癒しの羽
ミツルは四足翼竜の群れの下見をするために鍛冶場から出た。本番は地形を利用して奇襲をかける予定だ。それで下っ端の四足翼竜との戦いを可能限り回避する。そのためには群れがどのような状態か、地形が以前確認したときと変化がないか、また奇襲をかけるならどこが良いかなど下調べをするのが目的だった。魔剣を背中に背負い家に鍵をかけると見たことのある人物が立っているのが視界に入った。
「久しぶりだねミツル君」
「バイラーガさん」
ミツルが久しぶりに見たその人物は商業都市ルインの警備隊総隊長であるバイラーガだった。その隣には一人の男がおり警備隊の服を着ていた。さらに後ろには数人の人間がおり全員警備隊の服を着ていた。警備隊の隊員が数人で自分に何の用があるのだろうかとミツルが思ったところにバイラーガは話を続ける。
「今日は君に頼みたいことがあってね」
「俺にですか?一体どんな」
用件を聞こうとする前に隣にいた男が前に出る。
「兄者、こいつが例の魔剣使いか」
「そうだ。あまり失礼のないようにな」
「兄者の大切な客人だ、そんな事はしねえよ」
前に出てきたのは短髪黒髪の男性。歳は20代半ばくらいでミツルと同じくらいの年齢だろう。血気盛んな雰囲気が全身から放たれていた。
「自己紹介はしておくか。俺は商業都市ルイン警備隊・一番隊隊長兼副総隊長、ゴルノバだ」
男に続き後方に待機していた隊員も口を開く。
「同じく商業都市ルイン警備隊・ニ番隊隊長、サイナールです」
「商業都市ルイン警備隊・三番隊隊長、ミティアよ」
「商業都市ルイン警部隊・四番隊隊長・・・ナックウォーク」
四人の隊員はそれぞれ名乗り戦闘態勢に入る。
「兄者の客人は丁重に扱う。だが協力者として相応しいかは俺達の判断にゆだねさせてもらう。これは警備隊としての面子が掛かっているからだ。異論は無いよな、兄者」
「構わないが協力者を潰してはならんぞ」
「ご心配なく。危なくなったらゴルノバさんは僕とミティアさんで止めますから」
サイナールと名乗った隊員がバイラーガに向かってそう言う。
「お前の腕を試させてもらうぜ」
そう言って剣を抜き切りかかって来たゴルノバにミツルは魔剣を抜く。
「流王波紋剣」
水が迸りゴルノバの足に絡み付こうとする。
「しゃらくせえ!!」
炎が迸り足元の水が蒸発する。
(この量の火を無詠唱で!何と言う魔力量!!)
ミツルはゴルノバと応戦する。ゴルノバは腰に掲げた剣を抜く。魔剣ではない普通の武器屋で売られている剣だ。ミツルは流王波紋剣で応戦するが背後から気配を感じてゴルノバから離れる。
(もう一人がいつの間に!!)
四番隊隊長ナッツウォークだった。黒い髪を片方だけ長く伸ばしているためその右目は隠れていた。また猫背の姿勢が彼を小柄な男性に見せていた。
「ナッツ!いつものやつだ!」
ゴルノバの指示でナッツウォークが魔法を打つ。
「了解、ストーム・イーター」
小型の台風を発生させ周囲のものを取り込む風魔法。中魔法程度の威力ゆえに魔剣の技でかき消せれるレベルだった、だが。
「ファイアー・ボール」
そこへゴルノバが火の玉の魔法を打つ。火の玉は小型竜巻に煽られ炎の竜巻と化す。
「流王波紋剣・双璧瀑布斬」
左右から発生した二つの洪水が中央で重なり大きな滝となる。水の魔剣の大技だ。
(魔力消費の多い技で対応せざるを得なかった。風と火は相性が良いな)
ミツルは二人のコンビプレーに舌を巻く。そして他の二人を見る。ニ番隊隊長・サイナールと三番隊隊長・ミティアはバイラーガの隣で待機していた。
(二対一ってことか)
ミツルはすぐに眼前の敵に集中する。
「震王雷吼剣!」
稲妻が迸り接近してきたゴルノバとナッツウォークは足を止めて距離を取る。
「二本目の魔剣か。面白い」
闘志を燃やすゴルノバに対してナッツウォークは冷静だった。
「二本どころか六本も魔剣を背負っている。魔剣を六本扱うと言う事だ」
その声は低く沈んでおり暗い感じを与えた。一方で快活に話すゴルノバ。
「だが腕は二本しかない。扱える魔剣は二本までってことだ。それに片腕を切り落とせば一本減る」
物騒なことを言うゴルノバにナッツウォークが突っ込む。
「協力者を潰してはならないと言う隊長の命令を忘れぬように」
「忘れてねえよ。冗談だ」
そんな会話をしている間にも二人は電撃を避け着実にミツルとの距離を縮めていった。そしてある程度距離が詰めたところでミツルは技を放つ。
「震王雷吼剣・地走伝網斬!」
地を這い弧を描いて敵に向かっていく電撃。足元を走って敵に覆いかぶさり電気ショックで気を失わせる技だ。電撃はナッツウォークのいる方に向かっていった。しかしナッツウォークは後方に跳躍して回避する。その間にもゴルノバが距離をつめてきた。だがそれはミツルの予想通りだった。電撃は大きく弧を描きゴルノバの方に向かう。
「本命は俺か!フレア・ボム!!」
足を止めて魔法を打つゴルノバ。炎の爆弾が炸裂し地面を這う電撃をかき消す。だがその隙にミツルは震王雷吼剣を納め別の魔剣を抜いていた。
「怒王焦滅剣・激突延焼斬!」
敵に突撃して爆発を起こす接近戦の技をまともに喰らうゴルノバ。
「ぐはあ!!」
ゴルノバは後方に吹き飛ぶ。
「まずは一人」
ミツルは距離を取っているナッツウォークに視線を向ける。だがナッツウォークの視線はミツルには向いて折らずゴルノバに向いておりさらに距離を取る。
そんなナッツウォークの行動を不審に思ってミツルはゴルノバの方を見た。
「警備隊法度。一、守るもの無き戦いに撤退の二文字は無し!!」
闘志を燃やしたゴルノバが立っていた。
(激突延焼斬をまともに喰らって立ち上がるだと!なんていう気力だ)
「炎の精霊たるサラマンダー 我が剣に宿り我が敵を焼き払いたまえ!」
魔法で武器を強化する火魔法で剣に炎を宿したゴルノバが斬りかかってくる。
「ウラアアアア!!!」
炎を宿した剣の切っ先をミツルに向けると切っ先から火の玉が発生してミツルを攻撃してくる。
「流王波紋剣・水面天幕斬」
膜を張るように広がった水は空中に天幕を張るように広がり水の壁となってミツルを守る盾となる。火の玉は水面天幕斬にかき消されるが
「しゃらくせえ!!」
ゴルノバは水面天幕斬を炎を宿した剣で断ち切り突撃してくる。
「怒王焦滅剣・激突残焦斬!」
炎を宿した怒王焦滅剣の技。激突延焼斬が敵に触れ爆発を起こし炎で焼き殺す技ならば、激突残焦斬は炎で攻撃力と殺傷力を高めた斬撃だ。激突延焼斬のように爆発しないし燃えることもない、ただ切れ味のみを追求した技だ。
そんな激突残焦斬とゴルノバの剣が衝突する。
(激突残焦斬と鍔競り合いになるなんて、何と言う魔力量!)
武器強化の魔法は術師の魔力量に比例して強くなる。魔力量の多いものが行えばただの剣も魔剣と競り合う切れ味と硬度を持つ。
「うおおおお!!」
咆哮と共に切りかかってくるゴルノバにミツルは剣を引いて後方に距離を取る。
「逃がすかああ!!」
ミツルは流王波紋剣を納め怒王焦滅剣一本でゴルノバに挑む。
(半端に距離をとって戦っては逆に危険。近距離戦で倒す!)
お互いに剣をぶつけ合う。再び鍔競り合いになりタイミングを計ってミツルは技を出す
「怒王焦滅剣・炎昇牙裂斬!」
怒王焦滅剣を振り上げゴルノバの剣が宙を舞い炎に焼かれながら切断される。鍔競り合いの時に一定の角度で切り上げて敵の武器を空中に弾くと共に炎で焼く技だ。切り上げた剣を振り下ろしミツルはゴルノバの脳天に魔剣を振り下ろす。
「チイィ!!」
ゴルノバは咄嗟に鞘で魔剣を受け流そうとするが鞘はすぐに焼かれてしまう。だが軌道が逸れ魔剣はゴルノバの肩を焼く。
「この野郎!!」
ゴルノバはそれでもミツルに攻撃をしてくる。素手でミツルの顔面を殴りかかる。
(こんな状況でも闘志が衰えないのか)
ミツルはそう思いつつも剣の間合いにするために距離を取る。
「ウォーター・ショット!」
水鉄砲を放つ水魔法でミツルはゴルノバの動きを止めて距離を取るが、それを受け止めながらもゴルノバは突進してきた。だが間合いはミツルの剣の間合いだった。
「怒王焦滅剣、」
「喰らえ!」
ミツルとゴルノバが激突する直前その間に割って入る人物がいた。
「兄者!!」
その人物を認識してゴルノバは急ブレーキをかける。
「ウインド・ショック」
バイラーガは風魔法を放つ。突風で敵を吹き飛ばす小魔法だ。ミツルは剣を掲げたまま後方に吹き飛ぶ。そんなバイラーガの背後から勢いを殺しきれないゴルノバが殴りかかる。
「止まれええええ!!!」
前進に渾身の力を込めて急停止したゴルノバの拳はバイラーガに触れるギリギリで止まっていた。
「二人共そこまでだ」
そう言って割って入ったバイラーガの笑みでその戦闘は終わった。
戦闘は終わったものゴルノバの咆哮は無くならなかった。
「どういうつもりだ兄者!」
「ヒートアップしてきたお前たちの戦闘を止めようと思ってな」
「だからっていきなり割って入るなんて無茶にもほどがある!俺が拳を止められたから良かったが、もし止められなかったら兄者であっても大怪我をしていたところなんだぞ!」
そんな風にバイラーガを怒鳴るゴルノバを見てミツルは驚く。ルインの警備隊隊長を怒鳴りつけしかも自分の攻撃が警備隊の隊長に通用すると公言しているのだから。一方でバイラーガの返答にもミツルは驚かされた。
「確かにお前の一撃を喰らえばわしも無事では済まんだろうな」
そう言ってゴルノバのことを認めたのだ。警備隊は上の命令が絶対の組織だ。そうでなければ非常時に上から下へと命令系統が機能しない。そのため上司の命令を絶対遵守させるとともに総隊長の威厳を保つ必要がある。
それが副総隊長であっても他の隊員が見ている限り例外ではない。それなのにバイラーガは自分が部下であるゴルノバの攻撃耐えられないと認めたのだ。
「だが必ず止めてくれると信じていたぞ。実際に止めてくれたからな」
そう言って破顔するバイラーガを見てミツルは納得し、ゴルノバは諦めたようにため息を付き、他の隊員たちは微笑んでその光景を見守っていた。
※
「まずは急にケンカをふっかけたことを詫びよう。申し訳ない」
そう言ってバイラーガさん隊員一同が頭を下げる。ゴルノバは頭を上げたままだったが
「ゴルノバ」
そう言ったバイラーガさんの一言で頭を下げる。
謝罪が終わりバイラーガさんと庭で話をする俺は彼らが来た理由を聞く。
「先日商業都市ルインで数年ぶりの流行り病が発症した」
「流行り病?」
商業都市ルインには環境の悪い場所があり、そこから病となるウイルスが街中に流れ込んでくることがあると言う。そのためその場所を厳重に隔離しウイルスが街に流れこまないように最新の注意を払っていたのだが
「今年のウイルスは例年より強く、またウイルスに対抗するワクチンも例年より少ないと言う悪い状況が重なった状態なのだ。そしてそのウイルスに対抗するワクチンを作るためにワクチンの元になる材料を持つモンスターの討伐をしにやってきたのだ」
「それが俺と何の関係があるんですか?」
「魔剣使いである君にモンスター討伐を手伝って欲しいのだ」
そのモンスターは最上級モンスターに位置する。そのため警備隊のトップクラスである総隊長と一番隊から四番隊までの隊長が出てきたと言う事だ。
「手伝って欲しいと言っても、警備隊トップクラスがそろい踏みなら俺は必要ないと思うんですけど」
俺の言葉にニ番隊隊長のサイナールが出てきた。薄い茶色の髪に眼鏡を掛けた細身の男性。外見からは俺よりも年下の印象を受ける。
「ミツルさんの魔剣の力が必要なんです。相手は最上級モンスター、その名を聞けば納得してくれると思います」
「どんなモンスターですか?」
「秘羽雷鳥です」
それを聞いて俺は納得した。
秘羽雷鳥。鷲の頭に犬の足を持ち孔雀の青い体と美しい羽が特徴的な、雷を纏った上級モンスター。羽毛は美しいだけでなく治癒する力を持つとされている。その戦闘力は魔道帝国・ドングラーの領地内にある災害級の最上級モンスターたちに匹敵すると言う。一方でその羽毛はあらゆる病に対するワクチンを生成できると言うこともあり討伐を行い返り討ちにあう者もいるほどだ。
「正統竜種と並ぶ最上級モンスターの討伐。それゆえにあなたの魔剣の力が必要なのです。協力者としての実力を測るために戦闘を仕掛けてしまったことは謝罪します。ですがご協力いただけないでしょうか。もちろん報酬は支払います」
そう言って一枚の紙切れを渡される。そこには目が飛び出る金額が書かれていた。だが俺は復讐を前にこの依頼に乗り気ではなかった。金が欲しいわけではない、暴闘翼竜を倒すことが俺の目的だからだ。
「それともう一つ提案があります。恐らくこちらの方は気に入っていただけると思います」
そう言って彼は懐から短剣を取り出す。
「幻王夢朧剣」
独特の非対称の短剣。刃は波打つ形をしているおりその刃で斬られると縫合ができなくなると言う特徴がある。
魔剣の名を呼びその効果を発動したことで俺は警戒する。そしてサイナールが何人も分身している状態となる。
「これは」
「これが僕の持つ魔剣、幻王夢朧剣の効果です。光の屈折を利用して幻覚を見せることができます。この魔剣と魔剣使いが協力します」
「協力?」
「あなたの復讐にです」
「!!」
俺は彼らが何を言いたいのか理解した。つまり
「この力を使えば下位の四足翼竜のひきつける事は可能です。もっとも無事に任務を果たせたらの話ですが」
俺は悩んだ。ミネに自分一人で復讐を果たすと言ったのは彼女を巻き込みたくなかったからだ。仮にミネが協力しなかったとしても一人で戦うつもりだったが下位の四足翼竜をひきつけると言う条件は俺の心を引いた。それほど取り巻きの四足翼竜との戦いで体力を削られるのが嫌なのだ。もちろん暴闘翼竜と一対一の状況になるのが好ましいが相手がどこにいるのか分からないため群れを見張って、来るのを待つしかなくそれゆえに他の四足翼竜との戦闘が避けられないのだ。その点が少しでも解消するならば復讐が成功する可能性が上昇する。
「どうですか、我々に協力していただけないでしょうか?」
そんな俺の内心の動揺を見透かしたように彼は問い詰めてくる。
「断る。復讐は俺一人で行なう」
以前の俺ならばそう言っていただろう。だが俺はその条件を呑むことにした。
これは俺の復讐だ。
他人の力を借りるつもりはない。俺一人で果たすべきことだからだ。
しかし俺の復讐はもう俺一人のものではなくなっていた。
「必ず行きます」
そう言ったミネの表情が思い浮かぶ。彼女は必ず手伝いに来るだろう。その時に俺が瀕死の状態ならば彼女の危険が増してしまう。
確実に暴闘翼竜を倒すこと、そしてミネの負担を減らすこと、それらを考慮して俺はこの依頼を受けることにした。
秘羽雷鳥がいる場所は隣村に移動したところにいるとのことだ。サイナールの話しでは往復の移動とそこで戦いの準備をして戦闘を終えるまでで合計で十日間は消費することになるとの事だ。
それは新たな魔剣を打ててない俺には暴闘翼竜が移動する期間を考慮すると内心で焦りが生じてしまう時間だった。
※
魔剣とは人間の最高の感情表現の一つだと俺の魔剣鍛冶の師であるガクシュウ師匠は言っていた。
積年の負の感情を魔石に込めそれを武器として具現化する。それは人間のみが行える作業でありモンスターに対抗する手段だと師匠は語った。それゆえに負の感情を伴わない剣を魔剣とは呼ばず、負の感情を否定した気持ちでは魔剣鍛冶になる事は出来ないとも言っていた。
「お前の復讐心は魔剣鍛冶になるためにもっとも重要な要素だ」
魔剣鍛冶は負の感情の篭った魔石を使って魔剣を作る。だから魔剣鍛冶自身が深い負の感情を持っていることが望ましい。だがそうでない場合他人の負の感情を宿した魔石を使い「他人の感情を元手にして」魔剣を打つ。
俺は前者でありそれであるがゆえにいくつもの魔剣を打ってきた。そうして打とうとした七本目の魔剣を作る直前で俺は魔石を投じることを躊躇した。
なぜならこの魔石に宿っているのはミネへの想い、友への懺悔、そして未来への想いだからだ。
それらは負の感情と呼ばれるものと真逆の感情だった。魔剣は負の感情を宿す魔石から作られる。では負の感情を宿さない魔石を元に魔剣を作ればどうなるのだろうか?
それは修行時代に疑問に思ったことだったが師匠に問う事はなかった。復讐心に支配されたその時はそんな事を考えるよりも魔剣鍛冶としての腕を磨くことで頭が一杯だったからだ。
魔剣は作ることが出来るのか?
もし出来たとしたらそれは魔剣と呼べる力を宿すことができるのか?
そんな疑問から俺は七本目の魔剣を作ることが出来なかった。
※
ミツルはバイラーガたちと共にカイラザス村を出た。そのまま南のオムド村に入る。それから東に向かうとリバル湾と言う大きな湾に到着した。大きな湖が広がるような光景だが、地面と水面の部分は断崖絶壁で仕切られていた。
「ここに秘羽雷鳥がいるわけか」
ミツルの問いかけにサイナールが答える。
「はい、このリバム湾は秘羽雷鳥が体を休める場所として有名です」
「聞いたことはある。秘羽雷鳥は羽を休めるために決まった場所に留まる習性がある、と」
「偵察隊を先に送っています。その報告によると湾に入った秘羽雷鳥を目撃したとのことです。予想では明日にはここに秘羽雷鳥がやってくると思われます」
「明日!急だな」
もっとも急ぎの用があるミツルにとっては早く依頼をこなせることは嬉しいことだったのだが。
「もう少し早く到着する予定だったのですが予想外の寄り道をしてしまったので」
そう言ってサイナールはゴルノバを見る。道中食糧が足りないといって近くの獣を狩っていると悪童子鬼の群れに遭遇してしまい。全員で倒すことになった。それで時間と体力を取られやや長めに休息をとることになったのだ。
そうしてサイナールが責めるような視線をゴルノバに送っていると
「俺は来る時にもっと食糧を用意するようにいったんだ。だがサイナールが現地調達が良いといって量を減らした。二番隊隊長の判断ミスだ」
そんなことを言って来た。サイナールはため息をついて
「とりあえず明日に備えて準備をしよう」
そうして宿まで向かった。二番隊隊長の苦労を垣間見た気がした。
翌日陽が昇らない内から扉を叩く音で全員が目を覚ました。
「サイナール隊長!秘羽雷鳥が現れました!」
それは先に現地に偵察に向かわせていた隊員だ。俺達は全員武装して秘羽雷鳥の出た湾に向かった。
リバル湾は大きな湖が広がるような光景で地面と水面の部分は断崖絶壁で仕切られている。その絶壁の下で体を休めようとしていた秘羽雷鳥が美しい羽を広げた水面に立っていた。
「あれが、秘羽雷鳥」
鷲の頭に犬の足を持ち孔雀の青い体と美しい羽が特徴的な、雷を纏った上級モンスター。羽毛は美しいだけでなく治癒する力を持つとされている。秘羽雷鳥はゆっくりと羽を折りたたもうとしている。
「突撃だ!」
バイラーガの掛け声でミツルたちは秘羽雷鳥を襲撃する。秘羽雷鳥が羽を折りたたむと周囲から雷を纏い休眠モードになる。休眠モードになった秘羽雷鳥を目覚めさせるのは困難でその前に羽をいただくと言う作戦だった。
「ライジング・ウォーター!」
サイナールが水魔法を放つ。秘羽雷鳥の足元の水が天高く昇り水柱となる。秘羽雷鳥はそれを回避するために羽を広げて空中へ逃げる。
続いてバイラーガとナッツウォークが風魔法で攻撃する。
「「エアー・コンフュ!」」
空気の流れを乱し飛ぶ敵を地面に落とす風魔法だ。しかし秘羽雷鳥が羽を羽ばたかせると稲妻が迸り二人の魔法がかき消される。そして稲妻はそのままバイラーガとナッツウォークを攻撃してくる。
「塵王砂門剣・亀甲砂壁斬」
砂で出来た亀甲型の盾で二人を守るミルツ。そして背後の二人はその間にも魔法を繰り出していた。
「「ハウリング・コンフュ!」」
モンスターが不快とする音波を出して動きを封じる風魔法だ。
「サンダー・ランス」
動きが止まった秘羽雷鳥に唯一の女性隊長・ミティアが雷の槍を投擲する。雷の槍は秘羽雷鳥の周囲の稲妻の一部を打ち消す。
「今だあの隙間に最大火力を打ち込め」
バイラーガの指示でゴルノバが火魔法を放つ。
「火の精霊たるサラマンダー その身に宿す炎の息吹を巻き上げ 天空を舞う我が敵を掃討し 蒼天を赤き炎にて染め上げよ!!キャノンボール・フレア!」
火の大魔法。巨大な火炎放射機、そんなことを連想させる炎の渦が空中の秘羽雷鳥に向かって放たれる。
その炎は秘羽雷鳥を直撃しその衝撃で何枚かの羽が落ちる。
「あの羽を拾うぞ!」
バイラーガの指示でサイナールとナックウォークが続く。
残ったメンバーは秘羽雷鳥の相手だ。その周囲には先ほどよりも強力な稲妻が迸っていた。
「あれは私の雷魔法でも相殺出来そうにないね」
そう言って来たのは三番隊隊長のミティアだ。銀髪の長い髪を後ろで一本に束ねた170cmほどの長身の女性。年は同じくらいだろうとミツルは思っていた。そんな彼女はミツルに向かって話しかけてくる。
「あんたの魔剣で何とかならないのかい?」
「俺の魔剣とそちらの雷魔法で周囲の稲妻をかき消す事は可能だろうが、空中に飛ぶ秘羽雷鳥を打ち倒す決定打がない」
秘羽雷鳥を守るように迸る稲妻は秘羽雷鳥の防御の要だ。それを同種の魔法で打ち消す事は可能でだがその後で空中にいる秘羽雷鳥を仕留めるだけの決定打がない。しかも打ち消した稲妻はすぐに修復する様子だ。
「ひとまずはそれでいいさ。稲妻が消えれば防御を展開するために攻撃が疎かになる。それで総隊長たちが羽を拾う時間が出来れば後は逃げるだけだ。秘羽雷鳥なんて最上級モンスターを討伐できるわけがない」
目的は秘羽雷鳥の羽であり、それが獲得できれば戦闘を切り上げて逃走する。それがミツルが昨日聞いていた作戦だった。羽だけ獲得して逃走すると口で言うの容易いが最上級モンスターに攻撃を当てて羽を落とさせてかつ無傷で逃げると言うのは難易度は高いとミツルは思っていた。
「サンダー・ランス!!」
そう言って彼女は攻撃を放つ秘羽雷鳥に応戦する。
「震王雷吼剣!」
塵王砂門剣を納め震王雷吼剣を抜くミルツ。そこから放たれた電撃が秘羽雷鳥の攻撃を相殺する。
「行くよ!私の攻撃の後に続きな!」
ミティアの指示でミツルは魔剣に魔力を送る。
「サンダー・ジャベリン!!」
サンダー・ランスよりも強力な雷の槍が秘羽雷鳥の稲妻に向かって投擲される。
「震王雷吼剣・天響遠雷斬!」
秘羽雷鳥の頭上に落雷が落ちる。敵の頭上に落雷を落とす震王雷吼剣でも一、ニを争う遠距離攻撃だ。
二人の攻撃が秘羽雷鳥の稲妻を相殺する。次の瞬間秘羽雷鳥はそのままミツルたちに向かって突撃してきた。
「そんな!防御を固めず特攻してくるなんて!」
計算外のことに驚くミティア。ミツルは震王雷吼剣を納める。しかしその間にも秘羽雷鳥はミツルたちのいる地面向かって突撃した。地盤は崩れそれで秘羽雷鳥の狙いを理解した。
(地面を砕いて俺達を水中に落とすつもりか!)
ミツルは落下するなかでそう悟った。そして隣で同じように落下しているミティアの手を握る。
「塵王砂門剣・岩球壁陣斬」
二人を包むように岩が球状になり二人を落下の衝撃から守る。二人は絶壁のしたにあった岩場に落ち岩球壁陣斬はその衝撃で真っ二つに割れるがミツルもミティアも無事だった。
「大丈夫か!」
そこへサイナールがやってくる。その手には秘羽雷鳥の羽が握られていた。任務達成を喜ぶミツルだが一つ忘れていた事があった。
「いつまで握ってるんだい!!」
そう言ってミティアはミツルの手を振り払う。空中で落ちるミティアを守るために手を握ったままだったことを失念していたのだ。
「すまない。だがどうやら任務達成みたいだな」
「ああ、撤退しよう」
ミツルが謝罪をの言葉を述べた後で撤退の指示を出すサイナール。しかし崖の上ではゴルノバが孤軍奮闘していた。
「ゴルノバさん、まさか一人で秘羽雷鳥を仕留める気でいるのでは」
サイナールの悲鳴のような声にバイラーガが指示を出す。
「ともかく上に行くぞ」
そして一行は崖の上まで登っていった。
案の定ゴルノバは一人で秘羽雷鳥と戦っていた。戦っているといっても秘羽雷鳥の雷撃を回避し続けている、防戦一方だ。
ここで声をかけてしまえば戦闘に集中しているゴルノバを危険に晒してしまうかもしれない。一同はそこで戦闘を見守ることにした。
「警備隊法度。一、守るもの無き戦いに撤退の二文字は無し!!」
そんなゴルノバを見てミツルは疑問に思った。
「俺と戦った時もあんな風に法度を言ってたけど、あいつのあの闘志はどこから来ているんですか?」
ミツルはバイラーガに問いかける。
「あいつは村を飛び出してきた孤児だった。それを俺の親父が拾ってきたんだ。ゴルノバはそれを感謝して自分はルインに助けられた、だからルインを守る職につきたいと言って来た。そして警備隊の一番隊隊長となった。知っているだろうが警備隊は舐められてはいけない。いかなる時も戦って勝利しなければ周囲からの信頼を得られない。それをゴルノバは良く知っているのだ」
ミツルは首を傾げる。その内心を見透かしたようにバイラーガは言葉を続ける。
「ゴルノバはある領地の子どもだった。しかしその領地は隣接する領地から戦争を仕掛けられた。そしてゴルノバのいた領主は自分だけ逃げた」
「そんな領主が民を残して逃げるなんて」
「ゴルノバの領地は戦争を仕掛けられた領主に乗っ取られた。そしてその領主は逃げた領主を捕らえて再びその領地を治めようとしたのだ」
「そんな!自分たちを見捨てた領主に領地を治めさせるなんて!」
「ああ、無茶なことだ。もちろん民は誰も逃げた領主の言う事をきかず領主は自らその地位を譲渡した。そうなることを予測していたんだろうな」
政治的駆け引きと言うやつだとミツルは思った。
「そんな領主の姿を見てゴルノバはその領地を飛び出した。そしてゴルノバの中にある感情が芽生えた。逃げれば全て失うのだと」
「逃げれば、全て失う」
それはミツルがかつて友を見捨てたときの感情を思い起こさせていた。
「だからあいつは戦いの時には退かないんだ」
あの闘志は失うことの恐怖と絶望からきているのだとミツルは思った。バイラーガはさらに言葉を続ける。
「逃げた領主は決して悪い領主ではなかった。むしろ良く領地を治め民も彼を慕っていた」
「そんな人がなぜ逃げたんですか?」
「彼は治世には向いていたが乱世には向いていなかったと言う事だ。人の意見を聞き良く領地を治めることには向いていたが、外敵と戦い領地を守ることには向いていなかった。そして彼の周囲の部下も争いを好まないタイプばかりだった。突然の戦争に対応できるものはいなかったのだ。そうして彼は逃げてしまった。慕っていた領主に逃げられたことでゴルノバを始めとした民たちは絶望した、自分たちが慕っていた領主はこんなにも臆病だったのか、と」
絶望。その言葉がミツルの脳裏に焼きつく。
ミツルもかつて絶望の中にいた。
一人だけ逃げ帰りすべて人間から罵られた時。
魔剣を打っても暴闘翼竜に届かず復讐を果たせないのではないかと思った時。
そんな絶望を知るミツルだからこそ、ゴルノバの過去を聞き戦う姿が他人事のように思えなかった。そして背中の声も理解していた。
そう思っている間にもゴルノバに稲妻が直撃する。地面に倒れるゴルノバを見てバイラーガたちが救助しに行こうとしたが荒れ狂う稲妻で近づけないでいた。
「警備隊法度。一、守るもの無き戦いに、撤退の二文字は、無し!!」
それでも戦いを止めないゴルノバにサイナールが吠える。
「ゴルノバ隊長もう充分です!撤退してください!!」
「ゴルノバ退け!!」
サイナールに続いてバイラーガも声を荒げるが稲妻の音でその声が聞えていないのか、聞えていても無視したのかミツルには判断できなかった。
だからミツルは精一杯の大声で叫ぶ。
「震王雷吼剣!!!!」
背中の剣を抜き震王雷吼剣が電撃のようにゴルノバの前に突き刺さる。一瞬驚愕したゴルノバだったがすぐに魔剣を握る。そして魔剣の魔力がゴルノバに流れていく。
「震王雷吼剣・天響遠雷斬!」
秘羽雷鳥の頭上に落雷が落ちる。本来遠距離攻撃に使用するこの技を近距離で使えば威力は増大する。それとともに術者にも影響が及ぶ。
落雷は秘羽雷鳥の頭上に落ち爆発を起こす。周囲のものは目を覆い秘羽雷鳥も翼で煙を防ぐ中で駆ける一人の男の姿があった。
「オオオオオオ!!」
魔剣を振り上げ秘羽雷鳥の翼に切りかかるゴルノバ。
魔剣は秘羽雷鳥の翼を切り羽が舞う。秘羽雷鳥は傷ついた翼を羽ばたかせ空に舞いあがる。そして強力な稲妻が秘羽雷鳥の頭上に集まっている。大きな攻撃を放つつもりなのだろう。
それを察したゴルノバも魔剣に魔力をこめる。
「震王雷吼剣・閃雷電網斬!」
幾つもの雷が網目のように広範囲に渡って迸る。視界に映るすべての敵を殲滅する震王雷吼剣の大技だ。
それに対して秘羽雷鳥は溜めた稲妻を落とす。ぶつかり合う二つの雷撃は大爆発を起こして地面を打ち砕いた。
その場に残ったのは砕かれ絶壁となった地面。それをみて秘羽雷鳥は空を飛んで去っていった。
その後で瓦礫の中からミツルたちが出てくる。
「どうやら、去っていったようだ」
「そうみたいね、私達を倒したと勘違いしたんでしょうけど、そのお陰で助かったわ」
「まあ本人はあんな感じだがな」
そこにはまだ戦おうとするゴルノバを抑えるバイラーガたちの姿があった。
(死に掛けた思いもしたがこれで依頼達成だ)
そう思ってミツルはかつての絶望を思い出す。
(俺には負の感情しかないと思っていた。その負の感情が俺に魔剣を与えてきてくれた。そして思い出させてくれた俺の中の大事な感情を)
その日ミツルはすぐに帰宅したい事をバイラーガたちに伝えた。