ミルツの刻・後編
ミツルにとって三度目の暴闘翼竜との対峙。一度目は近くに寄ることすら出来なかった。二度目は倒すことが出来ず力尽きてしまった。
「今度こそ必ず殺す!!」
そうしてミツルは二本の魔剣を抜く。
「無王虚空剣、晶王刻礼剣」
晶王刻礼剣。師であるガクシュウと共に打った七本目の魔剣。氷の属性を秘めたその魔剣は木刀のような剣だ。刃はなく柄頭の部分から鞘のように剣を差し込むことができるようになっていた。ミツルはそこに無王虚空剣を差し込む。
「晶王刻礼剣・無王虚空斬!!」
数メートル離れた位置から無王虚空剣の斬撃が暴闘翼竜の角を削った。通常の大きさの両手剣の長さしかない無王虚空剣では巨体の暴闘翼竜に攻撃を当てるのは難しい。接近すれば当てることが出来るがそれにはミツル自身も致命打を受ける可能性があり、その苦戦があったがゆえに前回の戦いで力尽きてしまった。だから無王虚空剣の攻撃範囲を広げる必要があった。
そうして作ったのが晶王刻礼剣。魔剣を強化する魔剣だ。
この魔剣は自分以外の魔剣の攻撃範囲と威力を強化する能力がある。その代わり自身には殺傷能力はなく、魔剣を二本同時に使っているため魔力消費も二倍になる。
魔剣を強化する魔剣。そのアイデアを閃いたときミツルはガクシュウの協力を得たいと思った。それはガクシュウが魔剣鍛冶として最も得意としていたのは魔剣を作ることではなかったからだ。魔剣を納める鞘を作る技術、それが師であるガクシュウが探求して他の追従を許さない技術なのだ。
魔剣でありながら鞘としての役割を果たすこの晶王刻礼剣はガクシュウの協力で完成度の高い魔剣として仕上がった。
ミツルが氷魔法を使えずミネを治療できなかったときから持っていた魔石で作ったこの魔剣はこれまでの魔剣とは異なった感情が宿っていた。
それは懺悔と感謝の念だ。
ミネを治療できなかったときに思い浮かんだ助けられなかった友の記憶。
懺悔の念を心に刻み己を助けてくれた友と己と共に歩んでくれたミネへの感謝の念を込めたその魔剣は己自身が刃となるのではなく、鞘となり他の刃を強化する能力を得た。
友を失い復讐の念で打った無王虚空剣と、大切なものを想いながら打った晶王刻礼剣。二本の魔剣を一つにしてミツルは暴闘翼竜に斬りかかった。
対する暴闘翼竜は翼を羽ばたかせミツルの元に接近する
「晶王刻礼剣・無王虚空斬!!」
巨体を器用に旋回させてミツルの斬撃を回避する。だがミツルには暴闘翼竜の行動が先読みできた。
(あの巨体で器用に旋回しているがそれでも動きは読みやすい)
攻撃範囲が伸びたことで暴闘翼竜の行動を読み攻撃をする事が可能になったのだ。ミツルは魔剣を振るい暴闘翼竜の翼を斬ろうとするが暴闘翼竜は斬撃を紙一重で回避する。
(スピードが上がっている。よく見れば削った角も傷が浅い、防御力も向上したのか?)
そんな疑問を浮かべたミツルだったがありえる話だと思った。それは先ほど戦った上位四足翼竜たちが成長していたのだ、ボスである暴闘翼竜が成長しないはずがないと思ったからだ。
(たとえ前以上の強さであっても今度こそ仕留める!!!)
そう思い前に出ようとしたミツルだったが吐息を放つ雰囲気を察して塵王砂門剣を抜く。
「塵王砂門剣・亀甲砂壁斬」
亀甲型の砂の盾で吐息に耐える。
(なんて言う威力!間違いないこいつは前回よりも強くなっている!!)
その事実が逆にミツルを冷静にさせた。前回と同じでは暴闘翼竜を倒せない。ゆえにミツルは防御をしつつ冷静に作戦を立てていた。
吐息に耐えたミツルは塵王砂門剣を納める。
「流王波紋剣・渦旋乱水斬!!」
水流が流れ蛇のように空中に旋を巻く。水流は敵を捕らえるように渦を巻き暴闘翼竜をかく乱させる。その隙に暴闘翼竜の死角に回り込む。
「晶王刻礼剣・無王虚空斬!!」
そして急所に向けて魔剣の技を放ち暴闘翼竜の急所に致命傷を与える。
暴闘翼竜は翼を羽ばたかせ咆哮を上げる。その羽ばたきでミツルは吹き飛ばされてしまう。
(急所に致命打を受けてもこの羽ばたき、化け物め!!)
なお闘志を衰えずミツルに牙をむく暴闘翼竜。流王波紋剣を納め無王虚空剣で攻撃をする。
一人の人間と一体の暴闘翼竜が戦っている。
お互いの生命を掛けて武器を振るい、爪を立て、血を流す。
体力と魔力を削りながらもお互いを倒すと言う精神力は一向に衰えなかった。
ミツルは魔剣を振るたびに心の奥底で湧き上がってくる感情が増していくようだった。
復讐・怨念・殺意・呪恨・憤怒・憎悪。
すべての負の感情を魔剣に込めて戦う。そして暴闘翼竜の体を徐々に削っていく。暴闘翼竜は空中へ退避する。だがミツルは少しも休ませるつもりはなかった。
「飛王閃裂剣!」
風が荒れ狂い空中の暴闘翼竜の動きを封じる。
「飛王閃裂剣・乱旋多刃斬!」
空中で複数の風刃が舞い暴闘翼竜に打ち付ける。しかし堅固な暴闘翼竜の皮膚には傷一つ入らないがその動きを封じる事が出来ている。その間に翼を狙って無王虚空斬を放つ。
翼は切られ地面に落ち悲鳴を上げて血を流す暴闘翼竜にミツルは追撃する。
「勝てる!今度こそ決着を着ける!!」
しかし傷ついた翼を広げ暴闘翼竜は血を撒き散らしながら空中へ飛ぶ。その光景をミツルは恐怖した。
前回のように大怪我を負ったため戦場から撤退するつもりなのだ。
(ここで逃がすわけにはいかない、今度こそ決着をつける。そのためにはどうなっても良い、俺に力をくれ魔剣よ、無王虚空剣よ!!)
これまでのすべての念を魔剣に込めたミツルの脳裏にその名が浮かぶ。飛王閃裂剣を地面に突き刺し無王虚空剣を両手で扱う。
「無王虚空剣・殲滅式・天速閃刀斬!!」
それは俗に言う居合斬りだった。
晶王刻礼剣と言う鞘に納められた無王虚空剣を抜刀し再び晶王刻礼剣と言う鞘に納める。天を駆けれるかのような速さの抜刀は閃光の如き衝撃波となって、空中に逃げた暴闘翼竜の体を裂く。
暴闘翼竜の絶叫が響き渡る。再び地面に墜落した暴闘翼竜は飛び上がろうとしていたが、飛び上がれずに動きを止めた暴闘翼竜の状態を見てチャンスだと思い一気に畳み掛ける。
しかしそれを阻む四足翼竜が二匹いた。突然現れた邪魔者。ミツルはその後ろで遠くに消える暴闘翼竜の姿を瞳に納め焦燥感が増す。
(前回のように逃げられるわけにはいかない!)
ミツルは地面に突き刺した飛王閃裂剣を抜き、技を繰り出す。
「邪魔をするなあああああ!!! 飛王閃裂剣・殲滅式・風断界層斬!!」
四足翼竜が二匹を包むように竜巻が発生する。竜巻の中ではその強風によって粉微塵にされていく四足翼竜二匹の姿を視認した。ミツルは飛王閃裂剣を納めて暴闘翼竜に向かって駆け出す。
無王虚空剣を掲げ振り下ろす。目指すは暴闘翼竜の翼だ。片翼になれば飛ぶことが出来ず逃げられる事はない。ミツルは無王虚空剣で片翼を切り落とし剣を翻して止めを刺そうとした瞬間。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
暴闘翼竜は血を撒き散らしながら翼を羽ばたかせその風圧でミツルを近づけないようにした。暴闘翼竜は恐るべき回復力で翼の傷を再生していたのだ。そして暴闘翼竜の口に魔力が篭っているのを察知したミツルは咄嗟に無王虚空剣を地面に突き刺し背中から塵王砂門剣を抜く。
次の瞬間、暴闘翼竜の口から炎が吐き出された。
「塵王砂門剣・巨岩防円斬」
砂と岩を混ぜた土の盾。円形になった剣で炎を防ぎ直撃を避ける。
「ぐうううう」
だがその熱は塵王砂門剣の巨岩を溶かしていく。
(あの傷でこの威力の攻撃をするとはどんな体の構造をしているんだ!!)
進化し続ける暴闘翼竜を前に驚愕するミツルだったが今は勝機が訪れるのを待ち耐え続けるしかなかった。
炎はいつか消える。その時が反撃の瞬間だ。他の四足翼竜が邪魔をしてくる可能性もあったがミツルは眼前の暴闘翼竜を倒すことに集中する。
震王雷吼剣を抜刀して雷撃を放つ。塵王砂門剣で防御をしつつ震王雷吼剣で攻撃に転じる。二刀を持って攻防一体となし暴闘翼竜の炎を凌ぐ。そして雷撃が暴闘翼竜の顔を打ちその衝撃で炎が途絶えた。
(今だ!!)
ミツルは二刀を納めることなく放り出し、地面に突き刺していた無王虚空剣を抜いて暴闘翼竜に切りかかる。狙うは心臓部。そこに向かって居合い斬りを繰り出そうとした、そのタイミングで暴闘翼竜は口から再び炎を吐く。
(しまった!!)
内心でそう思ったが攻撃に移ったこのタイミングでは回避も防御も不可能だった。そこがミツルの死に場所になりミツルの脳裏に走馬灯が過ぎった。
※
四足翼竜の群れは次々と倒される仲間たちを見て戦意を喪失していた。自分たちのボスである暴闘翼竜は一人の人間と対峙し、その側近である上位四足翼竜が倒されたことも戦意喪失の後押しをさせていた。戦場は人も怪物も共にミツルと暴闘翼竜の戦いを見守っていた。
「死なないで、死なないで、死なないで、お願い!!」
祈る気持ちでミネは戦いを見ていた。緊迫した状態の今のミツルに近づけば隙を作ってしまうかもしれない。その隙がミツルの命取りとなりかねないため、ミネは二人に接近しつつもミツルが隙を作らないギリギリの距離で様子を見ていた。
「死なないで、死なないで、死なないで、お願い!!」
その戦いを見ながらただ祈るミネ。
しかしその祈りは空しく魔剣を手に暴闘翼竜の炎を防ぎ攻撃に移るミツルをみてミネは悟った。
(駄目!今のタイミングで特攻したら!!)
その瞬間ミネはミツルが暴闘翼竜の炎で絶命する姿が脳裏に浮かんだ。
「駄目ええええ!!!!!」
ミネは右腕を振り上げ上げてすべての力を込めて地面に向けて鉄拳を放つ。そこは大地の急所から少し外れたところだった。
「大地の急所でないところや急所から少し外れたところに拳を打てばあなたの拳の方が砕けてしまう」
そう言った師の言葉が脳裏を過ぎる。だがミネは「もう鉄拳を使えなくなっても良い」その一心で放った拳は地面を割りその亀裂は暴闘翼竜の足元まで延びていった。そうして足を取られた暴闘翼竜は炎の軌道を僅かにズレさせ、ミツルはその炎の直撃を免れた。
「良かった、痛う!!」
安堵のため息の直後にミネの拳に激痛が走る。
「あ、あああ!!」
ミネは拳を押さえてその場にうずくまる。自分が苦しそうな姿を見せればミツルは心配して意識をこちらに向けるだろう。その隙を暴闘翼竜に付かれてミツルを危険に晒してしまう。
そんな考えが過ぎって痛みを堪えようとしたが、それがすぐに霧散してしまうほどの痛みが襲ってきた。ミネは拳を押さえて激痛に堪えきれず絶叫する。
「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い」
ただ同じ言葉を繰り返すしかなかった。
(ミツル、助けて)
内心でそう思ったが痛みでその思いは言葉にならなかった。痛む拳を押さえつけながらミネは地面に寝そべり痛みと共に意識が遠のいて行った。
※
ミツルが死を覚悟した瞬間、耳を裂く轟音が聞えてきた。その直後に炎が自分の真横を通り過ぎたのを見てミツルはそのまま暴闘翼竜の心臓部に目掛けて無王虚空剣を突き刺す。
「無王虚空剣・殲滅式・天速閃刀斬!!」
その斬撃は暴闘翼竜の心臓部から左にずれた位置を切り裂く。
(もう一度、っつつ!!)
そう思った瞬間激しい頭痛に襲われる。
(これはまさか、魔力切れの前兆、か)
二本の魔剣の併用に殲滅式の技の連発。ミツルの魔力はすでに魔力切れ寸前まで来ていた。
(ここまで、来て命など惜しくない!!)」
ミツルは無王虚空剣を抜刀して晶王刻礼剣を地面に投げ捨てる。
一本の魔剣で魔力の消費を最小限に抑え跳躍して暴闘翼竜の心臓部に無王虚空剣を突き刺す。しかし鋼のように硬い筋肉で心臓まで無王虚空剣の刃は届かなかった。
そのわずかな時の中でミツルはこれまでの事を思い返す。
暴闘翼竜と出会い逃げる仲間たち。
死んでいく仲間たちを置いて一人で逃げる自分。
それを苛む周囲とそれらを罵倒する自分。
復讐を決意して魔剣鍛冶の技をひたすら磨き続ける毎日。
独立して魔剣を作り暴闘翼竜と対峙した時。
(すべてはこの時のために!!)
「オオオオオオオオ!!無王虚空剣・殲滅式・怨魂魔刃斬!!」
ミツルの復讐心と憎悪そして魔力を糧に無王虚空剣の刃が伸びる。土壇場で覚醒した殲滅式の技で暴闘翼竜の皮膚を切り裂き刃が心臓を貫く。
最後の力を振り絞り血飛沫を舞わせながらミツルは暴闘翼竜の心臓を斬った。
激しい頭痛の中で周囲に響く轟音と金属音。
ミツルは地面に投げ出され転がる。それでもなお視線は無意識に暴闘翼竜へと向く。無王虚空剣を体に突きたてたまま暴闘翼竜は地面に倒れ痙攣を繰り返した後で動かなくなった。
「やった、のか」
地面に倒れながらその光景を見たミツルはそのまま絶命した暴闘翼竜を見て満足気な笑みを浮かべて、気を失った。
(・・・・・やっと、やっと、倒せた・・・・・)
痛みを感じることもなくミツルが深い深い眠りへと入っていこうとしたとき
「ミツル、ミツル、助けて」
彼女の声でミツルの意識は覚醒する。
「ミネ!!」
地面に倒れていたミツルは最後の力を振り絞って立ち上がり地面に倒れて苦しんでいるミネの元に向かった。膝をついてミネの顔を見る。
「ミネ!どうした!」
「拳が痛い、割れそうに、ああああ!!」
痛み苦しむミネを見てミツルは何もする事が出来なかった。両腕は上がらず足も膝をついたまま動かない。自分の体が限界に近いことを察した。
それと同時にまるで痛覚が戻ったかのようにミツルの体に激痛が走る。
裂傷・火傷・出血多量。あらゆる不調の原因がミツルにあった。頭痛が激しくなる中でミツルは自分が魔力切れで死んでしまうのだと悟った。
(俺の復讐は終わった。すべてを放り出しても叶えたいことだった。それが叶った今、俺には何の望みもない・・・・・・・・・・・・・・・・・はずだったのに!)
ミツルは苦しむミネを見て自分の無力感に苛まれていた。
(復讐を果たしたのに俺には苦しむミネに何もできないのか)
そうして意識が薄れていく中でミツルは無力感に苛まれていた。
(あの時のように、何も、出来ない、のか)
そう思いミツルはふと思い返す。
(何も出来なくて当然か、俺は全てを捨ててでも復讐を果たすと誓ったのだから。いつかこうなる時が来ることを察していた。俺の復讐に彼女を巻き込んでしまわないか、と。そう思いながらも俺は彼女を切り捨てられなかった。それが俺の罪か)
指先から力が抜けていき、ミツルの目は霞んでいく。最愛の人の顔が薄れる中でミツルはミネに謝る。
(すまない、ミネ)
そうしてミツルの視界は暗転し意識を失った。
世界は真っ暗な闇へと閉ざされた。