六本の魔剣 ~対立する想い~
帰った俺は手紙を書くために筆を取る。あて先は師匠の下だ。手紙を出した俺が家の庭に行くと庭ではメリアンが掃除をしていた。
大泣きして俺の家に一緒に帰って一晩寝てから以降、メリアンは俺の家の掃除や家事を続けた。俺は客人なのでそんなことをしなくてもよいと伝えたが
「これくらい手伝わせてください。あなたがいなければ私は上位人狼になった兄を殺していたかもしれないのですから」
そう言って寂しそうに笑うメリアンを見て、恐らく兄を失った悲しみを紛らわすために家事掃除に専念しているのだろうと言う事を察した。
そんなことを続けていると幾日も日にちが過ぎ、やがてそいつがやってきた。
「久しぶりだなミツル、まさかお前から呼び出しがあるなんて思わなかったぜ」
そう言ってギラが俺の前に姿を見せた。
そんなギラを見てメリアンが戸惑う。
「ミツルさん、これは一体」
「これからフィーロスの、お前の兄の仇を討つ」
「!!」
「ギラにはその手伝いをするためにここに来てもらった。だから君は」
フィーロスは血の繋がりは無いとは言え自分の妹が復讐をしようとおもったと知れば天国で嘆くだろう。だから彼女には家に帰るように伝えるつもりだった。
「私も行きます」
しかし何を問いかける間もなく彼女はそう答えた。そんな彼女の瞳を見て説得は無駄だと悟った俺はギラと目を合わせて頷く。
「では一度家に入ってギラから詳細を聞こう」
そうして三人で家に入った。
まずはギラから事の真相を聞くことにした。そのために俺は師匠にフィーロスの死を話し、ギラを俺の元に来るように伝えて欲しいと手紙を送ったのだ。ギラは色々と裏事情に詳しい。ブロドのことについても知っているだろうと思ったからだ。
「ブロド兄妹と言えば裏では有名な貴族の兄妹だ。何が有名かと言うと表ではただの貴族として平民たちの支持を得ているが裏ではある実験をしている」
案の定ギラはすべての情報を持っていた。
「実験?」
「合成魔獣研究だ」
合成魔獣。いくつもの獣を合成して生まれる怪物。しかしそれには相性があり、合成可能な獣は獅子、羊、蛇の三種類しかいない。しかも合成魔獣研究とは『どのような獣が合成できるのか』と言う事と『モンスターも合成できるのか』と言う二つの命題に別けられ、一般的に多いのは後者の方だ。
「ブロド兄妹はいくつかのモンスターのキマイラ化に成功しておりそれを闇市で売買している。そしてそのモンスターの中に上位人狼が含まれた」
「もしかして兄は!」
「そうだ、上位人狼として合成魔獣の研究材料に使われそうになったんだ」
「そんな!!」
「だがフィーロスもやられっぱなしではない。上位人狼の力を使い逆にブロド兄妹を倒そうと考えた。それほど上位人狼の力は強力だ。しかしそれ以上にブロド兄妹の作った合成魔獣は強力だった。フィーロスはそうして命を落とした」
俺はフィーロスの仇を取ると言う事だけを師匠に伝えた。しかしギラはフィーロスが上位人狼であることを知っていた。それを指摘するとギラはいつもの調子で話してきた。
「俺はフィーロスが上位人狼であることを知っていた。ただ師匠は何かあると気付いていたが深く追求しなかったためその事は知らない。師匠がそういう人物だって知っているだろう」
そうだ。俺達の師匠ガクシュウは他人の事情にはあまり興味を示さない。ただ優秀な魔剣鍛冶を育てていくことに全力を注いでいる。俺がそう思うとギラは話し続ける。
「俺たちはこの二人を暗殺し、二人が実験場にしている合成魔獣工場を破壊する」
「合成魔獣工場を破壊?」
俺が疑問符を口にするとギラは予想していたかのように答える。
「ブロド兄妹は現在自分たちが作った合成魔獣工場にいる。そこにはいくつもの合成魔獣が存在しそれが野に放たれれば生態系の破壊や近隣の村への人的被害も予想される」
「むしろ工場の破壊の方が目的と言いたげだな」
「はっきり言えばその通りだ。しかしブロド兄妹も逃すわけにはいかない。だから暗殺は確実に遂行する。我々は暗殺班だ」
そうしてギラから目的を告げられ決意を固めた俺たちは準備をしてブロド兄妹の元へと旅立った。旅立つ時に魔剣を背中に掲げた俺を見てギラは言って来た。
「魔剣が増えたな。五本か」
「ああ、最近一本増えた」
フィーロスの仇を討つためにギラが来るまでの間に俺は一本の魔剣を作った。復讐に熱中して自分の命を救ってくれた恩人に何も恩を返せなかった事、その復讐が一度失敗し今も何も果たせてない事。そんな不甲斐ない自分とこれまでの過去に対する後悔、そんな念をこめた魔剣、それが塵王砂門剣だった。
※
ギラの案内でミツルとメリアンはブロド兄妹のいる合成魔獣工場へと向かった。ブロド兄妹の屋敷は出身地である魔道帝国ドングラーにある。しかし合成魔獣工場は群国国家の中の一つの村であり、そこは数年前に魔道帝国ドングラーの属国となった村だ。ブロドはその村の領主でありその村の名前は
「ブロド村と言うんだ」
「そのままですよ!!」
移動中これからの行き先を説明していたギラにメリアンが突っ込む。
「ブロドは自分の村の名前を考えるのが苦手だったようだな」
「いやいやいや、それにしても自分の名前をつける人がいますか!ナルシストですか!!」
「いや、ブロドは基本的に面倒くさがり屋な性格だからな」
「怠惰です!イピーアは妹として何かいわなかったんですか。彼女はしっかり者ですから怠け者の兄をサポートしていると思います!」
「情報では、素晴らしい案ですお兄様、といって賛同していたとのことだ」
「そうだ、そう言う子でした!!」
そんな二人の会話は微笑ましく、これから復讐をする者とは思えない明るさがあった。メリアンがノリ良く話している姿を見てギラの会話の上手さにミツルは感心していた。
(相変わらず人間関係を築くのが上手いんだよな。風のように人の心に入ってきてすぐに砕けた会話が出来るようになる)
口下手なミツルはギラのような社交性はないと自分で理解していた。そんなことを思っているとギラが真剣な顔つきになる。
「さてここからは軽いノリは控えめにしておこう」
そう言ってギラは前方を指差す。そこにはナグアの森と言う群国国家の中でもトップの広さを誇る森が広がっていた。多様なモンスターが生息している森であり、通常は森を避けて迂回するルートでブロド村に向かう。
しかし今回は隠密行動を必須にするため監視されにくい森を突きって向かうルートをギラは選択した。
「モンスターが多いから夜は交代で見張りだ」
「しかし人数が三人では心もとないぞ」
そう言ったミツルの言葉に「準備はできている」とギラが言うと何人かの人影が見えた。警戒するミツルだったがギラの緊張感の無さから味方だと察した。
「紹介しよう、俺の小隊の仲間たちだ」
そう言って四人の人間が立っていた。右から順に自己紹介をしてくる。
「コルケ。最前衛だ」
剣士の男。歳は24歳ほどか、経験を積んだ厳つい表情が印象的だとミツルは思った。
「ダグト。前衛っす。よろしくお願いします」
同じく剣士の男。年は17、8歳か。最初の男、コルケよりも経験が浅いように見えた。ややお調子者なのところがあるとその後の行動で理解できた。
「ニュイニスです。後衛です」
女魔術師。ダグトと同じくらいの年だろう。身長は160cmほどか、頬にそばかすが出来ていた。
「ロミアよ。最後衛よ。よろしくね」
女魔術師。人当たりの良さそうなお姉さんと言った感じだ。こちらはコルケと同じくらいの年齢か、豊満な胸や太ももからは大人の色気が漂っている。
それから四人のギラの部下が加わり七人での旅となった。森を抜けてブロド村に向かうのは暗殺班であるミツルたちだけでなく、破壊班であるギラの部下たちも同じ理由だ。それならば一緒に森を抜けるほうが効率的で安全と言う話になったのだ。
人数が増え七人で森を歩くミツルたち。モンスターが出ていてもミツルとメリアンは後方で待機しギラとその部下達が戦闘を主にした。
そうして進んでいくと分かれ道があった。
「これはどっちかな、ミツル頼むよ」
「何で俺なんだ」
「風の魔剣持ってるんだろう。探索能力で正解の道を探してくれよ」
「いつの間に下調べしていたんだ?俺に戦闘を行わせないと思ったらこう言う事か」
「適材適所だよ」
もはや何も言う気もなくなりミツルは飛王閃裂剣を抜き
「飛王閃裂剣・探爪遠遊斬」
風が爪のように鋭くなり地を這い遠方にあるもの探索する技で正解の道を探す。
「こっちだな」
「よし、では進むとしよう」
そうして初日の行軍は無事に終わった。
翌日は怪鳥の鳴き声と共に始まった。
「鶏冠鳥蛇だ!!ニュイニス!全員に魔法耐性を付与しろ!」
ギラの一声でニュイニスと呼ばれた後衛の女魔術師が全員の魔法耐性を上げる。
「ニュイニスは解毒の魔法をいつでも使えるように!ロミア、魔法攻撃で援護!コルケとダグトをサポートしろ!」
ギラは一団の指揮官となって支持を出す。
最前衛、前衛、指揮官、後衛、最後衛からなる五人編成の小隊は一番スタンダードな編成だ。
一方で対するモンスターは鶏冠鳥蛇。
頭と上半身は雄鶏、下半身はヘビの怪鳥でその体液は猛毒だ。汗腺から気体状の毒を出し外敵をから身を守る。また一目巨人同様に魔眼の持ち主だ。こちらは石化の魔眼で一目巨人と違い鶏冠鳥蛇なら誰もが持っている能力だ。その上効果範囲も広くこれで中級モンスターと言うのだから定義が可笑しい、とミツルは内心で愚痴った。
「ミツル!毒は解毒魔法で何とかなるが石化はどうにもならん!対策任せるぞ」
「ああ」
流石にこのモンスター相手に助力しないわけにはいかないと思ったミツルは震王雷吼剣を抜く。鶏冠鳥蛇の周囲にはコルケとダクトが剣で斬り付けていた。しかしその表情からすでに毒に感染しているのが見てわかった。
「ファイア・アンチトード!!」
ニュイニスが解毒の魔法を発動しコルケは士気を取り戻す。その間にダクトが一歩引き毒を喰らい過ぎずに解毒の魔法を待つ。そして回復すればコルケと交代し最前線に行く。そうしてローテンションを繰り返し鶏冠鳥蛇の体力を奪う。やや離れてギラが毒を喰らわないギリギリの位置で指示を飛ばしている。そんなギラから警戒の声があがる。
鶏冠鳥蛇の瞳が怪しく光ったのだ。
「石化が来るぞ!ミツル!」
ギラの号令でミツルは魔剣を振るう。
「震王雷吼剣・爛光明滅斬!」
雷光が走り鶏冠鳥蛇の眼前で輝く。いわゆる目くらましの技だが鶏冠鳥蛇の魔眼には抜群の効果を誇る。
魔眼は「目に映るもの」に影響がある。だがそれが閃光や暗闇などで視界が遮られればどうか?
それは「目に映ってない」ため魔眼の効果が発揮されないのだ。そして急な雷光で驚いた鶏冠鳥蛇は動きが固まり、その隙をついてちょうど解毒を完了した前衛、ダグトが鶏冠鳥蛇の首に剣を振るい頭と胴体を斬り離す。
「ロミア!止めだ!」
「ファイヤー・サークル!」
鶏冠鳥蛇の足元に鶏冠鳥蛇を囲うくらいの円陣が出来そこから炎の渦が鶏冠鳥蛇の体に巻きつき焼き尽くす。鶏冠鳥蛇の体液は猛毒のため首をはねてもその返り血で毒を浴びてしまう。ゆえに全身を始末する必要があるのだ。
戦闘が終えギラは全員を見渡し
「解毒が完了次第、進むぞ」
行軍をとめない指示を出した。
※
それから様々なモンスターたちと戦い俺たちは森を抜けた。
「やった!抜けたぞ」
そう言ってダグトがバンザイをする。モンスターとの連戦で疲弊していたので森から抜けたのが嬉しいのは分かるが気を抜きすぎだと俺は思った。
「まだ気は抜けぬが一先ずはお疲れ様だ」
そう言って皆を労うギラ。
「これからモンスターではなく人の目を気にして行動するように」
そう言いつつも緊張感を持たせる言葉を言って全員で合成魔獣工場を目指す。
そこからの行軍は森の中の苦労とは比べ物にならないほど楽だった。ギラの部下達が潜伏し監視の薄い場所を案内してくれたからだ。
そして俺たちはついに合成魔獣工場へと着いた。
そこは工場の裏手にある下水道の入り口だった。
「凄い臭いだな」
「合成魔獣の工場だからな。どんなものが流されているのか不明だ。だがばれずに侵入するにはここが一番だ」
ギラの情報ではこの下水道は月に一回の点検業者が来る以外に人が通らないとのこと。こういった場所なのでそのこと事体は頷ける。そんな中で特に嫌な表情をする女性陣を連れて俺たちはギラに続いた。
下水道の水の中には何の動物かは分からない手や足だけが流れていた。全員それを直視しないように進んでいると下水道の出口が見えた。
「よし、これであと少しだ」
そう言ってギラが慎重に下水道の出口を開ける。誰もいないことを確認して走り出し全員がギラに続く。ギラの走っていった先にエレベータがあった。事前の調べでこれが兄妹の部屋に直通するエレベーターであることを知っているギラに全員が続く。
万が一、後方から敵襲があった場合に備えてダグトとニュイニスを残して五人でエレベーターに乗る。エレベーターには人数制限があったことと敵襲に備えると言う理由で二人に指示を出したギラだったが、俺には残した二人は実戦経験が乏しいためと言う判断があったように思えた。
エレベーターを登り最上階のところで停まる。そして扉が開き
「死ね!虫ケラ共!!」
髪を左右で三つ網みにした女性が無数の氷柱で敵を攻撃する氷魔法を放ってきた。侵入者が来たと気付いてエレベーターが開いた瞬間奇襲。暗殺にきた俺たちが言うのも何だが鬼畜だ。
「塵王砂門剣・亀甲砂壁斬」
しかし俺は砂で出来た亀甲型の盾でエレベーターの入り口を覆うほどの広さで防御を固めていた。
エレベーターを登る前にギラは俺に防御を固めるように言っていた。だからエレベーターに乗る前に魔剣を抜きタイミングを計っていたのだ。
「読まれていた!面白いねえ!!」
三つ網みの女性は嬉々とした表情をする。
「イピーア!!」
メリアンが彼女の名を叫ぶ。どうやら彼女がイピーアのようだ。
「気軽に私の名前を呼ぶな虫ケラ!!アイシクル・ジャベリン」
無数の氷柱が再び俺たちを襲う。ニュイニスが前に出る。
「バーン・ウォール」
爆発が起き無数の氷柱が溶かされ水蒸気が発生する。爆発で敵の攻撃を相殺する火魔法だ。
「上手いねえ、火魔法で防御するとともに水蒸気を発生して、奇襲ってか!!」
「何!!」
コルケが水蒸気にかくれて奇襲を仕掛けていたがイピーアに見破られ隠し持っていた短剣で腕を斬られる。
「くっ」
「おっと危ない」
それでもコルケは攻撃の手を緩めなかったがイピーアは軽快に回避する。
「っ!!」
突然連続攻撃を仕掛けていたコルケが急に倒れてしまう。
「あの凶々しさ!ギラ!!」
イピーアの手に持っていた短剣が魔剣であることを察した俺はギラに合図を送る。するとギラは全員待機の合図を送り全員その場で止まる。
倒れたコルケの表情は蒼白く変化しており、斬られた腕の部分が皺がれていた。
(まさか!)
「怒王焦滅剣!」
俺が魔剣を抜くとイピーアは少し驚く。
「へえ、アンタも魔剣使いか。じゃあ勝負しようか、この蛮王赤針剣と!!」
(恐らく刃が触れたところから血を吸い取る吸血の魔剣。だが短剣であるためリーチは短い。短剣相手ならば近距離戦向きの怒王焦滅剣でも倒せる)
魔剣使い同士の緊張感が場を支配したがミツルはそう考えて一気に間合いを詰め怒王焦滅剣を振るう。
「怒王焦滅剣・円舞焦土斬」
炎が迸りイピーアの周囲を包囲する。敵の逃げ道を包囲し行動を制限する技だ。対してイピーアは蛮王赤針剣を突き出す。だが短剣のリーチではこの距離でミツルを攻撃することは不可能だ。
「蛮王赤針剣・牙光伸長斬」
そう思っていたミツルの予想を裏切り短剣は赤い刃を伸ばしてミツルを襲ってきた。
(刃が伸びた!そうか吸い取った血を刃にして形状を変化させることが出来るのか!!)
意表を突かれたミツルは蛮王赤針剣の刃が肌に触れそうになるがとっさに怒王焦滅剣で弾き吸血を回避する。
「残念、じゃあ予定通りそいつにするか」
蛮王赤針剣の刃はそのまま弧を描き床に倒れていたコルケの腕に突き刺さる。そしてその刃先から血を吸い取っているのが誰の目にも分かった。とっさに怒王焦滅剣でイピーアの魔剣を防いだことでイピーアの周囲の炎は消えてしまった。
ゆえにミツルはコルケを助けるよりもイピーアを攻撃する事を優先した。自分が攻撃されれば吸血をやめざるを得ないからだ。案の定イピーアは回避行動を取るためにコルケから刃を抜いた。
「ちょっと搾り足りないな」
妖艶に笑うイピーア。彼女の顔立ちは綺麗で貴族であるがゆえに品もある。こんな異常な状況でなかれば見蕩れる者もいるだろう。
「次はあなたから搾り取ってあげる!蛮王赤針剣・重牙連追斬」
再び赤い刃が伸びミツルを襲う。しかも次は複数に刃が別れていた。
「怒王焦滅剣・延焼奔走斬」
怒王焦滅剣は蛮王赤針剣の刃に触れた瞬間その刃を炎で焼く。炎はそのまま刃を伝って行き持ち主であるイピーアの下まで延焼していく。
「クソっ!」
イピーアは剣から延長した部分の刃を切り離す。そうすることで延焼してきた炎から身を守ったが刀身が短くなっていた。
(一旦長くした刃を切り離した場合吸血した血の量が減り能力が下がるのか)
そう理解したミツルは怒王焦滅剣・延焼斬で蛮王赤針剣・重牙連追斬の刃を切り続ける。
「クソ!虫の分際で!!蛮王赤針剣・牙光伸長斬!」
最後に残った蛮王赤針剣の刃が再び床に倒れたコルケに襲い掛かる。しかし
「ウインド・プロテクション」
ギラの放った風魔法が床に倒れたコルケを覆い蛮王赤針剣の刃から身を守る。
「邪魔をするな!!」
「人のふんどしで相撲を取るもんじゃないぜ」
ギラの助けに憤慨しているイピーアの隙を突いてミツルは距離を縮める。
「舐めるな!!」
そこで彼女は驚くべき行動に出た。蛮王赤針剣を自分の腹部に突き刺したのだ。
その行動に一同が驚く中で彼女は技を放つ。
「蛮王赤針剣・赤陽縫合斬」
腹部から背中にかけて貫通した蛮王赤針剣の刃先はイピーア自身の血を糧に無数の刃となってその場の全員を襲う。それはまるで血の刃と言う赤い糸で戦場と言う黒い光景を編んでいるように綺麗だった。
(自分の血液を糧に大量の刃を作り周囲から無差別に血を吸い取る。それで自分の血を補給し最終的に生き残ると言う事か)
ミツルはイピーアの目的を察知して特攻を仕掛ける。数本の刃がミツルの肌に触れ皮一枚を切るが構わずミツルは全力で剣を振るう。
ミツルの手にあるは怒りと火属性を宿したミツルの魔剣の中でも最高の攻撃力を誇る怒王焦滅剣。その力を以ってすればイピーアの魔剣に対抗できると思っていた。
しかしそれには問題があった。ここはエレベーターから出てブロドの部屋まで続く廊下だ。部屋より狭いこの場所で怒王焦滅剣の力を全開すればギラやメリアンたちを巻き込んでしまう。それゆえにミツルは判断を迷っていた。そこへイピーアの魔剣の刃が牙をむく。
「サンド・プロテクション!」
魔剣の刃を砂の壁が守る。ミツルの背後に立っていたメリアンの魔法だ。
(土魔法、そうか!)
何かをひらめいたミツルとは対照的にメリアンは悲しげな表情で前に出てイピーアに話しかける。
「イピーア、どうしてこんなことになったの。私たちは親友だっていったじゃない」
そう話しかけるメリアンにイピーアは怒りの篭った視線を向ける。
「あんたのそう言うところが気に食わないのよ!メリアン!!」
そう言ったメリアンの言葉に魔剣の刃が鋭さを増したのをミツルは気付いていた。魔剣は負の感情を糧にする。使用者の負の感情が高まれば魔剣の力も高まるのだ。
「あんたは私に共感しているから私の事を親友だと思っているでしょう。そうよね、私達は共に許されざる感情を持った者同士だから」
そう言ってイピーアとメリアンは互いを睨み続ける。
(許せれぬ感情?)
ミツルは内心で首を傾げたがイピーアの次の一言で納得する。
「私もあなたも、兄を好きになった、と言う共通点が!」
その言葉が周囲に衝撃を与える。そんなことは構わずイピーアは喋り続ける。
「兄妹ではどんなに想っていても結ばれることはない。私もあなたも実らない恋をしている。頭では兄妹では恋愛対象になりえないと分かっていても心が、感情が納得しない!それをあなたから聞いたときは確かに強い共感を感じたわ。でも!!」
イピーアは魔剣の剣先を一本メリアンに襲わせる。
「ロック・プロテクション!」
メリアンは岩の盾を出現させて魔剣を防ぐ。その間にもイピーアは話し続ける。
「すべての話が終わったときあなたはなんて言ったか覚えていて!!」
「何をって」
「言ってみなさいよ!忘れたわけないでしょう!!」
戸惑うメリアンを見てミツルはメリアンが言い辛い事というのが一つしかないことに気付く。そんなミツルの視線に気付いたのかメリアンは意を決して口を開く。
「私と兄は血が繋がってない、ってこと」
その言葉に周囲が動揺する中でイピーアは叫ぶ。
「そうよ!兄に恋をしているけど血が繋がってないですって!!ふざけないで!そんなの私と状況が違うじゃない!!」
「そんな!違わない!」
「違うわ!血の繋がりがないならあなたは兄と結ばれ可能性があるのよ!」
血を吸って怪しく輝く魔剣。それがまるで主人の心を体現するかのように血の涙を流しているようにミツルには見えた。。
「私はどんなに願っても兄様と、兄と、あの人と、結ばれることなんてできないの!恋人のように親しく名前で呼び合うこともできないの!名前を呼んだとしてもそれは兄妹のそれであって恋人の意味ではないわ!決して消えない血の呪いがあるのよ!でもあなたは状況が兄妹と言うだけで願えば結ばれることが出来た。だから殺したのよ!あなたの兄を!!」
「イピーア、何て」
「この魔剣であなたの兄を生け捕りにして来いと兄様から命じられていたのは私よ」
「!!」
「そして苦戦の末に兄様の期待に添えず殺してしまったと報告したけど、それは嘘よ」
メリアンの表情に憎悪が広がる。
「あなたの兄を、生け捕りにせずわざと殺した、のよ」
「あなたがあああ!!!ロック・キャノン!!」
大岩を弾丸として攻撃する土魔法。その威力は岩石人形を砕き四足翼竜すら打ち落とすと言う。
それをイピーアは魔剣を振るって対抗する。
「蛮王赤針剣・棘皮千針斬」
針のように鋭い一本の血の刃が大岩を弾丸に突き刺さると同時に無数の針となって内側から大岩を破壊する。その姿はまるで海栗のようだとミツルは思った。
「あはははは!良い表情だわ、最高お~」
先ほどとは逆の悦に浸る表情をするイピーア。だがそれはすぐに憎悪と嫉妬を宿した表情へと戻る。
「でも血が繋がらないのにもたもたしていたあなたが悪いのよ」
「血の繋がりがない事が辛いときもある!」
メリアンの絶叫のような一言でイピーアの表情が崩れる。
「あなたの言ったわ、血の繋がりがないから思いを告げれば結ばれたかもしれないと。でもそんな事は幻想なの。もしこの思いを告げたとしても兄さんには私は妹としか映っていなかった。妹であるから私は兄さんの傍にいることができたの」
「・・・」
メリアンの話をイピーアはただ黙って聞いていた。
「もし兄さんに思いを告げて結ばれなかったとしたら私は妹としても兄さんの傍にいられなくなる。妹であることがあの家で私が兄さんの傍でいられる理由だったの。でもあなたはそんな理由がなくてもいい」
「何ですって」
「実の妹であるなら傍にいる理由なんていらない!妹と言うだけであなたは兄さんの傍にいられる理由がある。でも私には妹を演じなければ兄さんの傍にいられない」
「傍にいられるだけで満足しろと言うのあなたは!!それがどれだけ辛いことか!!もし兄さんに愛する人が出来たら別の女を愛する兄の姿を見続けなければならないのよ!!」
イピーアの怒号にメリアンも怒号で答える。
「じゃああなたは愛する人が手の届かない遠くに行っても我慢できるの!!」
「それは!!」
「私はもうどんなに願っても兄さんの傍にいられない。兄さんと語り合うことが出来ない。もし兄さんが傍にいてくれるなら私を見てくれなくてもいい、ただ兄さんと話したい、兄さんの傍にいたい!そのためなら私は何でも我慢する。だけどっ!!」
そう言ってメリアンはイピーアを睨みつける。
「私はもう兄さんとの傍にはいられない。あなたのせいで!!」
にらみ合う二人。だがその隙をミツルは逃さなかった。
「塵王砂門剣・覆岩防壁斬」
ミツルとメリアンを残して後方にいる仲間を守るように半円形のドーム状の壁が出来る。
「ミツルさん!」
「メリアン、俺があいつを倒す。だから力を貸してくれるか」
「もちろんです!!」
即答するメリアンにミツルは指示を出す。
「やつの魔剣に俺の魔剣をぶつける。それで勝ってみせる。だがその衝撃で君やギラたちに被害が及ぶ。土魔法は防御力が高い。俺の塵王砂門剣の上からさらに君の土魔法でみんなを守って欲しい。そうすれば俺は攻撃に集中できる」
「分かりました、必ず皆を守ります。だからミツルも彼女を必ず倒して」
「ああ、約束する」
「ありがとうございます。大地の精霊たるノーム 鋼の意志と体をもちて大いなる加護を示せ 世界を隔て災いの火の粉より我らを守りたまえ サンドロック・グランドウォ-ル」
砂と岩で出来た壁がミツルの背後に出現しメリアンとその後方にいる仲間を守る。堅固なる岩とその隙間を埋めるように敷かれた砂、そうして出来た鉄壁の壁だ。
それを見てミツルはイピーアと対峙する。
「女子トークに割ってはいって申しわけないがそろそろ決着をつけさせてもらう」
「空気の読めない男はモテないわよ。その点私の兄様はあなたのように無神経ではないわ。やはり兄様以上の男なんて存在しないわね」
「嫉妬からの行動とは言え君はメリアンの恋路を邪魔した。人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて、と言う事だ」
ミツルの一言でメリアンの表情が怒り一色に染まる。
「殺す!」
妖しさを増した刃がミツルに牙をむく。
「蛮王赤針剣・殲滅式・赤陽毛細斬!!」
魔剣は魔力と人の負の感情を糧としてエネルギーにする。そのエネルギーが一定量溜まることで「魔剣の性能がさらに向上した」状態となる。それが殲滅式だ。
術者の毛細血管に至るまでの全身の血を糧に放たれる無数の血の刃。それは敵を跡形もなく殲滅する恐るべき技となっていた。
(まさか殲滅式を扱えるまでの使い手だったとは。だが、俺とて負ける事はできない!!)
殲滅式となった魔剣は通常の数倍の魔力消費を行う代償に通常の魔剣では太刀打ちできない威力を繰り出す。殲滅式を使えないミツルには対抗手段は一つしかない。
「塵王砂門剣・砂甲吸根斬」
ミツルを守るように半円形のドーム状の壁が出現し蛮王赤針剣の刃を受ける。すると砂の中にある無数の管に蛮王赤針剣の魔力と血が吸収され砂甲吸根斬の壁が赤く染まっていく。
「私の魔力を吸収している!」
敵の魔法による攻撃を吸収する魔力吸収の技だ。しかし殲滅式となった蛮王赤針剣の魔力をすべて吸収することは出来ない。ミツルの予想で全体の3~4割と推測していた。ミツルは怒王焦滅剣を床に突き刺し震王雷吼剣を抜く。
「震王雷吼剣・八雷戦陣斬」
八方から襲い掛かる雷の牙は回避不能の稲妻となって電光石火のごとく駆け殲滅式となった蛮王赤針剣の刃を3割りほど削る。震王雷吼剣を地に突き刺し怒王焦滅剣を引き抜いてミツルは特攻した。すべての感情を込めて最後の一太刀をミツルは振るう。
「怒王焦滅剣・灰燼無情斬」
剣に炎を込めて振るった刃は今までとは桁違いの熱量を持ち、残った蛮王赤針剣の刃を灰と化す。そして大技による攻撃で行動が止まっていたイピーアの腹部を斬る。
「あ、あれ」
何が起こったのか理解できずイピーアは自分の腹部を見た。そこは魔剣を残して腹に穴が開いていた。
「い、いやああああ!!!私がこんな虫ケラごときにいいいい」
次の瞬間イピーアの全身が炎に包まれ灰燼と化す。
「兄、さ、ま」
それが灰燼と化す直前の彼女の断末魔だった。
主を失った魔剣は刃を喪失させ空しく床に落ちた。殲滅式に対抗するために複数の魔剣を駆使する。ミツルの作戦はそれだった。しかし魔力を消費しすぎたミツルは膝を突く。
「俺の、魔剣で、勝った」
呂律の回らぬ口調でミツルは塵王砂門剣を見てそう呟いた。その様子はまるで自分と魔剣に言い聞かせるようだった。
それから魔法を解いたメリアンと後方で待機していたギラたちが駆けつけてきた。