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第三十五話 『合間のとき』

 この前の屍魔の騒動は、理科実験室の薬品管理不良による爆発事故として処理された。

 数人の学生と司書の先生が行方不明になっているが、それはこの爆発に巻き込まれたのではないかということになっている。

 屋上は依然として、閉鎖中。


「これで終わったんですよね」


 隣にいる摩耶先輩に呟いた。


「さあね。私には何もわからないわ」


 いつもの学校帰りのバス停で二人っきり。摩耶先輩は、また仕事のようだ。


「結局、ニーナさんが落ちて来た時空の穴は見つからなかったし。あの怪物が、一体だけとは限りません」

「まだいるかもって事ですか?」


 驚きだった。しかし、よく考えればわかる事だ。いや、わかっていたんだ。でも、考えたくなかったんだろう。俺は、自分の考えに蓋をしていたんだ。


「ニーナさんと一緒に落ちて来たんなら、時間が経ちすぎてるものね。まあ、よくわからないけれど。同時に移動しても、時間差が生じるのかも知れないし。まあ、わからない事を考えても仕方がないわね」

「でも、それじゃあ、何か対策しないと」


 俺の言葉に、摩耶先輩はキッと振り向いて睨んできた。


「それは学校側がすることよ。私達の仕事じゃないわ」


 咎めるような強い口調だった。それは、これ以上俺が首を突っ込まないように警告する意味を持っているのだろう。


「でも」


 屍魔の事は放っておけない。なによりもニーナが放っておかないだろう。それならば、俺が放っておくわけにはいかないのだ。


「理事長には総て話してあるから。余計な事はしないことね。学校側を敵に回す事になるわよ」


 その声音に、ゾクッとした。学校側が敵になる? それはつまり、公になると学校が困るってことか? 今現在も、学校のみんなは危険にさらされているかも知れないのに?


「敵になるって、口封じ的なやつですか?」

「さあね。わからないわ。でも無い話ではないわ。あ、そうそう、あの襲われた教員さん、入院しているそうよ」


 唐突に振られた話題に、思考が停止する。屍魔に襲われた教員。俺たちが助け出した人だ。


「何ですか、いきなり」

「別に。気になってるかなと思って、一応報告しただけよ」

「変なタイミングで、報告しないで下さい。口封じかと思ったじゃないですか」


 いきなり入院の話をされたから、学校側に入院させられるのかと連想してしまった。

 摩耶先輩は黙ってこっちを見つめていた。


「あんまり深入りしないことね」


 その声は、淡々としていた。感情が読めない。俺を心配しているような口ぶりではあるが、本当のところはどうなのだろうか?


「摩耶先輩は、これからどうするんですか?」

「私? 私は、どうもしないわ。いままで通りよ」


 摩耶先輩は、その表情と同じく冷たく言い放った。


「危険かも知れないのに? みんなが危険かも知れないのに、何も知らないふりして何もしないんですか?」


 つい、かっとなって先輩に食って掛かってしまった。俺が関わる事を止めさせる。それはわかる。危険があるからだ。でも摩耶先輩もなにもしないのなら、誰がなんとかするというのか? 学校がなんとかする。先輩はそう言うのだろうけど。


「学校側の要請があれば協力するわ。学校側も、なにも放置するつもりはないのよ。今いろいろと対策を検討していることでしょう」


 納得いかない。学校とかそういう組織っていうのはなんか自分たちの組織を守ることばかり考えているような印象がある。だから信用できない。


「この地域を閉鎖して、学校を移転するとかすればいいんじゃないですかね?」

「簡単に言うのね。もちろん、それも検討しているでしょうね。なんにせよ、一度決めて動き出してしまったら、後戻りできなくなるから、一番いい方法を取ろうとしているはずよ。あなたがぐだぐだ考える事ではないわ」


 そのとき、バスが来たので、話が中断してしまった。


 バスに乗り込み、話を続けようとしたが、摩耶先輩に掌で制された。

 そして摩耶先輩は、いつもの通り一番奥の席に座った。その眼は、俺に来るなと言っていたので、諦めて中程の席に座った。


 結局、バスを降りるまで、摩耶先輩と言葉を交わす事はなかったが、降りるとき摩耶先輩が傍に来て耳元で囁いた。


「私の仕事は秘匿義務があるの。だから、なにもあなたに話せない。でも、あなたの味方のつもりよ。ニーナさんのこと、よろしく頼むわね」


 摩耶先輩に詳しく話を聞こうとしたが、バスの運転手に促されて仕方なくバスを降りた。


 摩耶先輩の仕事といえば、霊能者だから――相談者や相談内容に関わる事柄の秘匿義務か。つまりは、学校側の相談を受けてるってことか?

 

 そうだ、ニーナは、どう考えているんだろうか?

 もう終わったと思っているだろうか? それとも、ずっと不安のままなのだろうか?


 ここのところのニーナは、見たところ普段通りだった。母と愉しそうに話し、相変わらず日本語の勉強を続け、ちょくちょく質問に来る。

 あの怪物の件は、あえて避けているのか、あの夜以来話してない。まあ、俺も話し辛いので話していないのだが。



   ◇◇◇



 しばらくは、何事もなく日々が流れた。


 夏休みになり、あの日の事は実は夢だったんじゃないかと思えるぐらい、いつもの日常が続いた。

 nullさんも、あの日以来一度も出逢うことはなかった。あの人の事だから、大丈夫だろうと思うけど。

 あの人は、今の状況をどう考えているのだろうか? 意見を聞きたかった。きっと、あの人なりにいろいろと陰で動いているような気がする。

 ヤマゲンは、毎日モヤモヤしながらも、いつも通りに振る舞おうとしている様子が見て取れる。


 摩耶先輩とは、会う事はなかった。

 

 そして、夏休みも半ばのある日……


 9月から、ニーナが入学することが決まった。

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