なことを協力することになりました。最初は食糧の援助などで喜んでいた村人たちでしたがやがてグイロード村の領主の本当の目的が分かりました。
グイロード村の領主の住む村がこの一帯で一番大きな商業都市ルインに一番近いことを理由に協力を約束した村の村人たちは男の領地で色々な力仕事をするようになりました。報酬も支払われ男の領地は人が集まるようになりました。やがて小さなミルノ村で細々と暮らすよりも男の領地で働いたほうが稼げると知った村の男たちは次々と男の領地へ引っ越していく者や引っ越さずとも出稼ぎに行く者も現れたのです」
「家族を養うために出稼ぎにでるのは良いことじゃないか」
「ならば男たちがいなくなったミルノ村はどうやって畑仕事をしていけばいいんですか!!女たちだけでは限界があります。さらに引越しをしていった場合村の労働力が一家族分無くなってしまうんですよ!!あの男は、ギロウはそれが目的だったんです。周囲の小さな村から男たちを集めて労働させ自分の村の労働力にしそのまま自分の村に定住できるように仕向ける」
「だがそんなことなら他の村の領主も黙っていないんじゃないか」
「そうです。事体を察した父は他の村の領主へ手紙と早馬を送りました。けれど」
そうしてミネの瞳は黒く深く沈んでいった。まるで視界が暗転しているかのように話し続ける。
※
馬の足音で使者が帰ってきたのだと悟ったミネの父リュキは立ち上がりその妻であるウミも続いた。
「使者の者とは違う。お主は一体」
「ミルノ村領主のリュド殿ですね。私は隣町から来た使者です。内密のことでお話があります」
そう言って腰に刀を掲げた使者を家の中に入れリュキは話を聞いた。
「このたび村の労働力が奪われていると言う報告を受けたのですか」
使者の男が口を開く。腰に掲げていた刀は床において正座をしてリュギに話しかけていた。
「そうだ。我々の村からギロウ殿の村へ移住する者が増えている。移住とまでは行かずとも出稼ぎに行ってしまう者もいる。男手の半分がそう言った状態だ。これではこの村は成り立たない。そちらの村ではどうか」
「私どもの村ではそう言ったことはありません。おそらくこの村だけの事かと」
「そんな!どうして私たちの村だけ」
それを嘆く母の姿と拳を握り悔しそうに表情を歪める父の姿をミネは隣の部屋で見ていた。
「ともかくギロウ殿と話をせねばならぬ」
「そうですね。これが本当なら私の村も危うい。お供します」
使者の言葉に頷きリュギは立ち上がる。
「支度をする、しばし待たれよ」
そう言ってリュギとウミが背を向けた瞬間、銀色の光が空を裂き赤色が部屋を支配した。
「お主、なぜ」
驚くリュギに使者は片手に持った血塗られた刀でリュギとウミの命を断った。二人が背を向けた瞬間床に置いていた刀で切り殺したのだ。そう理解した瞬間ミネは悲鳴を上げていた。
使者はミネの傍に近づき逃げるミネを刀の柄で殴って気絶させた。
使者はミネを連れて仲間の元に向かった。この村にやってきた使者は五人。すべてギロウの手下だった。自分の村の覇権を握ったギロウはあらゆる手を尽くして村を大きくしていった。その中には人身売買も含まれていた。ミネはそのまま人買いに売られある村の領主に奴隷として買われていった。労働力としてこき使われる日々でミネは復讐を誓った。
そんなミネは拳闘奴隷を集めている村の領主・ラッカスに目をつけられた。奴隷として二人目の主人だ。奴隷は新しい主人が決まるたびに三角形の刻印を押される。ミネの背中には三角形の刻印が二つ重なっている。
それから拳闘奴隷として生きる日々を強いられたミネはさらに強い復讐を誓った。命がけの戦いを越えていく中である日、ミネの前に一人の女性が現れた。ウェーブの黒髪の女性の名はヒューリネと言い奴隷たちを助けたいと言って来た。
「私もここの領主、ラッカスに苦しめられていてね。どうにかやつを打ち負かしたいんだ」
そう言って来た女性をミネは信じた。何か裏があるような雰囲気だったが領主・ラッカスを恨んでいるというのは本当のようだったからだ。それは復讐者だけが分かる同類の瞳、ヒューリネと名乗った女性が自分と同じ復讐者であることをミネは察した。
それからヒューリネの支援で様々な情報が飛んできた。拳闘奴隷の中にはラッカスの手下もおり不穏な動きをする拳闘奴隷を見つけては始末しているとのことだった。そこでラッカスの手下の中でも一番の兵を倒すことで他のラッカスの手下達の心を挫く作戦に出た。一番強い拳闘奴隷が倒されれば他の者は怯えて監視の目を緩めるからだ。ただしその一番強い手下と言うのはラッカスの闘技場で一番強い拳闘奴隷のチャンピオンだった。チャンピオン自身も鉄拳使いで、しかも歴戦の戦士だ。ミネたちとは違い鉄拳を鍛えてきた年季が違う。それはチャンピオンの戦いを見ていて誰もが理解していた。仮にミネが挑んでも万一の勝機もないことは誰の目にも明らかだった。
それでもミネたちは知恵を絞りつくしてチャンピオンに挑んだ。その際ヒューリネから鉄拳の指導を受けることになる。ヒューリネも歴戦の鉄拳使いであり拳闘奴隷たちが教わる鉄拳の技よりも洗練された技術をミネは教わった。また魔力による肉体強化で鉄拳をより強くする方法も学んだ。
相手の心の隙をついた作戦を練り上げ、その時は来た。
※
闘技場と呼ばれるところに私はいる。円形の戦場に二人の闘士が対峙している。戦場は高い壁に囲まれておりその壁の上は階段状の作りとなっており各階段を埋め尽くす人が座っている。いわゆる観客席だ。
戦場の中は生死をかけた戦場。高い壁が世界を隔てているようだ。
対峙する闘士の一人は私。もう一人は身長180cmはあるだろう大柄な男だ。そんな二人をみてマイクを持った男性が声を上げる。
「さあ、今日のメインイベント!鉄拳使いの少女拳闘奴隷・ミネ!!そして同じく無敗の鉄拳使いにしてこの闘技場の頂点!マグライザー!!期待の新人と最強の古参!誰もが夢を見た対決の瞬間だ!!」
歓声が闘技場の中を覆う。
対して私は自分の両肩に乗ったプレッシャーを感じていた。この闘技場最強の男。こいつを倒さなければ私は、いや私たちは前に進めない。
(必ず勝つ)
そう決意した瞬間戦闘開始のゴングが鳴った。
ゴングと共にチャンピオンは無造作に私に向かって歩いてきた。どこからでも打ち込んで来い。そう無言の内に語っていた。自分とチャンピオンの力量差を悟ってした私は勝つためにあらゆる手段を講じる。例えば相手の油断だ。自分より格下だと油断しているときに強烈な一撃を叩き込む。
私は右拳を固めチャンピオンに殴りかかる。チャンピオンは私を格下だと思い油断している。ゆえに私の拳を無防備で受け止めるはず。それほどの力量差があるのだ。しかし私にはその力量差を一瞬だけ埋める方法を会得してきた。この初撃の一撃がすべてを別ける、その重いで渾身の一撃を放つ。
「攻之壱式!!」
大地を割るといわれた鉄拳。その一撃を私はチャンピオンに放つ。予想通りチャンピオンは無防備で私の拳をその体で受ける。
だが
「ああああ!!!」
痛みで悲鳴を上げたのは私の方だった。
痛む拳と手首に私は自分の拳が鉄拳の力に負けたのだと悟った。
「未熟。鉄拳を鍛えず楽をして力を求めた結果だ」
「どうして、私の拳が負けたとしても何にもダメージが無いなんて」
「鉄拳は人体の急所に打たなければその効果を十分に発揮しない。また鍛えた拳ゆえにその衝撃は手首を伝い肘と肩にも及ぶ」
そうだ。私が悲鳴をあげたのは拳の痛みよりも手首の痛みの方だ。鉄拳の拳は堅固で強力だ。しかしその拳を放つだけに見合う肉体を作ってなければ「体の方が鉄拳に負けてしまう」のだ。
「魔力による肉体強化。未熟な鉄拳を邪法によって強めた結果だ。そんな邪法では鉄拳を極めることは出来ない」
そういってチャンピオンは拳を振り上げ私に向かって拳を叩きつけてきた。私は真横に跳んで回避する。チャンピオンの拳はそのまま闘技場の地面へと激突し、轟音とともに大地を裂いた。
「!!」
「これが真の鉄拳だ」
そう言って私を見るチャンピオンに手首の痛みを我慢して接近する。チャンピオンは再び拳を振り上げ私に向かって打ち込んでくる。私は回避に全神経を集中させ鉄拳を交わしてチャンピオンの腕を取り体位を崩す。
「崩し技が、こしゃくな」
地面にめり込むほどの踏み込みで私の崩し技を耐え立ち続けるチャンピオン。しかし足元は通常の状態ではない。先ほどチャンピオンの鉄拳で亀裂の入った地面だ。自分の踏み込みで地面が割れチャンピオンの足元が亀裂に入る。
「むう!!」
チャンピオンは私を格下だと思い油断しており私の拳を無防備で受け止めた。その後自分の力を示すために鉄拳を放ちそれを私が回避しても大地を割って自己の力の強さを示すだろう。そこで崩し技を行ってもチャンピオンほどの達人なら踏み込みで耐えるだろう。ただし、足元が割れた地面ならその踏み込みの強さゆえに「地面の方が耐えられなくなり」結果としてチャンピオンは自身の拳で墓穴を掘ることになる。
すべて計算ずくだ。この作戦を思い浮かぶまでみんなでどれほどシュミレーションをしたことか。今チャンピオンの顔面は私の胸元の位置の高さにきている。千載一遇の勝機!
私はチャンピオンの顎を目掛けて鉄拳を放った
「攻之壱式!!」
それをまともに喰らったチャンピオンはそのまま地面に倒れ気絶した。
「・・・」
しばしの沈黙。
やがて歓声が闘技場を覆う。
「期待の新人の勝利!新チャンピオンの登場だああああ!!!!!!」
マイクを持った男性が声を上げ観客も私を讃える。
そこからが私たちの反乱の始まりだった。
※
新チャンピオンの登場で奴隷たちの勢いは増して行き、ついにミネたちが反乱を決行するときがやってきた。不満を持った全奴隷で闘技場を占拠しラッカスの屋敷に攻め込んだ。ラッカスの屋敷の護衛はほとんどが奴隷でチャンピオン・マグライザーを倒したミネを見ると逃げ腰になっていった。
そんな中でラッカスを探すミネとヒューリネの前に見慣れた大男が立っていた。
「そこまでだ。今度は油断しない。全力で潰す」
そう言ってきたのは元チャンピオン・マグライザーだ。スキンヘッドで筋骨隆々の大男から放たれる威圧感にミネはたじろぐ。そんな中で一歩前に出たのはヒューリネだった。
「あなたの相手は私がするわ。それがせめてもの礼儀よ」
「礼儀だと。お前がその娘に邪法を教えた張本人か!」
「邪法。そうね拳のみを扱う鉄拳使いとしては魔法に頼るなんて邪法よ。それは分かっていたわ」
そう言って構えるヒューリネ。それを見てマグライザーは表情を変えた。
「ならばなぜ教えた。鉄拳を愛しながらも鉄拳の道をなぜ逸れた」
二人の会話を聞いてミネは、マグライザーがヒューリネに対して敬意を抱いているように感じた。それは実力的なものを推し量ったからだろうが、それ以外の何かがあるような気がした。
「拳をみれば分かる。お主の鉄拳に対する姿勢がどのようなものかが」
「そう、私もよ。あなたがどれだけ拳に全霊で鍛錬を続けてきたか分かる。だから私が彼女に邪法を教え、また私自身が邪法を扱っていることも真の鉄拳使いであるあなたにどういう風に思われるのか分かっている。けれど、私も彼女もそれを曲げてでも成さねばならないことがある。真の鉄拳使いではないかもしれない。だからここで私があなたに「素手」で戦うことがあなたに対する礼儀なの。私が言えるのはここまでよ」
「良いだろう。どちらにせよ鉄拳使いに口論は不要。拳で語るのみ」
緊張感が一気に張り詰め
「参る!!」
マグライザーから動いた。それに合わせてヒューリネも動く。
「「攻之壱式!!」」
お互いに正拳突きを繰り出し拳をぶつけ合う。二合、三合、四合、拳が衝突するたびに金属音に似た音が響く。
五合、六合、七合、ミネは心なしか拳を交えている二人が笑っているように見えた。
八合、九合、十合目になり二人は拳をぶつけて止める。
音が止み沈黙が降りる。拳をぶつけたままの状態の二人。先に口を開いたのはマグライザーだった。
「見事。女の身でよくぞここまで鉄拳を鍛えた。邪法使いかと思ったが、そう思った事は謝ろう」
「あなたこそ、ラッカスと言う最低な領主に仕えているから金の亡者かと思ったけど、並みの鍛錬者ではないわね、そのことを撤回するわ」
「金の亡者か、その通りかもしれん。しかしこの世にはこの鉄拳では救えぬ事が、金で救える事もあるのだ。金の亡者と言われても成さねばならぬことがある」
「そう、なら邪法に手を染めた私たちの気持ちも察してくれるのかしら?」
そこでマグライザーは一瞬驚愕の表情を浮かべ「なるほど」と短く呟き 「これ以上は問答無用!!」
拳を弾きそれが合図であるかのように再び拳が衝突する。マグライザーは鉄拳による正拳突きを連続で出す。一方のヒューリネも同じように正拳突きを連続で出す。
それを見てミネは目を見開く。
(あれは、真の鉄拳使いのみ扱える乱舞技、攻之壱式・乱)
攻之壱式・乱。鉄拳を繰り出せるものがその技を連続して打つ技。ただしそれはただ闇雲に打ち込んでいるわけではない。一撃一撃が必殺となる鉄拳であり、それをいくつも繰り出すと言う相当体に負荷のかける技なのだ。
鉄拳使い同士の戦いとは本来、技や魔力が重要なわけではない。重要なのは「どちらの拳が頑強か」と言う事だ。ゆえにお互いの拳をぶつけ合い頑強さを試す。負ければ拳は砕かれ、勝てば勝者として更なる高みへといたる。鉄拳同士の戦いとは別の面で言えば鉄拳を鍛えるための修行なのだ。それがたとえ守りたいものを背負った戦いであっても。負けられない復讐者としての戦いであってもだ。
そしてその時がやってきた。
「ぬうううんん!!」
マグライザーとヒューリネの渾身の一撃がぶつかる。そして二人の動き止まり血が流れた。どちらかの拳が壊れた証だ。
「見事、だ」
そう言ってマグライザーは膝をついた。
「あなたの鉄拳使いとしての生き様を忘れないわ」
そう言ってマグライザーの隣をヒューリネは駆けて抜けて行き、ミネもそれに習った。その光景をみていつか自分もここまでの領域に達することが出来るのだろうか?
ミネはそう思った。
※
そうしてミネたちは見事にラッカスを見つけ打ち倒した。奴隷反乱が成功した瞬間だった。
領主の身柄は奴隷解放を手伝ってくれたヒューリネに引き渡す約束だった。そう約束していたので皆はラッカスをヒューリネに任せてそれぞれ自由になった。
ミネが目指したのは自分の村だった。
「やっと帰ってこれた」
故郷に戻り嬉し涙を流したミネだったが、その涙は別の感情に変る。ミルノ村は荒れ果てて人のいない廃村と化していたからだ。
「こんなところに少女がいるとは、幽霊か何かか」
そこで出会った男がギラと名乗る男だった。ミネはこの村の出身者であることを打ち明けこの村の現状を聞いた。
「この村はもう地図には載ってない廃村だ」
「!!」
「この村は数年前にグイロード村の領主ギロウの領地となって村の資源を絞りつくされた。唯一の資源を失ったこのミルノ村で人は住めず住人はすべてグイロード村に移住して今は廃村になったわけだ」
ミルノ村には魔石と呼ばれる魔力の宿った石が取れることで有名だった。その石を定期的に採取することでミルノ村は大きな収入を得ていた。だが魔石とは元々は普通の石のことだ。
普通の石が魔石の近くにあることでその魔力の効果を得て魔石となる。つまりすべての魔石を売らずに魔石をを作るためにある程度の魔石を残しつつ、魔石を作りながら商売をしなければならない。だがギロウはミルノ村の魔石をすべて売ってしまった。そのためミルノ村は廃村となったわけだ。
その事実を聞いたミネは憎悪を瞳に宿す。
「そんな、どうして、共に協力しようっていったのに。ギロウ、やはりあの男がすべての元凶!!」
ミネは奴隷の間も情報を集めていた。ギロウが自分の村を大きくするために周辺の村から労働力を集めていたこと。自分の村だけでなく他の村も同じような状況にあったこと。それゆえに同じ境遇にあった奴隷の子ども達と協力して逃亡することができたのだ。
「許せない絶対に、絶対に!!」
「だが君一人では復讐を遂げる事はできないだろう。もっと強大な力が必要だ」
「どうすれば、どうすれば復讐を遂げれますか!そんなことをいうのだから何か方法を知っているんでしょう!!」
ミネはギラの腕を掴んで問いかける。
「魔剣を手入れれば可能かもしれない」
「魔剣?」
「人の負の感情を元に作られた鍛冶師の剣だ。俺の知り合いに腕の良い魔剣鍛冶師がいてね。これも何かの縁だ。彼の住所と君の事を紹介する手紙を書こう」
そうしてギラに導かれミネはミツルのところへやってきたのだった。
※
ミネの話を聞き終えてミツルは沈黙していた。復讐者としてかけるべき言葉はないと判断したからだ。それを察したのだろうミネが口を開く。
「再三お願いしてきたことですがもう一度言います。私に魔剣を打ってください。私には魔剣の力が必要なんです。復讐を、果たすために」
復讐と言う単語を強調してミネはミツルに問いかける。ミツルにはミネの無念さや憎しみが痛いほどよく分かる。だからミツルの答えは決まっていた。
「俺は俺のためだけに魔剣を打つ。君には魔剣を打てない。どうしても欲しいと言うなら他の魔剣鍛冶を探してくれ」
そう告げるとミネは「そうですか」と短く答えた。ミツルにはどれほど頼んでも魔剣を打ってくれない。それはミネが一番理解していた。
ミネもミツルの目を見て理解していたからだ。
「ああ、この人も復讐者なんだな」と。
ミツルには自分の復讐があり他の人間の復讐に構っている余裕などない。それを理解していたがそれでも理由を聞かざるを得なかった。
「理由を聞いてもいいですか」
「俺も君と同じ復讐者だ。憎むべき敵に復讐するために魔剣を打っている。他人の復讐を手伝っている暇はないんだ」
そう断言するミツルを見てミネはそれ以上頼まなかった。
そして違う魔剣鍛冶を探そうと心に決めた。それは同じ復讐者としてお互いにそれぞれの道を歩むのが良いと判断だった。