刺青の女(卅と一夜の短篇第14回)
カタギになると、夏がつれえ。袖で腕を、襟で首を隠しとおさけりゃならねえ。元ヤクザがエアコンの利いた職場なんて、望むべくもねえ。現場での荷役作業、ありつけるだけありがてえ。夏に薄着で外に出られねえのも、温泉に入れねえのも自業自得だ。
彫りつけたモンモンは呪いだ。若気の至りというには、バカすぎた。「恋は盲目」なんて、むかしの人間はうめえこと言ったもんだ。惚れぬいた女の顔を、彫りつけちまった。首から胸にかけて、おれの体に女の顔が生きつづける。おれは年を喰ったが、モンモンは変わらねえ。女の顔は、あのころのまんまだ。
消せねえモンモンに、おれは悶々としている。おれの心んなかにはもう、女の影も形もねえ。女に飽きちまうことを、まったく予期しちゃいなかった。愛は永遠に減らねえと思っていた。
センセエのところで入れてもらったこのモンモンを、消してもらおうとしたときからだ。モンモンの女が、喋りやがったんだ。おれの肌の上で、絵の女の口が動く。おれへの恨み言を吐きだしやがった。センセエは驚いて、そんでもってよろこんだ。「伎芸天の思し召し」云々と跳びはねまわった挙句、最後は自分で首を括っちまった。巧言令色、喋るモンモンに乗せられちまった。冗談じゃねえ。
いったいどこから声を出してやがる。声はまるっきり、あの女の声だ。あの女がきちんと生きていることは、舎弟に調べさせた。女の生き霊が、モンモンに憑いたんか……いや、女もそこまで暇じゃねえだろう。組長のイロに収まったって話だからな。
このモンモンは、あの女であってあの女じゃねえ。消せねえ呪いのために、おれはほかの女を抱けねえ。ほかの女を知らねえまんま、死ぬんだろうな。
「ねえ、アンタ。寿司食べたいんだけど」
ああ、うるせえ。モンモンのくせしやがって、生意気に飯なんて食いやがる。口をあけて食ったさきは、おれの胃に繋がってやがる。こいつに食わせて、おれの腹がみたされる。こいつも気まぐれだから、いつ飯を要求してくるかわからねえ。だからヘタに飯も食えねえ。おれの胃袋なのに、ふざけんじゃねえ。
夏がつれえ。おれもつれえが、こいつもつれえ。小声で「くせえくせえ」と泣きついてきやがる。へっ、ざまあねえ。おれの汗を味わいやがれバカ。