挑戦状という名のリスタート
西暦二一三五年。第三次世界大戦が勃発した。
もはや切っ掛けが何だったかも忘れ去られる泥沼の激戦は何十年も続き、戦域は拡大する一方。世界中の過半数の国々を巻き込み、日本もそれを避けることは出来なかった。
あれだけ固執していた法律も速やかに改正され日本も軍を持つこととなるが、初動が遅い。既存の軍人だけでは増大していく消耗を留めることなど出来るわけもなく、過去の出来事と化していた徴兵制度が復活するのにそう時間は掛からなかった。
当時学生だった俺も当然のように兵士となり、世界中の戦場へ連れ回される始末。
本来行うべき訓練も、前線を維持するためだけの促成栽培で工程の半分以上が端折られる。それで実際の戦場に立って、一体どれだけの人間がまともに戦えて、どれほどの人間が生き残れるというのだろうか?
そういう意味で俺は運が良かった。いや、いまにして思えば逆か。嬉しくとも何ともないが、俺はどうやら人並み以上に人を殺す才能と、危険を回避する才能に長けていたらしい。
仲間が殺され、その敵を殺し続け、まともな理性などズタズタに引き裂かれた頃、滑稽にも俺は昇級を繰り返し、遂には自らが動くのではなく、人を動かす立場にまで至った。
自らの命が脅かされることはもうない、などと気を抜いたのが運の尽き。
末期も末期。勝つため、ではなく、崩壊しないためだけの戦争を指示する立場など地獄の沙汰以外の何者でもなかった。
勝てないとわかる戦場に突っ込めと言い、絶対に生きて帰れない戦場に自分より若い人間を押しやり、馬鹿をした上層部の尻拭いのために部下に絶対死守を言い渡す。
ただただ最悪を防ぐために、死体でバリゲートを作るような所業。
いやしかし何をもって最悪と称するのだろうか。そも国家とは何のためにあるのか。国あっての民ではなく、民あっての国ではないのか。にも関わらず、その民をすり減らして国を存続させることに意味はあるのだろうか。
そんなジリ貧がいつまでも続くわけもなく、日本は敗北した。
そして指揮する立場にあった俺は戦犯として勝利国に裁かれる。
聞き覚えもした覚えもない罪状が羅列され、弁護など介入する暇もなく満場一致で死刑だ。
正義が勝者なのではなく、勝者が正義なのだ。そんなことはもう知りたくないほどに知っていた。
敵国の人間を直に戦場で殺した。自国の人間を死地に追いやった。俺の言動で散ることとなった命は果たしてどれほどの数になるのだろうか。
それら全ての命と自分の命とで釣り合いが取れるなどとは微塵も思わないが、必要だというのならくれてやろう。
処刑日当日。戦犯扱いの俺は粛々と、などということもなく大々的に公開処刑だ。
敵国と自国、双方から憎悪の目で見つめられるのを直視し、思わず笑ってしまう。
誰にとっても自分が敵なのだ。いまこの場においては、国の垣根を超えて誰しもの心が一致している。そんな皮肉に、もはや笑うしかなかった。
「言い残したいことはあるか」
言い残したいこと? あるに決まってる。
拒否権はないから、行きたくない戦場に行く羽目になった。
命令は絶対だから、間違ってると思う作戦にも我が身を投げだした。
死にたくないから、名も顔も知らぬ敵の命を奪い続けた。
国を守るためだと担ぎ上げられたから、多くの自国民を犠牲にし続けた。
どこに俺の意志があった? どこに俺に選択権があった? ない。何もない。
全部が全部お前たちが悪い、などと言うつもりはない。どうしようもなかったとしても、実際に殺したのも、死地へ行けと言ったのも、俺だ。それらの責任を放り投げるつもりはない。
だがそれでも、
「もしも次の生があるのなら、そしてもっと力があったなら、俺は俺の思うがままに、俺の思う正義を成す」
流され狂わされ押し付けられて死ぬだけの人生など、それが俺の足跡なのだと、認めたくなかった。
このクソッタレな世界に神などいない。もし仮にいるのだとすれば、それは人間が考えるような公正で慈悲深い存在などではなく、ただただ口を歪めて盤面を高みから見下ろしぐちゃぐちゃにかき回すような最悪の存在だ。
そんな存在に負けないだけの力があれば、俺はもっと俺らしく生きて、俺らしく死ねただろう。
「では死刑を執行する」
歓喜と哄笑の響く中、俺の命はいともあっさりと狩り取られ、無色な人生に終わりが――、
「面白い」
間際、男とも女ともわからぬ、しかし害意と悪意が混同された声が聞こえて、
「ならばやって見せろよ人間。新しい舞台を用意してやる」
――意識は闇へ沈んで行った。
☆ ☆ ☆
……最初に感じたのは背中に感じる冷たさだった。次いで、固さ。
自分はどこかに寝ているらしい。しかし、どこに? 先程まで処刑台に立たされて……ではここは地獄なのだろうか?
おそるおそる目を開くと、そこは暗闇だった。やはり地獄か、とも考えたが、どうも違うらしい。
固くて冷たいのは、地面に横たわっていたからのようだ。とはいえ砂地の地面でも建物の床でもない。手触り的には石のようだが、人工的なものともまた違う。表面はゴツゴツしており、研磨された形跡はない。
暗闇に視界が慣れてきたようで、周囲の様子もおおよそ見えてくる。どうやらここは何らかの洞窟らしい。だが何故自分はこんな得体のしれない洞窟などにいるのだろう?
「っていうか、ここはどこだ? これが地獄ならえらく地味だと思うんだが……」
『現在地、テンスワード自治領、領地から南西に少し外れた洞窟。この洞窟に名はない』
耳元で聞こえた声に驚いて即座に立ち上がり距離を置いて振り返る。直接戦場に赴くことは少なくなったとはいえ、仕込まれた軍人としての本能が一瞬で身体を動かした。だが、
「……誰もいない」
人の気配はなかった。この洞窟は一本道のようで、目に見える範囲で隠れる場所などもなさそうだ。では空耳? いや、それにしは聞き慣れない地名が出てきていたと思うのだが。
「テンスワード自治領……とか言っていたか。そんな国、俺は知らない。一体どこの大陸の、どんな国なんだ?」
『テンスワード自治領はノースエレメント大陸の西端に位置する半独立国。ライナット王国から認められた自治領の一つである。ライナット王国の封建制を踏襲しており、領主を筆頭として複数の貴族によって自治されている。人口はおよそ十二万人、総面積は……』
「またか……!」
周囲を見渡すが、やはり声の主と思しき人間はいない。幻聴、あるいは幽霊とでも交信しているのだろうか。わけがわからないが、それでもなお謎の声はテンスワード自治領とやらの説明をまるで辞書を音読するかのような平坦な声で続けている。
……待て。辞書?
ふと声が聞こえたタイミングを思い返すと、それは俺が何か疑問を口にしたときだったような気がする。もしも俺の勘が正しいのなら……。
「俺は誰だ」
『ユウヤ・カイザキ。現世界において、二十二歳。男性』
やはりこの声は俺が疑問に思ったことに対して自動返答するもののようだ。機械的だと感じていたが、そういうものなのだろう。
しかし相変わらず声の発生源は見当もつかない。あるいは狂った俺の単なる幻聴という可能性もないではないが……。
「いや、それは単なる現実逃避か」
不理解な状況に陥って現実逃避をすることがいかに時間の浪費であるか、俺は戦場で嫌になるほど教えられた。自分の身で感じたこと、それ全て現実であると認識したうえで即座に対応しなければその代価は命で贖われることになる。
現状何もかもがわからない状態だ。少なくとも俺の名前を当てたということは、発言が嘘八百ということもあるまい。この謎の声の内容が正しいと仮定したうえで、少し整理させてもらうとしよう。
「俺は死んだとき四十歳を超えていた。何故二十二歳になんてなっている?」
『転生と再生による最適化。ユウヤ・カイザキにとっての肉体的な最大パフォーマンスが当該年齢であったための措置』
「転生?」
『生まれ変わること。輪廻という別称も存在する』
「この聞き方は駄目か。……何故俺が転生なんてすることになった?」
『ユウヤ・カイザキが神を挑発されたため。ユウヤ・カイザキは神にとっての試行プログラムの一環に選ばれ、現状に至っている』
神を挑発? そんなことをしたつもりは……いや、死ぬ間際のアレか。なるほど、どうやら神様ってのは実在したらしい。それも俺の予想と同じようなクソッタレな存在として。
生まれ変わったら、と俺は言った。そして実際、こうして俺は新たな地に転生したらしい。
荒唐無稽、と理性は鼻で笑うが、実際身体で感じる何もかもがここが日本であることを否定している。とりあえず暫定で認めざるを得ないだろう。
では、もっと力があったなら、という発言はどういう解釈をされたのだろうか?
「俺の力とは――」
「きゃああああああ!!」
質問が女性の悲鳴にかき消される。洞窟故に声が反響しているようだが、この声は大分先から響いているようだ。
「……仕方ない。謎解きは後にするか」
声の感じ、かなり切迫していた様子。そちらを優先するのは間違っていないだろう。
急ぎつつ、しかしなるべく音を立てないように配慮して洞窟の先を進む。だがその配慮はあまり意味がなかったかもしれない。そんなことをしなくても相手は小さな音など気にしている余裕はなかっただろう。
「い、いや! やめて、離してぇ!」
「うるせぇ、静かにしろ! お前はもう売られた存在だ! 所有権は俺たちにあるんだよ!」
「私はあなたたちのものなんかじゃ……! いやぁ!」
「やかましいっつーの! くそ、あの奴隷商人、躾がまるでなってねぇじゃねぇか!」
男女の激しい言い合いと、暴れまわる音。さっきまで俺がいた通路から比べ随分と広い空間に、彼らはいた。
積んである木箱の陰に隠れながら様子を見る。人間の数は見える範囲で七人。真ん中で組敷かれている少女と、それを抑えつけようとしている男が二人。それを面白そうに眺めている男が四人。
いま隠れている木箱と同じようなものが周囲にいくつも置かれており、いくつか蓋が空いているものからは酒瓶やら果物やらが見え隠れする。
こちらから見て奥、おそらくは洞窟の入り口なのだろう。薄らと光の見える位置に休んでいる馬が数頭と、その近くに無造作に剣やら槍やらの武装が置かれている。銃器らしきものは見当たらない。
「あいつらは何者だ? 大雑把で構わない」
『男六人は近隣を縄張りとする山賊。女は元下流家庭の庶民。現在は奴隷として売られ、所有権は山賊にある』
大雑把に、という注文も受け付けてくれるようだ。
それにしても山賊に奴隷か。確かにどっちの身なりもそれっぽい服装だ。異世界という話も真実味を帯びてきたかもしれない。
ともあれ、あの山賊の男の主張に誇張はないらしい。この世界においての正当な手順によって手に入れたのであればそれを糾弾する資格など俺にはないのだろうが……。
――もしも次の生があるのなら、そしてもっと力があったなら、俺は俺の思うがままに、俺の思う正義を成す。
この国の、いやこの世界の奴隷制がどういうものなのかは知らない。聞けば謎の声が教えてくれるだろうが、いまそれを知る必要はないだろう。
この現状は、俺が神を挑発したから発生した事態だ。そして神とやらは性格はねじ曲がっていても公平性は持っているらしい。
この声とて、聞けばいかなる疑問にも返答するというのなら、それだけで十分強大な力と言える。そしておそらく、俺の身に授けられた力はそれだけではない。
生き返らせた。力を与えた。つまり俺は自分で言った発言のスタート地点に立たされたのだ。なら俺がこの新しい生で、この世界ですべきことは何か? 決まってる。
「俺は俺の思う正義を成す。誰かに命じられるわけでも、誰かに押し付けるわけでもない。俺が、俺の意思で、俺が正しいと思う通りに動く」
だから俺は隠れるのを止めて、広場に姿を見せた。わざと木箱を蹴ってこちらに注目させるように。
「……あん? なんだテメェ」
七人の視線がこちらに集まる。うち六人のそれは剣呑。もう一人はただ驚きのみ。しかしそれだけだ。武器を構えることもしない。
……こいつら本当に山賊か? 山賊というからには力で物を言わせるような連中だろうに、危機意識が低すぎるんじゃないだろうか。軍ならば所属不明の人間に出くわして構えもしない兵士は即座にあの世逝きだが。
「オイ、俺は何者だって聞いてんだぞ!」
「別に俺が誰かはどうでも良いだろう。それより嫌がる女性を強引に襲うっていうのは男として終わってると思うんだが、いますぐ止めてさっさと立ち去るつもりはあるか?」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。コレは俺たちの所有物だ。テメェにとやかく言われる謂れはねぇ。ってか、そんな戯言のために楽しみ邪魔してくれたってんなら容赦しねぇぞアァ!?」
「凄めばどんな相手でも言うことを聞くと思ってるならその勘違いは命取りだな。あぁいや、事実そうなるわけだが」
「なんだと! テメェ、どうやら死にたいらしいな!」
怒鳴りつつようやく剣などの武器を手に取り始める山賊たち。随分とテンプレな反応に思わず苦笑してしまう。
腰が入ってない。構えも雑。注意力も散漫。異世界特有の特殊能力でもない限りは素手でも対処出来そうな連中だ。いや、そうだろうと思ったからこんな風に姿を晒してるわけだが。
「三流も三流、か。まぁ良い。……無駄だと思うが、最後通告だ。いますぐ立ち去れ。俺は殺意を向けられた相手に躊躇するような優しい人間じゃないぞ」
「どんだけ頭沸いてんだテメェ? その傲慢な態度、すぐに泣き顔に変えて首晒してやんよ!」
「そうか。なら仕方ない」
こちらもこの世界での戦いは初心者だ。勝手が違うのだから、難易度が低いに越したことはない。それともあれか、これも実は神とやらが用意したチュートリアルだったりするのだろうか。
……あながち間違いじゃないかもしれないな。異世界に転生させるような存在なら、これくらいの運命操作も不可能じゃなさそうだ。であれば折角だ、俺が持っているだろう力とやらを試させてもらうとしよう。
「俺が持っている力とは何だ。殺傷能力の高い順に六つを示せ」
「あぁ? テメェ何を言って――」
『殺傷能力順一位、闇魔法第二位級『デス』。対象を指差し、魔法名を唱えることで成立。対魔力の高い者には効かず、運命力の高い者には打破されることもあるが、そうでない者ならば一瞬で即死に至らしめる』
「魔法、ね。……『デス』」
言われた通り煩い山賊の男を指差し唱えれば、男の身体が硬直し、次いで顔面から崩れ落ちた。
どうやらここはファンタジーのように魔法とやらが存在する世界らしい。これでもう異世界という話は確定だな。
それにしても即死魔法などが存在する世界じゃ身の安全を守るも何もなさそうで随分と物騒だ……と思ったが、元の世界とて銃の引き金を引く、指先一つの動作で他者の命を奪ってしまえるのだから、大差はないのかもしれない。
「なっ……!?」
「魔法!? こいつ、魔法使いか!?」
ここに至りようやく警戒し始める山賊連中。なるほど随分と一方的な戦いしかしてこなかったと見える。自分たちが追い詰められる側に回ることをまるで考慮していないのだろう。
……つまり軍、警察みたいな治安維持機関はあまり機能していない、ということか? いや、それはひとまず脇に置こう。
『殺傷能力順二位、水魔法第一位級『ブラッディシェイク』。対象の身体の一部に触れ、魔法名を唱えることで成立。対象の血液の流れを暴走させ、破裂死させる。『デス』と異なり運命力での打破は出来ず、対魔力もある程度は貫通する』
「なんともえげつない魔法だが、相手がまだ複数いるときに他に手があるなら接近戦は避けるべきだろう。条件を変更、効果範囲が五人程度、無差別ではなく対象の選択が可能で、最も殺傷能力の高い力は」
『条件該当。光魔法第二位級『ルミナスアロー』。最大捕捉三十人。魔法名を唱えるとイメージした数の光の矢が空中に形成、指定した対象に向けて発射される。スピードもあり貫通性は高いが破壊力はない』
「ならそれでいくか。『ルミナスアロー』」
イメージは五本。するとその通り、頭上に五本の輝く矢が出現する。それらは発射装置のような円環に覆われており、それぞれが残った山賊に矛先を向けている。
聞いてないが、撃つ感覚は何となくわかった。頭の中で限界まで張った弓を手放すようなイメージ。するとそれに合わせて光の矢が凄まじい速度で山賊たちの頭を撃ち抜いた。
「な、あ……?」
撃たれた感覚さえあったのかなかったのか。何が起こったのかわかっていないような表情で、山賊たちは全員倒れ伏せた。
圧倒的だ。だがこの程度の相手なら魔法がなくても銃の一丁か、剣の一振りでもあれば打倒出来ただろう。だから魔法の恩恵はまだはっきりとはわからない。
しかし、胸に去来するこの、どこか晴れやかな気持ちは何だろうか。
人を殺した。それは元の世界と何も違わないはずなのに。……いや、もうわかってる。これは気持ちの問題なのだ。
誰かに指示されて、嫌なのに見知らぬ誰かを殺すのとは違う。俺が自分の意思で、倒すべき敵だと思ったから殺したのだ。結果は同じだが、それだけでここまで心持ちが違うとは思ってもいなかった。
あぁ、そうか。つまりこれが、
「生きる、ってことなのか」
最近流行の『異世界転生』ものを、自分流に書いてみたらどうなるか、という実験作品。
週一ペースくらいで更新出来ればなぁ、と思ってます。