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第九十一話:vulnerable

 子猫が麗美香の事を”オヤビン”と読んでいると美雨から聞かされた。

 麗美香によれば、”オヤビン”とはタマが麗美香を呼ぶときのコードネームだそうだ。

 信じられない事だが、この2つから推測すると、タマという人とこの子猫が入れ替わっている、という事のようだ。

 ここ最近の異常事態のせいか、もうこんな異常な話も普通に有り得ると思えてしまう。とは云うものの、そんな事あるのかと一応確認はしておきたい。誰に?


 特に宛は無く、呟く。


「なあ、そんな事って、本当にあると思うか?」


 しばしの沈黙。さすがに誰も答えられないだろうなあとは思う。そんな事知っている奴なんか居るはずがない。


「魂と身体を入れ替える術。古の術として古文書に記載されているけど、実際にその存在を確認出来た事はないと聞いています。」


 答えたのはニーナだった。だが、彼女の話は向こうの話だ。ニーナの世界で在ったかも知れなくても、こっちの世界で在るとは限らない。


「あ、ごめんなさい。私余計な事を云いましたね。すみません。」


 ニーナも自分で気づいた様で、顔を赤くしてもじもじと後退った。


「有り得ない。そんな事有り得ない。じゃあ、タマは猫になっちゃったの? そうなの?! 猫になっちゃった人間ってどうなるの? っていうかその猫本当にタマなの?」


 麗美香が美雨に食って掛かる。止めに入った自分を押しのけて美雨に詰め寄っていった。美雨は怯えながらも言葉を選びながら慎重に麗美香に話し出した。


「えっと、タマ……さんなのかどうかはわかりませんです。この子が自分の本当の身体を探している事と、あなたを”オヤビン”って呼んだ事だけしかわたしにはわかりませんです。」


「じゃあ、聞きなさいよ! 話せるんでしょ? あんた。」


 麗美香のボルテージが上がってきたのを感じたので、まあ落ち着けと声を掛け、肩を叩くと、叩いた手を思いっきり弾かれた。いてーな、おい。こいつにとっては咄嗟に手を弾いたぐらいなんだろうけど、力が半端ないからな。それよりもだ。麗美香の奴は痛がる此方には見向きもせず、じっと美雨を睨んでいやがる。睨まれてる美雨の方は、麗美香の眼に気圧されながらも、云うべき内容をすべて言い切ろうと必死の様子だった。


「それが、はっきりしないのです。こんなケースは初めてなのです。なんと云っていいかわからないのです。そもそも普通に人と会話するのとは違うのですけど、この子は特に、その、何を云っているのかはっきり伝わって来ないのです。なんていうのか、なんか接触不良みたいな雑音が多いのです。だから、さっき云った事以外は何もわからないのです。」


「はぁ? なによそれ。使えない。そこんとこはっきりしないと、どうしたらいいかわかんないじゃないの!」


 麗美香は憤慨していた。まあまあ、と肩に手をやりかけて思いとどまる。どうせまた思いっきり弾かれるのが確実だ。言葉だけで麗美香を制し、ひとまず落ち着かせる。麗美香も自分の状態は理解している様子で、自分で呼吸を整える努力をしている様子だった。


「なあ、麗美香。やっぱりここは、その、タマって子に会ってみるしかないんじゃないか?」


 少なくとも現状、タマって子の状態を確認出来ればはっきりする。このまま此処でいくら悩んだところで何も解るはずがない。麗美香の気持ちも解らないではないが、タマって子の事もこのまま放置は出来ない。


「わかった。わたしが会って来る。あんたたちは来ないで。タマが誰なのか教える訳にはいかないから。もうほとんどバレてしまってる様なものだけど、それでも一応、最善は尽くしたいから。お願い。それまでは、その子猫の事はお願い。」


 麗美香が決心して宣言する。タマが誰かバレたらどうなるのか、その重要度がまったくもって解らないが、少なくとも事態は前進した。麗美香の爺様の企みかどうかも、そのタマって子の事が解ればはっきりするだろう。ただ、


「なあ麗美香。お前独りで大丈夫か? もしタマって子に何かあったとしたら、危なくないか?」


「あんらああ、やだわ。ポチったら、わたしの事心配してくれるのん? むふふ。でも残念。わたしの心は山依さんのものだからね。ごめんねー。」


 だいたい予想通りの応えが返ってきた。いつも通りの麗美香に戻ってきた感じだ。それはそれで面倒くさいのではあるが、それでも喜ばしい事だ。さっきまでの取り乱した状態からは脱却したのだな。ただ1点のみを除いて。


「山依さんって、お前ら、一体何があったんだよ。」


「あらあら、男の嫉妬はみっともないわよーん。」


 ちらっとヤマゲンの様子を伺うと、辛そうに俯いていた。此方の視線に気づくと顔を叛けた。

 一体何だってんだよ、おい。


 麗美香は先程落としたままになっていたハルバードをひょいと引っ掴むと、ブンっと一振りし、布で覆われたままの切っ先を此方に突きつけた。


「わたしを誰だと思ってるの? そう簡単にやられる訳ないじゃない。」


 そう云ってニッコリと笑った。 




 ※※※   ※※※   ※※※





 状況が状況だけにしょうがないって云えばそうなんだけど、わたしとしては、やってはいけないヘマをやらかしたなぁ。タマごめんね。ダメなオヤビンで。

 山依さんの前であんなに取り乱したのは失敗だった。そもそのタマの存在を他の人に知られてはいけないのに。あー、ダメだ、ダメだ。こんな事じゃ到底爺様に敵わない。そして爺様に敵わない様じゃ後継者なんて覚束ない。不要なら切り捨てる。そういう人だ。そして、まだ爺様より強いと知られてもダメ。爺様に好意的で従順で有りながら後継者に相応しい才を持ち、決して隙きを見せないこと。わたしがダメなのは隙きが多いのよねえ。馬鹿の振りして隙きだらけに見せかけてると思わせてるけど、実際隙きだらけだし。何が本当なのか自分でもよくわからなくなってきてるし。


 振り返り、念のため彼奴等が付いてきてないか確認する。といっても、タマの居場所って女子寮だしねえ。どのみちポチは入れないし。

 よし、誰も付いてきてないね。わたしは眼が良い。視力は両目とも裸眼で2.0だ。自慢なんだけど、眼がいいと勉強してないみたいに云われたので、人前では云わない事にしている。まあ、勉強してないんだけどね。


 一応尾行が無いか確認する意味も含めてわざわざ遠回りしている。目的は3番棟の4Fだけど、1Fから順に中廊下を歩いては反対側の階段を登る。

 タマが無事なら無事で、今後どうするか考えないといけない。今まで通り内偵の仕事は辞めさせるしかないだろうなあ。優秀だったから勿体無いけど、正体が割れたら命無いかもだし。それでもあの子はやるって云うかも知れない。そういう子だしねえ。居なかったら、とりあえず所持品を確認してやばそうなものが在ったら処分しないと。それはそれで危険だし、外部に漏れると大事なものが在るかもしれないし。それは、タマが猫だった場合も同様。まあ、タマに限ってそんなヘマはやらないからそんな心配は要らないか。


 ピンポーン


「はい?」


 よかった。誰か居た。誰も居なかったらどうやって中に入ればいいか悩むところだった。最悪ハルバードで扉叩き割ろうかとも考えていたんだけど、余計な騒動を起こさなくて済んだと、ほっと胸を撫で下ろした。

 インターフォンの向こうの声の主はタマかも知れないし、ルームメイトかもしれない。タマと直接話をしたのは随分と前だから声は覚えていない。タマの本名はぁっと……。しばし思い出しながら。


「あー、あー、あのー、音戸さんいらっしゃいますかー?」


 スピーカーの向こうで何やら話し声が聴こえる。少なくとも2人以上居るってことね。タマかどうかしらないけど。

 ここの女子寮はインターフォンにカメラが付いている。なので訪問者が誰か向こうには見えている。呼吸を整えて、ハルバードを握り直す。肩をぐりっと回して、軽く足首も回していつでも闘える様にしておく。さあ、何が出るやらだわ。


 ガチャリと扉が開く。


 扉の向こうから、タマが顔を出した。


 おや? 普通にタマが居たのね。猫なら扉開けて普通に迎えたりしないよね。それともあの子猫は凄く優秀な猫なのかしら?

 それはともかく、タマに掛けるべき声を失った。タマが居ることを想定してなかった訳ではないけれど、本来絶対に会いに来てはいけないのに、わたしの方から来ちゃったんだ。それをどう話せばいいやら。


「連絡……、無かったから、その、どうしたのかと思って。」 


「麗美香。まさか貴方が直接来るほど馬鹿だったとは思わなかったわ。」


 ?!

 そんな言葉がタマから出るとは予想してなかった。今まで専用回線でのみチャットでやり取りをしていた感じでは、わたしにゴロゴロって感じの子だったのに。

 目の前のタマは髪を掻きむしって叫び声を上げた。彼女のツインテールがブンブンと左右に振られる。


「わたしも迂闊だったわ。想定外よ、これ。またお爺様に小言云われるじゃないのっ! あんたってほんっっっっっっっとにぃっ、最悪!」


挿絵(By みてみん)


 タマの眼は狂人の眼をしていた。

 ちがう。これはちがう。これはちがう何かだ。タマじゃない何かだ。

 わたしの本能が最大級の警告を発していた。


「あんた……だれ?」


 タマじゃ無い者に向けた声が掠れた事に、わたしは舌打ちをした。弱気になったら付け込まれる。

 目の前の何かは、わたしを見下す様に笑った。

 背はわたしと同じぐらいなのに、その威圧感からかかなり上から見下されている様に錯覚した。


「わたしぃ? わたしは、そうねぇぇ、あんたの御姉様よ。くふふ。」

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