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第三十七話 『麗美香』

 ニーナは、俺と同じクラスになった。


 なんか意図的なものを感じる。

 いや、これは間違いなく意図的なんだろう。


 ちゃんと面倒を見ろと言うことだろうか? あるいは、一緒にしておく方が監視しやすいとか?


 まあ、俺としてもニーナが別クラスだと、何を仕出かすか気が気でないので歓迎ではあるのだが……


 周りに変に思われないように、学校では極力ニーナと距離を取るようにしていた。だってさ、学校で俺が特定の女の子と一緒にずっといたら何言われるかわかったもんじゃないからな。だからニーナの世話は、ヤマゲンに任せた。ヤマゲンもこちらの意図を察したようで、快く引き受けてくれていた。


 昼休み。


 いつものように、独り自席で弁当を食べながらニーナの様子を目で追う。

 ニーナは、ヤマゲンと一緒に他の子も含めた女子グループと一緒に食べているようだ。


 まあ、よろしくやっているようでなによりだ。


 そんなとき、教室の扉をバーンっと大きな音を立てて開けて入って来た女子生徒がいた。

 ん? あれは金太郎――、えっと、たしか麗美香って言ったっけか? 朝に出会ったあいつが入って来た。

 豪快に開けられた扉の音に、教室中の注目が彼女に集中した。


 麗美香は周りの注目などお構い無しに、キョロキョロと教室を見回している。


「あっ! いた! ニーナちゃん!」


 ニーナを見つけると、どどどと足音を響かせて走り寄っていった。


 ニーナは慌てて立ち上がり、両手を突き出して麗美香に止まるように制した。

 しかし麗美香は何を勘違いしたのか、その両手に自分の両手を合わせて手を握り合った。


「お昼一緒に食べよう!」


 麗美香は唐突に言った。

 そのために他クラスからやって来たのか。自分のクラスで食べろよと、ツッコミを入れたくなった。


「えっ、あ、私は別に構わないけど……」


 ニーナは戸惑いながら、ヤマゲンに目で助けを求めた。


「いいんじゃない? どぞどぞ。誰か知らない人」


 ヤマゲンは、にこやかに、でも暗に名乗りやがれといった風な返事をした。

 これは、一触即発か?!


「おっと、これは失礼いたしました。わたし、神鏡麗美香(かみきょうれみか)と申します。お見知り置きを」


 随分と芝居がかったセリフを放った。


「神鏡さんね。オレは山依元子(やまよりもとこ)だ。よろしくね」

「オレっ子さんなんだ。ボクっ娘は知ってるけど、オレっ娘ってあるの? リアルで見るのは初めて」


 なんだ。この二人は相性悪いのか?

 ヤマゲンのこめかみに、怒りマークが見える。

 麗美香の方は、余裕しゃくしゃくといったところか。

 まあ、いくらヤマゲンが運動神経いいと言っても、麗美香相手じゃ勝てそうにないな。


「麗美香さん、どうぞお座りくださいな」


 二人のやりとりを他所に、ニーナは麗美香の席を準備して、ここにどうぞと促した。

 見た目とは裏腹に、お嬢様らしく優雅に席に着く麗美香。そのあたりの教育はしっかりされているのだろう。


「なんで神鏡さんは、自分のクラスで食べないの? 友だちいないの?」


 麗美香と目を合わせずに、ヤマゲンはきつい語調で尋ねた。

 ヤマゲンのやつ、ニーナと仲良しに見える麗美香に焼いてるのか? こんなに絡むヤマゲンは初めて見る。


「ん? 別に。ニーナちゃんに会いたかっただけ」


 実にシンプルだ。そして、どうやら麗美香の方は、ヤマゲンなど眼中に無い感じだった。

 二人の険悪なムードに怯えたニーナは、こっちを見た。

 その目が、助けてと言っている。

 まじか。女同士の喧嘩に男が入るっていうのはなぁ……。でもニーナの頼みだ。めんどくせえけど、しょうがねえなあ。


「よう! 麗美香。朝ぶりだな!」


 努めて明るく声を掛けて、麗美香に近づく。

 麗美香は、横目でちらっと俺を見た。


「あんた、だれ?」

「ちょっ、おまえ、朝に会っただろうが!」


 つまり俺のことも眼中にないってか?


「あ、ああ」


 しかしすぐに、思い出したとばかりに、麗美香はポンっと手を打った。


「ニーナの使用人さん。朝ぶり~」

「使用人じゃねええよ! なににこやかに笑ってんだよ!」

「あっ! ごめん! 秘密だった!」


 こいつ……。ニーナがお姫さまだって、本気で信じてやがる。いや、本当にお姫さまには違いないんだが。

 それにしても、声がでけえ。

 教室中から、ヒソヒソと話し声が聞こえ始めた。


(「ニーナさんの使用人って……」)

(「使用人って、召使いだっけ? 鞭で打たれたりするやつ?」)

(「いや、それは女王様とかっていうやつじゃないかな?」)

(「ニーナさんと、いったいどういう関係なんだ……」)

(「秘密ってことは……なに? 秘密の関係?」)


 なんか予想を上回るひどい誤解が増幅していくのを感じる。このままでは、学校内で社会的に死ぬ。一刻も早く、なんとかしなければ……


「ちょっと来い」


 麗美香にちゃんと話さないと、俺の学校生活が終わってしまう。


「やだ。わたしは、いまからお弁当食べるの」

「ちょ、おま」


 首根っこを掴んだ腕が、楽々と払われる。なに? これが世に言う「赤子の手を捻る」ってやつ?


「麗美香さん、ちょっと一緒に行こ」


 そんなとき、ニーナが助け舟を出してくれた。というか、元々おまえがややこしくした問題だったんだけどな。

 食べかけの弁当を片付けて手に持ち、ニーナは席を立った。


「ニーナちゃんが行くなら、わたしも行くよ」


 麗美香も立ち上がった。

 ニーナと麗美香が目の前に立ってじっとしている。


 ああ、そうか。さっきはとっさに言ったから、特に行き先は考えてなかった。


 どこに行こうか……


 屋上は未だに閉鎖中だしなあ。後行けそうな場所は……


「とりあえず、中庭行こう」


 教室を出て、三人で中庭へ向かった。

 ヤマゲンは険しい表情で、俺たちを見ていた。

 女って怖え。そして、ニーナと麗美香って二人共あまりにも異分子過ぎる気がする。

 この先、まともな学生生活をやっていけるのだろうか。

 ちょっと、いや……めっちゃ不安になった。



   ◇◇◇



 中庭で三人で弁当を食べつつ、麗美香にニーナとのことをどう説明するべきか考えていた。

 よし、ひとまず現状確認だ。


「麗美香、ニーナからどう聞いているんだ? ニーナのこと」

「その前に、きみ、さっきは突っ込みするのを忘れたけど、いきなり呼び捨てとか馴れ馴れしいね」


 おっと、そうだった。なんでだろう。つい、こいつ見てると呼び捨てにしてしまった。


「ごめんごめん。なんか勝手に口から出てしまったんだ。じゃあ、麗美香さんで」


 麗美香は、ジト目で俺を見た後、ニーナに目で確認を取った。

 ニーナはコクリと頷いて、話していいと合図した。


「異世界のお姫様だって聞いたよ」

「おい、ニーナ。おまえ!」


 ストレート過ぎる。何考えてんだ。そんなこと人に話すやつがあるか! しかし、話したものはしょうがない。さて、どうするか?


「で、それ信じたのか?」


 麗美香も麗美香で、なんで信じてんだ?


「うん。もちろん信じるよ。だって、ニーナちゃん可愛いし」


 信じるポイントがおかしいぞ。麗美香さんよ。

 ここはどう話しをまとめたらいいんだよ。ダメだ。こいつの思考回路がまともなじゃないから、どう対処したらいいか思いつかねえ……。


「とにかくだ! ニーナがお姫様ってのは無しな。誰にも言うんじゃない。そして、俺は使用人じゃない!」

「じゃあ、きみは、何者?」

「俺は……えっと……」


 なんだこいつ。むっちゃ純粋そうな真っ黒の瞳で、無邪気に疑問をぶつけてきた。しかし、俺はニーナのなんなんだろう……。

 よし、こうなったらこいつの思考回路に合わせてやる!


「ふ……それはな。実は秘密なんだ」

「おおおお!」


 感動された! こいつの思考パターンを俺は理解してしまったのかもしれない。


「わかったか? だから、誰にも何も言うんじゃないぞ」

「わかった。私たちだけの秘密ね!」


 なんでこいつはこんなに楽しそうなんだ。


「麗美香さんの方にも、なにか秘密があるみたいだからな」

「おっとそうだった。そうそう。お仕事しないと」


 そう言うと麗美香は、立ち上がった。

 

「えっと、ポチ」


 は? だれだ? ポチって。


「あれ? ポチじゃないのか。じゃあ、タマ?」


 どうやら俺の事らしい。どう聞いても犬や猫の名前じゃねえか。つまりペット扱いかよ!


「ポチでも、タマでもない。山根耕一だ」

「じゃあ、コウちゃん」

「誰がコウちゃんだ。誰が。というか、おまえがさっき人の事を馴れ馴れしいとか言ってなかったか? おまえも充分馴れ馴れしいじゃねえか」

「あのね。麗美香ね、お願いがあるの」


 こいつ、人の話聞きやがらないやつだ。

 それに自分で自分の名前言いやがった。なに、可愛い子ぶってるんだこいつは。


「なんだよ。早く言えよ」

「あのね、あのね、麗美香ね――」


 もじもじしながら、麗美香は言った。


「一緒に、屋上行って欲しいの」

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