第六十九話『マルニィ(ホールケーキ)』
「少しだけ、待っててねー」
マルニィが下から叫んだ。
しばらく待っていると、登ってきたマルニィが小屋の扉を開いて入って来た。
「マルニィ、ここはどこ?」
マルニィは、にやにや笑いながら、
「わたしの、隠れ家だよぉ」
そう言って、後ろ手に扉を閉めた。
「ようこそ! わたしの隠れ家へ!」
大袈裟に、声を張り上げて、両手を精一杯開いて歓迎を示すマルニィの姿に、私は感動を覚えた。疑うところなど微塵もなく、彼女は私を歓迎しているのだ。
彼女は、いそいそと隅っこに片付けてあったテーブルやら椅子やらをセッティングした。
「どうぞー座ってー」
座るように促されたので大人しく座る。テーブルと椅子は木製で、手造りだった。
ほいっと、テーブルの上にひしゃげたホールケーキが置かれた。手造りのそのホールケーキは、どんっと落したように縦に潰れていた。
マルニィは頭を掻きながら、申し訳なさそうに謝った。
「あのね、朝はちゃんと無事だったの。ちゃんと綺麗に出来上がったんだよ。ほんとだよ」
顔を真っ赤に染めながら、彼女は手をばたつかせて弁解していた。
「朝、ここに運ぶ時にね、飛ばしたんだけど、テーブル片付けてたのうっかり忘れちゃってて……その、そのまま落下させちゃったの」
「さっきのアレ? 飛ばすってやつ?」
そう、私はマルニィが触れると一瞬でこの小屋に移動した。これはマルニィの魔法なのだ。
「わたしのこの手はね、触れたものを別の場所に飛ばせるんだよー。さっきはね、ここまでニーナちゃんが登るのしんどいだろうと思ったんで、飛ばしちゃった。ごめんね? びっくりしたよね」
「びっくりしたよ。もう」
私は笑ってマルニィを手で小突いた。
「でもなんで、マルニィは登って来たの? 飛んでくればいいのに?」
「えっとね、わたしのこの手で自分を触れても飛ばせないのよねー。自分以外のものしか飛ばせないみたい。だから、わたしは縄梯子で登ったのよー」
なるほど。
私は納得して、テーブルの上の潰れたケーキを見つめた。
がんばって作ったであろう大きなホールケーキ。それを飛ばして、落とすなんて……
「ほんと……マルニィらしくて、良いわ」
私が優しく言ったら、彼女は安心した表情を浮かべた。
「では!」
マルニィは潰れたケーキをいそいそと6つに切り分けお皿に一切れ乗せると、私に差し出した。
「お誕生日おめでとう!!」
まったく、マルニィらしいなあ。このタイミングでそれを言うの? まあ、本当はちゃんとしたケーキを出したタイミングで言いたかったのだろうなあ。私はまた、ぷっと吹き出してしまった。
「あれ? もしかして、今日じゃなかった? あれ?」
マルニィは、また顔を真っ赤に染めて慌て始めた。
「ううん。合ってますよ。今日は、私の誕生日です。」
私は立ち上がり、マルニィの両手をしっかりと握って
「マルニィ、ありがとう。今までで一番幸せな誕生日です」
そう告げた。
マルニィは、うんうんと頷きながら、よかったよかったと呟いた。
その後、ふたりでケーキを食べた。
さすがに量が多かったけど、残すのがもったいなくて全部食べた。
そろそろ陽が沈みかける頃、マルニィは立ち上がり、窓の方に来るように促した。
「さあ、ここからがメインイベントだよ」
そう言ってにまにまと笑っていた。
窓から外を観ると、沈みかけの陽が湖に映り込んでいた。水平線が黄金に輝き、拡がっていく。空には薄く小さい雲が幾つか浮かんで、雲の下方から綺麗な赤紫色にグラデーションになって染まった。
神の国があるとしたら、こんなところだろうかと思わせる光景だった。陽が沈み切るまでずっと眺めていた。陽の沈みに合わせて、黄金に輝いていた水平線が徐々に縮んでいき、やがて消失していった。黄金の消失に伴い、辺りが薄っすらと暗くなっているのが際立った。空と湖に映った空が繋がり、境界が曖昧になる。無数の星が瞬き始める頃になるとそれは、この世界が星の海に呑まれてしまったように思えた。
私のいるこの小屋以外、周りは星の海。そんな思いに駆られた。
なんて素敵な光景なんだろう。私は今までこんなすごいものを見たことがなかった。
「ここは、わたしの一番の場所なの。そして、ここは、わたししか知らない場所。そして、今日からは、わたしとニーナちゃんだけが知ってる場所。にひぃ」
マルニィはそう自慢気に語った。
「今日からは、ここはわたしとニーナちゃんの隠れ家だよ。自由に出入りしていいからね」
「ありがとう。マルニィ」
こんな素敵な誕生日プレゼントは生まれて初めてだ。
「でも、マルニィ? あなたみんなと仲良しなのに、ここは私だけにしか教えてないの?」
素朴な疑問をぶつけずにはいられなかった。マルニィは、みんなと仲がいい。最近は、私のところによく来るようになったとはいえ、たくさんの友人はいるように見える。だからこその疑問だった。
「うーん。あれは仲良しじゃなくて、仲良くしているの」
どう違うのか、今ひとつわからなかった。
「偽ってるわけじゃないよ。仲良くはしたいと思うからそうしてるの」
理解出来ていない顔をマルニィに晒していると、彼女はさらに続けた。
「あの人たちのことは嫌いじゃないけど、それほど深入りしたいとは思わないの。けど」
私の眼をじっと見て――。
「わたしは、自分を偽らない人が好き。だから、わたしは、ニーナちゃんが好き」
そう彼女は真剣な眼差しでこたえた。




