六本の魔剣 ~連なる想い~
魔剣を作る方法は通常の剣の練成にある工程を加えるだけだ。それは鉄を加工するときに魔石を投じることだ。魔石にはあらゆる負の念が篭っていることが望ましい。魔石を内包した鉄は加工され魔剣となる。負の念は剣に特別な能力を与え魔剣と呼ばれる所以となる。
魔石とは魔力に長い間触れ続けることで出来る。それは魔力をもった人間が肌身離さず持っていても効果を得る。
俺が最初に作った魔剣には師匠のところに弟子入りしてから持ち続けてきた魔石を投じた。悔恨・後悔・憎悪・憤怒・殺意。すべての負の感情の篭った魔石を投じて出来た最初の魔剣が、無王虚空剣だ。
魔剣とは竜種にも対抗できる武器だ。
その能力は多岐に渡り魔法のように自然現象を操る能力から、音波を放つ能力、姿を消す能力など様々で能力によっては対抗できるモンスターの種類も変わってくる。
だがこの無王虚空剣の理論は通常の魔剣とは別の理論だ。暴闘翼竜を倒そうとする者の念が魔石に宿りそれを武器とすることで、暴闘翼竜に対してのみ強い力を発揮する、魔剣として作られた。ゆえに無王虚空剣は普段はただの剣とは変わらないが暴闘翼竜に対してのみ絶大な効果を発揮する魔剣となった。
その最初の魔剣を携えて俺は暴闘翼竜を探した。そして放浪の末についにその居場所を突き止めた。ある四足翼竜の群れがおりその群れの中にやつはいた。
「あいつが、やっと見つけた。忘れないあの角も、翼も、顔も、すべて!貴様があああああ!!」
俺は暴闘翼竜に向かって突撃した。しかし仇敵に斬りかかる前に取り巻きの四足翼竜に襲われ暴闘翼竜に近づくことすら出来なかった。
通常、四足翼竜と戦うには何人もの部隊を編成して挑む。人間が一人で四足翼竜に挑むなど通常は考えない。歴史上の偉人の中には単独で四足翼竜に挑んだ兵もいるが、あいにく俺はそんな偉人たちとは違う凡人だ。その場で四足翼竜の爪に体中を傷つけられながらも命からがら逃げ延びた。
魔剣は魔力を宿す武器だ。魔力を宿す武器をモンスターたちは警戒する。四足翼竜に囲まれた俺が奇跡的に生き残れたのも魔剣のおかげだろう。また逃げる合間に偶然拾った幾つかの魔石を懐に隠していた。
九死に一生を得た俺は取り巻きの四足翼竜を倒す魔剣を作ることにした。ルボス村と言う小さな村に住み工房をかまえていた俺はそこへ戻り魔剣を打った。
自分の復讐を阻む四足翼竜たちへの怒り、俺自身の不甲斐なさに対する憤り、逃げる時に拾った魔石で俺は第二の魔剣を作った。そうして出来たのが怒王焦滅剣だった。
怒りの感情が湧き立っていたのは怒王焦滅剣を作るまでの間だった。怒りを魔剣に吸い取られたかのように俺は冷静になる。これからのこと、暴闘翼竜を倒すためには四足翼竜を倒さなければならない。それは障害として大きく、二本の魔剣では足りないと言うことを察した。まだいくつかの魔剣が必要なこと。そしてもし仮にいくつかの魔剣が完成したとしても暴闘翼竜を探さなければならないと言うこと。その手間と労力を思い出し、復讐がさらにさきに伸びていることを実感した俺は深い絶望感に苛まれた。
そんな絶望感の中でも魔剣を作ることだけは止めなかった。震える心で作ったその魔剣が三本目の魔剣・震王雷吼剣だった。
ニ本の魔剣を作り俺はその試し切りのためにモンスター討伐を行った。村の近くに一目巨人の群れがいた。しかも全員が幻術を使う兵ぞろいだ。
無王虚空剣、怒王焦滅剣、震王雷吼剣を背中に背負い俺は一目巨人の群れへと突っ込んでいった。幻術をしかけてくる一目巨人に俺は震王雷吼剣で対抗する。
「震王雷吼剣・照魔鏡光斬!」
敵に向かって光が照りつけ敵の視界を一時的に奪う技で幻術を封じる。一目巨人は持っている武器で目を隠し光りから目を守ろうとするもの、光をまともに浴び失明するもの反応はそれぞれだった。
その間に怒王焦滅剣で一目巨人に止めを刺すといった作戦だ。そうして俺は一目巨人の群れを全滅させた。
その後、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
「俺は一体何をやっているのだろう」
本当に斬殺したいのは一目巨人ではない、暴闘翼竜だ。魔剣の効果を証明できたが本来殺したい相手ではない相手を虐殺したことに空しさを感じていた。
急がば回れ。
これは本命を倒すために必要な実験なのだと頭では分かっていても暴闘翼竜へ手が届かない歯がゆさが心から消えなかった。自分にも翼があれば飛んで行って暴闘翼竜と戦えるのだろうか。そんな妄想に浸ってしまうほどだった。
「一旦帰るか」
そう呟いて俺は家へと向かって帰って行った。だいぶ憔悴していたのだろう。この時の俺の後をつける人物がいたことに気付かなかった。
家に帰り体を洗い心を落ち着かせて一眠りしようとした。しかし心には空しさが広がり暴闘翼竜へ手が届かない歯がゆさが心から消えなかった。俺は心も体も疲れている状態で鍛冶場に入った。
復讐を遂げたくても遂げれない焦燥感。本当に復讐を果たせるのか、と言う焦りを打ち消すように魔剣を打った。
そうして出来たのが四本目の魔剣・飛王閃裂剣だ。
魔剣を作り終えた俺はそのまま意識を失い鍛冶場で眠ってしまった。
それからどれほど寝ていただろうか、俺は意識を取り戻した。
鍛冶場から出て風呂に入った。その後腹が減っていたので適当なものを作って食べた。満腹になり活力を得たところで家の外から扉を叩く人の声が聞えてきた。
「すいません!誰かいませんか!」
声は女性だった。俺は重たい腰を上げて扉に向かっていく。そしてそこを開けると一人の少女が立っていた。身長150cmくらいだろうか。
「私はメリアンと言います。先日あなたが魔剣を使って一目巨人の群れを倒すところを見かけました。あなたはもしかして魔剣鍛冶の方ですか!お願いします!私に魔剣を打ってください!」
メリアンと名乗った赤毛の少女は俺の名前も聞かずそんなことを言って来た。
ひとまず興奮した彼女に落ち着いてもらい話を聞くことにした。
「俺の事は誰かに聞いたのか」
「はい。私は兄の名をフィーロスと言います。この名に覚えはありますか?」
「フィーロスだって!!」
「やっぱり同じ魔剣鍛冶の元で修行されていた方なんですね」
「同じ時期に師の元に入った。いわゆる同期だ。俺はミツルと言う」
「あ、私はメリアンと言います。すいません名前も聞かずに不躾な頼みごとをして」
「構わないさ。フィーロスには世話になったからな。元気にしているのか」
普段他人とはコミュニケーションをとらないが俺だが彼の妹となれば話は別だ。
彼には借りがあるからだ。
しかし彼の妹を名乗る彼女の口から聞いたのは驚きの答えだった。
「兄は、死にました」
「!」
「いいえ、殺されたんです」
「殺された、だと」
「魔剣鍛冶としての仕事中に、殺されたんです!!」
憎悪を宿した瞳で彼女は話した。
フィーロスが貧しい家の出身である事は俺は修行時代に聞いていた。フィーロスには妹や弟がおりそいつらを養っていくために魔剣鍛冶になるのだと。魔剣鍛冶は金になる「相応のもの」を差し出すゆえに魔剣を作れば一生金に困らないだろう。それほど強力な武器なのだ。
しかしそれゆえに悪用されることもある。そんな悪用に気をつけるように師匠から言われていたのだが。
「ある日、兄に魔剣を打って欲しいと言う依頼がありました。兄はすでに一本魔剣を打っておりその剣で家族の生活は成り立っていました。だから兄は断ったのですが提示された金額が多かったことと弟の魔法学校の学費を代わりに払うと言う契約で魔剣を打つことにしました」
「依頼をしてきたのはどんなやつだ」
通常魔剣を作ってもらうことを依頼するのは金をもった権力者だ。
「魔道帝国・ドングラーの幹部と名乗る男です」
「魔道帝国・ドングラー!!」
魔道帝国・ドングラー。色々と黒い噂が耐えない大国だ。この大陸は北部の三大国、南部の群国国家に大別される。
北部には白城王国・ルシド。魔兵王国・ミュクザーク。そして魔道帝国・ドングラー。
南部にはいくつもの村が集まり作った群国国家。
三大国が均衡し和平状態の現在、三大国が目を向けているのがいくつもの村が並ぶ群国国家だ。領主と呼ばれる人間が収める村だがその規模が人口・面積・収益などの視点から見て村程度の規模しかない。
そのため領主は国と名乗れず村と名乗っている。そんな領主たちが集まり国としての形をなしたのが群国国家だ。お互いに不干渉で非協力の関係だが一つだけルールが存在する。それが「いずれかの村が大国に攻め込まれた場合すべての国が協力して戦う」と言うものだった。
数十年前に魔道帝国・ドングラーが村の一つを攻め群国国家はこれに対抗し侵略を押しのけた。それが群国国家の自信となり大国の脅威となった。以来群国国家を懐柔しようと三大国が動いているらしい。
特にその動きが激しいのが先の戦で群国国家に敗北した魔道帝国・ドングラーだ。領主を暗殺したり傀儡にしたりとあの手この手で群国国家の領地を広げているらしい。
「兄と私はドングラーの幹部と名乗る男に魔剣鍛冶として国に招待されました。そこへでドングラーの幹部と名乗る男の上司に出会ったんです。
それがドングラーの貴族、ブロドと言う男でした。ブロドにはイピーアと言う妹とクレイと言う弟がいて三兄妹弟でした。
兄はブロドと魔剣についての話があると言う事で別室に向かいました。私はイピーアとクレイの二人を話し相手にしていて、特にイピーアとは気が合いました。色々話をしている内に兄とブロドは戻って来ました。そして魔剣を作るためにしばらくここに滞在すること。私が手伝いとして一緒に滞在することを告げました。私は兄の力になれるなら何でもするつもりだったので手伝いを二言返事で引き受けました。
それから兄は毎日与えられた工房に篭り魔剣を作りを開始しました。私は薪集めや魔石の材料になりそうな石を集めていました」
「魔石の材料になりそうな石を集めていたのか?それはフィーロスの、兄の指示なのか?」
「はいそうです。魔石が急遽必要になるかもしれないと言って」
「そうか」
俺は気がかりなことがあったが彼女に話を続けるように促す。メリアンは話を再開する。
「やがて魔剣が完成しそれを引き渡した兄は家に帰ろうと言ってきました。私はやっと家に帰れることに喜びました。明日の早朝に出立するといって準備を急ぎその日は寝ました。
翌日私が起きると兄はすでに起きていたのか姿が見当たりませんでした。そして兄を探して屋敷の中を彷徨っているとイピーアと会って事情を話すと兄であるブロドの部屋にいるのではないかと言ってブロドの部屋まで案内してもらいました。ドアをノックするとブロドの声が聞えてきてイピーアが事情を説明すると扉越しに兄の声が聞えてきたんです。そして最後にやり残した仕事があるから先に帰っててくれ。俺も後からすぐに追いかけると言いました。私は兄の言葉を信じて先に帰りました。道中いつ兄が追いかけてくるかとやや遅めに歩きましたが兄は一向に帰ってきませんでした。
不審に思い屋敷の方に引き返しているとイピーアの姿が見えました。兄はやり残した仕事が一段落するのに数日掛かるので先に帰っていて欲しいと言う伝言と手紙を渡されたんです。
それを信じて私は帰りました。
けれど兄は帰ってきませんでした。私は再びブロドの屋敷に行って兄の行方を門番の兵士に聞きました。けれどそんな人物はいないといわれ、私がイピーアに会わせて欲しいと言うと、貴族の名を軽々しく呼ぶなと言って追い払われました。私は困惑の中で家に帰ろうとしましたが家に帰る途中に見つけた張り紙を見て目を疑ったんです。張り紙は行方不明になった者をさがす探し人の張り紙でした。そこに兄の事が書かれていました」
「屋敷にいるはずのフィーロスが行方不明?」
「はい。そのことを確認しようと再び屋敷に行きました。数日同じように追い返されたある日の事でした、探し人の張り紙の内容が更新され、そこには兄が死亡したと書かれていました」
「馬鹿な」
「そうです。馬鹿なことです。張り紙を出した出版社に問い合わせると死体はバラバラに引き裂かれて遺体と言える状態ですらなかったそうです。所持品から身元を確認できたらしいのですけど、遺体がそう言った状態だったため私たち家族にもその亡骸を引き渡せれる状態ではなかったそうです。兄は殺されたんです!!」
そう言って拳を握るメリアン。
「それから私たちの村の周辺に見慣れない怪物が出現するようになりました」
「見慣れない怪物?」
「上位人狼です」
「上位人狼!なぜそんな希少モンスターが?!」
獣士人狼。
人の遺伝子には獣だった頃の遺伝子が存在する。獣の遺伝子は人の遺伝子より小さいため人が狼になることは無い。だがごく稀に獣の遺伝子が人間の遺伝子と同じくらいの濃さを持つものが生まれる。そう言ったものが二つの遺伝子を持ち合わせた狼であり人である獣士人狼となる。
その数は希少で獣人化しなければ一見して人間と見分けが付かない。彼らは人間社会に紛れて暮らし一生を終えるか、もしくは獣士人狼であることがバレて村から追い出されるかのどちらかだ。
上位人狼は両親が獣士人狼であり生まれてきた子どもが獣士人狼であった場合、両親より強い力を持つ獣士人狼が誕生する。それが上位人狼であるわけだがその確立は低い。
ただでさえ人目の忍んで生きている獣士人狼の男女が出会うこと事体が稀であり、仮に出会って子を成したとしてもその子が獣士人狼である確立もまた稀だからだ。上位人狼は獣士人狼以上に希少で実際の目撃情報はあまりにも少ない。竜種よりも希少だと聞いたこともある。
「きっと兄はあの上位人狼の餌にされてしまったんです。貴族の屋敷で魔剣を打っているときに上位人狼が侵入してきて殺されたんです。だから私たちにも見れない姿になって」
怒りに震え拳を握るメリアン。一方で俺は情報を整理する。
「ちなみに今、フィーロスが出した手紙はもっているのか?」
「はい、これです」
そう言って手紙を見た俺は注意深く手紙の内容を確認する。
『 メリアンへ
後から追いかけると言ったが残った作業が予想以上に時間がかかる様子なので先に家まで帰っていて欲しい。魔剣作りの作業は神経を集中させる作業が多いためだ。鉄を欺き逃す、魔石は鉄を殺すだろう。そして鉄を魔剣と化す。
だが心配しなくても作業が終わったら必ず帰るからご飯を準備して待っていて欲しい。もしお金の心配をするようなことがあったら俺の部屋の机の一番上の引き出しにへそくりが隠してあるからそれを使うといい。
兄・フィーロスより 』
手紙を読み終えた俺の様子を見てメリアンが話しかけてきた。
「へそくりは少ないお金だったけど兄が私に見せたかったのはお金ではないことを悟りました。お金と一緒に魔剣鍛冶の師であるガクシュウさんの家の地図がありました」
「師匠の家の地図。つまり師匠に頼れということか」
「はい」
師匠は国の大物と繋がりがあったりするのでフィーロスが師匠を頼れといったのは正解なような気がした。
「ガクシュウさんの家に行き事情を説明するとギラさんと言う方を紹介されました」
何だか雲行きが怪しくなってきた。
「そこで優秀な魔剣鍛冶を紹介するからその人に魔剣を打ってもらいなさいといわれてここに来るように言われたんです」
「・・・」
俺は厄介ごとを押し付けてきた兄弟子を内心で罵る。
「お願いです!私に魔剣を打ってください!きっと兄はあの上位人狼に殺されたんです。兄の無念を私が晴らします」
俺は嘆息して彼女に答える。
「魔剣を打つには時間が掛かる。その間にも上位人狼は人に害を成すだろう」
そう言ってメリアンは表情を曇らせる。
「だから俺が上位人狼を退治する」
「え?!」
「フィーロスは同僚だ。だからせめてもの手向けに俺が上位人狼を退治する」
「ありがとうございます!」
そうして俺は魔剣を携えてメリアンと一緒に上位人狼狩りへ向かった。俺にはこの一件の全貌が見えたわけではない。色々な憶測が脳裏を駆け巡るがそれを確かめるために俺はメリアンと上位人狼のいる場所に向かった。
※
魔剣を背負い歩いていると隣で歩くメリアンが興味深そうな眼差しを送ってきた。
「魔剣は作らないぞ」
俺は魔剣鍛冶だが魔剣を打つ事は断っていることをメリアンに伝えている。俺が魔剣を打つのは自分のためで他人には打たないことを伝えると
「上位人狼を倒すのを手伝ってくれるなら構いません」
そう返事はしたがどうやら背中に背負っている魔剣が気になるようだ。
「魔剣は欲しいと思ったけど魔剣使いであるミツルさんが手伝ってくれるなら魔剣より心強いなって思います。ただ兄が何年も修行した魔剣鍛冶が打つ魔剣ってどんなものなのかな、って思ったんです」
どうやら単なる好奇心で見ていたようだ。
「そんなに良いものではない。それに見たいなら慌てずとも待っていればいい」
「?」
俺の言葉の意味を理解できず首を傾げるメリアン。
そしてメリアンが上位人狼を目撃したことがあると言う場所にたどり着く。
「少し離れていろ」
メリアンに距離を取るように言ってから背中の魔剣を抜く。
「飛王閃裂剣」
作ったばかりの魔剣を抜く。風属性の力を秘めたその魔剣は索敵能力に長けている。
「飛王閃裂剣・探爪遠遊斬」
風が爪のように鋭くなり地を這い遠方にあるもの見つけることが出来る技だ。
しかし索敵をしても上位人狼はなかなか見つからなかった。根気強く探していると隠れるように潜んでいたそれを感知した。
(こんなところに隠れるように潜んでいるとは相当な重症なのか。それならこんなところにいるのも理解できる)
俺はメリアンに声を掛ける。
「こっちだ」
魔剣を掲げたまま俺は走った。その後をメリアンが追いかけて来るのが足音で分かった。そこは川があり水の流れをせき止める堤防変わりになっている岩と岩の隙間に上位人狼がいた。
「これは」
「きゃっ!!そんな一体どうして」
そこには上位人狼の死体が転がっていた。狼のような毛深い体毛。鋭い爪に長い牙。体は明らかに人間とは異なる容姿をしていながら顔だけは人であり、そこには見慣れた人物が倒れていた。
「どうして、どうなっているの?」
困惑するメリアン。俺は知っていたためそれほど動揺はしなかった。また本人の意思も尊重してあえてメリアンには打ち明けなかったが、こういった形で露見することになるとは思わなかった。
「どうして兄さんが上位人狼の姿をしているの!」
そう言ってメリアンは俺の両腕を掴み問いかけてきた。言い逃れは出来ず俺は天国にいるであろうフィーロスに謝罪しながら真実を話すことにした。
「君のお兄さんは上位人狼だ」
「!!」
そうして俺は師匠の下にいたころの話をした。
※
俺が師匠の下で修行していたころ鍛冶修行の一環として森でサバイバルを行うと言う訓練があった。鍛冶師は自然の中から材料を探す。そのためにサバイバルを経験しておかなければならないと言う事らしい。
四人一組となって指定された期間の間にサバイバルを行う。その日は俺とフィーロスが森で食糧を採取してくる番だった。しかし急な豪雨で採取どころではなく俺とフィーロスは雨宿りをする場所をさがしていたその時、豪雨で地盤が緩んだ足下の地面が崩れ俺とフィーロスはそのまま塵芥のように土や木と一緒に流されるはずだった。
「ウオオオオンン!!」
フィーロスは命の危険が迫った瞬間、上位人狼となって俺を担いで土砂の中を流れる岩や木を足場にして跳んだ。そして土砂から逃れられた俺たちは九死に一生を得た。
「頼む!今見たことは黙っててくれ!」
命が助かった瞬間フィーロスは土下座してそんな頼みごとをしてきた。
「フィーロスは俺の命の恩人だ。お前がそう言うなら俺は誰にも言わない」
「本当か、助かる。ありがとう」
それはこちらのセリフだ。命を助けてもらったのだから。俺はここで死ぬわけにはいかないのだから。
それからフィーロスは自分のことを話した。上位人狼として生まれたこと。両親は獣士人狼で誰にも、家族にすらそのことを黙って生活しなければならない人狼種の苦労と精神的負担。まるで母親に話を聞いて欲しいと喋り続ける子どものように俺にすべてを話してくれた。
「獣士人狼だった父も母も最期まで上位人狼に生まれた俺のことを気にかけていた」
「両親はどうなった?」
「死んだよ。タチの悪いウイルスにかかってね。本当は発症した時点で病院に行けば良かったんだろうけど、病院に行けば獣士人狼だと分かってしまう。獣士人狼専門の医師がどこかにいると聞いたことがあるが、残念だがそんな人は近くにいなかった。だから病院に行かず病気のことを隠していたんだ」
それからフィーロスは家族にも友人にも自分の本当の姿を隠し続ける日々が続きその辛さを語った。
俺はただフィーロスの話を聞いていた。それが復讐者である俺が命の恩人である彼にできる唯一の恩返しだと思ったからだ。
※
そうして俺がすべてを話し終えたときメリアンは「そうだったんだ」と短く呟いた。それは俺にいったのではなく何かを納得したような言葉だった。
「私は、他の兄弟と血が繋がっていないんです」
そうして唐突に自分のことを話し始めた。
「両親は私が幼い頃に亡くなったらしく、兄とその両親である父さんと母さんに引き取られたんです。家族の輪に入れなかった私を兄は優しく迎えてくれました。兄は私を孤独から救ってくれた恩人なんです」
どうやら彼女は兄が上位人狼であることを受け止めたようだ。俺はそこでこれまで思ったことを包み隠さず話すことにした。
「まず最初にフィーロスが魔剣を作る直前に魔石の材料を集めることから引っかかった」
「え?」
疑問符を浮かべこちらを見え挙げてくるメリアン。
「魔石は魔剣を作るもっと前から準備しなければならない。薪も火を炊くために使うが貴族の工房だ、薪くらいは備えがあるはずだ。このことからフィーロスは工房から君を遠ざけたかったのだと推測した」
「それって」
「つまりフィーロスが呼ばれたのは魔剣作りではなく別の何かだったわけだ。そしてそれを根拠付けるのがこの前に見せてもらった手紙だ」
手紙は読ませてもらったあとメリアンに返した。胸元にしまった手紙を思い出し彼女は胸元に触れる。
「手紙には『鉄を欺き逃す、魔石は鉄を殺すだろう。そして鉄を魔剣と化す』とあるが、鉄を欺き逃すとは一般的に考えて可笑しな表現だ。しかしこれは我らの師ガクシュウ流の暗号だとすると話は通る」
「暗号?」
「魔剣鍛冶の修行の一環だ。鉄とは自分を示す一人称。つまり私は欺き逃す、転じて私は騙された屋敷から逃げると解釈できる。魔石は、相手もしくは仲間または敵対する者を指す二人称。転じてブロド兄妹に私は殺されるだろう。魔剣とは価値のあるもの、希少なものを意味する。ここで言う価値のあるもの、希少なものとはなんだと思う?」
「希少なもの、もしかして上位人狼?」
「そうだ。魔石は上位人狼のことを指し、私は上位人狼となる、と言う意味に捉えれる」
「!!」
「私は騙された屋敷から逃げる。ブロド兄妹に私は殺されるだろう。私は上位人狼となる。と言う事は」
「兄は、ブロド兄妹に騙され殺されかけた。そこで上位人狼となり危機を脱しようとした」
「そうだ。フィーロスは上位人狼と言う立場にありそんな彼がどれだけ孤独だったか想像に余りある」
「分かります。私も新しい家族が出来てからずっと孤独だった。どうやって新しい家族に溶け込めば良いか分からなかった。家族の中で血の繋がりの無い私の孤独を感じ取った兄は同じ孤独を抱える身で私に共感して優しく接してくれたんでしょう。そんな兄はもう・・・兄さん、兄ちゃん、お兄ちゃん・・・う、うあああああん!!!」」
膝をつき大粒の涙を零すメリアン。その中でミツルは拳を握っていた。暴闘翼竜のこと意外でここまで復讐心を燃やすのは始めてだ。
俺は決意を固めメリアンを一通り泣かせて、泣き止むまで待った。