正面衝突
さて、アリスを仲間に加えることが出来たのでこのまま撤収……というわけにはもちろん行かない。
アリスはいままで仲間になったシャロンたちのように家族がいないわけではない(厳密にはシャロンの家族は存命だが奴隷として捕まっている)。アリスの年齢も考えれば、家族に話を通す必要があるだろう。
反対される心配がある……というか十中八九反対されると思ったのだが、アリスは首を横に振って否定した。
「多分大丈夫です。私が真剣にお話すれば、お婆ちゃんはきっとわかってくれます。そういう人です」
両手に抱える花束を胸に、どこか誇らしげに語るアリス。
結局あの後再度森へ入って誕生日を祝うための花を集めて束にしたものだ。それだけ祖母を慕っているのだろうが、疑問に思う部分もある。
「家族はお婆さんだけなのか?」
アリスは母親に連れられてトーラス村へ逃亡したことはオーデリッヒ調査の際にわかっている。しかし彼女の口から出てくるのは祖母のことばかり。何かあったと考えるべきだろう。
すると案の定、アリスの表情は曇ってしまう。
「……お母さんは、先月亡くなりました」
「病気か?」
「いえ。……村に来た騎士の剣から、子供を守って、です」
訥々とアリスが語った内容を纏めると、こうだ。
税の値上げに耐え切れなかったトーラス村にゼルエン配下の騎士たちが不足分の徴収にやって来た。村民が暮らしていくだけですら厳しい作物さえも没収され、それに怒りを覚えた一部の子供たちが騎士に石を投げてしまった。それに逆上した騎士が子供を斬り殺そうとして、それを庇ったのがアリスの母親だった……。
なるほどな。こんな歳の子が「ゼルエンないし貴族に対し恨みを持っている」という条件に引っ掛かった理由はこれか。
『ただ黙って隠れて守られて、誰かが犠牲になるなんて、そんな結果は嫌だから!』
さっきのアリスの言葉。それは母親を指していたんだろうな。
話の内容が内容なので、後ろにいるシャロンやリリアナからも怒気が感じられる。ゼルエンを憎悪する二人からすれば無理もないので何も言わない。ちなみに現在ニーナはちょっとした別行動中である。
だがそんな思考は次の言葉で驚きに塗り潰された。
「それで村の皆が怒って、騎士団を追い払ったんです。ゼルエン男爵と敵対することになる、ってわかってたのに、お母さんのために……」
「ん? 待て。騎士を追い払ったのか? 武力で?」
「え? はい」
「……一ヶ月前の話だったな。今日までの間騎士団は何もしてこなかったのか?」
「いえ、二週間前にもう一度騎士の一団が村に来ましたが、それも追い払っています」
「二回も追い払った……? それは、凄いな」
トーラス村は道中に寄った村々と規模的に差はない。精々人口百から二百といった程度の小さな村のはず。
騎士団がどの程度の人員を派遣したかはわからないが、力の差を見せつけるという意味合いもあるから少なくとも簡単に反抗を許す規模ではないだろう。その上で追い払われてしまったとなれば、二回目はより戦力を割くはずだ。領主直轄の騎士が小さな村に何度も迎撃されました、では面目丸潰れなのだから。
にも関わらずそれすら撃退したという。つまりある程度以上に戦力を整えた騎士団すら跳ね返す戦力がトーラス村にあるということになる。驚くな、という方が無理だろう。実際、当時騎士たちに手も足も出なかったシャロンとリリアナは俺以上に驚いている様子だし。
「……誰か凄く強い人がトーラス村にいるのか?」
「はい、私のお婆ちゃんです」
皆の心が一つになった瞬間だろう。お婆さん何者!? と。
聞けば、アリスのお婆さんであるジュリア・ラレインは、ライナット王国で四年に一度開かれる武闘大会にて若い頃に三大会連続覇者に輝いたこともあるとんでもない女傑なのだそうだ。
王国軍からのスカウトこそ蹴ったものの、武術指南役として軍に呼ばれることもある人物だったらしい。いまではもう年齢も年齢ということで村に隠居したものの、小さな道場を開いており、いまでも弟子に志願する者たちがいるほどだという。
実際、騎士たちを迎撃したのはジュリア女史とその弟子たちによるものらしい。武術に精通する者が複数人いたからこそ、騎士の侵攻を二度も撃退出来たのだろう。
「多分今後も騎士は来ると思いますけど、お婆ちゃんたちもいるからしばらくは大丈夫だと思うんです。でもずっと続けばいつかは駄目になるかもしれない……。だからユウヤさんたちと一緒に戦って、嫌な貴族の人たちを倒せるのなら、それが最善かな、って」
なるほど。このまま何度騎士を返り討ちにしたところで、ゼルエンが領主である以上延々と続いていくことになる。根本的解決を狙うなら、俺たちと一緒にゼルエンを叩く方が良いという判断か。
十二歳でこれほどの思考が出来るのは凄いことだ。異能力『高速思考』を習得するのも頷ける。
……だが、着眼点は良くても認識が少しばかり甘いな。
「アリス、君の判断は正しい。だが目算が甘い」
「え?」
「一度目ならず二度までも失敗したとすれば、次こそが本気だ」
一回目の派兵が追い返されても、それほど重くは受け止めないかもしれない。だが増強しての二度目が失敗したとなれば、面子を気にする貴族として黙ってはいられないだろう。
ましてやゼルエンは強欲だが無能ではない。周辺貴族への対応や、リリアナの実家を貶めた罠といい、頭も回る厄介な相手だ。三度も同じ過ちを犯すことはすまい。
「そしてゼルエンの戦力を甘く見ない方が良い。俺の調べた限り、かなり手強いやつもそれなりにはいる」
ゼルエンの手持ち戦力に関しては『真理直結』を用いて当然調べてある。
手持ちの専任騎士は四百人ほど。うち五人ほど異能力持ちがいる。異能力持ちがイコール強いというわけではないが、その特性を考えるに弱いということはないだろう。
またこの数は周辺の貴族が持つ戦力と比較してもやや多い部類に入る。あまり過剰な戦力を抱えたら他の貴族に警戒されるだろうが、このくらいなら問題ない、と思わせるギリギリのラインの戦力だ。もちろんそれを考慮したうえでの人数調整だろう。こういうところからもゼルエンの手腕が窺える。
「更に言えば、タイミング的に次の襲撃はそろそろ来るはずだ」
一回目が一ヶ月前、二回目が二週間前となれば、ほぼ等間隔であり、次が今日明日に来ても不思議ではない。
「それらを考慮すれば、『しばらくは大丈夫』というのは楽観が過ぎる。それが言えるのは次の襲撃さえも跳ね返せたときだろう。本気の戦力でも打倒出来ないとなれば、あっちももう迂闊には動けなくなるわけだからな」
「な、なるほど……。勉強になります」
「良いさ。これは情報量と経験の差だ。アリスはまだまだ若いんだし、これからいろいろと学んでいけば良いんだ」
それにおそらくアリスの楽観には祖母であるジュリアの強さも起因していたはずだ。
あの人がいれば騎士も怖くない。そう思っているからこそ、アリスは同行することにも頷いたのだろうし。
しかしそれほどの逸材であれば、今回の対ゼルエンに関して是非とも協力を取り付けたい。どの道後々にはいろいろな村を回って協力を要請するつもりだったわけで、既にゼルエンと敵対関係にあるトーラス村であれば現段階で声掛けしても問題ない。このアリスの祖母ということは、きっとこの状態が続く危険性も把握していることだろうし、手を組める公算は高いだろう。
……アリスを誑かした、とか言って怒られたりしなければ、だが。
「大変、大変だよ! ユウヤさん!」
と、それまで別行動だったニーナが翼をはためかせながら戻ってきた。
ニーナは先の戦闘でフォレストウルフのボス格から奪い取った異能力がある。その調子を確かめてもらうために行動してもらっていたんだが、何やら慌てている。トラブルが起きたらしい。
「どうした? 異能力に何か問題でもあったのか?」
「ううん、そっちはすこぶる順調だったんだけど、その過程で見過ごせない情報があって!」
嫌な予感がする。
軍人時代からこの嫌な予感が外れた試しはない。それを証明するように、
「トーラス村の方向に騎士団と思しき集団が向かってる! その数五十近く!」
☆ ☆ ☆
馬を駆け、トーラス村へ急行する。そうしながら『広域掌握』の領域を最大限拡大し、ニーナの報告が正しいことを察した。
正直を言えば、騎士五十人という数字だけで言えばさほど脅威ではない。俺とシャロン、リリアナだけでも以前に騎士十数人を苦も無く撃破しているし、いまではニーナにアリスもいる。更にトーラス村にいるというジュリアとその弟子がいれば何の問題もないだろう。
……相手が並の騎士ならば。
これは三回目の襲撃だ。これ以上撃退されるようなことがあれば、ゼルエンに反抗する村は加速度的に増えていくだろう。俺たちがなろうとしていた反抗の旗頭に、トーラス村がなり得るわけだ。もちろんそれを阻止するという意味において、ゼルエンに敗北は許されない。派兵される騎士が木端な雑魚であるわけがない。
異能力『広域掌握』はあくまで感知範囲内の対象の状況を把握する能力だ。それだけで相手の力量を正確には把握出来ない。
だがそれでも材料はいくらでもある。名前や年齢、性別、保有魔力量や所持している装備の格、異能力の有無に負傷の有無、その度合い、精神状況などなどだ。特に保有魔力量はその人物の最大エネルギー量と言ってもよく、大きければ大きいだけ魔法やそれに準じた攻撃方法を扱えるため、スペックだけで捉えるなら一番強弱の指標にしやすいステータスだ。その観点において言うと、まず全員が以前戦った騎士たちをある程度上回っていた。精鋭部隊と言えるだろう。
しかし真の脅威は、明らかに格が違う二人の騎士。片方は集団の先頭、もう片方は殿にいて、隊長クラスと思われる。どちらも異能力を持っているが、この二人にも結構な差があり、殿にいる方は正直洒落にならない保有魔力量だ。なんせここにいるメンバーで最も保有魔力量の多いシャロンさえも凌駕している。もちろん暗殺特化のリリアナや、『魔力無限』なんていう規格外な異能を持つ俺なんかもいるから、それだけを物差しとするのは意味がないが、何にせよ手強いことに違いはないだろう。
……少しばかり気になるのが、その殿の騎士の名前に見覚えがないこと。ゼルエンの手持ち戦力を調査した際にはなかった名前だ。新しい戦力か、あるいは主を他に持つ者か……。時間があれば『真理直結』に聞いても良いのだが、素性がどうあれ敵には違いない。リソースは目前の危機に割くべきだろう。
騎士団の位置は既にトーラス村のすぐ近くだ。こちらももう少しで到着するとはいえ、五分以上は掛かる。一応リリアナには先行してもらったが、仮に戦端が開かれてしまっても、村人側が劣性にならない限りは様子見で留めるように言ってある。アリスがいない状況でリリアナだけが参戦しても無用な混乱を招くだけだろうからな。
「お婆ちゃん、皆……! 間に合って……!」
リリアナが使っていた馬に跨って並走するアリスの顔には焦燥が浮かんでいる。
彼女は俺と同じ『広域掌握』の異能を習得していたので、その使い方はさっき教えた。つまりこの状況をアリスも正確に把握しており、だからこそ無心で祖母を信じることが出来ないでいた。
トーラス村も既に『広域掌握』の範囲内。意識を向ければ、なるほど明らかにただの村人とは思えないステータスを持つ者が何人かいる。
中でもぶっちぎりで強い存在こそアリスの祖母、ジュリア・ラレインだった。
なるほどこれは強い。歳は五十を超えているのに、迫る精鋭部隊の騎士たちよりなお保有魔力量は上だ。しかも異能力『武装理解(槍)』まで持っており、挙句に所持している槍は世界でも上位に入る伝説級の武装のようだった。
だがそれでも二人の騎士と比較すれば厳しい。先頭の騎士とならば互角だが、殿の騎士とはスペック上は完敗している。こういった情報が把握できているアリスが祖母の心配をしてしまうのも無理はなく、
「あ!」
だがアリスの願い虚しく、騎士団とトーラス村の人々との戦端が開かれてしまったのを互いの『広域掌握』が感知した。
動き出す直前で終わってしまった感。
つ、次こそは……。