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異世界で革命指導者  作者: 月無し
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葛藤の騎士


 騎士ガーフ・ウォーケンは忸怩たる思いで馬に乗っていた。

 向かっている場所はトーラス村という小さな村。表向きの目的は納めるべき税を納めない村民への警告、実際は二度に渡り騎士団を撃退した村を殲滅すること。

 ……そう、殲滅だ。これは反抗しようとする者たちへの見せしめでもある。

 最近、ある懇意な貴族への贈答品を警護していた騎士が全員殺害された。これにガーフの主たるゼルエン男爵は憤りを覚えたようで、


「つまりは我が舐められているということだ。侮られているということだ。であれば、それは由々しき事態だ。すぐさま矯正すべき事案だ。ならばこそ、我が武威を、我が権威を、侮る領民に見せつけねばならん」


 そして此度のトーラス村の派兵にガーフを隊長に据えた。その悪意を隠しもせずに。


「……クソったれめ」


 ガーフはゼルエン配下の騎士であるが、ゼルエンを憎悪していた。


 彼は騎士という職に誇りと希望を抱いて剣を取った。騎士は弱者の盾であり、悪意を切り裂く剣たるべし。そう教えてくれた先代領主は尊敬していたし、自らの主として忠誠を捧げていた。

 だが領主がゼルエンに継がれるなり状況は一変。領民をただの道具としか思わない傲慢な態度に、もちろんガーフは物申した。ガーフだけでなく、先代領主を慕っていた騎士は皆口を揃えて。


「主たる我に口答えするとは父上も教育がなっていない。罰が必要だな」


 対するゼルエンの反応は嘲笑。嫌な予感を覚えたときには既に遅かった。


 ガーフ含む、意見した者の家族全てが奴隷に堕とされたのだ。その上で騎士たちの前で凄惨な光景を見せつけた。


 ある騎士の妻は、男の罪人蠢く牢獄に押しこみ慰み者にされ。

 ある騎士の父は、不眠不休で過酷な労働に駆り出され。

 ある騎士の息子は、学校付きの奴隷として同年代の子供に無碍に扱われ。

 ある騎士の娘は、目の前でゼルエンに犯された。

 そしてガーフの妻と娘もまた、服もなしにゼルエンの従者としてこき使われている。


 怒り狂ってゼルエンを殺そうとした者がいたが、ゼルエンはその者を殺さず捕え、奴隷となった家族を新しい拷問装置の実験と称して見せつけた。

 逆上した騎士本人ではなく、その家族に罰を支払わせる手管に、騎士たちの心が折れたのは言うまでもない。

 何より上手いのは、どれだけ傷付けようと人質となった家族を殺さないことだろう。死んでしまえばなりふり構わない騎士たちが暴動を起こす可能性がある。しかし従順に従っていれば、家族も奴隷としての最低限の生活は保障されてもいた。この状態でゼルエンに意見を述べる者など出てくるはずもない。

 例えそれが善良な貴族を騙し討ちして領地を奪ったり、罪もない村民を捕えて奴隷にしたり、抵抗する領民をその手に掛けることになろうとも……。


 ゼルエン配下の騎士は大まかに三つのグループに分かれている。

 一つが、ガーフたちのように家族を人質に取られ苦汁を飲んで従っている者。

 一つが、抵抗する気力を失い、ただ唯々諾々と従う者。

 一つが、ゼルエンに率先して従い、恩恵のお零れを頂戴しようとする者。

 嘆かわしいと言うべきか、比率としては最後のグループが最も大きく、半数を占めている。今回派兵されている騎士も半数以上はそういった者たちだ。

 真っ当な感覚を持つ騎士に領民殺しをさせなくて済むと喜ぶべきか、卑しい連中に領民が好き勝手に嬲られるのを見ているしかないのを悲しむべきか。もはやガーフにはわからない。


「おやおや隊長殿、顔色が悪いですなぁ。どうされたので?」


 ゼルエンに媚びへつらっている騎士の一人が、わざわざ横に並びしたり顔で煽ってくる。

 そう、この部隊を率いる隊長は自分だ。領民殺し。その汚名を今後自分は被り続けることになる。民を守るために得た力を、その民に振るうこと。それを命じるのが自分であること。それらが心を締め付ける。

 妻も娘も、自分のことは気にするな、と言ってくれていた。だがそんな二人だからこそ、これ以上穢されたくなかった。例え身内可愛さに騎士としての誇りを捨て去ることになろうとも。


 とはいえ、だからとこんな騎士と名乗るのもおこがましい者に軽口を言われて耐える必要はない。

 ゼルエンからすれば踏み絵のような意味合いであろうとも、隊長として任じられたのは事実。ならばガーフはその上官を舐めきった者に罰を下す義務がある。


「……大したことじゃない。無能が二度も小さな村の討伐に失敗したためにこうしてわざわざ出向くことになった事実に嘆いているだけだ」


「なっ!?」


「あぁそういえば失敗した際の部隊長は貴君だったな。それで副隊長どころかただの騎士に落とされてしまったのなら荒れてしまうのも仕方ない。今回ばかりは目を瞑るが、次からは上官への言葉には気を付けよ」


「っ、……けっ!」


 返す言葉もなく、その騎士は渋々隊列へ下がっていく。

 この程度で溜飲が下がるわけもないが、これ以上苛立たなくて済むだけでも十分だろう。

 だがその騎士が荒れている、というのは事実だった。それは先程指摘した二度に渡る襲撃失敗の罰によって降格させられたことや、ガーフが隊長であることもあるだろうが、何よりもう一つの要因が大きいだろう。


「男爵が副隊長に任命したあの男は何者なんだろうか」


 頭を過るのは隊列最後尾に位置する騎士。それは今回の遠征前に突然ゼルエンから紹介され、そのままいきなり副隊長に任命された騎士だ。

 全身を紫の鎧で覆っているうえにフルフェイスの兜を被っているため顔もわからないが、感じられる覇気や滲み出る重圧からしても、おそらく自分より強い騎士と思われる。

 だがそんな人物はゼルエンの騎士にはいなかった。ガーフと同等の力を持つ騎士は他に四人いるが、一対一であっても負けるとは思わない。だがこの紫鎧の騎士にはどうしてか勝てると思えなかった。

 突如副隊長に任命された騎士は、名がレグレムであることしか知らされていない。だがガーフはおそらく偽名ではないかと考えている。何故ならこれほどの実力者なら名前が知れ渡っていてもおかしくないからだ。声をかけたが首を縦に振るか横に振るかくらいしか行動を起こさないこともその考察を強固にしている。


 ……とはいえゼルエンが決定すればそれこそが全て。誰しもが不審に思いながらもそのまま放置している。

 目的も何もわからないため、戦闘になっても極力参加させない方向でガーフは考えていた。


「……だが今回は相手が相手。もしかすれば、あるいは……」


 先程は突っかかってきた騎士にああ言ったが、ガーフとしては二度の失敗も仕方ないと思っていた。

 何せトーラス村には数十年前とはいえ、あの王国武闘大会で三連覇を成し遂げたジュリア・ラレインその人がいるからだ。

 槍を振るわせればその右に出る者なし、とまで称された伝説の武人。歳は五十を過ぎたにも関わらずその技術に劣りなしと評判で、未だ彼女に教えを乞う者は多い。現役騎士を一蹴してしまうのも仕方ないとも言える。

 そんな人物と剣を交えられるのは一武人としては誉れだが、この状況でそこに喜びを見出すのはあまりに愚かだろう。悔やまれる話だ。


 ともあれ油断は出来ない。三度目は絶対に成功させよとゼルエンから念を押されている。これに失敗すれば、ガーフたちの家族がどうなるか。考えるだけで恐ろしい。

 例え過去に名を馳せた武人であろうとも、負けるわけにはいかない。

 その闘志を胸に、目視出来る距離にまで迫ったトーラス村を見つめる。


 まるで境界線を敷くように、複数の男たちが各々武器を持って立ちはだかっていた。

 急いでたわけではない。既にこちらの接近は気付いていただろう。故にガーフに驚きはなく、一定の距離を置いて手を上げ、部隊を停止させた。


 前方の集団、その中央から一人の老婆が進み出てくる。

 女性だから、というわけではなく、その所作を見てガーフはその人物こそジュリア・ラレインだと察した。


「何度も何度もこのような村にご苦労なことだな、騎士殿よ」


 肌には皺があるものの、腰なども曲がっておらずしゃんとした佇まいはまさしく武人のそれ。まったく隙が窺えない。目尻も弛んでいるが、その奥の瞳に射抜かれた瞬間、ガーフの全身を鳥肌が走った。

 なんという研ぎ澄まされた戦意。ガーフはジュリアを過小評価したつもりはなかったが、自分の見積もりがそれでも甘いということをすぐに理解した。


「お初にお目にかかる。私はこの部隊の隊長を務めるガーフ・ウォーケンという。あなたは名高きジュリア・ラレイン殿で相違ないか?」


「あぁ。儂がジュリア・ラレインじゃ。しかし……なるほど、さすがに三回目ともなれば本腰を入れてくるか。ガーフ・ウォーケン、お主の武勇は儂も聞き及んでおるよ」


「かの『槍姫(そうき)』殿に名を知られているとは光栄の至りですな」


「その痒くなる二つ名で呼んでくれるな! 当時ですら恥ずかしゅうて叶わんかったものを、この婆に姫などと、照れるじゃろうが!」


「はっはっはっ、ご謙遜を。この身にぶつかるこの戦意。いまなおその二つ名に偽りなしなのだと実感しておるところですよ」


「ぬかしおる。……ともあれ、お主もこうして語らいに来たわけではあるまい? そうであるなら、お主の人柄に免じて昔話に興じるのもやぶさかではないが」


「そうですな。残念ながらそのお誘いは受けかねる。……生憎と、我らは軍人。受けた命をやり遂げる必要がある故に」


 ガーフが剣を抜く。応じて後方で待機していた兵士たちも各々の武器を構えた。

 対する村人たちもまた各々の武器をしかと構えて臨戦態勢に入る。その中で唯一自然体だったジュリアはその表情に憐憫を浮かべ、


「残念じゃな。このような状況でもなければ、お主とは旨い酒を飲み交わせたであろうに」

 

 その言葉でガーフはジュリアが自分たちの事情を把握していることを察した。

 騎士たちにしても口外したい内容ではないが、恐怖で縛るゼルエンは口外を禁止していない。少なからず内情は漏れているだろう。名高きジュリアならば人脈も豊富だろうし、そういった情報が耳に入ってきても不思議ではない。


 殺しに来た相手であっても思い遣れるこの人物に、ガーフは好感を抱いた。

 だがするべきことが変わらない以上、せめて最大限の敬意を払って相手をしようと決意する。


「ではあなたを討ち取った後、その墓前で乾杯させていただくとしましょう」


「もう老体とはいえ孫を守る約束がある以上、生憎まだ墓で眠るには早いと考えておる」


 ジュリアが手を掲げると、輝きと共に槍が出現する。

 長さはジュリアの背丈の倍弱はあるだろう。全体的に蒼い光沢を放つ柄と、無駄な装飾の一切ないやや長めの刀身は、いまなおその槍が名器であることを疑わせない。

 重さも相当なものだろうに、ジュリアは軽々と二、三回振り回し、構える。


 臨戦態勢に入った瞬間、迸る戦意が一気に希薄になった。普通であれば構えたその瞬間にこそ戦意というのは膨れるものなのだが、この武人は違う。無駄を省き、あらゆる力を一点に集中させているからこその、武人の極みがそこにはある。


 これほどとは。ガーフは思わず唾を飲み込んだ。


「我らが村に踏み入ると言うならば加減などせぬ。覚悟の出来た者から来るがよい。既に衰えたとはいえお主らを斬り捨てる力は顕在であると、その愚かな身に知らしめてやろうぞ!」

 

「突撃せよ!」


 号令と同時に吶喊する。

 ガーフの剣とジュリアの槍が、開戦を告げるようにぶつかり合った。


一人称視点の小説で三人称視点を用いるのはあまり好まれないと思っているんですが、どうなんでしょうか。

最初一人称で書いてたんですけどどうにもピンと来なかったので、三人称で投稿です。

もしかしたら以前書いたシャロンの一人称部分も三人称にして、ユウヤ以外はそれで通すかもしれません。

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