第三十五話 『合間のとき』
この間の、ヤツの爆発事件は、理科実験室の薬品管理不良による爆発事故として処理された。
数人の学生と司書の先生が行方不明になっているが、それはこの爆発に巻き込まれたのではないかとということになっている。
屋上は依然として、閉鎖中。
「これで終わったんですよね」
なんとなく、隣に居る摩耶先輩に呟いた。
「さあね。私には何もわからないわ」
いつもの帰りのバス停で二人っきり。摩耶先輩は、また仕事のようだ。
「結局、ニーナさんが落ちて来た時空の穴は見つからなかったようだし。あの怪物が、一体だけとは限らないし」
「まだ居るかもって事ですか?」
驚きだった。しかし、よく考えればわかる事だった。いや、わかっていたんだ。でも、考えたくなかったんだろう。自分の考えに蓋をしていたんだ。
「ニーナさんと一緒に落ちて来たんなら、時間が経ちすぎてるものね。まあ、よくわからないけど。同時に移動しても、時間差が生じるのかも知れないし。まあ、わからない事を考えても仕方が無いわ」
「でも、それじゃあ、何か対策しないと」
「それは学校側がすることよ。私達の仕事じゃないわ」
「でも」
「理事長には総て話してあるから。余計な事はしないことね。学校側を敵に回すわよ」
ゾクッとした。学校側が敵になる? 公になると困るってことか? 今現在も、学校のみんなは危険にさらされているかも知れないのに?
「敵って、口封じ的なやつですか?」
「さあね。わからないわ。でも無い話ではないわ。あ、そうそう、あの襲われた教員さん、入院しているそうよ」
「何ですか、いきなり」
「別に。気になってるかなと思って、一応報告しただけよ」
「変なタイミングで、報告しないで下さい。口封じかと思ったじゃないですか」
摩耶先輩は黙ってこっちを見つめた。
「あんまり深入りしないことね」
その声は、淡々としていた。
「摩耶先輩は、これからどうするんですか?」
「私? 私は、どうもしないわ。いままで通りよ」
摩耶先輩は、その表情と同じく冷たく言い放った。
「危険かも知れないのに? みんなが危険かも知れないのに、何も知らないふりして何もしないんですか?」
「学校側の要請があれば協力するわ。学校側も、なにも放置するつもりはないのよ。今いろいろと対策を検討していることでしょう」
納得いかない。
「この地域を閉鎖して、学校を移転するとかすればいいじゃないですか?」
「簡単に言うのね。もちろん、それも検討しているでしょうね。なんにせよ、一度決めて動き出してしまったら、後戻り出来なくなるから、一番いい方法を取ろうとしているはずよ。あなたがぐだぐだ考える事ではないわ」
そのとき、バスが来たので、話が中断してしまった。
バスに乗り込み、話を続けようとしたが、摩耶先輩に掌で制された。
そして摩耶先輩は、いつもの通り一番奥の席に座った。その眼は、来るなと云っていたので、諦めて中程の席に座った。
結局、バスを降りるまで、摩耶先輩と言葉を交わす事は無かったが、降りるとき、摩耶先輩が側に来て耳元で囁いた。
「私の仕事は秘匿義務があるの。だから、なにもあなたに話せない。でも、あなたの味方のつもりよ。ニーナさんのこと、よろしく頼むわね」
摩耶先輩に何か云おうとしたが、バスの運転手に則されてやむ無くバスを降りた。
摩耶先輩の仕事、霊能者か。相談者や相談内容に関わる事柄の秘匿義務か。つまりは、学校側の相談を受けてるってことか?
そうだ、ニーナは、どう考えているんだろうか?
もう終ったと思っているだろうか? それとも、ずっと不安のままなのだろうか?
ここのところのニーナは、普段通りだった。母と愉しそうに話し、相変わらず日本語の勉強を続け、ちょくちょく質問に来る。
あの怪物の件は、あえて避けているのか、まの夜以来、話していない。まあ、こっちも話し辛いので話していないのだが。
※※※
しばらくは、何事もなく日々が流れた。
夏休みになり、あの日の事は実は夢だったんじゃないかと思えるぐらい、普通の日常が続いた。
nullさんも、あの日以来、一度も出逢うことは無かった。あの人の事だから、大丈夫だろうと思うけど。あの人は、今の状況をどう考えているのだろうか? 意見を聞きたかった。きっと、あの人なりにいろいろと陰で動いているような気もする。
ヤマゲンは、毎日モヤモヤしながらも、いつも通りに振る舞おうとしている。
摩耶先輩とも、会う事は無かった。
そして、夏休みも半ばのある日……
9月からの、ニーナの入学が、決まった。