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第五十六話︰lost property

 一瞬、告白されたのかと思った。


 赤部に、手を引かれて校舎の外へ連れ出された。人気の無い、校舎の裏側の日陰で、その足は止まった。彼女はベンチにハンカチを敷いて座り、隣に座る様促した。

 や、授業始まってるんだけどな。まったく。自分、進級大丈夫だろうか? 流石に心配になってきた。少し寒気がしたのは、秋風が冷たいせいだろうか……

 だが、女の子の誘いとあれば、行くしかないでしょ? やっぱり。

 とか、くだらない事を考えながら、隣に座った。


 赤部は、ゆっくり、大きく深呼吸した。身体が大きく広がり、そしてゆっくりと縮んでいった。

 真っ直ぐ前を見たまま、こちらを見ずに口を開いた。

「あんたが誰だか知らないし、ちょうどいいと思ったから、ちょっと話を聞いて頂戴。」

「ああ、山根だ。よろしく。」

「あんたが誰だか知らないし、ちょうどいいの!」

 怒られた。なんで名乗って怒られなきゃならないんだ? こちらの名前など知りたくなかったらしい。ひでえなぁ。

 赤部は、一度こっちを睨んでから、ゆっくりとまた息を吸い込んで、そして、ふぅぅっと息を吐いた。

「私は怪我とかしてもすぐに治るの。」

 それだけ云うと、ひと呼吸置いた。言葉を選んでいるようだ。何度か肩が上下していた。

「あなたも見たでしよ?」

 ん? 何の事だろうか? 無言で赤部を見つめ、続きを促した。

 赤部は、意を決した瞳の色を宿した。

「私が怪我とかすると、観季が代わりに怪我するの。」


 最初聞いた時、意味がわからなかった。


 その後、赤部は、いろんな事を話した。それは、今まで抑え込んでいた気持を吐き出している様だった。ダムが決壊するが如く、最後の一滴に至るまで。


 彼女の話はこうだ。赤部の身体に起こる様々な強い反応、怪我による痛み、疲労、病気など、そういったものを、彼女の友人の観季が方代わりしている。その事に最近気が付いて、観季を問い詰めて喧嘩になったらしい。それが、この間、初めて遭遇した時の事のようだ。


「だが、どうして喧嘩になったんだ? 方代わりしてもらってるんなら、ありがとうってなるんじゃないのか?」

「ありがた迷惑よ。私の代わりにあの子が苦しんだり痛がったりするだよ。そんなの平気なわけ無いじゃない。」

 言われてみれば確かにそうだ。実際、あまり気持ちの良いものでは無いだろうな。相手に対する済まないという気持ちで日々過ごす事になりそうだ。

「それで、止めろと?」

「うん。でもあの子、なんでそうなったのか解らないって云うの。だから、止め方も解らないって。」

 原因も解決方法も解らないって事か。止めて欲しくても、相手も止める方法が解らないって云われたら、どうすればいいのだろうか?

「あなた、私の話、信じてくれるんだ? 何言ってんだこいつ、って思われると思ってた。」

 ああ、確かに普通に聞いたら、有り得ない話だ。妄想と思われても仕方が無い。だが、

「最近、いろいろと信じられない事があってね。多少の事では驚かないんだ。」

「へぇぇ、どんな事があったの?」

 彼女は無邪気に聞いてくる。しかし、あの件は、広めるべきではない。

「ごめん。それは、ちょっと云えない。信じて貰えないとかじゃなくって、その、公に出来ないっていうか…」

「信用ないかぁ。まあ、今日初めて話したばかりだしね。」

 うんうんと、彼女は自分を納得させていた。


「なあ、さっきの話、お前がテニス部辞めるのと関係があるのか?」

 なんとなく聞いてみたくなった。さほど興味があった訳じゃない。話を膨らませるスパイスみたいなものだ。あるいは、発酵させる為に使う酵母菌。

「うん。」

 彼女は声を落とした。俯きながら、視線を地面におとして呟くように。

「私、疲労しないから。体力お化けって云われてたの。自分でもそれが自慢で、自信の源だったの。ほんと、ばかだったなぁ。私、本気でプロになれるって思ってた。」

 彼女の横顔に涙が一筋流れた。


 彼女の疲労はすべて観季が方代わりしていたんだろう。そうとは知らず、いい気になっていた事。知らなければ、自分の能力として嬉しかっただろうに。


「このまま、続けてたら私、ずるいじゃん。みんな一生懸命頑張って練習して上目指してるのに、私だけなんか楽しちゃってさ。」


 不思議なものだ。生まれつきの能力として備わっているものなら、彼女は悩まず自信に溢れていただろう。それが、他の誰かによってもたらされているものになった途端、卑怯なものに見える。


「だから、もう続けられない。」


 掛ける言葉が見当たらなかった。


 知ってしまった以上、何か力になりたいと思う。思うけれども、何をどうするべきか、まったく検討もつかなかった。


「聴いてくれてありがとう。」


 彼女はそう云って、立ち上がった。


「授業サボらせてごめんね。」

「ああ、いや、よくさぼるから問題ない。」

 彼女はくすっと笑った。

「今の話は、ここだけの話。もう忘れて。お願い。」

 彼女は手を合わせた。


 彼女が立ち去った後、ベンチに置き忘れたハンカチに気付いた。

 ハンカチを拾い上げながら思う。自分に何か出来るだろうか?


 ただ、ハンカチを返す以外に。



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