3節 居場所なき者
最寄り駅を降りて帰路をしばらく歩く。ドアノブに手をかけると、ドアが開いているようだ。それを開けると笑顔で両親が目の前にいた。
昔はあったが、ここ最近では今見ている光景はなかなか見れなかった。しかし今日……今だけはこうして目の前に立っている。この笑顔なら「大丈夫?」などと聞かなくてもよさそうだ。
「ただいま」といつも通りの挨拶をして階段を駆け上がり自分の部屋に入る。
しかしそこで見た光景は自分の目玉がひっくり返ったかのようなものだった。
「父さん……、母さん……」
目の前にいたのは刃物で刺さった両親だった。
図書室でこの本を手にした時偽物だった感じを思い出して、身内にまで偽物がいるのかと思ってしまった。いや、二組の両親を同時点で見たからそう思わざるを得なかった。
そのときポケットから本が落ちた。
体が恐怖と後悔で揺れていた。
ページを目にする。
『復讐したいだろう。奴らは偽物だ』
『わかってる。でも……』
『指示通りにすると復讐はできる。では』
指示は次のようである。
ハンガーを取り出し取っ手を下にする。
取っ手を被せるようにして本を載せる。
そのとき後ろから声がしたので振り返って見たら復讐したい相手が揃っていた。
「あら見られちゃったわ。しょうがないわね。あなた」
「ああ。分かっておる」
「両親を返せ」
「口が悪い子ね。誰に似たのかしら」
「君だよ」
「いや、あなたよ」
「どっちも違う。あんたらの知らない両親似だよ」
「針蚊……」
「行くぞ。天射」
父親の手から刃物が出てくるのと同時にハンガーの先端から弓矢状の光が出て当たるはずだった。
「握壁……」
偽物の母親が言った瞬間、壁が父さんを守る。
刃物がこちらに飛んでくる。
(どうしてだよ。父さんも母さんも)
その時俺は無意識に下に垂れていた指が動いて口に出した。
「無我……」
刃物が自分の体を通過する。
「何よ、あんた」
「無斬……」
それを口に出してから目が覚めた。
しかし目の前には赤いイチゴを何個も壁に踏みつぶした血と彼らの死体があった。
「ごめんね。父さんも母さんも」
ハンガーを置いて逆に攻撃時に落下した本を拾い上げ、文字が書いてあるページを読む。
『激しい戦いだ。術の解説を書いておいた。
針蚊(新化 シンカ)……蚊のように針が飛んで行くが見た目は刃物である。
天射(転写 テンシャ)……お前に指示した技だが俺の能力だ。だが説明はしておく。弓矢状の光で攻撃する。当たった感触はAEDの電気ショックと同様である。
握壁(悪癖 アクヘキ)……壁を扱って防御する。
そういえば君のタイプは「無」のようだな。
君の技を説明する。
無我(漢字は同じ ムガ)……自分の心を無とし体に当たる攻撃は食らわない。
無斬(無残 ムザン)……斬る姿は見えないほどの素早さで斬る。
まだまだ君の能力は分からない』
私は次のように聞いた。
『これからどうすればいい』
『腹が減っては戦はできん。この意味、分かるよな?』
『つまり飯を食え……か』
『分かったら食えよ、バーカ』
(なんだ、この本。また急に喧嘩売ってきたぞ?まぁ、いいか)
私は冷蔵庫の中を開ける。中身は空だった。
「母さん、何食えばいい?」
廊下を歩き、自分の部屋の前に行く。
(そうだった)
横にある壁を拳で殴る。
(痛い。身体的ではなく、精神的に……)
私はリュックを背負い、リビングのテーブルに開かれた本を手に取る。
そこに『気を付けて』と書かれたのを見て、心の中で呟いた。
(分かってる、狙われてることぐらい)
そして外に出た。