入念な準備
「シャロン。これで君はいくらかの寿命と引き換えに大きな力を手に入れた。その実感はあるか?」
「え? えーと……」
シャロンに対する『才能開花』と『才能増幅』は間違いなく成功した。その感覚が俺にはある。
しかしシャロン自身に特にこれといった実感はないようで、自分の手を見たり、何やら瞑想したり、その場でジャンプしたりしてしている。
「えっと……本当に私に、何か力が?」
「あぁ。成功はしたはずなんだがな」
てっきり俺は本人にそれとわかる変化が訪れるものと思っていたんだが、そんなことはないらしい。
自分で開花させたものの、その力がどういったものなのかは俺もわからない。『真理直結』に問えば答えは返ってくるのだろうが……いや、あるいは。
「……状況を掌握。もしかしたら使えるか?」
俺が持つ異能力の一つ、『広域掌握』。
これは『真理直結』によれば一定範囲内にいる生物の動きや状況を掌握出来るという。ではこの『状況』とは何を指すのか。
あるいはそれは個人の能力さえも把握出来たりするのでは?
考えたなら即行動。『広域掌握』の使い方などわからないが、俺に宿る力だというのなら『才能開花』などと一緒で使おうと思えば何となくわかるだろう。
随分と楽観的な考え方だと我ながら思うが、きっとそれは無意識にその確信があるから出てくるのだろう。実際、俺はこの力がきちんと発動した感覚を得ている。
なかなか表現が難しいが、自分を細かく、そして薄くして霧のようにして拡散させていくイメージとでも言おうか。俺自身が感じている身近な世界が拡大していく。
未だ洞窟の中に立っているのに、一部の感覚では洞窟の外にいて、一部の感覚では洞窟の内部を更に進んでいる。自分がたくさんいるというわけではなく、広がっていく感覚だ。
そしてその中にシャロンの存在を知覚する。
意識を集中すれば、彼女の状況がいまの俺には手に取るようにわかる。
例えばそれは彼女自身から失われた姓であったり、年齢であったり、種族であったり……そして自覚されていない、彼女が得た力の正体であったり。
俺は『広域掌握』の能力を解除する。感覚的には広がった自分が集束してこの等身大の自分に戻っていくような感じか。ちょっとむずむずするな、この能力は。徐々に慣れていこう。
「わかったぞ。シャロンに宿った能力」
「本当ですか!?」
「あぁ。君は火魔法の才能と、火属性絡みの異能力を三つ獲得している」
っていうか数時間にして複数の異能力を持つ人間の二人目が誕生したわけか。唯一、なんて肩書きも短いものだったな。まぁ『真理直結』もちゃんと「現段階においては」、ってしっかりと断ってはいたが。
「シャロンが持つ異能力は『詠唱破棄(火)』と『属性無効(火)』と『魔法強化(火)』だ。……全部に(火)が付いてるから、よっぽど火に愛されてるみたいだな」
三つのうちの一つ『詠唱破棄(火)』はそのまま俺が持っているものの火属性版だろう。他二つも文字からしてわかりやすい。『属性無効(火)』は火魔法を無効化するのだろうし、『魔法強化(火)』は火魔法を強めるのだろう。
さて、ものがわかったならまずは実験だ。
「火魔法で一番簡単な攻撃魔法は何だったかな」
『火魔法第八位級『ファイヤーボール』。火属性の魔力を球状にして撃ち出す魔法。習熟を高めれば一度の詠唱で複数発生させることも可能』
「あぁそうだ『ファイヤーボール』だった。よしシャロン、一回洞窟を出て確かめてみるとしよう」
「あ、はい!」
早速洞窟を出る。どうやらこの洞窟、山中にあるようで、周囲に緑はあまりなく、大小様々岩やら石やらがそこかしこに転がっている。火魔法の練習としては都合が良い。これが森だったりしたら細心の注意を払う必要があった。
およそ人一人分程度の高さの岩を見つけた。あれを目標にしよう。
「シャロン。あれを狙って『ファイヤーボール』を使ってみろ。魔法を使ったことはないだろうが、大丈夫。魔法を使う才能があるなら、特に意識せずとも扱える。こんな風に、だ。『ファイヤーボール』」
実演として俺がその岩へ『ファイヤーボール』を放つ。大きさ的にはドッジボールかボーリングの球くらいだろうか。火球はそれなりの速度で岩にぶつかり霧散した。岩の中央がやや煤けているのが、激突した名残だ。
「シャロンも俺と同じく『詠唱破棄』が入っているから魔法名を唱えるだけで使えるはずだ。さぁ、同じように」
「わ、わかりました。やってみます」
すぅはぁ、と深呼吸。そしてしっかりと目標を見据え、手を掲げ、発動する。
「『ファイヤーボール』!」
「……は?」
その光景を見て、思わず俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
シャロンが魔法名を唱えた瞬間に出現した火球は、俺の『ファイヤーボール』とまるで比較にならない大きさだった。おそらく直径にして一メートルはあると思われる。
その規模の火球が、やはり俺のものより格段に上のスピードで目標の岩に着弾した。その結果……、
「完全爆砕、か。……『魔法強化』恐るべしだな」
っていうかそれだけに留まらず、更に直進して同規模の岩を二、三個破壊してからようやく消失した。てっきり『魔法強化』というから割増し程度だろうと勝手に思い込んでいたが、これを見るに十倍近いんじゃなかろうか。
これには放った本人であるシャロンも唖然としており、そのままこちらを見てきたので、頷きを返しておいた。
多分「これ本当に私が?」的なニュアンスだったんだろう。
しかし……この破壊力は確かに得難い力だが、攻撃というのはただ単に威力があれば良いというものでもない。戦争だって重火器や戦車だけでは勝てないのだ。
「シャロン、これが君の力だ。見た通り、異能力のおかげで一撃の火力は俺より君の方が優れてるようだ。ただこれほどの威力だと扱いが難しい。特に誰かと一緒に戦うなら、加減は絶対に必要だろう。そこはしっかりと練習してほしい」
「は、はい! 頑張ります!」
遅まきながら実感が湧いてきたのか、シャロンの顔に喜色が浮かんでくる。
もう無力ではない、と。誰かを救ったり守ったりする力を得たんだ、と。そんな風に思っているんだろうか。
そう思うことは間違っていないし、彼女の目的を考えれば大きな一歩であることも事実。
……けどシャロンはまだ大事なところを理解していない。
「さっき『広域掌握』したときに洞窟の奥で見つけたやつを使うか」
俺は一つの計画を立てた。
☆ ☆ ☆
この世界に転生し、シャロンと出会った日から二日が経過した。
だが未だに俺たちは山賊たちが使っていた洞窟のアジトにいる。
俺一人ならすぐにでも動くつもりだったが、シャロンも戦うというのなら、まずはその戦い方を学ぶ必要がある。
何より重要なのは新たに得た力のコントロールだ。そういう意味で、この洞窟は外に出れば標的となる岩があちこちにあるため便利だった。
シャロンはもちろんのこと俺も魔法については無知なので、適宜『真理直結』に魔法名とその効果を確認しながら習熟を進めていった。
嬉しい誤算だったのは、『才能開花』により得る力は、その使い方さえも完成された状態になる、ということだ。
つまり火魔法と、それにちなんだ異能力の才能を持っているシャロンの力を開花させた場合、きっちりと学んで火魔法を獲得しただろうシャロンと同様の技術を得ている、ということだ。
以前この能力の効果を知ったとき、俺は「新兵を熟練の兵士に仕立てる」と例えたが、まさしくその通りだったようで、一度コツさえ掴んでしまえば火魔法の操作はあっさりとマスターしてしまった。
そういう意味では、未だに魔法に慣れ切っていない俺よりも現状ではシャロンの方がよっぽど強力な魔法使いだろう。
……魔法使いとしては、だが。
「さて、シャロンも力がきっちり制御出来るようになったから、今日ここを出ようと思う」
「はい。いよいよですね」
本当なら一日でも、いや一時間でも早く、他に奴隷商に捕まった家族たちを取り返したいに違いない。だがその感情を押し殺してでも習熟に時間を割いた。彼女は自分の発言をしっかりと理解し、そのために最善の努力を怠らなかったのだ。その精神的な強度は軍人を経験した俺でさえ、感心せざるを得ないほど。
だからこそ、これも乗り越えてくれると信じている。
「そのために、今日は最終課題を言い渡す」
「課題、ですか?」
「あぁ。実はこの洞窟の奥にかなり強力な魔獣がいる」
シャロンが瞠目する。二日ほど野宿したこの洞窟の奥にそんな魔獣がいると聞かされれば、そうもなるか。
シャロンの力を把握するために『広域掌握』を使用したあの日、洞窟内部に広がった俺の知覚はそこに人間ともただの動物とも違う存在を認識していた。
それが俗に魔獣と呼ばれる存在であり、人間にとって脅威となる力を持つことも、『真理直結』で確認済みだ。
「名をレッドベア。魔獣の脅威度を示すランク付けでは十段階中の八を示す。活動時間が極端に少なく、そのためあまり被害も出ないが、一度動き出せば空腹が紛れるまで他の生物を捕食し続ける。腹が減るまではひたすらに眠り続けるって魔獣だから、今日までここは何ともなかったわけだ」
「えっと……それは、まさか……?」
「ここは山賊の中継地点だ。本来なら他の山賊が来たって不思議じゃない。なのに何でまったく姿を現さないと思う? きっと山賊たちも知ってるんだろうな。レッドベアが腹を空かせる周期を」
ズン、ズン、と。等間隔で地面を揺らす何かがいる。そしてそれは間違いなくこちらへと近付いてきている。
俺は自らの異能の組み合わせで、このレッドベアの詳細と、現状をきちんと把握していた。
そう、レッドベアが長い休眠から腹を空かせて覚醒するのが今日であることも。
だからわざわざシャロンが一日で魔法技術をマスターしたにも関わらず二日残ったのだ。
「シャロン。最後の課題だ」
のっそりと、緩慢な動作で奥から姿を現す異形。
高さは人の倍近くあるだろうか。ベア、と名の付くだけあって見た目は熊に近い。しかし口から漏れ出る吐息が火を纏っていて、手にある爪は異様に長く、その一本一本が熱を持ち真っ赤に染まっている。
口から吐き出す炎と、超高温で岩すらバターのように溶かし切る爪を持った魔獣。それがいま姿を現したレッドベアだ。
その視線が俺たちを見る。
獲物を見つけた。三日月に歪んだ口元が意味するのは、そんなところだろう。
その脅威を前に、告げる。
「……レッドベアを、君が倒せ」
レッドベアの咆哮が、洞窟に響き渡った。
今回はちょっと短めになってしまいました。
むしろプロット段階より長くなってしまったので分割した、が正しいですが。