ミルツの刻・前編
それはミツルの幼いときの記憶。
「ミツル、こっちだ」
親友であるグルスが自分を呼ぶ。赤い髪と赤い瞳の少年。瞳には好奇心に満ちており活発そうな面立ちの少年だ。
「こっちに何があるんだ」
「お楽しみだ」
そう言ってミツルの正面でグルスが微笑む。
「ミツル、待ってよ」
そんなミツルの背後で同い年の少女が声をかけてくる。ストレートの緑髪の少女。垂れ目でおっとりとした雰囲気だ。
「ユミーナ、無理に付いてこなくても良かったのに」
「私だけのけ者にしないでよ」
「そういう意味じゃないよ」
ミツルがユミーナを気遣って言った言葉だったがユミーナは仲間外れにされたと思ったらしい。しかしそんな不服そうな表情もすぐに明るく変化した。
「うわあ、綺麗」
ミツルたちの前に綺麗な花畑が広がってきた。
「この前見つけてな。二人に見せたくて」
そう言って微笑むグルス。
グルス、ミツル、ユミーナは同じ年に生まれた同い年トリオだ。生まれた月はグルス、ミツル、ユミーナの順番であるためにグルスが何かを言い出してミツルを誘いユミーナがそれについてくるといった流れた。
冷静で面倒見のある少年グルス。
思い込みの激しいところがあるが優しい少年ミツル。
内気でおっとりしているが芯は強い少女ユミーナ。
同い年トリオの仲の良さは街中でも有名だった。
そんな同い年トリオは成長して魔兵王国・ミュクザークの魔法戦士見習いになった。
前衛・ミツル
指令官・グルス
後衛・ユミーナ
最前衛と最後衛の仲間と手を組み五人一組のチームの一つとしてミュクザーク伝統の正統竜種退治へと向かい、そして生きて帰ったのはミツルだけだった。
グルスはミツルの眼前で暴闘翼竜に喰われた。池に落ちて命を永らえたミツルは地面に倒れる死体の中でユミーナの死体を見つけた。グルスとは真逆に下半身を喰われ絶命していた。
ミツルはその時の記憶を細かく覚えていない。ただ同い年トリオでただ一人だけ自分が生き残ったのだと後で実感した。
グルスの頼もしい笑顔、ユミーナの背後から聞える穏やかな声。そんな幻想の中から目を覚ましミツルは起き上がった。
「必ず復讐を果たす」
ミツルはそう呟いて手元の魔剣を見た。
※
夢から覚めた俺は魔剣を背中に背負い工房を出た。
「行くのか」
続いて工房の中から師匠が出てきて俺に話しかける。
俺が魔剣を打ち終えてほどなくしてギラの部下から手紙を受け取っていた。
「奴が群れに来ているとのことです。それは長時間は滞在しないとのことです」
「そうか。あやつの情報ならば確かだろう。健闘を祈るぞ」
「ありがとうございます」
礼をいったミツルは、少し考えガクシュウの方を向く。
「師匠、俺は師匠に感謝しています」
「何じゃ急に」
「街のみんなから迫害されて居場所を失っていた俺には魔剣鍛冶の弟子たちが同じ街で暮らす仲間に思えました。その当時は復讐することばかりで気付きませんでしたが、今ははっきりと思い出せます。俺はあの場所に救われた、あなたに救われたんです」
「ミツル」
「だからお礼を言いたいと思います。ありがとうございます」
「改まって言われると照れるの」
「師匠は俺にとっては二人目の父です。感謝しています、師匠のお陰の魔剣を作れました」
「ミツル・・・」
俺の決意を察しているようだった師匠は返答する。
「・・・餞別に最後の講義だ」
「最後の講義?」
突然の師の言葉に俺は唾を呑みこんだ。
「昨日、お主の魔剣を評価したがあれは半分本音だ。正確には50点じゃ」
「分かっています。まだまだ未熟者ですから」
「逸るな。50点と言った。どれも並大抵の感情を元にしてできるものではないといったはずだ。その言葉に嘘はない」
「では残りの50点は」
師は俺を指差して言う。
「残りは魔剣を扱うものじゃ」
「!!」
「魔剣は魔石に込められた負の感情を持つものに強く反応する。おぬしがこれらの魔剣を作ったときの各々の負の感情のは魔剣を作りそれを振るうに足るものだっただろう。しかし今はどうじゃ?すべての魔剣を満たせるほどの感情がお前にあるか?」
「それは」
「復讐。それは強くあるだろう。怒り。未だに忘れまい自分がどのような目にあったかを。他にも恐怖、焦燥、様々な感情がお前の中にあるだろう。しかしそれは魔剣を満足させれるレベルか?また仮に満足させれたとしてもお前以上の感情の持ち主がいたとしたら?」
「師匠は俺が七本の魔剣を振るうに足りないとおっしゃるのですか」
「それもあるが、本質は違う。我らは魔剣鍛冶。魔剣を打って作りそれを扱う。しかし魔剣がより力を発揮できる場所をつくることも魔剣鍛冶の使命じゃ」
「魔剣が力を発揮できる場所」
それを聞いて俺は怒王焦滅剣を振るうミネや塵王砂門剣が認めたメリアンのことを思い出す。
「すべての魔剣を己一人で背負うな。以上がわしの最後の講義だ。さあ行けミツル、そして復讐を果たして来い」
俺はそう言う師匠に何も言わずただ一礼だけして背を向け歩き出した。
※
ミツルを見送ったガクシュウは一人立ち尽くしていた。
「ありがとう、か。自分を慕う弟子たちに魔剣の技術を教えて戦場に赴かせる。そんなわしはロクデナシの親であることに変わりないと思うのだがな。しかしそれでも慕ってくれる弟子のために戦いたいと思う。もっともロクデナシであることには変わり無いと思うがのぉ、お前はどう思うシェルエ」
そう呟いてガクシュウも工房を出て行く。
ギラから受けた依頼を遂行するために。
※
四足翼竜の群れを見渡せる丘にミツルは来ていた。
事前にギラやサイナールたちとの打ち合わせは済んでいる。
サイナ-ルとミティアが魔剣を使って正面から下位の四足翼竜を引きつける。そしてある程度の下位の四足翼竜が群れから離れるとギラが風魔法で遠距離から援護。さらに四足翼竜たちはギラたちの方を向いて警戒を強めるために陣形を整える。それによって今ミツルのいる場所から四足翼竜たちは遠ざかり、ミツルの眼前には上位の四足翼竜と暴闘翼竜のみとなる、と言う作戦だった。
「そろそろか」
作戦決行の時間を待つミツルはその待ち時間が長く感じられた。
眼前に倒すべき暴闘翼竜がおりその背には魔剣を背負っているにも関わらずミツルは待つことをしなければならない。そんな時間が歯がゆく今すぐにでも暴闘翼竜に斬りかかりたいと言う衝動をミツルは必死に抑えていた。
「彼女に偉そうなこと言ったのだからきちんと抑えないと格好がつかないな」
かつてミネに言ったミツルの言葉。「復讐を果たす為には我慢も必要だ」そう言った自分の言葉が自身に返ってきていたことを痛感しミツルは必死に我慢した。
やがて四足翼竜の群れの前に幾人もの人間が現れる。それは幻王夢朧剣の効果で分身したサイナールの幻像だった。幻像であっても多くの人間が襲撃にきたのだと四足翼竜たちを欺くことができ、下位の四足翼竜たちはサイナールの幻像に向かって牙をむく。そこへギラの風魔法が放たれ四足翼竜たちが倒されていく。
最初に集まってきた四足翼竜たちの数は微々たるものだったがそれは徐々に数を増していく。そしてギラたちの下に大勢の四足翼竜たちが集まった頃にそれらが急に倒れていった。
ミティアが幻王夢朧剣の殲滅式を使ったのだろう。大勢の四足翼竜が倒れていくのを見て中位の四足翼竜もギラたちの方に向かう。
そうして見る見る内に暴闘翼竜の周囲から取り巻きの四足翼竜がいなくなり今は上位の四足翼竜と思われる四体のみが残った。
「やっとこの時が来た」
そう言ってミツルは臨戦体勢になる。
(最初は自分だけの復讐だった。それがミネが、ギラが、ルインの警備隊が自分に協力してくれるようになっている。不思議な事だ)
ミツルはそう思い感慨に耽る。
(誰の手も借りずに、そう思った時期もあった。だが今度こそは!!)
ミツルはもうなりふり構っていられない状況になっていた。だから利用できるものはすべて利用して復讐を果たす。そう心に強く決意を抱いて魔剣を抜いた。
「震王雷吼剣、飛王閃裂剣」
ミツルは二本の魔剣を抜き震王雷吼剣を掲げる。
「震王雷吼剣・閃雷電網斬!」
幾つもの雷が網目のように広範囲に渡って迸る。視界に映るすべての敵を殲滅する震王雷吼剣の大技だ。奇襲を受けた上位の四足翼竜たちは空へと回避する。その内一体は電撃を受けて動きを封じられる。
「飛王閃裂剣・疾空鋭風斬」
鋭利な風刃が駆け電撃を受けている四足翼竜の首に向かって一直線に飛ぶ。そして動きを封じられた四足翼竜の首を切り落とし絶命させる。先手必勝で一匹目を倒したミツルは魔剣を手に四足翼竜の群れに突進していった。それを察知した上位の四足翼竜がミツルに牙を剥く。
その中でミツルは安堵していた。
(ミネは間に合わなかったようだな)
作戦の中にミネの姿は無かった。必ず来るといった彼女の言葉をミツルは疑っていなかった。だから修行が長引いているのだと思った。
(だが好都合だ。これは俺の復讐、彼女には背負わせることは出来ない)
そう思って魔剣を握る手に力が入る。そして上位の四足翼竜が襲い掛かる中で二本の魔剣を納め手に持つ魔剣を変えた。
「怒王焦滅剣、塵王砂門剣」
塵王砂門剣を振るう。
「塵王砂門剣・飛噴瀑布斬」
大量の砂が地面から盛り上がり大波のように四足翼竜たちを飲み込む大技。強力な力を持つ上位の四足翼竜たちを前回と同じ方法で足止めしようとしたミツルだったが上位の四足翼竜たちは天高く飛び上がり旋回して砂の大波を回避する。そのスピードも飛行技術も前回より格段に向上していた。
(同じ手段で仕留めるのは無理か。ならば皆殺しだ!!)
三体の四足翼竜の内の一体がミツルにむかって鋭利な爪を掲げて突撃してきた。
「怒王焦滅剣・激突延焼斬」
炎を纏った魔剣が四足翼竜と爪を掲げた方の前足に衝突して爆発を起こす。その炎は突撃してきた四足翼竜の前足を炎に包み、四足翼竜は地面を転がり火を消そうとする。
火を消した四足翼竜だったが爪を掲げた方の前足は不自然な角度に曲がっていた。前回の戦いで上位の四足翼竜には激突延焼斬が通用しない事を学んだミツルは激突延焼斬で敵の手足を挫く戦法に出ることにした。倒せずとも手足を挫くことが出来れば後の戦闘を優位に運べるからだ。
後方に吹き飛ばされたミツルは体勢を立て直し、襲い掛かってくる残り二匹の四足翼竜に向けて魔剣を構える。塵王砂門剣を納め流王波紋剣を抜く。
「流王波紋剣・渦旋乱水斬!!」
流王波紋剣を抜き放ったその技は、先端から水流が流れ蛇のように空中に旋を巻く。水流は敵を捕らえるように渦を巻き四足翼竜たちをかく乱させる。
「怒王焦滅剣・火弾奔走斬!!」
巨大な火の玉が四足翼竜に直撃する。体勢を崩した四足翼竜は流れる水流に飲まれて地面に落ちてしまう。
(後一匹!)
ミツルは怒王焦滅剣を納め震王雷吼剣を抜く。
「震王雷吼剣・飛雷万千斬!」
複数の電撃が飛び最後の四足翼竜に直撃する。四足翼竜の体を傾かせる程度の威力だったがそれで充分だった。上空を駆ける水流で四足翼竜の体は水に濡れていた。放たれた飛雷万千斬の電撃が濡れた体の四足翼竜を感電させる。絶命まではさせれないかったがしばらくは動きを封じることができれは充分だったとミツルは思った。
(これでやっと!)
すべての上位の四足翼竜を退けミツルは単身、暴闘翼竜に向かおうとすると
「!!!」
前足を挫かれた四足翼竜が咆哮を上げてミツルを襲ってきた。しかし前足を挫かれ状態ではいかに上位の四足翼竜であっても機動力と俊敏性が落ちていた。ミツルは回避して四足翼竜の死角に回り急所に魔剣を突き刺す。
魔剣を引き抜くと、四足翼竜は血を流して倒れ絶命した。その瞬間を見る前にミツルの視界に信じられない光景が広がった。
つい先ほど倒した二体の四足翼竜がゆっくりと起き上がってきたのだ。
(何と言う回復の早さ。奴に匹敵する丈夫さだぞ!)
暴闘翼竜に匹敵するかもしれない上位の四足翼竜にミツルは危機感を募らせていた。
(前回戦った時よりも取り巻きの四足翼竜たちが強くなっていると言うわけか!)
魔剣を握る手に焦りが滲み出てきていた。
(だが、ここで退くわけにはいかない!最初みたいに飛王閃裂剣で首を飛ばせれば良いが、以前より強くなったと仮定すればおそらく通用しないだろう、ならば!!)
ミツルは大量の魔力を消費するのを覚悟で魔剣を納め一番攻撃力のある怒王焦滅剣を抜く。怒王焦滅剣の大技で一気に仕留めるつもりだ。
しかしそれでは前回の様にスタミナ切れで暴闘翼竜を仕留め切れない可能性があった。だがミツルにはそうするしか選択肢がなかった。
「怒王焦滅剣・・・」
そうして大技を出そうとしたミツルだったが怒王焦滅剣が何かと共鳴しているかのように思えた。
「!!」
次の瞬間四足翼竜が真横に吹き飛ぶ。大きく飛んだ四足翼竜は地面に衝突し気絶する。
ミツルは眼前に移る女性を見て彼女の名を口にする。
「結局来たんだな、ミネ」
「遅れてごめんなさい。ちょっと寄り道してて。でも間に合ったみたいね」
そう言ってミネは背中越しに話しかけてくる。
「ここは私に任せて。行って」
「ああ、そうさせてもらう」
ミツルには迷いはなかった。来てしまったものは仕方が無い。ミネに背中を任せてミツルは暴闘翼竜の元へと駆けていった。
※
ミネに二体の上位の四足翼竜が牙を剥く。たとえ上級モンスターの牙といえども鉄拳の拳を砕く事は出来ない。四足翼竜の牙も爪もミネの拳で弾かれてしまう。しかし近距離戦で互角だった四足翼竜は遠距離戦に切り替えてきた。
翼を羽ばたかせ強風を起こしてミネの動きを封じて口から炎を吐いて攻撃する。
「っつ!!」
ミネは間一髪で回避するが四足翼竜の攻撃は続いていた。その間にもう一体の上位四足翼竜がミツルを追う。
「待ちなさい!!」
そんなミネの言葉を無視して四足翼竜は飛び立とうとした瞬間。
「風の精霊たるシルフ 荒れ狂う絶叫にて 我が目に映るすべての敵に 狂想の歌を聞かせたまえ!」
無数の風刃が正面の敵を一掃する。殺傷力が高く効果範囲も広い風の大魔法が上位四足翼竜を切り刻む。
ミネが魔法が放たれた方向を見ると見慣れた男が立っていた。
「ギラさん!」
ギラの横には知らない顔の男性が立っていた。
「ここでミツルのタイマンを邪魔する四足翼竜食い止めるぞ」
「はい」
その言葉と共に見知らぬ顔の男は剣を引き抜く。
それがミツルの師匠であることを確認する暇はミネにはなかった。残った上位四足翼竜がミネたちに向かって遅いかかって来たからだ。ギラの魔法で意識を逸らされた四足翼竜に対してミネはその隙を見逃さず素早く四足翼竜の懐に入り
「攻之壱式!」
上位四足翼竜の急所に鉄拳を叩き込む。
短い絶叫を上げて上位四足翼竜は意識を失った。
そうして三人はミツルの下へと向かおうとする四足翼竜を倒し続けた。