襲撃者と来訪者
秘羽雷鳥の羽を手に入れ喜ぶ隊員たちを見て、ミツルは早く工房に帰りたいと思った。それは七本目の魔剣を早く打ちたいと思ったからだ。復讐の機会が先伸びになり、いつか復讐が果たせなくなるのではないかと言う絶望感、震王雷吼剣を打つきっかけとなった感情が蘇ってきたのだ。
(今度こそ奴を打つ。そのために魔剣作成を先延ばしにするわけにはいかない)
かつて絶望感の中でも魔剣を作ることだけは止めなかったミツルが震える心で作った魔剣が震王雷吼剣だ。ゴルノバが魔剣を振るう姿を見てミツルの中でかつての絶望感が思い起こされた。
怪我を負ったゴルノバを監視するためにバイラーガとナッツウォークは残り、サイナールとミティアはミツルについていくことになった。
「早く復讐を果たしたい気持ちは分かるけど、群れの移動が始まるまでに時間はあるんだろう?そんなに急がなくても」
ゆっくりと休憩をしたかったサイナールはそんなことを言う。
「こちらにも事情があってな。協力したんだ、多少の無茶は聞いてくれてもいいだろう」
「まあ、それはそうなんだけど。こっちで無茶を言ったのはゴルノバ隊長だけだと思うのだけど。はあ、いつも僕が尻を拭かされて・・・」
そう言ってブツブツと文句を言うサイナールに多少同情しながらもミツルは歩を進める。その隣をミティアが歩いていた。
「あんたの背中の魔剣、復讐のために使うんだろう」
「そのつもりだ」
「ゴルノバ隊長に貸していたけど、そんな事も出来るんだね」
「あれは魔剣が反応したからだ」
「魔剣が反応した?」
「魔剣は負の感情を元にした魔石を入れて作られる。それゆえに魔剣の持つ負の感情を強く発するものがいると反応する時がある」
「つまりあの魔剣がゴルノバ隊長の闘志に反応したと」
本当は闘志ではなく別の感情だったが説明するのが面倒だったためミツルは「ああ」と短く答えた。
「じゃあ私にも扱えるのかな」
「魔剣が反応すればもしかしたら使えるかもな」
そんな軽口を叩く自分自身にミツルは驚いていた。魔剣を貸し与えるのも三人目になったからだろうか。これまで自分の復讐を果たすための道具だと考えていたため、魔剣を他人に貸すことに難色を示していたが今回の件で魔剣が望むなら貸しても良いと思っていた。
ただ・・・
(復讐を果たすときはお前たちは俺の元にいてもらうぞ)
・・・そんな思いを秘めて。
※
ミツルたちが帰るとミツルの家から煙が立ち上っていた。
「あれは、まさか!」
ミツルは走り出しサイナールとミティアが続く。
家の周囲には数体の四足翼竜がミツルの家を襲っていた。
「あれは四足翼竜、しかも上位のレベル!!」
サイナールが分析する間にもミツルは自分の家を見る。四足翼竜の群れはその牙と爪でミツルの家を完全に壊していた。結界の魔石で守られた鍛冶場だけが無事だった。
「流王波紋剣!!」
魔剣を抜いて切りかかるミツル。その脳裏に斥候の四足翼竜が飛んでいた時のことを思い出す。
(あれはまさか、俺の居場所を探していた斥候だったのか!!)
そう気付きつつも四足翼竜に切りかかるミツル。
波打つ刀身の水の魔剣から水流が渦巻いて迸る。水に濡れるの嫌った四足翼竜たちは軌道を変え上空へと逃げる。しかし完全に濡れることは防げず翼や体の一部が濡れていた。ミツルにとってはそれで十分だった。
「震王雷吼剣・飛電万千斬!」
複数の電撃が四足翼竜を襲う。水に濡れた体には電撃の威力が増す。それがミツルの狙いだった。
「ほとんど通用していないな」
ミツルはそう呟いて四足翼竜を見る。敵の体が十分に濡れてないこともあったが攻撃が通用しない別の要因があることをミツルは気付いていた。
「上位の四足翼竜か」
暴闘翼竜を除けば四足翼竜の中でも最強の部類に入る兵たちだ。そんな兵たちがミツルに襲い掛かってきた。
「怒王焦滅剣!」
震王雷吼剣を収め一番攻撃力の高い怒王焦滅剣で応戦するミツル。
「怒王焦滅剣・激突炎焼斬」
一番近くまで接近していた四足翼竜に激突炎焼斬で対抗する。爆発を起こし後方へ吹き飛んだ四足翼竜の様子をみてミツルは思う。
(地面に倒しはしたがしばらくすればまた戦線復帰してくるだろうな。上位の四足翼竜相手では一撃とはいかないか)
そうして接近してくる二匹の四足翼竜に視線を向ける。
「流王波紋剣・蒼扇弾潰斬!」
鉄砲水が四足翼竜の目を打つ。視界を一時的に奪われた四足翼竜は地面をのた打ち回る。
(これで一対一に持ち込めた)
残った四足翼竜とタイマンを張るミツル。
「怒王焦滅剣・激突炎焼斬」
先ほどと同様に接近してきた四足翼竜に激突炎焼斬を喰らわせる。しかし最後の一匹は微動だにしない。だがそれはミツルも予測済みだった。体格から見て一番大きいこの四足翼竜には激突炎焼斬は通用しないと踏んでいたからだ。
「流王波紋剣・螺旋渦中斬!!」
怒王焦滅剣を背後に退き、流王波紋剣を振るう。切り上げるように振るわれた流王波紋剣から水の渦が迸り四足翼竜を拘束する。
「怒王焦滅剣・沸火烈騰斬」
怒王焦滅剣による突刺攻撃。切っ先に火力を集中させ一点突破の攻撃を行なう技だ。
「ギイイィ!!」
腹部に穴をあけられた四足翼竜は絶叫と共に地面に倒れ絶命する。
「あと二匹か、!!」
振り返ったミルツは立ち上がってミツルを睨みつける二匹の四足翼竜の姿に驚愕する。
(一体はもう少し足止めできると思っていたのだがな)
流王波紋剣・蒼扇弾潰斬で目を一時的に潰されていた四足翼竜はすでに回復しもう一体と共にミツルに襲い掛かってきていた。
(二匹は同時は厳しいが仕方ないな)
「サンダー・ランス」
そこへミティアの援護魔法が来た。そして隣に立った人物にミツルの視線が向く。
「丁度良いから君に僕の魔剣の力を見てもらおう。幻王夢朧剣」
魔剣を抜いたサイナールはゆっくりと前に出る。
「幻王夢朧剣・鏡面誇張斬」
四足翼竜の正面に倍以上の大きさのある四足翼竜が現れる。自分より大きな四足翼竜に睨まれ硬直した四足翼竜は動きを止める。
「モンスターは自分よりも大きなものを恐れる。それが同種のものともなればなおさらだ。そう言った脅威からは仲間と連携して対抗する。鏡面誇張斬は敵と同じ幻影を作り出しそれを巨大化させて相手を恐怖で居竦ませる技だ」
「だがモンスターを怯えさすだけでは数は減らないぜ」
「もちろんだ。次の段階お見せしよう、ミティア」
そう言ってサイナールは後方に居たミティアに魔剣を放り投げミティアは魔剣を受け取る。そして魔剣を構えたミティアの雰囲気を察してミツルのは鳥肌を立てる。
(まさか!!)
「幻王夢朧剣・殲滅式・恐壊掘削斬」
幻王夢朧剣の剣先が光ると同時に四足翼竜は絶叫を上げて倒れ気絶する。
「敵がもっとも恐れ恐怖する幻覚をみせ精神を壊す技だ。これが我らの力だ」
恐ろしいと、ミツルは思った。幻影を見せるだけならば戦闘向きではない搦め手の効果だが、殲滅式の技を使うことで一気にその脅威が増す。敵がもっとも恐怖する幻覚をみせ精神を壊すと言う事は「敵に触れる事なく敵を倒す」と言う事だ。
「魔剣鍛冶であり魔剣使いである君には釈迦に説法だろうが、殲滅式を使えるのはミティアだけだ。そしてその回数も限度がある、ただしその効果範囲は彼女の視界に映るすべてだ」
「!!」
「つまり彼女の視界に入るものは幻王夢朧剣の餌食になると言う事だ」
(殲滅式は魔力消費が激しい。回数が限られると言うのは当たり前の事だ。それよりも驚くべきは効果範囲だ。それほどの効果範囲を及ぼすと言う事は彼女は魔剣の性質に相当適合していると言う事か)
「何よ」
「すまない、何でもない」
魔剣の事を考えながらつい彼女を見てしまったミツルは、意味も無く女性の顔を見続けるのは失礼だった思い謝罪する。
そして視線を家の方に移す。
瓦礫と化した家よりも工房に向かう。中に入って状況を確認すると結界のお陰ですべて無事だった。
(こうなると一つ気になる事があるな)
それでミツルは工房から出て庭を見て回る。
「やはりか」
「それは結界の魔石だね。それで工房が守られていたんだね」
背後からサイナールが話しかけてくる。
「ああ、だが」
そう言ってミツルは結界の魔石を手に取ると魔石は粉々に砕けてしまった。
「四足翼竜の襲撃で魔力を使い果たしたようだ」
他の場所に埋めれていた魔石も同じような状態だったのでミツルはまず工房を守る魔石を購入することにした。まだ四足翼竜が襲ってくる可能性がある、そうだとすれば魔剣を打つことに集中出来ないからだ。
「ひとまず魔石を購入する」
「では俺達はここで泊まる宿を探すとするよ。本当は君の家に泊めてもらえばと思っていたのだが、この有様では不可能だろうしね」
「ああ、分かった。宿になりそうな店は商店街にある。そこを案内しよう」
そうしてミツルたちは各々の目的のために商店街へと向かった。
※
商店街に向かう途中で俺の隣にミティアが並んで歩く。
「私たちの魔剣の力の感想どうだ?」
「幻を見せる技と幻覚を見せる技。搦め手と精神攻撃の両立した良い魔剣だ」
そう言うとミティアは満足そうに頷く。
だが俺は気付いた点を述べる。
「しかし魔剣の担い手が二人と言う事は二人で一人前と言う事だな」
「!!」
ミティアは驚き、サイナールは「やはりバレましたか」と言った表情をする。
「魔剣は魔剣を扱うだけの魔力が必要だ。反面魔剣と同種の感情を強く有している者のみが殲滅式を使える。魔剣の起動はサイナールさん。殲滅式は君が担当しているのだろう。その点を考えればサイナールさんは魔剣と同種の感情が希薄であり、君は魔力量が少ない。だから殲滅式の魔力を残しておくために魔剣の起動をサイナールさんに任せている」
「ご明察です」
サイナールは苦笑する。一方ミティアは怒りの表情となっていた。
「私たちが役不足だって言いたいのか!」
「俺の復讐に協力してくれるなら二人一組でも構わない。だが役目は全うしてくれ」
「偉そうに!何ならここであんたに私の力を見せても良いんだよ!」
「ミティアさん、ここで彼と戦ってもデメリットしかない」
「しかしサイナール隊長!ここで舐められたままではルイン警備隊の名が泣きます!」
「彼は充分にルイン警備隊に敬意を払ってくれている。それは会話の中でも分かるはずだ。しかし彼は一般市民ではなく復讐者だ。その事は君も理解しているだろう」
「それは、そうですが」
納得できない様子のミティアに俺は提案する。
「俺としても協力者が怪我をするのは好ましくない。だが感情が納得しないと言うならそれは支障をきたす可能性もある。だからゲームをしよう」
「ゲームですって」
「お互いに魔剣を一合だけ打ち合う。それでお互いのわだかまりを水に流そう」
「分かったわ」
了承するミティアを止めようとして諦めるサイナール。どうにもこの二番隊隊長は苦労人のようだ。
「攻撃は一合だけだぞ」
「分かっているわ」
「それじゃあミティア、魔剣を起動するよ」
そう言ったサイナールの差し出した手を振り払うミティア。
「一合だけよ。必要ないわ」
「何だ、俺に魔力が少ないことを指摘されたのを気にしているのか」
「気にしてなんかいないわ!」
その瞳が気にしていると言う事をありありと現していたが俺は何も言わずに魔剣を抜く。
「飛王閃裂剣」
「幻王夢朧剣」
お互いに魔剣を起動する。魔剣は魔力を必要とする魔法と同じ原理だ。
魔法は魔力を放出して呪文を唱え魔法を打つ。一方魔剣は魔力を放出して魔剣に魔力を宿して魔剣を起動させる。魔剣の名前を言うのは呪文のようなものだ。
魔法の呪文と異なるのは、呪文は術者の魔力次第で省略する事が出来る。しかし魔剣は確実に魔力を宿す必要があるため起動させなければならない。そのため魔剣の名前を知らなければその魔剣を使えないのだ。
「行くわよ!!」
先に動いたミティアが魔剣を手に素早い動きで俺に接近してくる。リーチでは俺の方に分があるがミティアのフットワークはその差を埋めるほどのものだった。あっという間に懐に入られ急所に向かって突きを繰り出してくる。
「もらった!」
俺はそれを飛王閃裂剣で受ける。
交差する魔剣。
そしてお互いに動きが止まる。
ミティアを見る俺。
俺を見るミティア。
やがてミティアはゆっくりと剣を引く。
「一合の約束だったからね」
「ああ」
そう言ってミティアは背を向ける。ミティアのフットワークは華麗だと俺は思った。もし一合ではなく続きがあったとすれば俺は無傷ではすまなかっただろう。
そんな事を思いながら俺は背中越しにミティアに語りかける。
「別に二人で一人前だと馬鹿にしたわけじゃあない。ただ魔剣鍛冶としての意見を言わせて貰っただけだ。魔剣鍛冶の性と言う奴だ、それが気に触ったのなら謝ろう」
「別にいいわ。本当にことだし」
そう言った彼女の表情は見えない。
「しかし殲滅式を扱えるのは凄いことだ。俺ですらも殲滅式を会得していないからな」
そう言うと彼女は
「そうなの?」
そう言ってこちらを向いてきた。
「ああ、魔剣を打つことばかりしていたからな。殲滅式を会得する暇が無かったんだ」
「なるほど、そうなのね」
そう言うと彼女はなぜか上機嫌になったようだ。
(ルイン警備隊の三番隊隊長はプライドが高いようだ)
俺はそう思った。
※
サイナールたちを宿に案内した後ミツルはメチェルのいる宝石店に向かった。そして宝石店に入り店主を探す。
椅子に座っているメチェルを見つけて話掛けようとすると、彼女の隣にはミツルにとって忘れない顔の男性が座っていた。
「師匠!!!」
それは魔剣鍛冶の師匠であるガクシュウだった。
「久しぶりだなミツル」
「どうしてここに!?」
「ギラの依頼だ」
「ギラの?」
「報酬も良いので受けた。もっとも依頼はついでだかな」
「ついで?」
「本当の目的はお前の成長を見るためだ。ギラから聞いているぞ魔剣を数本完成させたらしいな」
「はい。ですがまだまだ未熟です」
「謙遜するな、見せてもらえぬか」
「是非。工房に来て下さい」
そうしてミツルはメチェルの店で魔石を買い、ガクシュウを工房に連れて行った。そこで魔剣を見たガクシュウは
「魔剣を見れば分かる。どれも並大抵の感情を元にしてできるものではない。それを六本も作るとは」
「いえ、数が多いだけです。それにまだ復讐は果たせていません」
「だがもうじきなのだろう、暴闘翼竜との対決は」
「ええ」
「何か迷いがあるのか」
ミツルは意を決して聞いてみた。
「最後の魔剣を作るつもりなんです」
「まだ魔剣を打つと言うのか?!」
「はい、ですが」
「どうした?」
「師匠は言いました、魔剣は強い負の感情を元に作る感情表現だと」
「うむ、その通りだ。怒り、憎しみ、嫉妬など、言葉にすれば簡単だがその感情を表に表現することは困難だ。もちろん口で言えばそれですむがその場合その場限りの事でしかない。何よりそう言った感情を表に出せば人間関係が乱れる」
「そう言ったことを魔剣で表現し、戦いの中で発散させる。それが魔剣の役割だと」
「そうだ。言葉には出来ない、しかし根が深い感情を魔剣や魔剣の技として表現する。それが魔剣の意義だ」
ガクシュウが語ったのは魔剣の技術。ミツルがこれまで聞くことがなかったものだ。ミツルがガクシュウの元にいた頃は復讐の事しか頭になかった。だからその技術について考える余裕がなかった。
「では負の感情を持たずに打った魔剣は魔剣と言えるのでしょうか」
「何じゃと!?」
「俺は、最後の魔剣は負の感情を込めることで出来ません。魔石に宿っているのはこれまで出会った人々への想い。負の感情とは呼べるものではありません。そこから出来た魔剣は果たして魔剣と呼べるものになるのかが疑問なのです」
「つまり打った魔剣に負の感情が篭ってないためどんな魔剣になるか分からず、そもそも魔剣として打つことが出来るのか分からないため一歩を踏み出せぬと言う事か?」
「はい」
ミツルは復讐を前にして復讐以外の感情を芽生えさせてしまった。それが復讐を果たす事や魔剣を打つ事への障害となっていたのだ。そんなミツルの内心を見抜いたガクシュウは助言をする。
「お前は人の負の感情がどんなものかまだ理解していないようだな」
「理解?」
「うむ。「負」と言うイメージから特定の感情しか想起させぬだろうが、負の感情と言うのは人間の生活に支障または障害となる感情の事を言う事だ。本来正の感情といわれているものでも状況によっては負の感情になりえる」
「それはつまり支障や障害になれば愛情ですらも負の感情だと?」
「そうだ」
「それは・・・」
「認めたくないか。愛すらも負の感情になりうると言う事を。だが愛情が障害になりえないとお前は断言できるか?」
「それは」
ミツルはブロド・イピーア兄妹の事を思い出す。
イピーアは兄を愛していた。しかしそれは許されざる感情だった。その感情はまさに人を愛すると言う愛情から来たものであり、その愛情ゆえにイピーアは苦しんでいた。
「何か思い当たる節があるようだな。だがそれならば話が早い。それが答えだ」
ガクシュウはそう言って工房の出口の方を向き、ミツルに背を向けた。
「迷うことなく打て。お前の心に復讐心がある限り魔剣は答えるだろう」
そう言ってガクシュウは工房を出て行こうとするとミツルはガクシュウを呼び止める。
「師匠!お願いがあります!!」
ガクシュウはミツルのその目を見て魔剣を打つ決意をしたことを確信してミツルの話を聞くことにした。
そしてミツルは師の言葉を受けて鍛冶道具を手に取った。