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魔剣鍛冶の剣  作者: 霜月昴
13/19

二つの店


 ミツルと共に戦うことを誓った翌日、ミネはいつも通り家事をこなしていた。一方ミツルは村人たちから新しい包丁や鍬を作って欲しいとの依頼があり鍛冶場に篭っていた。

 ミネは一通りの家事を終えて庭で風になびくシーツを見ていた。ふと地面に視線を落とす。膝を突いて拳を地面に向けて

 「フッ!!」

 鉄拳を打ちこむ。

 拳を打ち込んだ部分だけが砕けミネの拳に衝撃が走る。

 「やっぱりこのままじゃミツルの力になれそうにないわね」

 真の鉄拳使いは大地を割ると言う。その領域にミネは至っていない。ギロウと戦った時からいくつかの戦闘を経験しミネの鉄拳は磨かれていたがそれでも上級モンスターを相手にするには不足しているとミネは痛感した。

 「やっぱり鍛えるしかないかな」

 ミネは静かに決意を固めミツルの篭っている鍛冶場を見てから家に入っていった。


 ※


 数日後、ミツルは村人たちに依頼された包丁や鍬を仕上げ村に運んでいた。ミネも一緒に付いて来ており二人で領主の家に向かう。

 「おやおや、わざわざ持ってきてもらって済まないね。ウチの若い衆に取りに行かせるつもりだったんだがね」

 そう言ってきたのはこのカイラザス村の領主ロノホルさんだ。老婆と言える外見の女性、曲がった腰や刻まれた皺が老婆と呼べる年齢であることを物語っていた。しかしその瞳だけが年不相応に鋭く肉食獣を思わせる雰囲気を醸し出しているとミツルは思った。

 「これが依頼分です」

 そう言ってミツルとミネは背負っていた依頼された道具の入った箱を置く。

 「ありがたいね。では早速検閲させてもらうよ。夕方くらいには終わると思うのだけど」

 「ええ、問題ありません」

 今は昼過ぎだ。

 そうなることを予想してミツルは村の中を回る予定だったのでロノホルにその旨を伝えミネと一緒に村を回ることにした。

 このカイラザス村は商業都市ルインに近いこともあって他の村に比べて物資は充実していた。村には商店街があり多様な商品が販売されている。ミツルはミネとこうしてゆっくりとカイラザス村の商店街を回ることが無かったので丁度良い機会だと思い商店街を回ることにした。

 「なんだか小さくて可愛らしい食べ物ね」

 「サクランボだな。この辺りではあまり生産されていないからな」

 ミネもじっくりと商店街を見て回った事はないので珍しいものに興奮気味だ。

 ミツル自身は村に来てからそこそこの年月が経っているのでどんな店があるか何となく把握している。依頼された道具を持ってきたりミツル自身が日常生活の必需品を買いに来ることもあったからだ。

 「わ~、可愛い服もある」

 「俺は隣の店に用があるんだが、ミネはそっちの服屋に行くか?」

 「え?別行動なの?」

 「隣だし用件は手短く済む。終われば俺も服屋の方に行く」

 「分かったわ、じゃあ一旦別行動にしましょう!」

 どうやら服屋が気になっていたのだろうミネは瞳を輝かせてそう言ってきた。

 「じゃあまた後で」

 「はい!!」

 元気よく返事をしてミネは服屋の中に入っていった。


 ミネが服屋に入るのを見てミツルも店に入る。その店は宝石店だった。装飾用の宝石から魔石まで扱う。ミツルはこの店のお得意さんだ。もちろん宝石ではなく魔石の方での話だ。

 「いらっしゃい。あ、ミツルさん」

 そう言って顔を出してきたのは童顔低身長の少女だ。身長は自称149cmで丸い瞳が可愛らしい印象だがその本性は齢41になる熟女だ。

 (何度見ても凄い若作りだよな)

 彼女の年齢を聞けば誰もが思うことだがミツルはあえてそんなことは口にしない。変わりに商品の依頼をする。

 「お久し振りですメシェルさん。以前頼んだ魔石を取りに来ました」

 「準備できてるよー。金額はこちらになるよー」

 メシェルと呼ばれた店主はそう言って領収書を渡す。

 「分かりました。ではいつも通りロノホルさんのところにツケでお願いします」

 「まいどありー」

 そう言って微笑む表情は少女そのものだった。「詐欺だな」とミツルは思った。

 ミツルの収入は領主であるロノホルのところから依頼される鍛冶師としての仕事の収入だけだ。それはそこそこのお金になる。そのため鍛冶の道具をこの商店街で購入し領収書をロノホルに渡し、ミツルの報酬からそのまま引いた金額を貰う。そしてロノホルが代わりに商店街に支払うといった形を取っていた。

 ミツルはメシェルが魔石を梱包するために店の倉庫に向かったのを見て商品を見る。この店は魔石と宝石を扱っている。店の半分は魔石、もう半分は宝石と仕切られておりミルツは宝石のあるほうへと向かった。

 色とりどりの宝石が飾られている中である宝石に視線が向く。

 (確かこれは)

 ふとミネの事が思い出された。

 彼女は奴隷と言う過去があったゆえに装飾品などはほとんど持っていない。あるのは鉄の拳と生きるために刻んだ体の傷だ。そんな彼女を不憫だと同情するのは復讐者として失礼なのかもしれないとミツルは思いつつも、そう思わざるを得なかった。

 「お待たせ、ってこっちの宝石コーナーにいるなんて珍しいねー」

 急にメシェルから声をかけられミツルは驚く。

 「何だよ、そんなに驚いて。一体何を見ていたんだい?」

 そう言ってメシェルの視線に映ったのは六角柱状のきれいな結晶をなした透明に近い色の宝石・石英 (クォーツ)だ。

 「石英 (クォーツ)だね。おや、もしかして噂の奥さんへのプレゼントかい」

 そう言って瞳が微笑ませるメシェル。村の中ではミネはミツルの奥さんと言う話になっている。最初は細かい説明が面倒だったので否定はしなかったが、今では否定する材料が思い浮かばないのでそのまま肯定することにした。 

 「奥さんは土属性なのかい」

 「ああ」

 「じゃあプレゼントに決まりだね、安くしておくよ」

 そう言って商人(あきんど)の笑みを浮かべるメシェル。

 魔法を使う術師は四つの属性に分かれる。火属性・水属性・風属性・土属性の四つの基礎属性。そしてそれぞれに上位属性が存在し、光属性・氷属性・雷属性・樹属性の合計で八属性となる。

 術師は生まれてから必ず四つの基礎属性のいずれかに属する。稀に複数の基礎属性を持った者が生まれるがどれか一つの基礎属性を持つのが常だ。そしてその基礎属性を強化していく中で上位属性を会得できる。

 術師は基礎属性が得意なものと上位属性が得意なものに分かれる。そのため贈り物として得意とする八属性の宝石が別々に定められている。

 土属性の宝石は石英 (クォーツ)だ。

 「じゃあ、これを一つ」

 「まいどー、ネックレスにでもしておくかい、加工代はまけておくよ」

 「お願いします」

 そう言ってメシェルは再び倉庫へと向かった。

 その後ミツルは石英 (クォーツ)の代金をその場で払いミネのいる隣の店に向かった。


 ※


 ミネが服屋に入るとそこには色とりどりの服が並んでいた。

 「うわー、服屋って久しぶり」

 そう言って色々な服を眺めていると

 「いらっしゃい、何かお探し」

 店員だろう、男性のような野太い声の女性に声を掛けられたミネは振り返り

 「あ、いえ、ちょっと見ているだけな、ので・・・」

 語尾に行くほど声が小さくなったのには理由があった。可愛らしいフリルのついた服を纏った店員の服装は可愛らしかった。ただ服を着ている人物が大柄の男であると言う点の除いて。

 「あなた可愛らしいわね、色々と着せ替えしたくなっちゃう」

 男は身長180cm以上はあるだろう体を曲げてミネに視線を合わせようとする。髪は耳にも届かないくらい短く切っておりそれはパーマをかけたように巻かれている。

 (クセ毛なのかな?)

 髭は剃っているが剃りきれなかった太い無精ひげがところどころ生えている。角ばった顔の骨格は明らかに男性であることを物語っていたがその服装と言葉使いは女性のものだった。

 「えっと、ちょっと見ているだけなので」

 そう言って掌を広げて男性の言葉に対応するミネ。しかし男性の視線はミネのその手に向くと表情を一瞬だけ強張らせる。

 (え?)

 その雰囲気に一瞬覚えのある気配を感じたミネだったが男はすぐにもとの笑顔にか変わりミネの背後に回り背中を押して店の奥へと誘導する。

 「まあまあ良いから、おススメの服があるからちょっと見て行きなさいよ」

 「あ、いえ、本当に大丈夫ですから!」

 しかし抵抗も空しくミネはその後、店員の着せ替え人形と化した。

 「可愛らしさを押したロリータファッション!これで彼氏もイチコロよ」

 「えーと、ちょっと子どもっぽいかな」

 「なるほど、では別の方向性で」

 そうしてミネは着換えさせられる。

 「大人っぽくセクシーに!」

 「足元がスースーします、あと胸が苦しいです」

 「あなたなかなかのサイズね。でも胸を強調するのは男心を刺激する一番のスパイスよ」

 「そ、そうなんですか」

 「もちろんよ。まずは胸で気をひいてさらに追撃を掛けるのよ」

 「追撃?」

 クエスチョンマークを浮かべるミネに男は別の服を持ってきた。

 「これって、メイド服?なぜ??」

 「従順さをアピールするのよ。そしてこう言うの私はあなたの奴隷ですって!あー私も早くご主人様に会いたいわ」

 「えーと」

 困惑するミネに男は何かを閃いたように気付く。

 「あなた元奴隷なんでしょう」

 「!!」

 ミネは「なぜ」と問いかけようとして自分の先ほどきた服を思い出す。胸を強調したその服は背中の部分が見えており奴隷の刻印が見えるようになっていたからだ。

 「だけど別に気にする必要はないわ。元奴隷だからって幸せになれないわけじゃないから」

 そう言って熱弁する男の言葉にミネはなぜか胸の奥が熱くなった。

 「はい、ありがとうございます」

 そう言って瞳を潤わせるミネだったが、周囲には先ほど来ていた服がかけられており、客観的に見てこの状況は男がミネの服を剥ぎ取ってミネが泣き始めていると言う状況に見られても可笑しくなかった。

 「てめえ、何をしてる!!」

 「え?」

 男が振り返るとミツルが怒りの形相で睨みつけていた。

 「ミネに何をした!」

 「ミツル!違!!」

 ミネが制する前にミツルが男に殴りかかる。

 「あなたが彼氏ね、少し落ち着きなさい」

 そう言ってミツルの拳に男は拳を軽く当てる。それだけでミツルは大きく後方に吹き飛ぶ。その光景を見てミネは先ほどの違和感の正体に気付いた。

 「鉄拳!店員さんは鉄拳使いなの!」

 「ええそうよ、あなたも同じ鉄拳使いなんでしょう」

 ミネは自分の拳を隠す。

 「奴隷の刻印と鉄拳って事は拳闘奴隷だったのかしら?元奴隷なんてどこかの誰さんと同じような人生を送ってきたのね」

 そう言って振り返りミネを見る男の目は慈愛に満ちていた。


 ミネの説明で気持ちを落ち着かせたミツルは男と一緒に店にある椅子に座っていた。

 「そういえば聞いたことがある。少し前この商店街にオカマ店長が経営する服屋があるって」

 刺々しさを含んだミツルの一言でこの店の事を把握するミネ。ミツルはまだ男のことを許してないようだ。

 「んー、いいわねラブラブの若いカップルって見てて楽しいわ。私も早くいい人見つけたいわ。それに勘違いとはいえ彼女が乱暴されて怒るなんて大切にされているのね。そういう男はタイプよ」

 そういってミツルに向かってウインクをしてきた男にミツルは悪寒が走る。

 「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はオレル。ちょっと前にここで服屋を開業させてもらったの。お客さんがまだ付いてないからお得意さんになっていただくと助かるわ」

 「こんな店には二度と来ない。行くぞミネ」

 「待ってミツル」

 一人だけ立ち上がったミツルだったがミネの雰囲気を見て座りなおす。そんな二人を微笑ましそうに見るオレル。そんな視線がミツルをさらに不機嫌にさせていた。

 「オレルさんも鉄拳使いなんですね」

 「ええ、そうよ。鉄の如き拳。それが美しいと私は思った。だから鉄拳使いの師匠から技を授かったわ。あなたはどうして鉄拳を身に付けたのかしら?」 

 「あなたの言うとおりです。私は拳闘奴隷でした」

 「そう」

 それを聞きオレルは戸惑いの表情になる。そんなオレルの表情を見てミツルは妙な共感を覚えた。

 (こいつも俺と同じ事を思っているのか?)

 女ながらにその環境から鉄拳と言う血なまぐさい技を見につけなければならなかった事が悲壮感を感じさせる。ミツルは険悪な雰囲気を和らげやや険悪な雰囲気に切り替えた。そこで男は話を続ける。

 「でも拳闘奴隷だからって幸せになれないことはないわ。ってもうあなたは幸せなのかもしれないけど」 

 「はい。私は幸せです」

 そう言ってミネはミツルを見てそしてオレルの方を向く。

 「でもどうして奴隷である私の幸せを心配してくれるのですか?」

 「知り合いにね、元奴隷の子がいるの。その子はあなたよりは年上の女性なんだけど、奴隷である過去が呪縛のように付きまとっているの。そして目の前にある幸せに手が出せないでいる」

 「・・・」

 「辛い過去があったのは理解できるけど、それでこれから先の未来を捨ててしまうのはもったいないと思うの」

 ミネは慎重に言葉を選んで話す。

 「オレルさんは確かに心は女性かもしれないけど体は男性です。だから心身ともに女性である人が奴隷になる辛さは理解できるとは思えません」

 そう言うとオレルは悲しそうな表情をして「そうね、ごめんなさい」と謝る。そこでミネは自分の失言に気付いた。

 (この人は男性であることを指摘されることが誰よりも辛いんだわ。この人の心は女性だから)

 「こちらこそ偉そうなことを言ってごめんなさい」

 素直に謝ったミネにやや驚いた表情をした後でオレルは微笑む。 

 「良い子ね、ミネちゃん。大切にするのよミツル君」

 「言われるまでも無い」

 そう言うミツルに満足したかのように頷くオレル。

 そこへミネがオレルに話しかける。

 「あの、私もっと鉄拳を鍛えたいんです。オレルさん、私の鉄拳の練習相手になってもらえませんか?」

 「ごめんなさい、そう言うのはお断りしているの。私は今はこの服屋の店主。鉄拳使いではないの」

 「そう、ですか」

 ミネは肩を落とす。

 「代わりに鉄拳を鍛えるのに良い服をを探してあげるわ!動き易さ重視のものが良いかしら」

 「はい、お願いします」

 ミツルはオレルの誘導に引っかかったと思ったがミネが楽しそうに服を選んでいたので何も言わずに二人の服選びを眺めていた。


 ※

 

 先日の四足翼竜(ワイバーン)は偵察隊だ。どこへ移動するのか見当をつけるための偵察隊で、情報では偵察の四足翼竜(ワイバーン)を見かけたら一月後には移動が開始する。

 それまでに決着をつけなければならない。その時までにもう一本魔剣を作っておく必要があった。その間には俺は鍛冶場に篭ることになる。


 鍛冶場に篭ることをミネに伝えた。すると彼女は

 「丁度よいです。それでは私もお暇を貰います」

 「どこ行くつもりだ?」

 「修行です。四足翼竜(ワイバーン)と戦うのですから鉄拳を鍛えてきます」

 そうしてミネはその日の内に出立するといって準備を始めた。そして準備が整い見送りの時が来る。

 「もし怖気づいたなら俺一人でも戦えるから帰ってこなくてもいいぜ」

 そう言うとミネは怒るかと思ったがゆっくりと俺の手を両手で握ってくる。

 「必ず帰ってきます。あなたの役に立てるようになって。だから待っててください」

 そう言って手を握って真摯に俺を見るミネを見て「ああ、分かった」と言うしかなかった。

 俺は一人で戦うつもりだった。自分の過去を話せばミネは手伝うと必ず言って来ることも分かっていた。しかし復讐の念から開放されたミネを自分の復讐に巻き込むわけにはいかないと、強く拒絶の言葉を突きつけたが何食わぬ顔で彼女は「付いて行く」と言ってきた。

 そんな彼女を強く突き放せないでいた事に、ミネと言う女性が傍にいることが当たり前であり復讐者である自分にも共に過ごしてくれる人がいるのだと痛感した。

 そこで先日宝石屋で買ったネックレスを取り出す。

 「この前、商店街に言った時に買ったものだ。渡すタイミングがなかなか無くてな」

 「これって、ネックレス。しかも石英(クォーツ)の・・・ありがとう!!」

 そう言ってミネは早速ネックレスを着ける。

 「ど、どうかな」

 「似合ってるよ」

 「大切にするから。それで必ず帰ってくるから」

 「ああ」

 それからミネはその日の内に荷物を纏めて旅立ってった。

 そんなミネを見送った俺の頭の中にはあることが思い浮かんでいた。

 「暴闘翼竜(タイラントワイバーン)で懸賞金がかけられていたな。たしかこの家を改築しても余るくらいの金額だったか。やつを倒せれば色々と安定するな」

 復讐を果たせればもうそのまま死んでもよいと思った。だから復讐を果たした後の事を考えることになるとは思っても見なかった。

 (しかしすべては暴闘翼竜(タイラントワイバーン)を倒してからだ)

 そう思い俺は気持ちを切り替える。俺は魔石を携えて鍛冶場に篭ることにした。

 ギラの定期報告で四足翼竜(ワイバーン)の群れ自体はだいぶ前からこの場所にあることを知っていた。しかし肝心の暴闘翼竜(タイラントワイバーン)は群れの中ではなく別のところを飛び回っていた。

 群れの位置を把握しておき地形の下調べをしておけば地の利を上手く活用できるだろうと言う事で一年前にここに引っ越してきた。そしてギロウの一件の前に受けたギラの定期報告に暴闘翼竜(タイラントワイバーン)がもうじき群れにやって来て羽を休めると言う連絡を受け、偵察の四足翼竜(ワイバーン)を見かけたら一月後には移動が開始する事もその時に聞いていた。

 着々と近づいてくる刻を前に俺は鍛冶場に入った。


 魔剣を取り出しそれを眺める。

 魔剣鍛冶と通常の鍛冶は魔石を投入するかしないかの違いだ。ならば通常の鍛冶師が魔石を入れれば魔剣鍛冶になれるかと言われればそれは違う。まず一定量の魔力が必要になる。魔石を扱うゆえにその魔石がどのような効果を持っているのか、どのような念が込められているのか。それを知るには相応の魔力と魔力操作が必要になってくる。

 次に魔石を取り出し眺める。魔剣作りに魔石は必須だ。ゆえに俺は魔石をアクセサリーにして身に付けている。そうして日々の念を蓄積した魔石を使って魔剣を打つのだ。

 また魔剣鍛冶でなくても魔石をお守りとして持っているものは多い。そのため魔剣鍛冶の依頼がある場合魔石が必須であることを伝えるとそう言ったものを取り出し魔剣を作って欲しいと言う依頼者がほとんどだ。

 この魔石はミネが体調を崩し俺が氷魔法を使いたくても使えなかったときから身に付けていた魔石だった。魔石は氷魔法を封じ込める能力をもっておりミツルはあれから何回か魔石に氷魔法を使い魔力を封じ込めると共に氷魔法の特訓していた。

 それは俺にとって、過去を直視し未来を向くための現在の行動だ。

 心の傷だった氷魔法と向き合えるようになった時に身に付けていた魔石。これを使って作る魔剣は七本目の魔剣。氷の属性を秘めた最後の一本になるであろう魔剣だ。

 工房に篭り魔剣を打つ。そして魔石を投入しようとしたところで俺の手が止まる。この魔石はこれまで作った魔剣に投入した魔石とは異なる。俺は深呼吸をして魔石をしまい、魔剣を打つのを一旦止める。

 鍛冶場を整理して

 (少し気分転換するか)

 そう思って師匠の言葉を思い出しながら外に出た。


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