2節 無と止
私は家に向かう最中だった。
周りの空気が変わった。いつも通ってる車の音も人々の音も聞こえない。立ち止まっているように見える。いや、全て止まってるんだ。
私は足早に家に近づくために走ろうとしたが、近くの電柱から眼鏡の真ん中部分を指で支えて声をかける者がいたので止まってしまった。
「よう、そんなに慌ててどこに行く?」
「家だが?」
「じゃあ、ちょっくら遊んで行ってもいいよな?止利華」
彼が文字を書くと地面から私の足に向かって花が集まってくる。リュックから本を取り出すことができない。
「さぁ、取らせてもらうぞ?」
近づいてくる眼鏡男はそう言う。
「無攻」
「無駄だ。それはただ張り付いてるだけだ。攻めてねぇよ」
「む……」
「考えてるのか?おせーな」
彼の手がリュックに触れる。
「無争」
「効かねーよ。アホが」
奴は私の背中にあるリュックのチャックに手間をかけているようだ。
「くそっ……」
私がそう呟いた時だった。陽気な歌が私の来た道から届いてくる。
「メルヘン♪メルヘン♪お花さんも動きたいよね♪なら願いを叶えてあげましょ♪ドールズライフ♪」
そこにいたのは店にいた金髪のあの女の子だった。彼女の歌で小さな人形というより花に黄緑色の手と足が生えたそれが私から離れていった。
「メアちゃん?」
「話は後よ。倒しましょ?」
「なぜお前が動ける?」
眼鏡の男がメアちゃんを睨みつけながらそう言う。
「なぜって……なんでかな?今日、そこの人と戦ったからかな?」
メアちゃんは私を指さす。眼鏡の男は不気味な笑いをしながら言う。
「なるほど。やっぱりお前も本も厄介だ。消えてしまえ。止雨」
空から雨が降ってくるように見える。私は指で漢字を書いて言う。
「無羽」
私の体を白い光の翼が地面から生えて雨を遮ってくれる。メアちゃんも妖術で大きな椅子の座席部分の底で雨宿りみたいな感じで防いでいるようだ。
「お兄さん♪お兄さん♪こいつを倒す方法はあるのかね♪」
メアちゃんは向かってそう言う。
「ない。けど、探す」
「なら♪なら♪遊びましょ♪眼鏡さん♪」
眼鏡の男はメアちゃんを見てにこやかに笑う。そして言う。
「いいよ、お前を苦しむのを見て遊んであげるよ。止血」
メアちゃんの顔が青ざめている。口を開けて体が震えている。
「さぁ、本を渡せ」
眼鏡の男はこちらを見るとそう言う。
本を渡したらメアちゃんが助かる。しかしこの本をあの男に渡したら何をされるか分からない。逆にメアちゃんをそのままに……なんて考えたくもない。こんなんだったら無視して家に帰った方がなんとかなっただろう。いや、待て。それだ。
「やだね。お前を倒してからじゃないと。無……」
「止……」
ひっかかったな。彼女の血相が良くなり、激しく咳き込んでいる。
「大丈夫か、メアちゃん」
「貴様ー!!怒ったぞ、止煮神」
大きな片手鍋とおたまを持ち白い布切れを着て頭に黒い角を生やした大きな人みたいなのが飛びながら私に近寄って来る。
「無向」
大きな人は動かないままそのまま煙のようにうっすらと消えた。
「止……」
「何でもかんでも……」
私は歩きながら叫ぶ。
「鼓……」
「止めてん……」
「じゃねー」と叫びつつ彼の頬に拳を力強くぶつける。彼は力強く吹っ飛ばされてその場に転がった。
車が動く音がした。私はスマホを取り出し少し離れたところで救急車を呼んだ。
メアちゃんの近くに行き、「ありがとう」と呟いてその場を去る。
私は道を歩いてくと、私の来た方向に向かって行き違う救急車のサイレントが聞こえてきた。
「コンビニでも行こうかな?」
私はコンビニに寄って食べたい物をそこで買った。そしてそのまま道のりを沿って家の玄関を開けて中に入るのだった。