第二十三話 『null その3』
俺の目の前にいる人は、null先輩なんだと思う。だが――
「null先輩? なんで男装してるんですか?」
そう、null先輩は、男子学生の制服を着て、立っていた。
「ん? 男装だと? 君は私がこの制服を着ているのがおかしいというのか?」
そう言って、ケタケタと笑った。
「いや、先輩は女性でしょ? なんで……え?」
「君が私を女性だと思っているのはどうしてだ?」
null先輩は眼を緑色にして、楽しそうにこちらの顔を覗き込む。
「昨日は、女子の制服を着ていました」
「そうだな。それに、背も低いし、顔つきも女っぽいからな」
はぁ……え? まさか、本当は男?
「もし、昨日会わずに、今日、ここで初めて会ったなら、君は私を女だと思ったか?」
え? うーん。そう言われるとどうなのだろうか。確かに、顔は女っぽいが、身体が未成熟なせいか、女性らしい身体のラインは伺えない。あえてそう見えないようにしている可能性もあるが。
「背の小さい、女っぽい顔をした男だと思ったんじゃないか?」
そう言って、クククと笑った。
「まあ、そんなことはどうでもいいだろう。そんなことよりも、聞きたいことがあるんだろう?」
なんだか、この先輩に翻弄されている気がするが、まあいい。
「はい。先輩はその――、一昨日ここに来て、屋上に出たのですか? 一昨日ここに来たっておっしゃってましたよね?」
「ああ、出たとも」
やっぱり!
「それで、何を見たんですか?!」
勢い込んで尋ねた。
「ぱっと見たところ、何もなかった」
null先輩は、そこで一旦言葉を止め、眼を瞑って一呼吸を置いた。
「だが、何かがいた」
閉ざされた扉を指さして
「この向こうには得体のしれない何かがいる。学校側もそれに気付いたんだろうな。それでこの始末だ」
頑丈に掛けられた鎖と鍵をnull先輩は指さした。
いたって何が? そのとき、予感めいた何かがあった。俺の記憶にはない、他の誰かの記憶の中にあるもの。そう、ニーナの記憶の中にあるあのおぞましい姿が浮かんでくる。
背筋に冷たい汗が流れる。きっと俺の顔は青くなっているに違いない。
「いたって何がいたんですか?」
「何かが、だよ。だが、確かめる訳にはいかなかった。本能が危険だと知らせていたからな。相手に気付かれずに戻るのがやっとだった」
じゃあ、美霧はその何かに?
ふっ……とnull先輩はため息を漏らして
「今日のところはこの辺が限界のようだな。……また会おう」
null先輩は、静かに階段を降りていく。
「あの、先輩!」
振り向いてnull先輩を呼び止める。が、俺は自分が何を言おうとしているのかわからなかった。
null先輩は、ゆっくり振り向いて
「先輩と呼ばれるのは気持ちが悪いと言ったはずだぞ。それに君は何故、私を先輩だと思っているのかな?」
null先輩は、さも楽しそうにくすくすと笑った。
「じゃあな、また会おう」
null先輩は、そう言うなりトコトコと階段を降りて消えて行った。




