革命を
さすがに騎士の死体が転がる荷馬車にいつまでもいるのはどうか、ということで俺たちはネロの商館に引き返した。
本来なら借りている宿場に戻るところだが、事情が随分と変わってしまったので早速ネロたちに力を借りることにしたのだ。
さすがのネロも夕方別れた相手が数時間で同行者を倍にして戻ってくるとは考えてもいなかったのか、ぽかんとしていたのはなかなか面白い光景だったが。
「今日一日で随分といろいろ変わりましたね」
通された客間には現在俺とシャロンしかいない。他の面々は所用で外している。
今日の日中までは二人での行動ばかりだったのに、言うとおり半日でえらい変わりようだった。
ネロやロジャーといった協力者、そしてリリアナともう一人の少女という仲間が増えた。なかなかに濃い半日だったと言えるだろう。それに、
「そうだな。変わった」
変わったと言えば、俺の心境もまた変わった。
そして心が変われば当然行動もまた変わってくる。俺は今回の一件で一つの決意をしていた。
「……なんだかユウヤ様の雰囲気が少し変わったように感じます」
対面に座るシャロンから思わぬ指摘を受けて、少しばかり驚いてしまう。
そんなにわかりやすい変化をしているだろうか?
「へぇ。どういう風に変わったように見える?」
後学のために訊ねてみると、シャロンは顎に手を添えながら、
「そうですね。いままでは……少なくともリリアナさんを救うところまでは、どこか一歩引いた視点で動いているように見えました。全ての物事を俯瞰的に、冷静に捉える人だと。ただ先の一件から……何と言いますか、感情が顕著になったと言いますか、えーと、言い方があまりよろしくないかもしれませんが、普通の人間に見えるようになった、みたいな……」
普通の人間に見える、か。なるほど。言い得て妙だ。なんとなくシャロンから見た俺の変化が透けて見えてくる。
良い機会だ。シャロンにもきちんと言っておこう。
「いや、シャロンの指摘は間違ってない。それにも関係あるが、お前に一つ謝ることがある」
「え? 一体何でしょうか……?」
シャロンがキョトンとした様子で小首を傾げる。確かに何の前振りもなしで謝ると言われれば困惑するのも仕方ない。
だが俺が姿勢を正せば、それが真剣なものだとすぐに察し、真摯な表情で俺の言葉を待ってくれる。
俺がこれから言うことは、あるいはシャロンの反感を買うかもしれない。だがそれはそれ。俺の意思はもう決まった。だから躊躇うことなく口を開く。
「俺はお前に助けを求められて、それに応じた。奴隷の解放は必ず成し遂げる。そして助けた者の責任として、必ず降りかかるだろうゼルエンからの火の粉も払うつもりだった」
奴隷を助けて、はい終わり、ではあまりにも無責任だろう。
助けると言ったからには、それに連なって発生する面倒事も含めて助けなければ何の意味もない。
だからこそ俺はゼルエンとの対立を辞さないと考えていた。
「だがそれは決して積極的に貴族と敵対するというわけじゃない。相手が動かなければ動かない。そういうスタンスで行くつもりだったし、ネロと話しているときもそのつもりだった」
ゼルエンという貴族が民に害を成す人間であることは疑いようがない。だが全ての貴族が同列ではないと思っていたから、目の敵にされない限りは自発的に動くつもりはなかった。
あくまで助けを求めたシャロンに応じたためであり、リリアナの復讐のために力を貸すだけ。シャロンの言葉にあった「一歩引いた視点」というのも当然で、俺はあくまで助っ人のような立ち位置でいるつもりだった。
「……が、気が変わった。あの子を見て、この国の実情を理解した。予想以上なんてものじゃないほどに歪んで腐った国の体制を」
ゼルエン一人の問題じゃない。それを取り囲む貴族だけがおかしいわけでもない。
何故ならこのテンスワード自治領が属するライナット王国、その国王からして非人道的な人体実験を行い、挙句に売りさばくなどという外道だ。その傘下にある貴族たちが非道を非道と思わないのも当然と言えば当然だ。何せそれを諌める者もいなければ糾弾する者もいないのだから。
これでは民はただただ支配階級の者たちの替えの利く玩具であり、道具であり、金を生み出す装置でしかない。
その有様は、俺が元の世界で寄る辺にしていた『国』の在り方そのものを否定している。これを目にして無視をするのは、俺が生きて、そして死んだ元の世界での行動や悔恨を全否定することに等しい。
生まれ変われたなら、と望み、そしていま新たな生がある。
力があれば、と望み、そしていま強い力がある。
求めたもの全てが整った状態でこの国を肯定してしまえば、俺をここに呼んだ神はさぞ大きく嘲笑するだろう。
それ見たことか、何があろうとお前は何も変わらないじゃないか、と。
「だから俺は戦うことを決めた。シャロンに助けを請われて、シャロンのために戦うんじゃない。俺が、俺の意志で、この国の在り方を否定するために戦うと決めた」
誰かのためでなく自分のために。シャロンの言う「普通の人間」っぽい、とはつまりそういうことだ。
第三者でも助っ人でもなく、当事者として、自らの意志で、積極的に戦いに打って出る。
そうでなければ、俺は生前の俺に嘘をつくことになるのだから。
「……ユウヤ様が自分の戦いを行うこと。理解しました。それで私に謝るというのは?」
「シャロンのための戦いだったら、事は進んでもゼルエンとの戦いで終わりだった。奴隷解放がシャロンの目的だったからな。……だが俺の望みは、そこで終わりじゃなくなった。むしろそこからがスタートだと言っても良い。そこから更に長く、大きな戦いになっていくだろう」
ゼルエン一人をどうにかしたところで無意味だ。土壌からして腐敗しまっているこの国では、腐ったリンゴ一つ取り除いたところで何も変わらない。
体制そのものをどうにかしたければ、貴族だけじゃなく王族、テンスワード自治領だけじゃなくライナット王国にも戦いを挑む必要がある。
それは当初の予定よりずっと規模の大きい戦いだ。もちろん俺一人でどうにか出来るような戦いではない以上、多くの人を巻き込むことになるだろう。しかしシャロンをそこにカウントすることは出来ない。彼女の目的と俺の目的は異なるからだ。
「だから……すまない、シャロン」
シャロンに頭を下げて、言う。
「お前にそこで離脱してもらうわけにはいかなくなった。どうか最後まで協力してほしい」
シャロンは強い。この世界の個人戦力の程度はおおよそわかってきたが、比べるべくもないほどだ。
特に彼女の売りはその圧倒的な魔法火力であり、その真価は集団戦でこそ発揮される。何せ戦車以上の火力を連発出来る人間だ。相手からすれば悪夢だろう。
だがリリアナたちの例から見ても、どのような能力が開花するかは人によりけり。シャロンのような人材と今後出会えるかわからない以上、その力は今後の戦いでも当てにしたい。
……シャロンにとって困る言い方だという自覚はある。
彼女の目的は奴隷解放であり、その安全の確保と復讐を含めてゼルエンを倒すために力を欲し、俺はその力を与えたのだ。なのにより危険な戦いに力を貸してほしい、というのは詐欺も良いところだろう。
だがシャロンは俺に恩があり、それを借り受けたまま良しとする人間じゃない。だから端から断るようなことはしないだろう……なんて、そんな打算も考慮している自分に腹が立つ。
第一声は怒声か困惑か。その辺りを予想していたんだが、頭上から聞こえてきたのは大きな溜め息だった。それもどちらかと言えば安堵したような。
「……シャロン?」
「あぁいえ、良かったぁ、と安心したところで。私はてっきりそこでお別れだと言われるのかとヒヤヒヤしてました」
「うん?」
……なんか内容が噛み合ってない気がするんだが。その言い方だとまるで……。
「謝られる必要はありません。ユウヤ様が国を敵に回すというのなら、私も喜んで付き従いましょう」
頭を上げて見えたものは、嫌な顔一つせず、むしろ望むところだと言わんばかりの力強い笑顔だった。これには俺の方がたじろいでしまう。
「いや、だって、良いのか? お前は奴隷、つまり同じ村の人を解放するために力を得たのであって、リリアナたちとは違うだろう」
「確かに。でもゼルエン一人が悪い貴族というわけではありませんし、同じように苦しめられている人を救うためならそれは私の目的に沿う形でもあります。リリアナさんの時にも言いました。私は救える人を救うために力を欲した、と。それに……」
「まだあるのか」
「はい。それに、ユウヤ様は何もない私の嘆願に応じてくださいました。そして戦えるだけの力さえも授けてくれました。……私はこれだけのことをしてもらいながら、何も返せていない。だから私をユウヤ様が望んでくださるのでしたら、ようやく恩に報いることが出来るというもの。これが喜ばずにいられましょうか!」
近付いてきたシャロンが俺の手を大事そうに取る。熱よ届けとばかりに力強く握られたうえで、
「私の理想も、私の目的も、私の恩返しも、全てユウヤ様の目指す先と一緒です。だから私はユウヤ様と共に戦います。戦わせてください」
ね? と小首を傾げてられてしまえば、もう何も言えない。なんだこの極悪なコンボ。シャロン、天然であざといな。
あとなんていうか、罪悪感が半端じゃない。俺はシャロンを貴重な戦力として引き留めて、シャロンは俺に恩人に報いるためにと応じてくれた。この差よ。ほんの少し涙が出そうだ。
だけど……正直助かった。シャロンが良い子で良かった。
こんな良い子を、あのときちゃんと助けてあげられて、良かった。
「……元々こっちからお願いしたことだ。そういうことならシャロンの気持ちに甘えさせてもらう。改めてこれからもよろしく頼む」
「こちらこそ、です!」
笑顔のシャロンに、俺は苦笑しながらその手を握り返す。
……そしてそんな様子を気配なく近くで見つめているリリアナ。
「……話は終わった?」
「ひぃ!?」
ビクゥ! とシャロンの肩が跳ねる。俺たち以外の声が突然響いたことに驚いたんだろう。
俺は常時展開している『広域掌握』でさすがに部屋に入った瞬間には察知出来たから難を逃れたが、まぁやっぱりこうなるよな。恐るべきは『気配遮断』か。
「び、びび、ビックリしました! い、いつからそこに?」
「……ユウヤ様が国を滅ぼすなら私も嬉々として滅ぼしましょう、って辺りから、かな。魔王様はわたしに気付いてたけど」
「いや誰もそんな物騒なこと言ってませんからね!? っていうかユウヤ様も気付いてたんなら教えてくれても良いじゃないですかー!」
「あの場面でリリアナがいるぞ、って止めるのも変だろ。っていうかリリアナはその呼び方止めような」
「……良いじゃない。魔王様。だってこの国を潰すんでしょう? 王族貴族からすれば間違いなく魔王そのものだと思うけれど」
……見方によっては確かに魔王のようなものかもしれないが。
っていうかこの世界に魔王って存在は実在するのか? まぁいまはどうでも良いが。
「聞いてたんなら話は早い。で、お前はどうする? ゼルエンへの復讐ということで手を貸してもらったわけだが」
「……シャロンは引き留めて、わたしは引き留めないの?」
「引き留めたいが、シャロンの一件でちょっとばかし罪悪感を抱えていてな……。もちろん付き合ってくれたら助かるんだが」
前髪の向こうからジト目が突き刺さってきていたが、仕方ないとばかりにリリアナは小さく笑い、
「……シャロンと同じ。ゼルエンだけ潰しても何も変わらないわ。だから魔王様についていく。わたしも、気持ちは同じだもの」
「……そうか。ありがとう」
心強い言葉に、胸を撫で下ろす。
リリアナとはまだ数時間の付き合いだが、きっとこの子ともこれから長い付き合いになっていくんだろう。そんな予感があった。
「ところで、戻ってきたってことは例の件は終わったんだな?」
「……問題ない。さすがは魔王様」
グッとサムズアップするリリアナ。この子も素はなかなかに剽軽なのかもしれない。
ともあれこの反応ということは、どうやら万事上手くいったようだ。だがその成果の姿はない。
「で、当の本人はなんで扉の向こうからこっちに入ってこないんだ?」
「……意外に恥ずかしがり屋なの。箱の中にいた時点で胸以外ほとんど裸みたいなもので今更でしょうにね」
「ちょ、リリアナちゃんどうしてそういう恥ずかしい言い方するかなぁ!」
バーン! と豪快に扉を開けて入ってきたのは桃色の髪を後ろで一つに纏めた少女だった。
そう、少女だ。人間の手足を持ち、翼なんかもなく、ごくごく一般的な人としての身体。
だがその少女こそ先程仲間になった、ロック鳥とのキメラにされた少女――ニーナだった。
「ニーナ。調子はどうだ?」
「あ、えっと、うん、ご覧の通り、おかげさまで人間の身体で動けるようになったの!」
てへへ、と照れたように、それでも嬉しそうにその場でターンして見せるニーナ。
ネロ商会から必要経費ということで手に入れた女性用の服から覗く手足は、幻覚でも義手義足でもなく、紛れもない人間のものだ。
「上手く行くかは五分五分くらいだったが……良い結果になって一安心だ」
これは『才能開花』と『才能増幅』によってニーナが得た異能力の一つによるものだ。
それは『肉体変成』。その文字の通り、自らの肉体を変成させることが出来る異能力だ。
あまりに都合が良い異能……というわけじゃない。俺は高い確率でこういった異能力をニーナが得ると踏んでいた。
その根拠は二つある。一つはリリアナだ。リリアナは最初から『気配遮断』の異能を持っていたが、新たに得た異能力は全てその『気配遮断』を更に高めるようなものばかり。当たり前と言えば当たり前だが、その人間の才能から生み出されるものである以上、その効果は元の人間に依存する。
そして二つ目の根拠は、ニーナが合成実験で生き残った数少ない人間である、ということ。実験自体は失敗だったにも関わらずニーナが生き残ったのは、彼女側に受け入れられるだけの何かがあった、という可能性が高い。
つまりそれこそがニーナの素質。これを開花させ増幅させれば、魔獣との合成から生還した何かしらの異能力が目覚める、と考えるのはさほど的外れではないだろう。
結果はこの通り。『肉体変成』の素質があったからこそ、魔獣と合成されて身体が変質しても命を落とすことがなかった、というわけだ。
他にニーナが得た異能力は『異能略奪(魔獣)』。俺が持つ『異能略奪』の魔獣限定版のようだ。『真理直結』にそれとなく確認してみたところ、異能力を持つ魔獣というのはそれなりにいるらしい。
そしてもう一つが『風力支配』。魔法を使用することなく風の力をある程度操ることが出来るという異能力だが、前者二つの異能力とは随分毛色が違う。おそらくこれはニーナの、というより彼女と合成されたロック鳥という魔獣の才能が開花された結果なんだろう。
意識自体はニーナがベースになっているが、身体組織としては間違いなくロック鳥の分も含まれているが故の異能力開花だと思われる。
余談だが、この結果から考えると『才能開花』や『才能増幅』はどうも対象が人間である必要はないようだ。魔獣などが使役出来るかどうかはわからないが、そういう機会があれば一度試してみるのも良いかもしれない。
「ニーナさん、その服はどうしたんですか? ちょっと独特というか、あまり見ないものですけど」
そういえば、と今更ながらに俺も気付く。シャロンが不思議そうに指摘したニーナの服装は、確かにこの辺りでは見かけない。だが俺にとっては珍しいものではないので、最初まったく気にならなかった。
それは着物だ。袖口がやたら大きく、首回りがやけにぶかぶかで、裾や襟下が短くミニスカートのようになっている特殊な感じではあるが、構造的には紛れもなく着物だった。
和風の服装があるということは、この世界にも日本みたいな文化発展をしている国がある、ということだろうか? ……それは追々確認すれば良いか。
「あ、ネロさんが用意してくれた服の中で一番可愛かったからついこれにしちゃったんだけど……変、かな」
「いいえ、可愛いと思います。でもそれだとおそらく外を歩くには大分目立つと思いますけど……大丈夫ですか?」
シャロンはきっと、見世物扱いされてきたニーナが衆目を集めることでまた心を痛めるのでは、と危惧しているんだろう。そんな配慮をニーナも察したらしく、嬉しそうな顔で「大丈夫」と応えた。
「心配してくれてありがとう、シャロンちゃん。……正直ね、人の視線を怖いと思う気持ちはまだあるんだ。でもこれからすることを考えれば、そんなことで怖気づいてちゃやっていけないと思う。だからこれは私なりの覚悟でもあるの。これくらいでへこたれないぞ、って」
「それは……ええ、とっても素敵なことだと思います」
元来ポジティブな性格なんだろう。これまであったことで身を竦ませて不安に思いながらも、立ち上がったからには前に進もう、という気概が見て取れる。
あれだけの人生を歩んで、一度絶望しながらも、立ち上がってすぐにここまで持ち直せるのはもはや一種の才能と言っても良い気がするな。多分に自己暗示的な部分があるんだろうが、それでも立派だ。
「あと、改めて。ユウヤさん、私を見た目だけとはいえ人間にしてくれてありがとう。この恩は必ず返すから」
こちらに向き直って物凄い勢いと角度で頭を下げてくるニーナ。その勢いに思わず苦笑してしまう。
「さっきも言ったが結果的に上手くいっただけだから気にするな。それに恩はすぐにでも働きで返してもらうさ」
働き、というキーワードに反応してニーナの表情が真顔に変わる。
「……それって、つまり王国で反乱を起こすってことになるのかな」
ニュアンスとしては正しい。今後の方針はこの自治領、そしてライナット王国に喧嘩を売っていく形になる。
だが戦いはあくまで手段であって目的ではない。狙いはあくまでこの腐敗した国家の体制そのものをどうにかすることだ。つまりは、
「反乱で終わってしまったら意味がない。成功させたうえで、国家の体制を覆す。つまりは……革命だな」
反乱とは支配階級に武力で反発すること。革命とは政治や体制の仕組みを変革すること。その二つには字面以上に大きな差がある。
「革命、と聞くと壮大なイメージになりますね」
「だからこそだ、シャロン。いまはともかく、行く行くは大規模な争いに発展していく。多くの人間を巻き込むだろう。味方も集めることになるだろうが、反乱なんて安っぽい言葉を掲げてしまったら、ただ鬱憤が溜まった輩が我が物顔でしゃしゃり出てきて何してかすかわからんぞ」
よくクーデターや反乱なんか起きるとき、そこに便乗する形で略奪や暴行を行う輩が出てくる。それでは話にならない。そんな連中を抱えて戦局が有利に進んでも、結果的に王族貴族と領民の状況が逆転するだけになってしまう。
だからこそ革命という大層な名称を掲げることで、体制を覆すことそのものが最終目的だと明確にしておく必要がある。そういう意志の者が多く集えば、馬鹿なことをしでかす人間もかなり減るだろう。集団心理というのは良くも悪くも影響力の高いものだからな。
「とはいえ、それは最終目的であって現状ではまだまだ革命なんか語れない。王族貴族に支配されて、その現状を諦めて受け入れている者たちを立ち上げるためには、勝てるかもしれない、という希望を見せる必要がある。だからまずは実績を、証を立てる必要がある。だからまずその第一歩目として、既に予定していた件を利用してしまえば良い」
「奴隷解放とゼルエン打倒、ですね」
シャロンに頷きを返す。ゼルエンはともかく奴隷に関して知らないリリアナ、どちらもまったく知らないニーナに、これらの説明を行っておく。
全て聞いたリリアナは小さく二度ほど頷いて、
「……解放した奴隷はきっとゼルエンを叩くためなら力を貸してくれるでしょうし、奴隷を解放した実績があれば怯えてた他の村々も手を貸してくれるかもしれない。そうやって戦力を揃えて行くのね?」
「そうなるな。元々ゼルエンの打倒は視野に入れていた話だ。最終目的がほんの少し大きくなっただけと思えば大したこともない」
いやいや、とニーナが少し呆れた様子で手を横に振る。
「随分大それたことだと私は思うんだけど……。じゃあ、まずは奴隷の解放ってのを行うの?」
「いや、それにはまだ時間がある。その間に明日はもう一人有望な戦力に声を掛けに行く予定だ」
「……でもゼルエンに関してはあまり悠長にはしていられない、でしょ?」
リリアナの指摘は正しい。ニーナを救うために俺たちはゼルエン配下の騎士を討った。死体の隠蔽もろくにしていないから発覚するのはそう遠くないだろう。つまり近日中にゼルエンは敵対者の存在を認識する。
騎士たちがやれらたのは荷馬車目当ての盗賊だ、なんて頭の悪い解釈をしてくれる輩なら好都合だが、以前に『真理直結』で調べたゼルエンという人物像を考えるにそれは万に一つもないだろう。
とはいえその段階ではおそらく警戒程度。本腰を入れて防備を整えたりすることはないだろうが……、
「騎士たちへの襲撃、そこから立て続けに奴隷が解放されたとなれば、これらに関連性がないと思える人間はまずいないだろう。そうなればゼルエンも全力で動き始めるはず。完全に構えられてしまえば、烏合の衆で突破するのは難しくなってしまう。だから……」
「……奴隷解放に成功した後、出来る限り迅速に動いて対策される前に叩く。難易度が高いわね」
「ある程度は仕方ない。だが大丈夫だ。勝算は十分にあるし、何よりこれは俺たちにとって前哨戦だろ?」
道筋はある。万全とは言い難いが、そもそも十全に機能する作戦なんてありはしないのだ。それを考えればこの程度、まだまだ修正が利く範疇でしかない。
それにここは単なる通過点だ。ならこのくらい成し得ないことには先を語る資格さえない。
「ここから。ここから改めて始めよう。この国を潰し、この国を変える。そのための革命を」
掌を下に向けて皆の前に差し出す。その意図に真っ先に気付いたシャロンが恭しく頷いて、
「弱者が虐げられるだけの国から、革命を」
俺の手の上にシャロンの手が乗せられる。それで意図を理解したリリアナとニーナが視線を交わし、
「……正しい行いが排斥される国から、革命を」
リリアナが、
「人の尊厳を踏みにじる国から、革命を」
ニーナが、手を乗せる。
スタートはたった四人。だが志は皆同じであり、意気も士気も十二分。
俺が俺の意志で始める戦い。それがここから始まる。
ユウヤが本当の意味でここから主人公です。
(8/24 サブタイを変更しました)