2節 本と魔法の意味
人の目線とか気にして学校の最寄りの駅に着いたが、今のところ変わった様子はない。
近くにあった公共トイレに入り個室トイレに入る。
ここに入ってしまえば誰にも気が付かれない。
公衆電話も考えたが、ガラス状で姿が見えてしまう。
リュックから本を取り出しページを開く。
次のページ……また次のページ……。
ひたすら先のページをめくる。
何も書かれてない。白色の紙が最後のページまで続いていた。
最後のページには文字が書かれていた。
『あなたは今から世を変えるための人である。しかし方法はこの本に書かれている。知りたいなら名前を読み仮名と漢字を書くとよい。書くページは一番初めのページに』
これは脅しか何かなのだろうか。
もしかして人の名前を書くと死んでしまうどこかのアレか。
いや待てよ。書く名前は自分の名前だ。
まさかそんなはずはないだろうと思い、名前を最初のページに書いてみることにした。
筆箱からペンを取り出し、黒字で縦書きに書く。
『海塚 幸平(読み→うみつか こうへい)』
書き終えた瞬間、ページに文字が現れる。同じように縦書きだ。
『海塚幸平。残念ながら私はあなたを殺さない。いやむしろ不可能。あなたは全てを変える人だから』
どうやら死なずに済みそうである。
なんかおかしい。
なぜこの本は何も書かれてなかったのに、文字が現れたのだろうか。そんなことを考えながら文字を読んでいく。
『急な状況に戸惑いを感じただろう。なぜさっきの奴らがこの本を欲しがるか分かるかな。イエス?ノー?記せ』
なぜ命令口調になっているのかは分からないが本の開かれているページに答えを書く。
『ノー』
『そうか。なら説明しよう。この本の題名通り、全てを変えられるからだ。奴らはこの世を全て支配する。偽物の世界をな。そうだ。奴らの術の説明をしよう』
説明はありがたいが、自分にも使えるのかと思いながら読み進める。
『それぞれタイプがあるが、まず基本的な行為を説明』
次のページをめくると文字がたくさん書かれている。文をまたいで始まる。
『しようか。奴らは言葉を発しながら指で漢字を書く。
あそこにいた女は火、男は氷である。
それぞれの技は下に書いた。
火砲(悲報 ヒホウ)……火が砲弾のように飛ぶ。
火散(悲惨 ヒサン)……火が広範囲に広がる。
凍散(倒産 トウサン)……冷凍化させすべてを壊す。
これらは魔法の一種、筆術だ。
魔法には魔術や呪術および妖術などあるが、これは日本で作られた魔法であるらしい。
君が使えるかは分からない。
ただ君は指示に従えばよい。
この本はポケットにしまっておけ。
何か質問はあるか』
気になった質問を書く。
『なぜポケットに?』
『困ったときにはすぐに読めるだろう。とにかく家に帰れ。電話はよせ』
何も書かずに言われた通り行動を移す。
そこから電車に乗り込んだが、いつもと変わりのない椅子に座る乗客や立つ乗客だらけだった。
周りにいた二人の女子生徒たちの話を聞くと、勉強の話をしているようだ。
「勉強ってさ、魔法さえできれば頭良くて効率がよくない?」
「そんな魔法、あるわけないでしょ?」
「そうかな……」
この時、私は何となく感じてしまった。何も変哲のない日常生活から魔法が使える世界に踏み込んでしまったのだと。それも映画で見たことのある杖を使う魔法ではなく、自分の指で魔法が使えてしまう世界に。
そしてもう一つ感じたことがある。それはまだこの魔法を使わない人間がいるということである。
夏の暑い気温の中で私は電車内の空調機で頭を冷やしながら自分の最寄り駅に向かい、そこで降りるのだった。
帰路をしばらく歩いて家に着く。学校の最寄り駅でいつも通りにスマホのSNSを利用して親に帰ることは報告していた。インターフォンを鳴らし、鍵を開ける。そこで私のことを迎える人はやはりいない。
「ただいま」と言うと、リビングの方から「おかえりー」という母親の声がかかる。いるなら顔を出せ、と思いながら階段を駆け上がり自分の部屋に入った。
リュックを置くと、扉越しに母親が声をかけてくる。
「風呂に入ってくれば?」
「うん、入るー」
と返事を交わして荷物を整理する。何となく触れたポケットに硬いものが手にぶつかった。
「これ、邪魔だな。でもタイトルからして出しておくわけにも行かなそうだし」
そう言って机の引き出しを開けて本を入れるスペースを作ってそこにしまう。
私は風呂に入るための身支度を済ませて私の部屋とリビングを繋ぐ廊下を歩いて風呂場に行き入浴した。
風呂に出てリビングに行ったが、何も変哲もなかった。私の部屋に行ってその本を見るが、そちらも平気だった。
その後、何の変哲もない日常生活を送った。そして寝る頃になって机から例の本を取り出して開いてみた。やはりこの本がどうしても気になってしまうからだ。
開いたページにはこう書かれていた。
『愚か者。これからどうなるかなんて知らないからこそ開けっていうのに。君にはプライドとかなんつーかそういうのないのか?』
どうやら本を手放して一人……一冊にさせたことに腹を立てているようだ。
『有名なツンデレか?』
『怒』
どうやら完全に怒らせたようだ。この一文字で伝わってくる。しかも赤字で。
『ごめん、怒らせた』
何も書かれない。
『ツンデレはかわいいよ』
やはり何も書かれない。いや、地味にかすれた文字で『、』と書かれている。汗みたいなことを示しているのだろうか。何も書かないで一分ぐらい見守っていると文字が現れた。
『寝たのか?寝てないなら私を枕の下に置いて寝れ。私を枕にして寝るなよ。あと今日は何も書くなよ。そしたら許してあげるから』
どうやらそれで許してくれるらしい。私は本の言う通りにして寝た。