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異世界で革命指導者  作者: 月無し
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戦力拡張


 さて、折角ネロとの協定を結んだんだ。これを有効活用しない手はない。


「それじゃあ早速で悪いが、一つやってほしいことがある」


「確かに早速ですね。ええ、構いませんよ。こちらで出来ることであれば」


 大層な話じゃないさ、と軽い口調で前置きしながら、


「武具防具を都合してくれ。少なくても百人分、可能なら二百人分くらいは欲しいな」


「ほう、装備ですか。それも大量の」


 ネロの目が細まる。こちらの真意を探ろうとする視線だが、別に隠すつもりはない。


「まずネロたちに言っておくと、俺たちはゼルエンを叩く算段を立てている。それは――」


「奴隷の解放のため、ですか?」


 上書きするようにこちらの答えを先取ったネロ。

 まさかそこまで知っているとは思っていなかったので、驚きを隠せない。


「……それも『未来予知』で知ってたのか?」


「いいえ。単なる推測です。そちらにいるシャロンさんは奴隷として登録されていましたが本来の買い手はあなたではありません。そんなあなたがシャロンさんと一緒に行動している。更に奴隷商と接触し、ゼルエン男爵が売った村人とほぼ同数の買い注文をした。あなたが将来的に貴族と対立することを知っている私であれば、ここまでの情報でおおよその推測は出来ますよ」


 そもそもどうやってシャロンのことを知ったのかとか、ついさっきの奴隷商との取引内容が何故もう耳に入っているのか、とか思うところはあるが、それこそネロの実力ということなのだろう。

 行き着く先がわかっているからこその推論と言えば確かにそうだが、散りばめられた情報を速やかに収集し、それらを筋道立てて一本の線に落とし込むのは簡単なことじゃない。

 あの野望も決して大言壮語ではない、か。……可能な限り敵に回したくはない相手だ。そう思わせることさえもネロの思惑に入ってるんだろうが、な。

 ともあれそこまで理解しているのなら話は早い。


「おそらく奴隷の解放だけなら俺とシャロン二人だけで事足りる。問題はその先、ゼルエンと対立した時だ」


 奴隷は一ヶ所に集まるように仕向けた。奴隷商も同様に集まってくる。ある程度の護衛もいるだろうが、俺とシャロンならこれを叩くことはさほど難しくないだろう。

 最悪もしネロやロジャーレベルの人間がいても、最優先目標は奴隷の解放だ。倒す必要がないのなら、やりようはいくらでもある。


 ただゼルエンと戦う場合は話が違う。

 貴族はお抱えの騎士たちがいる。奴隷商が雇う護衛やその辺の山賊とは練度からして格が違うだろう。更に言えば数も比較にならないわけで、二人だけでは明らかに戦力が足りない。

 となれば戦力を用意する必要があるわけだが、人手に関してはあまり心配していない。奴隷商たちを叩き、奴隷解放の事実と共に打倒ゼルエンを謳えば、ゼルエンを恨む者たちが結構な数集まるはずだ。


 とはいえ所詮寄せ集め。本来なら烏合の衆と言っても良い。だが俺には『才能開花』があるし、場合によっては『才能増幅』もある。個人の力量に関しては大きく引き上げることが出来るだろう。

 だが能力自体はどうにかなっても、彼ら全てを素手で突っ込ませるわけにはいかないだろう。戦力の充実、成功率の上昇、あらゆる意味で彼らに持たせるための装備は必要不可欠だ。


 ただここで問題が出てくる。資金自体は山賊の置き土産があるから良いが、いきなり百人規模の武器を買い集めたりすればどうしたって目立つ。目立てばゼルエンに先手を打たれる可能性が高くなり、下手をすれば商人に圧力が掛けられて装備を買えない、なんてことにもなりかねない。

 その点、元々商人であるネロが多くの装備を揃えようとしてもさほど目立つことはないだろう。目敏い者は何かあるのではと考えるかもしれないが、それでも俺が買い集めるより断然人目を誤魔化せる。


「……というわけでネロに頼みたい。もちろん金は支払うが、時間はあまりない。迅速に集めて欲しい」


「わかりました。こちらとしてもその戦いでユウヤさんに負けられては困ります。質の良い武具を集めること、確約いたしましょう」


「ならその言葉、期待させてもらおう」


 最後に握手を交わし、俺とシャロンは商館を後にした。



 ☆ ☆ ☆




 商館を出る頃、既に空は夕焼けに染まりつつあった。

 人によっては早い夕食時だろう。通りにある飲食店から良い匂いが漂ってくる。その匂いに釣られてしまいたい気もするが、今日はまだ行くべきところとすべきことがあった。


 先程ネロに言った戦力の拡張。ゼルエンとぶつかることを考えれば避けられない問題だが、欲を言えば俺やシャロンレベルの個人戦力がもう少し欲しいと考えていた。

 後日対ゼルエンのために集める戦力の中にそういった素質を持った人間がいる可能性もあるだろうが、確実性はない。

 なので、奴隷を解放するまで時間のあるいまのうちにこちらからスカウトしに行こう、と考えたのだ。


 ここに来る道中で『真理直結』に「ゼルエンないし貴族に対し恨みを持っている」「『才能開花』『才能増幅』でシャロンと同等以上の力を持つ可能性がある」「ゼルエン領内、あるいはその近隣にいる」の三つの条件をクリアする人物をリストアップしてもらっていた。


 その数は四人。個人的になかなか多いと思ったが、うち一人は既に奴隷として売られていて、もう一人はどういうわけかゼルエンの騎士だったので接触が難しい。この二人はひとまず諦めるしかないだろう。

 残る二人のうち一人はゼルエン領東端の村にいるため、これは明日向かう。そして残る一人がこの街にいるということで、ひとまずその人物に接触し、可能なら仲間に引き入れようと考えていた。


 もちろんこれはシャロンにも伝えてあり、了承は得ている。

 いまから向かうのはその人物が働いている飲食店なので、夕食もそこで済ませようという魂胆だ。


「ところでユウヤ様、調査の報告はどうしましょう?」


「あぁ、それは明日聞かせてくれ。道中が長いしな」


 俺が商館に向かっている間にシャロンに調べてもらっていた内容は、それ如何で今後の動向をいろいろと考える必要がある。といっても一日も早く欲しい類の情報ではない。思わぬネロたちとの話し合いで時間が削られてしまった以上は、明日に持ち越して構わないだろう。


 そんなこんなで歩いていくと、目的の店に到着した。

 看板に書かれている文字は日本語ではないが、『羽休め亭』と書かれていることがすんなりと理解出来る。言語が通じてる時点で何かしらの力が働いていると思っていたが、文字にも適用されるようだ。


 早速ドアを開いて店内に入る。カランカラン、とドアベルが鳴り、カウンターの奥にいた初老の男性が「いらっしゃい」と微笑んだ。

 店はそれほど大きくない。民家を一回り大きくした程度で、おそらく二十人弱も入れば満員だろう。

 華美な装飾は一切なく、内装は実にシンプルだ。殺風景に見えないこともないが、落ち着きがあって俺にとっては好ましい。

 街の中央から外れている立地か、あるいは時間帯のせいか、客はまだ少ないので好きな場所へ座って良いということで、俺たちは一番奥のテーブル席に腰を下ろした。


「ユウヤ様、何食べますか?」


「シャロンに任せる。美味しそうなのを選んでくれ」


 そうですか? と小首を傾げるシャロンに俺は曖昧な笑みを見せるしかない。

 これまでいくつか村を経由しているから、この世界の料理が普通に食べられるものであることはわかっている。ただ文化が違えば食事も違うわけで、世界が違えば材料も調味料も異なる。つまりはメニューを見たところでどんな料理なのかさっぱりわからないのだ。

 少なくとも日本食に近いものは未だ見かけてない以上、現状では適当に選ぶしかない。その中で好物となるようなものが出てくるのを祈るとしよう。

 しばらくメニュー表を眺めていたシャロンが一つ頷き、カウンターにいる男性に向けて手を挙げる。


「すいません、注文良いでしょうか?」


「……はい」


 しかし反応したのは女性の声で、シャロンの真後ろからだった。

 まったく存在に気付いていなかったんだろう、シャロンは肩を大きく揺らして弾かれるように振り返る。


「っ!? あ、い、いたんですね。ビックリしました……」


 そこにいたのはシャロンよりもやや小柄な少女だった。

 一番目が引かれたのはこの世界に来てからあまり見かけない黒髪だ。後ろは三つ編み二本に結っているが、前髪もなかなかに長くてほとんど両目が隠れてしまっている。それもあって表情というものが読み取れない。

 そんな彼女はぺこりと小さく頭を下げて、


「……すいません。どうもわたし、存在感が薄いらしくて」


 ……薄いなんてもんじゃない。シャロンの後ろということは俺の正面になるわけだが、正直シャロンに声を掛けるまで俺でさえ幻覚かと疑ったレベルだ。むしろ常時展開している『広域掌握』がなければシャロン同様存在にすら気付けなかっただろう。


 だがそれも無理はない。何せ彼女は異能力『気配遮断』の持ち主だからだ。

 この少女――リリアナ・セイナードこそ、俺たちがここに来た目的の人物である。

 

「……それで、ご注文は?」


「あ、そ、そうでした。えっと……」


 慌ててシャロンが注文すれば、リリアナは軽く会釈してさっさと下がっていく。

 カウンター越しにマスターに注文を告げたのだろうが、そこでマスターが小さく驚き、頷いて調理に取り掛かっていた。


「ユウヤ様、あの人が……」


「あぁ、彼女がスカウト対象だ」


「私もある程度気配とかわかるようになってきましたけど全然気付けませんでした。むしろいま目で追っていても見失ってしまいそうです」


 さっきのマスターの反応からして、長い間一緒にいた相手でさえ存在に気付かないレベル、か。『気配遮断』の異能持ちとは調べてあったが、こうしてその効果を体感するとなんとも恐ろしい能力だ。

 しかし、だからこそ彼女はこうして生き延びている(・・・・・・・)


 と、俺の『広域掌握』の圏内に入ってきた新しい人間を知覚し、その詳細を知って思わず眉を顰める。

 しかも進行方向からしてこの店に来る可能性も高い……。この状況、吉兆どちらに転がるか。どちらにしろシャロンには伝えておく必要があるだろう。


「シャロン。いまから君に認識阻害魔法を掛ける。効果は高くないから、あまり目立つことはしないように」


「わかりました。……奴隷商ですか?」

 

 シャロンには俺が異能である程度の範囲内を知覚することが出来ると伝えてある。それを瞬時に察したのだろう。そして顔を隠す必要がある相手として奴隷商を真っ先に挙げるのは自然だが、実際は違う。


「ゼルエン領の騎士だ。どうして隣の領地にまで出張ってるかはわからないが、いま顔を覚えられるのは得策じゃない」


 騎士と告げた瞬間、シャロンの顔が剣呑なものになる。彼女にとってゼルエンの騎士は、突然村に攻め込んできて問答無用で捕えられ、奴隷となる切っ掛けを作った憎い相手だ。

 だがここで騒動を起こすことが不利益しか生まないとわかっている彼女は、努めて表情を押し殺す。

 

「……そうですね。静かにしておきます」


 小声で認識阻害魔法を俺とシャロンにかける。闇魔法の中位クラスで、相手を特別意識しない限りは気付かれなくなる代物だ。逆を言えば一度意識されてしまえば効果はほとんどなくなってしまうため、リリアナの『気配遮断』ほど使い勝手は良くない。


 いつの間にやら置かれていた料理(おそらくリリアナだろうが、騎士の動向に注意しててまったく気付かなかった)を、食べながら様子を見る。


 すると案の定、三人の騎士たちが店内に入ってきた。

 男が二人に女が一人。皆傷一つない甲冑に身を包み、傍目にわかるほど淀みない足取りでカウンターに腰掛けていく。

 何度も戦場に出向いた人間特有の圧力を感じる。この三人、なかなかに優秀そうだ。


「ん?」


 何かに気付いたように騎士の一人が周囲を見渡す。


「どうしたジェイス?」


「いや、いま殺気を感じたような……気のせいか」

 

 ジェイスと呼ばれた騎士はもう一度だけ視線を一周させ、苦笑しながら談笑に戻っていく。


 前を見れば、わずかに首を横に振るシャロンの姿。殺気を出したのは自分じゃない、と言いたいんだろうが、それはわかってる。そしてもちろん俺でもない。


 視線を転じれば、先程までと打って変わって動揺している様子を隠せていない人物。そう、一瞬だけ殺気を放ったのは、壁際に佇んでいるリリアナだった。


 彼女の詳細は『真理直結』によって調べてある。その過去を思い返せば、彼女がどれほどゼルエンとその配下の騎士たちを憎悪しているかは想像に難くない。思わず『気配遮断』を通り越して殺気が溢れ出てしまうのも納得出来るほどに。


「しかし、贈答用とはいえゼルエン男爵がお気に入りの奴隷を譲るとは思わなかった。それだけ今後懇意にしたいということだろうか」


「いや、単に飽きられたのだろう。欲しい物はどんな手段を使ってでも絶対に手に入れるくせに、いざ手に入ってしまえばその興味は次に移ってしまうお方だからな、あの人は」


「そのせいで金が飛ぶように消えていく。領の税も上がっていく一方だし、そのうち私たちの賃金も減るのではないかと心配でならないわ」


「それはないだろう。『金は力、力は金』を座右の銘にしているあのお方にとって我ら騎士の精強さもステータスの一つ。我らの士気を下げるような真似はするまい。むしろするようなことがあれば、それがゼルエン男爵の最期だろうさ」


「違いない」


 小さく笑いあう騎士たちの話題は雇い主であるゼルエンのもの。聞こえてくる彼の人物の人となりは予想に違わない下種っぷりのようだ。

 見ろ、おかげでシャロンの眉がどんどん釣り上っていく。このまま放置していれば遠からずこの店が火の海になりかねない。


「シャロン、抑えろ」


「っ、すいません……」


 小声で指摘すれば、恥じ入るように俯く。膨れつつあった怒りは沈静化したようだが、それは抑えつけただけであっていまなお心中で燻っているに違いない。

 これ以上ここに留まるのはシャロンの精神衛生上よろしくないかもしれない。一旦店を出るか、と考えたところで、


「おい、荷馬車の番から催促の連絡が来てるぞ」


「カードで負けたんだから諦めろ……って言いたいところだが、仕方ないか。店主、残りを詰めてもらって良いか」


 歩いて来たことを少し不思議に思っていたんだが、離れた場所に荷馬車を止めていたようだ。『広域掌握』を小さく展開していたから気付かなかった。

 騎士たちは残った料理を持ち出し用の紙箱に詰めてもらって、嘆息しながら店を出て行った。


 そして店内の誰も、騎士たちでさえ気付かなかっただろうが、リリアナも姿を消していた。

 ……嫌な予感しかしないな。


「追うぞ」


「良いんですか? 今日の目的は……」


「彼女が騎士たちを追って出て行った。一悶着あるかもしれん」


「! わかりました」


 さっと見渡しリリアナがいないことにようやく気付いたシャロンが慌てたように立ち上がる。

 テーブルの上に代金を置いて俺たちも後を追った。


 空は既に暗くなっている。街の中央から離れたこの一帯は街頭の数も多くはない。彼女にとってこの状況は好都合(・・・)だろう。むしろ都合が良すぎて動くのを躊躇わないに違いない。

 

 どっちへ向かったかは『広域掌握』でわかっている。急いで向かうも、既に騎士たちと彼女の距離は重なりつつあり、


「ぐああああああ!?」


 響き渡る断末魔。壁際に寄って角の先を覗き見れば、


「ジェイス!!」


「くそ、こいついつの間に……!?」


 一人の騎士が首から盛大に血を撒き散らせて倒れ伏せている。おそらくジェイスと呼ばれていた騎士だろう。

 その傍らに幽鬼のようにゆらりと立っているのは、返り血で真っ赤に染まったリリアナだった。


「……ゼルエン。それに従う騎士たち。わたしは絶対にお前たちを許さない」


 両手に持っているのは包丁だろう。その一方、赤く染まった包丁を残った騎士たちに差し向け、


「……お前たちはここで死ね」


 風に揺れて黒髪から覗き見えた瞳は、その静かな口調とは裏腹に、煮え滾った激情を灯し騎士たちを睥睨していた。

ちょっと間が空いてしまいました。次も少し空くと思います。

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