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魔剣鍛冶の剣  作者: 霜月昴
19/19

それぞれの結末

 すべてが暗闇に閉ざされたとき、その声が聞えててきた。


 「光の精霊たるウィスプ 荒涼たる世界に再生の灯りを灯したまえ 安息の息吹と慈愛の翼を広げ 傷つき佇む者たちを静寂とまどろみの中へ 安らぎと癒しの光を授けたまえ ゴットブレス・ヒール」


 それは超絶魔法と呼ばれるクラスの回復魔法。死に至る傷も、疲弊しきった精神も癒す回復の息吹だった。

 ミネは拳の痛みが引いていき、ミツルも全身の脱力感と無力感から開放され二人は深い眠りへと陥って行った。

 「今はゆっくり寝なさい。起きたらたくさん説教してあげるわ、ミツル」

 そんな女性の声を聞いてミルツはなぜか懐かしい気分になり、意識を沈めていった。


  ※


 ミネは最愛の人が危機に面した時、すべてを無くしてでも助けたいと思い渾身の一撃で大地を割った。それは奇跡的に成功しミツルを助けることになったが彼女は代償として大地を打ち付けた方の拳を壊してしまった。病院に運ばれ治療を受け一命を取り止めたミネだったが・・・。


 「もう起きてもいいのかしら?」

 自分の拳を見つめていたミネに声をかける人物がいた。

 「ヒューリネ先生!」

 そう言って病院の部屋の中で立ってたミネにヒューリネが話しかけた。

 「安静にしていないといけないと聞いてないのだけど」

 「私が大怪我を負ったのは拳だけです。その治療もほとんど終わりました。だから歩いても平気です」

 「じっとしていられないのね」

 そういわれてミネの指先が揺れる。

 「はい、心配なんです。彼の事が」

 それはもちろんミツルの事だった。暴闘翼竜(タイラントワイバーン)と戦い瀕死の状態になったミツルをギラは病院に連れてきた。

 「他人のことよりも自分の心配をする事ね」

 そう言って一人の女性が部屋に入ってくる。

 まず目に入ったのは白を基調とした服だ。衛生兵に多い服装だ。続いて豊満な胸は同性であるミネも注目してしまうほど綺麗な曲線を描いていた。長いであろう髪を丸めて白い帽子に納まっていた。

 そんな衛生兵の格好をした女性がミネの前に立つ。歳は自分よりも上か同い年かのどらかだろうとミネは思った。その瞳は何を怒っているのか分からないが怒りの感情がそこから読み取れた。

 「いくら私の回復魔法が凄いからってあなたは相当ヤバイ状態だったのよ」

 「あの、えっと」

 「リスニア、まずは自己紹介をしないと患者が混乱しているわよ」

 ヒューリネからリスニアと呼ばれた女性は嘆息して口を開く。

 「私は衛生兵のリスニア。暴闘翼竜(タイラントワイバーン)に挑む馬鹿者がいるのでそいつらが怪我をした場合に治療して欲しいと言う依頼を受けてここにやってきたのよ」

 「依頼、誰から」

 「ギラよ」

 「ギラさんから!」

 「自己紹介が終わったわ。早速治療に入るわよ」

 「え?え??」

 ヒューリネは苦笑してミネを見る。

 リスニアはミネを強引にベットに横に寝かせる。

 「彼女、腕は確かだから治してもらうと良いわ。治療費もギラが支払ってくれるそうだから。もっとも彼女の治療ってマッサージなんだけど」

 「いたたたた、!!痛い!!!!!」

 「凄く痛いのよね、って言うのが遅かったわね」

 そう言った涙を流しながら痛がるミネはリスニアからのマッサージを受けた。


 激痛を乗り越えたミネは腕はほぼ回復した。マッサージを受ける前は右拳の感覚がないと言う状態に陥っていた。大地を割った代償に彼女は右拳を握ることが出来なかった。手首から先の感覚がなく、まだ肘も曲げると痛みが走った。

 しかしリスニアの治療によりミネは痛みが取り除かれる。

 「治療は終わったわ。痛みは引いたと思うけど体の中はボロボロだから。元に戻ったと思わず養生する事ね」

 「あ、ありがとう」

 「お礼は不要よ。仕事だから」

 そう言ってリスニアは部屋から出て行った。そしてミネはヒューリネに向き合う。

 「あなたの事をギラから聞いたときはやっぱり、と思ったわ」

 「先生」

 「何を言わずとも分かるわ。彼を助けるために拳を犠牲にしたのね」

 「すいません」

 「私に謝る必要はないわ。後悔はないのね?」

 ミネは自分の拳を見る。

 無茶な鉄拳の使い方をした代償として彼女の右拳は鉄拳を打つことが出来ない。鉄拳とは拳だけが重要なわけではない。鉄の如き拳を打つ体全体が重要であり、その内一つでも負傷すれば鉄拳自体が使えなくなる。右拳で鉄拳を打てなくなったミネはもう鉄拳使いとしての技を放つこと出来ない。


 ミネは鉄拳を失ったのだ。


 「自分の選んだ道です、だから後悔はありません」

 「そう、あなたが幸せになれたのなら良かったわ」

 そう言ってヒュリーネは背を向ける。

 「私はそろそろ帰るわ。任務もあるし。元気なあなたの顔もみたしね。多分、もう会う事はないわ」

 「先生」

 「幸せになりなさい」

 背中越しにそう言ってヒューリネの表情をミネは見れなかった。そしてその背中が何となく寂しそうだと思った。

 「先生もお元気で。また会いましょう」

 ミネは精一杯の明るい声で別れと再会の言葉を贈ることにした。ヒューリネの言うとおりもう二度と会えない、そんな予感がしたからだ。

 そんなミネの気持ちを知ってか知らずか、ヒューリネは何も言わずに去っていった。

 「ありがとうございます、先生」

 そう言うとミネの頬に涙が零れた。


 ※


 ミツルは目を覚ました。

 「ここは病院のベットの上か」

 暴闘翼竜(タイラントワイバーン)を倒した記憶が蘇ってくる。

 「俺は、やり遂げたんだ」

 そう言って高揚した気分はすぐに落下していく。

 「ミネ、ミネは!」

 そう言って起き上がろうとするが全身に痛みが走り動けなかった。

 「無理に起き上がらないほうが良いわ」

 どこかで聞いたことのある声にミツルは首を動かした。

 そこには一人の女性が立っていた。白を基調とした服に頭に被った白い帽子には除菌の魔石がはめ込まれている。その姿からして衛生兵だろうとミツルは思った。主に回復役を担い後衛にいる場合の多い職業だ。

 「魔剣を七本も作った上にそれを振り回すなんて無茶をしたわね。そう言うところは子どもの頃から変わらないわね」

 「俺の事を知っているのか?」

 自分の過去を知っている人物だと判断したミツルはその女性のことを思い出そうとしたが記憶にはなかった。

 「誰だ?」

 「まあ、覚えてないのも無理はないわね。こっちは一度も忘れたことがなかったけど」

 言われてミツルは女性を見る。セミロングの緑色の髪の女性。髪の左右はカールしており上品な雰囲気を醸し出していた。

 部屋には小さな小窓がありその窓は開けられていた。そこから入ってきたそよ風が女性の緑の髪を揺らした。揺れる緑の髪がかつて自分が見捨てた少女の顔を思い出させた。

 「まさか、リスニア、なのか」

 フラッシュバックする幼い頃の記憶にミツルは取り乱す。リニアスはユミーナの妹だ。

 「思い出してくれたのね、ミツル」

 しかしミツルに蘇った記憶はリスニアの名前だけではなかった。暴闘翼竜(タイラントワイバーン)によって無惨に引き裂かれたユミーナの姿を思い出す。

 「リスニア、俺は、俺は!!」

 「ちょっ!まだ動いては駄目よ!」

 リスニアが制止するもミツルは立ち上がろうとしてバランスを崩してベットから落ちてしまう。

 「大丈夫!しっかりして!!」

 それからリスニアは部下の男性を呼びミツルをベットに寝かせた。ベットから落ちてミツルは気を失ってしまったが

 「う、うう」

 短いうめき声を上げながら寝ていた。

 「悪い夢でも見てるのかしら。どんな夢なのかしらね」

 「検討はついているのではないですか」

 隣で部下の男がリスニアに話しかける。

 「どうして最初に自分の名前を明かさなかったのですか?」

 「彼がどう思っているか気になったから少し焦らしただけよ。お説教はその後のつもりだったけど・・・」

 そう言ってリスニアはミツルの頬に触れる。

 「・・・こんなにも罪悪感に苛まれているのなら最初から名前を告げるべきだったわね」

 そう言ったリスニアの表情を見て男は何も言わなかった。


 ※


 リスニアには姉がいた。ユミーナと言う少し抜けたところのある姉だ。妹である自分がしっかりしないといけないと日ごろから思っていた。

 リスニアが7歳の時に家族で河原に遊びに行っていた。しかし急な雨が降り河の水は増水し少し離れたところで遊んでいたリスニアは姉とともに両親と引き離された。対岸では父親が大声で叫んでいた。

 「父さんが助けにいくまで安全なところでいるんだ!」

 増水した河の音の中でかすかに聞えたその声をリスニアは聞き、泣き叫ぶ姉を引き連れて河の水が及ばない安全なところに避難した。雨は止むことなく振り続け両親も助けにこれない状態だった。そんな中で泣く姉のとなりでリスニアは気丈にも涙一粒も流さなかった。

 そこへ嫌な気配をリスニアは感じた。

 「獣士犬頭(コボルト)!!」

 リスニアは驚きのあまり声をあげてしまった。

 犬の頭に体は人の形をしたモンスター。身長は子どもくらいのものから大柄な大人まで様々だが、そこにいた獣士犬頭(コボルト)はリスニアたちよりやや大きめな程でしかなかった。しかしそれでも7歳のリスニアには恐怖以外の何者でもない。小柄とはいえモンスターが傍でいるのだから。

 獣士犬頭(コボルト)は三匹おりそれらはすべて二人に気付いて近寄ってくる。

 「いや、来ないで!」

 叫ぶリスニアの隣で涙を流しながら声も出せないでいる姉、ユミーナ。

 獣士犬頭(コボルト)は手に持った太めの木の棒を振りかざしそれを彼女たちに向かって振り下ろそうとした瞬間、獣士犬頭(コボルト)は横に吹き飛ぶ。

 「この子たちはお前達が求めている宝石は持ってない、さっさと去れ」

 そう言って見慣れた男子の姿をリスニアは見た。それは姉ユミーナと仲良しであるミツルだった。他の二匹も同じように追い払うとミツルは二人の方に向かって言う。

 「大丈夫か」

 泣き叫ぶユミーナはミツルに抱きつく。その後をリスニアも続いて抱きつく。そんな風に男子に頼ったのはミツルが始めてだった。

 姉のユミーナがミツルの事を好いているは知っていた。たまに無茶な事をするどこにでも普通の男子。それがリスニアのミツルに対する印象だった。しかしこの一件でリスニアはミツルに心を奪われてしまった。だが恋に奥手な彼女は姉にミツルを譲ることにして自分の気持ちを隠すことにした。

 あの事件が起きるまでは・・・。

 ミツルが一人生きて帰って来た時はリスニアは喜んだ。同時に姉の死にショックを受けた。

 人生で最高の喜びと人生で最高の悲しみが同時にリスニアを襲った。だから彼女はミツルが帰ってきても顔を合わせることが出来なかった。相反する二つの感情に挟まれどんな気持ちでミツルに会えばよいか分からなかったからだ。

 そうしてミツルが街の人間全てに憎しみの言葉を吐いて去っていった時、それを群集の一人として聞いていたリスニアは後悔の念に晒された。死んだ姉よりも生きているミツルの助けになるべきだった、と。

 それからリスニアは衛生兵を目指した。心身ともに傷ついた兵士の助けになりたいと思ったからだ。

 そうして超絶魔法すら扱えるベテラン衛生兵となって全国を飛び回っている時にミツルの治療をすることになるとはリスニア自身も思っても見なかった。


 ※


 ミツルは再び目を覚ました。

 そこには見慣れた女性の背中があった。

 「ミネ・・・」

 その呟きに女性は振り向く。

 「ミツル・・・ミツル!!」

 ミネは泣きながら寝ているミツルに抱きついてきた。

 「良かった、生きてる、良かった!!」

 ミツルが意識を取り戻し、ミネは大粒の涙を流して安堵する。

 そして涙を拭いて「念のためにきちんと看てもらわないとね」と言ってリスニアを呼びに行った。

 ほどなくしてリスニアとミネが部屋に入ってくる。そして診察が終わるとリスニアは診断結果を口にする。

 「脈も安定しているし、どうやら峠は越えたようね。後はゆっくりと養生する事ね、それじゃあ私の役目は終わったからこれで」

 そう言って椅子から立って去ろうとしたリスニアをミツルは止める。

 「待ってくれ」

 「何」

 「俺に、何か言う事はないのか」

 「無いわ」

 短い返答の後に重い沈黙が下りる。

 「俺には、ある」

 「聞きたくないわ」

 「なぜだ」

 「お互いのためにならないでしょう?」

 冷たい印象で突き放すリスニア。しかし苦渋に満ちたミツルの表情を見てミツルと対峙する。

 「でもそれではあなたの心の整理がつかないでしょうね。いいわ聞いてあげる。私に何を伝えたいの」

 「それは」

 そう言い返されてミツルも絶句する。ミツルは何かを彼女に伝えたかったはずなのに言葉が出て来ない。


 (俺は仇を打ったぞ・・・違う。

 俺はみんなを見殺しにしていない・・・違う。

 俺を捨てた村のみんなを許さない・・・違う。)

 

 ミツルが言葉にならない感情に苛まれていると彼女の方から口を開く。

 「先に私から言わせて貰うわ」

 彼女の一言にミツルの肩がビクリと震える。

 「私は・・・」

 ミツルの脳裏に村を去ったときの記憶が蘇る。

 村人達の罵声。罵声。罵声。

 しかし

 「・・・あなたを恨んでいないわ」 

 「え?・・・」

 返ってきた言葉にミツルは間の抜けて言葉を発するしかできなかった。

 「・・・俺は、グルスと、ユミーナを、見殺しにした」

 「ええ、そうね」

 「だがあの時の俺は自分の事で精一杯だった。自分を罵る周囲に反発することしか出来なかった。そして魔剣鍛冶の道を歩んだ」

 「復讐の道でしょう」

 「そうだ。その道を歩みきれるなら命を落としても良いと思った」

 「命を粗末にしてはいけないわ」

 「それは衛生兵としての言葉か?」

 「私自身の言葉よ」

 二人の間にあった緊張感のある空気が少し和らぐ。

 「お前に助けられるなんて思ってもみなかった」

 「私も驚いたわ。まさか治療を依頼された人物があなただったなんて」

 「衛生兵なのに誰を治療するのか知らされてなかったのか?」

 「ええ、勘の触る上司のせいでね」

 そう言ってそれがギラの事だと察した。

 「けれどもそれでよかったのかもしれない。事前にあなたを治療すると知っていればどんな顔をして会えば良いかわからなかったから。あなたが瀕死の状態だったからそんな事を考えずに治療することが出来たのよ」

 「リスニア、俺はお前の姉を助けれなかった。そんな俺が本当に憎くないのか?」

 「憎いわ。でも私の憎しみよりもあなたの憎しみの方が強かった。私は魔剣を七本も作ることなんて出来ないから。そうでしょう?」

 「でも俺の事が憎いのだろう」

 「昔の話よ」

 「昔の話?」

 「知ったから、あなたが後悔していたことを。姉を見殺しにして泣く姿を見れたから・・・だからあなたへの憎しみはチャラにしてあげる。だって仇を討ってくれたから」

 仇。それが暴闘翼竜(タイラントワイバーン)であり、リスニアも同じものを憎んでいたのだとミツルは察した。

 「あなたが思っているほどあなたの故郷は非情ではないわ」

 そういわれて俯いたミツルを見てリスニアは背を向けて部屋から出て行った。


 沈黙したミツルの前に一人の女性が前に寄る。

 「ミツル」

 「ミネ・・・」

 最愛の女性を見てミツルは気付く、その両手に巻かれた包帯を。そして蘇る記憶。

 (あの時ミネは苦しんでいた。ミネが拳に包帯をしているのはまさか!!)

 「ミネ、その手は」

 「あ、これ。私ちょっと無茶しすぎたみたいで、えへへ」

 つとめて明るく話そうとするミネとは対照的にミツルの表情は苦悶で歪む。

 「私、鉄拳が使えなくなっちゃった」

 「!!」

 「あ、でもミツルを助ける事ができたから結果オーライなの。私のお陰で助かったんだよ」

 ミツルは暴闘翼竜(タイラントワイバーン)吐息(ブレス)を前に走馬灯を感じたときの事を思い出す。

 (あの吐息(ブレス)が逸れたのはまさか)

 「私はミツルの恩人なのよ」

 そう言って胸を張るミネ。

 「すまない、ミネ」

 そう言ってミツルは自然に立ち上がりミネに近寄る。

 「ミ、ミツル!!」

 そしてミネを抱きしめて泣いた。

 「君が積み上げてきたものをすべて奪ってしまった、すまない」

 「そんな、ミツル、大げさ、だよ、わた、しは、私は・・・」

 一度堪えたがミネはもう我慢することが出来なかった。

 「私の鉄拳、が、う、う、うあああああああんん!!!!!」

 堰を切ったようにミネは泣く。

 鉄拳使いの拳は一朝一夕で出来るものではない。日々の鍛錬の証であり、鉄拳使いに取っての鉄拳とは人生そのものといっても過言ではない。愛する者を助けるためとはいえその拳を失うことは彼女にとって「これまで」を「失くしてしまう」ことに他ならない。その苦痛を知っていたがゆえにミツルはミネの思いを受け止めるためにミネは抱擁したのだ。

 「私は、ずっと、ずっと鍛えていた。辛いときも苦しいときも両親を亡くして故郷を失くして、生き抜くために手に入れたのが鉄拳だった!それを私が!私自身が大地を割るために、失っても良いからなんて思ったから、私の勝手で、ごめんなさい先生!!」

 それからミネは支離滅裂なことを口走る。感情が制御できず思ったことを口にしているのだ。その一言一言をミツルは聞き逃さなかった。それを聞くたびに自分の心が痛む。それでも聞き逃すわけにはいかない。それが自分の過ちに対する罰なのだと考えたからだ。

 ミネが泣き止むまでミツルは耳を傾け続けた。


 ※


 それから数日が経ちミツルはほとんど回復した。リスニアのお墨付きだ。そして回復の見通しが立ったことでリスニアは任務完了となった。

 早朝、ミツルは病院の入り口でリスニアと話していた。

 「もう行くんだな」

 「回復の見通しは立ったわ。私の任務は終了よ」

 リスニアは衛生兵として別の現場に赴くことになった。ミツルはそんな彼女を見送りに来た。

 「気が向いたら町に帰ってくれば。暴闘翼竜(タイラントワイバーン)を倒したあなたは迎えられるわ。あの国は勇気ある英雄を拒まない」

 「俺はみんなを助けられなかった。その後悔が今でもある。暴闘翼竜(タイラントワイバーン)を倒しても英雄になったなんて思えない」

 「それだけ?」

 リスニアの短い問いかけにミツルは答えられなかった。それを察したリスニアは言葉を続ける。

 「あなたはまだ街の人々の仕打ちが許せないんじゃない?」

 「俺は」

 「生き残ったあなたを卑怯者呼ばわりした彼らを許せないでいる。だから帰ってくるのが怖いんでしょう」

 「それが分かっているのに帰ることを勧めたんだな」

 「状況は変わっているの。時は経ち人も心も変わっていく。その変化の中で逃してしまうこともある。そうなれば残るのは後悔よ」

 「後悔」

 「復讐も怒りも前より希薄になったとしても後悔だけは残るでしょう。そうならないために一度実家に帰ってみれば」

 その言葉にミツルは返答できないでいるとリスニアは見透かしたように別れの挨拶を告げる。

 「それじゃあ私はもう行くわ。自分の事を大切にするのよ」

 そう言って去っていくリスニアをミツルは見送った。 

 「・・・」

 ミツルは思案する。

 「ミネ、いるんだろう」

 「ひゃっ!ミルツ、これはね、隠れて見てたわけじゃなくて」

 「リスニアを見送りに来てくれたんだな、ありがとう」

 そう言うミツルの表情を見てミネは自分が何を言うべきが悟った。

 「ねえミツル、私も一緒に行くから実家に帰ってみない?」

 「ミネ」

 「ミツルは自分では分かってないかもしれないけど、多分帰りたがっていると思う」

 「どうしてそう思うんだ」

 だってそんな苦しそうな表情をしているんだもの、そう思ったがミネは何も言わなかった。

 それほどミツルの今の表情は苦悶に満ちていたからだ。

 「何となくだよ。それに私はミツルの故郷に行ってみたいな」

 ミネがそう言うとミツルは少し思案して

 「そうか」

 短くそう答える。

 視線を逸らさないミネをみてミツルは両手を挙げる。

 「分かった、行ってみよう」

 「うん、楽しみだね」

 そう言ったミツルにミネは満足そうに返事をした。

 

                           『暴闘翼竜(タイラントワイバーン)・完』

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