表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で革命指導者  作者: 月無し
13/15

真摯な想い


「あ……」


 近付く俺たちを怯えたような表情で見る少女。『広域掌握』で確認したが、間違いなくこの子がアリス・ラレインだった。

 ……大分幼い。おそらく十一か十二歳といったところか。そういえば年齢まで確認していなかったな、と今更ながらに気付いた。

 白というより銀に近い髪を大きなリボンで一本に縛っていて、何となしに気品のようなものが見受けられる。貴族の血筋の賜物だろうか?

 近付くと肩を震わせて一歩引かれる。怯えと警戒。先程までフォレストウルフたちに包囲されていたのだから無理もないだろう。


 だがそんな様子を見ていると、当初の目的が揺らいでいく。いくら戦う理由と才能があるとはいえ、さすがにこの年齢の子を戦に誘うというのは、元軍人としても気が引けた。年齢含めもっと事前に調査しておけば良かった。

 ……なんて、悠長に考えていられたのはここまでだった。


「こ、来ないでください……!」


 アリスの目尻に涙が浮かぶ。その涙を見た瞬間、


「っ!?」


 強烈な衝動が俺を襲った。


 壊したい。怯えるその表情をもっともっと歪ませて、絶望に歪ませたい。嫌悪と憎悪に塗れた絶叫をBGMにして、その幼い身体を犯し尽くしたい。泣いて泣いて泣いて泣き叫んで、それでもなお蹂躙し――待て、待て待てなんだこの思考!? なんだこの劣情は!?


 自分の内からわけもわからず湧き上がるどす黒い感情。強烈な頭痛を感じながら周囲を見やれば、シャロンたちもまた同様の状況に陥っているらしく、青い表情で自らの身体を抑えていた。


「い、一体なんだ!? 何が起きている……!?」


『警告。アリス・ラレインの異能力『集束魅了』の不完全な発動を確認。精神汚染を受けている模様』


 確かにアリスが『集束魅了』という異能力を所持していることは事前に調査してあった。

 その効果は「一定範囲内にいる複数の対象を魅了し、五感、意識を全て自分に集める」というもの。要は発動した瞬間に近くにいる対象全てがアリスに注目してしまうというものだ。

 効果を聞いたときには癖のある異能力だな、程度の認識でしかなかったが……これは予想していた次元を超えている。もう思考誘導とかそんなレベルじゃない。『真理直結』の言うとおり精神汚染と言って良いレベルだ!


 だがこれは気力や精神力で抗い続けられるものではない。いまにも危ない方向へ加速しそうになる思考を必死に抑えているが、それもいずれ限界になる。何らかの対応が必要だった。


「どうすればこの状況を打破出来る……!?」


『アリス・ラレインを抹消――』


「却下だ! 彼女を傷付けない方法のみに絞れ!」


『アリス・ラレインは『集束魅了』の制御が不能であり、漏れ出た体液に歪められた効力が集中されている。そのため体液を除去すれば状況の打破が可能』


 体液? そんなものどこに……いや、そうか、涙か!

 だが涙を拭き取るだけで既に困難だ。一歩前に出ただけで、精神への重圧が一気に増した。近ければ近いだけ効果が強くなるタイプ。これではどうあっても近付くことは出来ない。なら出来ることは一つだけだ。


「アリス・ラレイン! 涙を拭え! そうすればこの効果は消える!」


「!?」


 俺の言葉に目を見開いたアリスは、すぐさま目尻に浮かんでいた涙を掌で拭い去る。次の瞬間、それまで襲い掛かってきた精神汚染が嘘のように消え去り、俺含む全員がその場に尻餅を着いた。


「……は、ぁ……。なんだったの、いまの」


「自分が自分じゃないみたいで、すっごく怖かったぁ……」


 リリアナとニーナは息も絶え絶え、シャロンに至っては喋ることすら出来ない様子。

 これが異能力による精神干渉、か。今後相対する敵にそういった異能力所持者がいないとも限らない。これは何かしら対策を考えておく必要があるな。

 ある意味、そういう心構えがこの段階で出来たことを幸運だと思うことにしよう。

 

「あ、あの……」


 おずおずとアリスが近付いてくる。事情がわかってないリリアナたちが身構えてしまうのを見て、大丈夫だという意味を込めて手を振った。

 息を整え立ち上がった俺に、アリスは思わずといった感じで少し後ずさる。おっと、怖がらせてまた涙を流されては堪らない。何もしないというアピールで両手を上げながら、極力優しい笑顔になるように努めた。


「大丈夫だ。俺たちは君に危害を加えない。顔も知らない相手にこんなこと言われても信用出来ないとは思うが、それでもひとまず一緒にこの森を抜けよう。いつ魔獣に襲われるかわからないしな」


 アリスはしばらく逡巡したものの、危機感はあるようで、小さく頷いてくれた。




 ☆ ☆ ☆




 というわけで馬を置いておいた場所にまで戻ってきた。

 道中で自己紹介だけは済ませたわけだが、それ以外にもお互い聞きたいことがあるだろう。というわけで休憩がてら昼食を摂りながら話をすることにした。

 元々移動中に食べてしまうつもりで買っておいたサンドイッチを広げ、そのうちの一つをアリスに差し出す。


「君も食べると良い」


「え? あ、いえ、あの、私は大丈夫で――」


 ぐー。

 響き渡る盛大なお腹からの悲鳴。こんなお約束染みた展開、現実でも起こるんだな、などとむしろ感動している俺がいた。当人たるアリスはそれはもう真っ赤になって俯いてしまったが。


「あ、うぅ……」


「遠慮はしなくて良い。ほら」


「……………………いただきます」


 えらい逡巡の後、ようやく受け取ってくれた。俺とサンドイッチを何度か見比べた後、おずおずと一口含み――そして目を見開いて二口、三口とぱくぱく食べていく。

 このサンドイッチはシャロンの特製だ。しかも食材はネロ商館にあった鮮度の良い物を使用している。美味しくないわけがない。

 小さい口でパクパク食べている様はまるでハムスターのようで愛らしい。俺以外の三人もいまや優しい表情でアリスを見つめていた。

 ……まさか『集束魅了』が発動してたりしていないだろうな? 小声で『真理直結』に確認してみたが、それは杞憂だったようだ。一安心。


「お、遅れてしまいましたが、その……助けていただいてありがとうございました」


 サンドイッチ一つを食べ終えたアリスは皆の視線に気付き再び顔を赤くした後、慌てたように頭を下げてきた。食べ物に夢中になったことか、お礼をし忘れていたと思ったことか、顔を染めた理由はどっちだろうか。まぁどっちにしろ気にしてないわけだが。


「問題ない。むしろ間に合って良かった。でもどうしてあんな森の奥に? あの感じだと、魔獣が出るのも珍しくなさそうだが」


「あ、その……じ、実は今日、お婆ちゃんのお誕生日で……。でも私何かを買うお金もないし、何か作れるほど器用でもないので……綺麗なお花だけでも摘んでいこうかと……」


 尻すぼみにどんどん声が小さくなっていき、終盤はもはや聞き取れないレベル。

 心根の優しい子なんだろう。祖母を祝うために危険があるかもしれないとわかっていながらも動いてしまうほどに。

 だが彼女が罪悪感を覚えているのはそれだけが理由じゃないだろう。


「止められていたんだな? 魔獣が出るから、なんて理由じゃなく、異能力のことで」


「は、い……」


 だろうな。

 アリスと、そして家族は異能力『集束魅了』のことを知っていたんだろう。その制御がまったく出来ないことも含めて。

 だからこそ俺たちが近付くとき、アリスは「来ないで」と叫んだし、俺が異能力の解消方法を告げたときに驚きながらも素直に応じたのだ。


「……私の異能力、『集束魅了』というらしいんですけど、制御が全然出来なくて……何かの拍子に発動してしまうと、誰もが私を襲おうとするんです。それがどれだけ親しい人でも……」


 おそらくフォレストウルフがアリスを襲おうとしたのもこの異能力に汚染された影響だろう。いくらなんでも数が多いとは思っていたが、そこから何も考慮しなかった自分の間抜け加減に嫌気が差す。


「だから村の外に出ることも極力控えさせられていました。村の方々にも迷惑を掛けるので……。でも、それでもお母さんもお婆ちゃんも私を見捨てないで守ってくれました。お荷物な私だけど、だからこそお誕生日を祝うくらいはしたくて……!」


「あぁちょっと待て! 罪悪感を覚えて反省するのも良いが、涙は流すな! 泣かれてしまうとまた『集束魅了』が発動する!」


「あ……ご、ごめんなさい!」


 わたわたと瞼を抑えるアリス。今回はどうにか間に合ったようで一安心だ。

 涙を抑えたアリスは、不思議そうな顔でこちらを見る。


「……でも、驚きました。どうして私の『集束魅了』の発動が涙だってわかったんですか? 私たちいままで全然わからなかったのに……」


「あー……」


 まぁ、気になるよなぁ。

 ちらりと見ればリリアナやニーナも何やら頷いている。二人も自分たちすら知らない、あるいは秘匿していた事情を知っている俺のことを不思議には思っていたんだろう。シャロンだけはまったく気にしている様子がないが……。


 この辺が良いタイミングか。俺は自らの持つ異能力、『真理直結』を含む全てを皆に説明した。

 その反応は、


「なにそれユウヤさん凄い! 異能力たくさん持ってるのも凄いけど、なんていうか一つ一つが便利過ぎる!」


「……さすがは魔王様。驚きすら通り越してしまったわ」


「ユウヤ様ですから」


 驚くニーナ、呆れたようなリリアナ、そして何故かドヤ顔のシャロン。なんでお前が得意げなんだ。


「すまんな。万一を考えていままで話せなくて」


「……いいえ、隠すのも当然のことだと思うわ。それくらい魔王様の異能力は異常だもの」


「そうだね。私のこの身体なんかよりよっぽど希少だろうし、下手なことしたら狙われちゃうかもだしね」


 三人とも理解を示してくれて助かった。まぁ激昂してここでお別れ、なんてことにはならないだろうとは思ってたが、全面的に肯定してくれたのは素直に嬉しい。

 これでこのメンバーの前では『真理直結』への問いかけを誤魔化す必要もなくなったわけだ。


「あ、あの!」


 と、それまで驚きで硬直していたアリスが突如必死の形相で詰め寄ってきた。


「その『才能開花』という異能力が、人が持っている、あるいは今後持つことになる才能や技術を全て得たことにしてくれる能力だってことは、もしかして……!」


 驚きはない。アリスに『才能開花』の話をすればこうなることはわかっていた。

 だから俺は落ち着けるように肩を軽く叩いてから頷いて見せた。


「あぁ。『集束魅了』も制御することが出来るようになるだろう」


「っ……! お、お願いします! 私に『才能開花』を使ってもらえませんか!? お礼なら必ず――」


「あぁ、別に構わないぞ」


「何でも……って、え!? い、良いんですか!? そんなにあっさりと!?」


「もちろん。それに、偶然が重なってこんな結果になってしまったが、元々俺たちは君に会いにトーラス村へ向かうところだったんだから」


「え、わ、私にですか!?」


 何度も驚くアリスの様子が可愛らしくて、つい笑ってしまいながらも、こちらの事情を説明した。


「……というわけで、元々俺は協力が得られた段階で君に『才能開花』と、それと望むなら『才能増幅』を使うつもりだった。あぁ、もちろん事情を知ったからには、協力を拒まれても『才能開花』だけはするつもりだから交換条件とかそんな風に考える必要はない。君の意思を聞かせてほしい」


 唐突な話だろう。近々ゼルエンを潰すから、その戦いに協力してほしい、などと。

 正直な話、アリスと出会ってからこの子を革命に誘うのは止めようかとも思った。俺の不手際であるが、アリスはまだ十二歳で子供。こんな歳の子を、才能があるとはいえ戦いに加担させることに抵抗を覚えたからだ。

 だがそれは大人の傲慢だろう。実際アリスは過ちを悔やみ、家族を想い、無力に嘆き……年齢相応以上の思慮深さを持つことはもうわかっている。

 それに俺が彼女を見つけた条件の一つに「ゼルエンないし貴族に対し恨みを持っている」という項目があり、アリスが引っ掛かった以上、立ち上がる権利は等しくあるはずだ。

 この子なら自分で考え、自分で結論を出し、その言葉に責任を持てるだろう。そう信じたからこそ俺は誘った。あとは彼女の意思を待つだけだが……どうやら、そんな必要もないらしい。

 思考は数秒。再びこちらを見る視線には、年齢を感じさせぬ真摯な想いが込められていた。


「是非、私も協力させてください。もちろん『才能増幅』もお願いします」


「良いんだな? 戦うということは、誰かを殺すこともある。その辺り軽視してはいないか?」


「頭の上では理解してます。……もちろん本当にその状況になったとき、きっと動転するし、震えたりすると思いますけど……でも、それが必要なら、覚悟はしてます。もうただ黙って隠れて守られて、誰かが犠牲になるなんて、そんな結果は嫌だから!」


 揺るがぬ意思と、固い決意がそこにはあった。そこに大人も子供もないだろう。


「わかった」


 アリスの宣言。俺はそれを受け入れ彼女の額に手を伸ばし、『才能開花』と『才能増幅』を施した。


 ――育て。


 魂に刻まれる才能は、リリアナ同様既に蕾にはなっていたが、歪んだ育ち方をしていた。それを矯正し、成長させ、『才能増幅』も使い一気に大樹へと進化させていく。

 開花した花の色は水色。プリムラを彷彿とさせる鮮やかな花だった。


「終わったぞ。……わかるか?」


「あぁ……、はい。わかります。いままで使いこなせなかった『集束魅了』が、手に取るように」


 元々持っていた異能力だから、感覚自体はあったんだろう。それを正確に掴みとることが出来たらしい。

 感極まって目尻に浮かんだ涙を見ても俺たちは何も感じない。間違いなくアリスが自分の異能力を掌握した証明だろう。


 嬉しそうに感慨にふけっているアリスをしばらくそのままにしてあげている間に『広域掌握』で成長度合いを確認してみる。

 リリアナ同様、既に所持している『集束魅了』はそのままに、新たに得た異能力がなんと四つもあった。

 一つ目が『武装理解(槍)』。リリアナが持っている異能力の槍版だ。しかし何故槍なんだろうか。

 二つ目が『高速思考』。そのまんま文字通りの意味で、高速で思考することが可能になる異能力。パッと見では地味なように思うが、その恩恵は計り知れないだろう。

 三つ目が『感情増幅』。『集束魅了』同様精神干渉系の異能力のようで、一定範囲内の指定対象が得ている感情を増幅させる効果があるらしい。例えば少し嬉しいときに利用すれば涙を流すほどの大興奮になり、少し悲しいときに利用すれば自殺すら考えるほど悲嘆に暮れる、といった具合だ。使い方はいくらでも思い浮かぶ。味方の士気高揚から敵の士気激減まで、便利な異能力だろう。

 四つ目、これに一番驚いたが、なんと『広域掌握』。そう、いま俺が使っているものとまったく同じ異能力だ。

 

 総合するに、やはりリリアナと同じく既存の異能力と相互補完し合えるようなラインナップと言える。

 特に『集束魅了』と『感情増幅』は揃って精神干渉系かつ複数対象広範囲型の異能力。『広域掌握』によって周囲の状況が細かくわかれば、これらの異能は更に効果を増すだろう。

 全体的に精神干渉に特出した能力者のようだ。加えてある程度以上の魔法も扱えるようだし、『武装理解(槍)』があるから近接戦にも対応出来る。


 ……対策を施してない場合、俺たちの中で一番厄介なのはアリスじゃないか?

 少なくとも俺が敵の指揮官だったらアリスを一番危険視するレベルだぞ。

 だが味方ならこれほど頼もしいこともない。俺は手を差し出し、


「これからよろしく頼む。アリス」


 アリスは嬉しそうに笑顔で頷き、両手で握り返してきた。


「うん。ご恩に報いるように頑張ります。任せて、ユウヤさん!」


 こうして新しい同志が仲間に加わった。

 

アリスが貴族を憎んでいる理由は次回出てきます。

むしろ次回辺りから話が結構動いていきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ