3節 本と夢の世界
いつの間にか私は暗闇の中を下に向かって滑り台ののうに滑っていた。
激しく軋む音が聞こえてくる。
その音とともに男性の声が聞こえた。その声は若々しく大きな声だった。
「君は今からプライドをつけるためにそのまま下に落ちてもらう。下に着いたら、まず門を開けろ。ただし、しっかり心を整えてから開けることだ。その門から十歩歩いたところに建物がある。その建物の最上階に出口がある。お前のやることはその中にいる者を倒して上に行くことだ。戦いやすいように武器は下に落ちてる物を使え。ここはあくまで夢の世界だ。だが、目的を果たさないと夢の世界から出してやらない。ちなみに地獄っぽいムードにさせたから楽しめよ。ては、頑張れ」
私はためらいもなく、その男性の声を聞いていた。いや、聞くことしかできなかった。
身体が紐で縛られていたからだ。口さえも動かすことができなかった。
そして話が終わった直後にこの滑り台らしきものの底に滑り落とされたのである。
怪我はしなかったが、話が長すぎたので耳が疲れてしまった。夢の中なのになぜ疲れないといけないのだろう。
底に着いたら身体が自由に動けた。私の身体に紐なんて結ばれていなかった。夢の中とか言っていたから金縛りとかそういう類いの物が私を動けなくさせたのだろう。
息が苦しい。血の匂いが私の鼻を刺激して気分が悪くなるからだろう。誰が来ても心地のよい気分にはなりそうにないだろう。これが地獄のムードか。
さっきの男の声は出口についても言っていたが、後ろの滑り台から登れば入り口……。
そう思って後ろを見たが、それは存在せずに鼠色の壁に変わっていた。
つまり登るべき道も果たすべき道も一つというわけだ。
私は目の前にある赤い門を見る。その門は傷も汚れもない新品だった。その先にそびえ立つ建物も新しい。家とかではなく、まさしく城というような建物だった。そのこげ茶色が和風をなぜか感じさせる。
目の前の門の縁の上に次のように書かれていた。
『プライドなしには生きて帰れないこともあるだろう。しかし私たちは同じように年を取る』
前の文はプライドをつけろ的なことだろうが、『しかし』以降の文は何を言いたいのか理解出来なかった。
私はなんとなくその門を両手で押して開ける。簡単に開くようだ。
「俺の夢で勝手なことしてんじゃねえよ。くそ本がー」
誰もいないと思い、愚痴を大声でこぼす。
まっすぐ十歩歩いていく。横を見ると消えた滑り台らしき場所にあったあの鼠色の壁があった。上を向くと黒くて何も見えない。出口なんてあるのか、なんて首を傾げてしまうくらい暗い。
建物の扉を両手で押してみる。こちらも軽々しく開いた。中は真っ暗だった。
中から「お客が来たな」という男のような声が聞こえた。
私は何もしないと始まらないと思い、怖いと感じながらも数歩だけ前に歩いてみる。すると後ろの扉が大きな音を立てて閉まるのが分かった。それと同時に明かりが広がる。
建物の床に赤いしみが付いていた。おそらく血だろう。本の奴は悪趣味だな。城の中の作りはどちらかと言うと西洋のお城のような感じだ。でかい舞踏する広場があってその先に階段がある。そんな感じだろう。
ここには誰もいないようだから、どんどん歩き階段を見つけて二階に上がった。階段から上の階は見えない。どうやら大きな床がそれを邪魔しているようだ。
正座をして柔道着を着た三匹の鬼が二階で待っていた。
「ようこそ、地獄のプライドバトルへ。君は俺らと戦わないといけない。周りを見てみぃや。俺らに負けた奴らだよ」と赤鬼が威張って言う。
見ると骨が散らばっていた。気味が悪い。
「おいおい、それは言い過ぎだよ。俺らに負けたのは確かだが……。自分にも負けたんだ。こいつらは何度も頑張って戦ったのにこんなところで力尽きちまったんだよ。お前さんにはこいつら以上に頑張ってほしい。どんな手でも使って俺らを倒すんだ」と青鬼は顔を掻きながら言う。
私は柔道をあまり知らない。だから鬼が身につけているカラフル色の帯がどのくらい強いのかも知らない。そもそも『背負い投げ』など聞いたことはあるが、高校の授業でやったことぐらいしかない。ちなみに『背負い投げ』は危険なので柔道をあまりやったことのない私たちは止められていた。
鬼によると柔道のことを気にせずにどんな手を使ってもいいらしい。
「よし、始めようか。心の準備はいいか?」と赤鬼。
最初の相手は赤鬼らしい。私は返答する。
「もちろん、かかってこい」
「何も持たずに素手でいくのか。よし、いい度胸だ。だが、もう一度言うぞ。どんな手を使ってもいいんだぞ?」
「もちろん、分かっている」
「よし、ここの戦の礼儀を教えてやる。お前の相手が必ず片方の足を腰ぐらいまで上げる。その時、同時にジャンプ……。って、まだしなくてよかったんだが……」
「すみません」
「それですべてだ。よし、やるぞ」
赤鬼と話している間、他の二匹の鬼は静かに準備体操をしていた。そして赤鬼の言った礼儀を行って戦いが始まった。赤鬼が柔道技を仕掛けようと服を掴んでくるが、その左手を払い除けて右手で力強く赤鬼の胸に拳を一撃だけ食らわせた。赤鬼は白い目をしてその場で倒れ込んだ。
「ごめんなさい」
「謝る必要はない。パンチか。柔道を使わずにそう来るとはさすが人間だ。では、次は俺だ」
青鬼は私と向き合ってそう言う。
「よし、覚悟はできている」
青鬼との戦いが始まった。同じように掴んできたので赤鬼にやったように拳を一撃だけ食らわせたが、効果はなかった。しかし服を掴まれた際に足をめがけて蹴った。
「痛ってー」
青鬼はその場でしゃがみこむ。私が蹴ったところは膝から下の部分だった。
最後の鬼である黒鬼が近寄る。
「なかなかやるな」と黒鬼が言う。
「いえ、汚い手を使っただけですから」
「そうだな。俺も汚い手を使うタイプなんだよ。お前の服を俺は掴まない」
「どういうことだ」
「超能力だ」
「そうか」
他の人ならそう言われたら理解しにくいだろう。私だってあの本と出会い、あの魔法を目にするまでは理解しなかっただろう。というか本音的に理解したくないし。
「では始めよう」
黒鬼との戦いが始まった。
赤鬼にしたように黒鬼に拳を一撃だけ食らわせようとした。しかしその瞬間、黒鬼が指を動かしたら私の体が宙に浮いた。そしてそのまま黒鬼の上を通過して背を下にして宙から落とされた。言葉で表現するなら『空中背負い投げ』といったところか。
急に目の前が暗くなった。
気がついたら門の前で寝ていた。
『強いプライドなら勝ち抜くことが出来る。負けた時は我々は年を取る。そしていずれ壊れて君は夢から覚める手段を失う』
プライドとは何だ?
私は門の扉を開ける。先ほどは感じなかった扉の軋む音が聞こえた。
また歩くが、上から缶が目の前に落ちてきた。炭酸飲料らしい。缶は土に刺さっていた。
「あっ、ごめん。手が滑って落としたわ」
落としたじゃねーよ。当たったらどうすんだよ、と心の中で思いながら前を歩き扉を開ける。前回と同様に一階には誰もいない。二階には赤鬼も青鬼も復活していた。そして前回と同様に二匹を拳と足で倒していった。残りは黒鬼だけだ。
「戻ってきたな」
「プライド?そんなの関係ねー。戦う勇気とかを身につけてほしいだけだろ?」
「そうかもな?おや、今回は武器使用か。まぁ、そいつも悪くないだろう」
私が持っていたのはフロアにある骨だった。医学のことは知らないが、これが頭蓋骨だというのは分かった。
「行くぞ?黒鬼!!」
私は頭蓋骨三つを連続で投げる。まるでドッジボールのように投げる。一個は黒鬼のお腹に、もう一つは足に、最後の一つは顔面に直撃した。黒鬼はふらつきながら仰向けになって倒れ込んだ。
また負けたらまた戦うのかと思うと大きくため息を吐く。そして階段が先にあるのを見つけた。私が歩こうとした時に声がかかった。
『もういいや。戻ってこい。俺らの世界に』
私は無意識に体が勝手に逆立ちをする。そして足元から下に行くように落ちていく。滑り台的にいえば上るという感じか。床がどんとん通れるように開いていく。
私はある程度の所で無意識にまぶたを閉じた。