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異世界で革命指導者  作者: 月無し
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『戦う』ということ

 兵士は平時、日々訓練に励んでいる。にもかかわらず、実際の戦場に立ったら訓練で出来たことがまったく出来なくなるのだ。

 それは緊張であったり、恐怖であったり、焦りであったり、怒りであったり、様々な感情がないまぜになった結果と言える。

 実際俺も初陣のときは酷い有様だった。先任の方々の足だけは引っ張るまいと思っていたのに、結局は盛大に足を引っ張った。


 訓練で武器の扱い方をマスターしたとしても、戦場でそれを十全に扱えなければ意味はない。

 シャロンが戦う力を求めたのは身近な人間を守るためであり、復讐のためだ。つまりそれは確実に人との殺し合いに繋がる。

 いかに『才能開花』で戦うための力とその技術を得たとしても、『戦う』ということを漠然と頭で理解していても、そんなものは実際の戦場の経験には劣る。


 実戦が、経験が必要だった。だから俺はいまシャロンに最終課題を突きつけた。


「シャロン、来るぞ。――戦え!」




 ☆ ☆ ☆




 レッドベア、という魔獣の咆哮に思わず頭が真っ白になる。

 魔獣を見るのは初めてじゃない。だけどこんなに間近で、それも自分を捕食対象として見られたことなんて、なかった。


「シャロン、来るぞ。――戦え!」


 耳に届く、ユウヤ様の声。

 そうだ、戦うんだ。戦わないと、殺される。食べられる。


 そんなのは嫌だ。私には目的がある。そのためにユウヤ様に授けられた力もある。こんな、こんなところで死んでなんかいられない……!


「ふ、『ファイヤーボール』!」


 魔法名を唱え、出現した三つの火球を一気に魔獣へ発射する。まだ魔法を使い始めて二日しか経っていないのに、もう何年も慣れ親しんだかのような理解がある。

 本当は『ファイヤーボール』を同時に複数形成するのも簡単じゃないらしいけど、これくらいなら意識せずとも出来るんだから!


 速度も威力も大丈夫。当たれば勝てる! そう思っていたのに、三発の火球は横に跳んだレッドベアにどれ一つ当たりもしなかった。


「え!?」


「相手は生きてるんだ、避けるに決まってる。相手の動きをよく見ろ。先を読め。そして放心するな! 攻撃が来るぞ!」


「っ!」


 レッドベアの口から炎が物凄い勢いで吐き出される。咄嗟に左に避けたけど、足が竦んで数歩で転んでしまう。

 それを魔獣は見逃さない。こちらに顔を向け、また炎を吐き出す……!


「『ファイヤーシールド』!」


 火によって形成された球状の防護幕が展開され、その炎を遮断する。『詠唱破棄』がなかったらいまので多分死んでいた。

 でも防ぐだけじゃ駄目だ。攻撃をしないと、近付かれちゃう!


 ユウヤ様と魔法の使い方を練習する上で教えてもらったことがある。

 私は魔法使いとしての技能を持っていても、それだけしかない。身体能力はまったく変わってないから、相手に接近されてしまえばどうしようもなくなる、と指摘された。

 ではそうならないためにはどうすれば良いか。それは『詠唱破棄』を利用した魔法の手数で相手を近付かせないこと。それが私に出来る最善の手であると同時に唯一の手。


「『ファイヤーボール』!」


 だから攻撃を絶やしてはいけない。手を止めてはいけない。魔法を使えても私自身は弱いままだから、相手の動きを止めなくちゃいけない。

 ……なのに!


「止まらない……!」


 レッドベアはとても大きな魔獣なのに、その見た目に反して物凄く俊敏だ。ユウヤ様のと比較しても随分と大きい私の『ファイヤーボール』が危なげなくかわされてしまう。

 知能も高いのか、こっちに炎の吐息は効かないと判断して回避に専念して、徐々に距離を詰めてきている。


 ならこっちも距離を離さないといけないのに、足が全然言うことを聞いてくれない。ただガタガタと震えて、立ち上がることさえ難しい。


「どうして、どうして、どうして……!」


 戦う力を手に入れた。皆を守れるだけの、理不尽な暴力を跳ね除けるための、そしてあの憎き貴族を討つための力を。

 戦う、ということを軽んじていたつもりはない。いずれは同じ人を殺すようなことがあることも、納得していた。……していたつもりだった。


 なのに! 立って動く、そんな簡単なことさえ上手くいかない!


「Gaaaaaaaaa――!!」


 気付けば既にレッドベアの爪が届く距離。振り上げられた爪はじゅうじゅうと空気を熱して周囲の像を歪めている。

 直感で悟った。あれは『ファイヤーシールド』でも防げない……!


「ううう! 『ファイヤーボール』!」


 無我夢中で自分の足元に『ファイヤーボール』を発動する。

 地面に着弾し爆発した反動で転がり、ギリギリで赤熱の爪を回避した。


「ぐっ! う、ぅ……げほっ、ごほっ!」


 私に火魔法は効かない。これはユウヤ様と一緒に試してもうわかっていることだ。だから足元に『ファイヤーボール』をぶつけても、それで火傷したりすることはない。

 でもその反動の衝撃や転がって出来た擦り傷、地面にぶつけた背中の痛みまではどうにもならない。


 痛い。痛みで、意識がふわふわする。

 何で? どうして? これくらいの痛みで、どうしてこんなに視界が震えるんだろう。


 ……ううん、違う。わかってる。足が震えるのも、視界が霞むのも、原因は痛みなんかじゃなくて――、


「Guaaaa!」


「っ!? ふ、『ファイヤーボール』ッ!」


 獲物を逃した怒りなのか、さっき以上に機敏な動きでこっちに迫って来る魔獣に慌てて火球を放つ。

 けど何度撃っても、どれだけ撃っても、当たらない。むしろ気のせいかレッドベアの顔に嘲りすら浮かんでいるように見えてしまう。

 駄目だ。このままじゃ駄目だ。これじゃあ状況を打破出来ない。殺される。食べられてしまう。力はあるのに。戦えるのに。その意志はちゃんと持っていたはずなのに。


 怖い。


 奴隷商たちに捕まったときや、山賊たちに押し倒されたときとも違う。もっと根本的で、抗い難い、生物としての本能。

 命を奪われるということ。そのために近付く敵と対峙するということ。殺意を浴びるということ。


 これが……『戦う』ということ。


 甘かった。理解が及ばなかった。

 力があるから戦える。そんなの勘違いも甚だしい。

 戦うためには、力があっても、覚悟があっても、知識があっても、まだ足りない。

 それだけでこの恐怖には打ち勝てない。


「あ――」


 気付けば、迫ったレッドベアにとって再び必殺の間合い。でも声が出ない。口がパクパクと開くだけで、喉から何も出てこない。これじゃあ魔法も使えない。


 駄目だ。無力だ。戦う力を手に入れても、私の本質は何も変わってない。迫りくる暴力を成す術なく見ているしか出来ない、無力で無様な自分。

 情けなくて、悔しくて、涙が出る。

 歪んだ視界の中、私の命を奪う爪が振り下ろされて――、


「戦うことを、生きることを諦めたな。シャロン」


 ……来なかった。


 割って入った背中が、爪から私を守ってくれた。

 ユウヤ様だ。

 あぁそうだ、山賊を一瞬で壊滅させたこの人なら、レッドベアだって……。

 

「っ、ぐ……」


「え」


 その背がぐらりと揺れて、膝から崩れ落ちる。

 一瞬その意味が理解出来ず、まさかと思って慌てて駆け寄ると、


「そんな……ユウヤ様ッ!!」


 胸からは大量の出血と、ジュウジュウと肉を焼いたような嫌な臭いと煙。ユウヤ様はレッドベアの爪によって大怪我をしていた。

 なんで? どうして? これも私のせい? 私のせいで、恩人が死んでしまう……?


「掴まれ!」


 ユウヤ様の声に咄嗟に反応出来ずにいると、ユウヤ様がこちらの腕を取り、物凄い勢いで跳躍した。レッドベアからの追撃を避けるためだと気付いたのは、大きく距離を取ってからだった。

 ただそんな動作もいまのユウヤ様にとっては尋常ではない痛みを伴うはず。実際、着地も上手くいかず、転ぶようにして血を更に撒き散らしてしまう。


「ユウヤ様……!」


「シャロン。怖いか? ……怖いよな。俺だって初めて戦場に立ったときは怖かった」


「ユウヤ様! それよりもまずはご自分の治療を!」


「聞け! 目を背けるな!」


 がしと両手で顔を掴まれ、揺れる顔を固定される。目の前に、苦痛を堪えるユウヤ様の顔がある。

 ただその瞳は私だけを見ていた。


「戦場ってのは怖いくらいに平等で、どれだけ偉かろうと強かろうと、諦めた者から死んでいく。当然だ。駄目だと思ってしまったら、手も足も動かない。恐怖に抗うってのは、それだけ難しいことだ」


 だが、と両手に更に力が籠る。その力と熱が、私の頬を焼いてくる。


「……だがその恐怖に屈したら、待っているのは死だ。するとどうなる? 戦場で死ねば、一緒に戦う仲間に重石を背負わせることになる。自分を大切だと思ってくれる人たちがいるなら、そいつらは悲しみに涙するだろう」


 ユウヤ様の胸を見やる。私が戦うことを諦めてしまったから、そのツケをユウヤ様が支払う羽目になった。

 重石を背負わせる、とはそういうことなのだろう。


「自分の命が、自分だけものだと思うな。それでも恐怖に負けるなら、お前が誰かを想う心も所詮はその程度だ」


 その言葉に打ちのめされると同時、いつの間にか間近に迫ったレッドベアの雄叫びが耳を打った。

 おそらくユウヤ様が割って入ったことで少し警戒をしていたんだろう。けれどユウヤ様がもはや動けそうにないのを確認して、近付いてきた。


 その咆哮に身体が震える。迫る異形に足が竦む。私たちを一撃で殺傷するだろう爪を見て目を背けてしまいそうになる。


 ――でも! だけど!


「あああああああああああああああああ!!」


 全て、この身に圧し掛かる一切合切、消えてなくなれ。その意志を込めて、叫ぶ。

 それでも恐怖は拭えない。でもそんなものに負けたくなかった。


 だって恐怖に敗北することは、私の意志も、私を待っている家族も、そして私に力を授けてくれて、いまもこうして私を立ち上がらせようとしてくれているこの人も、全てを裏切ることになるから。

 だから!


「『ファイヤーボール』!」


 喉は震えていたけど、声はしっかりと魔法を紡いだ。

 発動した三つの火球は、それでもやっぱり当たらない。むしろいつも以上に余裕の動きで潜り抜けてくる。


 でも構わない。だって今回は最初からそう仕向けていた(・・・・・・)から。


 動きが追えないなら、相手の動きを誘導してしまえば良い。来ることがわかっているなら、それは静止標的と同じだ。散々練習したあの岩と変わらない。

 そんな私の狙いを察したのか、レッドベアから一気に敵意が膨れ上がる。けれどもうそれじゃあ止まらない。止まってなんかあげない。


「私は生きる。生きて、この恐怖を抱えて、それでも『戦う』んだから――!!」


 レッドベアの咆哮。弱者を竦ませる威圧、それごと、


「『フレイムレーザー』――ッ!!」


 私は魔法で撃ち抜いた。




 ☆ ☆ ☆




 レッドベアの身体が、シャロンから放たれた極太の熱線によって貫かれ、その部分から外側に向かって焼失していく。

 火魔法第三位級『フレイムレーザー』。威力より貫通性と速射性を重視した、俺が以前山賊に使った『ルミナスアロー』に近い魔法だ。


 本来これも『ルミナスアロー』同様、その攻撃範囲は点に等しく、貫通力はあっても対象を死滅させるためには確実に急所を狙う必要がある。

 しかしシャロンの放つ『フレイムレーザー』は彼女の持つ異能力『魔法強化(火)』によってその太さが桁違いに膨れていて、標準的な丸太並の、もはや『レーザー』と呼ぶのも違和感のある別種の魔法になっていた。


 それはレッドベアの胴体をすっぽりと覆うほど。『フレイムレーザー』が消失した後、胴体は完全に焼失され頭と四肢だけが空中に残り、思い出したかのように落ちる、という何とも言えない結果を迎えた。

 激しく上下させるシャロンの肩を手で叩く。もう終わったぞ、という意味を込めて。


「おめでとうシャロン、課題はクリアだ。怖かっただろうし恨みもあるかもしれないが許してほしい。荒療治だったと俺も思うが、やっぱり一度は実戦を潜り抜けておかないとまともに戦えな――」


「ハッ!? ゆ、ユウヤ様! それよりも傷、傷の治療を先に!」


 事が終わればシャロンに何かしら言われるだろうと思っていたため、まず先に弁明を、と喋っている途中、慌てた様子でシャロンが俺の胸を抑えつける。

 まさかまず最初にこっちの安否を気にするとは思ってなかったので、少しばかり驚いてしまう。胸に置かれた手も多分出血を止めようとしているんだろうが……。


「あぁ、すまん。怪我はとっくに自分で治療してある。血は消えないから見た目重傷だが、身体はもう何ともない」


「そ、そうなんですか? それは……その、良かったですぅぅぅ……」


 へにょへにょ、と膝から崩れ落ちるシャロンに、むしろ俺の方が慌ててしまう。


「しゃ、シャロン、大丈夫か?」


「安心したら、なんかいろいろと疲れてしまって……。その、すいません。しばらく立てそうにないです」


 あはは、と苦笑いするシャロンに、こちらを批難するような様子はまったく見受けられない。

 随分と無茶をさせた自覚はあるんだが……怒ってはいないんだろうか?

 それとなく訊いてみると、


「怒ってなんて、ないです。そりゃあ凄く怖かったですし、大変でしたけど……でもこれから行うことを考えれば、必要なことだったと思います。ええ、これは頭で理解しているだけじゃどうにもなりませんね。痛感しました」


 ……やっぱりこの子は強い。何よりもこの思惑を見通す聡明さと、自分の、人間の醜さや弱さを受け止め挫けない性根。昔の自分と比べてしまえば、赤面してしまうくらいの違いようだ。

 そう仕向けたとはいえ、初陣で恐ろしい魔獣を撃破するという難題を突破してのけたのだ。この先、何と戦うことになっても彼女は怯まず揺るがずその信念のもとにその力を振るえるだろう。

 

「そう、仕向けた?」

 

 と、そういったことを語っていると、妙なところでシャロンが首を傾げた。何かおかしなことを言っただろうか?

 

「あの、仕向けた、というのはどういう……? レッドベアが起きてくるまで待っていた、とかそういうことでしょうか」


「それもあるが、恐怖に縛られて動けないみたいだったから、俺がわざと攻撃を受けて見せたんだ。君は自分より他人のための方が動けるタイプだと思ったからな」


「わざと? ……あれ、わざとだったんですか?」


「あ、あぁ。……えーっと」


 そこでようやく彼女の声が冷えたものに変わっていることに気付く。だがもはや遅かった。

 顔を俯かせているシャロンを恐る恐る見やると、ガバッと勢いよくその顔が跳ね上がる。

 ギョッとする俺の前方、シャロンは瞳を涙で真っ赤にして、頬を膨らませながら、


「すごく、すっごく、すごーく! 心配したのに! 怪我、私のせいで、って! もう! もうもう! ユウヤ様のバカぁ! アホぉ! おたんこなすぅ!」


 恨みがましくこちらを見やるシャロンの言動はまるで駄々っ子のようだ。強烈な恐怖に抗った反動で、少しばかり幼児退行しているのかもしれない。

 悪しざまに罵られるよりもよっぽど心に刺さるなこれは……。

 ただ俺とて言い訳はあるのだ。言われっぱなしではいられない。


「い、いや、あれはシャロンのために必要な対応だと……。実際シャロンもそれで戦えたわけで――」


「むー! ユウヤ様は反省してください! 『ファイヤーボール』!!」


「ちょっ――!?」


 まさかの問答無用の火魔法が俺を襲った。

 



 結果、痛い目にはあったが死ぬことはなかった。ダメージは大きいのに致死に至らない、という拷問官が聞けば目を輝かせそうな魔法操作技術を既に獲得しているシャロンに、ちょっと戦慄してしまったのは余談だが。


 シャロンは怒らせたら面倒だ、と俺は煤だらけになりながら心に刻み込んだ。


主人公は元軍人のため、女性との接点があまりありません。

だからいわゆる『女心』というものには鈍感です。

うん、仕方ない。テンプレだけど、理由があるから仕方ない。

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