1節 筆術世界
私が目を開けると、いつもの部屋が目の前で広がる。
「なんだ、夢か」
体を起こし、カーテンを開ける。『筆術』もどうせ夢だろう。私は枕の下を探ってみると硬い本があった。
そこには奴がいた。ページを開いてみる。
『お前はバカか?』
本のくせに朝から挑発とはいい度胸じゃねぇか。
『バカではない。アホだ』
答えずらそうな筆跡で返答をしてやる。
『アホか。なるほど。君はアホなのね。でもそれってどっちも同じじゃないの?あらやだ、アホに言っても答えられないか。うぷぷぷぷ』
なんだ、この本むかつく。っていうかなんで女の子が言いそうな口調なんだ?
『アホとバカの違いはわさびとからしの違いだ』
『まぁ、いいや。それよりも今の両親には絶対本を見られないようにしろよ。ひとまず今はリュックに入れ込め。いいな』
『入れとく』
そう書き残して本を閉じ、リュックに詰め込む。今の両親とは何だろうか。
「ご飯よー」
母親が扉越しに話しかけてくる。私は扉を開けてリビングに行く。父親もそこにいた。リビングのソファーで新聞を読んでいるようだ。
テレビを見るが、あまり変わってないようだ。いや、筆術を使う人々が画面に出ている。紙が飛んだり、ボート板が動いたりしている。
私は思わず母親が作ってくれたおかずを落としてしまいそうになった。
食事を済ませて身支度を済ませる。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
母親に挨拶を普通に交わす。何も変わりのない両親だったと思っていた。しかしこの時からすでに始まっていたんだ。
外に出てもいつも通り変わらないように歩く人たちが目に入る。電車の中もあまり変わらない。それでも誰かは筆術を使用できるんだ。
私は学校に着いた。学校名も作りも変わってないその場所に指を動かして魔法を使用している人々が目に浮かぶ。
「ねぇ、君。僕、本を探してるけど知らない?」
私の靴が入っている一列の下駄箱の下でしゃがみこんでいる男がいた。その男子学生を見たことない。眼鏡をかけてショートヘアにアホ毛が立っている。
「図書室にあるのでは?」
「あー、盗まれた……いや、取られたかなぁ?」
私がそう言うとその男はニヤニヤしながらそう答える。これ以上関わると本のことを漏らしてしまいそうだ。
廊下を歩いて教室に向かう。この中でも筆術の魔法は危険を犯さない程度に使用されていた。
男の先生が来てみんな静かになる。先生と言ってもここは大学であるからみんなをよく見ている担任とかではない。
「あー、そうだね。昨日、図書室で本を取られたらしい。全く科学という分野は役に立たないね。何がレーザー知能搭載だよ。盗まれちまってるやないかいなぁ。まぁ、なんだ。盗んだら返せ。俺はそれでいいと思うよ。他にいうことないし」
私はリュックにある本をちらっと見て返せないからこそ困る本だったらどうんだよ、と思った。
「さぁ、授業を……」
急に静かになった。先生が動かない。
いや、教室の生徒達も動かない。
それどころか時計も動いてないようだ。
私は本を見ようとカバンのチャックに手をかける。しかし重くて動かない。しかし三十秒したら少し動いた。ちょうど例の本を取りやすいぐらいに。
私は手を突っ込んで本を取り出す。他のものは重く固く感じるが、それだけは軽く今日の朝に触れたその感触が手に伝わる。
私は止まった世界に入り込んでしまうのだった。